帝国貴族 2
ルビーという二年の後輩に対して、龍太はあまり好ましい印象を抱いていない。
つい昨日のことではあるが、教室前に押しかけてきてハクアを侮辱したのは記憶に新しい。それも帝国出身だから、と侮辱されたハクア自身が言っていたが、正直龍太にとってその辺の事情はどうでもよかった。
ただ、自分のパートナーを侮辱されたことが許せない。今ではより強くそう感じているのは、きっと昨日ハクアと二人で色々と話したからだろう。
ともあれ、嫌いというほど関わってはいないが好ましくも思っていない少女、ルビーがこの場に来てしまったことに、龍太はなんとなく警戒していた。
「なんの用だよ、ルビー。この前の礼なら受け取らないって、昨日も言ったよな?」
「分かってますよー。ただせんぱいに会いたいから来ただけです! もしかして、迷惑でしたか?」
うるうると瞳を潤ませ、媚びるような上目遣い。可愛いとは思うが、しかし明らかに作られたその表情に絆されるわけもない。
「別に迷惑じゃないけど、俺たちにだってやることがあるんだよ」
「いいじゃないですか別にー。ほら、そこのドラゴンなんか放っておいて、あたしと遊びに行きましょうよ!」
座っている龍太へ伸ばしてきた手を、身を引くことで拒絶する。
それが予想外だったのか、ルビーは驚いたように目を見張った。
「なんで……予言と違う……」
「ルビー?」
俯いた少女がボソリと、なにか口の中で呟く。蚊の鳴くような声は龍太の耳に届ききらず、次の瞬間には顔を上げてニコリと笑顔。
そしてそんな二人の間に割って入ってきたのは、ルビーが連れてきた黒髪の男子生徒だった。
「おいお前! お嬢様がこうおっしゃってくださっているのに、なんだその態度は! まさかお前、お嬢様よりもそこの薄汚いドラゴンどもを選ぶつもりじゃないだろうな!」
「は?」
こいつは一体、なにを言ってるんだ?
無意識のうちに強く睨んでしまい、ビクッと男子生徒の肩が震える。
湧き上がってきた怒りを抑えてくれたのは、左手の甲に感じた柔らかい感触だった。そちらを見ると、ハクアがふるふると首を横に振っている。
クロからもポンと肩に手を置かれて、なんとか冷静さを取り戻した。
「なあ後輩。その子がどれだけ偉いかなんて知らないし、帝国の価値観も知ったこっちゃないけどさ。どこでどんな発言をしたのか、理解してるか?」
気がつけば、射撃場にいる周りの生徒からも注目を集めてしまっている。それらの視線に好意的なものは一つも含まれておらず、全てが敵を見据える目だ。
それも当然だろう。
この学園には、世界中の国の子供が集まっている。ドラグニアやノウム連邦、ローグが故郷だったものもいるだろう。
出身国がどこであれ、ドラゴンとは尊重すべきパートナーであり、ともに過ごす家族も同然だ。
そんなドラゴンを、こんな公衆の面前でバカにするような発言。
周囲の生徒たちを敵に回すのも、当然のことだろう。
「な、なんだお前たち……! ここにおわすお方をどなたと心得ている! ネーベル帝国宰相、エメラルダ・ローゼンハイツ公爵が御息女、ルビリスタ・ローゼンハイツ様だぞ!」
「ジョシュア……」
喚く少年に、さすがのルビーも頭を抱えている。まあ、今のタイミングでのご紹介は最悪としか言えないだろう。
そもそも、ルビーがどれだけ偉いのかなんて知ったこっちゃない、とクロに言われたばかりなのだから。
しかし、思っていたよりもビッグネームが出てきた。帝国出身とはハクアが予想していたけど、そこの宰相の娘とは。
帝国がどんな国かもよく分かっていない龍太だって、親が宰相で公爵なんて聞かされれば、この後輩の地位も分かってしまう。
「本来であれば、貴様らのような卑しい下民や薄汚いドラゴンが、一生に一度もお目にかかれないお方だ! ご当主様の予言がなければ、こんな学園なんかにも──」
「ジョシュア、それ以上は黙りなさい」
