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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
68/117

向き合うと決めたから 2

「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」


 試合開始のゴングと共に、龍太とハクア、二人の声が響き渡る。

 二回戦の時と同じ、速攻でバハムートセイバーに変身し、初手から全力で戦う。そのつもりだったのだが。


「させない……!」

「なっ……!」

「うそッ⁉︎」


 いつもの光の球体に包まれるよりも前に、二本の小太刀を抜いた詩音が、既に懐へ潜り込んでいた。斬撃を躱すために手を離す他なくなり、バハムートセイバーへの変身が中断される。

 迷いのない詩音が狙うのは、ドレスのスカートに隠されたナイフを抜いたハクア。小太刀とナイフがぶつかり、甲高い金属音を鳴らした。


「お前が……りゅうくんをおかしくしたんだッ……!」

「ハクア!」


 割って入ろうとすれば、直前で魔力弾が飛来した。一回戦、二回戦と傍観に徹していたヘルの攻撃だ。


「あなたの相手は、この老ぼれが努めましょう」

「リュータ、わたしは大丈夫だから!」

「余所見、するなぁ……!」

「くっ……」


 詩音の猛攻に少しずつ後退していくハクア。最善はそのまま十メートル以上離れてくれることだが、その余裕があるかどうか。

 なさそうなら龍太からさらに距離を取ればいいだけだ。フィールドの端へ目掛けて駆け出し、目測で十メートルを測る。


 しかし、目の前にいきなり壁が現れ、急ブレーキせざるを得なかった。


「なんだこの壁⁉︎」

「バハムートセイバーに変身するつもりのようですが、そうはさせません」


 読まれている。いや、当然か。バハムートセイバーの力は、この大会ですでに二度も見せつけている。そうでなくとも、詩音とヘルの目的を考えれば、あるいはハクアの語ったヘルの正体が本当なら、警戒されるのは当たり前の話だ。


「白龍様には悪いことをしますが、これもウタネ様のため。あの様子だと、早々に決着もつきそうです」


 横目で見やった先には、ドレスの至る所を斬られ、肩で息をするハクアが。物理ダメージは精神ダメージに変換されるから、血は流れていないものの、この短時間でもう追い込まれている。

 ハクアが得意とするのは遠距離からの銃撃だ。ナイフを忍ばせているとは言っても、あそこまで肉薄されてしまえばあまりにも不利。同じドラゴンなら、身体能力のアドバンテージもない。その点を見ればむしろ、詩音の方が上だ。


 けれど、ハクアが大丈夫だと言ったのだ。

 なら龍太は、彼女を信じて目の前の相手に集中する。


「おや、助けに向かわないのですかな?」

「助けに行ったら、背中を撃つつもりだろ」

「よく分かっておいでで」


 ヘルが右腕を軽く掲げると、やつの周囲に鋭く尖った杭のようなものが出現した。魔力の動きは感じられない。ならあれは、あいつが持つ異能、龍の力だ。

 おそらくは、いきなり現れたこの壁も。


 右腕を龍太へ向けると同時、杭が全て射出される。当たりそうなものだけを剣で弾き、ヘルへと距離を詰めた。

 やつはまだ離れた位置にいる。このままヘルとの距離が縮まれば、自然とハクアとの距離も離れる。バハムートセイバー強制起動の条件を満たせる。


 だが、そう簡単にはいかない。放たれる杭の弾幕が厚くて、中々前へ進めないのだ。被弾することはないが、それも足を止めて対処しているから。

 この際多少のダメージは覚悟で突っ込むかと、そう考えていた矢先。


「リュータ、危ない!」

「……ッ⁉︎」


 ハクアの声が届き、気がつけば、詩音が目の前にいた。どこから現れたのかとか考えるよりも前に、身体は反射的に動く。左右から襲いかかる二本の小太刀を強化された脚力で跳んで躱し、距離を取る。ハクアもすぐに駆け寄ってきてくれたが、脳内は驚愕に染まっていた。


 一体いつの間に? どこから現れた? さっきまでハクアと戦っていたはずだ。それは直前にも確認している。

 思えば、試合開始直後もそう。互いにかなり離れた位置からのスタートなのに、一瞬で距離を詰められた。ただ速いだけなら、残像が見えたりするものだ。それは朱音がいい例だろう。

 だが詩音は残像すら残さず、気がつけばそこにいた。動いたことも察知されずに。


「気をつけてリュータ。あの移動方法、なんらかの能力によるものだわ」

「だろうな……空間転移って感じじゃなさそうだし、瞬間移動系か?」

「縮地とも少し違うわね……空間を跳んでるわけでもない……戦いながら見極めるしかなさそうよ」


 詩音が容易く距離を詰めてくることで、安易に変身しようとすることも難しい。しばらくはこのまま戦うしかなさそうだ。

 背負ったままだったライフルを構えたハクア。援護は任せて前に出ろ、ということだ。

 ならばお言葉に甘えて、短縮された詠唱を口にする。


「集え、我は疾く駆けし者!」


 概念強化を纏い、強く大地を蹴る。迎え撃つのは、二本の小太刀を構えた幼馴染。剣と剣がぶつかって激しい音を鳴らし、全力で腕を振り抜いた龍太が、詩音を後方へ弾き飛ばした。


