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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
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帝国貴族 3

 ノーム島の海沿いに位置する、ハイネスト兄妹の工房。

 そこは地下に広がっていて、工房というよりも工廠といった方がしっくり来る。人型魔導兵器ファフニールをはじめ、魔導戦艦なんて訳のわからないものまで作っているらしいのだ。もちろん、その他の魔導具も開発しているだろうが、そのどれもが門外不出のものばかり。

 設計図はあの二人だけが持っていて、場合によっては他国が介入、横取りしようとする可能性もあるのだとか。


 さて、そんな工房唯一の地上階には、試作型ファフニールが数体立っている滑走路がある。ここを横切って地下へ続くエレベーターに向かうのだが、三日前に来た時との違いにはすぐに気づいた。


「なんか増えてね?」

「しかも、随分と極端な機体が二つね……」


 この前はどれも同じ試作機で、武装が少し違うだけだったのだが。この二機は、見た目も違えば武装も極端に違う。

 片方は流線的なデザインで、腰には実体の剣を二つ。バックパックも簡素なスラスターだけ。恐らくは頭に機関砲やどこかにフォトンソードのような魔力剣、ビームサーベルみたいなのは隠してるだろうけど、随分な軽装備だ。

 もう片方は、一言で言うと重装備。右手にガトリング、左手に大型ライフルを持ち、バックパックにはシルフィードMarkIIと同型と思しき魔導収束砲が。その上で肩に電磁砲を二門と、足にはミサイルポッドがいくつも取り付けられている。


 二、三日でどうやってこんなものを二機も用意したのか不思議でならないが、今日の本題はこれじゃない。興味をそそられつつもエレベーターに乗り込み、地下へ向かった。


 長いエレベーターを降りて、この前と同じ部屋を目指す。迷子になるような作りでもないのですぐに辿り着き部屋の扉を開けると、ハイネスト兄妹とタケルの三人が。


「お、来たなリュウタ」

「なんや早いやんけ」

「ルビーのせいで朱音さんに講義追い出されたんだよ……」

「ああ、帝国出身の女の子だっけ? 龍太くんも大変だね」


 笑いながら言う丈瑠はどこかからかい混じりで、ちっとも大変だと思ってなさそう。

 帝国の件はすでに伝えているのだが、ルビーに関しては龍太に一任されている。丈瑠からすれば、微笑ましい青春の一ページくらいにしか見えていないだろう。


「それじゃあ取り敢えず、これは返しておくぞ」


 言いながらイグナシオに渡されたのは、龍神の力が込められた三つのカートリッジだ。再び預けていたそれが返されたということは、シャングリラのカートリッジの調整も終わったということだろうか。


 そう問いかけるよりも前に、肩を竦めたソフィアが首を横に振る。


「残念やけど、まだ完成はしとらんで」

「そうなのか?」

「その三つのカートリッジをシャングリラに同期させることはできたんだけどね。あとは、シャングリラのカートリッジ自体をどうバハムートセイバーに適応させるかなんだ」


 カートリッジ自体の準備はできたが、それをどうやってイクリプスを抑えるために使うか、ということか。

 炎龍、水龍、木龍。この三つのカートリッジを預けていたのは、シャングリラのカートリッジに力を集めるためだ。おそらくこのまま使っても相応に強力だろうが、目的はイクリプスの暴走を抑えること。

