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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
73/117

幕間 船上にて 2

「改めまして、ローラ・エリュシオンだよ! 趣味はアイドル特技もアイドル! 好きなものはみんなの笑顔! よろしくね!」


 パチパチパチ、と。青空の下、船のデッキ上で元気よく自己紹介したローラに拍手が贈られる。

 船でローグの港から出航し、改めて挨拶がしたいと言った新しい旅の仲間は、相変わらずの完璧に可愛い笑顔だ。


 ところで、特技がアイドルというのはちょっとどうなのだろう。


「よろしくお願いします、ローラ様」

「ローラ様と一緒って知られたら、うちのギルドの奴らは煩そうね」

「ジンもクレナも、呼び捨てでいいんだよ。これからは旅の仲間なんだから!」

「いえ、巫女の率いるギルドに席を置く身としては、そういうわけにも……」

「むぅ」


 唇を尖らせる十四歳の少女に、筋肉野郎はタジタジ。そんな様子を見て、丈瑠がクスリと笑みをこぼす。


「本当、昔の朱音そっくりだね、ローラは」

「へえ、やっぱ朱音さんも、昔はわがままだったんすか?」

「それはもう、すごくわがままだったよ。周りの大人たちを困らせるくらいに」


 まさしく、今のローラみたいに、か。

 どうやらジンとローラの言い合いは、最終的にジンが折れたようだ。世界のアイドルを馴れ馴れしく呼び捨てにしていることがファンに知られたら、多分背中を刺される。彼には夜道に気をつけてほしい。


「ところで、アカネはどこに行ったのかしら? 舟が出てすぐの時にはいたと思うのだけれど」

「あれ、そういえばいつの間にかいないな。またどっかで飯食ってるんじゃねえの?」


 可愛い妹分も放ったらかして、一体どこに行ったのか。


「朱音なら操舵室だよ」

『これから向かう先は、彼女が直接船を動かさなければ辿り着けないからな』


 龍太たち一行の次の目的地は、この世界最高峰の教育機関、ドリアナ学園諸島だ。

 世界地図で見ると中央大陸から西側にあり、世界各国から選りすぐりの若き魔導士たちが通っている。当然のように全寮制で、学園諸島とは言っても、教育機関だけがあるわけじゃない。生徒たちの娯楽を充実させるため、様々な施設が揃っているらしい。