『Reload Vortex』


 そこへ、ハクアのライフルから放たれた光弾が迫る。音速で飛来する光弾を阻んだのは、突如出現した壁だ。激突すると同時に巻き起こる斬撃の渦がその壁を斬り刻むが、破壊には至らない。


 ヘルのこの能力は非常に厄介だ。物質創造系の能力だろうが、壁にしても先程の杭にしても、創り出すまでの時間的なラグが一切生じない。瞬きよりも早く、気がつけばそこに作られている。


「死ねっ……死ねぇっ!!」

「くそッ、詩音……!」


 そして、詩音の正体不明な移動能力。壁越しでも関係なく目の前に瞬間移動してきた彼女は、両手に持った小太刀を何度も振るう。


 一撃一撃が重い。でも、重いだけだ。

 ジンのような得物の重量によるものでも、朱音やルシアのような技術によるものでもない。ドラゴンの身体能力に物を言わせたゴリ押し。動きも単調で、しっかり目で追えている。剣術も体術も龍太以上に素人のもの。

 ならば付け入る隙はいくらでもある。桐生朱音直伝の概念強化を纏っているなら、なおさらに。


 右の小太刀を剣でうまく受け流し、間髪入れず首を目掛けて振われる左の小太刀は、素早くしゃがんで躱す。


『Reload Explosion』


 すると背後のハクアから射線が通って、詩音の眉間を光弾が穿った。直撃、爆発。

 そのまま後ろに吹き飛ぶ詩音と、爆風の勢いに乗ってハクアの元まで下がる龍太。


 いつまでも膠着した戦況のままでいるわけにはいかない。打破するためにはやはり、バハムートセイバーに変身するしかなかった。


「ハクア!」

「っ、だめリュータ!」


 ヘルの放った杭が二人を襲い、回避に専念せざるを得なくなる。かと思えばまと詩音が至近に瞬間移動してきて、そちらの対処にも追われる。

 小太刀を受け止め鍔迫り合っていると、不意に、詩音が空を見上げた。釣られて龍太も頭上をチラと見ると、雲に隠れていた太陽が顔を覗かせる。

 苦しげな表情を浮かべる詩音。なぜかは分からないが、それは明確な隙だ。力一杯剣を振り抜き、大きく後退した詩音へ向けて術式を構築、魔術を放つ。


剣戟弾闘(ブレイドバレット)!」


 魔力で形作られた三本の剣が、勢いよく射出された。龍太が生身の状態でも使える、数少ない魔術のうちのひとつ。ゆえに自身のある魔術でもある。

 二本はなんとか両手の小太刀で防いだ詩音だったが、残る一本が腹を掠める。


 痛みで表情を歪めこちらを睨む詩音に、たしかな違和感が。

 なぜ、あの瞬間移動能力を使わなかったのか。あれを使えば、龍太の魔術を避けることなど造作もないはずなのに。


 発動条件はなにかと思考を巡らせて、すぐにひとつの答えへ思い至る。


「もしかして、影か?」


 太陽が出た瞬間に空を見上げていた。もしそれが、雲の影がなくなったからだと考えると、合点がいく。


「そう、だよ……私は、影隠龍……影の上なら、私はどこにだっていけるの……!」


 影、と言っても、果たしてどの程度の能力なのか。例えば先程までは、フィールド全体が雲の影に覆われていた。当然だが、いくつもの雲が重なり一つの影となっていたわけだが、詩音の移動能力は影の本体側、つまり雲自体に依存しているのか、あるいは影の側に依存しているのか。


