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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
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少女の戸惑い 1

 今からおよそ一ヶ月後、ドリアナ学園諸島では学園祭が開かれる。

 広大な敷地と生徒数を誇る超マンモス校のここでは、例年島の外からも客を呼んで三日三晩に渡るどんちゃん騒ぎ。普段閉鎖的な環境の島が、一年で唯一外からの客を招く日となる。


 今年はローグ滅亡というとんでもないことが起きてしまい、一時期は開催そのものすら危ぶまれていたようだが、どうにも大人の事情がなんやかんやとあるらしく、例年通りの開催となるようだ。


 外から人を招くということは、その隙によからぬ事を企む輩も潜り込めてしまう。

 スペリオルの動向が気になる龍太だが、まあ、今はそんなことは置いておいて。


「よし、ほんならクラスの出し物決めるで。なんかやりたいことあるやつおるか?」


 現在放課後。午前中の授業が全て終わった後、解散せずに学園祭についての話し合いとなった。ハイネスト兄妹がこのクラスの代表らしく、ソフィアが教壇で司会進行している。イグナシオはその後ろで黒板に板書だ。


「やりたいことって言ってもなぁ……」

「五年目ともなれば、なかなか出てこないわよね」

「適当な出店とかじゃダメー?」

「お、ならあれにしようぜ! 帝国特産の粉物料理!」


 やる気があるのかないのかよく分からない連中だ。イグナシオが黒板に粉物料理と書いて、ソフィアがため息を落とす。


「あんな、例年通りやったら私もなんも言わんわ。でも忘れたあかんで、今年はローラ様もおるんやからな?」


 瞬間、クラスメイトたちの視線が、最前の席に座ってニコニコ笑っているローラへ。


「ローラはみんなで楽しめるなら、なんでもいいんだよ!」

「おーおー、聞いたかお前ら? ローラ様にここまで言わせて、やる気出えへんとかいうやつ、おる?」


 ゴクリ、と。誰かの唾を飲む音が、やけに響いた気がした。

 そしてまた、他の誰かがぼそりと呟く。


「そう、だよな……せっかくローラ様がこうおっしゃってるんだし……」

「そもそも、龍の巫女と同じクラスになれてることだって奇跡に近いんだ……」

「俺たちのローラ様のために、今年の学園祭は……!」


 教壇に立つソフィアは、眼前のクラスメイトたちを見渡して、笑顔のローラを見て、フッと表情を綻ばせる。


「ローラ様と一緒に学園祭を盛り上げたくないやつとかおる? おらんよなぁ!」

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

「よっしゃええ返事やお前ら! ほんならどんどん案出してけ!」


 急にテンションが爆上がりしたクラスメイトたちに、龍太もハクアも苦い笑みしか出ない。

 てか今の流れ、昔の漫画で読んだことあるんだけど。


「だったらローラ様のライブで行こう!」

「いやいや、ここはローラ様主演の演劇だろ。もちろん相方役は俺で」

「はあ? ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞてめぇコラ」

「それよりももっとローラ様と触れ合えるイベント、握手会とかにしましょうよ!」


 ライブ、演劇、握手会、とイグナシオが至極どうでも良さそうに板書している。しかしこれ、もはや学園祭の出し物じゃなくなってきてるな。


「ローラ様はどれがええとかありますか?」

「うーん……ローラはもっと、普通の学園祭がやりたいんだよ。みんなが考えてくれるのは嬉しいけど、これじゃあローラばかりが目立っちゃうから、もっとみんなで楽しめるものがいいんだよ」


