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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
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桐生朱音の怒り 3

「報告します。ローグに持ち込んだカートリッジ七千発、全て桐生朱音によって処分されたとのことです」


 部下のヒスイから聞かされた報告に、フェニックスはため息を禁じえなかった。

 ただでさえ警備の厳しい王都、魔闘大会中とあれば更に目が多い中。外部組織と連携してようやく持ち込んだのに、こうも簡単に看破されてしまうとは。

 やはり、外に頼ったのが良くなかったか。全てスペリオル内部だけで回せれば情報漏洩もなかっただろうが、組織は人手が足りていない。


「そうですか……予備のプランは進んでいますね?」

「抜かりなく」


 ただ、フェニックス個人としては、この計画が破綻してホッとしているところもある。

 ローグ王都に集まった人々を、無差別にスカーデッドへ変える計画。

 果たしてそれが、本当に世界の変革へ繋がるのかと、抱いてはいけない疑問が頭の中から消えなかったから。


 上の考えを全て聞かされているわけではなく、部下や外の下部組織からは失敗ばかりを聞かされる。中間管理職のつらいところだ。


 目の前で跪く部下を見て、再びため息が。

 アカギリュウタの元へ潜り込ませていたスパイ。この組織において、数少ないスカーデッド以外の構成員。

 彼女の境遇を、フェニックスは憐んでしまう。パートナーの人間を生き返らせるという言葉に釣られて、無理矢理協力させているのだ。


 それも正しいことと思えないのは、些かあのヒーローに思考を毒されすぎているか。


「鳥さん、進捗はどう?」


 背後から声をかけられ、咄嗟に跪く。

 現れたのは黄色い髪の年端もいかない少女。だがその正体は、古代から存在している五色龍の一体。

 黄龍ヨミ。

 フェニックスは現在、彼女直属の配下となっている。人間態の今は幼い少女の見た目でも、その気になれば国の一つや二つ、容易く落とせてしまう強力なドラゴンだ。


「芳しくありません。カートリッジは全て敵に処分され、現在予備のプランへ移行しています」

「そっか、残念」


 ちっとも残念と思ってなさそうに肩を竦め、そうだ、となにかを思いついたように言葉を吐き出す。


「今からローグに行こうか」

「は?」

「不満?」

「いえ、不満などではなく……少しお待ちください黄龍様。あなた様はスペリオルにとって大事な身、ローグには現在、多くの実力者が揃っています。御身であっても無事に済むとは限りません!」

「鳥さんは、私がこの時代の魔導師ごときに負けるって、そう言いたいの?」


 小さな体から、膨大な魔力が発せられる。

 全身が恐怖で震えた。顔を上げられない。出過ぎたことを言いすぎたかと後悔するが、一度吐き出した言葉を取り消すこともできない。


「滅相もありません……」

「そ? ならいいよね」

「し、しかし……っ、ローグには現在、青龍ヘルヘイム様もいらっしゃいます!」

「おじいちゃんもいるの? でも鳥さんの言う通りなら、おじいちゃん一人より私もいた方がいいよね?」


 無理だ、止められない。

 黄龍のわがままは今に始まった事ではないが、これは予備のプランも見直す必要が出てくるかもしれない。

 三度のため息を落とし、フェニックスはもう色々と諦めた。


 せめて、バハムートセイバーがこの苦境を生き残るよう祈っておこう。

 奴を倒すのは、このフェニックスなのだから。


「エルドラドもいるみたいだし、久しぶりにみんなで集まれるね」



 ◆



 今日も今日とて眩い晴れ空の下、魔闘大会三回戦が始まる。

 その第一試合に臨む朱音と丈瑠は、フィールドの中心で対戦相手と向かい合っていた。


「ヒ、ヒヒッ、初めまして、キリュウアカネ、ヤマトタケル。一昨日は俺の友達が、世話になったみたいだな。ヒヒヒッ」

「やっぱりお前たちの差金だったか……」


 不気味な笑みとしゃがれた声のモヒカン男は、二人の全身を舐めるように見つめている。一昨日、イブと別れた後に襲ってきた集団は、やはりこいつらの差し向けた刺客だったらしい。

