精霊の遺跡 4
「一度、正規の入り口から遺跡に入った方がいいと思うんだよ」
遺跡の天井に空いた穴から外に出て、しばらく休憩している時だった。あたりの警戒を引き受けてくれていたローラが、突然そんなことを言い出したのは。
「どうしてだよ、ローラ。フェニックスとレヴィアタンはもういないだろ?」
「忘れたらダメなんだよ、リュウタお兄ちゃん。ローラたちの任務は調査。たしかにスカーデッドは撃退したけど、どうしてあそこにいたのか、どうやって遺跡に入ったのかがまだ分かってない」
「もしかしたら、残りの奴らは他の島の遺跡にも潜んでるかもしれない、ってことですね、ローラ様」
イグナシオの言葉に頷いたローラは、それから改めて龍太とハクアを見る。
「二人は出来れば、先に戻って欲しいんだけど……」
「目の前に遺跡があるのに、入るなっていうの……⁉︎」
「そういうと思ったんだよ」
まるで裏切られたとでも言わんばかりのハクアに、ローラも苦笑を隠せない。
考古学者にして遺跡マニアのハクアにとって、今まで入ったことのないドリアナ学園諸島の古代遺跡はそれそのものがお宝だ。特にハクアは長生きだし、世界中の遺跡を巡ってきたことだろう。これまで入ったことのない遺跡というのも、かなり少なくなってきたのかもしれない。
そんな彼女の楽しみ、人生の潤いを目の前から取り上げてしまうのは気が引けて、龍太からもローラに頼み込む。
「俺たちの消耗は大丈夫だから、まだ連れて行ってくれないか?」
「うーん……まあ、お兄ちゃんも大丈夫なら……でも、無理は絶対禁物なんだよ。ここから先の戦闘は、他のみんなに任せて欲しいんだよ」
「ああ、もちろん」
正直龍太としても、結構消耗が大きいので跡を任せられるなら一安心だ。
シャングリラのオルタナティブ、ブレイバードラゴンは、それだけ反動が大きい。バハムートセイバーの制限時間自体は変わらず十分だろうが、もしかしたらブレイバードラゴンはそれより少し短いかもしれない。
その辺りを正確に把握しておきたいところだが、イクリプスの暴走はまだ克服できていないのだ。シャングリラのカートリッジは少し考えて使うことにしよう。
「そろそろ動いた方がいいんだよ。日が暮れたら帰りが面倒になるかも」
「そっすね。よし、この先は俺たちに任せとけよ、リュウタ、ハクア。さっきはあんまりいいところ見せれなかったからな!」
「おー、頼りにしてるぜクロ」
張り切っているクロとキャメロットを先頭にして、ローラとソフィアが最後尾。その真ん中に龍太とハクア、イグナシオの三人。
この隊列で森の中を進む。
襲ってくる魔物は最初の方に比べて多くなっていたが、クロが嬉々としてバッタバッタと薙ぎ倒してくれた。キャメロットすらあまり手を出しておらず、その後ろの控えてる五人は言わずもがな。
「強いわね」
「ああ、生身だったらまず勝てないな、俺」
隣のハクアの呟きに、心底から感心した声で返した。
二本の剣を巧みに扱うクロ。その技量は龍太と比べると、天と地ほどの差があるだろう。戦い方が違うだに純粋に比べていいものか迷うが、剣の腕はジンにも負けていないのではないか。
そしてなによりの特徴は、その剣に宿っている能力だ。
「迸れ! カムロドゥノン!!」
叫び、刀身に纏っている青白い稲妻が、クロの全身にまで及んだ。そして次の瞬間、その姿が消える。ただ一筋の稲妻が魔物へ伸びて貫き、魔物の肉体は両断された。その背後では、二本の剣を振り抜いたクロが。
「二刀一対の双剣、カムロドゥノン。クロくんの家に代々伝わる、わたくしの龍具ですわぁ。まあ代々といっても、クロくんの祖父の代からですけどねぇ」
「肉体の元素変換ね。さすがキャメロット、天龍ご自慢、ケルディムの三本槍なだけあるわ」
「白龍様、その呼び方はやめていただけると……」
つまり、クロの龍具は己の肉体を雷へと変える力を持っているのだ。たしか朱音も似たような魔術を使っていたが、恐らくあちらはただ雷を纏っているだけ。
対してクロは、肉体を完全に雷へ変えている。非物質へと変化している。
