少女の戸惑い 2
ここで一度、ドリアナ学園諸島へやって来た目的を振り返ってみよう。
龍太とハクア、延いてはバハムートセイバーのパワーアップのため。これはなにも二人に限った話ではなく、他の五人も同じだ。
ヨミという圧倒的な力を持つ敵を前に、手も足も出なかった。龍の巫女であるローラも、仲間の中で最強の朱音でも。
それぞれが今よりも力をつけるため、ドリアナ学園諸島の環境は最適だ。朱音に丈瑠、ジンにクレナは教師として在籍することになったが、ここは教師でも自分たちの研究や研鑽がある程度自由に行える。
そして龍太たち、バハムートセイバーのパワーアップには、具体的な条件がふたつ、既に提示されていた。
まずひとつは、外付けの魔導具、あるいは龍具を使うこと。フェーズ2に進化した時がこれに該当する。ハクアがドラグニアの古代遺跡からちょろまかして来たドラグニウムという鉱石を使い、白と赤、二つの腕輪を作った。今も互いの手首に巻かれているそれは、ハクアの持つ『変革』の力が込められたもの。
そしてもうひとつの条件。それは、龍太とハクアの仲を今よりも更に深めるというもの。
誓約龍魂は人と龍の魂を一体化させるものであり、広く知られていた古代においては、人と龍の婚姻に用いられていたという。
すなわち、互いの間にある絆の強さが、そのまま誓約龍魂の、バハムートセイバーの力へと変わる。
そして何度も言うが、ドリアナ学園諸島へやって来たのは、龍太とハクアがバハムートセイバーのパワーアップと、ついでに機能のアンロックによる権限レベルの解放が目的だ。
つまり、今日これから講義に出ることもなくハクアとデートするのは、決してサボってるとかやましい気持ちがあるとかではなく、むしろこの上なく目的に沿った行動と言える。
「ここがウンディーネ島、水の精霊の加護がある島か……」
「分かりやすく大きな噴水があるし、他の島よりも少し涼しいわね」
そういうわけで、二人がやって来たのはウンディーネ島。この島は商業施設に娯楽施設、宿泊施設とあまり学問に関係ないものが揃った島だ。
学生たちはまだまだ遊びたい盛りの子供に変わりなく、毎日勉強鍛錬研究の繰り返しばかりできるわけではない。こういった、息抜きのための施設は必要で、そのために島を丸々一つ使っている。
学園祭の日には外からの客もこの島に泊まるようだ。基本はシルフ島の本校舎が学園祭の主な舞台になるが、ドラグニアの王都にも負けないほど活気的なこの島も、当日はお祭り騒ぎになるらしい。
本校舎から転移陣でこの島の港に降り立った二人を迎えたのは、ハクアの言った通り大きな噴水だった。太陽の光を受けて水はキラキラと輝き、島に清涼感をもたらしている。
「それで、どこか行く当てでもあるのか?」
今回のデートを提案して来たのはハクアだ。結構急なことだったが、もしかしてどこか行きたいところとかあったのだろうかと思い、とりあえず聞いてみる。
しかしハクアは首を横に振り、笑顔でこう言った。
「制服デート、というのかしら。アカネに聞いてから一度してみたかったのよ」
「あの人はまた余計なことを……」
いや一概に余計なこととは言えないけど。
たしかに今まで二人で街を回ったりする時は、ハクアがいつものあの白いドレスを着ていた。こう言ってはなんだが、あのドレスは結構目立つし、普通の街中では少し浮いているようにも見える。
しかし今はお互いに制服姿だ。最初こそあの純白のドレスを着ていないハクアに、ほんの少し違和感はあったけれど、今となっては慣れたもので。なんなら、普段と全く違った、むしろ珍しい類に入る格好のハクアに毎日見惚れてしまう。
一応現役高校生の身としても、制服デートという言葉は非常に魅力的に聞こえる。
やっぱり余計なことってわけじゃないな。むしろグッジョブ朱音。よくぞハクアに制服デートのことを教えてくれた。
「んじゃ、適当に見て回るか。どこになにがあるのかもよく分かってないし、気になる店とかあったら都度入る感じでいいだろ」
「ええ、そうしましょうか」
互いに示し合わせたわけでもなく、そうすることが当然のように手を繋ぐ。指と指を絡ませて、ハクアがそっと隣に寄り添い並んで歩き出す。
が、二歩目を踏み出そうとしたところで、ハクアの動きが止まった。どうしたのかと視線で問うと、なぜかぎこちない動きで、手は繋いだままちょっとだけ龍太との距離を空けた。
え、なんで?