 まだあともう一手足りないらしい。


「試しに一度、通常の状態でシャングリラを使ってもらいたいんだけど……」

「え、さっき変身したばっかっすよ」

「だよね。クレアから連絡もらってたし」


 どうやら、先程の襲撃に関してはクレアから既に知らされていたらしい。最初から期待していなかったのか、丈瑠もあまり残念そうにはしていない。


「ま、あとは力の動かし方だけが課題なんだ。シャングリラのカートリッジにはイクリプスの魔力を記録させてあるし、こっちの調整でどうにかできる」

「せやな。龍神様四人分の力やし、魔王の心臓(ラビリンス)を抑えるんやったら十分足りとる。エリナ様にも期待されとるねんから、あんま時間はかけられんな、クソ兄貴」

「あの人の名前は出すなよバカ妹……」


 額に手を当てたイグナシオは、随分と苦い顔をしている。

 そういえば、いい機会だから聞いておこうか。


「イグナシオって、エリナさんのこと苦手なのか?」

「たしかに、エリナのことになるといつも渋い顔をしているわよね」


 ハクアの言う通り、今もめちゃくちゃ渋い顔をしている。なんというか、その話はやめろ、感が半端ない。


「あー、それなー。うちの兄貴はほら、エリナ様にほの字やから」

「違う! そんなんじゃない!」


 大きな声で妹に反論しているが、しかし残念ながら顔は真っ赤だ。

 なるほどそういうことね? いやぁ、これは面白い話が聞けそうですなぁ。


「僕はただ、あの人のことを尊敬していて、少しでも力になりたいってだけだ。惚れたとか、そんなんじゃないからな!」

「そうかそうか」

「おいリュウタ、全然分かってなさそうな顔やめろ! ニヤニヤするな!」


 そうは言われましても。普段こういう話になると周りから揶揄われてばかりの龍太としては、中々ない機会なわけでして。


「いや、分かってるってイグナシオ。尊敬してて、力になりたいんだよな。うん、分かってる」

「ま、その点はうちも一緒やけどな。エリナ様には大恩があるさかい、一生かけてもいいくらいには思うとるで」

「大恩?」

「ああ、二人には言ってなかったっけか。僕たちは元々、東の大陸出身なんだよ」


 あまりにもタイムリーな話題が出てきて、ほぼ無意識のうちに緊張が走る。

 ハイネスト兄妹もルビーの件は知っているから、違う違うと笑っていたけど。


「別に帝国生まれってわけじゃない。まあ、今はもう帝国領になってると思うけどね」

「つまり、帝国の侵略戦争に負けた国、ということよね?」


 東の大陸では、今も戦争が続いている。殆どが帝国領内の内乱じみたものではあるが、それでもほんの数年前まで、帝国は侵略戦争をしていた。

 ついこの前、授業で聞いたばかりだ。


 ネーベル帝国。

 かつて人と龍の間で起きた、史上最大規模の世界大戦、百年戦争勃発の地となった国。それ故か、あらゆるドラゴンに対して敵意を向けている、龍の巫女ですら容易に介入できない国だ。


「うちらの国は小さい国やってんけど、大陸西側の沿岸でな。帝国としては、どうしてもそこを抑えときたかったんや」

「ドラグニアへの橋頭堡、といったところかしら?」

「まあそうだろうね。僕が聞いた話でも、帝国は内乱を鎮めながらも海軍の増強に余念はないらしいし」


 丈瑠が聞いたというのは、恐らく桃と緋桜からの話だろう。あの二人は、東の大陸で帝国に関する情報を集めている。


 しかし帝国も、簡単にドラグニアへ攻めるわけにはいかない。

 いくらドラゴンの存在を疎ましく思っていても、その戦略的価値を見誤ってはいないだろうから。


 そう、中央大陸には龍の巫女が二人いる。その上、魔人などと呼ばれ恐れられている、異世界出身の魔術師まで。

 その三人だけで、果たして国をいくつ滅ぼせることか。


「僕らの国は、基本的に商売がメインの国だったからさ。軍の強さで言えば、帝国に勝てるはずもない。でも逆に言えば、帝国は簡単に攻めてこないはず、とも言えた」

「そうなのか? 戦力差があるなら、普通に攻めてきそうなもんだけど」

「そう簡単な話じゃないのよ、リュータ。帝国はたしかに屈強な軍事国家なのだけれど、侵略戦争で領地を広げすぎた。ドラグニアに勝るとも劣らない領地全てを支配するには、外国との貿易も大切になるの」

「帝国自体は中央大陸の国と仲が悪い、だから僕らの国がその仲介をして、大陸間の貿易が成り立っていたんだ」


 しかしハイネスト兄妹の国を攻め落としてしまえば、そこは帝国領になる。中央大陸の面々も容易く貿易を行うことができなくなり、帝国の財政は赤字まっしぐら。戦争どころじゃなくなってしまう。


 いまいちその辺の事情に疎い龍太は、話の半分くらいしか理解できなかった。

 まあつまり、ハイネスト兄妹の国は、武力を持たずとも貿易、商売というまた違った武器を持っていたのだ。しかし帝国は、それを一顧だにせず攻めてきた。


「音に聞こえし帝国軍が攻めてくる、なんて聞いたら、弱っちい僕らは逃げる他ない。国はまともに迎え撃つつもりもなく、国民を中央大陸に逃すまでのしんがりを務めた。僕らは無事船に乗って、ドラグニアまで逃げ仰せられる、はずだったんだけどね」