言いかけた従者を、ルビーが厳しい口調で咎める。それは先ほどまでの媚びるような甘ったるい、よく言えば可愛げのある声でも話し方でもなく。
どこか威厳に満ちた、人の上に立つ者の声。そう、ローグで出会ったドラグニアの王様にも似ている。
「わたくしの従者が失礼しました。紹介にあった通り、ネーベル帝国宰相が娘、ローゼンハイツ公爵家令嬢、ルビリスタ・ローゼンハイツと申します」
一歩後ろに下がり、スカートを摘んで軽く腰を折る。貴族令嬢としての完璧な挨拶。指先の動き一つまでが洗練されていて、この場の誰もが彼女の言葉を疑わなかっただろう。
「彼には言って聞かせますので、先ほどのご無礼はひらにご容赦を」
「まあ、いいけどさ……」
予想外の気品と優雅さに気後れして、思わず頷いてしまう。元々龍太としても、ハクアに宥められてクロが前に出てくれた時点で、溜飲は下げているのだ。
これ以上引き摺っても、互いに面倒なことになるだけ。
話がついたとばかりにパン、と手を打ったルビーは、相好を崩してまた一歩近づいてくる。公爵令嬢ルビリスタとしての仮面は脱ぎ、あるいは二年の後輩ルビーてしての仮面を被って。
「それじゃそういうことなので、これからもよろしくお願いしますね、せんぱい」
悪戯な笑みを残して、ルビーは従者を連れて去って行った。
まるで嵐のようだったが、結局なんでここに来たんだ、あの二人。
「予言、と言っていたのが気になるわね」
射撃場を出ていく二人の背を見送りながら、ハクアが顎に手を当てて呟く。
そう、たしかジョシュアとか言うあの従者らしい男子生徒は、そう口にしていたか。その直後にルビーが咎めたから、詳しくは聞けなかったが。
「予言ってようは、丈瑠さんの未来視みたいなもんだろ?」
「いえ、おそらくそれとはまた違うわね。むしろ丈瑠の未来視は、予言よりも高性能だもの。短期、長期に関わらず、明確な未来を視てしまえる。けれどわたしが知っている予言というのは、もっと信憑性の薄いものなの」
「そうなのか?」
丈瑠が持っている未来視は、龍太たちの世界の、つまりは異世界の異能だ。この世界の似た力と差異があってある意味当然だろうが、だったらルビーとジョシュアは、その信憑性の低い予言とやらのために、この学園に来たということになる。
「タケルのあれは異能、つまり魔力を必要としない。けれど予言や予知というのは、この世界だと魔術の一種なのよ。それでもあくまで、未来の可能性のひとつを知らせてくれるだけ。タケルのように、未来を強制的に手繰り寄せて確定させる、みたいな芸当はできないわ」
「だとしても、帝国出身が予言に従って、というのは、嫌な予感がしますねぇ」
おっとりとした声だが本当に嫌な予感がするのだろう。キャメロットは頬に手を添えて眉根を寄せている。
彼女の言う通り、ルビーとジョシュアが帝国出身、しかも地位の高い宰相の娘というのが、こちらの疑念を深ませる。
「とりあえず、朱音さんの耳に入れとくか」
「そうね。彼女なら然るべきところに報告してくれるでしょうし」
ことが外国も絡んでくるとなると、龍太たちでは持て余してしまう。朱音ならエリナや栞、あるいはドラグニアのアリスたちにまで話を通してくれるだろう。
仮にルビーがなにも企んでなかったとしても、それはこちらの取り越し苦労で済むだけの話だ。
「よし、じゃあ休憩終わり!」
「もう少し頑張りましょうか。クロとキャメロットはどうする?」
「せっかくだし、俺も試してみるぜ」
「いいじゃないですかぁ。クロくん、今まで剣崎ばかり使ってましたからねぇ。ドラグニアの騎士になるなら、それじゃあダメですよって前から言っていましたし」
その後も四人は、日が暮れる直前まで射撃場で練習に努めた。しかし結局、龍太はまともに的に当てることは出来ないのであった。
◆
その日の夜に朱音への報告を済ませると、彼女は東の帝国にいるという桃と緋桜に連絡しておく、と言っていた。
