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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
86/117

襲撃 3

 時間は少し遡って、龍太とハクアがシルフ島に帰った頃。

 ハイネスト兄妹の二人に丈瑠を加えた三人は、地下の工房で顔を突き合わせ、あーでもないこーでもないとカートリッジの改造に四苦八苦していた。


「何がダメなんだこれ……? 方向性は間違ってないはずなんだけどな……」

「ニライカナイとホウライの相性が悪すぎるんやな。全部合わせよう思ったらどっちかの出力が落ちてまう」

「まあ、アリスさんとクローディアさんって仲悪いしね……」


 それにしても、こんなところでまで仲の悪さを発揮しなくてもいいだろう。と、丈瑠はついため息を漏らしてしまう。


 バハムートセイバーの暴走、エクリプスを制御可能な状態にするため、シャングリラのカートリッジを他の龍神のカートリッジと掛け合わせようとしているのだけど。

 これが全く上手くいかない。ソフィアの言った通り、ニライカナイとホウライの相性が悪すぎる。これではエクリプスの制御どころではなく、むしろ普通に使ってもバハムートセイバー本体の出力まで下がってしまう。


 腕を組んでカートリッジをセットした装置を眺めるイグナシオは、世界的に天才と呼ばれて有名なはずなのだが。

 やはりその天才を以てしても、龍神の力は手に余るか。


「直結で力を一つにするより、並列で回路を組んだ方がいいか……? いやでも、そうしたらエリュシオンの力まで落ちるだろうし、必然的にシャングリラ自体の出力が基準値を満たさないか……」

「考え方を変えてみようか」

「というと?」


 呟いた丈瑠に、イグナシオが食いつく。

 ちょっと思いついたことがあったから独り言のつもりだったのだが、好奇心旺盛なのも天才たる所以か。


「今僕たちは、シャングリラのカートリッジに他の龍神のカートリッジを適合、あるいは力を掛け合わせようとしてるでしょ? そうじゃなくて、主体はバハムートセイバー自体って考えたらどうかな」


 シャングリラのカートリッジは、現状だとイクリプスを制御することができない。だからそれを可能とするために、他の龍神の力もシャングリラのカートリッジに集めようとしていたわけだ。


 風龍シャングリラの力は、伝える力。

 想いを、感情を、風に乗せてどこまでも運び、誰かに伝える。


 その力を利用して、シャングリラを仲介とすることにより、他の龍神の力もバハムートセイバーへ一斉に流し込む。

 それが三人の狙いだったのだが、どうにも上手くいかない。


 であれば、考え方を変えて。


「つまり、全く別の新しいカートリッジを作る、っちゅうわけやな?」

「いやでも、それにしたってニライカナイとホウライの相性の悪さは改善できない。そこをどうにかしないことには……」


 そう、結局そこにぶち当たる。

 なんでも、水龍と炎龍は遥か昔から仲が悪かったとのことで、歴代の巫女たちもその例に漏れず、悉く不仲だ。

 なにせ普段は温厚で優しいアリスが、クローディアには日常的に本気で殺意をぶつけている。クローディアもクローディアで、温厚とは言い難い人ではあるが、それでも悪い人間ではない。しかし苛烈な性格はアリスを前にするとより酷くなる。


 そもそも、炎と水の相性が悪いのは当然だ。丈瑠の世界の現代元素魔術に置き換えても、この二つの元素は噛み合わない。なんなら、魔術や魔導なんて全く知らない一般人ですら、なんとなく理解できるだろう。


