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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
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忍び寄る影法師 1

 二日間に渡る一回戦を終え、明くる日の今日はお休みだ。

 二回戦以降は一日で全て終わらせるため、休養の意味も兼ねて一日の休みを挟む。これは三回戦、四回戦と決勝まで同じ。いくら物理ダメージが精神ダメージに変換され、怪我をしないとは言っても、ダメージがなかったことにはならない。二日続けての連戦となれば、選手が最大のパフォーマンスを発揮できない可能性もある。それを避けるための休養日。


 または、裏工作のために大会側があえて設けた日、とも言える。


「昨日の桃さんと緋桜さん、凄かったな」

「ええ。レコードレスを使えるのはアカネだけだと思っていたのだけれど、まさかモモが使えるなんてね」


 さて、そんな休養日の今日。龍太とハクアは、エルも連れて王都から少し離れた場所へ来ていた。

 目の前にはどこまでも広がる青い海。昨日の曇り空は桃の魔術で完全に消え失せ、雲ひとつない快晴となっている。

 砂浜には家族連れやカップルが多くいて、パラソルがいくつも立っている様子は、ここが海水浴場であることを物語っていた。


 別に海水浴に来たわけではない。ただ気分転換に、ジンとクレナからここを紹介されただけだ。エルもいるし、断じてデートなんかではないのだ。


「きゅー! きゅー!」


 波打ち際ではしゃぐエルを、海の家で借りたシートの上に二人で腰掛け微笑ましく眺める。周りでは子供が水着姿で遊んでいて、波の音が心地いい。遠くには、ドラグニア方面へ出る船も見える。

