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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
98/117

学園祭、開幕 1

 天気は快晴。しかし日差しは強く照りつけることもなく、シルフ島はいつも通りとても過ごしやすい気候だ。校舎内の生徒たちは高まるテンションを抑えきれず、あちこちが喧騒に包まれている。

 そんな中。


『ドリアナ学園諸島、学園祭の開催を、ローラ・エリュシオンが宣言するんだよ!』


 世界のアイドルによる諸島全域へのアナウンスで、ついに学園祭が始まった。


 途端に湧き上がる歓声。最初からクライマックスとはこのことだ。雄叫びを上げるものがいれば、指笛を鳴らすものもいる。校舎の外では魔術による花火が打ち上げられて、校庭に設置された特設ステージではローラによるオープニングライブが開かれている。


 教室からそのライブを見下ろしている龍太は、残念ながら会場で直接見ることは叶わなかった。クラスメイトのローラファンのやつらが、血涙を浮かべながらシフト交代を頼んできたからだ。


「よっしゃ、準備はええか野郎ども!」

「「「おおー!!」」」


 ベトナムの民族衣装、アオザイに身を包んだソフィアが前に出て腕を上げると、クラスメイトたちもやる気満々の声を返す。

 野郎どもとは言っているが、もちろん男子だけじゃない。ちゃんと女子もいるし、ホール作業に割り当てられた生徒たちはコスプレしている。


「肝心なんはスタートダッシュや! ローラ様がライブの最後で宣伝してくれるから、客はようけ来る! でもそれを捌ききれんかったら二日目以降が続かんで!」

「ローラ様の期待を裏切ってなるものか!」

「やってやる、やってやるぞ!」

「目指すは売り上げNo. 1よ!」


 やる気があって大変結構。少し離れた位置からそんな様子を見ている龍太は、だからこそ逆に落ち着いたテンションになっていた。


「しかしこうして見ると、見事にバラバラな衣装だよなぁ」

「コンセプト自体はひとつのはずなのだけれど、おかしな話よね」


 振袖を着たハクアが、隣で楽しそうに微笑んでいる。

 異世界コスプレ喫茶。ハクアの言う通り、コンセプトは異世界の衣装ということで統一している。しかしこれが仮に、元の龍太の世界だったら。思い思いにコスプレするだけの仮装大会にしかならない。


 学園祭のリーダー、本人は店長を自称しているソフィアはアオザイを着ているし、他の生徒たちも警察の服だったり軍人が着るような迷彩服だったり、色んな民族衣装だったり。スポーツ選手もいればバニーガールもいて、挙句ご当地ゆるキャラの着ぐるみを着てるやつまで。