 一回戦から既に裏工作を行っていたペアだ。特に驚くことはないが、本人たちの口から堂々と聞かされると、辟易としてしまう。


「まさか、全員殺しちまうとは思わなかったぜ、ヒヒッ、いいのか、アイドルがそんなことしても?」

「いいも悪いもないでしょ。私、アイドルじゃないし」


 そもそも、先に殺しに来たのはそっちのお仲間なのだから、返り討ちに合えばそりゃ殺されて当然だろう。


 この二人についてはある程度調べがついている。

 モヒカン男がウルドラ、その後ろに無言で佇む黒衣の男がティンダロスという名だ。どちらも傭兵としてというより、暗殺者として名を挙げた者。名前が知られている挙句こんなところに出てくるのは、暗殺者としてどうかと思うが。

 そして警戒すべきはモヒカンではなく、黒衣の男だ。名前からしてもう嫌な予感がする。


「ヒヒッ、そうかそうか。ならひとつ、忠告しておいてやるぜ」


 ウルドラの視線が、一瞬朱音たちから外れる。その背後を見て、ニヤリと下卑た笑みが浮かべられた。


「観戦しているお仲間が大切なら、下手な抵抗はしないことだな。ヒヒヒヒッ」

「ちッ……」


 言葉の意味を理解して、舌打ちを一つ。

 どうやら、観客席に紛れてやつらの仲間がジンとクレナ、アーサーとエルを狙っているらしい。恐らくだが、控室にいる龍太とハクアも、何らかの方法で狙われているだろう。

 面倒な真似をしてくれたものだ。彼らがそう簡単にやられるとは思えないが、なにをしてくるのか分からない不気味さもある。万が一、ということも考えると、たしかに下手な真似はできなくなった。


「俺の合図ひとつで、いつでもお仲間と永遠にさよならできるんだ。分かってるな?」

「いっそ清々しいね」

「褒め言葉だぜ。さあ、正々堂々とやり合おうか」


 どの口が宣うのか。呆れて反論する気も起きず、朱音は踵を返す。


「アーサー、今の聞いてた?」

『もちろんだ』


 会話の途中から通信を繋いでいたアーサーに、丈瑠が問いかける。力強い返事がとても頼もしい。

 控室にいる龍太とハクアに関しても大丈夫だろう。今日からは試合数が少ないから、今日試合を行うペアは既に全員が控室にいる。つまり、桃と緋桜も一緒にいるのだ。あの二人がついてくれていれば、万が一はあり得ない。


「そう言うわけだから、朱音。思いっきりやっちゃっていいよ」

「言われなくても」


 試合前に自分たちを襲ってくるならまだしも、大事な仲間に手を出そうとするなら、絶対に許さない。



 ◆



『さあみなさん、魔闘大会三回戦がやってまいりました! 本日も実況は私、レナトリア・アクアマリンでお送りいたします! そしてゲスト解説には炎龍の巫女、クローディア・ホウライ様をお招きしました! よろしくお願いします、クローディア様!』

『つまんねえ試合するようなら帰るぞ』

『ご安心ください! 本日行われる三回戦、どのカードも見応え満点でございます! クローディア様は注目しているペアはいますでしょうか⁉︎』

『今年もしつこく残ってやがる異世界組だな。魔女が珍しく本気らしいじゃねえか。それに対抗できるのは、アカネとタケルくらいのもんだろうぜ』

『やはりその二組ですか! では他のペアはどうでしょう!』

『個人的には、リュウタと白龍のやつには頑張ってもらいたいところだな。ノウムに来た時に面倒見てやってんだ。バハムートセイバーが果たしてどれだけやるようになってるか、オレ以外の巫女も気にしてると思うぜ。つっても、まずは第一試合からだ。アカネとタケルの相手も、舐めてかかったら痛い目を見る』

『ウルドラ選手とティンダロス選手ですね! この二人は傭兵として名を挙げたペアです! 一回戦、二回戦と卑怯な……失礼、巧みな手口で突破しております! これまで圧倒的な力を見せつけたアカネ選手とタケル選手に勝てる可能性があると⁉︎』

