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夢見る未来に福音を  作者: 相馬
第一部 第一章《始まりの大地》
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プロローグ

 


「おはよう、眠そうだね」



 隣に、あくびをしながら朝食を持って座ってきた友人に声をかけた。



「ああ、昨日遅くまで論文を書いていたんだ。おかげで寝不足だよ。」


「なんでまた夜更かししてまで?締め切りはまだだったろ?」


「一度は前もってチェックするから見せろってさ。急に言わないでほしいよ。」



 よくある、なんてことないしがない会話。


 俺たちは工学系の大学生で寮に入っている。その朝食の席での話。

 今俺たちはもうすぐ卒業が迫っている。そのため今まで行ってきた研究を卒業論文としてまとめなければいけない時期なのだ。


 論文以外にも成果発表に引継ぎ用の資料作成だったりとやることはたくさんある。

 この時期の最終学年はみんな大変だ。


 とはいえ、隣にいる友人とは研究室が異なるため、論文の提出までのスケジュールが俺とは異なる。彼は担当の教授から、最近になって急に今日までに書き上げて一度見せろと言われたのか、朝まで頑張っていたようだ。

 クマができた寝ぼけ眼でのっそりと朝食を口に運ぶ。


 見かねたので同情したら、



「大変だね、急に言われると困るよな。こっちにだって予定があるのに」


「そうだよ、一か月前に言わないでほしいよ」



 違った。単に彼の計画性がなかったせいだった。



「一か月ありゃ十分だろ…」


「俺もお前みたいに要領よけりゃぁな~」



 友人の軽口を笑って流す。

 こういうこともそれなりに長い付き合いで、意外ではなかったし、そもそも締め切り直前に焦って一徹することなんて、あるあるなので笑って済ませてしまう。

 最近は減ったけど、俺もよくやった。


 そんなたわいもない話をしていたら先に朝食を食べ終えたので、友人と別れて部屋に戻って支度をする。

 朝は日課の自主練があるので、他の人よりも早めに寮を出る。

 自主練とは部活のだ。とはいっても現在はもう引退している身だからやる必要はない。

 それでも朝練をするのは好きだからだ。


 俺が入っていた部活は陸上部、それもやり投げだ。だから卒業したら槍に触れる機会はぐっと減ってしまうから、今のうちにできるだけ触っておきたかった。


 やり投げの練習は楽しい。地面にやりが刺さるあの感触はたまらない。高校から大学までずっと続けて、全国大会に出れるレベルにまでなれたのは、やっぱり好きだからっていうのが大きい。


 朝練習は軽く運動した後に、肩慣らしをしてから形を意識して投げる。朝だから本気では投げない。7割くらいだ。


 そうして朝の練習が終わると学校が始まり、一日を研究に費やす。この時期は講義なんてない。ず~っと研究で、成果を出さないと論文が書けなくて卒業できないから大変だ。


 そして研究が終わり放課後になる。


 今日は時間ができたので少し部活に顔を出すことにした。

 そこでは後輩たちが練習に励んでいた。走ったり投げたり跳んだりといろいろな種目の選手がいる。

 そのなかで同じやり投げの選手である後輩の女の子に声をかける。



「よお、調子はどう?寒いけどちゃんと動けてる?」


「あ、お疲れ様です……調子はいつも通りあまりよくないです。」



 この後輩は髪をあごのラインあたりで切りそろえ、眼鏡をかけた少しだけ地味な人見知りをする子だ。

 俺も根気よく話しかけてようやく仲良くなれた。少しおしゃれをすれば結構かわいいと思う。あくまで自分の好みだし、口に出すことはないけれど。


 そんな彼女はあまり自分に自信がないらしく、後ろ向きな発言が少し多い。素質はあるのでもっと自信をもって、楽しんでやり投げをやってほしい。とはいえこういうのは気質があるからすぐには難しいかもしれない。



「そうなの?まあセンスはあるしちゃんと頑張ればできるように絶対なるよ」


「いやぁ、難しいです……それより明日はどうするんですか?ボクはいつでもいいですよ」



 年頃の女の子だし、練習より遊びなのかな。いろいろ難しい。


 ちなみに聞かれたのは明日の休みに二人で映画を見に行く予定のことだ。見たい映画が一緒だったし、仲良くなりたかったからダメでもともとと誘ったらOKをもらえた。男と二人だし3つも年が離れていて、居づらいから断られるかと思っていたのに。


