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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
67/117

向き合うと決めたから 1

「朱音さん! 丈瑠さん! 大丈夫だったんすか⁉︎」


 控室に戻ってきた朱音と丈瑠の二人を出迎えた龍太。途中からテレビの中継も映らなくなり、外の状況が全く分からなかったのだが。

 ケロッとしている二人を見るに、どうやらなんとかなったみたいだ。


「大丈夫大丈夫。ちょっとヤバいのが出てきたけど、私たちにかかれば余裕だったよ」

「というか、あれはなんだったのかしら?」


 小首を傾げるハクアと同じく、龍太も朱音たちが戦っていたやつがなんなのか、全然理解できていない。

 ティンダロスと呼ばれていた黒衣の男。やつの全身から青い粘液みたいなのが出てきたのは見た。その後すぐ、控室で一緒に中継を見ていた桃がテレビを消し、部屋に封印を施して緋桜と二人で出て行ったのだ。


「あれはティンダロスの混血種。龍太くんはクトゥルフ神話って知ってる?」

「まあ、聞いたことくらいは」


 たしか、テーブルゲームのテーマになってたりするやつだった気がする。龍太の持っている知識はその程度だ。


「あれはクトゥルフ神話に語られる存在のひとつ。ティンダロスの猟犬っていうのがいて、そいつに汚染された人間が混血種と呼ばれるものになっちゃうの」

「猟犬は普段、とがった時間って呼ばれる別の次元に存在してる。なにかの拍子に、こっちの世界に迷い込んだんだろうね。クトゥルフに出てくる存在は基本的に、僕たち霊長類の理解の外にいるから、詳しいことは分からないけど」


 とにかく、ヤバいやつが出てきてたということは分かった。

 そんなやつを涼しい顔して撃退してきたのだから、龍太にとっては朱音も丈瑠も同じヤバいやつカテゴリだ。口に出したら怒られそうだけど。


「で、ここからは伝言。この場にいるみんなにね。今、急ピッチで結界の修復を始めてるから、選手は暫く待機。自由に動いてていいけど、アナウンスの聞こえるところにいてくれだってさ」


 部屋にいる選手たちそれぞれが返事して、殆ど全員が一度控室を出ていった。龍太たちの対戦相手、詩音とヘルの二人も、部屋を出る。

 声はかけずその背を見送り、空いたソファに腰掛ける。


「ていうか、そんな直ぐに再開できるもんなんすね」

「フィールドの結界が壊されたのでしょう? 観客たちに被害はなかったのかしら?」

「ゼロってわけじゃないけど、死傷者がいるわけでもない。混血種の咆哮で観客のほぼ全員が発狂してたけど、今は落ち着いたし、ローラが薬を持ってきてくれたから」


 幸いにして、龍太たちはその咆哮を聞いていない。なるほど、桃が咄嗟にテレビを消したのは、ここにまで被害が広がることを食い止めるためだったか。


 現在はギルドの魔導師総動員で対処に当たり、ローラが速攻で作ってきてくれた薬で観客たちも落ち着いているらしい。

 なにより、死者が一人も出なかったのは本当によかった。


「咆哮を聞くだけで発狂って……改めてとんでもない相手だったのね……」

「まだマシな方だよ。姿見ただけで発狂して死んじゃうようなのもいるからね、クトゥルフには」


 肩を竦めてため息を漏らす丈瑠は、相手がティンダロスの混血種であったことに安堵しているようだ。


 実際、ティンダロスの混血種はクトゥルフ神話に出てくる中でもかなり御しやすい相手だ。素材が人間のためにこちらの物理法則が通用するし、ここが異世界だからか、今回の個体は力の全てを使えていたわけでもなかったらしい。