 ただ、そのドリアナ学園諸島、ひとつだけ問題があるのだ。


「風龍の巫女が張った結界のお陰で、風や潮の流れが不定期に変化する。だから船だと簡単に近づけないし、外から中への転移は完全にシャットアウトしてる、でしたっけ?」

「その通り。本来なら、学園諸島に無事辿り着くことも含めて、入学試験ってことになるんだけどね。今回はそうも言ってられないから、朱音に任せて力技で突破するってこと」


 現在龍太たちが乗っているこの船は、中型の高速艇。操舵手の魔力次第では最大25ノットのスピードが出る。ただそれは、リミッターを設けていた場合の話だ。


 基本的に魔力で動くこの世界の乗り物には、どれもリミッターを設けて速度が出過ぎないようにしている。うっかり魔力を込めすぎたりしないように。

 だがこの高速艇は、そのリミッターを外していた。


 つまり、朱音の無尽蔵に思える魔力をそのまま、スピードに回せるということだ。


「いやまあ、風とか潮の流れとか関係ないくらいのスピードを出せたら、そりゃ手っ取り早いっすけど。まさかマジでそうするとは……」


 学園諸島まではまだまだ時間がかかる。なにせローグの港を出たばかりなのだから。こんな早くから操舵室にこもっているのは、船の運転方法を覚えるため。


 なんとこの船の操舵手、別に船舶免許を持っているとかではないのだ。沈まないことを祈らないと。


「それより龍太くん、ハクアも。朱音から聞いといてほしいって言われてたんだけど」

「なにかしら?」

「バハムートセイバーには変身できそう?」


 その質問には、答えを返せなかった。

 変身できるかできないかで言えば、できる。でも、多分。次に変身する時は、最初からあの状態になっているかもしれない。


「恐らく、イクリプスの状態で変身することになってしまうわね」

「それがあのバハムートセイバーの名前だね。蝕……名は体を表すと言うけど……」


 バハムートセイバー イクリプス


 赤き龍の力に飲み込まれた、蝕まれた純白の戦士。

 その破壊力はスタジアムを一瞬で瓦礫の山にするほどであり、そのスピードは普段から時界制御を操る朱音であっても目で追うのがやっと。

 あの時あの場において、この世界有数の実力者が複数人いながら、間違いなく戦場を支配していた。


 ふむ、と考え込む丈瑠。

 龍太としては、これ以上バハムートセイバーのことで迷惑をかけたくはないのだけど。しかしそういうわけにもいかないのが現実だ。きっと、力が必要になる時が来る。変身しなければならない時が、あるいは暴走してでも、イクリプスの力を必要とする時が。


 でもそうなると、またみんなの手を煩わせることになるし、今度は止まらないかもしれない。また仲間に剣を向け、その血で汚れてしまうかもしれない。

 龍太にとっては、それがなによりも怖い。


 同じことを考えていたハクアと二人で表情を曇らせているのを見て、丈瑠は安心させるように顔を綻ばせた。


