交錯する厄介事 2
朱音が捕まえた帝国の刺客たちは、ひとまず栞の元へ転移でお届けすることになった。事情を知らせるために通信していた朱音が戻ってきたことで、再び話し合いが行われる。
「それじゃあ、聞かせてもらおうかな。帝国の公女様?」
「そんなに睨まないでくださいよ、キリュウ先生。うちの従者がビビってますから」
「びびびビビってなんかいませんよお嬢様!」
めっちゃビビってんじゃん。
ドラゴンへの嫌悪感を別にすれば、ジョシュアの生意気さも可愛く見えてくるから不思議だ。龍太は今日一日で、少年従者の見方が少し変わった。
しかし、朱音のその、敵意を微塵も隠そうとしない目もどうかと思う。一応相手は大国の公爵家だ。それはそれは偉いお貴族様だ。
当人はなんともあっけらかんとしていると言うか、にこにこと仮面を貼り付けているけれど。
「一応聞きますけど、ここでの会話がどこかに漏れたりとかは?」
「──これで満足?」
「ええ、それはもう」
ため息と同時に結界を張り巡らせた朱音に、ルビーは満足げに頷いた。
先ほどまでとは違って、本当に誰にも聞かせられない、少しでも外に漏れる可能性を潰しておきたいような話が、これから行われる。
「それじゃあ、改めて自己紹介を。あたしはルビリスタ・ローゼンハイツ。ネーベル帝国ローゼンハイツ公爵家息女であり、また同時に、革命軍参謀を務めています」
「革命軍……?」
聞き慣れない単語が飛び出して、龍太はつい反芻してしまう。どうやらハクアも知らないのか隣で首を傾げていて、明確な反応を見せたのは朱音のみだった。
「そっちか……まさかこの学園にいるなんて……」
「あれ、キリュウ先生はご存知なんですか? これでも一応、帝国では存在を公表されてない秘密組織なんですけどねー」
「魔女から聞かされてるから、頼りになるけど信用できない協力者の話は」
桃や緋桜が所属しているギルド、魔女の晩餐のことだろう。あのギルドは表向き存在しないことになっているが、帝国の監視として唯一東の大陸に位置するギルドだ。定期的に連絡を取り合う中で、革命軍なるもののことを聞いたのか。
「お嬢様、少しお時間をくださいますでしょうか」
「手短にね」
ソファから立ち上がったジョシュアに、紅茶を飲んでいるルビー以外の視線が集まる。そうしてハクアのすぐ近くまで歩み寄ってきて、自然警戒する龍太。今度はどんな難癖をつけるのかと身構えていたのだけど。
なんと、あろうことか、帝国貴族に仕えているはずの少年は、ハクアの前で跪いた。
「これまでの度重なるご無礼、まことに申し訳ございませんでした、白龍様!」
告げられたのは謝罪の言葉。これには龍太だけでなく言われたハクアも、訳知り顔だった朱音も、呆気に取られてしまう。
「えっ、と……どういうことなのかしら?」
「本来であれば貴方様が学園に来られた際、真っ先に出迎えに上がりたかったのですがっ……! 現在は私も任務中の身であります故、どうか平にご容赦を!」
大きな声でつらつらと謝罪を口にしているジョシュアだが、こちらは全く事情を理解できていない。
もしかして、実はジョシュアは熱狂的な白龍ファンだったとか? いやでも、あんなにドラゴンのことを嫌っていたのに?