 なんとも穏やかな時間が流れていた。


「わたしたちも水着を用意しておくべきだったかしら?」

「まあ、別にいいんじゃね? 泳ぐだけが海の楽しみ方でもないだろうし」


 ハクアの水着とか、見たいけど見る勇気がないので、龍太としては用意してなくて本当に助かった。

 幼気な青少年に想い人の水着姿は、時に劇薬となり得ないのだ。


「てか、普通に海水浴してるけど、魔物とかは大丈夫なのか? 結界張ってるとか?」

「その通りよ。ほら、あそことあそこに柱が立ってるでしょう? あれが結界の要になっているの」


 ハクアが指差すのは、沖の方に立っている二本の柱。それが起点となって結界が張られているらしく、あそこから内側には魔物が入らないようだ。


「結界って便利だよなぁ。俺も使いたい」

「その代わり、かなり難しい魔術よ。一口に結界といっても、その用途によって術式も異なるもの」

「ぽんぽん使ってる朱音さんがおかしい、ってことか」


 何度も思う上に今更ではあるが、朱音はちょっと規格外すぎる。あれは参考にしたらいけない。

 正直なところ、龍太は概念強化だって使うのにかなりいっぱいいっぱいなのだ。魔術式の構築は意外に頭を使うから、あれ以上複雑な術式構成になるとパンクしてしまう。


 そもそも、概念強化が限られたものにしか扱えないということを、龍太自身自覚していないのだけど。


「ところでリュータ、せっかく海に来たのに、魔導のお話ばかりはつまらないと思わないかしら?」


 三角座りでこちらを覗き込むように言われ、少し言葉に詰まる。微笑んだその表情がとても愛らしくて、直視できず思わず視線を逸らしてしまう。


 まあたしかに、これは断じてデートではないとはいえ、気分転換に来たのに魔導の話になってしまっては本末転倒。

 だが残念なことに残念ながら、龍太は女性経験に乏しい。だからこういう時の気の利いた話題選びとか、全くわからないのだ。


「きゅー!」

「うわ、エル!」


 固まってしまっている龍太に、波打ち際ではしゃいでいたエルが飛び込んできた。一緒に遊べと言うように顔を擦り寄せて、こっちの服まで濡れてしまう。


「ふふっ、わたしたちも遊びましょうか」

「そうだな」


 靴と靴下を脱いだハクアが立ち上がり、こちらに手を差し伸べる。

 少しの逡巡もなく手を取って、二人と一匹は波打ち際へ駆け出した。



 ◆



「青春ですねぇ」

「青春だね」


 波打ち際ではしゃぎ回る龍太とハクア、エルの二人と一匹を、海の家から見つめる人影があった。

 自称、龍ハク見守り隊の朱音と丈瑠だ。認識阻害で本人たちにもバレないように細心の注意を払い、眩しくも初々しい二人を見守っている。


「龍太くんを見てると、私たちも歳取っちゃったなって感じしちゃいますね」

「朱音は昔と随分変わったもんね。背も伸びたし、愛美さんに似て美人になったし」

「そ、そうですか?」


 不意に褒められて、朱音ははにかんだ笑みを見せる。こういうことを急に言い出すから、丈瑠は油断ならない。


 さて、二人は別に、龍太とハクアの恋路を眺めるためだけに来ているわけじゃない。

 もちろんそっちも重要だ。朱音は他人の恋愛が大好きだから、初々しい二人はいつまでも見ていたいけど。本命はそっちではなく。


「そんなことより、中々現れませんね」

「うん、今日は仕掛けてくると思ったけど、気配も見えない」


 龍太とハクアには申し訳ないが、二人を囮にしてのスペリオルの調査だ。

 今日は魔闘大会の休養日。大会参加者に裏工作を仕掛けるなら、間違いなく今日。だが今のところ、スペリオルはおろか大会参加者の裏工作すら気配を感じない。


 こういう時、未来視の魔眼の不便さが際立ってしまう。

 現在は丈瑠に預け、元は朱音が持っていた異能、未来視は、あくまでも自分の未来を予測するものだ。

 魔眼という異能は、目を媒介に発動される。本来なら受動的な目という機能を、能動的なものに変える異能。だからなのか、未来視の魔眼も自分の視点からの未来しか覗くことができない。


 幻想魔眼と併用すれば他人の未来も見えるのだろうが、現在の朱音に未来視はない。

 右目を橙色に輝かせた丈瑠は、それでもどうにか先の未来を視ようとしてくれているようだが。


「相変わらずなにも見えないな。僕らが戦ってる未来も見えないってことは、大丈夫なんだってことだと思いたいけど」

「楽観はできませんが。未来視はあくまでも予測、ほんの些細なことで未来は変わるかもしれませんので」


 実感を込めた言葉は、朱音自身がなによりも理解しているから。その異能の本来の持ち主として、あるいは時間遡行者として。


 さりとて、相手の出方を待つほかないのも事実だ。王都の方ではジンとクレナが調査してくれているが、今のところそちらからの連絡もない。

 あとは、別行動しているアーサーだが。


「そろそろ定時連絡の時間だけど……」

「なにかあったんでしょうか……アーサーに限って、滅多なことはないと思いますが」


 あの白狼は強い。そこらの魔導師よりもよほど。使い魔というのは主の魔力も強さに影響するもので、今現在丈瑠と主従関係を結んでいるアーサーは、よほどのことがない限りはやられたりしないだろう。