「でも、水龍は流れ、炎龍は熱がその力の本質だ。この二つなら噛み合わないこともないと思うんだけどなぁ」

「そんだけ仲悪いってことですよ、タケルさん。うちらもあの人らの喧嘩に巻き込まれたことありますけど、ほんま勘弁して欲しいですわ」


 その時のことを思い出しているのか、ソフィアは肩を竦めてため息を一つ。

 不仲だけでは説明できなさそうではあるけど、そういうことならもう割り切るしかないか。そこを上手いことどうにかするのが、丈瑠たちの仕事だ。


 とりあえず、方向性としては丈瑠の言ったように、全く新しいカートリッジを作ると言うことに変えて、イグナシオが装置の再調整を行う。

 それを興味深げに眺めていると。


「……イグナシオ、ソフィア。作業は中止だ。カートリッジを全部持って、今すぐ龍太くんのところに行ってくれ」

「はい? 実験が面白くなるのはこれからなんですよ?」

「いいから」


 途端、部屋の中、いや工房全体に大音声の警報が鳴り響く。


「侵入者⁉︎」

「こんな時に誰やねん⁉︎」


 小さな揺れが、断続的に何度も。

 響いてくるのは揺れだけじゃない。それに合わせるように、とてつもない魔力の波がここまで伝わってくる。

 直前に丈瑠が感知したのと同じ魔力だ。


「いや、でもここの守りは完璧だ。エリナ様でも簡単に突破できなかったんだぞ。侵入者が誰か知らないけど、そう易々と──」


 言い切るよりも前に。地上の方から、大きな爆発音が。部屋が揺れて埃が落ち、イグナシオは目と口を大きく開いてポカンとしている。


 明らかに、どこかが突破された。入り口か、さらにその奥か。どちらにせよ、ここへ辿り着くのは時間の問題だ。


『丈瑠さん、聞こえますか?』

「朱音?」


 脳内に直接聞こえる声は、朱音からの魔力通信だ。ウンディーネ島でスカーデッドの調査をしてくれているはずだが、その声には緊張が滲んでいる。


『スペリオルの連中が攻めてきました』

「うん、こっちでも確認してる。どのスカーデッドかは分からないけど、ハイネスト兄妹の研究所に侵入者が来たんだ」

『となると、ノームには二体ですか……各島に一体ずつだと思ってましたが。でも、丁度いいですね。サラマンダー島にはジンとクレナがいますし、シルフ島には栞さんがいますので。龍太くんとハクアが戦えるようになるまで、時間稼ぎくらいはしてくれるはずです』

「こっちは僕がなんとかするよ。イグナシオとソフィアには、預かってるカートリッジを届けさせる」

『頼みます』


 通信が切れる。朱音の声色から察するに、攻めてきたスペリオルはそれなりの戦力を用意しているのだろう。スカーデッドも有象無象の雑魚ではなく、フェニックスやレヴィアタンのような幹部格を動員しているかもしれない。


 起動前の装置にセットしてあったカートリッジを全て抜き取り、多少強引にイグナシオへ手渡す。学生二人は未だ混乱の中なのか、受け取るがままだ。


「いいかい、二人とも。スペリオルがここに攻め込んできた。この研究所だけじゃない、ドリアな学園諸島全体にだ。上のやつは僕が相手をするから、君たちはカートリッジを龍太くんとハクアのところに届けるんだ」

「いや、敵が来とるんやったらうちらも戦いますよ!」

「ダメだ」


 そこだけは譲れない。たしかにソフィアの場合、バハムートセイバーと殴り合えるくらいには実力がある。イグナシオだって、シルフィードMarkIIが破壊されて手元にないとはいえ、自衛の手段くらいは持っているだろう。

 だがそれでも、二人を戦場に巻き込むわけにはいかない。


「これから始まるのは、魔導大会のようなルールのある試合でもなければ、危ない時に教師が助けてくれる授業でもない。正真正銘、純然たる殺し合いだ。そんなところに、生徒を置いておくわけにはいかないよ」


 限られた期間だけとは言え、今の丈瑠はドリアナ学園の教師だ。そしてこの二人は生徒。丈瑠にとって、守るべき対象に入る。


「なにより、君たち学生は慣れてないだろう? 命を懸けた実戦ってやつに」

「それは、そうやけどっ……!」


 丈瑠が正しいと、従うべきだと分かっているから、ソフィアも強く言い返せない。そしてそんな妹、兄が嗜める。


「ここはタケルさんの言う通りにするぞ、妹。本当にリュウタたちが変身できるようになるって言うなら、カートリッジは必要だ」

「……分かっとるわクソ兄貴」


 渋々ではあるが、納得してくれたらしい。

 二人の足元に転移の魔法陣を広げて、最後にもう一度注意を聞かせておく。


「これからシルフ島に送るけど、魔力の反応的に戦闘は始まってる。多分、栞さんが戦ってるかな。そこには余り迂闊に近づかないこと。巻き込まれる。君たちの目的は、あくまでもカートリッジを届けることだ。向こうについてから敵に遭っても、絶対戦わず逃げることに徹して。分かったね?」