 触れたらアウトの粘液と、聞くだけで人を発狂させてしまう咆哮。殺し切るには時界制御が必要と、厄介なのはその三点のみだったようだ。


 クトゥルフ神話に興味を持ったのか、ハクアが二人から色々と聞いていると、控室の扉が勢いよく開かれた。

 四人揃ってそちらに首を向ければ、この国の龍の巫女、ローラ・エリュシオンが。


「お姉ちゃん! 大丈夫だった⁉︎」


 忙しなく朱音のもとへ駆け寄るローラ。それを優しい笑みで迎えた朱音は、ローラの頭をあやすように撫でる。


「心配しすぎだって。ローラこそ、急に薬を頼んじゃったけど、疲れてない?」

「ローラは大丈夫だよ! アイドルは弱音を吐かないもん!」


 どうやらローラは、朱音が混血種を倒して一連の報告を受けた後、急いで薬を作ったらしい。それも、観客全員分。

 木龍の力はあらゆる植物の創造。転じて、どのような薬でも作ることができる。


 今回は発狂した観客たちを治すための薬を作ったというわけだ。

 まさしく木龍の巫女の面目躍如といったところだが、いくら龍の巫女とは言え、力の連続使用は相応の負担があるだろう。

 それでもローラは、疲労を一切感じさせない笑顔を浮かべている。


「一応薬は何個か余ってるけど、リュウタお兄ちゃんたちは大丈夫だった?」


 虚空から取り出すのは、液体の入った小瓶。それがローラの作ってきた薬だろう。

 ていうか、当然のように何もないところから取り出したけど、それって必須スキルなのだろうか。


「ありがとな、ローラ。俺たちは大丈夫だよ」

「モモとヒザクラがすぐに未然に対処してくれたお陰で、控室にいた選手たちはみんな無事よ」

「そっか、なら良かったんだよ」


 ホッと胸を撫で下ろし、小瓶をまたどこかへ消す。

 ローラがここへやって来たのは朱音の心配もあっただろうが、龍太たちに薬を届けに来たのが一番の理由だったのだろう。本当に優しい子だ。


「それじゃあ、ローラは行くね! この後、みんなを元気づけるために何曲か歌ってくるんだよ!」

「まだ働くのか? ローラもちょっと休んだほうがいいだろ」

「違うんだよ、リュウタお兄ちゃん。働くんじゃない、ただローラのやりたいことをしてくるだけなんだよ」


 数日前、ローラ自身が言っていた。

 アイドルの役目は、みんなに笑顔を届けることだと。

 そしてローラは、誰に強制されたわけでもなく、ただ自分がそうしたいから、アイドルとして生きている。


「ローラはアイドルだから。不安に怯える人がいるなら、怖くて蹲ってる人がいるなら、立ち上がって前を向くために背中を押してあげる。それが、ローラの生き甲斐なんだよ」


 そこにたしかな誇りを宿し、まるで十四歳の少女とは思えぬ覚悟と決意で、ローラ・エリュシオンは誰かの偶像となる。


 龍太には、正義のヒーローには真似できないやり方だ。不安に怯える人や、怖くて蹲ってる人。龍太は彼ら彼女らを元気づけてやることなんてできない。

 立ち上がらせることも、前を向かせることもできず、言い方を選ばずに言うなら、弱者だと決めつけ守ることしかできないのだ。


 龍太の住んでいた世界で言えばまだ中学生、二つも歳下の少女が、とても眩しく見えた。


「それじゃあ行ってきます! ローラの即興ライブ、ちゃんと見ててね!」


 元気よくそう告げて、ローラは転移でどこかへと姿を消した。

 彼女がなんと言おうとやはり負担や疲労が心配になってしまう龍太に、テレビをつけた丈瑠が告げる。


「ローラのこと、見守ってあげてくれないかな」

「いや……別に、止めるつもりはなかったっすよ」

「でも、心配なのには変わりないでしょ? 僕も朱音もそれは同じだけど、これはあの子がやりたいことだからさ」


 テレビの向こうでは、フィールドの中心に現れたローラが観客へ向けて元気な声で呼びかけていた。

 暫くしてからアップテンポの曲が流れ始める。息を切らさず、一つのミスもなく歌って踊るローラは、どこから見ても完璧なアイドルだ。


 本人が言っていた通り。色んな人の背中を押して、立ち上がって前を向いてもらうために。精一杯の感情をダンスと歌声に込めている。


「それに、ローラはもう一人前の巫女でもあるんだ。いつまでも僕たちが守ってあげるような存在でもないし、きっと本人がそれを望まない。それでも誰かの助けが必要な時があれば、その時こそ、ヒーローの出番だと思うよ、僕は」


