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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
87/117

襲撃 4

 校庭から校舎内の学園長室に移動して、しばらくすれば他の面々も集まってきた。今回はいつものメンバーに加えて、イグナシオとソフィアも同席している。

 最後に朱音がやって来て、全員揃ったのを確認してから栞が口を開く。


「さて、まずはご苦労様だ、諸君。お陰で我がドリアナ学園諸島は、大きな被害を受けずに済んだ」

「いや、結構な大惨事になってると思うんすけど……」


 なにせ龍太が戦っていたここ、シルフ島だけを見ても、丈瑠の魔術で総面積の二割は消し飛んだ。これは決して少なくない。なにせシルフ島はかなり広大で、北海道ほどの面積があるのだから。

 当然他の島でも、建物などの被害は多いだろう。怪我人もゼロなわけがない。


「大丈夫だよ、龍太くん。怪我人はさすがに時間が足りなかったけど、壊れたところは私が戻しといたから」

「戻したって……あー、銀炎ですか」


 満身創痍の丈瑠の怪我を一瞬で治したのは、先程目の前で見た。時界制御の銀炎があれば、怪我だけでなく物的損害すら元通りだ。相変わらず便利なことで。


「今も話に出た怪我人についてだが、報告に挙がっている限りではそう多くない。スカーデッドは君たちが相手をしてくれたから、ダストしか残っていなかった。あの雑兵程度ならうちの上級生で対処可能さ」


