襲撃 1
シルフ島にある本校舎。そこに隣接した広い運動場の真っ只中で、学園長の小鳥遊栞が漆黒の鎧の戦士と向き合っていた。
生徒たちは避難させたのか、その二人以外には人影がない。ただ、校舎の一部は攻撃の余波を受けたのか、かなりボロボロに崩れている。運動場の土もところどころが凹んだり、捲れ上がったり。ここまでの激戦をその風景で物語っていた。
「栞さん、お待たせしました!」
「おや、もう来たのかい。思っていたよりも早かったじゃないか」
「随分余裕そうね」
背中から純白の翼を四枚伸ばした栞は、頭の上に光の輪っかを浮かべている。エンジェルハイロウと呼ばれる、天使の輪っかだ。
小鳥遊栞の異能、魔天龍。天使と悪魔、両方の力をその身に下す異能は、異世界においても健在。
「来たね……りゅうくん……」
「詩音……」
漆黒の鎧の戦士、ドラグーンアベンジャーが、変身を解く。
大切な幼馴染の隣に立っているのは、五色龍の一角。執事服を着た青い髪の初老の男性。青龍ヘルヘイム。
「魔闘大会以来ですね、白龍様、アカギリュウタ殿。お元気そうでなによりでございます」
「そっちこそ、皮肉を言えるくらいには回復したようね、ヘルヘイム」
ハクアの言う様に、詩音とヘルヘイムの二人には、魔闘大会の頃のダメージなどひとつも残っていなかった。
あれからまだ一ヶ月も経っていない。それでもこうしてこの場に来れたのは、ドラゴンが持つ驚異的な回復力のおかげか。
「しかし、まさかこのような場所で遊んでいらしたとは……我が王が聞けば、さぞやお喜びになられるのでは?」
慇懃な態度を崩そうともしないヘルヘイムだが、しかしその言葉だけは、どうにも皮肉混じりには聞こえなかった。
やつの言う我が王とは、やはり赤き龍のことだろう。ヘルヘイムも、白龍と白き龍を混同してるらしい。ハクアも嫌そうに渋面を作っている。
「何しに来たんだよ、詩音」
「そんなの……聞かなくても、分かるでしょ……?」
ああ、分かる。今の彼女は、龍太に復讐するためだけに生きているのだから。
でも、だったら。
「だったら、他の島に来てるスカーデッドはなんなんだよ! 俺だけが目的なら、この学園の人たちは関係ないだろ!」
「知らない……そんなこと、どうでも、いい……! 私は、りゅうくんさえ殺せれば、それで……!」
「少しは聞く耳持てっての!」
とは言え、話が通じないのはローグの時から同じだ。だったら、戦うしかない。
話が通じないなら、ぶん殴ってでも馬鹿な真似を辞めさせる。なにより、相手がこちらを殺す気なのだ。龍太とて無抵抗でやられるがままになるわけにもいかない。
「ハクア!」
「いつでも行けるわ!」
「ヘルさんっ……」
「ウタネ様の御心のままに」
両者がパートナーと手を取り合い、魔力が高まる。
そして四人が同時に、同じ言葉を叫んだ。
「「誓約龍魂!!」」
「「誓約龍魂……」」
二つの光球が、校庭に現れる。
それが弾けて現れる一人は、先ほどもこの場で激しい戦闘を演じていた漆黒の戦士。東雲詩音とヘルヘイムが変身した、ドラグーンアベンジャーだ。
そしてもう一人。
堕ちた赤銅はそこになく、純白の輝きを取り戻した正義のヒーローが立っている。
バハムートセイバー フェーズ2
鎧に走る赤いラインと真紅の瞳が鮮やかに煌めき、漲る闘志は魔力という形を与えられ、全身から溢れ出ている。
「よし、暴走してない!」
『あの時変化した指輪のお陰ね! これでわたしたちの戦いが出来るわ!』
「バハムートセイバー……その姿じゃ、私たちに勝てなかった癖に……」
『我々も舐められたものですね。まさか、フェーズ2のままで勝てると?』
詩音は怒りに声を震わせ、ヘルヘイムは冷笑を漏らす。
たしかにスペックで言えば、ドラゴニック・オーバーロードを常時発動しているイクリプスの方が上だ。確実に勝つためだけを目的にするなら、暴走覚悟で使った方がいい。
でも、それは龍太とハクアの二人が望む戦いじゃない。敵を殺すことしか出来ないあの姿は、しばらく封印だ。
