帝国貴族 1
スペリオルの襲撃から明けて翌日。
破壊された道や建物は昨日のうちに朱音が直してしまい、生徒たちもなにごともなかったかのように普段の生活を送っている。
さすがはドリアナ学園の生徒たち、と言うべきか。龍太が籍を置いているクラスなんて、その殆どが昨日の戦闘に参加していたのか、朝からダストを何体倒したかの競い合いばかり聞こえてきた。
しかしその話題も、朝を過ぎて昼前にもなると鮮度を失ったのか。午前の授業が終わった頃には、みんな別の話題に移行している。
なにせ一ヶ月後には、全校生徒が楽しみにしている学園祭だ。
「っちゅーわけで、コスプレ喫茶に一家言ある有識者を連れてきたで」
「どうも、コスプレ喫茶の有識者です」
「授業はどうした教師」
「高校時代は生徒会権限で、文化祭にコスプレ大会を開催させた実績ありです」
「職権濫用じゃねえか!」
桐生朱音だった。昨日の活躍が伝わっているのか、クラスメイトたちは盛大な拍手で朱音を迎えてくれる。一番テンション上がってるのはローラだったけど。
そういえば、うちの高校にもコスプレ大会とかあったな……と。実は朱音の母校に通っているとは知らない龍太は、呑気に思う。
ついツッコミを入れてしまった龍太に視線を向けた朱音は、ふふん、となぜかドヤ顔だ。
「学園祭にコスプレ喫茶を選ぶなんて、龍太くんもお目が高いね」
「どこから目線なんすか」
「うんうん、青春ポイント高いよ」
「なんだそれ……」
「え、知らない?」
知らないけど、ろくでもないものなのは分かる。今の高校生は知らないかぁ、とちょっと落ち込み気味な朱音を置いて、司会のソフィアが話を進めた。
「コスプレっちゅうんはなにを着るかが大事や! 飯なんか二の次三の次でええ! 顧客の需要に応えるエロい衣装! サービスマシマシの接客! これでガッポリ稼ぐで!」
雄叫びとブーイングが半々で教室内に響く。言わずもがな、男女で綺麗に割れて。
しかしそこに否やを唱えるのは、自称有識者の朱音。ちっちっちっ、と腕を組みながら人差し指をふりふり。
「わかってないなぁソフィアは。いい? コスプレに大切なのは、なりきること。例えばドラグニアの王宮騎士のコスプレをするなら、自分はルシアさんに中世を誓った騎士なんだって自分を思い込ませなくちゃ」
自信満々な語り口に誰もがおぉ、と感心していて、ドラグニアの王様を名前でさん呼びしていることに突っ込まない。
「ただまあ、鎧とか着てもこっちの世界だとあんまりコスプレ感ないし、勝手に王宮騎士の鎧と同じもの作って変に目をつけられても面倒だと思わない?」
「ドラグニアに目ぇつけられんのは勘弁ですわ。商売成り立たんくなりますし」
「金のことしか頭にねぇのか……」
普段は研究費用として、大金を湯水のように注いでるくせに。
「そこで私が一計案じてみました! じゃん!」
元気な掛け声と共に虚空から突如現れたるは、マネキンに着せた様々な衣装。
ただしそれらは、この世界に住む人々にとって馴染みの薄い、あるいは見たことがないであろう服だ。
チャイナ服やらバニースーツやらナース服やらの女性用コスプレ衣装と。
警官に侍の鎧、野球のユニフォームなどの男性用。
つまり、龍太が住んでいた世界、クラスメイトたちからすると、異世界の衣装になる。
「題して、異世界コスプレ喫茶! これなら目新しいものばかりになるし、集客率も高くなるはず!」
おぉー、とクラス中から感嘆の声が。
だがひとつ問題がある。同じことに思い至ったクロが挙手して、ソフィアに尋ねた。
「いい案だと思うけど、どうやって数揃えるんだ? 異世界の衣装なんか、そう簡単に作れるものでもないだろ?」
「そこはアカネさんに頼む予定や」
「でもそれだとアカネの負担が大きくならないかしら? いくらわたしたちがいるからって、このクラスとは元々関係ないのだし」
そう、現状朱音しかそれらの衣装を作れないのであれば、必要な数を用意してもらうのは骨が折れるだろう。
ローラや龍太、ハクアの三人がいるからと言って、このクラスの担任は別にいる。関係ない教師にそこまで任せるのも、という心情的な部分もある。
「いや、別にいつでもいくらでも作れるよ、これくらいなら。ほら」