 そりゃそうなるわな。

 ローラが学園に通ってるのは、これまで体験できなかった学校生活を送ってみたいからであって、アイドルや巫女としての仕事の延長ではない。

 ローラ・エリュシオンではなく、ただのローラとして学園にいるのだ。


 こんなところに来てまでアイドルなんかやってられない、とは彼女の性格上思ってもないし言うわけもないだろうが、あの苦い笑みを見る限りは少し辟易としてそう。


 水を差すようなことを言われ、クラスメイトたちのテンションは下がるものかと思われたが。全くそんなことはなく、むしろなんか涙ぐんでるやつまでいた。


「ローラ様……私たち下々の者にまでそのようなお心遣いをしていただけるなんて……!」

「今年はローラ様も俺たちも楽しめる、最高の学園祭にしてみせるぞ!」


 恐るべきは世界のアイドル。世の中全員こんなやつらばかりなら平和でいいのにな、とか考えてみる。

 いや、それはそれで無用な争いが起きそうではあるか。


「で、結局どないすんの? ローラ様主演のライブやら演劇やらはなしとして、他になんかええ案ないんか?」

「せっかくだし、リュウタお兄ちゃんに聞いてみたらいいと思うんだよ!」

「……えっ、俺?」


 ここまで傍観に徹していた龍太へ、ローラからまさかのキラーパス。クラスメイトからの期待の視線が痛い。


「リュウタかてローラ様と同じやで。異世界から来てせっかくうちのクラスに入ったんや。楽しい思い出、作りたいやろ?」


 どことなく意味深な言い方をされて、龍太はつい隣のハクアを見てしまう。

 まあ、たしかに。ソフィアの言う通り、楽しい思い出は作りたいし、バハムートセイバーの権限レベルを上げるためには、龍太とハクアがもっと親密にならなければいけないわけで。


 かと言って、転入したばかりの龍太がクラスの出し物案なんてパッと出てくるはずもない。それとこれとは話が別だ。


「なんでもいいから、やりたいこと言ってみろよ」


 ずっと黙って板書に徹していたイグナシオからも言われ、少し考えてみる。

 元の世界では一度だけ高校の文化祭を経験済みだ。あの時はたしか、クラス展示を行ったのだったか。内容はもはや覚えていない。残っているのは幼馴染二人と校内を練り歩いた、今となっては苦さの残る思い出だけ。


 でもそう言えば、ひとつやりたいことはあったか。


「ヒーローショーとかどうだ?」

「却下や」

「即答かよ!」


 にべなく切り捨てられた。そっちから聞いてきた癖に。


「あんなリュウタ、ヒーローショーなんかの子供騙しで金稼げると思うか?」

「なっ、子供騙しってなんだよ! ヒーローは凄いんだぞ! 強くてカッコいい正義の味方だぞ! 嫌いな奴なんていないだろ!」

「リュータ、反論が子供っぽくなっているのだけれど……」


 横から言われて言葉に詰まる。でも仕方ない。元の世界にいた頃、画面の向こうのヒーローとはいつだって龍太を純粋な少年に戻してくれた。

 龍太にとってヒーローは憧れで、目標で、なんの衒いもなく大好きだと言える唯一のものだから。


「くそぅ……ヒーローショーの何がダメなんだよ……」

「今回ばかりは諦めるしかないわね」


 目に見えて落ち込む龍太を、ハクアが頭を撫でて慰めてくれる。頭を撫でられることに慣れてしまっている自分が恐ろしい。


 さて、ヒーローショーがダメなら、龍太にこれ以上の良案は思いつかない。

 漫画とかだとメイド喫茶みたいなの普通にやってるが、まあ現実的に考えたらあんなの無理だろう。そもそもこの世界には、モノホンのお貴族様があちこちにいらっしゃる。当然この学園、このクラスにも在籍しているし、そんなやつらに給仕の真似事をさせるなんてのは不敬罪に当たってもおかしくない。


 いや、待てよ。

 龍太の頭の中に、ひとつの閃きがあった。

 メイドの真似事させるのがダメなら、その他の真似事、つまり自由にコスプレさせてみてはどうだ?


「なあソフィア、コスプレ喫茶なんてのはどうだ?」


 一応挙手して発言。これは中々良い案だろうと自信を持っていたが、しかしソフィアの反応は芳しくない。

 小首を傾げた際にポニテが揺れて、眉間に皺を寄せた怪訝な表情。


「コスプレってなんや?」

「あれっ?」


 まさかこの世界、コスプレの概念がない?