雷速で動けるのはもちろん、触れるだけで感電するし、電流やら電圧やらの出力いかんによっては、焼き切ることもできる。
「これ、戦ったらバハムートセイバーでも厳しくないか?」
「スピードはなんとかなるにしても、触れるだけでアウトって言うのが厳しいわね」
やはりそこか。電気というのは、簡単に人を殺せてしまう。ほんの僅かな電流でも、心臓に到達すれば一発アウト。それこそ、静電気でだって死ねる。
ただ、弱点がないわけではなくて。
「お、次の魔物が来やがったな! ようしあいつも俺に任せとけ!」
「あ、まてバカクロ! そいつはお前と相性悪いだろ!」
イグナシオが叫ぶが、クロに聞こえている様子はない。
現れたのは、凶悪な一本角を携え、鎧のような体を持ったサイだ。森の中に出てくるような魔物には見えないが、これも赤き龍の影響による、生息分布の変化だろう。
そいつに真っ直ぐ突っ込むクロ。サイは雷の速度についていけず、そのまま貫かれる。
なんてことにはならなかった。
稲妻と化したクロは、サイの角に吸い込まれ、そのまま地面に流されてしまう。
「あ、避雷針かあれ!」
「そうみたいね。ていうか、クロは大丈夫なのかしら?」
「びっっっっくりしたぁ!!」
大丈夫だったらしい。普通に目の前に現れた。
「で、ここからどうするんだ?」
「打つ手なし!」
「マジかよ……」
潔いなおい。
だがまあ、クロ一人がダメだったところで、こちらには他にも戦力がいる。過剰なほどに。
おもむろに、周囲の木々が動き出す。本来の成長スピードを全く無視して、四方八方の木々が枝を伸ばす。それどころか、地面からも。
サイの強固な鎧をあっという間に絡め取って、ギチギチと嫌な音が鳴る。
「潰れちゃえ」
可愛らしくも残酷な声音。応じて、枝が締め付けを強くし、サイの体は圧し潰されて捻じ切れて、血と肉塊をあたりに飛び散らかせた。
「よしっ、先に進もっか!」
ニコパッ、と非常に愛らしい笑顔なのだが。目の前で繰り広げられたグロテスクな光景とあまりにも乖離していて、一行の誰もなにも言えなかった。
恐らく朱音の教育が悪いせいだ。多分、絶対そう。
◆
その後も襲ってくる魔物をクロが先頭に立ち薙ぎ倒して、時折ローラやキャメロット、ソフィアも手を出しながら森を進んでいると、ようやく目的地に辿り着いた。
「ここが遺跡の入り口か?」
一行の眼前にあるのは、生い茂る木々に侵食された建物。これもドラグニウムで出来ているらしく、古代遺跡であるなによりの証拠となっている。
扉は案外簡単に開いて、地下へ続く階段だけが室内にあった。
「さあ、早く行きましょう!」
「テンション高えなぁハクア。あんまり前に出ないでくれよ」
ついに古代遺跡に入れるとあってテンションの高いハクアを宥めつつ、クロを先頭に階段を降りていく。
少し降りると照明が勝手について、壁や階段は入り口と違いとても綺麗だ。白い塗装は少しの汚れも見当たらない。
「ドラグニアの遺跡もそうだったけど、なんで電気が通ってるんだ?」
「ドラグニウムに魔力が蓄積されていて、電力に変換しているのだと思うわ。他の古代遺跡でもそうだったもの」
「ドラグニウムは周囲の魔力を吸収するんだ。魔導収束と同じだな」
ハクアの説明にイグナシオが捕捉を入れる。となると、古代から残っている遺跡がここまでの清潔さを保っているのも、魔力のおかげだろうか。ドラグニアの遺跡のように魔物がいるわけではないことも、理由の一つかもしれない。
それから階段を降り切って、現れた通路を進む。完全に一本道で、途中に部屋があるわけでもない。以前のように朱音がいてくれれば、探知魔術で遺跡の構造を把握してもらったりできたのだが。
しばらく道なりに進むと、右手側に扉が。
「入ってみるか?」
「入りましょう! 是非!」
先頭のクロが振り返って全員に聞けば、ハクアの元気な返事が。苦笑しながらも扉を開く。念のため、罠があったり魔物がいたりしないか警戒しながら中に入るが、そういった類いのものは見当たらない。