『さて、どうだか。可能性で言っちまえばそりゃゼロじゃねえぜ』

『なるほど、これは楽しみになってきました! では参りましょう! 異世界の魔導師、キリュウアカネ&ヤマトタケルペア対! ウルドラ&ティンダロスペア! 三回戦第一試合、今! ゴングが鳴ったぁぁぁぁ!!』



 ◆



 試合開始のゴングがフィールドに鳴り響く。敵のモヒカン男は腰から幅広のナイフを抜き、不気味で下品な笑顔を浮かべたままだ。


「ヒヒッ、さぁて、どう料理してやろうか」


 やつは勝ちを確信している。なにせ人質を取っているのだ。それがある限り、朱音も丈瑠も手出しできず、それどころかまともに抵抗することもできない。

 と、哀れにもそう思っていることだろう。


「まずはお前からだ、キリュウアカネ。人気爆発中アイドルのお前を、この大観衆の前で! 斬って裂いて剥いでやる! ヒヒッ、ヒヒヒヒッ! お集まりの皆様方はどんな悲鳴を上げてくれるだろうなぁ!!」

「絵に描いたようなド三流の悪党だね。そういうセリフ、どこで覚えてくるの? 是非演技指導をお願いしたいよ」

「ヒヒヒッ、余裕ぶってられるのも今のうちだぜ!」


 ウルドラが一歩踏み出そうとした、その時。

 観客席の一角で、轟音と共に激しい稲光が迸った。


「なっ、なんだぁ⁉︎」

「勝ち方に拘らないのはいいと思うよ。僕もそういうやり方は嫌いじゃない。でも、相手は選ぶべきだったね」

「まさか……!」


 丈瑠の言葉の意図を悟ったのか、ウルドラは焦ったようにどこかへ連絡を試みる。しかしどこからも返答がなかったのか、額から汗を垂らしてもう一度二人を見る。


 腰の鞘から刀を抜き、反対の手に仮面を持った朱音。

 色のない表情は、誰がどう見ても激怒しているものだと理解できる。


位相接続(コネクト)、ドラゴニック・オーバーロード」


 力ある言霊に反応して、虚空から現れた大型拳銃が、七つのパーツに分離する。立ち上る光の柱がその姿を覆い、その周囲を意思を持ったように飛び回る龍具。

 光が晴れて現れたのは、オレンジの瞳を持った仮面と黒いロングコートの敗北者。

 右腕を掲げると、龍具シュトゥルムが鎧となって覆い、背に片翼を作る。


 放たれるのは、圧倒的な魔力と狂気的なまでの殺気。

 ド三流の悪党にとっては死神以外の何者でもない、仮面の敗北者が。

 静かに、言葉を紡ぐ。


「で? あなたは誰の前で、誰に手を出そうとしたのか、ちゃんと分かってる?」

「く、クソがぁぁぁぁぁ!!!」


 やぶれかぶれの突撃。半狂乱に陥ってるウルドラを、朱音は落ち着いて迎え撃つ。

 大振りな袈裟の一撃を右腕の鎧で弾き、軽く蹴り飛ばす。腹を押さえて後退りした敵へ目掛けて、両手持ちした刀に銀炎を纏わせ、縦一文字に振るった。


「ぎゃっ!」

「まだ」


 直撃。ウルドラは膝から崩れ落ちるが、しかし倒れない。物理ダメージが精神ダメージに変換されるフィールド上とは言え、痛みは同等のものが与えられる。縦に真っ二つに斬られたのだから、ウルドラは今の一撃で倒れていなければおかしい。

 首を傾げるのは斬られた本人のみで、仮面の奥からは無機質な声が届くだけだ。


「私の家族と仲間に手を出そうとして、あれだけで済むはずないでしょ?」


 無形の斬撃が幾重にも放たれウルドラの体を八つ裂きにする。が、それでも倒れることは許されない。

 死と同等の痛みだけが襲う。


「あらゆる手でお前を殺して、殺して、殺し尽くして、後悔させてあげる」


 愉しげな笑みが、仮面の向こうから漏れ聞こえた。

 暗殺者、殺し屋として生計を立てていたウルドラには分かる。こいつは、殺人を愉しむ狂ったやつだと。


「い、イカれてやがる……」

「褒め言葉だよ」


 魔法陣が展開され、容赦なく砲撃が放たれた。それでもウルドラは消し炭にならず、倒れることなく、その痛みだけに襲われ、朱音の時界制御により砲撃を受けるよりも前の状態に戻される。


