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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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第九話 不穏な動き

 帰りは順調で特に問題もなく、門番に挨拶をして入城した。帰り際に次の休息日の話をする。依頼した短剣を受け取りにいかなければならないからだ。


「ソフィア、次はいつ行くの?」

「そうね、次の休みもいってもいいけれど」

「俺は行きたいな!次は依頼を受けてみたい!」


 僕も今回、大きな買い物をしたので少しは失った資金を取り返したいと思い、同意する。


「僕もやってみたいな。あと鍛冶屋に依頼したものがあるからできれば取りに行きたいな」

「わかったわ、じゃあ次の休息日も開けておくから準備しておいてね」


 こうして次の休息日にも中層に行くことが決定した。そうして二人と別れて自分の部屋に戻る。

 部屋に戻って着替えて、部屋にある手帳に今日会ったことを書き留める。誰かに見られて中層に行ったことがばれないように大事なことだけ書いて他はぼかして書いた。今日知ったことや感じたこと、疑問はこれから先きっと僕にとって大事になる気がした。

書き終えて、ベッドに横になる。なれないことをして疲れているはずなのに眠くないし、むしろ冴えてすらいる。

 今までは漠然としか感じていなかった違和感のようなものがはっきり、大きくなっている感じがした。


 僕はいったい何者なんだろうか。

 記憶がないこと、異常な膂力を持つこと、魔法が使えないこと。何よりその原因が誰にもわからないこと。

 記憶がない原因も誰も知らない。

 事故にあったとかもなく、天上人としてこの世界に来た時からなかったのだ。力が強いのも見た目からすればおかしいくらいだ。それなりに鍛えていて体格はいいが、僕より単純な力がありそうなオスカーよりも強い。

 いったいどうすればこれほどの力が身につくのか。オスカーとソフィアが前いた世界ではこんな異常なことはあり得ないらしい。2人でさえ、自分たちの体が強くなっていることに驚いていたが、それでも僕の身体の力はおかしい。

 おそらくこの世界との違いが原因かもしれないとしかわからなかった。

 これらは全部、記憶が戻れば理解できるのだろうか。

 今までは他の天上人の人たちが前の世界の記憶を活かして強くなっているから、僕も記憶が欲しいと思っていたが、今はもう自分が何者なのか知りたい。

 不思議で仕方なかった。

 自分が他の人とは違うことがとても怖く感じた。自分を理解してくれる人がいない、独りになってしまうのではないかと、ありもしないことを考えてしまう。そんなことはないとわかっているのに。


 きっと疲れているんだ。早く休んで明日からの鍛錬に備えよう。鍛錬はいい、余計なことを考えずに済むから。

 そっと目を閉じて、意識を手放した。



 中層に行く前に秀英との模擬戦で敗北してから、休息日を挟んでもまだ鍛錬は厳しいままだ。

防御術に関しては前よりも重い武器を持たせられ、アティリオ先生はかつてないほど本気で攻めてくる。反撃してもよいと言われているがそんな暇がないほどの猛攻だった。一瞬のスキを突こうとすると見事に防がれ、逆に反撃を食らう日々。

 他にも体を鍛えるトレーニングでは今までにないほどの重量を持たされたり、重いものを持ったうえで、全力で何キロも走らされたりした。

 もはやいじめではないかと思うほどの鍛錬をこなしていた。そのせいか、次の休息日はオスカー、ソフィアと一緒に中層に行く約束をしていたが、その約束の当日、筋肉痛や打ち身だらけでとても行けるような状態ではなかった。オスカーもいくらか怪我をしていたようだが、中層に行くようだった。そんな2人も心配してくれて今回はやめようかと言っていたが申し訳なかったので、気にせず中層に行ってもらった。


 満身創痍ではあるがこの鍛錬で強くなっているのはわかる。重い武器を使っていたから体のキレは上がっているし、速い動きができないため、最短最速の効率のいい動きをおのずとしなければならない。重いものを持って走るのは重い武器や仲間を背負って移動するのに必要だろう。

 そういったことができるようになってきているのがわかるので、何とかモチベーションが維持できているが、これ以上続くとくじけそうだ。効率がいいやり方なのだろうが限度がある。


