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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
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向き合うと決めたから 4

 バハムートセイバーの斧と、ドラグーンアベンジャーの蹴り。両者ともに必殺の一撃だったにも関わらず、それらを素手で受け止めた闖入者。


 メイド服を着た金髪の少女。いや、幼女と呼んでも差し支えないほどには幼く見える。

 眉一つ動かさなかった彼女、ヨミは、ふっと表情を綻ばせる。見た目相応に愛らしい笑みだ。


「おじいちゃんが心配だったから、つい来ちゃった」

『心配? ふっ、貴様が私の心配をするような玉か』

「本当なのに酷いや」


 しゅんと肩を落として、しかし次の瞬間にはまあいいやとケロッとしている。

 そして、その視線が。バハムートセイバーへと向けられた。


 ゾッと背筋に嫌なものが走る。こいつは、ダメだ。ここで戦うべき相手じゃない。バハムートセイバーでは到底敵わない。

 生物としての本能が、早く逃げろと警笛を鳴らしている。


「なんなんだよ、お前……」

「初めまして、アカギリュウタ。わたしは黄龍ヨミ。あなたたちが言う五色龍ってやつの一体。そこのおじいちゃんとか、あなたのお仲間の黒龍と同じね」

『黄龍ヨミ……どうしてこんなところに……』

「ああ、そういえばあなたもいたね、白き龍。人間と一体化してるなんて、古代の女王も落ちたものだね」


 目の前にいる、龍太よりも明らかに幼くしか見えない少女が、怖くて堪らない。同じ五色龍でも、ヘルヘイムを前にした時とは段違いだ。

 恐怖で足が竦んで動けない。赤き龍と対面した時だって、こうはならなかったのに。


『あーあー、聞こえてるか、そこの幼女?』


 突如スピーカーから響き渡る声は、今日の解説者としてスタジアムに呼ばれていた龍の巫女、クローディア・ホウライのものだ。

 ヨミはゆっくりと実況席の方へ振り返り、そこにいるクローディアを視界に収める。


『お前がどこの誰かは把握しているが、その上で聞いてやる。なにしにこんな場所まで来やがった?』


 こんな場所。すなわち、こんな敵地のど真ん中に。


 龍太を庇うように現れたのは、既にレコードレスを纏っている朱音と龍鎧ヴォルカニックを起動させたジン。

 クレナと丈瑠がその少し後ろ、龍太の隣に並び、エルを背に乗せたアーサーが背後に。

 それだけじゃない。黒霧桃と黒霧緋桜、両名がドラグーンアベンジャーの後ろに現れて、更に龍の巫女の二人、クローディアとローラも敵を包囲するようにして現れた。


 全員が既に戦闘態勢。世界の敵に対して、龍の巫女も容赦はしない。


「聞かせてもらおうか、黄龍サマ。何の用でここへ来た? またそこのガキ一人のために出向いたってか?」


 クローディアからガキ扱いされたことにも、今の龍太はまともに言い返せない。それどころじゃない、と言った方がいいか。なにせ状況が目まぐるしく変わっていって、理解するので手一杯だ。


 問われた黄龍は、バハムートセイバーを一瞥して、すぐに視線を外す。まるで興味がないと言わんばかりに。


「ローグでの計画が上手くいってないって、鳥さんが言うから来てあげたんだけど」

「あ? 鳥?」


 クローディアが怪訝な声を上げた次の瞬間、上空から炎を纏った不死鳥が現れた。

 ヨミの傍に降り立ったスカーデッド、フェニックスはメイド服の幼女に跪き、聞き捨てならない報告をする。


「黄龍様、準備が整いました。この国はいつでも落とせます」

「うん、ありがとう鳥さん。ヒスイにもお礼を言っておいてね」

「はっ」

「フェニックス……お前今、なんて言った……? この国を落とすだって?」

「そうですよ、バハムートセイバー。残念ながら、あなたとの決着はここでつけられそうにありません」


 ドラグニアほどではないと言えど、ここローグも十分に大国と呼ばれる国だ。城の兵力だけでなく、ギルドの魔導師もいる。おまけにこの場には龍の巫女が二人に、異世界の魔術師まで揃い踏みだ。そう簡単に落とせるはずがない。