「ナメてんのはそっちだろ! 俺たちはバハムートセイバーだ!」
『あなたたちを倒す、正義のヒーローよ! イクリプスに頼らなくても、勝ってみせる!』
剣を構え、地を蹴り駆ける。ドラグーンアベンジャーの刀とぶつかって、激しい火花を散らした。
単純なパワーならこちらが上だ。いや、パワーだけではない。あらゆるスペックが敵のものより上回る。それがフェーズ2の特殊能力。しかし、そのスペック差をものともしない戦い方を、ドラグーンアベンジャーは可能とする。
まだ太陽は空に登っている。すなわち、影が生まれる。
鍔迫り合いを避けて一歩下がれば、一瞬前まで立っていた場所には漆黒の刃が、ドラグーンアベンジャーの影から伸びていた。
更に虚空で生成された杭が、追撃に襲いかかってくる。
これが、ドラグーンアベンジャーの戦い方。圧倒的な手数による間隙のない超攻撃的スタイル。
一度戦っただけではあるが、それでも今の龍太とハクアに、同じ戦い方は通用しない。
「ローグの時と同じ攻め方!」
『ここで遊んでいたわけじゃないのよ!』
無詠唱で概念強化を発動する。もちろん朱音のような完成度ではなく、当然のように使用後は反動が襲うけど。それでも、ドリアナ学園に来る前までよりは、この魔術をものにできている。
迫る杭にむしろこちらから距離を詰めて、全て斬り落とす。その勢いのままにドラグーンアベンジャーへ肉薄して、すれ違い様に一撃。腹部を狙った横薙ぎの斬撃は浅い。やはり寸前で一歩だけでも動かれたか。
「だったら、まだスピード上げてやる!」
『Reload Acceleration』
概念強化に、加速のカートリッジを上乗せ。音を超えるスピードは自身への負荷も大きいが、そこはハクアの能力が補ってくれる。
『変革』の一端、適応の力が。
一秒にも満たない間にバハムートセイバーの身体はスピードに適応して、縦横無尽に動き回り相手を撹乱する。すれ違い様の一撃を何度も入れるが、詩音はドラゴンだ。つまり、その身体能力だけでなく、五感も人間より研ぎ澄まされている。
その上でドラグーンアベンジャーは、細かいことこそ未だ不明ではあるものの、赤き龍から力を受け取っている節がある。相手も適応の力がある程度働いているのか、あるいは持ち前の動体視力と反射神経で早くも慣れ始めたのか、時間が経つ度に躱される回数も多くなる。
『Reload Corruption』
「調子に、乗らないでっ……!」
カートリッジを装填したガントレットで、そのまま地面を叩く。ドラグーンアベンジャーを中心に地面の腐食が広がって、龍太は動きを止めるしかなかった。
その隙にも、ヘルヘイムの作った杭が放たれる。牽制程度の攻撃なら斬り伏せられるが、こうなってしまっては迂闊に近づけない。
『オルタナティブ出来ないのは辛いわね……』
「こんなことなら預けるんじゃなかった!」
遠距離特化のニライカナイがあれば、戦況はまた違ったかもしれないが。ないものねだりしても仕方ない。魔力弾で牽制しつつ、距離を測る。
腐食した地面に足を踏み入れればどうなるか。あまり考えたくないが、腐食がこちらの身にまで伝染するだろう。
だったらどうするか。腐った地面ごと吹き飛ばしてしまえばいい。
『Reload Particle』
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
「歯ァ食いしばれよ詩音!」
ガントレットに二つのカートリッジを装填。全身が赤いオーラに包まれる。先端に銃口が露出して、さらに魔法陣が広がる。二つ、三つと重なっていく魔法陣は、その数を六にまで増やした。
銃口の先に魔力が充填されていき、魔法陣は輝きを増していく。
『Reload Shadow』
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
「それは、こっちのセリフっ……!」