右手を軽く掲げれば、今度はベトナムの民族衣装、アオザイが現れた。
「え、それ転移させてるとかじゃないんですか?」
「作って……え、作ってる……? え?」
「魔力動いたか?」
「術式も見えなかったよ、今」
アカネのとんでもない力に慣れていないクラスメイトたちは、一瞬でざわざわしだした。たしか、あれもキリの力のひとつだったっけか。前に説明してもらった限りだと、『創造』の力って言ってた気がする。
全く新しい術式、つまりは魔術を瞬時に創ることもできるとかだったと思うが、衣装程度ならそれより簡単に作れるということか。
そんな騒ぎも無視して、朱音は目の前に座っているローラと話している。
「ローラはどれがいい?」
「アカネお姉ちゃんのドレス! 仮面もつけてもらうんだよ!」
「う、うーん、あれかぁ……」
元気よく即答。さしもの朱音もそれはさすがに恥ずかしいのか、苦笑気味に頬をかいている。
まあ、可愛い妹分の頼みなら、なんだかんだで自分のレコードレスのレプリカも作ってあげるのだろう。
クラスメイトたちの会話は朱音のことから、徐々にどの服にするのかへと移っていく。とはいえ、ここで決めるのはまだ早い。他の奴らはこれで全部だと思っているみたいだが、龍太は他にもコスプレっぽくなる服とか知っているし。
パンパンと二度手を叩いたソフィアが注目を集めて、話を締めにかかる。
「衣装はこれ以外にもあるで。リスト配るから、また明日の放課後までにどれにするか決めといてな。ほな今日は解散!」
A4サイズのプリント五枚分のリストを受け取って、その日の会議は終了。
ぞろぞろと教室を出ていくクラスメイトたち。龍太とハクアはまだ席に座っていて、ジトーっと朱音を見ていると、こちらに歩み寄ってきた。
ローラとクロ、キャメロットも集まって、イグナシオとソフィアは急いで教室を出ている。
「なんのつもりっすか、朱音さん」
「いや、ローラに頼まれたから」
「ローラが頼んだんだよ!」
うーん、じゃあ仕方ない、のか?
なんだかんだでローラには甘い朱音だし、押し切られてしまったのだろう。
「リュウタはどれにするんだ? ちなみに俺はあの鎧だな」
「ああ、侍の。俺はどうするかなぁ……」
クロはお侍様になるらしい。たしかに日本の鎧は世界的に見ても結構珍しいっぽいし、異世界に似たようなデザインの鎧はないのだろう。バトルジャンキーのクロの琴線に触れるのも、納得だ。
しかし一方で、龍太はどうしようかと悩んでいた。だって龍太にとっては、特に目新しさとかないし、マジでただのコスプレにしかならない。
ペラペラとプリントを捲ってみるが、基本的には民族衣装が多いか。さっきもチャイナ服とかアオザイとか出してたし。プリントには他にも、アイヌやら韓国のチマチョゴリやらの画像が添付されてる。
イロモノ枠なのか、日本のご当地キャラの着ぐるみとかもあるし。
「ま、ゆっくり考えるよ。キャメロットは決めたのか?」
「わたくしはあのうさぎさんですねぇ」
「いや、それは……やめた方がいいのでは……?」
制服の上からでも、彼女のスタイルの良さはよくわかる。男子たちに死人が出る可能性があるので、できれば自重してほしいところだ。
「で、龍太くんたち今日はどうするの?」
「特に決めてないっすね。ハクアはどっか行きたいところあるか?」
「射撃場とかあるかしら? ライフルの調整もしておきたいし、リュータにも銃に慣れておいてほしいわね」
「あー、シャングリラの龍具って二丁拳銃だもんね」
「なら俺たちが案内するぜ」
というわけで、サラマンダー島の射撃場に行くことが決まった。
朱音はこれから自分の受け持っている講義が、ローラはノーム島の研究所に行くらしい。教室を出たところで二人と別れ、先日と同じくクロとキャメロットと共にサラマンダー島行きの転移門へ向かった。
◆
どうやらクロとキャメロットは、銃に関しては素人同然らしい。しかし銃に興味があるのか、それとも龍太とハクアに興味があるのか、あるいはその両方か。
四人で入った射撃場は屋外で、手元のコンソールを操作すると好きな場所に的を設置できるようだ。最大で四キロ先まで置ける、らしい。さすがに四キロも先だと人間の肉眼では見えないけど。