「強くなりたいとは思うけど、すぐに強くなれるほど甘くもないし……当分これが続くのかな」


 秀英がいたら根性なしと言われそうだ。あいつはむかつくが強くなっている。早く勝つにはやっぱり過酷な鍛錬をやっていかなければならないのだろう。


「ひとまず早く治れー」


 とにかく今は休んで体を治さなければ、明日からまた始まる鍛錬についていけない。

 身体が早く治ることを祈って再び眠りについた。



 休息日の夕方に目を覚まして、夕食をとろうと食堂へ行くとそこには秀英がいた。

 彼もこちらに気づいたらしく、近くを通るとまた嫌味な声をかけてくる。


「フン、随分と無様な姿だな。お似合いだ」

「うるさいな、その分努力してるんだよ」

「努力するのは当たり前だ。その程度で満足してるようだからお前はだめなんだ」


 彼と一緒にご飯を食べたくないので離れたところに一人で座る。夕方で少し早い時間だから人はそう多くなかった。

 気分が少しだけ楽になる。人が少ないと悪口を言われなくて済む。

 身体を作るためにできるだけ多く食べる。食事してからしばらくしてから見慣れた二人組を見つけた。


「あれ、オスカー、ソフィア。帰ってきてたんだ。早かったね?」


 2人はこちらに気が付くと食事をもらわずに僕の所へ来た。なんだか怪訝な顔をしている。


「気になったことがあってな、依頼も早く終わったし早めに帰ることにしたんだ」

「そうなんだ。依頼はどうだったの」

「ああ、レイザサウルスっていううろこが剃刀みたいに鋭いトカゲが街に近付いてたらしくてな。その討伐をしたよ。結構危ないヤツだったらしくて報酬はよかったぜ」


 依頼を受けて無事に討伐には成功したようだ。2人のことだから失敗することはないと思っていたが、いざ報告を受けるとほっとして嬉しくなる。ただオスカーのしゃべり方が奥歯に物が挟まったような言い方をしている気がする。

 もっと詳しく聞こうとしたら今度はソフィアが話をしてくる。


「ウィリアムは体は平気?もうだいぶ良くなった?」

「一日寝てたからね。疲労はとれたし、筋肉痛はなんとかね。打ち身は全然だけどさ」

「そう、それはよかったわ。この後時間ある?食事が終わったら私の部屋に来てもらえないかしら」


 ソフィアが部屋に人を呼ぶ、このことが珍しくて少し驚いた。彼女は普段鍛錬は自分で行っている。魔法使いである彼女に教えられる人がいないためだ。昔はイサーク教官が魔術などを教えていたようだが一年もたたずに教わることがなくなった。彼女自身が前の世界でも優秀な科学者だったそうで、この世界でも才女振りがいかんなく発揮されたようだ。おかげでイサーク教官は短期間で魔法使いを育成したと称えられている。それからは彼女が自室で魔法の研究をしているので、彼女の部屋は研究室然としていて人を招き入れることはほとんどない。

 不思議に思いながらも了承すると2人は何も食べずに部屋に戻った。僕も少し急いで残りの食事を片付けて部屋に行くことにした。



 食事を終えて、ソフィアの部屋に向かう。彼女の部屋は異性ということもあって少し遠い。すれ違う人に挨拶をしながらソフィアの部屋の前に着く。ノックをしようとするとこちらに気づいたのか、オスカーが扉を開けて招き入れてくれる。


「お、来たな。入れよ」

「失礼しまーす……」


 彼女の部屋に入るのは初めてなので恐る恐る入る。部屋は僕の部屋よりも広いが、研究室も兼ねているせいか物が多いため、少し手狭に感じる。部屋の一角には見られたくないのか大きな布がかぶせてある。

椅子が一つ空いていたのでそこに座ると、2人が真剣な顔をしていたので何かあったのだろうか。


「あまりじろじろ見ないでね。恥ずかしいでしょ」

「気を付けるよ……で、中層で何かあったの?」

「それなんだけど、中層の様子がおかしいの」

「様子がおかしい?」

「そう、なんだか戦争に備えてるみたいな雰囲気があるの」


 帰ってきた言葉は想像を超える事態をもたらすものだった。

 戦争?前行ったときはそんな雰囲気はなかった。


「前行ったときはそんなことなかったんだがな。ただ今日行ったときにはわずかだがそんな雰囲気がしたんだ。」


 どうやら少しずつ武器の販売が増えているらしく、鉄をはじめとした金属を中層にあるいくつかの町が集めて回っているらしい。ハンターギルドにも討伐依頼が多く存在し、武器の素材となりそうなモンスターの討伐が増えているらしい。


