精霊の遺跡 3
響く銃声は、バハムートセイバーが両手に持った二丁拳銃からのもの。乱射しながら真っ直ぐ突っ込んで、左手の銃で殴りつけた。
「銃を持って突っ込むか! 距離の優位性を捨てるとは愚かなり、バハムートセイバー!」
「うっせぇ! こっちの方が性に合ってるんだよ俺は!」
レヴィアタンにバカにされながらも、龍太は銃を鈍器代わりに使う。銃剣がついているわけでもなく、こうなると本当にただの鈍器だ。
しかし、ブレイバードラゴンの出力は侮れない。銃で殴るだけでも相当重く、事実レヴィアタンは苦しそうな表情で防御に徹していた。
「おらぁ!」
「チィッ! 中々の威力だ! 遠距離に特化しているわけではないようだな!」
『こんなのもあるわよ!』
右手に炎が灯る。持っている銃も包み込んで、紅蓮の拳を思いっきり叩き込んだ。ホウライのオルタナティブ、フレイムウォーの特徴だった圧倒的なパワーだ。
それだけじゃない。吹き飛んだレヴィアタンへ左の銃を向け、引き金を引いた。銃口に魔法陣が広がって、放たれるのは氷の波動。これはニライカナイのオルタナティブ、ブルークリムゾンの膨大な魔力。
レヴィアタンの強固な鱗はところどころに霜が降り、今まで厄介だったその防御力を貫通できている。
「まだまだぁ!」
「ははっ! なんだ、普通に撃てるじゃないか! だが狙いがいいとは言えないな!」
「いいや、狙い通りだよ!」
魔力弾の着弾地点から、ドラグニウムの床を破って太い木の幹が伸びる。あっという間に敵の体を絡め取り、身動きを封じた。エリュシオンのオルタナティブ、ガーディアンドールの特殊能力は、このような搦手に最適だ。
『Reload Hourai』
水平二連ショットガンによく見られる、中折れ式のリロードで、右手の銃にカートリッジを装填。無機質な音が鳴り響いた。
銃口から炎の刀身が伸びて、縛られたままのレヴィアタンを袈裟に斬る。
「ぬっ、ぐうぅぅぅ!!」
「どうだこの野郎!」
「まだまだ温いなぁ!」
決してダメージが通っていないわけじゃないはずだ。それでも、焼け落ちた木々から解放されたレヴィアタンは、好戦的な笑顔で、むしろ闘志を漲らせている。
『しぶといわね!』
「なら倒れるまで攻撃するだけだ!」
「易々とさせるわけがないだろう!」
レヴィアタンの周囲に広がる魔法陣。放たれるのは、超高水圧のレーザーだ。躱してそこを見ると、散らばっていたなにかの機械が真っ二つに裂けていた。
たかが水と侮ってはいけない、あそこまでの水圧があると、とんでもない切れ味を持ってしまう。これではレーザーというよりもカッターだ。
『リュータ、前!』
「はぁ!」
「あぶねっ……!」
一瞬視線を逸らした隙に、また超高水圧カッターが迫る。ギリギリのところで躱したが、頬に掠った。仮面の一部が容易く欠けて、まともに食らえば一巻の終わりだと物語っている。
「なら、全部凍らせてやるよ!」
『Reload Niraikanai』
左手の銃にカートリッジを装填。今まさに魔法陣から放たれようとしているそこを、寸分違わぬ狙いで撃ち抜いた。
狙ったのは龍太じゃなくハクアだが、命中したのだから良し。
魔法陣ごと凍りついたのを見て、再び距離を詰める。ハクアのおかげで遠距離でもまともに撃ち合えるが、やはり直接殴った方が手っ取り早い。
正面から突っ込んでくるバハムートセイバーに対して、レヴィアタンは迎え撃つ構え。相手より早く自慢の拳を叩き込もうとするが、その腕は空を切る。
