未開人クラウディアの破談
不自然な箇所の修正をしました
「こんなことになってしまって、本当にすまない」
キラキラと光る銀髪をきっちりと撫でつけた見目の良い青年が言った。
「君にもたくさん良いところがあるから」
「具体的に?」
「いや、具体的にどうっていうんじゃなくて、いっぱいあると思うよ」
「言えないのですね」
「ハッ」
本心が出たな。少し溜飲が下がる。
家同士の決め事で婚約が決まり、年に数回顔合わせをしてはや3年。あと半年で婚姻という今になって、好きな人が出来たのだとか。我が家と格は同じで、跡取り娘という立場も同じ。しかし相手は社交上手。
社交下手な私では、婚約者すげ替えなんか当たり前である。それをわざわざ誠実ぶって押しかけてきて、迷惑千万なんである。放っておいて下さいよ。特に感想もないので。
「まだ告白もしていないが、婚約したままというわけにはいかないから」
相手とは、親戚の集まりで出会ったそうだ。遠縁が連れてきた友人だとか。目の前にいる人の家では、親戚の集まりには正式に一族として受け入れられた妻や子供以外出席できない、と聞いていたが?
「話が合うから、趣味の会にも誘ったんだ」
「その話、わたくしが伺う必要はございますか?」
「ハッ」
早く帰って下さいな。
「その子と来ていた親戚と、狩の話をしていたら興味を持ってくれてね。珍しいだろう?ご令嬢で。面白い方なんだ」
「興味ありません」
「ハッ」
どうでもいいですね。狙った殿方に話を合わせてるだけだと思いますよ。器用になんでもこなすから、何にでも付き合って人気者だとのことだけど。
「元気な方だけど、おしゃれにも気を使ってらして」
まだ話すのか?
「では、ご機嫌よう」
「気を悪くされて当然だ」
今度は陶酔?
「貴女の幸せを心から願っている」
「いえ、けっこうです」
「ハッ」
ここは我が家だ。私は立ち上がる。入り口付近で控えていた我が家の護衛騎士がドアを開く。相手の従者が渋面を作る。私は部屋を後にする。睨まれているが気にしない。
私はその足で父の元へ急ぐ。隣室で呼ばれるのを待っていた父は、私が直接来たので驚いた。
「クラウディア、どうした」
「話にならないので退出いたしました」
「えっ、お前はまた」
父がひょろっとした腰を浮かす。
「そもそも、なぜお一人でいらしたのでしょうね?家同士のことなのに」
「いや、家同士の話はついておるから」
父は立ち上がり、落ち着かなく歩き回り始めた。
「では、わざわざ謝罪に見せかけた侮辱行為を娘に受けさせた真意は?」
「そりゃお前、リッターガンゲンも文明人であると知らしめる必要性が」
私はため息をつく。パン!と手を叩いて火の粉を飛ばす。
「やめなさい。火事になるだろ」
父は指を鳴らして火の粉ひとつひとつに細かい水の粒を当てる。
「そういうことをするから、野蛮人とか未開人とか言われて、婚約期間中一度も舞踏会だの茶会だのに呼ばれなかったのだ」
「わたくしの責任だとでも?」
「初めの顔合わせの時、あやつの前髪を焦がしたじゃないか」
「慣れないドレスでもたついたら、鼻で嗤ったんですもの」
家同士の取引だから、互いに仕方なく婚約していたのだ。我が家は魔法を提供し、あちらは研究資金を提供する。
奴の新しい婚約者候補であるオトモダチも、魔法家系である。元々、彼女も候補のひとりであったらしいのだ。たまたま我が家の父とあちらの父が仕事の現場で会い、トントン拍子に話が進んだ。そのあと奴も反対せずに、年に数回の短い面談が続いたのである。
我が家は田舎で、魔法がなければ何も出来ない。それどころか、魔法が使えなければ危険な地域だ。普通の武芸では到底足りない。
「未開人をやめて野蛮人にしたみたいですけどね」
狩や武術に興味があるご令嬢が珍しい、というのは本当だ。通常は野蛮であると忌避される。
「もっとも、わたくしは何もできない、つまらない田舎娘だと思われていたようですが」
「聞いて呆れるな」
「わたくしが言ったわけではございませんのよ」
奴は私が前髪を焦がした犯人だとは知らないはず。ガーデンテーブルの脇に、ワゴンで湯を温めていた。小さな箱に火を焚いて、ポットを乗せておくのだ。そこから火の粉が飛んだと思っていたのだろう。
「そもそも、先方は我が家のことをどれだけご存じだったのでしょうか」
「田舎にこもって魔法研究に没頭し、たまに魔法事故や魔獣襲撃事件の現場を視察に行く一族だと思っていたようだな」
「説明はなさらず?」
「一族以外に知らせる必要はない」
「未開のこの地に耐えられる技量か、魔物と対峙する度胸がなければ、知ってしまったら死ぬだけですもんね」
「正式に婚姻が成立してこちらに住めば、守りようもあるがな」