 かくいう龍太は、ハクアに合わせて袴を着ていた。二人揃うと成人式の様に見えなくもないし、龍太にとってはコスプレと呼んでいいのか微妙なところだが。


「どうでもいいけど、もう外に客が並び始めてるぞ、ソフィア」

「よし、開店や! 気合い入れていくで!」


 侍の甲冑を着たクロに言われて、ついに異世界コスプレ喫茶が開店した。

 昨日までにセットした席へ客を通し、注文を取ってドリンクや料理を運ぶ。やっていることは飲食店そのまんまなのだが、着ている服のおかげですこぶるやりにくい。

 やっぱり袴は給仕に向いてないよ。


 時折コスプレの説明を求められたりしながら、客の生徒や普段は校舎で見ない大人の人たちを楽しませていると、時間はあっという間に過ぎていく。


 学園祭が始まってから、つまり開店から一時間ほどが経った頃、知り合いがやってきた。


「い、いい、いらっしゃいませっ!」


 クラスメイトの緊張した裏声に、つい顔をそちらへ向けると。

 緊張するのも当然、龍の巫女が二人同時にご来店だった。


「へえ、盛況じゃねえか。隣の女さえいなけりゃオレも楽しめたのにな」

「あ、お久しぶりですね龍太くん、白龍様。元気にしてましたか?」

「無視かよ」

「あら、なにか言いましたか?」


 バチバチに火花を飛ばしているクローディア・ホウライとアリス・ニライカナイだ。

 クローディアは相変わらず男性用のスーツをカッコよく着こなしているが、アリスは立場の割にラフな格好。


 ホウライとニライカナイの巫女は仲が悪いと話には聞いていたけど、こうして一緒にいるのを見るあたり、実は仲がいいのではないだろうか。


 固まって使い物にならなくなったクラスメイトを助けるためにも、龍太が二人を案内することに。


「久しぶりです、クローディアさん、アリスさん」

「よおリュウタ、その後無茶はしてねえだろうな。お前はちょっと目を離すとボロボロになりやがる」

「ローグでのことは聞きましたよ。わたしもその場にいられたらよかったんですけど」

「はっ、ニライカナイ様はお忙しいからな」

「ええ、それはもう。ホウライとは比べ物にならないくらいには」

「あ?」

「なにか?」


 いやこれダメだわ。めっちゃ仲悪いわ。

 クローディアはメンチ切ってるし、アリスは笑顔のはずなのに怖いし。


 お互いに魔力が漏れているのか、教室内を暑さと寒さの相反する二つが包む。クラスメイトどころか客もビビっていて全く動けずにいると、そんな二人の間に割って入ったのは、振袖姿の我がパートナー。