 そう思っていても、何故か。嫌な予感が止まらないのだ。


「そんなの聞かされて、こっちが黙ってると思う?」

「五色龍だかなんだか知らねえけど、ここで確実に倒させてもらうぞ」


 緋色の桜が舞う。

 刃と化した夥しい数の花びらが、ヨミへ向けて一斉に放たれた。桃と緋桜、二人分の魔力が込められたそれは、手加減の余地など一切ない全力の攻撃。

 どのような実力者であっても、容易く躱せるものではない。


「ローラたちの国は渡さないんだよ!」

「出しゃばったこと後悔させてやるよ!」


 二人の攻撃に合わせて、クローディアとローラも大地を蹴る。それぞれ斧と槍を手にした龍の巫女は、花びらの隙間を縫うように黄龍へ肉薄した。

 その動きだけで分かる。クローディアはともかく、普段アイドルとして活動しているローラが、どれだけの強さを持つのか。


 洗練されたキレのある動きは、しかしヨミの発した魔力の圧だけに阻まれる。たたらを踏んで咄嗟にヨミから離れる二人。迫っていた桜の花びらも、一瞬にしてかき消えた。

 誰もが驚愕に目を見開く中で、銀の炎が迸る。


時界制御(アクセルトリガー)銀閃永火(バックドラフト)

「あれ」


 気の抜けたような声と共に、ヨミの左腕が斬り落とされる。いつの間にか敵の背後へ回っていた朱音は、返す刀でその首を狙った。

 しかし、鋭い一振りはヨミの残った右腕に防がれる。刀身を素手で鷲掴みにされる形で、だ。

 ヨミの手からは血の一滴も流れない。桐生朱音の持つ切断能力、キリの力の一つである『拒絶』に起因する力が、全く通用していない。


「む、中々壊れないや、これ」

「壊されて、堪るか……!」


 刀を掴まれた状態から、ヨミの小さな頭に回し蹴りが直撃する。普通の人間、あるいはドラゴンが食らっても頭の中身をぶちまけるほどの威力だが、それもやはりヨミには通用していない。

 身じろぎ一つせず、表情も変えず、どころか彼女には、攻撃を受け止めたという意識すらないだろう。


 さすがに絶句する朱音は、鷲掴みにされたままの刀を一度虚空へ消し、代わりに大型のハンドガンを取り出す。

 輝龍の力を宿した大型拳銃、龍具シュトゥルム。


 ゼロ距離からの発砲は身を捻って躱されるが、朱音の口元は笑みを描いている。


「龍具の攻撃は避けるんだね」


 僅かに眉根を寄せたヨミの背後に、クローディアが。頭上から勢いよく力任せに振り下ろされた斧を、片腕を掲げることで防ぐ。

 衝撃が地面に伝いひび割れ、クローディアはより一層の力を込める。


「おらあぁぁぁぁぁ!!」

「ちッ……」


 斧が炎を纏い、熱に耐えきれなくなったヨミの右腕、肘から先を溶断。

 朱音とクローディアが離脱すると、地面から何本も伸びた鋭利な木の幹が、ヨミの身体を貫く。


 この国の地下深くに埋められた大樹。それを自在に操る木龍の巫女は、不敵に可愛く笑って言った。


「チェック、なんだよ」


 メイド服の幼女が、全身の至る所から血を吹き出した。白いエプロンドレスは赤く汚れ、力なく膝をつく。

 突き刺した木を介して、毒を打ち込んだ。あらゆる植物を創り、転じてあらゆる薬を創造できるローラ・エリュシオン。薬を作れるということは、毒も作れる。


 だが、それで油断する面々ではない。

 理屈は分からないが、やつにはドラゴンの力しか通用しない。だから桃や緋桜、丈瑠も二の足を踏んでいるが、それでも龍の巫女二人の攻撃をモロに受けたのだ。

 簡単に倒しきれたと思わない方がいいけど、朱音にクローディア、ローラの三人ともがたしかな手応えを感じているはずだ。


 しかしおかしい。

 どうしてフェニックスやドラグーンアベンジャーは、全く手を出さない?