「……あなた、もしかして家名はシュタイナーと言うのかしら?」
「……っ! ええ、ええ! その通りです! 申し遅れました、私はジョシュア・シュタイナー。白龍教会枢機卿、ニコル・シュタイナーの孫です!」
感激した様子のジョシュアに、ハクアは若干引き気味だ。さすがに割って入ろうかと腰を上げようとした時、今度はこっちに視線を向けるジョシュア。
「アカギリュウタ様! あなたにも申し訳ないことをしました! 白龍様のパートナーを相手に数々の罵詈雑言、誠に申し訳ありませんでした!」
「お、おう……俺にもそのテンションなんだ?」
「白龍様のパートナーですから! 白龍教会ではあなたも同じく、信仰の対象です!」
「勘弁してくれ……」
思わず両手で顔を覆って天井を仰いだ。
こちとら単なる学生だぞ。
「えっと……つまり、あなたは今まで演技をしていたということ、でいいのよね……?」
「はい。お嬢様の指示に従い、断腸の思いで演技をしておりました」
「それにしては本気っぽかったし、よく引き受けたなそんな役」
「私も悩んだのですが、逆に考えることにしたんです。多くの信徒の中でも、白龍様やアカギ様に罵詈雑言を浴びせられるのは自分だけ。つまりこれは私だけの特権だと」
ドン引きした。こいつヤバいやつだ。どうしてそんな恍惚とした表情を見せられるんだ。
「ジョシュア、長い」
「失礼しましたお嬢様」
ルビーから窘められて、少年従者は素直に下がる。そして主人の少女が、ジョシュアの経歴について説明してくれた。
「ジョシュアは帝国じゃなくて、聖地出身なんですよ」
「ああ、それで……」
苦笑気味に納得しているハクア。
聖地とは、先日ハクアとの話にも出てきた聖地ノヴァクのこと。南の大陸の果て。この世界、この惑星の最南端に位置する場所だ。
住民のほとんどがドラゴンで、国から独立した宗教都市。古代文明のあるドラゴンを祀っていると言っていたが、まあ、ジョシュアの様子を見れば、信仰対象は一目瞭然だ。
「枢機卿は元気かしら? 前に会ったのはもう七年前になるのだけれど、あの子ももういい歳でしょう?」
「あ、私もその人会ったことあるかも。一回だけノヴァクに行ったことあるんだよね」
記憶を辿っていた朱音は、顎に人差し指を当てて思い出しつつ話す。
「聖龍の転生者がこっちの世界にいたから連れて行ったんだけど、あのおじいちゃん腰抜かしてたんだよね。ストレスで禿げたらどうしてくれるんだって文句言われた」
「キリュウ先生、残念ながら祖父の髪はもう……」
「あらら」
悲しそうに俯くジョシュアに、さしもの朱音も苦笑い。そうか、禿げちゃったか……。
そこでふと、思う。ジョシュアの出身地がどうであれ、これまでの言動が全て演技なのだとしたら。では、その主人として学園にいるルビーはどうなのだろう。
「ルビーも、学園では演技してたのか?」
「してたかどうかについては肯定しますよ。でも、せんぱいが聞きたいのは、あたしがドラゴンをどう思っているかですよね?」
頷く。聖地出身のジョシュアを連れているくらいなのだから、やはりルビーもドラゴンを嫌っているということはないのだろうか。もしそうであったら、嬉しく思う。
龍太たち人間の学生にとって、ドラゴンは大切なパートナーだ。家族であり、友人であり、あるいは恋人であり。その関係性はそれぞれだが、形は違えど絆を育んだ相手なのだ。
嫌われているよりは、好かれている方がいいに決まってる。
だが、ルビーは龍太の期待していた答えを齎してはくれなくて。
「しょーじき、どうでもいいですね」
「どうでも……?」
「そもそも、ドラゴンって種族を一括りにして嫌いだって判別するのはどうかと思うんですよ。魔物ならともかく、人間と殆ど変わらないじゃないですか。知性も理性も兼ね備えた生物ですよ? だったら個性は生まれますし、悪いドラゴンも良いドラゴンもいるんです。人間が嫌いとかドラゴンが嫌いとか、そういう一々主語が大きい話って、あたし的にはどうかなーって」
「少なくとも、嫌いじゃないってことだよな、それ」
「嫌いじゃないだけですよ」
どこか呆れたようなため息を漏らし、肩をすくめながらルビーは話を続ける。