対する詩音も、二つのカートリッジを装填する。腐食した地面は龍太の懸念に反して一瞬で消え、代わりに彼女の影が不自然な形で伸びる。
ドプン、と。液体じみた音と共に、詩音の影から黒い球体が出てきた。ドラグーンアベンジャーの眼前に浮遊する人の頭より大きなそれは、今にも破裂しそうだ。
バハムートセイバーと対照的な青いオーラを全身に纏い、真紅の瞳でこちらを睨む。
「私の影で……全部、呑み込むっ!」
「『ぶち抜けえぇぇぇぇぇ!!』」
純白と黒影。二つの光が、互いの中心で激突した。
迸る白き極光は膨大な熱量を伴い、大地を抉る。対する黒い影の奔流は、光を全て呑み込まんと徐々に勢いを増していた。
光が強くなれば、影もまた濃くなる。
バハムートセイバーという輝きが強いほどに、東雲詩音は、ドラグーンアベンジャーは、その影をより濃く、より深くする。
とは言え、激突も長くは続かない。
まず先に、バハムートセイバーの限界が来た。ガントレットから煙が噴き出している。今までにない現象だが、間違いなくオーバーヒートしていた。
一方で魔導具に頼っていないドラグーンアベンジャーは、魔力の限界だ。詩音自身のではなく、この攻撃に込めていた魔力の。
そこから更に込めていけばいいだけではあるが、彼女の中のなにかがそうさせたのだろう。
二色の相反する光はほぼ同時に消えて、砂塵だけが舞い上がる。
『カートリッジは暫く使えないわ、冷却させないと!』
「分かってる!」
『ウタネ様、魔力の使いすぎです。ご注意ください』
「うんっ……」
互いにパートナーからの忠告を聞きながら、得物を構えて砂塵の中を突っ切る。激突の余波で巻き起こる風が砂塵を散らし、咆哮が空気を震わせた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「や、あぁぁぁぁぁ!!」
バハムートセイバーの制限時間まで、まだ余裕はある。
それまでに、今日こそ。この分からず屋の幼馴染を、救う。
◆
シルフ島での激突と時を同じくして、サラマンダー島でもひとつの縁が邂逅していた。
「なんだか、とても長い間会っていなかったような気がしますね、ジンさん。クレナさん」
「ヒスイ……」
「まさか本当に裏切ってるなんてね。話聞いてるだけじゃ半信半疑だったけど」
サラマンダー島で生徒たちの実戦演習を引率していたジンとクレナ。
二人の前に現れたのは、茶髪の男のスカーデッドを連れた、キャスケット帽を被ったかつての仲間、ヒスイだった。
生徒たちは全員避難させたが、まさかこんな急に襲撃を仕掛けてくるとは。
昼にウンディーネ島に現れたライオンのスカーデッドを知らない二人は、ただただ驚くばかり。なんの前触れもなく、その上襲撃までが早すぎる。
一行がドリアナ学園諸島に来てから、まだ四日目。ローグでの一件からだってそう日は経っていない。
困惑も考察も後だ。起きてしまったことは仕方ない。今は、目の前の事態に対処しなければ。
ヒスイがこの場に現れたことを、朱音が感知していないわけがない。となれば、あちらも手を離せない。つまり同時に襲撃が起きたと考えるべきだ。
ここはクレナと二人でなんとかしなければ。
「クレナさんは本当にお久しぶりです。前に訪ねた時は、まだ眠ってましたから」
「だからってこんな再会は望んでなかったわよ。で? その隣の人形はなに?」
「人形じゃないッ!!」
突然上げた悲鳴にも似た叫びに、二人は目を見張る。
同時に理解した。これが、ヒスイの握られた弱味だと。
「あたしのパートナーは、人形なんかじゃない……だって、こうして動いてるじゃないですか……! 一緒に戦える、一緒に旅ができる、あたしと一緒に生きてる! 生き返らせてくれるって、あの人たちが言ったんだから……!」
「ヒスイ、あなた……」
血走った目に正気の光は灯っていない。
今の言葉から察することしかできないが。恐らく先ほどから一言も発さず、微笑から表情も変わらないそこのスカーデッドは、生前にヒスイのパートナーだった男なのだろう。