 胸を張って自慢げな栞。しかし一方で、ソフィアはどこか不満そうだ。


「うちには戦うな言うとって、他の奴らは戦っとんのかいな」

「相手を考えろよバカ妹。僕たちじゃスカーデッドみたいなのの相手は無理だ」

「ちなみに、今回の防衛に参加してくれた生徒には評点をあげるつもりでね。特に活躍してくれたクロ・ルフルくんには三十ポイントプラスだ」

「ちくしょう僕たちも戦いたかった……!」

「手のひらくるっくるやんけクソ兄貴」


 バカな兄妹漫才は放っておくとして。

 なんと、クロが頑張ってくれていたとは。龍太にとっては、入学初日に朱音に挑んで瞬殺されたイメージが強かったけど、やはりさすがはこの学園の上級生、といったところか。

 いや、バトルジャンキーの問題児だし、それなりに楽しんでいたのかも。


 と、ひとつ。栞の口から気になる単語が。


「評点ってなんだ?」

「ああ、君にはあまり関係ないから説明していなかったね。分かりやすく言えば、内申点のようなものだと思ってもらえればいい」


 なるほど、それなら龍太とハクアにはあまり関係なさそうだ。

 内申点とはあくまで、進学や就職の際に強く影響するもの。期間限定でここの生徒になっている龍太には、特に必要のないものだろう。


「とはいえ、それだけではなくてね。これは主に、授業外での活動で加点されていくのだけど。毎月生徒たちに支給されるお小遣いも、評点を基準に上下するんだ」

「へぇー、授業外のって言うと、この前のヒュドラシャークが出た時とかっすか?」

「ああ。それ以外にも例えば、そこのハイネスト兄妹は魔導具を作って学園に貢献しているからね。そういうのも加点対象さ」

「まあこの前バハムートセイバーをわざと暴走させたから、今はぶっちぎりでマイナスやけどな!」

「自慢げに言うなよ」

「ちなみに僕たちだけじゃなくて、クロのやつもまだマイナスの方が多いと思う」

「あいつもかよ!」


 さすがは問題児ども……龍太もそこに並べられていると考えると、甚だ遺憾だ。


「パートナーごとに評点をつけているのだけどね。クロくんのパートナーのキャメロットは彼を止めてくれないし、そこの二人に至っては二人とも問題児だ」

「クソ兄貴よりマシやろ!」

「バカ妹よりマシだ!」


 息ぴったりだなこいつら。


「ここの生徒である以上、君たち二人も評点はつけてあるけどね」

「ちなみに今は何点くらいなのかしら?」

「マイナス三百と言ったところかな」

「なんでだよ⁉︎」

「ははははは! お前もマイナスじゃないかリュウタ! これで名実共に僕たち問題児の仲間入りだな!」

「い、嫌だー! こいつらと一緒にされるのだけは嫌すぎる!!」


 なにも悪いことしてないのに、と思ったけど、そういえばハイネスト兄妹のせいで暴走して、結構暴れ回ったのだった。


「同じ生徒に命の危険があるほどの攻撃をするのは、大きな減点対象だよ」

「いやでも、今回の襲撃で俺ら結構頑張りましたよ!」

「その分を加点した上でマイナス三百だ」


 そんなバカな……と落ち込んでいると、向かいで朱音の隣に座っているローラが、元気に手を挙げた。


「はいはい! ローラも自分の評点気になるんだよ!」

「ローラは百二十ポイントだね」

「やったー! マイナスじゃないんだよ!」


 まだ転入して間もないのにどうして、という疑問は、納得したような顔のクレナが答えてくれた。


「まあ、今回の襲撃で一番戦果を上げたのは、間違いなくローラ様だものね」

「その通り。ようやく話が本筋に戻ったね」


 苦笑を一つ挟んで真剣な表情になった栞が、ローラに報告するよう促す。


「ローラはノーム島で、フェニックスの相手をしてたんだよ」

「フェニックス……」

「あいつも来てたのね」


 スカーデッドの一人、フェニックスは、龍太がこの世界にやって来た直後からの因縁だ。何度か交戦したものの決着はつかず、そのいずれも龍太とハクアの優勢ではあったが、やつの厄介な再生能力のせいで最終的に逃してしまっている。


 その再生能力を抜きにしても、あいつは強力なスカーデッドだ。炎操る相手に相性で不利なはずなのに、さすがは龍の巫女といったところか。


「で、フェニックスを捕縛したんだよ」

「マジで⁉︎」

「マジなんだよ。再生する度に強くなるから、じゃあ捕まえちゃえって」


 簡単に言ってのけるが、まさか捕まえてしまうとは。普通に倒すよりも難しいと思うのだが。


「今はノーム島にある牢屋に入れている。あとで話を聞きに行くつもりだけど、良ければ君たちも来るかい?」

「そうですね……あいつには、俺も聞きたいことがありますし」


 フェニックスは、他のスカーデッドとなにかか違う。レヴィアタンを始め、今まで戦って来たスカーデッドたちはみんな、王のためだとか正義のためだとか、取ってつけたようなことを言っていたけど。