「なにっ⁉︎」
『遅い!』
「こっちだ!」
いつの間にか後ろに回り込んでいたバハムートセイバーが、炎を灯した右手の銃を振るう。後頭部に直撃、脳を揺らされてふらつくレヴィアタンに、左手の銃の引き金を引いた。この距離なら躱しようがない。龍太の腕でも当たる。
「くッ……なんだそのスピードは……⁉︎」
「素直に教えるわけねえだろ!」
実を言うと、ホウライのパワーもニライカナイの魔力も、エリュシオンの特殊能力すら、それぞれのオルタナティブには一歩及ばない程度の出力しかない。
いくら龍神の力全てを集めていて、バハムートセイバー自体の出力が上がっているとは言っても、やはりバランスというものがある。その上で、ブレイバードラゴンはあくまでもシャングリラが主体のオルタナティブだ。本来シャングリラ単体でオルタナティブした際の能力、即ちスピードが特に秀でているのは、なにもおかしなことじゃない。
「王直々に調整を施してもらったこの体でも追いつけぬスピードとは……!」
「だったら、赤き龍ってのも大したことねえんだな!」
「我が王を侮辱することは許さんぞ、アカギリュウタ!」
「うおっ⁉︎」
レヴィアタンのスピードが、上がった。瞬時に肉薄してきて、鋭い拳が振るわれる。辛うじて躱した先には、既に右足による脚撃が。それも上回るスピードで躱し、カウンターに放つのは氷の弾丸。
「この距離なら躱せねえだろ!」
「はっ、そうでもないさ!」
身を捻ってゼロ距離の射撃を躱し、その勢いを利用した蹴りを受ける。なんとか腕で防いだが、中々重い。そのたった一撃だけで、腕に痺れが走る。
『やっぱり強いわね』
「これでカートリッジ使ってないからな。セゼルでのあれを見た感じだと、ここじゃ変身できないっぽいけど……」
裏を返せば、変身せずともこの強さ。
龍神の力全てを合わせても、あともう一歩足りない。単純な出力だけならこっちが勝っているはずだ。あとは戦い方次第。
だったら。
『あれを使いましょう』
「よし来た、地味に楽しみだったんだよな、こいつを使うの。ハクア、どれで行く?」
『ニライカナイにしようかしら』
両手の銃を腰にマウントさせて、代わりに手に取るのは二つのカートリッジ。一つはニライカナイのカートリッジだ。しかしもう一つは、本来ならバハムートセイバーのものではない。イクリプス状態の時に使えていたが、普段はどうなるか分からないから使っていなかった、ドラグーンアベンジャーのカートリッジだ。
その二つを、連続して右腕のガントレットに装填する。
『Reload Doppel』
『Reload Niraikanai』
『Division BlueCrimson』
左隣に氷柱が突き立ち、左腕の蒼が粒子となって氷柱に吸い込まれていく。
氷が割れて現れたのは、海の青と白銀の瞳、魔導士のローブを模したマントを携えた戦士、バハムートセイバー ブルークリムゾンと全く同じ姿だった。
元の金色の鎧は、左腕が金色に染まっている。元の色に戻った、と言った方が適切だ。
「分身……いや、分裂したのか!」
「ご名答。まあ、単純な分裂ってわけでもないけどな」
「こうして外からバハムートセイバーを見ることになるなんて、なんだか不思議な気分ね」
「なるほど、二人で一人に変身しているからこそ、ということか……!」
凡そレヴィアタンの言った通りだ。
ドッペルのカートリッジは、四人の分身を作るものだった。ならその分身を二人に絞り、そこに宿らせる力を指定させたら?