「ハクア、どうかしたか?」
「い、いえ、なんでもないわよ?」
地味に内心でめちゃくちゃダメージを受ける龍太。あくまでも手は繋いだままだが、どうして距離を取られたのか分からない。もしかして変な匂いとかした? もしそうなら立ち直れないかもしれないぞ。
「それよりほら、早く行きましょう」
「あ、ああ」
その笑顔も、数分前よりぎこちなく見える。理由が全く分からず困惑するが、まさか嫌われたということはあり得ないだろうし。
思えば最近、ハクアにしては珍しい表情が多かった気がする。彼女はどちらかと言うと、龍太を率先してリードしてくれていた。羞恥心を見せるようなこともなく、むしろこっちが恥ずかしくなるようなことも平気で言ってのける。
でもここ最近のハクアは、結構顔を赤くしたり、ちょっと恥ずかしそうにしたり、今までに見れなかった表情や反応を見せるようになっていた。
特に何も考えず可愛いなーとしか思っていなかった龍太だが、もしかしてなにか、ハクアの中で心境の変化でもあったのだろうか。
少なくともマイナス方面ではなさそうだが、気になる、というより心配してしまう。
けれどひとまず、それは傍に置いておこう。今はデートを楽しむ方が重要だ。
ハクアに手を引かれるまま、多くの学生で賑わう街を歩く。
当然だが、ドリアナ学園諸島は学生と教師だけが住んでいるわけではない。教師以外にも学園のスタッフはいるし、この街を回しているのも大人の人たちだ。人口で言えば、学生より大人の方が多いだろう。それでも街中に同じ制服を着てる若者ばかりなのは、やはりここが学園、学生を中心に回っている島だから。
「とりあえずお昼ご飯にしましょうか」
「だな。ハクアはなにか食いたいものとか……」
聞こうとして、不意に、とある看板が視界の隅に映った。
この世界に来てから数ヶ月、見慣れたけれど全く覚えていない、それでも読めてしまうこの世界の文字で、看板にはこう書かれている。
ラーメン。
そう、ラーメンだ。実は龍太が白米と並んで恋焦がれていた、地球の食べ物。男子高校生なら嫌いなやつなどいるはずもない、日本で独自に様々な進化を遂げた麺料理。
それがまさか、ここでお目にかかれるとは……!
龍太が突然黙ってどこかを見つめているから、ハクアも気になりそちらを向く。
「リュータはラーメンが食べたいの?」
「あー、いや……」
ハクアの純粋な問いに、つい言葉に詰まってしまう。ラーメンは全ての男子を魅了する最高の食べ物であるが、その反面、女性はあまり好まない傾向にある。特にニンニクが強いスープなどだとそうだ。
デートでラーメン屋は論外、なんて元の世界でクラスメイトの女子が話していたのを聞き、友人たちと嘘だろ! と本気で驚いた経験だってあった。
つまり、ここで正直に、ラーメンを食べたいと言うのは憚れる。ハクアが嫌と言うとは思えないが、それでも無理矢理ついて来させることにもなるかもしれない。
ただそれでも、ラーメンは食べたい。もしかしたら龍太の知っているそれとは違うかもしれないけど、この誘惑には抗えない。抗えるわけがない。
「食べたい、ですっ……」
「そ、そんなに悩むようなことなのかしら……?」
絞り出すような声に、ハクアは若干引き気味に困惑。その様子を見るに、どうやら龍太の心配は完全に杞憂だったようだ。
さっそく店内に入ると、元の世界でよく見た光景が広がっている。カウンター席の向こう側にすぐ調理場がある、狭いが不思議と窮屈感のない店内。
らっせー! と元気な店員の声と、調理場から立ち込める湯気。
そうそうこれだよこれ。ラーメン屋っぽいじゃんいいじゃんいいじゃん。
内心テンション爆上がりしながら、カウンター席に並んで腰を下ろす。
「実はわたし、あまりラーメンを食べたことがないの」
「そうなのか?」
「ええ。元々こちらの世界にはなかった食べ物だし、ここかドラグニアしかお店がないから」
食べる機会自体があまりなかったということか。そういうことなら、ラーメンの食べ方とやらをレクチャーしてやろうじゃないか。
内心結構ワクワクしながらメニュー表を開き、ギョッとした。
「いや多くね?」
多い。なにって、ラーメンの種類が。
醤油に塩、味噌のたれに、豚骨や煮干し、鶏ガラや魚介と出汁も選べる。二郎系も完備だ。お好きな組み合わせでどうぞ、とメニュー表にも書いてあるのだが。