 けれど彼が連絡を怠るとも思えないし、まさか、と一抹の不安が過ぎってしまう。


 それから十分ほど経ち、さすがにそろそろこちらから連絡するべきかと思い始めた時。


『朱音、丈瑠、すまない。連絡が遅くなった』

「アーサー! 無事なの⁉︎」

『無事だとも。朱音、あなたは心配しすぎだ』


 アーサーから通信が届いた。思わず大きな声を出してしまうが、認識阻害のおかげで周りの人たちは気にも止めない。

 ホッと肩を撫で下ろす。心配しすぎなのは自分でも分かっているつもりだ。でも、仕方ないだろう。アーサーは大切な家族なんだから。


「アーサー、もしかしてなにかあった?」

『ああ。王都の南東に広がる森があるだろう。そこでスペリオルのダストに襲われた』


 朱音と丈瑠は龍太たちの周りを、ジンとクレナは王都内を調べていたわけだが、アーサーは王都周辺を駆け回ってくれていた。

 その最中、スペリオルに襲われたというわけだ。この様子なら難なく撃退したようだが、やはり潜んでいたか。


 すぐに自分たちも向かおうと立ち上がる二人だが、しかし。アーサーから待ったがかかった。


『あなたたちはそこにいてくれ。龍太とハクアから目を離すべきではない』

「でも、アーサー……」

『もう間もなく、ジンとクレナも駆けつける。それとも朱音、あなたから見た私は、それほどに頼りないか?』


 少し悲しそうな声に、思わず言葉が詰まる。頼りないなんて、そんなことあるはずない。でもそれとこれとは別。

 自分の目が届かないところで、家族が危険に晒される。その恐怖を知っているから。


 桐生朱音の悪癖だ。誰かを頼り切ることができない。自分一人の手で全て解決してしまおうとする。家族を、大切な人たちを、危険な目に遭わせたくないから。

 自覚していても直せるようなものではなく、これまでそういう生き方しかしてこなかった。いや、それ以外の生き方を知らなかった。選べなかった。


 でも今は違う。そんな朱音を諌めてくれるパートナーが、隣にいてくれている。


「朱音、ここはアーサーの言う通りにしよう。龍太くんとハクアから目を離すべきじゃないよ」

「……丈瑠さんが言うなら。アーサー、聖剣の承認は下ろしとくから、ヤバくなったらいつでも使ってね」

『ありがとう、朱音。こちらは私たちに任せて、あなたたちも久し振りに羽を伸ばしていてくれ』


 それを最後に通信が切れ、朱音は盛大にため息を吐いた。認識阻害を切って店員を呼び、軽く焼きそば十人前を頼む。

 そして半ばやけくそ気味に、こう叫んだ。


「こうなったら私たちも海を楽しみますよ、丈瑠さん!」

「正確には、海を楽しんでる龍太くんたちを見て楽しむ、でしょ」

「そうとも言います」


 決してあの二人の間に割って入ることはせず、距離のあるここからただ見守るだけ。

 それだけではあるが、朱音にとっては最高の娯楽に他ならない。まあ、人の恋路を娯楽にするなと言われれば、それまでなのだけど。


 アーサーの羽を伸ばせという言葉は、こういうことじゃないんだろうけどな。丈瑠はそう思ったが、朱音が楽しそうなのでなにも言わなかった。



 ◆



 ところ変わって、王都の南東に広がる森の中。朱音と丈瑠との通信を終えたアーサーは、現状を再確認するために周囲を見渡した。


 森自体に特筆すべき点はない。生息している動植物も一般的なもので、今も周囲から生き物の気配はしている。

 そんな森の中にある唯一の異常は、地面に倒れ焼け焦げたダストたちだ。

 突如として現れアーサーを襲ったスペリオルの尖兵は、いとも容易く殲滅された。この程度の雑兵、白狼の雷撃を持ってすれば敵ではない。


 問題は、こいつらがどこから現れたのか。

 匂いで辿ることはできるだろうが、その辺りの対策をしていないとも限らない。恐らく、辿った先のどこかで匂いは途切れるだろう。

 あるいは逆に、向こうから来てくれれば楽なのだが。


 そう考えていると、背後から足音が聞こえてきた。しかし感じる魔力は仲間のもので、アーサーは警戒を解く。


「アーサー! ここにいたか!」

「ごめんなさい、待たせたわね」


 大剣を背負ったジンと、杖を持ったクレナだ。二人にはダストに襲われた段階で連絡していた。アーサーとて自分の実力に自信がないわけではないが、味方の数が揃っていることに越したことはない。


『ジン、クレナ。よく来てくれた。ダストは全て片付けた、朱音と丈瑠にも今しがた連絡したところだ』

「あの二人も来るって?」

『いや、私が止めた。龍太たちから目を離すべきではないだろうし、彼女らにも少しは羽を伸ばしてもらいたい』

「そうか、それは良かった」


 安堵のため息を吐くジンに、アーサーは怪訝な顔を向ける。なにか安心するような要素があったか?