その男を生き返らせてやると、スペリオルの連中に唆された。そして実際、こうしてスカーデッドとしてヒスイの隣にいる。
完全に生き返るまであと少し。そうしたければこちらの言うことを聞け、でなければそのスカーデッドは処分する。
そんなことを言われたに違いない。
「断じて許される行為ではないな」
「許されなくても、オリバーはあたしの隣にいる!」
「違う。死んだパートナーの影を求めることになんの間違いもない」
「そうね……許されないのは、スペリオルのやり口よ」
人の一番柔らかいところを土足で踏み躙るような、そんな真似を平然とやってしまうスペリオルという組織。
それを正義のためなどと言ってしまえるやつらを、ギルドの魔導師として、なによりジン・レッドフィールドという個人として、到底許すわけにはいかない。
「なんと言われようと、あたしはもう決めたんです。赤き龍が作り変える世界で、オリバーともう一度生きるって!」
『Reload Brownbear』
ヒスイのパートナー、オリバーと呼ばれていた男が、機械の腕にカートリッジを装填する。その体を包む赤い球体がドロドロと溶け、体長三メートルはありそうな巨大な赤い熊が現れた。
ジンとクレナには知る由もない。
龍太たちが生まれ育った世界、日本に生息する陸棲哺乳類の中でも、最大の生物。
すなわち、ヒグマだ。
「その障害になるって言うなら、お二人だろうと容赦しません!」
「だったら俺たちは、お前を殴ってでも説得してやる! そしてふん縛ってリュウタたちの前に突き出してやろう!」
「今回ばかりは、筋肉バカに賛成ね。目を覚まさせてあげるわよ、ヒスイ!」
「龍装結合!」
龍具を起動する。纏うは火砕龍の力が込められた紅蓮の鎧。
龍鎧ヴォルカニック。
背中の大剣を抜き、両肩のシールドを前面に展開して、迫るヒグマを迎え撃った。
「中々の重量だ! しかし、俺の守りは崩せん!」
頭から突っ込んできたヒグマを受け止めて、ジンの体は一歩も動かない。ヒグマの体重は重くて五百キロにまで達することがある。当然ながら、ただの人間であるジンとはまさしく月とスッポン。それでも、単なる重量の差などはあってないようなものだ。
なにせジンの得意とする魔術は重力操作。普通の子熊がじゃれついてきた程度にしか思わない。
いや、普通の子熊でも本来なら十分に危険なのだが。
「隙だらけ!」
「させません!」
飛び上がったクレナが杖から溶岩を放つが、間に割って入ったヒスイのナイフがそれを斬り裂く。
さすがにそれは想定外。朱音の異能のようなものとはまた違う感じがしたが、魔術を斬って術式を無効化させている。
「随分といいおもちゃを貰ったみたいじゃない! ドラゴンのプライドはどこかに捨てちゃったのかしら!」
「そんなもの、あたしみたいな弱いドラゴンには最初からありませんよ!」
「だったらこれはどうかしら!」
上空で自身の周囲に魔法陣を展開するクレナ。そこから、砲身が現れる。
ただの砲じゃない。今もこの世界の空を飛んでいる、天空都市ケルディムが持つ、城塞としての兵器。
その砲は、敵対する者全ての罪を浄化すると伝えられている、ケルディムの主兵装。
「ジン!」
「おうさ!」
掛け声に応じて、ジンが一歩踏み込んだ。右肩の巨大な盾での突進にヒグマは体勢を崩して、更に大剣の一振りがその巨体を弾き飛ばす。
庇うようにヒグマの前に立つヒスイの表情に、余裕は一切ない。
「熾天連なり矛となれ! 権限解放、第一封印解除! 堕ちし者に煉獄を!」
容赦なく降り注ぐ、炎の砲弾の雨。小さな隕石じみたそれをヒスイは小さなナイフで必死に斬り落とすが、クレナの放つ砲撃は際限がない。
やがて防ぎ切れなくなり、直撃して大爆発を起こす。
「やり過ぎだクレナ!」
「久しぶりに使うから加減が難しいのよ!」
「勝手に、終わらせないでくださいよッ!」
「むっ」
振り返れば、無傷のヒスイがそこに。放たれた回し蹴りを盾で防ぐと、甲高い金属音が鳴り響いた。