「二人とも、そのあたりにしてちょうだい。周りの迷惑よ」

「チッ……」

「すみません、白龍様……」


 ハクアに言われれば二人とも弱るのか、思いの外素直に引き下がった。

 龍太はクローディアを、ハクアはアリスをそれぞれ離れた席に案内する。他のやつらは恐れ多くて接客もできないだろうから、実質専属で相手をしなければならない。


「本当に仲悪いんすね」

「まあな。かれこれ二十年はあいつと付き合ってるけど、好感の持てるところなんかひとつもねえよ」


 これは筋金入りだ。宿した龍神の影響とも聞いていたが、そこまで長くいがみ合っているということは、クローディアとアリス個人同士としてもそりが合わないのだろう。

 まあ、龍太の印象だけで言っても不良と優等生みたいな、相反する二人だ。


「注文はなににします?」

「コーヒー。それと、このサンドイッチも頼む」

「分かりました」


 注文を受けて一度裏に引っ込むと、疲れた様子のハクアも戻ってきた。とりあえず調理係に注文を告げて、ハクアと二人、大きくため息を吐いた。


「まさかあの二人が一緒に来るなんてね……予想外だったわ……」

「あれ、マジで仲悪いんだな」

「ええ、アオイが普段から苦労しているそうよ。どうせなら、彼も来てくれればよかったのだけれど」


 どうやら、ドラグニアでお留守番らしい。やることがあるとかで残っているとハクアがアリスから聞いた様だが、それがなくても蒼は簡単に国を離れられなかっただろう。

 なにせ今このドリアナ学園には、巫女が四人も揃っている。つまり、他の国はその分だけ防衛力が落ちているのだ。

 そこに蒼まで不在となれば、今度はドラグニアでよからぬ事を起こそうとするやつが出てくるだろう。


 コーヒーとサンドイッチが出来上がったので、それを持ってクローディアの元へ戻る。

 豪快にサンドイッチを頬張るクローディア。龍の巫女にはそれぞれお世話になったが、中でもクローディアは、一番最初に龍太たちを助けてくれて、面倒を見てくれた。

 だからか、彼女の方も意外と隆太のことを気にかけてくれているようで。


「で、どうだ。白龍との仲は」

「ええ、まあ、ぼちぼち」

「んだよ煮え切らねえな。もうヤッたのか?」

「なっ……! なんてこと聞いてんすか!」


 この手の質問がくるのは予想していたが、そこまでずけずけと踏み込んでくるとは。

 声が聞こえていたのか、離れた位置に座らせたアリスから非難の言葉が飛んでくる。


「ちょっと、なんてこと聞いてるんですか! 品がありませんよホウライ! これくらいの歳の男の子は繊細なんですからね!」


 やめて、本人を前にして繊細とか言わないで……本当にどうして蒼はこの場に来てくれなかったんだ……。


 アリスの隣に立っていたハクアも、顔を薄らと朱に染めている。そして龍太の視線に気づいたのか、一瞬目が合って、二人とも勢いよく顔ごと逸らした。


「ほら、二人ともこんなに初々しいんですから! 外野のわたしたちがとやかく言ったらダメなんです!」

「バハムートセイバーはこいつらの仲に比例して強くなんだろ? だったら多少はこっちからせっつかせねえとダメだろうが」

「あなたは本当にいつもいつも……織くんと愛美ちゃんの時もそうでしたよね」

「ああ、あの二人も面白かったよなぁ。今度こいつらにも同じことしてみるか」

「そんなことしたら本気で起こりますよ」


 そんなことするまでもなく、すでに本気で怒っているのか。アリスからは魔力とともに僅かな殺気まで漏れ出す始末。蒼じゃなくてもいいから、朱音か栞がいてくれればよかったのに。


 居た堪れなくなった龍太とハクアも動けなくなって、誰もこの二人を止められるやつがいなくなってしまった。

 このままヒートアップするかに思えたのだが、そこで救世主たちが現れる。


「や、やっと見つけましたよアリス様……!」

「やっぱりここにいたわねクローディア様!」


 アリスと共にドラグニアからやって来た宮廷魔導師長のシルヴィア・シュトゥルムと、クローディアの案内役を任されたと言っていたクレナの二人だ。

 どうやら、クローディアもアリスもそれぞれ案内役から逃げ出して来たらしい。


「チッ、もう来やがったのかよ」


 文句を言いつつ、クローディアはサンドイッチとコーヒーを一気に胃に収めて立ち上がった。


「じゃあなリュウタ。学園祭中は()()()あるだろうが、オレたちに任せとけよ」


 言外に、帝国やらスペリオルやらの事情は察しているぞと告げて、クローディアはクレナと共に去っていった。頼もしい限りだ。


 しかし一方でアリスはというと、シルヴィアが来ても立ち上がることはなく、ゆっくりと紅茶を飲んでいる。


「ほら、アリス様も行きますよ。まだ挨拶回りが残ってるんですから!」

「どうせ、ローグ滅亡のごたごたに乗じて色々企んでる貴族の人たちでしょう? 待たせておけばいいんですよ」

「はぁ……」


 ため息を漏らしつつ、シルヴィアもアリスと同じテーブルについた。龍太もそちらに歩み寄ると、シルヴィアは笑顔を向けてくれる。


「魔闘大会以来ね、リュウタ。こうしてゆっくりお話しできるのは初めてかしら」


 魔闘大会の一回戦、シルヴィアはドラグニアの王とお忍びで参加していた。その後大変だったのは聞くまでもないだろうけど、今回はまたアリスに振り回されているようで。

 苦労してるんだなぁ、とちょっと可哀想に思えてしまう。


「ところで、アカネはいないのかしら?」

「あー、朱音さんなら今いないっすよ。ちょっと野暮用で」

「そう……」


 まさか帝国に向かったとはこの場で言えず濁して答えれば、シュンと肩を落とすシルヴィア。可愛いなこの人。

 たしか、朱音とは彼女の両親も含めて友人だと言っていたか。


「シキとマナミにも会えないから、アカネとは久しぶりにゆっくり会って話したかったのだけれど……いないなら仕方ないわね……」

「まあまあ、そう気を落とすことはありませんよ、シルヴィア。織くんと愛美ちゃんには、もう少しで会えるかもしれないってこの前説明したじゃありませんか」


 ふと漏らしたアリスの言葉は初耳のもので。

 それはつまり、現在凍結状態にある龍太の世界が、解放されるということなのでは?