 不思議に思った次の瞬間、狼の四肢が地面を蹴り、後方へ跳んだ。数瞬前まで立っていた場所には、ジンの大剣が振り下ろされている。


『どういうつもりだジン! ……いや、本物じゃないな?』


 すん、と鼻を鳴らして、二人の匂いが違うことに気づいた。

 正確に言えば、匂いがしない。別の匂いがしたのであれば気付くだろうが、匂いそれ自体がなかったために偽物だと気付くのが遅れてしまった。


 白い毛並み表面で、ぱちぱちと火花が弾ける。威嚇に喉を鳴らせば、偽物のジンとクレナは瞳の光が消え失せ、しかし不気味に口の端を歪ませた。


「アカギリュウタの仲間、聖獣のアーサー。まずは貴様からだ」

「一人ずつ、確実に数を減らしてやる」


 各個撃破がやつらの狙いか。内心で舌打ちしながら、アーサーは雷撃を放出した。ジンの偽物がそれを大剣で防ぎ、クレナの偽物がその背後で魔法陣を展開している。

 放たれるのは魔力の槍が五本。空を裂いて迫るそれらを巧みに躱しながら、思考を巡らせる。


 魔力自体は本物と同じものだ。この偽物がどのようにして作られているのかは知らないが、恐らくはジンとクレナの魔力パターンを解析したのだろう。

 魔力パターンが同じでも、可能なのはあくまでも感知能力を欺くくらい。実力としては本物に遠く及ばない。

 問題はやはり、どこから現れ、どのようにして作られたのか。その正体だ。

 着目すべきは匂いだろう。アーサーの嗅覚は人間よりも優れているため、匂いだけで個人の判別が可能だ。しかし、この二人の偽物からはなんの匂いもしなかった。


『となれば、幻術の類か』


 呟き、肉薄してきた敵の大剣を避け、鋭い爪を振るう。敵の腹を裂いた感触は、たしかにあった。

 実体がある。つまり、幻術の類ではない?


