人型魔導兵器ファフニール 2
人型魔導兵器ファフニールとは、そもそもどのようなものなのか。
遡ろうと思えば、それは古代文明の時代まで遡らなければならない。まだ龍と魔導の世界になる前、何万年も昔の話だ。
当時の兵器は今でもいくつか残存しており、そのうちの一つに、ファフニールの原型となった人型魔導兵器があった。
ハイネスト兄妹が設計、開発したファフニールは、誰にも解析できなかった古代文明の遺物を解析し、その性能を超えるために作られたもの。
古代の技術を使用せず、純粋な現代の科学技術のみで。
しかし、そんなこと知る由もない赤城龍太にとって、目の前のデカブツはただのロボットだ。本来なら男のロマンを詰め込んだ機体にテンション爆上げといきたいところだったのだけど、状況がそれを許してくれない。
『その小さな体で、僕たちのシルフィードMarkIIにどこまで対抗できるかな!』
『潰れてまえぇぇ!』
振り下ろされる鉄拳を大きく跳躍して躱すが、衝撃と風圧が純白の鎧を襲う。
単純に質量の差がありすぎる。だが、その分動きは鈍重で小回りは効かないだろう。的もでかいし、攻撃を当てるのは簡単だ。
『Reload Niraikanai』
『Alternative BlueCrimson』
「こいつでどうだ!」
深い海の色へ鎧を変え、魔導師のローブを纏うバハムートセイバー。剣を杖に変形させて、魔力を解放。巨大な氷塊を三つ作り出し、シルフィードMarkIIへ撃ち込む。
しかし、鋼鉄の巨人は怯まない。両肩のガトリングを起動させ、氷塊のうち二つがあっという間に砕け散った。
『フォトンソード、起動!』
腰にマウントしていた柄を取り、魔力の刃が伸びる。残り一つの氷塊は容易く真っ二つに斬り裂かれ、返す刀でバハムートセイバーを狙う。
『当たるとまずいわよ!』
「わかってる!」
咄嗟に横へ跳んで、ギリギリ躱す。だが追撃に両足のミサイルが放たれ、バハムートセイバーは爆炎に飲み込まれた。
『どうだ見たか! これがシルフィードMarkIIの性能だ!』
『思いっきり悪役のセリフやで……って、アホ兄貴まだや!』
『Reload Hourai』
『Alternative FlameWar』
無機質な電子音声が響き、爆炎がその中心へと収束する。
炎を全て斧へと吸収した紅蓮のバハムートセイバーが、高く跳躍。斧にカートリッジを装填した。
『Reload Vortex』
「おらぁ!」
『チィッ!』
全力で斧を投擲したのと、ガトリングの砲身が回転を始めたのは同時。斧は炎の渦を巻き、放たれた銃弾の全てを防ぎながらシルフィードMarkIIへ突き進む。
『空に逃げるぞ妹!』
『逃がさないわよ!』
スラスターが起動して空中へと逃げるシルフィードMarkIIを追い、一度地面に着地したバハムートセイバーも高く跳躍。返ってきた斧に再びカートリッジを装填する。
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
『これで!』
「ぶっ潰れろォォォォォォ!!!」
赤いオーラを全身に纏い、それが斧に収束。落下のエネルギーを最大限に利用して、シルフィードMarkIIへ必殺の一撃を叩き込む。
対する鋼鉄の巨人は、右腕を胸の前に構え、シールドを形成。激しい音を響かせながら、バハムートセイバーの重い一撃を防ぐ。
「なにっ⁉︎」
『ホウライの一撃が受け止められた⁉︎』
『シルフィードMarkIIの防御性能、舐めてもらってはなぁ!』
『そんなやわに出来とらんで!』
シルフィードMarkIIの右腕が斧を受け止めた状態から思いっきり振るわれて、バハムートセイバーの小さな体が宙に投げ出される。
こちらは空を飛ぶ手段を持たない。完全に無防備だ。そこに巨大な拳が突き刺さり、紅蓮の鎧は勢いよく地面へ突き刺さった。
「かはッ……!」
『くっ、ぅう……』
『これでトドメや、バハムートセイバー!』
『魔導収束砲、起動!』