そういえばあの二人は現在、キナ臭い帝国の動向を探っているのだったか。
ともあれネーベル帝国のことは任せ、翌日から龍太たちは学園生活の続きとなるわけだったのだが。
「早い話、私たち異世界人が使う魔術というのは、不可能を可能にする力なの。けれどその大部分を、事象の短縮に使っている。魔力を使わない純粋な科学力が進化した私たちの世界では、火を起こすのも電気を通すのも、全てが魔力を使わずに科学で可能としているけど、魔術というのは科学に必要な全ての工程を短縮できる。けれどそれが魔術の真価じゃない」
異世界学の講義室で、朱音の声が響く中。最後列の龍太は講義にも集中できず、隣の女生徒からめんどくさい絡まれ方をしていた。
「リュウタせんばーい、こんな講義聞いてないであたしと遊びに行きましょうよー」
「いやお前、声でかいって。朱音さんに聞こえたら怒られるぞ」
「えぇー、いいじゃないですか別に。異世界の魔術なんて学んだっていいことないですし」
「だったらなんでここに来てんだ……」
「それもちろん、せんぱいに会いたいからですよ」
にっこり可愛い笑顔で言われても、裏があるようにしか聞こえない。
教室を出た段階でいつかのように待ち伏せしていた後輩女子、ルビー・ローゼンハイツは、悪びれもせず講義の内容には興味を持たず。周りからの視線も痛いので、そろそろ黙ってほしいのだけど。
龍太が注意するよりも前に、白いなにかが頬を掠めた。
後ろを振り返ると、壁に突き刺さっているのはチョーク。投げたのはもちろん、この講義を行なっている教壇の上の女性、桐生朱音。
「講義の邪魔するなら出ていってくれる?」
「うす、すんません……」
なんで俺が…….と思いながら非難の目をルビーに向けるが、少女はどこ吹く風の知らんぷり。
てか、なんでチョークが壁に突き刺さるんだよ。チョークの強度どうなってんだ。
しかしここにこのままいても、周りの迷惑にしかならない。隣のハクアに目配せすると、仕方ないわねと言うように微苦笑を浮かべていた。
言われた通り途中退席すれば、ルビーも当然のようについてくる。その後ろには更に、従者らしい少年、ジョシュアの姿も。
「あの異世界人め……ルビー様に当たったらどう責任を取るつもりだったんだ……!」
こっちはこっちでいらぬ心配と怒りに燃えているが、まあ彼については放置でいいだろう。面倒だし。
「それで、次はどこに行くんですか、せんぱい?」
「なんでついてこようとしてるんだよ」
「えー、それを女の子の口から言わせる気ですかー?」
ニヤニヤと揶揄い混じりの笑みに多少イラッとしつつ、しかしそこまで無下にできないのは自分が甘いからか。
どう言えば引いてくれるだろう、と頭を悩ませていると、龍太とルビーの間にハクアが割って入った。
「わたしたちもやることがあるの。あなたたちを連れて行くわけにはいかないのよ」
「あなたの意見は聞いてないんですけど?」
「ハイネスト兄妹の工房に向かうのだけれど、それでも来るのかしら?」
「今日のところは勘弁してやりましょう! ジョシュア、帰るよ!」
「え、いいんですかお嬢様⁉︎」
意外にも素直、というか早々に、ルビーとジョシュアは諦めてくれた。
ぴゅー、という擬音が実に似合うような、鮮やかな退散だ。
一体なんだったんだ、と思うと同時に、ハイネスト兄妹がちょっと不憫に思えた。名前聞いただけで逃げられるとかどんだけだよ。
本人たちはいいやつらなのになぁ。
「ついてくるなら、実験体として提供するつもりだったのだけれど」
「やめてやれよ……」
相変わらず、ルビーには容赦のないハクアさんである。その理由を知っているから、言葉とは裏腹に少し嬉しくもあるけど。
しかしイグナシオなら、マジで後輩を実験体にしちゃいそうな怖さがあるな。あれ、怖がられてるの当たり前なのでは?