「自分で言うのもあれですけも、あたしは帝国の、それも高位貴族の生まれですよ? 周りにいるのは百年も前の戦争に固執してドラゴン嫌いを拗らせた馬鹿ばかり。実物のドラゴンなんてこの学園に来て初めて見ましたし、まだ二年生、入学して一年ちょっとです。判断するには早すぎると思いません?」
ネーベル帝国は、百年戦争が開戦した国だ。だからこそこの時代においても、極端なまでにドラゴンを嫌う。国の上層部も、そこに生きる国民たちも。
その中にあってルビーのこの考えは、周りから異質だと映るのに十分だろう。
いくら公爵家のご令嬢とはいえ、異質なものは集団から排斥される。この学園に入学した訳も、なんとなく察せられる気がした。
「なら、どうしてジョシュアを自分の従者にしたのかしら。あなたの考えは分かったのだけれど、そもそもその子が帝国にいることからしてよく分からないわね」
「それに関しては、政策の一環です。第一皇女様があたしと同じ考えの人だったんです。帝国もそろそろドラゴンと和解してはどうかって話が出て、最初からドラゴンを連れてくるのも双方にとって危ないですから」
そこに丁度いいことに、聖地出身の人間がいた。ドラゴンと共に暮らし、白龍を信仰する教団の、それも幹部の孫。
融和政策には打ってつけの人間であり、聖地側としても断る理由はない。
「それに、私の父は帝国生まれだったのです。とはいえ成人するとすぐに家を飛び出し、世界中を放浪していたようでして。ノヴァク山脈で遭難していたところ、母に助けられたと言っていました」
枢機卿の娘が、よくドラゴン嫌いな帝国の人間との結婚を許してもらえたものだ。きっと紆余曲折あったのだろうが、そこは話の本筋じゃない。
「ジョシュアが帝国に来たのが四年前なんですけど、まあその時に色々とありまして」
「色々って?」
「第一皇女殿下が暗殺されたんですよ」
「……っ⁉︎」
とても軽く口にしていいものじゃない情報が飛び出してきた。ルビーは相変わらずあっけらかんとしていて、そこに宿る感情を上手く察せられない。
笑顔とはまた別の仮面を、貼り付けている。
「待って、そんな話、わたしも初めて聞いたわ。世間に公表されていないのではないの?」
「まあそうですね。知ってるのは帝国上層部の人間だけ、本来ならあたしですら知るはずのない情報ですから。表向きは病気療養中ってことになってますけど、それまで国民の前にも頻繁に顔を出して、意欲的に様々な政策を打ち出していましたから。数年顔も見せなければ、よくない噂はいくらでも国に広がってます」
果たしてこれは、龍太たちが聞いてもいい話だったのだろうか。この話を聞いてしまったこと自体が、龍太たちをどこかへ誘導しようとするルビーの思惑なのではないか。
そう疑ってしまう。ルビリスタ・ローゼンハイツという少女が、歳に似合わぬ知謀を誇ると、さすがの龍太でも既に理解できているから。
「後見人を失ったジョシュアを、急いであたしが個人的に雇い入れたんです。第一皇女という枷がなくなって仕舞えば、聖地出身のジョシュアは周りから食い物にされるだけでしたから」
「お嬢様は私の恩人です。当時まだ幼いだけの私なら、あのまま消されていた可能性もありましたから」
てっきり主従関係も演技の一環かと思っていたが、ジョシュアがルビーに向ける尊敬の眼差しは本物だ。
ルビーの方がどう思っているのかはわからないけど、この二人も強い絆で結ばれているのだろう。
「それで、ここからの話が本題なんです、せんぱい」
「さっきルビーが言った、革命軍ってやつのことか?」
神妙な顔つきで頷くルビーの目には、強い決意が宿っている。初めて見るそんな彼女に、龍太も自然と背筋を伸ばした。
「革命軍の存在自体は、七年前からありました。帝国が大陸統一に向けて戦火を拡大させていく中で、戦争に嫌気が差した国民や元兵士、負けて滅ぼされ、帝国領となった国の人。そう言った人たちが集まって組織されたのが、革命軍です」
とは言っても、そこまで数が多いわけでもないらしい。かつては三万人ほどにまで規模を広げ、帝国各地で様々な活動をしていたが、今はその半数以下にまで減ってしまった。戦争に不満を覚える国民は増える一方だが、反比例するように、革命軍の数は減る。