バックパックから脇の下まで通されたレールで、固定翼下部のビーム砲がスライド移動。銃口が前方へ向けられ、砲身が伸びる。
その名前通り、魔導収束によって周囲の魔力を吸収し、砲撃として放つビーム砲だ。
破壊力は容易に想像できる。避けようと思っても、そう簡単に避けれるような攻撃でもない。
ていうかあれがマジで龍太のよく知るロボットなら、機械的な補助が働いてしっかりロックオンされてるに決まってる。
「くそッ、どうするハクア!」
『あれを使うしかないわ!』
「よし来た!」
手に取るカートリッジは、つい昨日手に入れたばかりのもの。緑色で大樹の紋様が描かれた、白いカートリッジ。
『Reload Elucion』
『Alternative GuardianDoll』
ガントレットに装填すると、地面が割れて太い木の幹が三本生えてくる。バハムートセイバーを覆ったのとシルフィードMarkIIの砲撃が放たれたのは同時だった。
周囲の魔力を吸収し、極限まで威力を高めたビーム砲。轟音と共に落ち、膨大な熱量で射線上全てを焼き切る。
地上のバハムートセイバーを飲み込んで、大爆発が起きた。
煙と砂塵が舞い、ハイネスト兄妹は勝利を確信する。
『よっしゃぁ! 直撃やで!』
『これでバハムートセイバーは僕らのものだ!』
『いやうちらのもんにはならんわ!』
「勝手に終わらせてんじゃねえよ!」
しかし、地上からの声と共に煙がなにかに切り裂かれ、シルフィードMarkIIは再び構え直した。
砲撃によるクレーターの中心に、緑の鎧を纏った戦士が立っている。得物を槍に変形させ、鎧の形状はスリムかつ中性的な、丸みを帯びたものに。
仮面の瞳が淡紅色に輝く。
バハムートセイバー ガーディアンドール
木龍エリュシオンの力を取り込んだ、バハムートセイバーの新たな姿だ。
『さすがエリュシオンの力ね。あの砲撃を耐えるなんて』
「鎧は全然硬そうにみえないけどな」
『さあリュータ、次はこっちの番よ!』
「おう!」
槍の底を強く地面に突きつけると、フィールドの地面を割って多くの木の幹が現れ、上空のシルフィードMarkIIへ伸びる。
この国の地中には、エリュシオンが最大限力を発揮できるために巨大な樹が埋められている。木龍の力を扱える今のバハムートセイバーも、その恩恵に与れるというわけだ。
『ホウライ、ニライカナイに続いてエリュシオンまで! どこまで僕の知的好奇心を刺激してくれるんだ、バハムートセイバー!!』
『気合入れえよアホ兄貴! うちもあの鎧ちょっと気になってきたわ!』
シルフィードMarkIIが、背中のスラスターの出力を上げる。両腕でビーム砲を構えたままに、巧みな空中機動で木の幹を躱し、時に撃ち落とし、ただの一つも当たらない。
だが龍太とて、なにも遠距離攻撃のみに徹するつもりはない。自らが伸ばした木の幹に乗って、その上を駆ける。
カートリッジを槍に装填、木の上から跳躍してビーム砲の雨をかいくぐり、巨人の懐に潜り込む。
『Reload Explosion』
「食らいやがれ!」
全力の刺突を右足のジョイント部分に見舞った。直撃と同時に爆発が起き、シルフィードMarkIIは左腕をパージする。
飛びのいてまた木の上に着地し、構えは解かず睨み合う。
『くそッ、片足持ってかれた!』
『足なんてただの飾りや! 飛んどったら関係あらへん!』
「だったら落としてやる!」
木々が蠢き、シルフィードMarkIIの頭上から襲いかかる。鋼鉄の巨体を翻して躱すが、やはり物量の前では限度がある。ついにシルフィードMarkIIの右腕を太い木の幹が捉え、そのまま右腕も捥がれた。
『畳みかけるわよ!』
「ああ! これでトドメだ!」
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
槍にカートリッジを装填すると、バハムートセイバーの全身を赤いオーラが包む。それが槍の穂先へと収束して、更に周囲の木々が槍の先端で螺旋を描き、より巨大な刃を作る。体を弓形に反らして力を溜め、敵に目掛けて全力で投擲した。