「了解」

「絶対届けますよ」


 頷いたのを確認して、魔法陣を起動させた。ハイネスト兄妹の姿は消えて、同時に背後で、部屋の天井が崩れ落ちる。


『一歩遅かったか。あまり手間はかけたくなかったのだが、仕方ない。建造途中のものだけでも頂いて帰ろう』


 現れたのは、ヒトのような姿をしたなにか。

 二メートルはある真紅の体に、その体を覆うほど大きな翼。胴が長く足が短い、決してヒトとは言えぬ怪人。


 丈瑠たちの世界で何度も戦った、赤き龍の端末だ。


「嫌な予感はしてたけど、まさか王様直々にとはね。ちょっと荷が重いな、これは」


 ハンドガンと短剣を改造ホルスターから抜いて、石像のような能面と向き合う。次いで、ジャケットの内側から陰陽術に使うヒトガタが一枚、ヒラリと宙を舞う。


「祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」


 唱えられるのは祝詞。

 魔力を帯びた声に反応して、ヒトガタの数が増す。やがて丈瑠の背後で寄り添うように形を取ったのは、彼の背丈をゆうに越す狐だ。ただの狐ではない。長い尾は九つに分かれている。


「神獣なり、その形赤色、或いはいわく白色、音嬰児の如し。急急如律令、九尾!」


 真っ白な体に赤い魔力を纏う神獣は、高い鳴き声を上げて敵を威嚇している。

 丈瑠が持つ手札の中で、紛れもなく最強。

 動物と会話できるだけの異能で、神獣との意思の疎通を可能とし、絆を育むことで調伏に成功した、大事な友人だ。


『化狐程度で止められると思われるとは、随分低く見られたものだ』

「そっちこそ、僕らの世界で何度痛い目を見たのか、覚えていないのか?」

『しかし今の貴様はただ一人だ。探偵賢者も殺人姫も、ましてやルーサーすらいない。そこに遠く及ばない貴様が、一人で何ができる?』


 表情は相変わらず石像のように動かないが、声にはたしかに嘲る色があった。

 その返答として、九尾が動く。消えたようにも錯覚する速度で肉薄し、しなやかな腕で怪人の体を打ち上げる。

 天井のコンクリートを何枚もぶち破り、やがて地上に放り出された。


 九尾の背に乗り後を追うと、地面の上に倒れている赤き龍が起き上がる。九尾に殴られた腹は僅かにひび割れていて、ダメージがたしかに通っている証拠だ。


「ひとつ、訂正しておく」


 やつの言う通り、丈瑠は朱音たちに比べると、魔術師として強いとは言えない。魔力の量も質も平凡極まりなく、使える魔術だって殆どが誰かから教えてもらった劣化版。

 全ての元凶たる赤き龍には、どうあっても敵わない。


 ただしそれは、大和丈瑠一人で挑んだ場合の話だ。

 どこからともなく現れた四枚のヒトガタが、丈瑠を中心としてそれぞれ北、北東、南、南西に位置する場所の地面に張り付く。

 広がる魔法陣から召喚されるのは、四体の獣。


 そこらのドラゴンよりも巨大な亀。

 長い体でとぐろを巻く緑の鱗を持った龍。

 色鮮やかな翼を持ち炎を纏った鳥。

 白く美しい体毛の恐ろしい虎。


 すなわち、四方の守護者。四獣。

 史上最強の陰陽師、安倍晴明が開発した、十二天将に数えられる式神。


「お前の相手は僕一人じゃない。僕たちだ」


 九尾を含めた五体の獣を従え、丈瑠の決死の足止めが始まった。



 ◆



 シルフ島、ドリアナ学園本校舎校庭内での死闘は終わる気配を全く見せず、その苛烈さは一分一秒経つごとに増していた


 元より時間に制限のあるバハムートセイバーと、精神的余裕があるとは決して言えないドラグーンアベンジャーの戦いだ。時間が経つにつれてヒートアップするのは当然で、そうなるとやはり、体力以上に戦闘経験の有無が大きく出てくる。