 他のクラスメイトを見ても、どうやらみんな困惑している様子。隣のハクアも同じく。

 しかしただ一人、ちゃんと分かってくれてる人がいた。


「コスプレっていうのは、普段は着ない服を着てなりきることなんだよ。例えばドラグニアの宮廷魔導師の制服とか、騎士甲冑とか、メイドさんとか!」


 嬉々として説明するのはローラだ。なんで知ってるのかと思ったが、朱音あたりの入れ知恵に決まってる。


「要するに、いろんな職業になりきりましょう、ってわけやな?」

「まあ、そんな感じだな。職業に限ったもんでもないけど。物語のキャラクターになるってのもあるぞ」


 本来ならそちらが主流だったはずだ。いかんせんそこらの知識に疎いので、漠然としたイメージしか伝えられない。


 クラスメイトたちの反応は中々に好感触だ。どんなコスプレをしようかと、早速話し合っているやつもいる。

 そんなみんなの様子を見て、ソフィアが話を纏めた。


「よし、そんならコスプレ喫茶で全員異論はなさそうやな。食いもんはさっき出た粉物料理でええやろ。それやったらこっちで作り方教えられるさかい、なんとかなりそうやしな」


 というわけで、学園祭の出し物は恙なく決まった。本日の話し合いはこれで終了。まだまだ決めることは多々あるが、それは後日ということに。


 解散を告げられたクラスメイトたちは、それぞれ放課後の時間を過ごすために行動を開始する。

 ハイネスト兄妹は昨日に引き続き工房に籠るらしく、クロとキャメロットも用事があるのだとか。ローラもふらっとどこかへ消えてしまったので、今日は龍太とハクアの二人きりだ。


「さて、今日はどこに行きましょうか」

「受ける講義は絞った方がいいよな。朱音さんのところは受けるとして、後はクロが専攻してるっていう強化魔術の講義とか?」


 まだまだ入学したて。二人の知らない講義はたくさんある。その中から選ぼうと思えば大変だが、龍太自身に必要な魔術を絞り込み、そこから選べば数は限られる。

 となると、昨日一昨日と顔を出した二つに加え、クロか専攻していると言っていた強化魔術関連の講義も受けてみたい。

 バハムートセイバーのオルタナティブのことを考えると、元素魔術についても少しは学んだ方がいいだろう。

 パッと思いつくのはその四つだ。


「なら今日は、元素魔術の講義を覗いてみましょうか」

「よし、んじゃ行くか」


 近くにいたクラスメイトに講義室の場所を聞くと、思いの外普通に教えてくれた。

 先日の暴走事件があり問題児三人衆の一人に数えられてしまっているから、距離を取られるものだと思っていたけれど。よく考えれば、龍太が来る前からこのクラスには問題児が既に二人いるのだ。周りも慣れているのだろう。


 クラスに受け入れられてる感じがしてちょっと嬉しくなった龍太は、ハクアを伴い教室を出る。

 すると、


「リュウタせんぱい!」


 大きな声で誰かに呼ばれた。聞こえた方に首を巡らせると、タタッと軽快な足取りで亜麻色の髪を揺らしやってきたのは、昨日知り合ったばかりの少女。


「昨日ぶりです、リュウタせんぱい!」

「ルビー? どうしたんだよ、こんなところまで」


 昨日、クリムゾンオーガから危ないところを救った、二年生のルビーだ。見た感じひとりのようだが、一体どうして上級生の教室までやってきたのか。


「昨日言ったじゃないですか、お礼しますって!」

「俺も別にいいって言ったはずなんだけどな」

「それじゃあたしの気が済まないんです! というわけで、今から時間ありますか? ありますよね!」


 昨日とはガラリと印象が変わって、随分とグイグイ来る女の子だ。押しが強い。

 さらりと腕を組んで来ようとしたところを、ハクアが無理矢理間に割って入った。


「申し訳ないのだけれど、わたしたちはこれから講義に向かうの。リュータもこう言っていることだし、今日は遠慮してくれるかしら?」

「む、ドラゴン風情がなんのつもりですか。邪魔しないでくださいよ」


 リスのようにあざとく頬を膨らませるルビーに対して、ハクアは柔らかく微笑んだまま。しかし龍太には分かる。目が全然笑ってない。朱音が怒ってる時と同じなのだが、女性の必須スキルなのか?