「おらァァァァァ!!」
『くっ、このッ……!』
シルフィードMarkIIの顔を射抜き、巨人の全身で火花が散った。巨体がダメージに耐え切れていない。あともう一押しだ。
「もう一発食らっとけ!」
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
『まだや兄貴! まだ来るで!』
『たかがメインカメラをやられただけでぇぇぇ!!』
今度はガントレットにカートリッジを装填。周囲の木々全てがバハムートセイバーの頭上一ヶ所に収束し、シルフィードMarkIIをも凌ぐ巨大な槍が。
バハムートセイバーの腕の動きに合わせて、槍が落とされた。
「『墜ちろォォォォォォ!!!』」
直撃、爆散。
木っ端微塵に砕け散ってしまったシルフィードMarkIIの中から、ハイネスト兄妹が飛び出してくる。しかし二人はそのまま地面へ向けて一直線に落ちていき、慌てて木を操作して回収した。
「……僕たちの負けだ。シルフィードを破壊されてしまえば、もう手の打ちようがない」
「やな……悔しいけど、こればっかはしゃーないわ」
「なんか、ごめんな? せっかくのロボットなのに粉々にしちゃって」
「本当だよ! まさか僕たちの最高傑作がああも簡単に木っ端微塵だなんて……あぁ、余計に気になるじゃないか、その鎧!」
ゆっくりと地面に降り立ち、ソフィアが会場全体へむけて降参やでー、と伝える。しかしイグナシオは、バハムートセイバーのことが諦めきれないようで。変身を解くと、名残惜しそうな目をしていた。
「ともあれ、約束は守ってもらうわ。この大会が終われば、あなたたちの工房に案内してもらうわね」
「もちろん、約束を違えるつもりはあらへんで。しっかり案内したるさかい、楽しみにしとき」
「ソフィア、早く帰って四号機の制作に取り掛かるぞ! 今回の戦闘で改善点はいくらでも見つかった! バハムートセイバーを触らせてくれないなら、その分だけ次のファフニールはもっと高性能にするんだ!」
悔し涙を流すイグナシオに、龍太もハクアもドン引き。妹のソフィアはそんな兄の対処に慣れているのか、スパンッ、と頭を叩くと大人しくなった。
「はいはい、帰るでアホ兄貴。ほな二人とも、次も頑張ってや」
「僕らは学園に帰るけど、微力ながら応援しているよ。……はぁ、好きなだけいじくりまわしたかったんだけどなぁ、あの鎧」
「いい加減諦めんかい!」
最後まで兄妹漫才を続け、ハイネスト兄妹は去っていった。
フィールドに残された龍太は、率直な感想を一言。
「バカと天才は紙一重……」
「ま、まあ、とんでもない天才なのはたしかなのだけれど……」
◆
『勝負ありぃぃぃぃぃ!! 大迫力の空中戦を制したのは、アカギリュウタ&ハクアペアだぁぁぁぁ!!!』
『非常に面白い試合でした。まず、ハイネスト兄妹の人型魔導兵器ファフニール。シルフィードMarkIIでしたか。古代兵器を原型にしていると聞いて期待値は高かったのですが、期待以上のクオリティだ。魔力の伝導率、収束率ともに安定している。出力も申し分ない。ビーム砲に魔導収束を採用したのも評価したい点ですね。ハイネスト兄妹なら、今回の試合を元により高性能なファフニールを生み出せるでしょう』
『しかし、そのシルフィードMarkIIを破ったのは、バハムートセイバー! またしても新たな姿を見せてくれたリュウタ選手とハクア選手はいかがでしょうか!』
『エリュシオンの力を上手く使えましたね。フィールド全体が彼らの味方になったようなものだ。そこをしっかりと利用できた上に、カートリッジの使うタイミングもベストと言える。ただ、バハムートセイバーのスペックに頼りすぎている面もある。動き自体は悪くないのですが、まだ付け焼き刃な点が多い。それでも戦えているのは、優秀な指南役がいた証拠だ。しかしやはり、バハムートセイバーのスペックがあればこそでしょう。そこが彼らの課題となりますね』
『なるほど! リュウタ選手とハクア選手が今後勝ち進むためには、もっと地力を上げる必要があると!』