「ああ、大丈夫だよ。この前は初見だからみんないいようにやられちゃったけど、次はちゃんと止めてあげられるから」

「つっても……朱音さんですら手も足も出なかったんすよ?」

「そんな簡単にどうにかなるものなのかしら」

「それはつまり、私よりも自分たちの方が強いって言いたいのかな?」


 横から声が飛んできて視線を向けると、操舵室の方から朱音が戻ってきていた。意図せず挑発的な発言になっていたみたいで、つい言葉に詰まってしまう。

 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた朱音は、こちらを揶揄う気満々のようだ。


「そ、それより! 戻ってくるの早くないっすか? 船の運転方法覚えてたんすよね?」

「それならもう覚えたよ。今は自動操縦」


 いや、早すぎない? まだ船が出てから三十分くらいしか経ってないぞ。本当にちゃんと覚えたのだろうか。運転ミスって沈没とか嫌だぞ。

 訝しげな視線を受けた朱音は、大丈夫大丈夫と笑い、オレンジに輝く右の瞳に銀の炎を灯した。


「私が使える異能に、情報操作って力があってね。その副作用で、あらゆる情報を視ることができるんだ」

「え、なんすかその力。超便利じゃん」

「そうでもないんだよねー、これが」

「ああ、なるほど。視界に収めた情報を処理できる特別な脳が必要、ということね。だから幻想魔眼と銀炎も併用しているの?」

「ハクアの言う通り。ちなみに概念強化も使ってるよ。演算が肝心な異能だから、私じゃ情報の可視化しかできないし、戦闘には使えないんだけどさ。これの本来の持ち主だったら基本なんでもできてたよ」


 へぇー、と完全に理解しきれていない龍太は、気の抜けたような返事をするのみ。それに少しイラッとしたのか、青筋浮かべながらも笑顔な朱音が、突然とんでもないことを言い出した。


「ちなみに、この異能でハクアのスリーサイズとか分かるけど?」

「言わなくていいです!」


 顔を真っ赤にしながらも耳を塞いで大声で拒絶。そりゃ健全な思春期男子としては気にならないわけじゃないけど、でも、なんかダメだろ、そういうのは。


 一方で勝手にスリーサイズを暴露されそうになったハクアはというと、特に気にするでもなくクスクスと微笑んでいる。

 やっぱりドラゴン的には、人間態のスリーサイズとか知られたところでどうでもいいのだろうか。


「ところでアカネ。ずっと気になっていたのだけれど、あなたっていくつの異能を持っているの?」


 笑みを収めたハクアの問いに、朱音は小首を傾げる。今更といえば今更な質問だからだろうか。


「ほら、今後は今までよりも強い敵と戦うことが多くなるかもしれないでしょう? そうなれば、あなたも持てる手は全て使わないといけないかもしれない。そういう時、わたしたちが把握していない力を使われると、こちらとしても困ってしまうもの」