我が家は魔道騎士である。一族の知識には、知らなければ存在しない魔物もいる。魔獣は質量を持って存在するので誰でも知っている。
だが魔物には特異な性質がある。その存在を知らなければ、その人にとっては実在しないままだ。たとえ隣にいても気づかない。ところが、知った途端に魔物はその人にとって現実となってしまう。対抗手段や気力がなければ、攻撃された人は簡単に命を失う。
魔物の中には、顕現条件が厳しいものもいる。実在化する場所や時間が決まっている種類なら、その条件を避ければ安全だ。しかし、なかには認識した途端に攻撃してくる魔物もいる。
我が家はこのリッターガンゲンの地で、代々魔物や魔獣と戦っている。魔法と武芸と知識と、三本柱で生き抜いている。いまは隣接する王国に併合されたが、その国よりずっと古くから活動している土着民だ。
そのため、王国民からは未開人、野蛮人、土民、などと貶められるのである。
「しかし、お前もそう気難しいとなあ。大人しく婿を取らんと、次代の当主能力者がいなくなる。人界存続の危機だぞ?」
「わたくし、まだ14歳ですわ。だいたい、大人しくしていなかったのは、あちらでしてよ」
「この世間知らずめが。15を過ぎたら貰い手なぞそうそうないわ」
当主能力者とは、その名の通り当主たりうるずば抜けた能力を発現する人物だ。代々嫡流に現れる。父も私もそうだ。代替わりしてもしなくても、各世代の長子が持つ才能である。
「わたくしが拒否したようなお言葉!」
「いや、そうは言わんが。似たようなものであろ」
確かに私もあの人嫌でしたけど。破談になってせいせいしましたけど。
「ともかく、どなたでもご用意いただければ」
「またお前は。物みたいに」
どうせ政略結婚なのだ。そして、能力者は自動的に生まれてくるのだ。そもそもこの地では関係が良好でも劣悪でも、まともな家族ではいられない。
母のように産褥で他界することもある。曽祖父のように魔獣に襲われて帰らぬ人になることもある。大人はしょっちゅう魔獣と戦いに出かけるので、子供時代の触れ合いもない。
わがリッターガンゲンでは、当主は伴侶とあまり親しくないほうがよい。情が深すぎて当主の勤めが疎かになれば、人界が失われる。
「どこで育て間違ったかなあ」
父が目頭を揉みながら嘆息する。
そこへ、伝令が魔獣対抗戦線からやってきた。血相変えて飛んできた。風の魔法に乗って、文字通り飛んできた。
「大変です!危難です!魔獣と魔物と謎の新種が大挙して砦に押し寄せています!」
「なんだと?」
「遍歴騎士がひとり助っ人に名乗りを上げておりますが、受け入れますか?」
「才を見てから判断しよう。クラウディア、ゆくぞ!」
「はい、御館様」
父は直ちに移動魔法を展開して、伝令共々前線の砦に到着する。
うわー!
なんだこの、とんでもない美形。
魔法で強化しているため、筋肉は未発達。
父と同じ長身痩躯のタイプである。だが、父のような枯れ木ではない。ちゃんと肉もついている。
色白の細面、すっきりと鼻筋は通り、目元涼しき美青年。新緑の陰を宿すその瞳が、腰まで流れる柔らかな赤い巻き毛と響き合い、妖艶な魅力すら醸し出す。長い指はしなやかで、傷も節もありはしない。
日没の森陰に立つ麗人が如き佇まい。だが、その眼前では極彩色のケダモノたちが黒い体液を撒き散らしている。体格がさまざまな我が家の騎士たちも、汗や血を流す。
何という肝っ玉。
この人が遍歴騎士か。
「御館様、こちらがお客人です」
「む、かたじけない。助太刀、ありがたく」
「お邪魔にならぬよう、気をつけます」
えっ、ダミ声?
見た目と合わない。かわいい!
なんだろ?ドキドキする。
大量の魔獣や魔物がいて、砦を呑み込む勢いだからかな。流石にこの大群は初めて見たもの。
さて、父も一眼で美青年の実力を認め、挨拶もそこそこに乱戦の中へと飛び込んだ。私も後方から魔法を放つ。父と遍歴の美青年は全く同じ戦闘スタイルで、なよなよヒョロヒョロしているくせに、最前線に躍り出る。
魔法を纏って魔獣と魔物の攻撃を防ぎ、謎の新種にも広範囲攻撃の魔法を叩き込む。炎、雷、水、風、氷に岩に、何でもありだ。戦いながら、父は美青年に魔物という存在の説明をしたようである。
私たち3人の連携で、瞬く間にハザードは収束した。砦の騎士が苦戦した謎の新種も、何だかわからないうちに殲滅した。あとで分析することになるだろう。怪我人もあらかた手当を受けたので、私たちは一息つく。
「いや、助かりました」
「いえ、足手まといにならず良かった」
美青年のダミ声、喋り方が丁寧だから余計可笑しい。思わずふふっと笑ってしまう。美青年の口元も緩む。ひええ。男性なのに艶やか。
「クラウディア!失礼だぞ」
「いえ、可愛いらしい」
「ええっ?」
なんだろう、顔が熱い。なんでそんなにじっと見てくる?