『ええ。ですがそれも、一朝一夕で身につくものではない。かと言って、彼らが勝ち進めないという話でもない。実際、バハムートセイバーの力は多くの相手にとって脅威だ。ある程度の相手なら、そのスペックだけでゴリ押せてしまうのですから。そうなると当然、今後は変身させまいとする相手も出てくるでしょうし、その対策も考えなければなりません。リュウタとハクアにとっても、課題点の見つかる試合でしたね』
『ありがとうございますイブ様! 異世界の少年とドラゴンのペアには、是非とも最後まで勝ち残ってもらいたい! 観客の皆様の期待も増していることでしょう! そして次の試合も、似た二人組の登場になります! シノノメウタネ選手とヘル選手! 一回戦では壮絶な試合を見せてくれましたが、二回戦はそう上手く行くのか! 今から楽しみになってまいりました!!』
◆
「お疲れ様、二人とも」
「いやあ、すごい相手だったな、リュウタ! まさかあんな巨大兵器が出てくるとは!」
客席に戻ると、朱音が真っ先に労いの言葉を発して、ジンは興奮冷めやまぬ様子だ。やはり男である以上、ロボットを見るとテンション上がっちゃうんだろうか。
龍太は実際に戦っていたからツッコミが先に出てしまったが、観客として見ていたらたしかに相当興奮してしまっていただろう。
「今回はマジでギリギリだった。まさかロボット出てくるとは思わねえもんな」
「けれど、いい経験になったわね。それにあの兄妹とは、今後も良好な関係を築けそうじゃない」
ハクアの言う通り、ハイネスト兄妹とは賭けに勝った報酬の件がある。イグナシオは特に変人だったが、ソフィアも含めて悪いやつじゃないようだし。
仲間たちに試合前の賭けについて話すと、みんなからはおぉ、と驚嘆の声が上がった。
「あの天才兄妹の工房を案内してくれるなんて、すごいじゃない! 誰でも入れるわけじゃないのよ⁉︎」
「え、そんなに?」
「うん、そんなに。クレナの言う通り、ハイネスト兄妹の工房は限られた人しか入ることが許されてないんだ。多分龍の巫女クラスか、王族くらいじゃないかな」
丈瑠の補足説明に、龍太はあんぐりと口を開けてしまう。
そんなにヤバいところなのか、あの二人の工房は……ていうか、その工房を賭けの対象にしてしまうって、どれだけバハムートセイバーのことが気に入ったんだよ。
「ファフニール自体も、本来は最高機密のはずだしね。イグナシオがそういうのを嫌うらしいから、今日も普通に使ってたけど」
「俺、最高機密スクラップにしちゃったんですけど……」
「仕方ない仕方ない」
朱音は笑ってそう言うが、龍太はいきなり胃が痛くなってきた。そんな重要なものを木っ端微塵にしてしまったのだから、小市民の龍太としてはなにかしらの沙汰が下されそうでビビってしまう。
「大丈夫よリュータ。大会に出すってことは、壊されることも想定した上でのことでしょうし。なにより、あの兄妹がそんなことを気にすると思う?」
「思わないな」
別れ際の様子だと、壊されたこと自体には拘泥していなさそうだった。イグナシオはあくまでも、次に向けてのポジティブな発言ばかり。ソフィアもいちいち気にするような性格ではなさそうだったし。
「ま、アリスさんは折角の最新鋭機が破壊されたって聞くと、だいぶ凹みそうだけどね」
「えぇ……」
「どうせ私たちが学園に行く頃には、また新しい機体が完成してるって。気にしすぎだよ龍太くんは」
それならいいのだけど……アリスを凹ませてしまうのはなんというか、罪悪感が半端ない気がする……だってめっちゃらお世話になったし。
「ともかく、学園諸島に行くならちゃんと旅費を稼がないとダメよ。アカネたちでもリュウタたちでもいいから、ちゃんと優勝して頂戴。お金に余裕があるわけじゃないんだからね」
クレナの言葉で、一気に現実へ引き戻された。
なにはともあれ、学園諸島に向かうには。というより、旅を続けるためには、優勝しなければならない。そして賞金を手にしなければならないのだ。