「ハクア!」

『任せて!』


 鍔迫り合いの最中に体の主導権を入れ替える。パワーで押す龍太に比べ、ハクアは手数の多さやテクニックを重視した戦い方だ。

 突然戦い方が変わり、ドラグーンアベンジャーはやりにくそうに剣を刀で弾き続ける。

 連続する金属音が鳴り止んだのは、ドラグーンアベンジャーが大きく後退したから。


 間髪入れずにガントレットから放った魔力弾は刀で弾かれるが、その隙にもカートリッジを装填しながら懐へ肉薄していた。


『ウタネ様、次が来ます!』

『Reload Explosion』

「はぁ!!」

「く、っうぅ……!」


 パイルバンカーが漆黒の鎧に突き刺さる。

 勢いよく後ろへ吹き飛ぶが、そのまま地面の影に姿を隠した。

 勘だけでしゃがむハクア。するとすぐ頭上に刀が振られ、そのままその場で回って後ろに足払いをかける。

 態勢を崩したドラグーンアベンジャーへ追撃の蹴りを見舞おうとしたが、またしても影に隠れられる。


「すばしっこいわね!」

「お前のせいで……りゅうくんは……!」

「っ……!」


 ギアが一つ上がる。

 一瞬前までよりも、明らかにスピードとパワーが段違いだ。上段から振り下ろされた刀は、彼女の怒り全てが込められたように重い。

 それを受け止めたハクアは、詩音の怒りからも逃げない。


「たしかにわたしのせいで、龍太にはつらい道を歩ませているかもしれない。けれどそれでも! わたしたちは、その道を一緒に歩くって決めたの! 剣を向けるしかできないあなたに、とやかく言われる筋合いはない!」

「うるさいうるさいうるさいっ!! お前がいるから、お前のせいで! りゅうくんも、れいくんも、私から離れるんだッ……!!」

「人のせいにっ、しないで!」


 何度も振り下ろされる刀を弾き返して、両者距離を取る。

 体の主導権を渡しながらも共有した視界の中で、龍太は怒り狂うドラグーンアベンジャーを見ていた。


 小さな頃から、家族同然に育った幼馴染の姿は、見ていて痛ましい。

 けれどきっと、これは避けて通れぬ道だったのだろうと思う。異世界に来ずとも、元の世界にいても。

 正義のヒーローになりたくて、だからいつも大切な幼馴染のことを守って。でも、守られる側のことなんか何も考えずにいた龍太への罰。


 劣等感と自己嫌悪がないまぜになった彼女と向き合おうともせず、気づくことすらなかったのだから。


『ハクア、変わってくれ』


 体の主導権を戻してもらい、剣を強く握りしめる。バハムートセイバーの残り時間は、すでに半分を切っているだろう。フェーズ2のままではジリ貧だ。なら残された手は、イクリプスしかない。