「この地には、如何なるご縁で?」
父が奇妙な雰囲気を断ち切って口を開く。青年は私を見つめたままで語り始める。
彼はわが一族と全く関係のない青年だった。本当に偶然、この地に流れてきた。
元は魔法使いだが、仕えていた小国が魔獣にやられた。国王と2人生き残り、その忠義を認められた騎士として佩剣の誉れを受けたという。
国王と青年は、土地奪還のために騎士を勧誘しながら諸国を歩いた。だが、なかなか志願者が見つからない。そうこうするうちに、国王その人が衰弱して死んでしまった。ふたりともろくに食べられず、限界だったのだ。
青年は魔法の技で餓死を免れている。しかし、自分以外にその魔法は効かない。敬愛する王を救けることが出来なかった。せめて誰か信頼できる主君を見つけて、あの地を魔獣から取り返したい。ひとりおめおめと生き残った恥を雪ぎたい。そう思って旅を続けた。
「そして、この地でハザードに遭遇し、愛らしい方を見つけたのです」
「まあ、愛らしいなんて。貴方のような素敵な方に」
ふわふわと落ち着かない。見られると目を逸らしてしまう。それなのに今度はこちらからチラチラ見てしまう。
「お名前を伺っても?」
父がなにやら満足そうに切り出す。
「はい。私は魔法使いにして亡国スウィング最後の騎士、ウィロウにございます」
「ようこそ、我ら人界の護り手が集いし混沌の大地、リッターガンゲンへ!わたしは当主フリードリヒ、こちらは跡継ぎ娘のクラウディア」
「御当主、クラウディアさま、しばしこの地に留まっても構いませんか?」
ウィロウ青年は、私から目を離さない。
「うむ!うむ!よきかな。よきかな。是非ともわが家の婿に」
「お父様ッ、初対面の方に何を仰るの?」
「いえ、クラウディア様、是非ともお願い申し上げます」
「な、何故ッ」
なんなのこの人?会ったばかりなのに。何を言い出すのかしら。私は、特殊な一族の次期当主。あなたのなんちゃら王国再興には手を貸せない。そんな暇ないです。
「同じ赤毛に生まれた宿命、揃いの瞳に緑滴る」
なに?なに?何か始まった。ええと、関わらないほうがいい人?
「魔法使いに相応しく、血色は悪く肉付きも悪く、目つきはするどく、眉太く、声は嗄れて」
悪口でしょうか。
「恥じらい見せる仕草慕わし」
ウィロウ青年は魔法で小型の弦楽器を作り出す。シャランと鳴らして甘い音が溢れ、砦の騎士が腰を下ろした。
「好ましきこと限りなく、素早く強く正確な攻撃、魔物の腹を裂き、魔獣の首を飛ばす勇ましさ」
そこからは言葉を乗せず、ダミ声の人らしい荒々しいリズムに切り替わる。私の心も浮き立った。
これはまずい。
これはダメよ。
この地の当主は、互いに心を預けない政略結婚でなくては。冷静な関係がいいのよ!
「ダメよ!破談よ!御館様!」
「ホッホッホッ!そんなに気に入ったか、クラウディア」
父がご機嫌に手を叩き、光で小鳥や蝶を生み出した。ウィロウの指は忙しなく指板を踊りまわり、反対の手は弦をかき鳴らす。彼もまた上機嫌だ。
私を熱く見つめ、父となにやら通じ合って頷き交わし、弾き納めると盃を交わし出す。
その合間に、時々やってくる魔獣や魔物をノールックで消し飛ばす。父とはすっかり親友である。
「ねえ、破談よ?破談にしましょう?」
私は必死で訴える。
それから50年。
長男に家督を譲り、次男はスウィング王国を再建した。
「ねえ、可愛いクラウディア。私にして良かったでしょう?」
50年経ってもこれである。
「何ですか、いい歳をして!離縁、離縁ですわ!」
「そんなことを言う口は塞いでしまいましょう」
ウィロウがいまだほっそりしたしなやかな指で私の頬をつつく。それから顔を近づけてきた。それを見た長男が叫ぶ。
「おふたり、お部屋でどうぞ!ピッポが見てます!」
ピッポは長男の孫息子、つまり曾孫である。まだ幼いが、桁外れの才を見せ、お家は安泰だ。
「では、そうしようか?クラウディア?」
「行きませんよッ!ほら、ピッポ、練習しましょうね〜」
「ジジ様かわいそうでしょ!ババ様、ダメでしょ!」
おませなピッポが余計なことを言う。
「いいんだよ、ピッポ。クラウディアはそこがまた可愛いんだから。お前も大人になったら解るよ」
ウィロウは艶やかに微笑むと、私の手を取って庭に出る。家族全員、ゾロゾロと出る。空を見上げると、飛行種の魔獣が毛むくじゃらの体にツルツルの羽根を広げていた。
「大ジジ様、ピッポやっていい?」
「勿論だとも」
まだ腰の曲がらない、相変わらず枯れ枝な父がニヤリと頷く。次の瞬間、ピッポはキュッと目を細め、飛行魔獣は霞のように消えてしまった。
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