「ハクアのライフルって龍具だよな? しかもカートリッジシステム搭載型ってことは、比較的最近の龍具なのか?」
「いえ、もう十年以上は使っているわ。何度目かのメンテナンスの時に、アリスがカートリッジシステム搭載型の試作として使わせてほしいって言うから、それからそのまま使っているの」
普段部屋でメンテナンスする時のように、ライフルを一度分解して各部品のチェックをしていくハクア。
他三人は決して触らないようにしながら、興味津々にその様を見ているクロが問いかけた。龍太は普段から見ているから、珍しさというものはもうない。
けれどそういえば、このライフルそれ自体の詳しいことについては、あまり聞いたことがなかったか。
「てことは、第一世代か」
「中身はアップデートしているけれどね」
「でも、第一世代の方がいいって声も結構あるんだよなぁ。使えるカートリッジの種類が豊富だし、使用者の魔力に依存しないし」
「わたしは魔力が使えないから、第一世代しか使えないというだけなのだけれど。アリスもかなり悩んでいるみたいよ?」
二人の話にはいまいちついていけず、ちょっと疎外感。
手際よくライフルを組み立て直したハクアは、コンソールを操作していくつか的を設置した。
遊底を動かし、引き金を引いて的を貫く。何度か繰り返しているが、一度たりとも的の真ん中を外すことはない。
人型の的には的確に心臓と頭へ当てている。怖い。
最後にもう一度コンソールを操作して、しかし見える範囲に的は設置されていない。
それでも構わず、ハクアは回転弾倉を回し、ボルトを引く。
『Reload Acceleration』
通常よりもより加速された魔力の弾丸が、地平線へ消えていく。ハクアから渡された双眼鏡を覗き込むと、設置できる最大距離、四キロ先の的はしっかり真ん中を貫かれていた。
「すごいでしょう?」
「すげぇ……」
ふふんとドヤ顔のハクアが可愛い。
ドラゴンの五感、この場合は視力が人間の比にならないくらい高いことは知っていたが、まさか四キロ先を狙撃してしまうとは。
「よく見えるな、あんな遠いところ……てか双眼鏡でも割と豆粒だぞ」
「ドラゴンがみんな、こんなこと出来るわけではないですよぉ。白龍様は他のドラゴンより視力がおかしいんです」
「おかしいって言い方は心外なのだけれど……」
少なくともキャメロットには、同じ芸当はできないらしい。
しかし、狙撃は的が見えればいいというものでもないだろう。聞き齧った知識だが、風の動きやらなんやらも計算して撃たなければならなかったはず。
魔力弾はそれらの影響が少ないとは言え、それでも完全に真っ直ぐ飛ぶわけでもないだろうに。
「さ、次はリュータの番よ。まずは近いところから、一丁で撃ってみましょうか」
はい、と渡されたのは、事前に借りてきていた自動拳銃。手に取ると剣とはまた違った重みがあって、少し緊張してしまう。
「足は肩幅より少し広く、銃はしっかり両手で握って、腕は伸ばして肩の力は抜く。あ、伸ばし切ったらダメよ、少し緩くして」
言われた通りに構えると、的に対して体も真正面を向くようになった。細かい調整をハクアが体に触れながらしてくれて、不意に近づいた距離に心臓がドキッと跳ねる。
「はい、これで一発撃ってみて」
引き金を引くと、予想していた以上の反動が来て、銃口が思いっきり上を向く。弾もあらぬ方向に外れてしまった。
「どう?」
「ヤバいな……」
赤城龍太、人生初の実弾発砲である。
バハムートセイバーの時にガントレットから魔力弾を撃っているが、あれは実弾と比べて反動も少ない。おまけに鎧もあるし、一体化しているハクアもサポートしてくれている。
本物の拳銃で実弾を撃つと、こうも違うのかと、かなり驚いていた。
「これ、朱音さんとか丈瑠さん、よく片手で撃ってるよな」
「普通実戦では片手で撃つなんて出来ないわ。恐らくだけれど、体の方を強化しているのか、銃そのものになにかしらの術式を細工しているかでしょうね」
なるほど、強化魔術を使えば、今の反動も簡単に耐えられるか。
早速試しに全身を強化して、もう一度撃ってみる。今度は反動もそこまで大きく感じなかったし、銃口の跳ね上がりもマシだったと思う。
だがやはり、弾丸は的に当たらず。二メートルほど離れた位置に着弾した。