 考えていても埒があかない。正体がなんであれ、どうせスペリオルの仕業であることは間違いない。まずはこの偽物を倒さねば。


『Reload Doppel』


 だが、森の中に響き渡る機械音声で、状況は一変してしまった。


 ジンとクレナの偽物。その二人に並ぶように、黒い影のようなものが現れる。それは人の形を取り、やがて緑髪の少女、この国の巫女であるローラ・エリュシオンへと変わった。


『ローラの偽物まで……!』


 森が、ざわめく。

 まさかと思ったその瞬間、頭上から鋭く尖った木の幹が伸びてくる。素早く飛び退き雷撃で幹を焼くが、無駄な抵抗だ。

 ローラ・エリュシオン。木龍の巫女である彼女は、あらゆる植物を自在に操る力を持っている。偽物にすぎないやつもまた、同じ力を。

 すなわち、この森すべてがアーサーの敵だ。


『まさか巫女の能力まで再現するとは……少しまずいか……?』


 圧倒的に不利なフィールドに加え、数の上でも不利。奥の手がないことはないが、騒ぎを大きくしすぎてしまう可能性もある。

 次々に襲いかかる木々や魔術、斬撃を立て続けに躱し、いなしてなんとか耐え続けていると、今度こそ仲間の魔力反応を捉えた。


「すまないアーサー、遅くなった!」

「げっ、なにあれ私たちの偽物?」


 本物のジンとクレナだ。魔力だけでなく、匂いも本物のそれ。

 素早く臨戦態勢に入った二人は、アーサーを襲っていた攻撃を弾き、守るように前に立ってくれた。


『助かった、二人とも。しかし気をつけろ、あのローラの偽物、巫女の力まで再現している』

「龍の巫女の偽物とか、不敬にも程があるわね。ジン、燃やしちゃいなさい!」

「偽物とはいえローラ様を斬るのは気が引けるが、言っている場合じゃあないな!」


 懐から取り出されるのは彼の龍具。手に握ったそれへ魔力が流されれば、淡く輝き出す。


龍装結合(ドラグユニオン)!」


 両肩に装備されたシールドが特徴的な、赤い鎧。龍鎧ヴォルカニックを纏ったジンが大剣を構え、己の偽物へと突撃する。

 ぶつかる大剣と大剣。拮抗は一瞬にも満たず、偽物の持つ大剣は容易く砕け散った。隙だらけの胴体に蹴りがめり込み、吹き飛ばされた先で重力魔術が発動。

 へしゃんこに潰れたジンの偽物は、黒い影となりドロドロと溶けて消える。


「次が来るわよ筋肉バカ!」

「分かっている!」


 背後から迫っていた鋭い木の幹を、振り向きざまに大剣を薙いで無力化。一緒に接近していたクレナの偽物は巻き添えをくらい、腹を斬り裂かれた。

 その場で一瞬動きを止めた隙に、本物のクレナが放った魔力弾が殺到する。


「勝手に人の顔使ってんじゃないわよ!」


 トドメに杖の先から放たれた巨大な火球が飲み込み、クレナの偽物も黒い影となって消えた。残るはローラの偽物のみだが、こうなれば倒すのも容易い。

 そう思われたが、クレナの体が動かない。


「面倒な特性までコピーしてるわね、こいつ……!」

『どうしたクレナ?』

「私たちドラゴンは、龍神に逆らえない。本能とか魂とか、存在の根本の部分でそういう風に刷り込まれてるのよ」


 苦々しく表情を歪めるクレナ。その体はわずかに震えている。龍の巫女とはいえ、たかが偽物。だがその偽物相手に、火砕龍フォールンは怯えている。


 これが龍神、延いては龍の巫女の持つ、ドラゴンへ対する絶対的なアドバンテージ。

 この世界に生きるドラゴンは、五体の龍神に対して、遺伝子レベルでの恐怖を刻まれている。戦うことはおろか、同じ土俵に立つことすら許されない。

 かつての百年戦争において、第三勢力である龍神たちが勝利した大きな要因だ。


 クレナは戦力外、ジンはその重量に見合った鈍重さゆえか、敵の操る木々の対処で手一杯だ。

 ならば致し方ないか。魔力を解放したアーサーが、雷速で森の中を駆ける。


 瞬きの間にローラの偽物へ肉薄した白い狼。その口には、黄金に輝く聖剣が咥えられていた。

 借り物の更に借り物。本来ならその力の十分の一も発揮できないはずの聖剣を、それでもアーサーは、勢いのままに振るった。


選定せよ、黄金の聖剣(エクスカリバー)!!』


 黄金の奔流が迸り、敵の体を袈裟にかけて真っ二つに斬る。

 アーサーの魔力を変換して放出された黄金の斬撃は、森の一部を消し飛ばして余りある威力を誇った。


 ローラの偽物は黒い影となって消え、皮肉にも、黄金の輝きがその影を濃く映す。


 敵は退けたが、不気味な感触が拭えない。

 その正体も見えず、それでいて仲間のコピーを作り出すのはかなり厄介だ。


「アーサー、それってアカネの剣じゃなかったの?」

『この剣は、かつて私と同じ名を持つ王が振るった聖剣だ。名称による魔術への親和性は、この世界でも強く影響が出るだろう』

「なるほどねぇ」

「剣を使う狼というのも、かっこよくていいじゃないか!」

『エクスカリバーの本来の力はあの程度ではない。正しき担い手が持たなければ、その真価は発揮されないからな』


 それはアーサーでも、朱音でも不可能だ。

 正しき心の持ち主でなければ、この剣の真価を振るうことは許されない。

 アーサーの知る限り、それを許された人間は三人だけだ。


『そんなことより、一度王都へ戻ろう。早急に今後の対策を立てなければ』

「この辺の調査はどうすんの?」

「恐らくはすでに遅いだろうな。俺たちが戦っている間に、撤収してるだろう」


 ジンの言う通りだ。撤収していなかったとしても、このメンツでは探知に長けている者がいない。朱音かエルがいてくれたら話は別だったのだが、今はどちらも休養中。調査は後回しにするしかなさそうだ。


 ともあれ、二人と一匹はクレナの転移で王都に戻ることにした。

 だから気づかない。偽物の残骸である黒い影が、蠢きどこかへ移動したのを。

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