 見透かされた言葉に、僅かな羞恥心が湧く。でも、丈瑠のその言葉はストンと胸に落ちた。

 ヒーローとアイドルは全く違う存在で、だから当然できることもやるべきことも全く違う。けれど、だからこそ、お互いにお互いが必要な時があるはずだ。


「ひとまず今は、ローラの歌で試合前の英気を養ってれはいいんじゃない?」

「そうね。これで力が湧いたって言えば、きっとローラも喜ぶと思うわ」

「だな」


 朱音とハクアからも続けてそう言われ、龍太は頬を綻ばせて頷いた。

 次の試合は、決して負けられない戦いになる。覚悟も決意も十分してきた。だから後は、さらに万全の状態で臨めるように。

 可愛いアイドルの歌とダンスに、背中を押してもらうとしよう。



 ◆



『大変長らくお待たせいたしました! 第一試合でまさかまさかのハプニングがあったものの、みなさんローラ様のライブですっかり元気になられたでしょう! 間も無く第二試合が始まります! アカギリュウタ&ハクアペア対! シノノメウタネ&ヘルペア! クローディア様が個人的に注目しているというリュウタ選手とハクア選手の試合です!』

『詳しいことは知らねえが、どうも相手とは因縁があるらしいぜ。リュウタにとっては余計負けられない試合ってわけだ。ま、それはシノノメウタネの方も同じだろうがな』

『両者闘志は十分ということでしょう! これまでの試合を振り返ってみますが、リュウタ選手とハクア選手は、二戦連続で見事ジャイアントキリングを成し遂げました! 一回戦のルシア陛下とシルヴィア魔導師長、二回戦のハイネスト兄妹を、バハムートセイバーの力で退けております! 二戦とも非常に素晴らしい試合でした!』

『一回戦はまあ、相手に勝つ気がなかったってのもあるだろ。だが二回戦は正真正銘優勝候補の一組でもあったからな。こいつは誇っていい結果だ』

『対してウタネ選手とヘル選手ですが、こちらはある意味リュウタ選手たちとは対象的! ウタネ選手の圧倒的な力で敵を捩じ伏せ、目を覆いたくなるような結末を見せていただきました!』

『このペアは未知数なところが多すぎる。まだまともに魔力を使ってないって点に関して言えば、二回戦までのアカネと似たようなもんだ。ヘルに至っては、そもそも戦ってすらいねえ。こいつがどう動くか、どこまでやれるかによって、結果は変わるだろうな』



 ◆



 ローラの行った即興ライブの効果は大きかった。つい一時間ほど前までは死屍累々としていたらしい観客席は、今やこれまで同様の熱気を取り戻している。

 もちろんローラの作った薬がまずあってのことだろうけど、それでもここまでの盛り上がりを見せているのは、やはりアイドルの存在があったからだ。


「ローラはさすがだな」

「ええ、誰にも真似できることじゃないもの。尊敬するわ」


 フィールドへ上がる直前。すぐそこの入り口から聞こえてくる歓声を前に、龍太とハクアは一度足を止めていた。

 怖気付いたわけじゃない。そんな生半可な覚悟で今日は迎えていない。


 戦いの場へ赴く前に、己のパートナーへはっきりと伝えておきたいことがあるから。


「ハクア。この試合は、ただ優勝を目指してってだけじゃないし、ましてや正義のヒーローとしての戦いってわけでもない。完全に俺の都合で、俺が俺自身のために戦う試合だ」


 幼馴染との確執。

 彼女の憎悪を、全て受け止めるために。己の罪と向き合うために。


 これから始まるのは、そういう戦いだ。


「それでも──」

「それでも、わたしは一緒に戦うわ」


 先回りして告げられた言葉に、美しい微笑みが添えられる。

 胸の内から言いようのない嬉しさが込み上げてきて、ほんの少し、鼻の奥がツンとした。


「リュータはわたしにとって、正真正銘のヒーローよ。誰がなんと言っても、それだけは絶対に変わらない。そして、あなたがこれからヒーローになるために、大切な一歩を踏み出すというなら。わたしは、リュータの隣に立って、一緒に戦う。リュータの罪は、わたしも背負う」