 あいつだけはたしかに、自分の言葉で正義を語っていたと。どこか、そう感じている自分がいる。


 であるならば、あいつとは戦わない道もあるかもしれない。話して、和解できる可能性は残されているかもしれない。

 我ながら甘い考えだと思う龍太だが、それでもそう思わずにいられないのだ。


「さて、では次の報告を頼むよ」

「なら私たちね。こっちはサラマンダー島で戦闘になったんだけど、相手はヒスイだったわ」

「ヒスイが来てたのか⁉︎」

「ああ。スカーデッドも連れていたのだが……」


 歯切れの悪いジンに、一同は怪訝な顔を向ける。言いにくそうな彼に変わって口を開いたクレナは、随分とあっけらかんとした様子で語った。


「そのスカーデッドが、多分ヒスイの元パートナーだったのよ。たしか、スカーデッドは人間の死体から作られるんでしょう?」


 つまり、それこそヒスイが握られた弱みというやつだ。

 パートナーを蘇らせるなりなんなりと言われ、実際に死体を確保されてしまい、さらにはスカーデッドとして動くところまで見てしまった。


 ヒスイとそのパートナーが、一体どれほどの絆で結ばれていたのかは分からない。一緒に旅をしていた時も、龍太は彼女からパートナーの話なんて聞かなかったから。


 でも、こうして奴らに与するほどには、大切な存在だったのだろう。そもそもパートナーというのは、もう一人の家族とも同義なのだから。


「相変わらず腐った真似をするやつらだね、スペリオルは」


 呟く朱音の声にも、怒りが滲んでいる。

 彼女にとって、家族という存在がどれだけの価値を持つのか。その声だけで察せられるほどに。


「とにかく、その辺りをどうにかしないことには、ヒスイはスペリオルに協力するでしょうね。私たちからは以上よ。次はアカネの番じゃない?」


 クレナが半ば無理矢理気味に話を遮ってくれたのは、ある意味助かったかもしれない。そうでなければ、また答えの出ない袋小路に無駄な思考を費やしてしまいそうだったから。


「私はレヴィアタンと戦ったよ。で、そいつからスペリオルの作戦を聞き出して、シルフ島に急いで向かったって感じかな」

「スペリオルの作戦って、結局なんだったんすか?」


 そう、龍太はそこをいまいち理解できていない。奴らの狙いが龍太の心臓以外にもあることは薄々察しているし、詩音の言う通りに動いていたわけでもないだろう。

 なぜならスペリオルは、赤き龍の端末すらも投入して来た。こちらの戦力を分散させてまで、わざわざ赤き龍本人がノーム島に出向いたのだ。そこには相応の理由があるはず。


 それに答えたのは、実際に赤き龍と相対していた丈瑠だ。


「あいつは古代文明の技術を狙っていた。それもそれそのものじゃない。古代文明の技術を現代の魔導科学で再現できる人材を」

「てことは……」


 全員の視線が、ある一点へ。

 その先にいるハイネスト兄妹は、話についていけない様子で首を傾げていて。

 一拍置いて、自分たちの顔を指差した。


「えっ」

「うちら?」


 そういえば、丈瑠が戦場でそんなことを言っていた気がする。

 しかし当の本人たちは困惑する一方で。


「なんだって僕らが狙われないといけないんだよ。いやまあ、この僕の世界最高の頭脳が狙われるのは分かるけど」

「せやで、うちら別にあちらさんが欲しがるようなもん持っとらんし。強いて言うならうちの美貌くらいやろ」

「ははっ、冗談はほどほどにしろよ妹」

「こっちのセリフやバカ兄貴」

「仲がいいのは分かったから、話を先に進めるよ?」


 懲りずに繰り返される兄妹喧嘩に、さしもの朱音もため息を禁じ得ないようだ。


「まず前提として、スペリオルは主にスカーデッド、機械生命体で構成されてる組織。これにはおそらく、古代文明の技術が使われてると思う」

「そうね。人間の死体を利用した機械生命体なんて、現代の魔導科学だけでは作れないもの。もちろん歴史上で試そうと思った国や勢力もいなかったはずよ」


 これには、この中で最も長生きなハクアが同意した。数万年分の知識を持った彼女が言うなら、まず間違いはないだろう。

 そして魔導工学の天才であるイグナシオも、頷いて同意を示す。


「そもそも、生物の死体は魔力運用にことごとく向いてない。なにせ死んでるんだ、魂から抽出される魔力とは相性が悪すぎる。どれだけ優秀な魔導具や龍具を用いても、不可能だよ」

「イグナシオの言う通り。でも、そこは古代から変わらないルールのはずだよね?」

「ええ、魔力の存在自体は古代も現代も変わらないもの」


 考古学者としての一面を持つハクアは、古代文明についての知識もこの中で一番だ。そしてハクアがここで頷いたと言うことは、そもそもスカーデッドの存在自体が、本来ならあり得ないものだということになる。