「こんだけ多いと逆に困るな……」
「そうなのよね……ドラグニアのお店もこんな感じだったわ」
「なんだ兄ちゃん、ラーメン屋は初めてか?」
メニュー表に困惑していると、カウンター越しに店員のおっちゃんが話しかけて来た。頭にタオルを巻いたスキンヘッドのおっちゃんは、まさしくラーメン屋の店主といった風格を持っている。
「ええ、まあ。こっちの世界のラーメン屋は初めてっすね」
「お、つーことは兄ちゃんが噂の異世界人か。どうだ、凄いだろこっちのラーメン屋は。アオイ様と学園長が持てる知識全てを費やして、メニューを開発してくれたんだ」
「暇なのかあの人たち」
曰く、仕事に疲れた小鳥遊兄妹が故郷の味、ラーメンが恋しくなり、当時ドラグニアで有名な料亭で働いていたこのおっちゃんをスカウトして、ラーメン屋を開くに至ったらしい。
人間、疲れたら意味わからない行動に出るものだ。ここのメニューも、どうせ深夜のテンションで作ったに違いない。
「とりあえず俺は、醤油豚骨のこってりで」
「わたしは醤油の魚介、あっさりでお願い」
「はいよ!」
正直どんなものが出てくるのか若干怖いけど、王道の組み合わせなら変なものは出てこないだろう。
暫くしてから出てきた二つのラーメンは、特にこれといっておかしなところのない、普通のラーメンだった。特徴といえば、チャーシューがレアなところか。
まずはレンゲでスープを一口。
「美味い……」
食べ物のレビューなんてまともに出来ない龍太だが、とにかく美味いとだけは言える。元の世界のラーメンと遜色ない。喉に絡みつくようなこってりとしたスープは、まごうことなき豚骨スープだ。
続いて麺を口に運ぶと、これがまたスープの味がしっかり沁みていた。
懐かしい味だ。ありし日の日常、学校の帰りに寄ったラーメン屋を思い出す。
「美味しいわね」
「ああ、どんなもんが出てくるのかって若干怖かったけど、マジでちゃんとラーメンだ」
これはいよいよ他の味も気になってくるが、それはまた別の日のお楽しみとしよう。さすがにラーメン二杯は、男子高校生の胃袋でもキツいものがある。
「ハクア、そっちのスープも一口くれよ」
「もちろんいいわよ」
言えば、ハクアがレンゲでスープを掬い、こちらの口に寄せてくる。おっちゃんがニヤニヤとこちらを見ているから恥ずかしいが、構わずそのまま頂こうとすれば。
あっ、と小さな声。見るとハクアは頬を若干赤くしていて、一度レンゲを引っ込めてしまう。どうしたのだろうかと首を傾げていると、レンゲの持ち手を渡してきた。
「はい、どうぞ」
「お、おう。ありがと」
いつもなら、そのままこっちの口にレンゲを突っ込んで来そうなのに。
やっぱり、今日のハクアはどこかおかしい。けれどそれをうまく言語化できないから、本人に訊ねることもできない。
ハクアの方から告白してくれるのを待つしかないか、とこの時の龍太は、楽観視していた。
◆
ラーメン屋を出てからというもの、ハクアの様子はおかしくなる一方だった。
隣り合って歩いていても、やはり少し距離がある気がするし、しきりに繋がれた手をチラチラ見ている。浮かべる笑顔もぎこちないものばかりだ。
極め付けは、道を歩いている途中、通行人とぶつかった時のことだ。
バランスを崩したハクアの手を引いて、半ば抱き止めるような形になった時のこと。
「ご、ごめんなさいっ」
まるで龍太の腕の中から逃げるように、繋いでいた手も話して距離を取った。さすがの龍太もこれにはショックを隠しきれず、それからどこか、ギクシャクとした雰囲気が漂っている。
いい加減無視できない。
島の中央付近にある巨大な噴水の前。そこのベンチに並んで座り、ついに問いかけた。
「なあハクア。今日、どうしたんだ?」
「……なんのことかしら? 特におかしなことはなかったと思うのだけれど」
ほんの少し間を置いた返事。やはり笑顔もぎこちなく、なにかあったと白状しているようなものだ。
「なんか、様子が変だぞ? うまく言葉にできないけど……でも、いつものハクアっぽくない。なにかあったのか?」
いつものハクアは、もっと超然とした雰囲気で、悪く言えば、羞恥心をどっかに置いてきたようなことを平気でやるような子だった。龍太ばかりが照れて恥ずかしがって、どこか年上のお姉さんのように接してきて。