その原因こそ、第一皇女の暗殺にあった。
「第一皇女殿下は戦争を止めるよう、皇帝陛下に何度も進言していました。革命軍の存在も知っていたみたいですし、直接的な関与はなくても、彼女の存在は革命軍のモチベーションにもなっていたみたいです」
「でも、皇女様が暗殺されたから……」
「はい。士気も下がって、抜ける者も多くいました。それを引き止めるわけにもいかなくて、次第に数は半数以下に、って感じです」
「なら、皇女様はどうして暗殺されたのかしら? 皇位継承権絡み? それとも、戦争を続けたいタカ派の仕業とか?」
「どちらかといえば後者に近いです。殿下は、帝国とスペリオルの繋がりを知っちゃったんですよ」
口封じのために殺されたのか。
大国の第一皇女という、大きな権力を持つからこそ。知られたら余計なことをされると、そう思い。
「見せしめの意味もあったんでしょうね。それはもう、見るも耐えない死に方でしたよ。誰もいない密室に閉じ込められて、純潔を奪われた挙句、身体には二十以上の刺突痕。タチの悪い雇われ暗殺者の仕業らしいですけど」
淡々とした語りは、僅かな怒気を孕んでいる。あまりにも凄惨な真実に誰も何も言えないでいると、その空気を払拭しようとしたのか、ルビーの表情には一転して笑顔が浮かんだ。
「ま、その暗殺者たちも直ぐに見つかって消されたんですけどね!」
「いや笑って言うことじゃねえんだわ」
それで雰囲気変えようとするのは無理があるだろ。もうちょいなんかなかったのかよ。
「そもそもの話なんだけどさ。革命軍の目的はなに? もしかして、戦争をやめさせるためとか言わないよね?」
「ええ、もちろん」
厳しい口調と視線の朱音に、ルビーはなおも笑顔で返す。互いの間で火花が散っているように見えて、龍太としては仲良くしてほしい限りだ。
「あたしたち革命軍の目的は、今の皇帝を引き摺り下ろすこと。スペリオルと繋がっている腐った帝国を、世界の敵になってしまった帝国を、あるべき姿に戻すことです」
まあ、想像通りの解答だ。
戦争を止めるため、という答えは龍太だって望んでいなかった。そのために戦争を起こすのであれば本末転倒で、革命軍の目的はあくまでもスペリオルと繋がっている帝国上層部。もちろん、皇帝も含めて。
結果的に侵略戦争は止まるが、そこが主となっているわけじゃない。
「このままだと、龍の巫女の介入は避けられません。スペリオルが関係してるなら、ニライカナイと魔人が来る。そうなると帝国は終わりです」
「でもあの二人なら、蒼さんとアリスさんなら国民に無駄な犠牲は出さないと思うけど。わざわざ革命軍がやる必要はあるの?」
「あたしたち帝国国民の意地ってやつですよ。出来ることなら、自分たちで決着をつけたいじゃないですか」
朱音の目は懐疑的だ。対してルビーは、笑顔を崩さない。
何か別に、目的がある。恐らく朱音はそう睨んでいるのだろう。でも龍太としては、ルビーの今の言葉にも共感できた。
自分たちで決着をつけたいと、その言葉が嘘か本当かはさて置いて。
そんな考えを見抜かれたのかは分からないが、ルビーは再び龍太の方を見る。
「今の革命軍は、正直非常にマズい状況なんです。スカーデッドの戦力に押されて、各地の拠点が次々にやられていってます。だからせんぱい、お願いです。あたしたちに、力を貸してください」
それが、ルビーが龍太たちに接触した理由。
バハムートセイバーは、正義のヒーローは、助けを求める相手を無視できない。したくはない。
当然の答えを返そうとして。
「ダメに決まってるでしょ」
朱音に遮られてしまった。
「ちょっ、なんでだよ朱音さん! ルビーたちはヤバい状況なんだろ? だったら助けに行ってやらないと!」
今までも話を聞いていて、帝国はヤバい国なのだとなんとなく感じてはいた。けれどその中でも、戦っている人たちがいる。少しでも国を良くしようと、あるいは家族や友人を守ろうと。国に逆らうことを厭わず。
そんな相手から助けを求められたのに、断るわけにはいかない。
「あのね、龍太くん。ちゃんと考えてる?」
「リュータ、わたしももう少し、考えた方がいいと思うわ」