 しかし、現代の魔導科学が、不可能を可能に変えてしまった。


「ローラたち巫女の見解だと、スカーデッドはカートリッジが本体だと言っても過言じゃないんだよ」

「スカーデッドの製造自体には古代文明の技術を、そしてスカーデッドを動かすために現代の魔導科学であるカートリッジシステムを取り入れている、ということだね」

「つまり僕たちは、カートリッジの改造に必要だったってわけか」


 うんざりしたように吐き捨てるイグナシオは、誰がそんなものに協力するか、と言いたげだ。

 実際問題、ただこの二人を連れ去るだけでは協力なんて見込めるわけもない。スペリオルのやつらは、その辺をどうするつもりだったのだろう。


「あいつらの目的は分かったけど、でも今回はなんとか撃退したし、しばらくは大丈夫じゃないんすか?」

「それがそうとも言えなくてね」


 困ったように眉を八の字にした栞が、横になって眠りソファの一角を占有しているエリナの名前を呼んだ。

 パチ、と目を開けた眠り姫は、静かに起き上がる。


「どうかな、逃げたやつらの居場所は知れたかい?」

「ばっちり」


 常に眠たげな声は、寝起きだから余計にむにゃむにゃとはっきりしない声だったが、右手でピースサイン。


 寝てたのにいつの間に? という龍太の疑問は、ジンとクレナが説明してくれた。


「エリナ様が眠っておられるのは、情報処理のためにそれ以外の全てから脳を遮断させるためなんだ」

「今は主にこの諸島の運営に使っているみたいね。寝てても起きてるようなもんなのよ」


 つまり、寝ている間のエリナは、この学園諸島に知らないことはない。文字通り、完全掌握している。

 逆に起きている時は脳を休ませる時らしく、それでちゃんと生活できているのかと心配だ。


「シルフ島に集まってる。具体的にどこかまでは絞れなかったけど」

「ふむ、エリナが完全に捉えられないとなると、中々難しいね」

「栞さん、そこは明日以降で大丈夫だと思いますが。やつらも少なくない損害を被っていますので」

「それもそうか。では、今日は解散するとしよう。みんなご苦労だった」


 栞の一言で締められ、長い一日がようやく終わった。イグナシオとソフィアは疲れた様子で早々に部屋を出て、ジンとクレナもまだ仕事が残っているとかで先に出た。


 しかし、龍太はまだこれから、行くところがある。


「栞さん、連れてってくれるんですよね。フェニックスのところに」

「私としては、明日でもいいと思っているのだけれど。どうやら、君たちは明日まで待てないみたいだね」


 苦笑する栞に頷きを返す。たしかに相当疲れてはいるが、明日に持ち越すわけにはいかない。今すぐにでも、あいつの真意を知りたい。


「分かった。では朱音さん、二人を少し借りるよ」

「別に私の許可は取らなくてもいいのですが……」


 座ったままでまた眠ってしまったエリナをソファに寝かしつけた栞に続いて、龍太とハクアも部屋を出る。

 向かう先は、フェニックスが囚われている牢屋だ。



 ◆



 栞の転移魔術に連れられてやって来たのは、ノーム島の中でも人気のない、郊外に位置する場所。雑木林の中の舗装されていない獣道を通って奥へ向かうと、小さな石造りの建物が見えて来た。

 これがまた本当に小さい。シルフ島で龍太たちが借りている家よりも。こんなのが牢屋として機能しているのか、あるいは地下があるのか。


「こんなところ、普段は使っていないのだけどね。生徒以外、教職員や島のスタッフなんかの大人たちが、特に酷い事件を起こした時に使うんだ」

「へぇー。ちなみに前に使われた時は?」

「ある教師が生徒三十人の命を犠牲に、大規模な魔術を使おうとした時だね。エリナにすぐ見つかってここにぶち込まれたけど」


 うわぁ、と思わず声が漏れてしまう。世界最高の学舎に勤める教師でも、そのような凶行に走ってしまうものなのか。


 いや、あるいはだからこそなのかもしれないけれど。

 教師たちの研究も許しているこの学園だ。より高みへ、より深みへ。目指すべき場所を目指して魔に魅入られる。そんなオチかもしれない。


「ちなみに、その生徒たちは大丈夫だったのかしら?」

「ああ、至って健康そのものだったさ。というか、その手の魔術で用意する生贄は、健康であればあるほどいいからね。健全な魂は上質な魔力を生み出す」


 呆れたように言いながら、建物の扉に描かれた紋様に手を添える栞。軽く魔力を通せば、それに反応して石の扉が音を立てて開く。

 三人が中に入れば扉は一人でに閉じて、中の照明が点いた。


 外観のイメージとは違い、中は白いタイル張りで清潔感のある内装だ。しかし広さの方は外から見たのと同じで、それどころか地下へ続く階段もなく、別の部屋すら見当たらない。


「さて、せっかくだ。私の異能もご覧いただこうかな」

「異能?」


 たしか栞は、魔天龍(まてんろう)と名付けられた強力な異能を持っていると聞いた。名前からしてカッコいいし強そうだが、はてさてその実態やいかに。


「コード・デーモン」


 小さく唱えれば、栞の背中から漆黒の翼が伸びた。額からは禍々しいツノが二本。瞳に逆さまの五芒星が浮かんでいる。


「悪魔と天使、その両方の力をこの身に下し、それそのものに成るのが私の異能だ」

「コードを使いすぎて混じった、って言っていたわね」

「おや、覚えていたのかい? つまりはそう言うことさ」


 この学園に来た時だ。朱音と栞の間で一悶着あって、その際に言っていた。

 コードを使いすぎて混じったとは、つまり。今の栞は、コードを使わずとも悪魔と天使そのものとなっている。魂から変質をきたしているから、もはや人とは言えない存在になってしまった。