その代わりに置かれていたのは、大量のコンテナだ。どうやら物置らしいが、それらのコンテナを見て、イグナシオが眉を顰める。
「これ……」
「アニキ、こっちのコンテナも、全部そうやわ」
「どうかしたのか?」
「こいつを見てくれ」
イグナシオが指し示したのは、コンテナに刻まれている紋章。それがどうしたのかと龍太は首を傾げていたのだが、他の面々は驚きに息を呑んでいる。
「お兄ちゃん、これ、帝国の紋章なんだよ」
「帝国の、って……なんでそんなものがここにあるんだよ」
剣を掲げた騎士の紋章。それは、間違いなくネーベル帝国の国旗にも刻まれているものだ。
なぜ、そんなものがここにあるのか。
考えられる理由は二つあると、ローラは人差し指と中指を立てる。
「一つは、帝国から学園に輸送されたものが、ここに保管されている。でもこの場合、学園が生徒や教師たちに見せられないようなもの、ってことになるんだよ」
「その可能性は低いわね」
「そうなんだよ。学園長の性格を考えると、遺跡のことは蒼おじちゃんも知ってるはずだし、だったらこんなところに隠していても意味がないんだよ」
「なら、もう一つの理由は?」
「帝国がスペリオルと繋がってる、ということになりますねぇ」
つい先程までここに隠れていた、フェニックスとレヴィアタン、二人のスカーデッド。
恐らくだが、やつらはそれなりに前からここを拠点として使っていたことだろう。普段人が入らず、そもそもここの存在を知っているものだって少ない。その数少ないうちの二人、栞とエリナは普段学園の運営などで忙しく、定期的にここを訪れることもないのだ。
ならばここを拠点として使っていただろうし、裏で繋がっていた帝国からの補給物質をここに保管していても、おかしな話ではない。
「てか、そもそも中はなにが入ってるんだよ」
「うーん、かなり強い封印術式が用いられてるんだよ。ローラでも開けるのは難しいかも」
「アカネに任せるしかないわね。とりあえず、これは放っておくしかなさそうだわ。というわけで、どんどん奥に進みましょう!」
ここのことは後で栞や朱音たちに報告することにして、どんどん奥に進むことになった。
その後もいくつか部屋があったが、どれも物置になっていたり、あるいはなにもない部屋だったり、最初の部屋以外はこれといった収穫がないまま、ついに突き当たりにまで辿り着いてしまった。
ただ、そこの壁は今まで違いガラス張りで、中の景色が見える。
「なんだ、これ……」
驚愕の声を漏らしたのは、一行の中で最も頭脳が優れ、唯一この遺跡の存在を知っていたはずのイグナシオ。
ガラスの向こうに見えるのは、巨大な球体。下半分には様々なところから伸びた太い配線が繋がっている。
それは一目見て機械だと理解できるのに、どこか人間の脳みそにも見えて。なんとも言えない薄気味悪さを感じる。
「なあイグ。まさか、これが精霊様の正体だなんて言わないよな?」
「そのまさか、なのかもしれない……」
左右に伸びる通路はどうやら円状に広がっているようだ。そのまま右手側に回ると、少し開けたスペースに出る。どうやらコンソールなどが置かれているらしく、早速イグナシオが操作を始めた。
その瞬間だった。どこかにあるスピーカーから、女性の声が響いたのは。
『生体認証完了。マスターID、赤き龍ディストピア。マスターID、白き龍ユートピア。両名を確認。ゲストID、木龍エリュシオンを確認』
「うおっ、なんだなんだ⁉︎」
「ハクア……」
「ええ……」
大袈裟に驚くクロを始め、みな一様に驚きと困惑を表情に見せているが、龍太とハクアは警戒してしまう。
この音声は今、赤き龍と白き龍、つまりは龍太とハクアの二人に反応したのだ。
ていうか、赤き龍の名前ってそんなだったのか。まさかの事実を知ってしまった。
『おかえりなさいませ、ご主人様。楽園管理AI一号。個体識別名シルフ、ここに。あなた方の帰還をお待ちしておりました』
イグナシオが操作していたコンソールが、空中にホログラムを映し出す。
薄布一枚纏っただけの、金髪の少女。