「帝国のやつら、海の上まで追ってきよってな。しかもまともな戦力もない避難船相手に、空戦部隊一万人の大盤振る舞いやで」


 戦争に詳しくない龍太でもわかる。それは、あまりにも過剰な戦力だ。

 そもそも元の世界でも、戦争をする上では最低限のルールみたいなのがあったはずだ。避難民に攻撃しないのも、そのうちの一つだったと思う。

 まさかこの世界には、そんなものないわけがないだろう。

 なにせ、一度大きな世界大戦を経験している。ルールの抜け穴を突こうとするならまだしも、そこまで大胆に破るなんて。


「ああ、その話ならわたしも聞いたことがあるわ。たしか帝国が協定違反を犯したから、巫女が出撃することになったのよね?」

「協定違反ってのは、避難船を襲ったからか?」

「ええ。その協定が、巫女が出撃するかどうかの基準にもなっているの」


 龍の巫女は、世界の敵に対する抑止力だ。国家間の戦争にはあまり介入しない。

 しかしその戦争も、度が過ぎると世界の危機へ変貌してしまう恐れはある。その基準として設けられたのが、世界協定。


「ついこの前、授業で習ったと思うのだけれど……」

「え、そうだっけ?」


 完全に頭から抜け落ちていた。ハクアのこちらを見る目が痛い。

 いや、最近はほら、色々あったから仕方ないんだって。


「と、とにかくっ、その協定のお陰でイグナシオとソフィアは助かったってことなんだろ?」


 ちょっと無理矢理話を逸らした。

 ともあれ、帝国が協定違反を犯したお陰で、ハイネスト兄妹を乗せた避難船は巫女によって守られた。

 そして話の流れからするに、その際に出撃した巫女というのが、エリナ・シャングリラだったのだろう。


「当時のエリナ様は、まだここの学園長になる前でな。元々その話は決まっとったから、自分のギルドは持っとらんかってん」

「七年前の話だから、ローラ様も巫女になる前。先代のナイン・E・ドラグニア様はドラグニア王家に嫁ぐ準備があったし、スペリオルとの全面衝突が一度あった後だから、クローディア様はその事後処理に追われてた。フリーで動けるのはエリナ様しかいなかったんだよ」


 数年前、龍の巫女率いる全ギルドにその他多くの国の軍、更には異世界の魔術師数名も合わせた連合軍が、スペリオル正面から全面戦争を起こした。

 つい最近まで、その時の戦いでスペリオルは壊滅したとばかり思われていたのだ。


 龍太も何度かその様な話は聞いていたが、詳しいことは知らない。

 一度その辺も詳しく聞いてみないとな、と思いつつ、一人名前の上がっていない巫女がいることに気づいた。


「あれ、アリスさんは?」

「あの子とアオイは、おいそれと動かすわけにはいかないのよ。それこそ、過剰防衛だって後々から責められる口実になるわ」

「たかが一万の雑兵が相手じゃあ、アリスさんも蒼さんも動きようがないだろうね。実際、僕たちの世界でもそうだったみたいだし」


 そもそも、最初から選択肢から外れていたらしい。

 強すぎる力は、時に味方にとっても毒になる。ただいるだけで多方面へ影響があるのだ。それを協定違反があったとはいえ、国家間の戦争の最前線に出てしまえば。


 龍太には理解できないところで、色々と悪影響もあるのだろう。


「そんでまあ、エリナ様が助けに来てくれて、帝国軍は全滅っちゅうわけやな」

「その後はツテもあったからドラグニアに保護してもらって、ここに入学したんだ」

「エリナ様がうちらの後見人になってくれてな。王族兼龍の巫女の保護下におったから、ずいぶん贅沢させてもろたで。ここの入試も免除やったし」


 わざわざ後見人を立てたということは、二人の両親は、つまりそういうことだろう。

 イグナシオもソフィアも明言こそしないが、両親の話が出てこないところからも察せられる。


 ただ、二人の自他ともに称する天才的な頭脳があるからと言って、王族、しかも龍の巫女に保護されるというのは、少し違和感が残る。エリナがその才能を先んじて見抜いた、と言われればそうなのだろうけど。