 いや、あれはダメだ。見境なく暴れてしまうし、ローグの時みたいにやり過ぎてしまう可能性がある。

 なにより、龍太自身の意思で戦わないと。


「リュウタ!」


 不意に、離れた場所から声が届く。

 そちらへ振り向けば、ノーム島にいるはずのイグナシオとソフィアがいて。


「よし、間に合ったな!」

「二人とも、これ受け取り!」


 ソフィアが投げたなにかをキャッチすると、それは預けていた三つのカートリッジだった。どうしてここにいるのかとか、ノーム島は大丈夫なのかとか、色々と疑問はあるけど。


「ナイスタイミングだぜ、二人とも!」

『Reload Hourai』

『Alternative FlameWar』


 カートリッジを装填すると、純白の鎧を立ち上る火柱が包む。

 膨大な熱と共に現れるのは、鎧を紅蓮に染め上げ、金色の瞳で敵を睨む戦士。手に持つ剣を斧に変え、心の熱を力にして漆黒の鎧へ突撃する。


「さあ、第二ラウンド開始といこうぜ!」

「熱っ……!」


 接近されただけで、纏った熱がドラグーンアベンジャーを襲う。それを嫌がる詩音は距離を取って影から刃を放つ。

 だが、今の状態のバハムートセイバーには通用しない。空いた左の拳で刃を殴り砕き、斧にカートリッジを装填した。


『Reload Vortex』

「おらぁ!」

「それは、前にも見た……!」


 サイドスローで投擲された斧は、炎の渦となって相手に迫る。しかし、まるで魔闘大会の時の焼き直しが如く、ヘルヘイムが能力で作り出した壁に阻まれた。

 仮面の奥で舌打ちしつつも、次の行動に移る。ひとりでに手元へ戻ってきた斧を右側へ振るえば、ドラグーンアベンジャーの刀とぶつかる。


「これも前と同じだな」

「だったら……!」

『Reload Vibration』


 事前にカートリッジを装填していたのか、無機質な機械音声が鳴ったと思えば、ドラグーンアベンジャーが持つ刀の刃が高速で振動を始めた。

 直感的にまずいと思い離れると、斧の刃が僅かに欠けている。


「チェーンソーみたいなもんか!」

『正面から受け止めたらダメよ! いくらホウライの斧でも、防ぎ切れないかもしれない!』

「ならこいつだ!」

『Reload Niraikanai』

『Alternative BlueCrimson』


 素早くニライカナイのカートリッジを装填する。紅蓮の鎧は深い海の色へ変わり、瞳は冷たい氷のような白銀に。背に伸びたマントを翻し、迫る刀を氷の壁で受け止めた。

 氷は容易く破壊されるが、その一瞬の隙さえあれば躱しきれる。


 カウンターに斧から変形した杖で思いっきり殴り飛ばし、ハクアが魔力を操作、術式を描き上げた。

 広がる魔法陣から放たれるのは、いくつもの氷の礫だ。鋭く尖ったそれらはまたしてもヘルヘイムが作り出した壁に阻まれ、そこに突き刺さる。


 相変わらず厄介な力だ。今は壁を作ることしかしていないが、果たしてなにをどこまで作ることが出来るのか。


『力押しじゃ破れそうにないわね……』

『青龍ヘルヘイムの力、侮ってもらっては困りますな!』


 今度は杭を生成して射出してくる。しかも足元からは影の刃が伸びてきて、それら全てを辛うじて回避しながら、次のカートリッジを手に取った。


「力押しがダメならこいつだ!」

『Reload Elucion』

『Alternative GuardianDoll』


 今度は鎧を緑に、瞳を淡紅色に変え、杖は槍に変形する。

 槍を強く地面に突き立てれば、ドラグーンアベンジャーの立つ周囲の地面から、無数の木々が生えてきた。それらひとつひとつが意志を持ったかのように動き、瞬く間にドラグーンアベンジャーの体を拘束する。


「この、程度……!」


 しかし、影から伸びる刃までは止められない。あっという間に木を切断して拘束から解放された詩音は、物凄い勢いでこちらに突っ込んできた。


 激突する刀と槍。

 懐に入られてしまったら、槍の間合いは逆にこちらが不利になってしまう。扱いに不慣れなことあって、数度打ち合っただけで押され始めてきた。


「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「くっ、まだパワーが上がるのかよッ!」

「ここで、殺す……! れいくんの仇を取って、りゅうくんを解放してあげる!」


 いっそう強い一振りに弾かれて態勢を崩し、そこに影の刃が襲いかかる。ハクアが咄嗟に体の主導権を奪って身を捻るものの、完全には躱しきれなかった。

 脇腹に刃が当たり、鎧越しだが痛みが生じる。たたらを踏んだところに、更なる追撃が。


『Reload Corruption』

「まずっ……!」


 黒い瘴気を纏った拳が、バハムートセイバーに直撃した。勢いよく吹き飛ばされただけに済まず、殴られた鎧の腹の辺りが腐って溶けている。生身が見えるほどではなくとも、純白の鎧をここまで傷つけられたのは初めてだ。