 聞きたいが、この場で聞くわけにもいかない。しかし気になる。そんな感情が顔に出ていたのか、アリスは申し訳なさそうに眉根を寄せた。


「この話はまた今度、栞ちゃんから聞いてください」

「そうね。ところでシルヴィア、席についたのだから注文してもらってもいいかしら?」

「あ、はい!」


 それからシルヴィアの注文を受けて、ハクアはまた裏に引っ込む。すぐに戻って来て、シルヴィアの前にティーカップを置いた。


「そういえば、よく話だけは聞くんすけど、朱音さんの両親ってどんな人なんすか?」


 聞けば、アリスもシルヴィアも揃って目をぱちくり。

 元の世界であった戦いは、その概要だけとは言え聞いている。龍太もあの街に住んでいたのだし、桐生探偵事務所の噂程度なら知っていた。ただ、その本人たちと直接会ったことがあるわけじゃない。


 朱音と丈瑠の口からのみならず、桃や緋桜、栞などの異世界組に、アリスやシルヴィア、クローディアの口からも語られる二人。

 気にならないわけがなく、どうやらそれはハクアも同じな様で。


「たしかに、いろんな人から話だけは聞くわね。あなたたちとも親しかったようだし、気にならないと言ったら嘘になるわ」

「んー、朱音ちゃんから聞くのが一番早いとは思うんですけど……まあ、あの子から聞くとかなり脚色されそうですしね……」

「二人はあたしの友達よ!」

「シルヴィアもご覧の通りですし」


 そうですねぇ……と悩むアリス。え、そんなに悩む様な人たちなの? どんな人なのかって聞いただけなのに?


「二人ともいい子たちですよ。愛美ちゃんの方は、とても家族思いです。ただまあ、時々タガが外れると言いますか……わたしや蒼さんでも手がつけられなくなる時がありますけど……」

「あなたたちでもって……相当強いのね、その子」

「ええまあ。強いのもそうですけど……ちょっと、頭のネジが二、三本吹っ飛ぶ時があるだけです」


 いや、だけ、って。それ相当やばい人なのでは? 龍太は訝しんだ。


「織くんは、なんといいますか。良くも悪くも常識人というか、どうしても魔術師の世界に染まりきれないというか。色々と苦労してる子ですね」


 この場合アリスの言う魔術師の世界とは、この世界ではなく龍太たちの世界における魔術師たちの、ということだろう。

 世界の裏側に潜み、現代では一般人がまず目にすることのない、血生臭い戦いの世界。


「織くんも元々は、龍太くんと似た様な感じだったんですよ。完全に一般人だったわけじゃありませんでしたけど、ただ魔術を使えるだけの、戦ったことなんて一度もない子でしたから」


 そんな人が、急に戦いの世界に放り出された。そしてこれまでに聞いた話によれば、そんな普通の男子が世界の命運を左右することになってしまった。


「本当に、あの子は色々と大変でした。悩んで、苦しんで、そんな姿を近くで見ていても、わたしたちにはどうしようもありませんでした。その悩みも苦しみも、本人だけのものですから」

「それでも、やり遂げたんですよね」

「ええ。織くんはひとりじゃありませんでしたから。あの子には愛美ちゃんや朱音ちゃんといった家族も、仲間もたくさんいました。決してひとりで戦わず、色んな人たちの力を借りていました。自分は弱いから、それでもその弱さを抱えたままで、強くなりたいと」