 答えは単純。手を出す必要がないから。


「なるほど。白き龍、あなたの子供たちは、随分と可愛いことをしてくれるんだね」


 声は、膝をついている幼女から。

 立ち上がった彼女の体に、傷は一つもない。それどころか、汚れていたはずのメイド服すら新品同様に綺麗な状態だ。


『……わたしは白き龍ではないわ』

「そうなの? でも、この言葉の意味が分からないはず、ないよね?」

『……』


 ハクアは言葉を返さない。沈黙が肯定となっている。

 ハクアに聞きたいことも多くできたが、それはとりあえず後だ。今はこの場をどう切り抜けるか考えないと。

 バハムートセイバーの制限時間は、残り三分ほど。あまり多くはない。変身を維持できている内に参戦しなければ。


 そうやって、龍太が手をこまねいている時だった。

 とてつもない勢いで近くを突風が駆け抜ける。振り返って見やった先には、何かに吹き飛ばされた朱音が、フィールドの端の壁に激突していた。力なくその場に倒れ、起き上がる気配がない。


「朱音さん⁉︎」

「リュウタ、目を逸らすな!」


 咄嗟に龍太の前に躍り出るジンが、鎧の両肩に装着された盾を前面に展開。ヨミの攻撃らしきなにかがぶつかり、大きな衝撃が。


 それは、魔力で形作られた鞭だ。朱音を吹き飛ばし、ジンの堅固な守りも揺らがせるほどの威力。

 ヨミが再び、腕を薙ぐ。しなやかに振われる鞭は、何度も何度もジンの盾とぶつかり、その巨体が少しずつ後ずさっていた。


「よくもお姉ちゃんを……!」

「よせローラ!」


 クローディアの制止も聞かず、ローラが槍を手に突撃する。そちらに気を取られたことで鞭の攻撃は止み、その隙に龍太もジンの後ろから飛び出した。


「ハクア!」

『ええ!』

『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 オルタナティブを解きフェーズ2に戻る。ガントレットにカートリッジを装填して、全身を赤いオーラが包んだ。

 分離したガントレットが右脚に装着され、赤いオーラが収束する。


「緋桜一閃!」

「我が名を以って命を下す! 其は大空に掛かる七色の橋!」


 ヨミの背後からは、緋桜が放った緋色の矢と桃の放った虹色の極光が。正面からは、先端に魔力を集中させたローラの槍とバハムートセイバー必殺の蹴りが。

 四つ同時に迫るその全てが、まともに受ければただじゃ済まない一撃だ。


 対してヨミは、焦るでもなく、ただ静かに小さく、言葉を紡いだだけ。


「消えろ」


 それだけで、全てが消失する。

 桃と緋桜の魔術は黒い球体に包まれて消え、バハムートセイバーとローラの軌道上にも同じものが。両者ともに咄嗟に身を捻ってなんとか事なきを得たが、龍太は勢い余って地面を転がる。


 あれは、触れたらマズい。

 直前にそう察したからこそ、回避が間に合った。少しでも遅れていれば、擦りでもしていれば。龍太とハクアは既にこの世にいなかっただろう。


 なんとか態勢を立て直すと、メイド服の幼女は誰にでもなく声を発した。


「国の滅亡って、どうやって訪れるか知ってる?」


 続けて襲いかかるクローディアの斧を容易く躱し、そちらへ腕を掲げる。同じ黒い球体が現れ、クローディアはギリギリで回避した。


 その球体が出現した場所へ、周囲の空気が一気に流れ込む。

 魔力も、空気も、全てが消失していた。

 あの黒い球体に呑まれた空間は、何も残らない。文字通り、あらゆるものが消失する。


「例えば、経済的なもの。あるいは、国のトップを殺してもいい。国を滅ぼす方法なんていくらでもある。住んでいる住人全員を、意志のない怪物にしたっていい」

「お前、まさか……!」

「違うよ、アカギリュウタ。最初はその作戦で行く予定だったんだけど、邪魔されちゃったから」


 眉根を寄せて唇を尖らせ、不満げな幼女そのものの表情で、朱音に治癒魔術をかける丈瑠を睨む。

 そんな顔は年相応なのに、口から出る言葉はその限りじゃない。


「国を滅ぼす方法なんていくらでもあるけど、一番手っ取り早いのはやっぱり、全部消しちゃうことだよね」

「だから、そんなことはローラたちがさせないってッ!」

「遅いよエリュシオン。鳥さんが言ったでしょ? 準備はもう終わってる」


 次の瞬間。スタジアムの外に、巨大な黒い球体が現れた。


 なんの予兆もなかった。気配も、音も、魔力の動きすら。

 唐突に、突然に。全てを無に帰す黒は無慈悲に現れて。ローグという国を、消し去った。


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