「ハクアまで、なんで……」
当然賛成してくれると思っていたパートナーからも反対されて、龍太は戸惑う。
「革命軍を助けるとして、相手は誰になる? 龍太くんの敵はなに?」
「そりゃ、スペリオルの連中っすよね? スカーデッドに押されてるって、ルビーも言ったじゃないですか」
「うん、そうだね。私も嘘は言ってないと思うよ。でも、全部じゃない」
ルビーの方を見れば、彼女はニコニコと笑顔を見せるだけ。ここで口を挟むつもりはないとばかりに。
「帝国と革命軍。その激突は、今まで龍太くんが経験してきたような戦いじゃない。戦争になる。その意味が分かる?」
「だから、帝国と繋がってるスペリオルのやつらを倒せば」
「帝国にいる敵勢力がスペリオルだけだなんて、その子は言っていないのよ、リュータ」
ハクアから宥められてハッとした。
いや、考えるまでもなくそれは当然なんだ。
帝国と革命軍の戦争。
戦争とは、巨大な戦力同士のぶつかり合いだ。個の戦いではなく、集団の戦い。
革命軍はあくまで、国に仇なす逆賊。であれば、帝国は遠慮なく国の兵力を使える。別にスカーデッドに頼る必要はない。大きな国力を持つネーベル帝国なら、たかだか一万ちょっとの革命軍など簡単に潰せるだろう。
つまり、敵はスペリオルだけじゃなく、人間の兵士だってそこにいる。
当たり前の話なのに。自分だって、これまで戦ってきたのに。頭から抜け落ちていた。というより、考えてすらいなかったのだ。その可能性を。
「当然だけど、話し合いなんて通じない。その段階はとっくに過ぎてる。戦争は外交手段の一つなんて宣うやつもいるけど、暴力に訴えるのは最終手段だからね。兵士たちに直接話しても無駄だよ。彼らは個人として戦ってるんじゃない。帝国軍の兵士として戦ってるから」
「だったら、誰も殺さないように戦えば!」
「相手は君を殺そうと襲ってくるんだよ。だったらこっちも、殺すつもりで戦わないといけない」
冷たく、突き放したような言い方ではあるけど。朱音の言っていることは全て正しい。
「君は、人間を殺せる?」
無理だ。答えはすぐに出るけれど、それを言葉として形にできない。それでも、諦めたくない。ルビーが助けを求めるなら、どうにかして助けたい。
そのための手段が、どこかにあるはずで。でも龍太には思いつかなくて。
無言がなによりの返答になってしまった。
朱音はため息を一つ落として、ルビーへ向き直る。
「いくつか確認したいんだけど。帝国からの刺客は、バハムートセイバー自体を狙っていたわけじゃないんだよね」
「はい。正確には、あたしたちとせんぱいの接触を阻止しようとしてました。帝国出身であるあたしの仕業だと誤認させて、手を結ばせないように」
「じゃあ次。バハムートセイバーには単純な戦力として以外に、利用方法があると思うけど。そっちの意図もあった?」
「なかったと言えば嘘になります。バハムートセイバーもドラゴン。今の帝国を崩すなら、ドラゴンの存在そのものが革命軍の士気向上に繋がりますから」
「そう……だったら、なんとかなりそうかな」
「朱音さん?」
顎に手を当て考える朱音に、不穏な気配を感じる。
なにが、なんとかなりそうなのか。顔を上げて龍太と視線を合わせた朱音は、優しく微笑んだ。
「私と丈瑠さんが行ってくるよ、龍太くんの代わりに」
「え? いやでも、朱音さんは人間で、ドラゴンの存在を利用したいなら俺たちが行かないと!」
「それはどうにでもなる。私だって龍の力を使ってるしね」
言いながら取り出したのは、彼女の得物である大型拳銃、龍具シュトゥルム。ドラグニアの宮廷魔導士長であり、天龍の娘である輝龍シルヴィアの力が宿った銃だ。
「それに、丈瑠さんが使役してる式神の中にも、龍はいるし。純粋な戦力って意味だと、私の方が上だしね」
それはその通りなのだろうけど。
「行くなら全員で行かないと!」
いくら朱音と丈瑠が強いとは言っても、その先で待っているのは戦争。個人の力でできることは限られている。
「そうだね……龍太くん、この世界の戦争っていうのはさ、私たちの世界の戦争と少し違うんだ。数が多ければ必ずしも有利と言うわけじゃない。もちろん多いに越したことはないんだけど、たった一人の力で戦局が大きく変わるのが、この世界の戦争なんだよ」