見ればどうやら、ヒグマがヒスイの盾になったらしい。赤い毛皮が焼け焦げている。
「相変わらずいい蹴りだ!」
「簡単に防いでおいて……だったらこれはどうですか⁉︎」
ヒスイの瞳に、紋様が浮かんだ。
眼球に直接術式を描いた魔術。魔眼だ。
その目に見つめられた瞬間、剣を取りこぼす。身じろぎ一つ、瞬き一つできなくなるジン。厄介な力だが、今はパートナーがいる。
「借りるわよ、筋肉バカ!」
「くっ……」
落とした大剣をクレナが拾い、細い腕で、しかも片腕で自在に振り回す。
クレナもドラゴン、その身体能力は素の状態のジンよりも上だ。
「これじゃあどっちが筋肉バカなのかわかりませんね!」
「この細い腕が見えないかあんたには!」
とは言え、大剣だとやはり大振りの攻撃ばかりになってしまう。ヒスイは身軽に攻撃を躱し、瞳の紋様を切り替えた。
途端、ジンも体の自由を取り戻す。
しかし加勢するには距離が空いていて、クレナの盾となるのは間に合わない。
新たな紋様は、以前にセゼルでも見た覚えがあるものだ。
「爆ぜろ!」
言葉は詠唱の代わりとなって、クレナの体を爆炎が包む。
手応えを感じたヒスイの口角は上がっているが、甘い。
爆炎の中から大剣が投擲されて、ヒスイは慌てて身を屈めた。
「俺の剣……」
「火砕龍に炎なんて、舐めてんじゃないわよヒスイ!」
「無傷……⁉︎」
火砕龍フォールンは、炎龍ホウライの眷属の中でも取り分け強力なドラゴンだ。炎系の攻撃はほぼ無条件で無効化できるほどに。
炎の中を突っ切って現れるクレナは、しかしさすがに衣服まで無傷とはいかない。ところどころが焼け焦げて白い肌を晒しながらも、左手には杖を、右手には魔法陣を構えている。
「熾天連なり剣となれ! 権限解放、第二封印解除!」
「止ま──」
「遅い!」
また瞳の紋様が切り替わる直前、ジンの重力操作が発動した。彼女の立つその周囲だけ重力が増し、上からなにかに押さえつけられたように小柄な体が動きを止める。
ただし、クレナの攻撃を邪魔しないよう、それも一瞬だけ。だがその一瞬があれば、魔眼の発動も阻害できる。
すぐに重力から解放されたヒスイだが、クレナは既に懐まで潜り込んでいる。右手の魔法陣からは光り輝く剣が。
それも、天空都市ケルディムの誇る兵装がひとつ。その剣を持つ者には、ケルディムの主、天龍から最強の恩恵を得ると言われる。
「猛き者に祝福を!」
今この瞬間だけ、限界まで強化されたクレナの剣が、ヒスイの体を逆袈裟に斬りつけた。
勢いよく宙に放り出されたキャスケット帽の少女を、赤い体のヒグマが受け止める。
どうやら、クレナの砲撃のダメージからようやく回復したらしい。巨体の割には二本の足で身軽に着地して、こちらに威嚇してくる。
「ダメ、逃げますよ、オリバー……」
「逃すわけないでしょうが!」
「待てクレナ!」
瞳の紋様が、変わる。
今度は見たことないものだった。上下が逆さまになった五芒星。
咄嗟にクレナの前へ割って入り盾を構えるジンだったが、想定していた攻撃はなにもなかった。
気がつけば、ヒスイとヒグマはこの場から姿を消している。
ため息を吐いて投げられた愛剣を回収しに向かうジンと、舌打ちするクレナ。
「魔眼で空間転移? 聞いたことないわよ、そんな技術」
「あの逆さまの五芒星がなにか関係あるかもしれんな。丁度ドリアナ学園にいることだ、明日にでも調べてみよう」
ともあれ、色々と報告が先だろう。まずは学園長の栞にことのあらましを。それから朱音や龍太たち、仲間のみんなには、ヒスイのことを。
一時でも旅を共にしたかつての仲間と戦うのは、ジンとて心苦しい。
それでも、これは自分が引き受けるべきだ。
龍太とハクアは幼馴染とのことだけではなく、赤き龍との因縁に始まった、この世界全土に関わるものを背負っている。
朱音と丈瑠も、元の世界を取り戻すという大きな使命が。
だから、一番身軽な自分が、友の助けになるために。彼らが背負うものを、少しでも軽くしてやらないと。