「おぉ、さっきより惜しい!」
「試しに魔力弾で撃ってみたらどうですかぁ?」
クロが残念そうに言って、キャメロットが提案してくる。
とは言われても、銃で魔力弾ってどうやって撃つのだろう。バハムートセイバーのガントレットでならなんとなくで撃てているけれど、銃だと引き金を引いた時、実弾も出てしまう。
「その銃なら、横のセレクターで変えられるわ。ちなみにわたしのライフルの場合、空のカートリッジでリロードしてるわね」
「へぇー。おっ、これか」
「撃つ時に自分の魔力を使う必要はないわ。マガジンには実弾と一緒に、魔力も装填されているの。だから特別な操作は何も必要ないわ」
セレクターを動かし、構える。
引き金を引くと、さっきと比べるととても小さな反動が手元に伝わって、魔力の弾丸が銃口から放たれた。
狙いが大きく外れることもなく、的の右側を掠める。
「どう? そっちの方がまだ撃ちやすいのではないかしら?」
「だな。魔力弾自体はバハムートセイバーでも使ってるし。でもこれ、実弾より威力低いよな?」
「ええ、よく気づいたわね」
純粋な威力、貫通力で言うと、九ミリの実弾の方が上だ。しかし魔力弾の方が命中精度は高い。
正直、実弾は本当にいるのかと思ってしまう。
「例えばだけどなリュウタ。攻撃を防ぐのに、防壁を張るとするだろ? これには対物理と対魔力の二つがあるんだよ。もちろんその両方の効果を持たせることもできるけど、強力な攻撃を防ぎたかったら、より特化させた方がいい」
「魔力に特化させたら、物理の防御が疎かになる、ってことか?」
「そういうことだ。その切り替えが簡単に出来る銃は、結構需要がある武器なんだよ。ドラグニアの騎士団も、メインの武器とは別にサイドアームで必ずハンドガンは持つようにしてるんだぜ」
騎士が銃、というのはイマイチ想像しにくいけど、しっかりと理に適った装備をしているということか。
クロの説明になるほど、と頷いて、それからも実弾と魔力弾を何度か切り替えつつ、射撃練習を続ける。
時折ハクアからアドバイスを貰いつつ、手取り足取りレクチャーされてドキドキしつつ。そうして続けていると、魔力弾はなんとか的に当たるようになった。実弾は十発に一発といったところか。
「さすがに腕が疲れてきたな……」
「一度休憩にしましょうか」
四人で少し離れた位置のベンチへ行き、クロが近くの売店から四人分の飲み物を買ってきてくれた。
「サンキュークロ。金返すよ」
「いや、こんくらい奢るぜ。いいもん見せてもらったしな」
そういうクロの視線は、ハクアのライフルに注がれている。銃は門外漢と言っていたはずだが、やはり龍具の中でも珍しいそれには、クロも目がないらしい。
あるいは、ハクアの射撃の腕前に目をつけたのかもしれないけれど。
「しっかし、リュウタも大変だな。剣に斧に槍に杖、んで次は銃か」
「まあなー、バハムートセイバーで色々使うし、ハクアのサポートがあるって言っても俺の体動かすわけだし。生身でもある程度慣れとかないとな」
「で、いつそのバハムートセイバーと戦わせてくれるんだ?」
まだ言ってるぞこいつ……。
いやまあ、別に龍太としては全然構わないのだが。現状、いつスペリオルの連中が再び襲撃してくるか分からない状況だ。そんな中で、時間制限付きのバハムートセイバーを決闘に使うのは憚れる。
「バハムートセイバーじゃないとダメか? 生身ならいつでも相手するけど」
「それもいいけどよ。変身した方が強いんだろ? だったら俺は強い方と戦いたいね」
「ま、色々と落ち着いたらな」
とりあえずこの学園諸島からスペリオルを完全に撃退して、それからなら問題ないだろう。できれば、学園祭が始まるまでには目処をつけておきたいところだ。
その後も四人で雑談していると、射撃場の入り口から見覚えのある少女が現れた。亜麻色の髪を揺らしている小柄な少女は、クラスメイトらしき男子を一人連れて、迷いなくこちらへ歩み寄ってくる。
「あ、いたいた。リュウタせんぱい! 見つけましたよ!」
現れたのは、一昨日龍太が助けた二年生。
ネーベル帝国出身者の、ルビーだ。
額に手を当てて、大きくため息を吐いた。
どうにも、またややこしいことになりそうな気がする。