 ダメージは肉体にまで及んでいるのか、殴られた箇所は焼けるような痛みが伴っている。


「くそっ、まともに食らっちまった……」

『まずいわリュータ、そろそろ制限時間が……』


 ハクアが忠告したのと、ほぼ同時だった。

 ドクン、と。心臓が強く脈打つ。

 直感で理解できた。恐らく制限時間を越えれば、変身解除ではない。強制的にイクリプスが発動する。

 ハクアもそれは分かってくれているだろう。そうなる前に、決着をつけなければ。


 だから魔王の心臓(ラビリンス)、お前は少し黙ってろ。これは、俺たちの戦いだ。

 それが自分の心臓だろうと、邪魔されるわけにはいかない。


 痛みを必死に堪えて、無理矢理にでも笑顔を作る。強く脈打つ心臓は見て見ぬふりして、オルタナティブを解いたフェーズ2の状態で、剣を構え直した。


「来いよ詩音、そろそろ決着をつけようぜ!」

『いいや、お遊びはそこまでにしてもらおう』


 答えたのは、詩音でもヘルヘイムでもなく、ましてや近くで観戦してるだろうハイネスト兄妹や栞でもない。

 無機質な、およそ感情というものを感じられない声だった。


 心臓が、より一層の脈動を刻む。本来の持ち主を前にして、己を解放しろと痛いくらいに主張している。


 ドラグーンアベンジャーを庇うように突然現れたのは、真紅の巨躯と大きな翼を持った、ヒトのようななにか。

 石像じみた無表情の貌に見つめられて、全身に鳥肌が立つ。


 以前、フィルラシオの城で一度だけ遭遇した、敵の親玉。赤き龍。

 その端末と呼ばれていた怪人が、目の前に立っていた。


「なん、で……お前が……!」

『バハムートセイバーか……嫌になるほど懐かしい姿だな、白き龍よ』


 バハムートセイバーのことは見ているが、龍太のことは見ていない。正確には、一体化したハクアのことだけを見ている。


 対して白き龍と呼ばれたハクアは、なにも言葉を返さない。ただ、緊張だけは龍太にも伝わってくる。


「赤き龍ッ!!」


 続いて現れたのは、九本の尾を持った狐の背に乗った丈瑠だ。その姿は血まみれで満身創痍。左腕はあらぬ方向に曲がっていて、使える右手に持ったハンドガンから三発の銃弾を放つ。

 真紅の怪人はそれを防壁で弾き、動くことのない石像の貌は、どこかつまらなさそうにも見える。


「つれないじゃないか、今は僕の相手に専念してくれよ!」

『しつこいぞ、人間。魔眼も石も持たぬ貴様では、私の相手にならん』

「こっから満足させてやるって言ってるんだ!」


 龍太たちを置き去りにして、恐らくどこかで繰り広げられていただろう戦いの続きが演じられる。

 丈瑠らしからぬ荒々しい言葉遣いは、それだけ激しい戦いだったということだろう。


 九尾から降りた丈瑠は、片手だけでも器用に、しかし乱暴に銃をリロードして、何度も引き金を引きながら術式を構築していく。


「栞さん、赤き龍の狙いはハイネスト兄妹だ! 二人を連れて出来るだけ遠くに!」

「任された。二人になにかあれば、私がエリナにどやされてしまう」

「ちょっ、学園長⁉︎」

「なになに、なにが起きてんの⁉︎」


 未だ事態を把握しきれていないハイネスト兄妹を連れて、栞はどこかへ転移で消える。それを見送って、やがて銃口の先にはいくつもの魔法陣が重なり広がって、ひとつの巨大な魔法陣を形作っていた。


『またその魔術か。相変わらず芸のない』

「そいつはどうかな?」


 何かしようと腕を掲げた赤き龍が、しかし躊躇った。いや、躊躇ったのではない。魔力を行使しようとして、出来なかったのだ。

 丈瑠の魔法陣へ、魔力が吸収されていく。この場所に満ちた魔力も、赤き龍の魔力も。それだけじゃない。バハムートセイバーとドラグーンアベンジャーの魔力までもが。

 この場に存在している、あらゆる魔力がそこへ収束していた。

 必然的に式神である九尾は消え、そもそも魔力が必要な魔導具を使用している龍太と詩音も、変身が解除される。


『下がれ、ヘルヘイム』

「はっ、いやしかし、我が王よ。あの程度の人間が扱う魔術であれば私が……」

『あれは貴様が止められるものではない。そもそも、ここまで時間をかけてしまった時点で作戦は失敗だ。あとは撤退するだけ、違うか?』

「かしこまりました……ウタネ様、我々は下がりましょう」

「……うん」


 最後にこちらを一瞥して、詩音はヘルヘイムと共にどこかへ転移する。また決着がつかなかった。いやしかし、それを悔いるのは今じゃない。


「リュータ、わたしたちも!」

「ああ!」


 ハクアに抱えられる形で、急いでその場を離脱する。このままここにいれば、間違いなく巻き添えだ。

 それほどまでに、丈瑠へ収束していく魔力はとてつもないものだった。


 魔法陣から燐光が溢れ、放たれる時を今か今かと待ち侘びている。地脈からすら吸い尽くす勢いで、ありとあらゆる魔力がそこへ。


『来い、ヤマトタケル。貴様の蛮勇を讃え、正面から受けてやる』

「その油断と慢心が命取りだ、赤き龍!」


 右腕だけを前に突き出す怪人に照準を合わせ、叫びと共に引き金が引かれた。


超絶時空破壊魔砲エーテライトブラスターァァァ!!!」


 一瞬、全ての音が消える。

 それから少し遅れて放たれたのは、膨大な熱量を誇る光の奔流。その文字通り、時空すら破壊するほどの威力を秘めた砲撃が、赤き龍の体を呑み込む。

 光は果てを知らぬのかと言うほどにまで伸びて、射線上の全てを抉った。


 やがて丈瑠が膝をつくと同時に光は消えて、後に残ったのは見るも無残な惨状だ。校庭の土は焼け焦げ、近くの森の木々は跡形もない。衝撃だけで空の雲が割れて、離れたはずの龍太ですら余熱で肌が焼かれる。