「確かに戦争前だと言われてもおかしくはないけど、でもまだ言い切れないんじゃない?」

「そうね、確かに弱いわ。実際誰も何かあるとは言わなかったから。ただ…」

「ただ?」


 ソフィアが言いよどむ。先ほどの町の変化は確かに気になるが戦争だと言えるほどではない。それでも二人がそう言うということは何か確証があるのだろう。

 彼女が言い出すのを待っていると、オスカーが違う話をしてきた。


「ところでウィリアム。お前は下層のことをどう聞いてる?」

「どうって下層はいま開拓中なんでしょ?開拓する人を除いてほとんど人はいなくて城壁もないから危ないって」

「ああ、俺たちもその認識だ。ずっとそうなんだとしか思っていなかったよ。でも違ったんだ」

「違った?もしかして下層に行ったの!?」

「あまりでかい声を出すな。そうだ行ったよ。ソフィアも行ったことがないと言っていたから、依頼ついでに見回りの奴らに見られないように超えたんだ。そしたら…」


 オスカーは下層ですでに大きな町ができていることを確認した。その様相は中層とは異なり、中層との間にある城壁に沿う形で存在していたらしい。それだけなら開拓はうまくいっているのだと思ったが、ただ降りてみてその異様さに気づいたようだ。


「下層はひどいところだった。住んでる人はボロボロで、路地裏には死体が転がってる。畑もあったが荒らされていたり、ひどく傷ついた家もあった。元気な人は少なかったよ」

「そんな……どうしてそんなことに?」

「見たのよ、この国の騎士や軍人が彼らからいろいろなものを奪っているのを。彼らの作った作物はほとんどが奪われて、残った食材じゃあ下層民全員を賄うことは到底できそうにないの。普通に考えたらあり得ないわ」


 ソフィアが顔を青くして自分の体を抱きしめる。


「そんな明日生きるのも精一杯の奴らが目をぎらつかせてるんだ。俺たち二人をみて睨み殺さんとばかりにな。何が起きているのかと少し調べてみたら下層民も武器を集めているのがわかったよ。そこら辺の石を砕いただけの刃物や槍、木の盾なんかを隠れて準備してた。俺らが狩ったレイザサウルスの鱗を少し見せたら目の色変えて近づいてきたよ」


 驚きの連続だった。誇り高いと思っていたこの国の騎士が国のために開拓を進める下層民に略奪まがいのことをしていること。そして下層民が武装蜂起しているのではないかということ。

 レイザサウルスの鱗は武器にも鎧にもなる。きっと役立つと思ったのだろう。

 だが下層民だけで武装蜂起しても結果は目に見えている。勝ち目があるならあんな状態になるまで追い込まれたりはしないだろう。下層の外は危険が多い。内と外に戦力を分散していてはまず勝てないはずだ。


「でも下層だけで蜂起しても結果は目に見えているでしょ?彼らは本気なの?」

「ああ、確かに下層民だけじゃいくら武装しても結果は知れてる。下層民だけならな」

「どういう……まさか中層が?」

「そう、中層が協力してると考えれば話は違うわ。武器の生産は現在彼らが増産して行っているし、それが下層に流れたら大変よ。そしてもう一つ、討伐依頼の増加だけど、数が少ないけど中には怪しいのがいくつかあったわ。秘密厳守が可能な人なんてギルドらしからぬ依頼もあったわ。中層と下層がつながっていて、一緒にクーデターを起こすとなればその前に片付けなきゃいけないことがあるわ」

「下層外から来る魔物の討伐……」

「そう、恐らく中層は武器の素材回収もかねて、下層が戦力を集中できるようにまずは外を粗方片付けるつもりなんでしょう。下層民と一緒に行えば、実践経験を積ませることも食料の確保もできるかもしれないわ」