それが今日、いきなり変わった。なにかあったのかと思わない方がおかしい。
ドリアナ学園諸島に来る前から、その兆候はあったのだと思う。けれどここまで顕在化したのは今日から。そう、ルビーとのやり取りがあって、このウンディーネ島に来てから。
「もしかして、ルビーのこと気にしてる、とか?」
「そんなことは……」
ない、と最後までは言わなかった。ただその美しい顔に影が差して、俯いてしまう。
ああ、違う。そんな顔をさせたかったわけではない。ただ知りたかっただけなのに。ハクアの、大切な女の子の気持ちを。
けれど悲しいかな。龍太はこういう時、女性にどういった言葉をかければいいのか分からない。今までの人生で、ここまで想うことのできる相手がいなかったから。
家族に対するものとも、幼馴染に対するものとも違うこの想いを、持て余してしまう。
二人の間に沈黙が降りる。噴水の音と、道行く学生たちの話し声だけが聞こえる、その最中。
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
甲高い悲鳴が、広場に響いた。
ハッと咄嗟に顔を上げる二人。周囲を見回すと、噴水広場に明らかな異常がいた。
「あいつは……」
「まさかっ」
強靭な四肢と立派な鬣を持つライオン。なにより目立つのは、その全身が真紅に染まっていること。
その体色に心当たりなんて、ひとつしかない。
「スカーデッド⁉︎」
「どうして学園諸島に……! まずいわリュータ、周りの生徒たちを避難させないと!」
ここはドリアナ学園諸島。在籍している生徒の全員が、優秀な魔導師の卵だ。
二人が困惑している間にも、腕に覚えのある生徒たちが立ち向かおうとする。それぞれが魔法陣を広げ、様々な魔術が真紅の獅子へ殺到した。
「ダメだ……全員早く逃げろ!」
立ち込める粉塵の中で、真紅の瞳が輝いた。龍太の忠告に誰も耳を傾けることなく、一人、また一人と、風のように駆けるライオンがなぎ倒していく。
そこでようやく相手の強さに気づいたのか、生徒たちが逃げ出した。
ベンチに立てかけていた剣とライフルを取り、二人もすぐ臨戦態勢に。逃げ惑う生徒たちを一顧だにせず、ライオンはゆっくりとこちらへ歩みを進める。
「やっぱり、わたしたちが狙いね……」
「なんでここにスカーデッドがいやがるんだよっ!」
「考えるのは後よ! 今はとにかく、あいつをどうにかしないと!」
つい先程まであったギクシャクとした雰囲気は、どこかに消し飛んだ。ハクアの言う通り、とにかくあのスカーデッドをどうにかするのが先だ。
とはいえ、今は変身できない。生身のままでどこまでやれるか。
いや、それこそ悩む暇はないか。
地を蹴って駆ける獅子。あっという間に龍太に接近して、その凶悪な爪を振り下ろしてくる。なんとか剣で受け止めるが、とんでもないパワーだ。気を抜けばその爪に裂かれる。
爪と剣で鍔迫り合う中、ハクアの蹴りがライオンの横っ腹に直撃する。ドラゴンの身体能力をフル活用して放たれた蹴りは、真紅の獅子を吹き飛ばし、近くのベンチを粉々に破壊した。
「あいつ、すごいパワーだったぞ!」
「でもおかしいわ……普通のスカーデッドなら、今のわたしの蹴りくらい避けると思ったのだけれど……」
スカーデッドは、人間の死体を利用した機械生命体だ。フェニックスやレヴィアタンを始め、すべてのスカーデッドがそうであったように、戦闘用の調整がなされているはず。
端的に言うと、弱い。
あのライオンはたしかにスピードやパワーだけなら強力だが、戦い慣れていない印象を受ける。これまでのスカーデッドにはなかったものだ。
「つまり、スカーデッドじゃないって? でもあの赤い体は……」
考えている間にも、ライオンが態勢を立て直してまたこちらに突っ込んでくる。直線的な動きは、たしかに御しやすく戦い慣れてるとは言い難い。
一歩後ろに下がって爪を躱し、逆袈裟に剣を振り抜いた。しかし相手もさすがのスピードだ。直撃とはいかず、顔に少し掠っただけ。
ライオンの頬のあたりに斬り傷が出来て、滴る赤い血に龍太もハクアも驚いた。
「スカーデッドって血流してたか?」
「いえ、人間の死体を使ってるって言っても、血は流れていない機械生命体のはずよ」
やはりおかしい。スカーデッドじゃない。
なら一体、あのライオンは何者だ?