 しかし龍太としても、今のルビーの発言は聞き逃せなかった。


「悪いけど、ハクアの言う通りこれから講義を受けに行くんだ。それに何度も言うけど、礼はいらないから」


 思っていたより、低い声が出た。

 龍太も自身も内心で少し驚いていたが、言われた側のルビーは表情が完全に固まっている。

 後輩に対して大人気なかったかと思いつつも、自分の発言を撤回するつもりはない。

 それじゃあ、と一言だけ告げ、ハクアの手を取ってその場を離れた。


「あ、待ってくださいよせんぱーい!」


 背中にルビーの声がかかるが、振り返ることはない。

 あまり大きな声で言うのは恥ずかしいけれど、ハクアは龍太にとって大切な女の子だ。それを言うに事欠いて、ドラゴン風情、などと。いくら後輩の女の子が相手とは言え、他の誰でもないハクアをバカにしたような物言いは、どうしても許せなかった。


 廊下の角を曲がり、ルビーが追ってきていないのを確認して足を止める。

 口からは自然とため息が漏れてしまった。


「あの子、帝国出身なのでしょうね」


 少し憂いたような表情のハクアが、どこか悲しげな声で言う。やはり本人としても、ルビーのあの発言には思うところがあったようだ。


「東の大陸にあるっていう?」

「ええ。ネーベル帝国。ドラゴンに対して排他的な国というのは、以前話したと思うのだけれど……」


 たしかに以前、ネーベル帝国について軽く話を聞いたことがある。

 かつて起きた百年戦争開戦の場所で、今も小規模ながら内紛が続いている国。そしてハクアも言ったように、ドラゴンに対して非常に排他的な国でもある。

 世界各国がパートナー制度を導入し、人とドラゴンの共存が進む中、唯一それを良しとせず、ドラゴンの立ち入り自体を禁止しているのがネーベル帝国だ。


「正直、あそこまで露骨な帝国の子がこの学園にいるとは思わなかったわ」

「たしかに、ドラゴンが嫌いならここに通う意味が分からないよな」


 恐らくだが、ルビーにはパートナーのドラゴンもいないのだろう。昨日はそれらしき少年と一緒にいたが、今日は一緒にいなかったことから、どうやらただのクラスメイトか何かのようだし。


 しかしこの学園は、基本的にパートナーがいる前提の仕組みになっている。まだいない生徒でも、学園内で見つけられるような各種サポートもあるだろう。

 帝国の主義や教えとは正反対。なのにこの学園に通う意味はあるのだろうか。


「まあでも、あまり考えても仕方ないと思うわ。帝国の情報はあまり入ってこないから、もしかしたら向こうでもなにかが変わってきているのかもしれないもの」

「それで通わされてる、って感じか」


 本人としては堪ったものじゃないだろうが、それでもずっとこの学園に通っていたら、ルビー自身の考えにも変化が訪れるはずだ。

 そもそも龍太にとって、ドラゴンをそこまで遠ざけようとする理由も分からない。

 例えば隣にいる純白の少女であったり、旅を共にする火砕龍であったり、これまでお世話になってきた龍の巫女たちであったり。

 異世界人の龍太でも、ドラゴンとは人間にとってよき隣人であると思えるのに。


「そんなことより、今日の予定は変更しましょうか」

「別にいいけど、受ける講義を変えるか?」

「いえ、そうではなくて……」


 繋がったままの手。龍太の手を握る力が、少し増した気がする。

 どこか言いづらそうにしているハクアをどうしたのだろうかと見つめていると、やがて意を決したように唇が開かれた。


「今日は、デートしましょう?」


 ほんのりと朱に染まった頬と、濡れた瞳の上目遣い。どうしていきなりと考えれば、直前にあったルビーとのいざこざを思い出して答えが出てしまい。

 龍太は頷く以外の選択肢が見つからなかった。

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