同じ色の瞳に生気は感じられず、虚なそれが龍太とハクアの二人をじっと見つめている。
自然、その場の全員の視線を集めてしまった。
ローラ以外の四人は、龍太とハクアの二人と、赤き龍と白き龍との関係を知らない。イグナシオとソフィアはカートリッジを改造してくれた件もあるから、多少は知らされているかもしれないけど。
スペリオルの襲撃があった時から、いつか学園の生徒にも知られるかもしれないと、少しは覚悟していた。
それに、このメンバーなら知られても構わない。
「待ってくれ、俺は赤き龍じゃない。あいつの心臓、魔王の心臓ってやつを埋め込まれてるけど、ただの人間だ」
「わたしもよ。ユートピアは今眠っている、わたしとは別人だわ」
『しかし、生体認証のみならず魔力認証もクリアしております。あなた方がご主人様であることに違いはありません』
「魔力の認証を……?」
龍太の魔力は、まだ分かる。なにせ魔王の心臓は大量の魔力を常に生み出し続け、龍太はその恩恵に預かっている。赤き龍と同じ魔力を使っていると言ってもいい。
だけど、ハクアは。そもそも魔力を持たない彼女は、認証されるわけがないのに。
「この際、その辺りはどうでもいいんじゃないか、リュウタ。せっかくだし、聞けること全部聞いちゃおう」
「そ、そうだな……」
イグナシオの言う通りだ。ハクアの件に関しては、今考えても仕方ない。もしかしたら、ハクア自身も知らないことか、あるいはバハムートセイバーの権限レベルが絡んでくるかもしれないし。
「えっと……そもそも、楽園管理AI? ってなんなんだ?」
『あなた方が望んだ楽園を管理、運営するための存在です。私の他に、ウンディーネ、ノーム、サラマンダーの三機が現在も稼働しています』
「リゾートって」
「そんなものを作ってたんですねぇ」
古代の龍は、呑気に遊び場を作っていたということか? 赤き龍とは何度か遭遇したことがあるが、とてもそんなことをするようなやつには見えなかった。
あるいは、リゾートという言葉になにかしらの意味が込められているのか。
「あなたのご主人様が望んでいた楽園とは、どういったものなのかしら」
『争いのひとつもない、全ての人間が平等に暮らす世界です』
「まさか、そのために世界を管理するのが、あなたたちと言うこと?」
『肯定します』
ああ、やっぱり。なにがリゾートだ。案の定碌なものじゃなかった。それはつまり、赤き龍の本来の名が示す通り。
ディストピア。
争いはひとつもないかもしれないけれど、自由を奪われる管理社会。
「でも、赤き龍に目的はないって朱音さんたちは言ってたよな?」
「そうなんだよ。枠外の存在である赤き龍が世界を変革させてしまうことに、目的があるわけじゃない。ただ息を吸うのと同じように、ただそこにいるだけで世界にそういった影響を与えてしまうんだよ」
頷いたローラは、一歩前に出てシルフと相対する。
「さっき、すべての人間を平等にってあなたは言ったんだよ。そこに、ドラゴンは含まれていないのかな?」
『肯定。ドラゴンとは人間の完全な上位存在であり、その数も少数です』
「ドラゴンが少数って、いつの時代の話だよ。もしかしてこのAI、古代から情報がアップデートされてないんじゃないのか?」
シルフの答えに怪訝な目と声を返すのはイグナシオだ。昔のことは知らないけど、今のこの時代にドラゴンが多くいるのは、龍太もこの目で見てきた。
この学園だけでも、人間の生徒の数と同じだけのドラゴンがいる。パートナー制度もあるから、ドラゴンが人間よりも上位存在、だなんてこともない。
話が噛み合っていない。シルフの語る答えは違和感だらけだ。
古代と現代の差だと言ってしまえばそれまでなのだろうけど。ではその差とは、具体的にどこにあるのか。
「シルフ、現代のことは把握してるんだよな?」
『肯定。現代の文明、世界情勢など、情報は全てインプット済みです』
なおさらおかしい。
現代のことをなにも知らないのであればまだ分かるが、情報をインプット済みということは全て知った上での、あの発言。
どこだ、なにを見逃している? この違和感はなんだ?