そう、ここは異世界だ。魔導が、魔術が存在する世界だ。個人の持つ武力が、龍太たちの世界とは段違いに大きい。
龍の巫女がそのいい例だ。彼女たちは単騎で、あるいはたった五人の少数で、世界の敵と戦う。今でこそギルドが存在しているけれど、ギルドが設立するまではずっとそうやって戦ってきた。
そして、龍の巫女にも負けないほどの力を持った朱音であれば。
果たして、たった一人でどれだけの数を相手できるのか。
「アカネの力はわたしたちも分かっているつもりよ。その戦い方も。だから聞くけれど、あなたは多数の敵を相手にするのに向いていないじゃない」
ハクアの言う通りで、朱音の戦闘は銀炎や特殊な体術があってこそだ。
銀炎はあくまでも自分自身に作用させるのが主な使い方であり、大軍を相手にすれば体術などの近接格闘は殆ど意味をなさない。
要は、向き不向きの話。そして朱音は、大軍を相手にするのは不向きな戦い方だ。
「まあ、二人に見せてた戦い方だったらそうかもね。今までは機会がなかったから見せてなかっただけで、大規模殲滅魔術だって使えるんだよ? 丈瑠さんにエーテライトブラスターを教えたのは私だし、空の元素は隕石を落とすことだってできる。やりようはいくらでもあるんだよ」
だとしてもだ。仲間を戦争へ送り出して、自分はそこから遠ざかるなんて。龍太は自分が許せなくなる。
「ルビーはそれでいいのかよ? バハムートセイバーの力が必要だったんだろ?」
「あたし的には、戦力になるなら誰でもいいんですけどね。一番利用しやすい……こほんっ、条件に適ったのが、せんぱいたちだっただけですから」
こいつ、今利用しやすいって言ったぞ。
いやまあ、朱音がいなかったら実際ルビーの口車に乗っていたかもしれないけども。
「そういうわけだから、暫くは別行動。君たちのことが心配だって言ったらうそになるけど、ジンとクレナもいるし、ローラもいるしね」
「タケルに相談しなくてもいいのかしら?」
「大丈夫じゃない? だよね、アーサー」
ずっと瞼を閉じて日向ぼっこしながら静かに話を聞いていたアーサーが、片目を開いて頷いた。
『話はこちらから既に通している。二つ返事で頷いた。もちろん、私も同行しよう。あなたの両親からあなたのことを任されている身だ』
「ありがと、アーサー」
嬉しそうに笑んで、立ち上がった朱音はアーサーの毛並みを優しく撫でる。
どうやら、これ以上は龍太から何を言っても無意味のようだ。そもそも、自分よりよほど強い朱音の心配をするというのも烏滸がましくはあるが。
「出発はいつがいい?」
「早い方がいいですねー。問題は移動方法ですけど、どうしますか?」
ルビーが言うのは、この学園の特殊な環境や結界のことだろう。
学園諸島の周りには特殊な海流があって、船では簡単に移動できない。また、張り巡らされた結界は外から中へ、中から外への転移を阻害する効果もある。内部で行う分には問題ないのだが、転移で外に出ることは不可能だ。
が、これは普通の魔術師、あるいは魔導師であった場合。
不可能だからこそ、可能にしてしまう眼を、朱音は持っている。
「とりあえず、一旦桃さんのところに転移で移動するよ。私にここの結界は意味ないし。革命軍は魔女たちと交流があるんでしょ? そこ経由で革命軍に合流する。できればそっちからも連絡入れといてくれると助かるけどね」
「ジョシュア、お願いね」
「かしこまりました、お嬢様」
次々に話が決まっていってしまう。もはや龍太が口出しできる段階ではなく、納得するしかないとわかっていても。
釈然としないものが、胸の内に残ってしまった。
◆
翌朝、朱音と丈瑠、アーサーは早速帝国へ向かうことになった。栞には昨日のうちに許可を得たらしく、その時に別れは済ませたらしい。
仮住まいしているペンションの前には、仲間たちが全員に合わせて、ルビーとジョシュアの二人もいる。
「ジン、クレナ、龍太くんとローラのこと、お願いね」
「ああ、任せてくれ」
「ここでの用が済んだら、すぐに合流するわ。と言っても、私とハクア、あとローラも簡単に帝国内に入れるかは分からないけど」