 そこから先は、もはや試合の体を成していなかった。

 斬り刻んで潰して焼いて、その刀と魔術で宣言通り、あらゆる手段を用いてウルドラを殺して殺して殺し尽くす。

 決して誰にも見せることのできない、狂気的に歪んだ愉悦の笑みを、仮面に隠しながら。


「朱音、そろそろやり過ぎだ」


 丈瑠の声にハッとして、目の前に立ち竦む男の様子を見やる。

 気づけばウルドラからはなんの反応もなくなり、光のない目で虚空を見つめているだけだった。


「すみません、丈瑠さん……」

「謝るのはなしだよ。それより、そっちの君は戦わないのかな?」


 先程から一歩も動いていない黒衣の男、ティンダロスへ声をかける丈瑠だが、返事はない。ただジッとそこに立つだけで、目の焦点も合っていないように見える。


 小悪党のウルドラよりよほど不気味なその姿に、二人が警戒していると。


「ヒ、ヒヒヒッ、やっちまえ、ティンダロス。皆殺しにしちまえッ!」


 ウルドラが叫んで倒れたのと同時、黒衣の男の全身から青みがかった膿のような粘液が溢れ出てその姿を覆う。

 人の形を維持してはいるが、常に揺れ動いていて一定しない。絶えず外見が変化しているように見えるが、違う。あれは見え方が変わっているだけだ。


 時界制御の力を持つ朱音にはわかる。あれは、時空間を超越した存在だ。三次元とその上の超次元をまたがって存在している。


 ティンダロスの混血種。

 クトゥルフ神話に登場するティンダロスの猟犬は有名だ。

 悪夢の具現と呼ばれる都市、ティンダロスにいる不死生物。人間を狩る機会を常に伺い、全ての不浄を受け入れ、全ての清浄に飢えるものたち。時空を越える異次元の存在。


 そのティンダロスの猟犬が発している青い膿のような粘液に、人間が汚染された姿。

 それがティンダロスの混血種だ。


「あれはまずい……!」


 あの青い粘液は人間の皮膚に付着すると身体を蝕まれ、やがて死に至る。それでも運良く死ななかった者は、同じく混血種となってしまう。


 このフィールドから出してはならない。

 即座に判断した朱音が、異能を発動させてティンダロスを氷漬けにする。

 動きを止められるのは保って二十秒と言ったところ。その隙に、実況席へ大声を向けた。


「レナトリア! 観客全員避難させて!! 試合どころじゃなくなる、クローディアさんも手伝ってくだ──」

「■■■■■■■■■!!!!!」


 言い切るよりも前に氷が砕け散り、人の脳では理解できない絶叫が響く。

 ガラスの割れるような音がどこかで聞こえたかと思えば、フィールドを覆う結界が壊されていた。


「イブさんの結界を咆哮だけで……!」

「来ますよ、丈瑠さん!」


 やつを中心に、地面を青い粘液が汚染していく。あれに少しでも触れたら終わりだ。空中へ飛び上がって難を逃れる二人だが、広がる粘液の一部が槍の形を持ち、襲いかかってきた。

 そこに一切の曲線は存在しない。直線のみで構成された角ばった鋭い形。

 槍であるならばそれが正しいように思えるが、そんなわけがない。ここが異世界であろうと、人間の生きるこの次元、この時空間が歪曲して存在する以上、完全に直線のみで構成され物質など数学的物理学的にあり得ない。