『ご主人様、次はこちらから質問の許可を』
「あ、ああ。別にいいけど」
『なぜあなた方は、共にいるのでしょうか。赤き龍と白き龍はあの時、袂を分かったと記録しています』
「なぜって聞かれてもな……」
そもそも、龍太は赤き龍じゃないし、ハクアも白き龍じゃない。だからなぜ一緒にいるのかと聞かれても、それは龍太とハクアが一緒にいる理由を答えてしまうことになる。
ただまあ、それ以外に答えようもない。
「俺とハクアはエンゲージしてるからだけど」
『それは解消されたはず。新たに結び直したとの解釈でよろしいでしょうか』
「うん、まあ。それでいいと思う」
『では、先程施設内でバハムートセイバーの反応を捉えましたが、それもあなた方で間違いはありませんか』
「バハムートセイバーを知ってるのか?」
『肯定。妙なことを聞きますね。バハムートセイバーは元々、あなた方の専用装備だったはずですが』
また話がよく分からなくなってきた。
シルフがバハムートセイバーの存在を知っているということは、あの鎧は古代の頃から存在していたのか?
しかも、その口ぶりから察すると。
「バハムートセイバーは本来、赤き龍と白き龍のものだった……そういうことか?」
『否定。過去形ではなく、今現在もそのようにあります』
実質肯定だ。
しかし、特に驚くべき情報でもない。バハムートセイバーの権限レベルがハクアと、ひいては白き龍ユートピアと連動しているから。
チラリとハクアの方を一瞥すると、彼女は気まずそうに俯いている。きっと今シルフが語ったことは、本来ならもう少し権限レベルが解放されてから語られることだったのだろう。
さて、他になにか聞くべきことはないだろうか。一同を見渡してみて、ハクアが顔を上げた。ジッとシルフを見つめて、もう一人の自分とも言える存在について、尋ねる。
「最後に一つ、聞きたいのだけれど」
『どうぞ』
「赤き龍と白き龍は袂を分かったと言っていたわね。その時、なにがあったの?」
数秒の沈黙があった。本人だと認識しているハクアからの問いに困惑しているのか、なんと答えるべきか悩んでいるのか。
ともかくその沈黙は、シルフの無機質な少女の声で破られる。
『楽園に対する見解の相違です。ディストピアは争いを起こさないための管理を。ユートピアは、私たちAIすらも含めた自由を。それぞれに掲げた理想が異なり、戦いへ発展しました』
「でも、今の世界があるってことは……」
『その観点から見れば、勝者はユートピアだったと言えるでしょう。しかし、戦いそのものは相打ちに限りなく近かったようです。ユートピアは肉体を失い、バックアップを用いてなんとか生きながらえ、ディストピアは心臓を失い、この世界に存在する権利すらも失いました』
肉体のバックアップに、失った心臓。
なるほど、色々見えてきたものがある。
でも、赤き龍が失った心臓は、ここにこうして龍太の中に宿っているけど。
「ユートピアが失った肉体は、どうなったのかしら?」
『ユートピアの肉体は、今もこの世界を覆っています』
「どういうことだ?」
『世界の変革は、ユートピアの手によってなされました。ですが深く傷ついていた彼女は、本来なら必要のない代償を払わなければなりませんでした』
それが、ユートピアの肉体だった。
しかし話は、そう簡単なものではなくて。シルフが語るその話に、その場にいる誰もが驚愕することになった。
『現代人が龍脈と呼ぶもの。あれこそ、失われたユートピアの肉体が、変化しこの世界を作り出したものです』