 ともかく、同じ影の上なら瞬間移動できる、ということだけは分かった。だったら、太陽が顔を出している今のうちに勝負を決めるべきだ。


 大地を強く蹴り、一気に詩音へ肉薄する。袈裟に剣を振るうと、またしても、詩音の姿が消えた。

 太陽はまだ出ている。影はフィールドに立つ四人それぞれのものだけだったはず。


 驚愕で一瞬頭が真っ白になっていると、背後からハクアの声が。


「さっきとは違うわリュータ! 影に潜ってる!」


 まさかと視線を下にやると、黒い何かが地面を這って移動していた。詩音が自分の影に潜ったのだ。

 そのまま龍太の股下を通り、背後へ。

 振り返ると、影から黒い刃が突き出して、脇腹を抉る。


「ぐッ……!」

「リュータ!」


 咄嗟に身を捻ったことで、直撃は免れた。血は流れなくても、痛みは生じる。おまけに精神ダメージに変換されているせいか、身体が一気に重くなった。

 なんとか態勢を整えようと後ろに退がるが、影から飛び出した詩音の斬撃に阻まれる。それ自体はなんとか防いだものの、そこからまた二本の小太刀による乱撃。


 ハクアが隙を見て射撃で援護しようとするが、横からヘルが阻む。


「邪魔をしないで、ヘルヘイム!」

「おや、やはり白龍様には見抜かれていましたか。最初にお会いした時は、お気づきになられていない様子でしたが」


 苛立たしげなハクアに対し、ヘルは慇懃な態度で応じる。


 ヘルヘイム。それが、ヘルと名乗ったドラゴンの本名。同時にその名は、また別の大きな意味を持つ。


「そうね、最初は気づかなかったわ。()()()()()()()()()()()()()()()()。けれど、()()()はあなたを知っていた」

「ほう、なるほど? どうやら随分と、複雑な事情がおありの様ですね、白龍様」

「白々しいわね。あなたこそ、わたしの事情は最初から気づいていたのでしょう、青龍ヘルヘイム」


 漏れ聞こえて来る二人の会話を理解することは、今の龍太では叶わない。

 ただひとつ分かるのは、試合開始前にもハクアから聞いたヘルの正体。


 現代において五色龍と呼ばれる、古代のドラゴンの一体。ドラグニアの古代遺跡でハイエルフから、復活して赤き龍の仲間となったと聞いていた、新しい敵。


 青龍ヘルヘイム。

 赤き龍や白き龍と同じ、伝説に語られる存在だ。


 詩音が一度距離を取り、ヘルの隣に並ぶ。龍太もハクアの元へ下がり、状況は振り出しに戻った。


 正体を言い当てられても、青龍の表情は笑みを作ったままだ。そこから彼の真意は読み取れず、何を考えているのか分からない不気味さがある。


「ヘルヘイム、あなた、なにを企んでいるのかしら?」

「企むなどとは人聞きの悪い。私はただ、ウタネ様のお力になりたいと思ったまでです」

「ふざけんなよ……お前らスペリオルが、詩音の味方だと⁉︎ どの口が言ってやがる!」

「アカギリュウタ殿、あなたこそ、よくそんなことが言えますね」

「んだとテメェ!」


 やれやれ、と言いたげに肩を竦めるヘルヘイム。怒りのままに突撃しそうになる龍太を、ハクアが肩を掴んで止めてくれる。


「聞けば、ウタネ様はあなたを庇ってこの世界へ来たというではありませんか。その献身を無為にするようにあなたもこちらの世界へ来て、その上レイジ様を殺し、自分はドラゴン化を免れて白龍様に保護されている。そんなあなたがなにを言おうと、無駄なのですよ」


 言葉に詰まる。ヘルヘイムの言うことは、全て変えようのない事実だ。

 それは分かっている。だから龍太は、それらの罪を全て背負って、それでも前を向いて進むと決めた。


「詩音、分かってるのか? そいつは、この世界を壊そうとしてるやつの一味なんだぞ!」

「そんな、こと……どうでもいい……私には、関係ない、でしょ? だって、私はこの世界の人間じゃ、なかったんだから……」

「だからって、そんな奴の力を借りる必要なんてないだろ!」

「うるさい! 私、は……っ! りゅうくんに、復讐できるなら! なんでもいいのッ!!」


 ダメだ、と。ことここに至って、赤城龍太はようやく理解した。

 どこかに、詩音と和解できる道があるはずだと思っていたのだ。玲二を殺したの俺だから、昔のようにとは決して言えないけど、それでも。

 大切な幼馴染と敵対しなくてもいい道があるのだと、信じていた。


 そんなものはなかった。


 龍太と詩音は、この世界に来てしまったその時から、こうして戦うことを決定づけられていたんだ。


「いいよ、りゅうくん……変身、してよ……私は、私たちは、その上で、倒す。りゅうくんを……バハムートセイバーを……!」


 憎悪の炎が、前髪に隠れた瞳の奥で揺れている。決して誰にも消すことのできない、仄暗い炎が。

 その炎を、知っている。

 復讐者を名乗る者が瞳に宿す、その光を。


 それはきっと、誰にも消すことができないものだ。彼ら自身が納得するまで、消えることが許されない光。


「……ハクア、やろう」

「ええ」


 だから、戦うしかない。

 その光から、目を逸らさないために。


「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」


 手を繋いだ二人が光の球体に包まれ、弾けて割れる。現れるのは純白の鎧に赤いラインを走らせた仮面の戦士。

 バハムートセイバーフェーズ2だ。


 腰の剣を抜いて構える。

 復讐者と相対した正義の戦士は、仮面の奥で静かに息を吐く。


「来いよ詩音。お前の気持ちは、全部受け止めるって決めてるんだ!」

『その上でわたしたちは、あなたたちに勝つ。そして目を覚まさせてあげる。あなたは、そんなやつに利用されていい子じゃないわ!』

「うるさいうるさいうるさい!! 今日、ここで、私は……! れいくんの仇を取るんだッッッ!!!」


 黒い影の魔力を纏った少女と、純白の輝きを放つ戦士が激突した。

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