ふと、朱音と丈瑠の言葉を思い出した。
あの二人がローグで発見したという、大量のカートリッジ。あれはなんのためのものだと言っていた? そして、セゼルでジンの兄、レッドの身に起きたことも踏まえると。
「まさか……生身の人間がカートリッジを使ってる、のか……?」
「考えたくはないけれど、その可能性が高そうね。けれどそうなると、迂闊に攻撃できないわよ」
レッドの時はどうだったか。あの時は、事前にレッドの体を分離させなければならなかった。
つまり、このままあのライオンを倒してしまえば、変身してる誰かもそのまま死んでしまう可能性がある。
ライオンの足元に魔法陣が広がり、いくつもの火球を飛ばしてきた。それを避けながら、どうするべきかと思考を巡らせる。
「くそッ、どうしろって言うんだよ!」
「バハムートセイバーの力なら、分離させられるかもしれないけれど……!」
カートリッジが赤き龍の変革の力を使っているなら、同じハクアの力を最大限に引き出せるバハムートセイバーであれば、分離に成功するかもしれない。
けれど今のバハムートセイバーは暴走状態にある。近くに朱音がいない以上、変身はできない。下手をすれば、スカーデッド以上に被害を広げてしまうから。
「どうにかして変身を解除させるしかないわ! あるいは、朱音たちが異変に気付いて来てくれるまでなんとか持ち堪えるしか!」
「それしかないか……!」
周りの生徒たちが教師に通報すれば、自然と学園長の栞、そこから朱音まで話が通るだろう。バハムートセイバーの力以外にも、朱音の幻想魔眼なら分離できる。
それまではなんとか、こいつをここに留まらせなければ。
迫る火球の合間を縫うように駆け、ライオンへ肉薄する。水平に剣を振るうが躱され、その口からは赤い燐光が漏れていた。
「マジか……!」
魔術だけでなく、口からも火を吐けるとか聞いてない!
来る熱に耐えようと剣を盾にするように構えるが、炎が吐き出されるよりも前に。
突風が吹いた。
明らかに自然の風ではない局所的な突風は、ライオンの体を吹き飛ばし、その姿を粉塵の中へ隠す。
風の発生源へ視線を向ければ、そこに立っていたのは二丁の銃のうち一つをこちらへ向けた、小柄な少女。陽光を受けて煌めく金髪が美しく、その目はどこか眠たげだ。
「エリナさん!」
「エリナ、起きてたのね!」
このドリアナ学園諸島を治める風龍の巫女、エリナ・シャングリラだ。
彼女はこちらに歩み寄ってきながらも、我慢せず大きなあくびをしていた。
「どういう状況?」
「分かんないのに吹っ飛ばしたんすか……」
「おそらく、生徒の誰かがカートリッジを使ってスカーデッドに変身してるわ」
「アカネとタケルが言ってたやつ?」
「ええ」
ふむ、と頷き、二つの銃口を吹き飛ばしたライオンの方へ向ける。しかし、そこにはすでに誰もいなかった。
龍の巫女が出てきたとあれば、形成不利と見て逃げ出したか。
「ハクア、バハムートセイバーならあれ、どうにかできる?」
「出来るけれど、今は変身できないわよ?」
「大丈夫、そのためにシャングリラのカートリッジを調整してもらってる」
初耳なその情報に、ハクアと顔を見合わせる。驚く二人に、ずっと無表情のままのエリナは言った。
「ついて来て。ハイネスト兄妹の工房に案内するから」