 そんな射線上に、ポツリと。

 右半身を消し飛ばされた怪人が、未だ立っていた。


「嘘だろ、今ので倒しきれてないのかよ……!」

「けれど今なら!」

『今なら、なんだと言うのだ?』


 僅かに抱いた希望は、瞬く間に打ち砕かれた。

 怪人の消し飛んだ右半身が、見る見る内に再生していくのだ。ボコ、ボコ、と名状し難い音と共に、全く傷のない状態へと戻っていく。


『なるほど、たしかにとてつもない魔術だ。魔導収束、その奥の手と言ったところか。しかし貴様は知っているはずだろう、ヤマトタケル。ただの魔術では、私を殺し切ることはできないと』


 石像のような無表情のままで、嘲りの色が混じった声。

 赤き龍自身が言ったように、丈瑠の魔術は凄まじいものだった。無条件にこの場全ての魔力を吸い上げ、それを砲撃へと転化したのだ。同じことをやれと言われても、龍太には到底不可能。

 魔導収束という術の極地であり、切り札的な技だった。


 それを以ってしても、赤き龍を倒しきれない。ダメージは見かけだけのもので、それも瞬時に再生されてしまう。

 あまりにも絶望的だ。


『それで、どうするつもりだ? 貴様の魔術で、そこの二人もろくな魔力は残っていないだろう』


 しかしそれでいてなお、丈瑠の口元に浮かぶのは不敵な笑み。


「いいや、望み通りの未来だよ、クソ野郎」


 勝ち誇る赤き龍の背後で、銀色の炎が煌めいた。

 漆黒のロングコートをはためかせ、オレンジに輝く瞳の仮面を被り。桐生朱音は、空色の刀身を抜き放つ。


時界制御(アクセルトリガー)銀閃瞬火(フラッシュオーバー)


 過去を斬る不可避の斬撃が、赤き龍の体を逆袈裟に両断する。

 キリの力が乗せられた一撃は、再生を許さない。


「誰の前で、誰に手を出してるの?」

『貴様ッ、キリュウアカネ……!』


 驚愕の声が最後だった。

 次の瞬間には真紅の巨躯が細切れにされて、銀の炎に焼かれる。

 あまりにも呆気なく、赤き龍のその端末は倒されてしまった。


「丈瑠さんっ!」

「こっちは大丈夫……とは言えないけど、来てくれて助かったよ」


 もはや燃え滓には微塵も興味を示さず、朱音は苦笑する恋人の元へ駆け寄る。その全身を銀炎で包むと、血は止まり傷が消え、折れた腕も元通り。それどころか魔力すら。


 丈瑠をひとまず回復させて安心した朱音は、彼のそばから離れることはせずこちらに声をかけてきた。


「龍太くんとハクアも、無事でよかった」

「まあ、丈瑠さんのお陰で」

「それよりアカネ、赤き龍はあれで倒せたの?」


 ハクアの問いに、朱音は首を横に振った。

 そんなことだろうとは思った。そもそもが端末に過ぎないと言う話だ。どこにいるのかも分からない本体を倒さなければ、何の意味もないだろう。


「赤き龍の端末はあれ一体じゃない、倒したところでまた別の個体が出てくるだけだよ」

「それなのにあの強さだって言うんだから、嫌になるけどね」


 肩を竦める丈瑠。彼ほどの魔術師であっても、端末に過ぎないあの個体にすら致命傷を与えられなかった。あるいはやつが言ったように、キリの力のような特別な力が絶対に必要なのかもしれないけど。


「とにかく、一度みんなと合流しようか。他のスペリオルの連中は撤退したみたいだけど、どうもまだ学園諸島から離れてないみたいだし。今後の対策も練らないとね」


 先に学園長室に行ってて、と言った朱音を置いて、三人は校舎内に向かう。

 襲撃はひとまず撃退できたけど。赤き龍に対して、なにもできなかった。一歩も動けなかった。

 龍太の中では、そんな悔しさが渦巻いていた。


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