「そういえば、二人の住んでた国の名前って?」


 尋ねた龍太に、ソフィアは微苦笑を、ハイネストはもはや見慣れた思いっきり苦々しい顔を見せる。

 そして答えたのは、心底言いたくないと顔に書いてある兄だった。


「ハイネスト王国。それが僕たちの住んでいた、そして僕たちの両親が収めていた国の名前だよ」



 ◆



 話がひと段落した後、龍太とハクアは半ば追い出されるようにして、ハイネスト兄妹の工房を後にした。

 少し、デリケートなところに踏み込みすぎたか。友人とはいえ、話したくないことや聞かれたくないことだってあっただろう。

 けれどそれでも話してくれたということは、少しは友人として信頼されている、と自惚れてもいいのだろうか。


「悪いこと聞いちまったかな……」

「気に病むことはないと思うわ。あの二人の性格からして、話したくなければ話さなかったでしょうし」


 まあ、それはその通りだろう。良くも悪くも単純な性格をしている面がある二人だ。身の上話をする相手は選んでいるだろうし、龍太はあの二人のお眼鏡にかなったというだけ。

 イグナシオの苦み走った表情を思い出すに、本人たちの中で割り切れていないというよりも、何か別の感情が見て取れた気がする。


 それがなんなのかは、うまく言葉にできる気がしないけれど。


「わたしとしては、やっぱり帝国のことが気になるわね」

「あいつらの話を聞いた上で、ってことだよな?」

「ええ。どうにもやることが中途半端というか……いまいち狙いが読めないのよ」


 ネーベル帝国のやっていることだけを見れば、目的な大陸の統一にあるように思える。しかしそのやり方は、武力に任せた危険なものだ。

 その上、ドラグニアを含めた中央大陸の国々にも喧嘩を売る様な真似をしている。内乱が絶えないことからも、完璧な統治には至っていないのだろう。


「当時のハイネスト王国のことは、ニュースにもなっていたからわたしも知っていたわ。あの時はたしか、南の聖地ノヴァクにいたはず」

「どこだそれ?」


 なんかまた新しい地名が出てきた。

 未だにこの世界の地理を完全には把握できていない龍太に、ハクアは微笑みながら教えてくれる。


「ローグからさらに南下して、ノヴァク山脈っていう険しい山を越えた先にある、南の果てよ。他国とは独立した宗教都市なのだけれど、ほとんどの住民がドラゴンなのよ」

「てことは、ドラゴンたちの宗教?」

「まあ、そんなところかしらね……古代文明のあるドラゴンを祀っているのだけれど……」


 言い渋るハクアに、なんとなく察してしまった。

 つまりその聖地では、古代文明に生き、今も語り継がれるドラゴン、白き龍を祀っているのだろう。

 そりゃハクアからしたら言いにくいわけだ。ただでさえ周りからはそう勘違いされているし、実際に白き龍ユートピアは、ハクアの体に降りてくることがあった。


「ハクアも大変だな……」

「ええ、まったくよ……魔女が出たって聞いたから慌ててノヴァクに向かったら、モモとヒザクラが捕まっていたし……」


 いやちょっと待って、なんか思ってたのと違う苦労の仕方なんだけど?

 桃と緋桜はいったいなにをしたんだよ。


「この話は置いておいて、とにかく帝国のことよ。ここ十年の間で、東の大陸はかなりの過渡期にある。他の大陸からの介入も考えられるほどに」


 思い返されるのは、牢屋でフェニックスが語っていたことだ。

 戦争の火種は、この世界にいくらでも転がっている。東の大陸で起きている戦争だけでなく、あのドラグニアでさえ一枚岩ではないと、奴は言っていた。


 そして実際、この学園には帝国の宰相の娘というルビーも入学しているし、彼女の行動はどうにも裏がありそう。


 この世界の情勢は、龍太が知らないところで、今も着々と変化していっている。

 いや、仮に知ったとしても、たかが一人の少年に一体何ができるのかという話だ。


 それでも諦めないと。あいつに告げた言葉は、嘘にしたくない。

 なにより、一人ではない。ハクアがいる。


「出来ることから、手の届く範囲だけでも、どうにかしないとな」


 誰にともなく呟いた言葉に、ハクアがぎゅっと手を握ってくれる。それがなによりも雄弁な返事だった。

 わたしも一緒にいるのだと。常人よりも少しだけ低い体温が、伝えてくれた。


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