 幼馴染の真実を告げられ、目的も理由も全てが失われたかと思った中で。

 それでも唯一、龍太の中に残ったハクアの存在。それが今の龍太の、戦う理由。


 ハクアが隣にいてくれるなら。ハクアが、俺をヒーローだと言ってくれるなら。


「ありがとう」

「お礼はいいわ。わたしたちは一心同体、二人で一人なんだもの」


 それはなんの比喩でもなく、本当に二人で一人だから。魂を共有した二人だからこそ。


「さあ行きましょう、リュータ」

「ああ、行こうハクア」


 二人並んで、歓声の下へ歩き出す。空は僅かに雲が多く、快晴とはいかないか。

 フィールドの中央には既に詩音とヘルの二人がいて、龍太とハクアのことを待ち構えていた。

 意外にも、と言うべきか。あちらには試合前に対話する意思があるらしい。


 一歩進めるたび、心臓が早鐘を打つ。どれだけ覚悟を決めて臨んでも、やはりいざこの場に立てば、揺らいでしまう自分がいる。

 けれど隣に立つ純白を意識すれば、それもすぐ収まった。

 立ち止まり、向かい合う。


 東雲詩音。

 今も変わらず、龍太にとって大切な幼馴染。だけど、彼女から見た龍太は、もう違う。


「りゅうくん……やっと、この日が来たね……」

「ああ」

「れいくんの、仇を……バハムートセイバーを、この手で倒す日が……!」

「……そうだな」


 前髪が風に揺れて、その奥に秘された瞳が露わになる。怒りと憎悪に支配されたその目が、龍太とハクアの二人を強く睨んでいる。


 その目を、怒りを、憎悪を、正面から受け止めて。

 大切な幼馴染に、告げる。


「俺は負けないよ、詩音。こんなところで立ち止まるわけにはいかない、戦う理由があるから」

「私と、れいくんは……どうでもいいって、言うの……?」

「違う。知らなかったって言っても……あのドラゴンを、玲二を殺したのは、俺だ……その事実を否定するわけにはいかない。だから、お前に恨まれることも、その罪も、全部抱えて歩くって、決めたんだ」


 今日のこの試合は、そのための第一歩。

 これからも、正義のヒーローとして戦い続けるため。全部背負っていくために。


「どうして、りゅうくんは……そんなにっ……!」

「ウタネ様、もうよろしいでしょう。そろそろ時間です」


 今にも怒りを爆発させそうな詩音を遮ったのは、傍に立っていた青髪の老人。ドラゴンのヘル。

 彼に諌められて落ち着いたのか、詩音はそれ以上なにも言わず、踵を返して所定の位置に戻る。恭しく一礼したヘルも詩音に続き、ハクアはジッと、老人の背中を見つめていた。


「リュータ、やっぱりあのヘルっていうドラゴン、気をつけた方がいいわ」

「会ったことがあるかも、って言ってたよな?」

「ええ。わたしの記憶がたしかなら……彼はヘルなんて名前じゃない」


 二人も所定の位置へ向かいながら、あちらには聞こえないように小声で話す。ヘルは言わずもがな、詩音ももうドラゴンだ。人間よりもよほど発達した聴覚は、この距離であっても声を拾われるだろう。


 手招きされて少し戸惑いながらもハクアの口に耳を寄せれば、吐息が耳朶を撫でた。しかし続けて聞かされたのは、そんなことが吹き飛ぶほどの事実で。


「……本当か? だったらもしかして、詩音は」

「そのもしかして、で間違いないと思うわ」


 所定の位置につき、離れた位置で向かい合わせに立っている詩音の姿を見つめる。

 ハクアの言うことが本当なら、戦う理由がもう一つ、増えてしまった。


 どちらからのもなく手を繋ぎ、互い違いに指を絡める。ギュッと強く握って、少しだけ低い体温を感じながら。力強く言った。


「絶対勝とう」

「ええ」


 太陽が雲に隠れた。高らかに、試合開始を告げるゴングが鳴り響く。

 今までのどの戦いよりも負けられない一戦が、始まった。

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