「ああ、なるほどね。それもそっか。でも、大体はみんなの前で見せてると思うよ?」

「なになに? もしかしてお姉ちゃんのお話⁉︎」


 たたっ、と軽快な足取りで駆け寄り朱音に抱きついたのはローラだ。さっきまで一緒に話していたジンとクレナも、その後ろからこちらにやって来る。


「私の使える異能について。ローラは全部知ってるよね」

「もちろん知ってるんだよ!」

「たしか、そちらの世界の異能は魂に宿るもので、アカネはキリの人間の力で多くの異能を使えているんだったな」


 ジンの言葉に頷く朱音。

 付け加えるなら、朱音が転生者であることも関係している。

 朱音の持つ『繋がり』の力は、たしかに仲間の異能や魔術を扱うことが出来るようになる力だが、それは本来一時的なものだ。

 異能とは魂に宿るものであり、当然ながらひとりの人間につき魂とは一つしか存在しない。たとえキリの人間が持つ特別な力とはいえ、その大前提を覆すことは不可能。

 ならばなぜ朱音は複数の異能をいつでも使うことが出来ているのかというと、その答えが転生者だ。


「たしか、転生者は複数の魂を持っているんでしたっけ?」

「うん、転生するごとに魂の数が増えていく、って思ってもらえたらいいよ。厳密にはちょっと違うんだけどね」

「つまり、転生した回数だけ異能が増えるってことね。やっぱりそっちの世界の魔導士って強すぎない?」

「そもそも、異能持ちは珍しい方なんだよ、クレナ。僕たちの仲間にも、異能持ちが多かったってわけじゃないし」


 魔術師であれば誰もが異能を持っている、というわけではない。逆に、異能を持っているからと言って魔術師とも限らない。


「私自身が持ってるのは、幻想魔眼に切断能力、それと銀炎の三つだけ。未来視は幻想魔眼の一部だし、今は丈瑠さんに貸し出してるから一部制限されてるしね」

「キリの力ってやつは違うんすか?」

「んー、詳しく説明するとややこしくなるんだけど、異能の上位互換、みたいな?」


 なぜそこで疑問系。聞いてるのはこちらなのに。


「あとわたしたちが見たことのある異能というと、さっきの情報操作と凍結能力かしら」

「そうだね。その二つは仲間から預かってる異能。といっても、前者は特殊すぎて、後者は強力すぎて、完全に持て余してるんだけどさ」

「持て余してるって、あれで……?」


 絶句するのはクレナ。実際に朱音と戦い、あの凍結能力の恐ろしさを知っているからだろう。

 たしかに朱音の凍結能力は、驚くほどに強力なものだ。炎やマグマですら凍てつかせ、時空間や魔力といった概念的なもの、形のないものですら容赦なく。


 それを持て余してるとは、果たして全開で使えるようなことがあればどうなるのか。


「情報操作と同じなんだよ。異能(ソフト)に対して肉体(ハード)の規格があってない、って言えば、リュウタお兄ちゃんにも分かりやすいかも」

「情報操作は特別な脳みそが必要って話だったけど、なら凍結能力は? 朱音さん、今でも普通にばんばか使ってるじゃないっすか」

「ただ氷作ったり凍らせるだけならね。あれは指定した空間内にある分子の運動を止めてるのと、手足で触れているところからって制約を設けてるんだ」


 たしかに記憶を思い返してみれば、朱音は相手を凍らせる際には地面を伝って凍結させている。氷を作る際も、物理法則に則っているようだ。


 しかし本来なら、そう言った制約もなく、物理法則など全て無視してしまえる。


「この異能を全開で使うには、さっきローラが言ったように肉体(ハード)の規格があっていない。要するに、自分ごと凍っちゃう可能性があるってこと」

「そうならないための制約、ということね。つまり本来の異能の持ち主は、そもそも制約なしでも凍らない肉体を持っていた、ということかしら」

「そういうこと」

「サーニャおばちゃんの凍結能力、本当に凄かったもんね。もしかしたらアリスお姉ちゃんよりも凄いんだよ」

「アリス様よりとは……相当な使い手だったのか?」

「うん、まあね。吸血鬼だったし、五百年生きてたし」

「私と同年代じゃない」


 クレナも五百歳くらいなんだ……地味に初めて知ったぞそれ。

 ていうか、三桁台の年齢で同年代って。規模が人間と違いすぎて、どの程度の差で同年代と言えるのか。


「私の育ての親で、恩人で……大切で大好きな、もう一人の家族」


 そう語る朱音の瞳は、どこか寂しげな光を帯びている。

 壮絶な過去を送ってきた彼女にとっての家族とは、より一層の重たいものが込められている。

 サーニャという吸血鬼は、たとえ血が繋がっていなかったとしても。朱音にとってかけがえのない一人なのだ。


 しんみりとしたものを感じ取る一堂だったが、次の瞬間には朱音の目から寂しげな色は消えており、むしろキラキラと子供みたいに輝かせて早口で捲し立てる。


「それにローラの言う通り、本当に凄いんだよサーニャさんは。絶対凍結領域(グラキエススートゥム)っていう技があるんだけど、それこそ凍結能力の真骨頂。自分を中心とした半径五メートル以内の全てを、問答無用で凍らせる。自分の体ごとね。しかも発動中も自由に動けるから、相手からしたら厄介この上ないし、私でも突破できなかったんだよあれ。時空間ごと凍らせてるから時界制御もまともに機能しなかったし、逃げようとしたらずっと追いかけてくるし、半径五メートル以内に入った瞬間おしまいだし。同じ不死身の吸血鬼が相手でもお構いなしに殺せちゃう。それでついた渾名が『銀帝』。銀色の髪とその異能から名付けられたんだけど、でももっと遡るとあの人が吸血鬼になった起源まで関係しててね──」