答えはご覧の通り。龍太とハクア、二人で一人の戦士は、このカートリッジを使った時だけに限り、二人に戻ることができる。そしてそこに、龍神のカートリッジも装填してやれば、ハクアの方は対応したオルタナティブの姿になれるというわけだ。
分裂したから出力は半分ということもない。もちろん龍太の方からニライカナイの力は消えているが、それを補って余りある力が残っている。むしろ数の利を得ることができる上、ハクア自身も戦闘技術が高い。龍太の体を二人で使うよりも、断然戦力アップだ。
「感心してくれるのは結構だが、だからって容赦しねえぞ! ハクア!」
「ええ、援護は任せて暴れてきなさい!」
ハクアが杖を掲げると、大量の魔法陣が展開。そこから無数の氷柱が出現する。
射出と同時に龍太も駆け出し、氷柱を巧みに躱し続けるレヴィアタンへ肉薄した。
「速いッ……!」
「お前は遅い!」
拳と蹴りを叩きつけ、よろけて後ずさったところに一際巨大な氷塊が落とされる。押し潰されてペシャンコになっていれば良かったが、そこはさすがの防御力だ。傷だらけになり鱗も砕かれているが、レヴィアタンはまだ立ち上がる。
「負けるものか……負けられないのだ! レヴィアタンの名を授かったこの身は、バハムート、いやベヒモスには負けられないのだよ!」
「んなもん知るか!」
「変な因縁つけないでちょうだい!」
レヴィアタン、あるいはリヴァイアサンと。
バハムート、あるいはベヒモス。
龍太の世界では因縁深い二匹の怪物だが、そんなものを龍太とハクアが知る由もない。
ただひとつたしかなのは、目の前のスカーデッドが身勝手な正義を振り回し、罪のない人たちを傷つけたことだ。
「我らの正義を証明するためにも、貴様に負けるわけにはいかん! バハムートセイバー!!」
「うるせぇ! セゼルで、ローグで、この学園で! たくさんの人たちを傷つけたお前らが、正義を語るな!」
「わたしたちは、あなたたちを絶対に許さない! 今まで犠牲になった人たちのためにも、これから誰一人傷つけさせないためにも! ここであなたを倒す!」
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
全く同じカートリッジを二人揃って装填し、無機質な機械音声が重なる。
周囲に冷気が満ちる。ドラグニウムの床が凍てつき、冷気がレヴィアタンの足を捕らえて拘束した。
「なにッ⁉︎」
「いくぞハクア!」
「ええ!」
黄金に赤が。
海色に白が。
二人の魔力がオーラとなって、全身を包んでいた。
宙に跳び上がる二人のバハムートセイバー。
海色の鎧はマントをはためかせ、黄金の鎧の背中には渦巻く風の翼が伸びている。
両者共に腕のガントレットを分離、変形させて足に装着。赤と白、それぞれのオーラを足へ収束させ、地面へ一直線に突っ込んだ。
「おらあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
直撃、爆発。
あたりに転がっている機械たちも巻き込み、レヴィアタンの肉体は爆発四散した。
後に残るのはハクアの冷気によって凍てついた地面や機械たちに、爆発の焦げた跡。そこに落ちる、レヴィアタンのカートリッジ。
「ようやく、倒したっ……」
セゼルや学園で猛威を振るった、幹部格のスカーデッドを。ようやくひとり。
膝に手をついて肩で息をする龍太。まだバハムートセイバーの制限時間までいくらか残っているが、消耗が激しい。いや、それも当然か。なにせ龍神の力を一気に使っているのだ。普段のオルタナティブと同じとは思わない方が良かっただろう。
そうしているうちに分裂していたハクアは消えて、バハムートセイバーの中に戻ってくる。オルタナティブが消えたわけじゃなくて一安心。まだもう一人、敵は残っているのだから。
「お兄ちゃんっ、そっちいったんだよ!」
「っ⁉︎」
飛んできたローラの声に反応して、転がってその場から離れる。先ほどまでいた場所には、全身に炎を纏った不死鳥が突撃してきていた。
『避けられましたか……まあ、今ので倒してしまってつまりませんからね』
「フェニックスっ……!」
龍太にとっては宿敵とも言えるスカーデッド、フェニックスだ。上空からこちらを見下ろすやつは、その足でレヴィアタンのカートリッジを掴んでいる。先ほどのは攻撃というよりも、あれを回収するのが目的だったのだろう。
『あなたもここで倒してあげる!』
『これは、やはり撤退した方が良さそうですね……あまりにも分が悪い』
「逃がすかよ!」
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
右手の銃にカートリッジを装填させた後、二丁の銃を合体。ライフルとなったその銃口に、魔法陣が展開。片膝をついて、逃げようと背を向ける不死鳥に狙いを定めた。
『照準は任せて! リュータは思いっきりぶちかましなさい!』
「おうよ!」
二人合わせて今日三度目のオーバーロード。恐らく、これが最後の一撃になる。撃ち終わると変身は解除しなければ、また暴走してしまうだろう。
だから、これで確実に決める!