 だから、と。そこで一度区切り、微笑みを浮かべて。それでも、どこか遠くを見るように。龍太を通して、他の誰かを重ねるように。アリスは言った。


「龍太くんも、決してひとりでは抱えないでください。わたしたち巫女もついていますし、仲間もいます。なにより、あなたには白龍様がついてますから」



 ◆



 店を出たアリスとシルヴィアは、この後またお偉方への挨拶回りに戻らねばならない。巫女としてというより、ドラグニアの王族としての義務だ。

 煩わしくは思うものの、牽制の意味も込めてやらないわけにはいかない。


 ただ、そっちは正直どうでもよくて。


「シルヴィア、動きはありましたか?」

「まだみたいです。シオリが言っていたように、やつらが動くのは二日目以降かと」


 背後からついてくる元従者に訊ねると、予想通りの答えが。

 帝国とスペリオルの件に関しては、報告を受けている。ここで叩く準備もしてきた。


 しかし、どうにも悪い予感がしてならない。

 どうしても重なるのだ。これまで多くの戦いを経験して来た龍の巫女の直感が、そう簡単に終わらないと告げている。


 その上、どうにも重なって見えてしまう。

 学園祭によからぬことを企んでいる輩がいて、子供たちには手出しさせず、自分たちだけでどうにか解決させようとする、今の状況が。

 アリスが異世界で過ごした十六年の、その最後の年に起きたあの時と。


 異世界の友人たちの話をしてしまったからか、余計に。


「織くんと愛美ちゃんがいてくれれば、本当に心強かったんですけどね」

「アリス様……」


 つい漏らしてしまった弱音は、巫女として許されないものではあるけれど。

 可愛らしくも頼りになる、とても強くなった歳下の友人を思い返して、アリスは苦笑を浮かべる。


「ごめんなさい、シルヴィア。わたしよりも、あなたの方があの二人と会いたいはずなのに」

「いえ、あの子たちとの付き合いは、アリス様の方が長いじゃないですか」


 これはこの世界の問題だ。異世界人であるあの子たちは、本来関わらなくてもいい案件。

 それこそ、龍の巫女である自分がどうにかしなければならない。


 何度もつらく苦しい思いをしてきた彼らを、巻き込んでいいはずがない。

 そんなアリスの思いとは裏腹に、しかし本人たちがいれば進んで首を突っ込もうとするだろう。朱音のためにあちらの世界をどうにかする算段はつけているけど、そうなれば間違いなく織も愛美も参戦する。


「少なくとも、帝国の件はあの子たちが来るまでに片付けておきたいですね」


 誰に言うでもなく独りごちて、アリスは喧騒に包まれた校舎の中をシルヴィアと共に歩く。


 失敗、撤退、敗北。

 その全てが許されない。求められる結果は勝利のみ。

 それが龍の巫女だ。



 ◆



 アリスとシルヴィアが店を出た後、暫くしてから龍太とハクアもシフトを終えて、学園祭を回ることになった。

 どつやら、ローラのライブはすでに終わってしまったらしく、少しもったいない気分になったり。どうせなら彼女のステージも見たかった。


「さて、どこから回る?」

「まずは軽く食べるものを探しましょう」


 お互いに着替えず、袴と振袖のまま、手を繋いで校舎内を歩く。

 普段見慣れない格好のハクアに未だドキドキするけれど、学園祭が行われる三日間、ハクアはずっとこの格好なのだ。無理にでも慣れないと心臓が持たない。


 そしてそんなハクアが言ったように、そろそろお昼時。朝から働きっぱなしで腹の虫が何度鳴きそうになったことか。

 賑やかな校舎を抜けて、二人はシルフ島からウンディーネ島へ移動した。


 ここも校舎と同じく、普段にはない喧騒に包まれていた。屋台が多く並んで、シンボルマークの噴水前には校庭のものと比べれば少し小さいステージもある。

 その上で綺麗な魔術を披露している生徒たちを横目に、二人は屋台を回る。


 元の世界でお祭りの屋台といえば、焼きそばにたこ焼き、ベビーカステラやらわたあめと色々思い浮かぶものはあるが、世界が違っても基本的に大筋は変わらないらしい。

 ソースの焦げた匂いが漂って来て、空腹が刺激される。


 結局買ったのは串に刺さった焼き肉を何本かと六個入りの唐揚げ。見事に肉ばかりだ。

 腹を満たした後はサラマンダー島に移動して、ここには大掛かりなアトラクションもやっていた。しかし二人の目に入ったのは、絶叫が聞こえてくるジェットコースターでもなく、これまたなぜか絶叫が聞こえてくるコーヒーカップでもなく。