 と、朱音のマシンガントークは止まることなく続けられる。

 これあれだ、オタク特有の早口ムーブだ。


「なあローラ、そのサーニャって人、そんなに朱音さんから好かれてたのか……?」

「周りから見てても分かりやすいくらいに相思相愛だったんだよ……」

「これじゃあタケルの立場がないな」

「あはは……まあ、朱音にとってのサーニャさんは特別だからさ……だから、あれでいいんだよ、朱音は」


 自慢げに語る恋人を見守る丈瑠の目は、とても優しいものだ。口元には微笑みを浮かべて、けれどやはり彼も、どこか遠くを見ているような、優しくもそんな目をしている。


 朱音にここまで慕われるとは、そのサーニャという吸血鬼がどんな人だったのか、少し会ってみたい気もする。


「そこ! ちゃんと話聞いてる⁉︎」

「お姉ちゃん、ローラその話聞き飽きたんだよ……」

「何回聞いてるんだよ……」


 げんなりとするローラを見て、まさか自分たちも今後同じ話を何度も聞かされるのだろうか、と不安になる龍太だった。



 ◆



「そういえば、結局暴走に関してはどうするつもりなのかしら?」


 興奮気味に育ての親の吸血鬼のことを話していた朱音が落ち着いたのを見計らって、ハクアが話を一番最初まで戻してくれる。


 そう、最初はその話をしていたはずだ。そのはずがいつの間にか脱線に脱線を重ね、いつの間にやら朱音のサーニャたらいう人に対する熱い思いを延々と聞かされていた。


 そしてその朱音はというと、ハクアの問いに簡単な答えを返す。


「銀炎で無理矢理十分経過させる」


 いや、前言撤回。そこまで簡単ってわけじゃなかった。


「それは……できるのか? まずあのスピードを捉えるところから難しいように思うが」


 ジンの言うことは尤もで、イクリプス形態のバハムートセイバーはとにかく速い。仲間内で最速の朱音ですら、目で追うのがやっとだったのだ。

 しかし朱音も丈瑠もアーサーも、なんならローラも随分とあっけらかんとしたもので。


「一回見たから次は大丈夫だよ。慣れたから」

「慣れたって……えぇ……?」

「これが本当に慣れてるんだよ、朱音は」

『母親もそうだったが、朱音は肉体の完成度がとても高い。だからこそあのような体術が使える。当然身体の動きそのもの以外、動体視力や脳の回転なども、常人とは比べるべくもない。その上でまだ成長を続けている』

「でも一部は全く成長してないんだよ」

「ローラ? どこのことを言ってるのかな?」


 笑顔で凄まれジンの巨体に隠れるローラ。

 いや、本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろうし、朱音と付き合いの長い二人と一匹からもお墨付きとなれば、文句はないのだけど。


「まあ、シンプルなスピード勝負になれば負けるだろうけどね。本当なら、その辺は銀炎でどうとでもなる、と言いたいところなんだけど。逆に銀炎を使おうとすればそれだけ初動が遅れちゃうし、結果不利になる」


 炎を展開するその間にも、バハムートセイバーは既に行動を開始している。結果、時界制御が発動された頃には既に手遅れ。たとえコンマゼロ秒単位の話だとしても、あの速度のレベルになるとそれが致命的だ。


 では、どのようにして銀炎を当てるのか。


「簡単な話で、動かれる前に動きを封じる。そのための手段なら、幸いなことにいくらでもあるしね」


 たとえば、先ほど話に出た凍結能力だったり。幻想魔眼を多少乱暴な使い方をしてしまえば、動くなと念じるだけで動けなくさせてしまう。

 しかもその他にも、朱音には手札が多く揃っている。


「さっきは異能の話になったけど、私が預かってる力は魔術の方が多いんだ。その中にいくつか使えるものがあるし、組み合わせ次第ではなんでもできる」

「なんでも?」

「うん、なんでも。龍太くんが知ってるようなアニメの技とかも再現できるよ」


 それは、ちょっと少年心がくすぐられるが、とりあえず今は置いておこう。後で見せて貰えばいいだけだ。


「どういう異能や魔術を使うのかはその場の状況にもよるけど、とにかく動きを止めて銀炎を当てて、時界制御で無理矢理十分経過させる。そしたらバハムートセイバーの制限時間で、変身は強制解除ってわけ」

「最悪、ローラが龍神に変身して叩き潰しちゃえばいいんだよ」

「それだけは勘弁したいわね」


 ローラのあんまりな提案に、ハクアも思わず苦笑い。エリュシオンがどの様な姿の龍神かは分からないが、ハクアの表情を見るに叩き潰された時のダメージは計り知れないだろう。そうならないためにも、朱音には頑張ってもらいたいところだ。


 いや、それ以前に。あの暴走状態をどうやって克服するか。本来龍太とハクアが考えなければならないのは、そこだ。


「ユートピアにその辺りも聞いとけばよかったな……」

「それは……どうかしら。あの方が教えてくれるとは思えないわ」

「そうなのか?」


 短い邂逅ではあったが、白き龍は悪い奴に思えなかった。提供してくれた情報に関しても、本人はそれ以外に話せない、と言った様子だったし。可能であれば色々と教えてくれるのではないだろうか。