 だから元の世界に帰ることができず、こちらの世界で十年を過ごした。


 そのことになんら思うところがなさそうに、栞は右腕を掲げて虚空をなぞる。すると、目の前の壁がぐにゃりと歪んだ。

 次の瞬間には白い壁が透明なガラスになっていて、その向こうにベッドだけが置かれた小さな部屋が。


「異空間に隔離するとは、聞いていた以上に馬鹿げた能力ですね、タカナシシオリ。さすがは人類最強の妹と言ったところでしょうか」

「過分な評価、痛み入るよ。私程度の魔術師ですらチェックしているとは、よほど余裕がないようだね、スペリオルは」


 ベッドに腰掛けていたのは、貴族然とした衣装を着たメガネの男。ローラが捕まえたフェニックスだ。

 敵地で捕らえられていてもその慇懃な態度を崩すことはなく、どこか余裕すら感じられる。


「こうして向かい合って話すのは久しぶりですね、アカギリュウタ。申し訳ありませんが、我々の情報は何一つ提供する気がありませんので」


 いや、これは余裕じゃない。

 どこか影のある笑みは、諦めている者のそれだ。


「フェニックス、お前まさか……」

「おや、勘付かれてしまいましたか。お察しの通り、私は既に組織にとって用済み。情報は吐かない、かと言って餌にもならない。ここにいるのは、利用価値のない死体ですよ」


 嘘だろ、という言葉は、声にならなかった。

 赤き龍は、スペリオルは、仲間を見捨てるというのか? 敵の手に落ちたらその時点で不要だと、まるで物のように簡単に捨ててしまうのか?

 いや、それよりも。


「どうしてお前は、そんな簡単に受け入れてるんだよ……」

「そう聞かれましてもね」

「お前にも、お前なりの正義があったんだろ? そいつを叶えないで死んでもいいって、本気で言ってんのか⁉︎」


 それは決して、龍太たちと相容れないものだった。けれどフェニックスには、フェニックスの正義と信念があって戦っていたはず。何度も戦ったのだから、それくらい分かる。


「なあフェニックス、教えてくれよ。お前が掲げる正義ってなんなんだ? それは本当に、俺たちと敵対して、ここで諦めていいもんなのか?」

「どうしてあなた方がここにいるのかと思えば……そのようなことを聞きに来たと言うわけですか」


 呆れたようなため息。メガネを指で押し上げたフェニックスに、ハクアが言葉を重ねる。


「わたしも聞かせてほしいわ、フェニックス。あなたたちスカーデッドは、赤き龍が変革の末に作り出す世界が正しいと信じてる。それはどうして? あなた自身は、その世界に何を求めるの?」

「平和を」


 即答だった。スペリオルがしでかしていることとは真反対の言葉が、たしかな意志を以て紡がれた。


「全ての子供たちが戦わなくていい、傷つかない世界をこそ、私は望んでいます」

「だったらなんで、赤き龍なんかの言いなりになってんだよ……スペリオルがやってることは、ただこの世界を混乱させて、戦いを生み出してるだけだろ!」

「いいや違う、異世界人であるあなたにはなにも分かっていない! この世界の歪みが!」

「龍の巫女のことだね」


 途中から口を挟まなかった栞が、神妙な面持ちで呟いた。

 龍の巫女とは、この世界を語る上で欠かせない要素のひとつだ。彼女ら五人によって、この世界の平和は保たれている。そう言っても過言ではない。


 それがなぜ、世界の歪みとやらに繋がるのか。ガラスの向こうにいる囚人は、彼にしては珍しく唾を飛ばす勢いで怒りのままに叫んだ。


「たった五人の女性にこの世界の全てを背負わせるだなんて、そんな馬鹿げた話があなたの世界にありましたか⁉︎ それも幼少の折からずっと、かくあるべきと育てられる! お前は戦うために生まれたのだと! ローラ・エリュシオンに至ってはまだ十四歳だ! この学園で健全な生活を送っていただろう年齢だ! 子供は世界の宝、なのにその子供から未来の可能性を奪って今の世界の平和とは、これが歪みでなくなんだと言うのです!」


 思い返されるのは、教室で過ごすローラの笑顔。まだ数日程度しか過ごしていないけれど、彼女はクラスメイトに囲まれて、みんなと一緒に授業を受けて、とても楽しそうに笑っていた。