 部活中に遊びの話をするのもよくないと思ったので、部活が終わるのを待ってから明日の予定を決めて寮に帰り、今日を終えた。


 翌日の朝、朝食をとっているとまたも友人と会う。



「よう、今日の予定は?」


「今日は眠くなさそうだな。今日は後輩とデート」



 そういうと、それだけで誰なのか察したのか、にやけ笑いを浮かべる。



「なにぃ?あの子狙ってるのか?デートするとはやるな。あんまり話してくれないからむずかしそうだけど」


「同じ競技だから話す機会が多くてな。仲良くなれたよ」



 休日のお互いの予定を聞きあう。この友人にはすでに彼女がいるので変に僻まれることはない。むしろ俺が普段は僻むほうだ。工業系の学校とあって女子の数は少ない。


 みんな飢えている。


 ただ女子に話しかける勇気がなかったり、興味がロボットに全部向いてる人もいたりするので、女子に話しかけられるものはそう多くない。

 悲しいかな、女子が少ないと免疫がなく、どんどん女子と話せなくなっていくのだ。俺は部活に女子がいるので何とかなっているが、恋人ができるには程遠い。


 縁がなさ過ぎて、中には同性に目覚めるものも……。


 掘られでもしたらもう目も当てられない、きっと俺は自室に引きこもることになる。


 そんな鳥肌を立てる雑談しながらも朝食を済ませた。

 部屋に戻り出かける支度をしているとふいに携帯が鳴った。父親からだ。



「もしもし?父さん?朝からどうしたの」


『いやな、来週末に帰るからそのとき一緒に帰っておいでと思ってな』



 久しぶりの父の声、少し心が温かくなる。


 うちの家族構成は父と母、そして姉がいる。母は地元の家にいるが父親は単身赴任、姉はもう独り立ちしているから、家族は全員バラバラだ。

 だけど父が来週、母のいる実家に帰るらしい。だからお前も来いとそういう連絡だった。姉にも同じような連絡をしてOKをもらったという。


 その連絡を聞いて、思わず笑みがこぼれだす。


 

「わかった。帰るとするよ。久しぶりにそろうね」


『せやな。楽しみにしてるで。ところで今日はこの後何するん?寝てばっかか?』


「んー、友達と遊びに行く」


『女の子か?』


「……」


『ほほー、そうか頑張れよ!』



 くそ、帰るのやめようかな。

 デートというのは照れ臭いのでごまかしたらピンポイントで聞かれ、一瞬返答に詰まった。それだけでもうばれたらしい。

 どうにも親には嘘をつけないようだ。顔は見えていないはずなのにそんなにわかりやすいのか。

 

 親に恋愛どうこうを聞かれるのはめんどうなので、一言二言話して電話を切った。


 ちなみにうちの家は家族の中はとてもいいと思う。父とはふざけたりするし、母の手伝いもよくする。姉とはくだらない話を延々としたりする。家族と会うのは落ち着くし、なんだかんだ嬉しく感じる。


 電話やらなんやらしているうちに出る時間になった。


 待ち合わせ場所にいき、後輩と会う。映画館まで普段しないようなたわいもない話をしながら歩いていって向かった。映画を見た後は休憩と称しておしゃべりをして、夕食をおごった。


 基本的に彼女は予定については受動的なのでおおよそは俺が決めた。特に文句も言わないし、むしろ休みたかったから丁度よかったなどと言ってもらえるのでこちらとしてもよかったと思う。


 そして帰路に就く。

 帰り道を二人で歩きながら考える。


 こんな風にデートっぽいことをしているけど、彼女とどうなりたいのかと。

 好きか嫌いかでいえばもちろん好きだ。ただ俺はもうすぐ卒業で離れた大学に進学する。遠距離なので難しいと思ってためらってしまう。何気ない会話を続けながら考えてしまう。


 そんなとき。



「あの、話があるんですけど、いいですか?誰にもいわないでくださいね……」


「え、うん。なにか悩みでもあるの?」



 彼女から改まって秘密にしてほしい話があると聞いて、少しだけ期待した。

 がっかりしないようにただの悩み事だと自分に言い聞かせながら、僅かに踊る胸をそのままに耳を傾ける。


 ――次の瞬間に信じられないことが起こった。



「実は私と……」


「――ッ!?」



 ――彼女の顔が見れなかった。

 理由は恥ずかしかったからではない。突然胸の部分にとんでもない激痛が走ったから。



「あ、ぁが、はぁ!!」


「先輩!?」



 息が、できない!

 立っていられない!


 道端で倒れる。呼吸ができなくなるほどの、胸が引き裂けるような痛み。

 後輩が心配してくれているのはかろうじてわかった。


 でも声が聞こえない。

 発することもできない。


 次第に意識は朦朧としていき、視界が真っ黒に染まっていく。

 手足の感覚が無くなっていく。


 ここで死ぬ?

 なんで?健康だったはずなのに?こんな即死に近い形で死ぬのか?


 まだ何もできてない。

 今週は父さんと家に帰るんだ。家族みんなに会えるんだ。


 必死に勉強して、念願だった名門大への進学だって決まってるのに。

 未来を夢見て努力してきたのに、ここまできたのに。


 こんな、あっけなく?


 戸惑い、恐れ、悲しみ、怒り。

 様々な感情が自覚することもできないほどの一瞬に駆け巡る。


 俺はここで死ぬ。

 そう理解した、してしまった。


 いくつもの思い出が脳裏に電撃のように迸る。走馬灯が走る。


 そのどれもがかけがえのない大切なものだ。

 失いたくない、まだ消えたくない……!


 願いむなしく意識は途切れる。


 最後に見たのは心配している後輩の顔と……

 真っ暗な星空に一際大きく浮かぶ、輝く星に向かっているような景色だった。





次回「別の世界で」

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