 それこそティンダロスの猟犬、あるいは混血種の最たる特徴だ。

 とがった時間、と呼ばれる概念が支配する中で生きるやつらは、ここに住む知的生命体には理解できない姿形を取る。


「直線的な分、動きも読みやすいけど!」

「やり難いことこの上ないですが!」


 どこまでも鋭角に折れて追尾してくる槍。丈瑠が砲撃で撃ち落とそうと試みるが、まるで自我を与えられているようにそれを躱し、喉元まで迫る。

 寸前で銀炎を纏った朱音が槍を刀で斬り伏せるが、地上を見てげんなりとした。


「おかわりはまだまだありそうですが……」

「キリがないね、これは」


 チラリと観客席を見やると、どうにもパニックが起きているらしい。先程レナトリアの避難しろという声は聞こえてきたが、それが観客たちの耳に届いているかどうか。


 ある者はその場で蹲り震え、ある者は腰を抜かして動けないでいる。またある者は泡を吹いて倒れ、それらはまだまだマシな方。半狂乱に陥り駆け回り出してるやつらが多すぎる。完全に狂気に呑まれていた。


 クトゥルフ神話に登場する生物や神は、別次元、別宇宙の存在が多い。それらを目にしてしまったここの知的生命体は、余程の者たちでなければこの様に、狂気に呑まれてしまう。死者が出ていないだけマシか。


「あちゃあー、これは見事にSANチェック失敗してる人ばかりだね。みんなちゃんとダイス振ってる?」

「ゲームじゃねえんだぞバカ。あんなもんみたら常人は発狂不可避だっての」

「桃さん! 緋桜さん!」


 軽口と共に空中へ転移してきたのは、黒霧桃と黒霧緋桜の二人だ。来てくれて助かったが、二人はこの後に試合が控えている。

 だから口頭で龍の巫女に援護を頼んだというのに、クローディアはどこでなにをしているのか。


「クローディアなら、結界の再構築に向かったよ。さすがにイブの作った結界だけあって、核まではやられてないみたい」

「あの人、結界の再構築とかできるんですか?」

「出来るから向かってるんだよ。つか、んなこと言い合ってる暇はなさそうだぞ!」


 粘液の海から大量の槍が射出された。四人が空中に散らばり、観客席で動けずにいる者たちへ被害がいかないよう配慮しながら、次々に迫る槍を迎撃する。


 幸いにして、混血種は猟犬と違い攻撃が通る。元はこの次元の人間が素材となっているからだ。だからどうにかして本体を叩ければ手っ取り早いのだが、後ろを守りながらではそれも難しい。


「そういえば桃さん! 龍太くんとハクアはっ、控室から出してませんよね⁉︎」

「当たり前でしょ! この後すぐあの子達の試合なんだから!」

「他の奴らも迂闊に出てこれないよう、五重に封印してるから大丈夫だ!」

「それはちょっとやり過ぎでは……?」

「やり過ぎくらいが丁度いいんだよ!」


 緋色の花びらが360度全方位へ勢いよく放出され、一瞬の隙が生まれる。

 その空隙に、丈瑠と桃、二人の詠唱が重なった。


「「我が名を以って命を下す!」」

「其は永久に狂い万象を焼く炎!」

「其は暗き底から這い寄りし混沌!」


 丈瑠の放った小さな火球が混血種の本体に触れた瞬間、その全身が発火して焼きこがす。続け様にやつの足元から現れるのは、いくつもの触手。

 ティンダロスの猟犬と同等の、名状しがたきナニカ。この宇宙に存在してはいけない、外からの来訪者。


 這い寄る混沌。無貌の神。闇に棲む者。


 それをただの魔術だけで再現してみせた魔女の表情は、しかし浮かないものだ。


「贋作如きじゃ通用しないかな」


 触手は混血種の体を貫いている。だが、大したダメージを与えられているようには見えない。苦しむ様子もなく、やつは未だこちらを見上げている。


「■■■■■■■!!!!」


 再びの咆哮。四人ともが耳を塞いでしまうほどの。

 朱音であっても、胸の内に言い知れぬ恐怖と不安が込み上げてくる。それは他の三人も同じだ。それぞれが頭や胸を抑え、なんとかギリギリで耐えている。


「こりゃ早々に決着つけたほうが良さそうだな。朱音、お前ならアレを殺し切れるな⁉︎」

「もちろんですが! でも、どうやって近づきますか⁉︎」


 言い合っている間にもまた、粘液の海から槍が放たれる。おちおち作戦会議もできやしない。

 朱音の時界制御であれば、やつを殺すことは可能だ。時間の加速や停止などは意味をなさないだろうが、しかし銀炎がなければやつの死に干渉することは不可能。

 問題は、どうやってそこまで漕ぎ着けるかになる。


 桃がドレスとオーバーロードを使えば、朱音と一緒にゴリ押しでなんとか突破することは可能だろう。だが先も言ったように、桃と緋桜はこの後に試合が控えている。あまり無茶はさせられない。