年長組二人はさすがと言うべきか、自分たちの役割をしっかり理解している。しばらく別行動をする朱音たちに頼もしく頷きを返していて、昨日の龍太のように取り乱すことはない。
それはローラも同じで、朱音が戦争に向かうことにはなにも言っていないのだが。
「うぅ……せっかくアカネお姉ちゃんと一緒に旅ができるからって同行したのに……あんまりなんだよ! お別れが早すぎるんだよ!」
「はいはい。いつまでも私にべったりじゃダメだよ、ローラ」
まるで今生の別れのように抱きついて、泣き言を言うローラの頭を、朱音は優しく撫でてやる。
その一方で、アーサーとエルも別れを惜しんでいた。
『エル、龍太とハクアのことを守ってやってくれ。あなたはあの黒龍なのだから』
「きゅー……」
項垂れるエルの頭に、アーサーは自分の鼻先をすり寄せる。彼なりの親愛を込めた行為なのだろう。
そして残った一人、丈瑠は龍太の方に歩み寄ってきて、苦笑しながら話しかけてきた。
「全く、急なことで大変だよ、僕も」
「すんません、丈瑠さん。俺が行けたら良かったんですけど……」
「ああいや、龍太くんを責めてるわけじゃなくてさ。朱音はいつもまともに相談してくれないから、それでね」
その言葉とは裏腹に、しかし丈瑠はどこか嬉しそうだ。それが何故なのかと表情に出ていたのだろう。朱音の横顔を見つめる彼は、とても優しい顔をしていて。
「相談してくれなくても、それでも僕も連れていってくれる。それが嬉しいんだ。昔は、僕も魔術なんて関係ない一般人だったからさ。いつも朱音が戦いに行くのを、見ていることしかできなかった。でも今は、彼女の隣で、彼女の力になれる。そのことが、どうしようもなく嬉しい」
「ちょっと、分かる気がします……」
龍太も、ハクアの隣に立てることが、力になれることが嬉しい。純白の少女が背負うものを、少しでも軽くしてやりたいと思う。
だから頼ってくれた時は、とても嬉しいんだ。
「僕は弱いからさ。必死にならないと朱音に置いていかれる。少しでも力をつけて、彼女の隣にしがみついていないとダメなんだ。でも、君たちは違う。いつも二人一緒にいるのが当たり前で、その歩幅はいつだって同じだ」
隣に立つハクアを見ると、柔らかな微笑みが返された。
きっと丈瑠の言う通りなのだろう。龍太とハクアも、朱音と丈瑠も、似たような関係性ではあるのだろうけれど。歩み方はそれぞれで違う。
「だから、君たちが少しだけ羨ましかったりしてね」
「でもわたしは、そんなタケルのことを尊敬するわ。あの子についていくのは、生半可な覚悟がなければ無理だもの」
「ははっ、たしかにその通りかも。朱音はいつも血生臭いところにいるから、覚悟は随分前に決めてるつもりだよ」
「丈瑠さーん! そろそろ行きますよ!」
朱音から呼ばれて、三人はそちらへ歩み寄る。いよいよ出発の時だ。
「じゃあキリュウ先生。一応これ渡しておきますね。革命軍の誰かに見せればいいです」
「うん、たしかに預かったよ」
朱音がルビーから渡されたのは、ルビーが書いた書状だ。朱音たちが力を貸してくれる旨を書き留めているらしい。一応ジョシュアが連絡はしてくれたらしいが、念の為とのこと。
「僕たちがいなくなったことは、スペリオルもすぐに気づくと思う。そうなると向こうも仕掛けてくるだろうから、気をつけてね」
「龍太くんが倒したレヴィアタンも、もしかしたら復活してるかもしれない。まあ、困ったことがあれば栞さんに全部お任せしちゃえばいいよ。伊達に人類最強の妹じゃないからね」
「はい。朱音さんと丈瑠さんも、アーサーも、気をつけて」
二人と一匹は頷いて、足元に魔法陣を広げた。次の瞬間にはその姿は消えてしまう。本当に結界の効果は意味がなかったらしい。
「それじゃあせんぱい! あたしたちは先に校舎に向かいますね! あ、それからあたしたちへの対応は、昨日までと同じでお願いします! あの超塩対応で! 行くよジョシュア!」
「はい! では失礼します、みなさま!」
朱音たちのことも心配だが、この二人に昨日までと同じ対応ができるかどうか。そっちも心配になってきた。
特にジョシュア相手には。