 これが事実ならかなりの一大事だ。中層と下層の二つでこの国の約8割を占める。いくら上層には軍事力や重要施設があり、技術もあるからといっても、中層や下層にいる部隊がばらばらに戦っても勝ち目は薄い。とはいえ負けることもないと思う。上層と中層にも壁があるから壁を越えての侵攻は容易ではない。ならより力を持つ上層が勝つだろう。

 ただ上層側が籠城すればその分、下層民は中層に上がって戦力は増えていく。結局は上層側は早めに手を打つ必要がある。だからと言って今動くことはできないだろう。今はまだ蜂起したわけではないし、決定的な証拠もない。

 そもそもこれは二人の憶測でしかない。信憑性がないわけではないが、だからと言ってすべて合っているとも判断することもできない。何より中層と下層の間にも壁があるのだ。それを超えていったいどうやってやり取りを行っているのかわからない。


「確かにそれが事実なら一大事だよ。でもまだ確定じゃないんでしょ?それにどうやって中層と下層がやり取りをしているのさ。間の防壁には上層から派遣された兵がいるでしょ。彼らが自分たちの不利になるようなことをみすみす見逃すとは思えないよ」


 二人が苦い顔をした。


「そこはまだわからない。さすがに一日じゃ調べきれなかった。昨日の夜のうちに依頼受けて朝一で行ったんだがな。下層はソフィアでも勝手がわからないから時間がかかった。とにかくわかったことを急いで伝えようと思ってな」

「このことを上に伝えるの?正しいのかもしれないけど下層民により一層ひどいことをしないかな?もしかしたら中層にも見せしめとして略奪まがいの行為をするかもしれないよ?」

「ああ、確かにそうだな。伝えようと思ったのはウィリアムにだ。手伝ってもらいたくてな」

「僕に?そりゃもちろん手伝うけどこれからどうするの?」


 2人にはいつも世話になっているし、この件はこの国にすむ以上無関係ではいられない。たとえケガしてても手伝おうと思う。ただ上層部に伝えるのなら僕らにできることはあまりない。こういったことは人手がいるから軍を動かすだろう。騎士見習い的な位置の僕たちに出番はない。ならこれから僕らがすることはクーデターを未然に防ぐことだろうか。


「ひとまずこれからはこの予測が正しいかどうかを調べるわ。さすがに今日一日だけの結果じゃ正確とは言えないから。それにさっきウィリアムが言ったように中層と下層がどうやってやり取りしているのかも調べなきゃいけないし。中層の様子からまだ動き出したばかりで準備にはまだまだ時間がかかるだろうから猶予はあるわ」

「そういうことだからウィリアム。これから大変だが手伝ってほしい。鍛錬が大変だろうからいけるときだけでもいいから」


 いつになく真剣な2人の顔。

 恩人である2人に頼まれて、断るなんて選択肢があるわけない。


「ううん、やるよ。たとえボロボロだろうとこの国の一大事なんだから」

「ありがとう、ウィリアムがいてくれてオスカーよりも心強いわ。でも無理しないで鍛錬に集中してね」


 ソフィアの真剣だった顔が一転、いつものいたずらっぽい笑顔に変わる。


「いちいち俺を引き合いに出さないでくれよ。でもウィリアム。これから戦うかもしれない。命のやりとりだ、鍛錬に集中しろよ。まあ俺より役立つウィリアムなら平気だろうが」

「おだてないでくれよ。2人の方がよっぽど強いし、足手まといにならないようにするので精一杯さ。それにソフィア、オスカーがいじけちゃったじゃないか。これじゃあ僕たち二人で行かなくちゃいけなくなっちゃうよ」

「あら、それじゃあウィリアムとこれから二人っきりでこの国中をデートできるのね。嬉しいわ」

「あ、それは悪くないかも」

「おい、ふざけんな!俺は行くぞ!たとえ役に立たなくても絶対に行くからな!!」


 よかった。かなり重大な話だったけど二人は変わらないな。とても頼もしい。オスカーは役に立たないだなんていうけど冗談でもそんなことはないのだ。彼がいれば明るくなるし前を向いていける。戦闘の経験もあるし、強いからとても頼りになる。ソフィアだってそう。

 そんな二人と一緒にいられること、事態の解決に動けることが改めて仲間のようで、認めてもらえたようでうれしかった。2人のためにできることをしよう。





次回、「成果と変化」

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