「この槍をどうにかしたらいいだけだろ! あいつ、異世界だからか知らねえけど、力の全部を使えてるわけじゃない! だったら……!」


 そう、ティンダロスの猟犬や混血種にはまだ、恐ろしい力がいくつもあるはずだ。

 例えば、120度よりも鋭い角度があれば、そこを通りどこからでも実体化できる。当然のように時間も超越するから、タイムラグもない。やつが自ら作った槍を媒介に、いつでも不意打ちが可能だったはずだ。

 それをしないということは、出来ないと見ていい。


「小細工は一切抜きだ! 丈瑠、一瞬でいいから道を開け! 俺たち三人以外なら、観客も含めて全員分の魔力使ってもいい! 桃、あれやるぞ!」

「分かりました!」

「よし来た、任せて!」


 一ヶ所に集まった四人へ、槍が正面から一斉に襲いかかってくる。

 自我を失い知性も無くしたのは好都合。三人よりも一歩前に出た丈瑠が、巨大で緻密な魔法陣を描く。


 その魔法陣へ、周囲に存在する魔力の全てが吸収されていく。

 朱音と桃、緋桜以外のこの場にいる全員。混血種や観客たち、実況席のレナトリアにパニックを抑えようとしているスタッフまで。

 大気中の魔力すらも、全てを吸い取る。


 任意の対象以外全ての魔力を吸収、自らの魔力も含めて乗算で威力を増していき砲撃へ転化する、魔導収束のシンプルな使い方。故に極致と呼ばれる技。


超絶時空破壊魔砲エーテライトブラスター!!!」


 その名の通り、時空すら破壊してしまうほどの極光が、地面へ向けて放たれた。

 迫る槍を、地上に佇む混血種すら飲み込んで、青い粘液の海を蒸発させる。膨大な熱量が空気を焼き、余波の衝撃が広いフィールド全体、どころかスタジアムの外にまで。


 光が晴れたその先には、抉れてクレーターになった大地が。その中心に立つ混血種は、身に纏っていた青い膿がところどころ剥がれ落ちている。


「朱音、後は頼んだ!」

「ありがとうございます、丈瑠さん!」


 エーテライトブラスターは自分の魔力も全て使う。故に飛行魔術も維持できず、丈瑠は朱音が空中に作った足場に着地した。


 道はできた。後は、そこを全力で突っ切ってやつの首を落とすだけだ。


「行くよ朱音ちゃん、準備はいい?」

「いつでも!」

「本当はあいつが使うこと前提なんだが、まあ娘の朱音ならなんとかなるだろ!」


 三人分の魔力を込めた魔法陣が展開され、それを背にして立つ朱音の足元には、緋色の花びらたちがレールを作った。

 そこに乗り、刀を鞘に収めて居合の構えを取る。


 本来なら、桃と緋桜、そして朱音の母親が三人で生み出した合体魔術だ。

 桃と緋桜の二人が撃鉄の役目となり、残りの一人を弾丸として撃ち出す魔術。


 あの世界で絆を結んだ三人だけの魔術だけど。今だけは、私が使うことを許して欲しい。


「「「我らの絆は流星の如くラスターボンド・パラディオン!!」」」


 背後の二人が同時に魔法陣を拳で殴り、朱音の身体は光を越える速度で射出された。


 決着は一瞬。

 オレンジの尾を引いた流星が大地へ突き刺さり、朱音は刀を抜いた状態で混血種の背後に立っていた。

 遅れて、敵の首が落ちる。


 血が噴き出ないのは、ティンダロスの混血種となってしまった影響か。

 終わりは呆気なく、それでいてとても静かだった。


「あ、そういえばあのモヒカン男どこいったんだ?」

「どこかで巻き込まれたと思いますが」

「ま、朱音ちゃんの前で仲間に手を出そうとした罰だね」

「いや、最初に僕が転移させてますから……」


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