「たしかにあの方なら、バハムートセイバーに関して全てを知っている。けれど、今の権限レベルなら、なにも教えてくれないはずよ」

「その権限レベルっていうのは、ハクアにも適用されてるのよね?」

「というよりも、わたしのものがあの方に適用されていると言った方が正しいわ」


 ユートピアがハクアの肉体を介している以上は、というわけだ。そもそも、その権限レベルとやらがなんなのかもよく分からないが。


「例えば、そうね……」


 顎に手を当て、ふむと一拍挟んでから口を開く。


「わたしと白き龍は──」


 しかし、そこから先の声は言葉という形を持たなかった。喉の奥でなにかが詰まったように、なにも話せなくなる。


 ため息を一つ吐いたハクアは、ほらね? と諦めたように一言。


「こんな感じで、今のわたしが与えられた権限を越える言葉は、なにかに阻まれて声すら発せなくなるの」

「今の、ということは、権限レベルを上げる方法もあるのだろう?」

「あるにはあるけれど、あまり期待しない方がいいわよ」

『それはなぜだ? 試す価値はあると思うが』

「バハムートセイバーの機能のアンロック。これが権限レベルを上げる方法だからよ」


 あー……と、全員の声にわずかな失望が滲む。

 バハムートセイバーのことを知るためにはハクアの権限レベルとやらを上げねばならず、そのためにはバハムートセイバーの機能のアンロック、つまり今よりも使いこなさなければならない。しかし現状、あの純白の鎧は魔王の心臓(ラビリンス)の力に振り回されて暴走状態であり、そもそもそれをどうにかするために今話し合っているのだ。


「いや、でもさ、ほら! この前ハクア言ってただろ、バハムートセイバーがパワーアップするための方法!」


 以前セゼルでレヴィアタンにこっぴどく負けてしまった時、ハクアからそのための方法を二つ聞いた。

 まず一つは、外付けの龍具を用意すること。あの時はその方法でバハムートセイバーがフェーズ2へと進化したのだ。その際作った腕輪は、今もお互いの手首にある。


「今回は新しい龍具でどうにかなるとも思えないし、そもそもそのためのドラグニウムもないわ。だから、もう一つの方法になるけれど……」

「……っ」


 ハクアと目が合う。視線が絡まる。どこか期待したように見えるのは、龍太の勘違いではないだろう。


 俄に頬が熱を持つ龍太を見て、ローラが純粋な疑問を投げかける。


「もうひとつの方法ってなに? アーサーの言う通り、試せるものは試すべきだと思うんだよ!」


 とは言え、だ。龍太的には今現段階でも割と結構仲を深めてるとは思うのだ。

 つまりこれ以上となると、女性に対して免疫のない龍太にとっては、かなり刺激の強い展開にならなければいけなくて。

 そういうのを年下のローラに、しかもすっごい純粋な目で見つめられていると、まさか言えるわけがない。


 どう返そうか悩んでいれば、視界の端でニヤリといや〜な笑みを浮かべた朱音が。その目はオレンジに輝き、銀の炎を灯している。


 おい、おい待ておい、勝手に情報視るなプライバシーの侵害だぞ!


「へぇ〜? なるほどなるほど、バハムートセイバーのパワーアップにそういうのが必要なんだー?」

「そういうの? お姉ちゃん、ローラも気になるんだよ!」

「大したことじゃないよ、ローラ。二人が今よりもっと仲良くなればいいってだけだから」

「異能の悪用はどうかと思うんですけど⁉︎」


 勝手にバラしやがった朱音へ半ば涙目で訴えるが、敢えなくスルー。しかも周りからの視線がなんか生暖かいものになってる気がする。

 ただ、朱音とローラの二人だけは、やけに目を輝かせていた。


「だったらこれから向かう先はバッチリなんだよ、お兄ちゃん!」

「そうそう、なんたってドリアナ学園諸島だしね! 学園といえばラブコメ!」

「色んなイベントで主人公とヒロインが距離を近づけて、最後はハッピーエンド!」

「これを利用しない手はないよ、龍太くん!」


 なんなんだこの姉妹……。

 なぜか異様にテンションの高い朱音とローラに詰められて、龍太は苦い顔しか返せなかった。


 かくして、船はドリアナ学園諸島へ舵を切る。目眩く学園生活を楽しむために、ではなく。

 今よりもっと、力も知識も蓄えて、強くなるために。


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