「あなただってそうでしょう、アカギリュウタ! あなたもまだ子供だ! 守られるべき対象だ! それをこの世界の大人たちは、喜んで戦場へ送る!」

「だから、赤き龍の変革を望むと、そう言いたいの?」


 ハクアの言葉は、言外に矛盾を指摘しているのと同じだ。

 これまで龍太は、何度もスペリオルと戦って来た。それは龍の巫女であるローラも同じ、いや龍太以上に。

 フェニックスの主張、彼の言う自身の正義と現実は、あまりにもかけ離れている。


「この世界のシステムそのものを変えなければ、悲劇は繰り返される。白龍、永い年月を生きたあなたなら分かるでしょう」

「……」


 息を整えて返された問いに、ハクアはなにも言わない。実際にその長い人生の中で、心当たりがあるのだろう。否定したくともできない。


「だからって、この世界そのものを作り替えるなんてのはおかしいだろ。今の世界を生きてるやつらのことはどうでもいいって言うのかよ。ここで、戦いとは無縁の幸せな生活を送ってる子供たちのことは!」

「世界の変革が滞りなく行われれば、そこにいた人たちは前の世界の記憶を失う。古い世界は無かったことになる。経験則だけど」


 答えたのは栞だった。

 経験則。そう、龍太や栞が元いた世界だって、本当は一度作り替えられた世界だ。

 朱音をはじめとしたキリの人間と呼ばれる魔術師たちが、戦いの果てに作った平和な世界。


 フェニックスの主張には矛盾点がいくつも見つかるけど、彼が望む平和と、その手段に関してだけは、決して否定することができない。


「そもそも我々スペリオルがいなければ、などという考えからして浅はかなのです。東の大陸では我々が活動を始める前から紛争が続いていて、百年戦争のことを未だに根に持っているドラゴンはいる。世界最大最強を謳うドラグニアですら一枚岩ではなく、帝国と戦争を起こして甘い汁を啜ろうとする貴族はいる。争いの火種など、この世界にはいくらでも転がっているのですよ」