少し時間は早いが、ノーム島にあるハイネスト兄妹の工房へ向かうことに。朱音の講義の続きを聞きに戻ってもよかったのだけど、周りの目もあるし、帰った時に個人的に聞かせてもらうとしよう。
「今日もカートリッジの件だっけ?」
「みたいね。アイデアが浮かんだからって、タケルと待っているみたいよ」
「あいつらにも悪いことしてるよなぁ。完全に俺たちの事情なのに」
「エリナに言われたら逆らえないみたいね」
「弱みでも握られてんのか?」
どうにもハイネスト兄妹、特に兄のイグナシオは、エリナに頭が上がらないようだった。あの天才を自称して憚らないイグナシオが、誰かの言いなりになる。なんとも彼のイメージからかけ離れていて、なにかしら事情があるのかと勘ぐってしまう。
相手が龍の巫女だろうが関係なく、唯我独尊を貫く。それがイグナシオ・ヴァン・ハイネストという少年だと、龍太は勝手なイメージを持っているから。
あるいは、弱みなんかじゃなく。ただ単純にエリナを尊敬しているから、なんて理由も考えられるけど。
ハクアと二人、談笑しながらノーム島に繋がっている転移門に向かっている最中。その転移門がある本校舎が見えてきた辺りで、ふと、なにか違和感のようなものを覚えた。
立ち止まったのはハクアも同時で、一緒に辺りを見渡す。
「リュータ、気づいた?」
「ああ……おかしい、なんで誰もいないんだ?」
本校舎はもう目の前だ。なのに、道には生徒も教師も、自分達以外誰の姿も見えない。
ドリアナ学園はマンモス校と言っていい生徒数を誇っている。放課後のこの時間であれば、それぞれ専門の講義に向かう者、部活に励む者、あるいは悠仁と遊びに向かう者や寮に帰る者もいるだろう。
この道を使うのはなにも初めてではなく、いつもなら多くの生徒たちで賑わっていたはずだ。
それなのに、一人もいないのだ。影も形もない。これは明らかな異常である。
腰の剣を抜き、ハクアも背負っていたライフルを構えた。スペリオルの連中はまだこの島のどこかに潜んでいるのだ。
「人払いの結界、かしら……それもアカネやシオリたちに気づかれないレベルの」
「それ、ヤバくないか?」
「エリナなら気づいてくれると思うけれど、それにも時間がかかりそうね……」
草木が揺れる。ガサガサと音を立てて、そちらに振り向き警戒を高める。
いつでも動けるように全身に魔力を巡らせて、
「リュータ、後ろ!」
「なっ……⁉︎」
咄嗟にハクアが龍太の体ごと横に飛べば、立っていた場所に凶悪な爪が振り下ろされていた。
押し倒された形になりながらも見やると、巨躯を全て赤く染めた、ライオンの姿がそこに。先日、ウンディーネ島に現れたスカーデッドだ。
「こいつ……!」
「この前のやつね!」
すぐにまた姿を消して、しかし気配自体は消えていない。見えないほどの高速で周囲を移動している。
だがしかし、人間の龍太には見えずとも、ドラゴンのハクアであれば。
『Reload Lightning』
「そこ!」
ライフルの銃口から放たれた電撃が、高速で移動していたはずのライオンの体を穿った。短い悲鳴が聞こえ、全身に痺れが回ったのか動きを止めてうずくまっている。
「リュータ!」
「ああ!」
「「誓約龍魂!」」
ハクアの手を取り、バハムートセイバーフェーズ2に変身。動けないライオンに剣を振り下ろせば、硬い感触が手元に返ってきた。
弾かれはしなかったが、皮膚かなにかに阻まれて斬撃を通さない。
「硬えなちくしょう!」
『皮膚じゃなくて体毛ね。一本一本に魔力が通っているから、並の攻撃を通さないんだわ!』
「前よりも強くなってんじゃねえか!」
以前戦った時には、そんな特性はなかったはずだ。この短期間で新たな力を手に入れたのか? あるいは、以前と別の個体?
考えている間にも獅子は痺れから復帰して、また高速移動を開始する。だが、常に相手のスペックの上を行くフェーズ2には、そのスピードも無意味だ。
『Reload Explosion』
強く大地を蹴って容易くライオンに追いつき、先端に杭が露出したガントレットで思いっきり殴る。内部で爆発が生じて突き出されたパイルバンカーが、ライオンの硬い守りを貫き赤い巨体を吹き飛ばした。
「よし、通った!」
『一気に決めるわよ!』
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
飛んでったライオンへ向かって走りながら、ガントレットにカートリッジを装填。赤いオーラが全身を包み、分離したガントレットが足に再装着される。足にオーラが収束して、後は力を解放するだけとなった、その時。
横合いから、赤い魔力の砲撃が襲い掛かった。
「っ……!」
『マズい……!』
咄嗟に回し蹴りで迎え撃ち、砲撃を防ぐ。
一瞬の拮抗のあと、足を振り抜いて砲撃を横へ逸らした。
攻撃された方を強く睨むと、そこから新たな赤い獅子が現れる。
「二体目⁉︎」