「あ、見てリュータ。射的があるわ!」

「やっていくか?」

「そうしましょう!」


 比較的小さな射的の屋台。しかしお祭りによくあるようなタイプではなく、難易度は易しい、普通、難しいの三つに加えて、おどろおどろしいフォントで地獄と書かれた計四つ。

 そしてもちろんハクアが選んだのは。


「あの子、地獄に挑戦するのか……?」

「嘘だろ、この屋台始まって以来誰もクリアしたやつがいないんだぞ⁉︎」

「仮にドラゴンでも、あれは絶対無理だな」


 集まっていた野次馬たちが、聞いてもいないのに色々教えてくれる。

 どうやらこの屋台は学園祭恒例らしく、最高難易度は過去誰もクリアしたものがいないのだとか。屋台とは言うがフィールドは屋内で広く、しかも射的とは名ばかりで、なんと的の方も反撃してくるらしい。どうなってんだ。


「お嬢ちゃん、本当に難易度は地獄でいいのかい?」

「ええ、景品は好きなものを持っていっていいのよね?」

「そりゃもちろん、クリアできればの話だが……」


 ハクアが狙っている景品は、どこぞの古代遺跡から出土したらしい機械のパーツ。正直龍太にはなんの価値があるのかよく分からないが、考古学者にとっては垂涎ものなのだろう。


「見ててねリュータ」


 余裕のある笑みを見せてフィールドに入ったハクアは、愛用のライフルを構える。続いて、的である銃を構えた人型の機械が現れる。よく見ると、ボディに『made in Highnest』と書かれていた。あいつらが作ったのかよ。


 ゲームスタートのホロウィンドウが現れると同時に、ハクアが引き金を引く。しかし銃口が向いてる先は天井。真っ直ぐに進む魔力弾はそこに突き刺さることなく、跳弾して機械の一体に当たった。曲芸じみたそれに野次馬たちが湧くが、それで終わらない。

 跳弾は一度のみならず、的に当たった後も続いてまた別の機械に、さらにまた別の機械にと続いて、やがて野次馬たちも言葉を失い、全ての機械が沈黙する頃には完全にドン引きしていた。


「こんなものかしら」

「あ、ハクア。あとひとつ残ってるらしいぞ」

「そこね」

『Reload Acceleration』


 カートリッジを装填し、今度は正面に魔力弾を放つ。最後の的は、どうやら人型の機械ではなく普通の的だったようで。ただし、強化した動体視力でなければ捉えられないほどに早く動いていた、めちゃくちゃ小さな的。こんなの詐欺だろ。

 しかし加速した魔力弾とハクアの正確な未来予測による狙撃は、そんな的も簡単に撃ち抜いた。


「それじゃあ、景品は貰っていくわね」

「あ、ああ……」


 非常に満足げなほくほく笑顔のハクアが景品のパーツを手に取り、呆気に取られた店主を尻目に二人は射的屋を出た。

 結局、どの辺が地獄なのか分からなかったな。店主もまさか、たった二発の魔力弾で終わるとは思っていなかっただろう。心の中で合掌しておこう。


「それ、なんの機械なんだ?」

「よく聞いてくれたわね! これはドラグニア東部にある遺跡から出土したのだけれど、なんの機械なのか全く分かってないのよ! その遺跡に残っていたどの機械とも合わないパーツで、本体は既に失われてしまったと言われているのだけれど、その謎を解きたいと思うのが考古学者ってものだと思うの!」


 いや分かってねえのかよ。

 爛々と輝く瞳で嬉しそうに早口なハクアは、好きなものについて語るオタクそのものだ。


「ハクアが楽しそうで良かったよ」

「ふふっ、ええ。けれど、学園祭は始まったばかりなのだから、もっと一緒に楽しみましょうね」


 ご機嫌なパートナーから笑顔で言われて、龍太も頷いた。

 気がかりなことは多くあれど、ハクアがこうして楽しそうに笑ってくれるんだ。周りの大人たちが言うように、龍太も少しはなにも考えず、ハクアと一緒に楽しむことを考えた方がいいのかもしれない。

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