 だから今の世界はいらない。次の世界を平和にすればいい。

 あまりに極端な考えかもしれないが、フェニックスにもそう考えるなりの経験や出来事があったのかもしれない。龍太はそれを知らないし、知る術もない。


 でも、それでも。


「それでも、お前たちのやることは間違ってる。俺は、認められない。認めるわけにはいかない」


 龍太の中にある正義は、決してスペリオルのやり方を肯定できない。

 例え龍太たちの世界が、同じ手段のもとで作られたのだとしても。フェニックスの掲げる正義が、どれだけのものだとしても。


 赤城龍太には、譲れないものがあるから。


「ならばアカギリュウタ、あなたの正義を聞かせてもらいましょうか! 我々の目的を阻むのに、いかな正義があるのか!」

「なにも諦めないことだ」

「諦めない、だと……?」

「ああそうだよ。目の前で助けを求める誰かも、この世界そのものも、全部救う。俺のこの手が届くなら、俺はお前たちのことだって諦めない」


 予想外の答えが返ってきたからか、フェニックスは口を開けたまま呆気に取られている。


「ラッキーなことに、俺には力がある。お前らの王様の心臓っていう、この上ない力が。頼りになる仲間だってたくさんいる」

「だから、我々のことすら、救うと言うのか……?」

「いや、だからってわけじゃねえよ。力も仲間も、全部後からついてきたもんだしな。ただ俺がそうしたいって思ったからそうするだけだ」


 我ながら矛盾していることには気づいている。フェニックスと同じだ。理想に対して、現実はあまりにもかけ離れている。

 幼馴染のひとりは自分の手で殺してしまった。今まで戦ったスカーデッドは容赦なく破壊した。ローグを消し去ったヨミのことは絶対に許せない。


 そんな現実と向き合いながら。

 それでも、と。何度でも叫び続ける。


 フェニックスがなにも言えないでいる中、笑みが一つ溢れた。

 純白の少女は胸を張って少年の隣に立ち、満足そうな、弾んだ声で言う。


「さすがねリュータ。まさか、敵も救いたいだなんて」

「ダメか?」

「いいえ、ダメなわけない。それでこそだわ、わたしのヒーロー」


 傲慢だとか烏滸がましいだとか言われても仕方ないのに。けれどハクアは認めてくれる。ただそれだけで、決意も覚悟もより一層固くなる。


「どうやら、あなたの認識を改めなければならないようですね……」


 ため息混じりの言葉に、まさかと淡い期待を抱いた、その時だった。


 唐突に、フェニックスがいる部屋の壁が大きな音を立てて砕ける。大きく空いた穴から入ってきたのは、つい数時間前にも見た姿だった。


「ヘルヘイム様⁉︎」


 青い髪を持った初老の男性、青龍ヘルヘイム。

 誰よりも驚いているのは、自分の口から切り捨てられたと語ったフェニックスだ。まさかヘルヘイム単独で救出に来るとは思わなかったのか、目を見開いている。


「遅くなったな、フェニックス」

「なぜここに……」

「仲間の救出に来るのは当たり前だろう。さて……私の仲間がお世話になったようですね、お三方」


 先の戦いの疲労などかけらも見せず、ヘルヘイムは堂々とフェニックスの前に立つ。

 対してこちらは、栞が龍太とハクアを庇うようにして敵に相対した。


「お世話だなんてとんでもない。静かで手のかからないいい子だったよ」

「それはなによりです。来て早々に申し訳ありませんが、お暇させていただくとしましょう。さあ帰るぞフェニックス、ウタネ様も心配している」

「はっ」


 傅いて返事をしたフェニックスは、立ち上がるとこちらを一瞥し、はっきりとこちらに聞こえる声で告げた。


「アカギリュウタ、あなたは狂っている」


 栞は引き止めることもせず、ヘルヘイムとフェニックスの二人は空いた穴から外へ出た。あっという間にその背中は見えなくなり、誰からとなく深く息が吐き出される。


「いやあ参った参った。まさかヘルヘイムが来るとはね。私じゃあれの相手は務まらないし、素直に帰ってくれてよかったよ」

「フェニックスは逃してよかったのかしら?」

「まあ、こうなってしまっては仕方ないさ。本人ですら予想外だったみたいだし。さて、部屋まで送ろう。明日からは切り替えて、引き続き学園生活を楽しみたまえ」


 それから栞に送ってもらい、遅めの夕飯を取って風呂に入りベッドに潜り込んで。

 眠る直前までずっと、フェニックスの最後の言葉が頭から離れなかった。



 ◆



 夜の闇に覆われた森の中を、フェニックスはヘルヘイムと共に駆ける。本来ならば拠点まで転移でひとっ飛びなのだろうが、さしもの青龍といえど、やはり昼の戦闘の疲労は完全になくなっていないらしい。

 自分の体もそれなりに限界が近くはあるが、決して離されまいと懸命に追いかける。


 後ろを振り返っても、すでにあの牢屋は見えない。

 最後に送った言葉を、やつは理解しているだろうか。していないだろうな、と自分の中で完結させる。そもそも自覚があるなら、ああはならないだろう。

 まだ十六、七の子供が、あのように言えるわけがない。


「ヘルヘイム様。なぜ救出に来て下さったのでしょうか」


 道中、どうしても気になることを問いかけた。スカーデッドは敵に捕縛された際、体内に埋め込まれた爆弾で処理される決まりだ。

 まさか自分が捨てるには惜しい駒だから、などという理由ではあるまい。

 なにせバハムートセイバーと、アカギリュウタと関わってからのフェニックスは、任務を失敗してばかりだ。処分される理由の方が多いだろう。


 にも関わらず、組織で黄龍ヨミと並んでNo.2の青龍自ら救出に来た。

 相応の理由がなければおかしい。


 足を止めたヘルヘイムが、魔力を使う。二人の周囲に遮音の結界を張る。


「貴様には、私がいなくなった後のウタネ様を頼みたい」

「それは、一体どういう……?」


 まさか、これから先の戦いで自分が死ぬかもしれないと、そう言っているのか?

 いやあり得ない。五色龍は生きた伝説だ。いくらドラグーンアベンジャーに変身中は能力に制限がかかるとは言え、五色龍の力はローグでヨミが見せた通りだ。

 ヘルヘイムとて、本気を出せば容易く国を落とせるだけの力がある。


 フェニックスの疑問には答えず、しかしヘルヘイムは、静かにこう告げた。


「貴様は己の正義を見失うな。組織の掲げる理念よりも、己の信念を大事にしろよ」


 言葉の真意は分からない。

 だが頭の中に思い浮かんだのは、自身が狂っているとまで称した、仇敵の少年だった。

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