『いえ、二体だけじゃないわ……』
気がつけば、周囲にもう三体の気配が。
最初に戦ったやつも合わせて、計五体。しかも全て同じ、ライオンのスカーデッド。
これまでに前例のないパターンだ。同じスカーデッドが五体というのもそうだが、どうにもそれぞれで力の特性が違うらしい。
「どうするハクア?」
『戦っても負けることはないと思うけれど……制限時間だけが気掛かりね』
もともとフェーズ2は、複数を相手にするには不利だ。それでも負けるつもりはないが、しかしそうなると次は、十分の制限時間がネックになる。
五体を相手に、十分以内で終わるか。
答えは否。龍太もハクアも、そこまで自分達の力を過信していない。
イクリプスになれば余裕だろうけど、周りに仲間が誰もいない時点で、その選択肢は消さなければ。
さてどうしようかと頭を回らせていると、意外にも五体のライオンたちは静かに姿を消した。木々の影に消えていき、気配も完全になくなる。
そのすぐ後、道の方から二人分の足音が。
「リュウタ、ハクア! なにごとだ⁉︎」
「これはまた、随分派手にやってたみたいね」
ジンとクレナの二人だ。
周囲の惨状、主に砲撃によって倒れた木々を見て、クレナが呆れたような感心したような声を上げる。
「スカーデッドが出たんだけど……」
『二人が来たのを察して退いたみたいね』
変身を解き、ジンとクレナに礼を言う。
バハムートセイバーだけならまだしも、ギルド所属の二人まで来たとなれば不利だと思ったのか。
引き際を見誤らない辺り、それなりの手練れが変身していると見るべきか。
「スペリオルの連中がまたちょっかいかけてきたの?」
「いや、勘でしかないんだけど、それとは別口っぽいんだよな……」
「まさか、ウンディーネ島に出たというスカーデッドか?」
「ええ、あの時と同じだったのだけれど、まさか五体もいるなんて思わなかったわ」
「なるほど」
頷いたクレナが杖を取り出し、地面に突き立てる。そこを中心に魔法陣が広がって、詠唱を口にした。
「熾天連なり弓となれ。権限解放、第三封印解除」
連鎖するように展開される五つの魔法陣が、宙に浮かび上がる。そこに魔力が凝縮され、解放の時を今か今かと待っていた。
一体何をするつもりなのかと見守っていた龍太だが、直前になって察する。
クレナのこれは、反撃のための魔術だ。
「愚かな者に復讐を」
凝縮された魔力が、矢となって空へ撃ち上げられる。上空でそれぞれ別の方角へ散った矢を、クレナは額に手を当てて眺めていた。
「クレナ、今のは……」
「天空都市ケルディムの防衛機構。基本的なところは魔導収束と同じよ。魔力に反応して自動で反撃する。おっ、当たったみたいね」
龍太とハクアは初めて見た、クレナの力。
天空都市ケルディムの守りを一手に任された、火砕龍だけが持つ特権。
「それじゃ、私とジンは追撃に移るわ」
「そっちはやることがあるんだろう? こっちは俺たちに任せてくれ」
「お、おう……」
別に追うつもりはなかったのだけど、二人がこう言ってくれるなら任せよう。
木々の間に消えていく二人の背中を見送って、龍太とハクアはノーム島に向かった。
◆
ジンとクレナが向かった先に残っていたのは、僅かな血痕と襲撃者が落としたであろう徽章だった。
龍太曰く、現れたスカーデッドは五体。しかし二人だけでその全てを回るのは無理なので、一番いい感じに矢が当たったところに来たのだが。
「やっぱり、スペリオルとは別口みたいね、これ」
落ちている徽章を拾ったクレナが、眉根を寄せて口元をへの字に曲げる。実に嫌そうな表情だ。
それもそうだろう。クレナたちドラゴンにとって、あまりいい思い出のない国の徽章だ。
剣を掲げた男が刻まれたそれは、間違いなくネーベル帝国のもの。
「帝国の刺客が、リュウタとハクアを狙っていた、ということか?」
「でしょうね。理由は知らないけど」
「最近帝国出身の後輩に付き纏われてる、と言っていたが、それと関係があると思うか?」
「どうかしら、まだなんとも言えないわよ。いくら宰相の娘っていっても、まだ十四かそこらの小娘よ? こんな暗部にまで関わってるとは思えないわ」
残念ながら、血の跡はここから少し先のところで途切れている。匂いも追えなさそうだ。ここに血痕と徽章を残してしまっていることは目を瞑ってやっても、その後の痕跡はしっかり消している辺り、まず確実に暗殺者かなにか、暗部に関わる類だろう。
「これ以上は追えなさそうね」
「クレナに無理なら俺にも無理か……」
「筋肉バカに出来たらこっちが困るわよ」
そういう搦手や頭脳労働は、自分の領域だ。力こそパワーな相方にやられちゃ立場がない。
とはいえ、今後は簡単に尻尾を掴ませてはくれないだろう。
龍太にハクア、ローラの三人が安心して学園生活を送れるためにも、ここからの対処は間違えないようにしなければ。
血痕が続いている先の暗闇を強く睨み、クレナは証拠品の徽章を懐にしまった。