「食らいやがれぇぇぇ!!」
『チッ……!』
トリガーを引く。
同時にフェニックスは反転、防壁を展開した。
放たれるのは暴風。龍太の膨大な魔力と風龍の力がこれでもかと込められた、全てを飲み込む破壊の嵐。
ドラゴンが誇る最大にして最強の一撃。
龍の息吹。
その暴風の前に翼は何の意味も持たず、防壁すら無意味だ。フェニックスの赤い身体をたちまち飲み込み、嵐に斬り刻まれる。
ドラグニウム製の天井の一部まで破壊してしまったその一撃は、地上へ届きフェニックスの姿も見えなくなってしまった。
手応えはあった。防壁を張っていたとは言え、あの威力の一撃を耐えられるわけもない。
だが同時に、真逆の確信もある。
これでフェニックスを倒し切れたわけではないのだと。
やつの不死性は、何度も目にした。恐らく、カートリッジそのものを破壊しなければ、やつは何度も復活し、その度に強力な力を得て戻ってくる。
「はぁ……はぁ……」
「さすがに……疲れたわね……」
「おいおい、大丈夫かよお前ら!」
変身を解いて二人同時にその場へ頽れると、クロがこちらに駆け寄ってきた。その後ろに他のメンバーも続いていて、大丈夫だと示すように手を挙げる。
「見てたぞリュウタ! さすが僕らが改造したカートリッジだ!」
「いや、そこは俺とハクアを褒めるとこじゃねえのかよ……」
「でも実際すごかったですねぇ。あれが、天龍様以外の龍神全てを集めた力ですかぁ」
「バハムートセイバーと手合わせするのが、ますます楽しみになってきたな!」
「アホクロ、お前なんか秒で死ぬに決まっとるやろ。なんせうちらが改造したカートリッジやからな!」
「ソフィアもカートリッジにしか興味ないみたいね……」
苦笑いするハクアは忘れていたのだろうか。こいつらは二人揃って天才なのだ。つまり、兄が兄なら妹も妹、ということ。仲良く一緒に天狗になっているが、こいつらさっきちゃんと戦ってたのだろうか。
クロとキャメロット、ローラが戦ってたのは、横目で確認していたけど。
「ともかく、今日は一度引き上げるんだよ。想定外の戦闘もあったし、遺跡も壊しちゃったし……学園長に謝らないとダメだと思うんだよ……」
「そ、そうだな……」
遺跡を壊したのはさすがにやり過ぎたか。
天井以外にも、辺りを見渡せば元からあったよく分からない機械たちは、粉々になっていたり凍っていたり燃えていたり。様々な被害が出ている。
なんの機械か知らないけど、少なくとも龍太たちが来た時には稼働していなかったし、まあ大丈夫だろう。
「……これ、大丈夫だよな? 壊しても良かったやつだよな?」
不安になってイグナシオに聞いてみると、彼はメガネの位置をメガネで直し、ボロボロになった室内を見渡す。
「ここにあったのは演算装置だな。ようはコンピューターだ。来た時には動いてなかったし、多分予備のものかなにかだろう。多分」
最後の一言で余計に不安が増したが、まあイグナシオが大丈夫だと言ったのだ。なにかあればこいつに全責任をなすりつけよう。
しばらく休憩できたことで龍太もハクアも立ち上がる。さてじゃあ帰るか、となったところで、ハクアが一つ疑問を呈した。
「ところで、出口は分かっているのかしら?」
「……」
沈黙が降りて、しかし全員の視線は同じ場所へ。つまり、バハムートセイバーの一撃で空いた、天井の穴へ。
「まあ、そこしかないよなぁ……」
結局龍太は、飛行魔術が使えるローラに抱えられて、地上まで出ることになってしまった。しかもお姫様抱っこで、めっちゃ簡単に抱き上げられた。
心の中で、男としてのなにかが音を立てて崩れた龍太であった。