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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
55/117

魔闘大会、開催 2

「つ、疲れた……」

「お疲れ様です」

「お疲れ様、アカネ。最後のライブ、すっごく良かったわよ」

「ていうかジン! そのタオルなに⁉︎ なんでそんなの買ってるの⁉︎」

「これがあると応援にも気合が入ると思ってな!」

「今すぐ捨てて!」


 観客席で第二試合を観戦していると、先ほど見事に勝利を収めた朱音と丈瑠がやって来た。

 対戦相手を文字通り一蹴した朱音と、圧倒的た魔術で完封した丈瑠。

 試合が終わった後は二人とも涼しい顔をしていたものだが、朱音は酷く疲れている様だ。


 まあ、ローラの即興ライブに付き合わされてしまったし、その結果本来の目論見、魔闘大会でアイドルとは真逆の姿を見せようというのも、見事失敗に終わってしまったし。精神的に疲れているのだろう。


「嫌なら断ればいいのに」

「断れるのならそうしてますが……」


 苦笑する丈瑠にそう返し、朱音は椅子に腰を下ろす。その隣に丈瑠も座って、眼下で行われている試合に視線を向けた。


 第二試合は中々に白熱した戦いだ。先ほどと違って、互いのペアの実力が拮抗し、観客たちも非常に白熱している。その盛り上がりは第一試合の比ではない。

 この異様な熱狂は、ローラと朱音のライブによるテンションを引きずっているからだろう。実際にここから即興ライブを見ていた龍太も、周りの人たちほどではないものの興奮を覚えたものだ。ハクアなんていつの間に覚えたのか、ファンの人たちと一緒にコールまでしていたし。


 ちなみに今も、朱音は近くの観客たちの視線を欲しいままにしている。その中には丈瑠へ向けられたものも含まれているだろう。

 本人たちは全く気にしていないけど。


「それで、どうだったアカネ。戦ってみた感想は」

「筋は悪くないと思うんだけどね。でも相手の力量を見極められないってことは、あんまり伸び代ないんじゃない? ローラのとこのオタクたちの方がよほど強いと思うよ」


 ジンの質問には容赦ない批評が飛ぶ。

 ローラのところのオタクとは、ギルドの魔導師のことだろうか。また随分な言われ様だ。

 だが龍太からすると、朱音と丈瑠が強すぎただけで、相手の二人も弱いわけではなさそうに見えたのだが。

 男の方はスピードもあったし、当たれば一撃の威力はなかなかのものになっていただろう。女の方も、岩の体を持つドラゴンとはまた、随分と硬そうだ。恐らく本人も耐久力には自信があったはず。


 龍太の見立てではそんなところなのだが、しかしジンやクレナも朱音と同意見らしい。


「個人の動きは悪くなかったけど、二人で戦うってなるとあれはまずいわね。片方が突っ込むだけ突っ込んで、もう片方は合わせることもなく大技の準備。コンビで戦い慣れてない証拠だわ」

「ああ、大技の時間稼ぎと言えば聞こえはいいが、そんなものを相手が簡単に許してくれるはずもないからな。更に多い集団戦闘ならともかく、二対二では作戦とも呼べない、思考停止の戦い方だ」

「言ってしまえば、一人と一人で二人を相手にしてたもんなのよ、あれ。まあ、アカネとタケルも別々に動いてたけど、あそこまで実力差が開くと言っても意味ないわね」


 味方の人数によって、戦い方というのは変わってくる。一人なら一人の、二人なら二人の戦い方がある。朱音たちの対戦相手は、その辺りが疎かになっていた。


 息を合わせて、と口で言えば簡単に聞こえるが、その実、相当な信頼が互いになければ不可能だ。


「ま、その辺リュウタとハクアは大丈夫でしょ。ずっと二人で戦ってきたんだし」

「そうだな、俺から見ても二人の戦い方は実に理想的だ」

「な、なんだよ急に」


 突然褒められて照れ臭くなる龍太。たしかにこの世界に来てから、ずっとハクアと二人で戦ってきた。だから戦い方がどうとか言われても、いまいちピンと来ないのだけど。

 ハクアとのことを褒められると、どうにも悪い気はしない。


 などと話していると、いつの間にか二試合目が終了した。試合終了を告げるゴングがカンカンカン!! と鳴らされ、実況のレナトリアとかいうやつと、解説のローラが今の試合について振り返る。


 負けた方のペアはフィールドの上で倒れ伏し、そそくさと担架で運ばれていった。

 それを見送って、龍太とハクアは立ち上がる。二人の出番は第五試合。そろそろ控室に向かわなければ。


「よし、んじゃ行ってくる」

「エル、応援よろしくね」

「きゅー!」


 ハクアが小さな黒龍の頭を撫でて、仲間たちに見送られながら観客席を後にする。


 大きな歓声を背にしながら向かった控室は、先日、ローラのライブの時に使わせてもらった部屋と同じだ。それなりの広さがあるため、龍太とハクア二人だけで使うわけではない。既に何組かのペアが室内で寛いでおり、備え付けられたテレビでは第二試合の様子が映し出されている。


 そしてどうやら、その第二試合もちょうど今終わったところのようだ。

 解説のローラが試合の総括を話していて、フィールド上では勝者のペアが喜びを分かち合っていた。


「あの二人がアカネとタケルの次の相手か。少々役不足かもしれないな」


 テレビの方を見ながら話しかけてきたのは、騎士甲冑に身を包んだ男性だった。威厳に満ちた、高圧的にも思える声に、龍太は思わず肩を震わせる。

 その後ろにはローブを羽織った白い髪の魔導師の女性もおり、それぞれ甲冑とローブにドラグニアの紋章が刻まれている。


 突然話しかけられて困惑する龍太に、騎士の男性は兜の奥で苦笑する気配。


「突然すまないね。私はルシフ、ドラグニアの騎士団に所属している。後ろの彼女は宮廷魔導師のオリビア。君たちの対戦相手だ。よろしく頼む」

「よ、よろしく〜」


 ルシフの背後に立つ女魔導師、オリビアは、仮面で目元を隠していた。おまけになにかに警戒するような素振りで、どことなく挙動不審だ。浮かべる笑顔もぎこちない。

 スペリオルのこともあるから、龍太も自然と警戒度を上げてしまう。しかし逆に、ルシフからは悪意や敵意を感じ取れない。声こそ威圧的なものを感じるが、純粋に、試合前の交流を楽しみやって来た感じだ。

 ハクアも特に警戒している様子もないけど、なぜか二人に訝しげな視線を投げていた。かと思うと納得したように頷いている。


 無碍にするのもどうかと思い、差し出された手を取って握手に応じた。


「赤城龍太だ、お手柔らかに頼むよ」

「白龍ハクアよ。よろしく、えっと……ルシアとシルヴィア、だったかしら?」

「ルシフとオリビアです!」

「あら、それはごめんなさい」


 クスクスと鈴のような微笑みを漏らすハクアは、次いでニヤリといやらしい笑顔を見せた。

 これは知ってる。相手を揶揄うときの笑顔だ。龍太はよく同じ表情を向けられるから詳しいんだ。


「ところで、ドラグニアの騎士と魔導師なら、宮廷魔導師長は知っているわよね? 最近どうかしら、あの子、友達できた?」

「それはもう! 宮廷内の魔導師は全員友達と言っても差し支えありません、じゃなくて……差し支えないわよ!」

「ふ、ふふっ……そう、それは良かったわ」


 堪え切れない笑いが漏れ出ているけど、ハクアはなにがそんなに楽しいのだろう。それにオリビアも、なぜか若干涙声だ。

 頭の上ではてなマークを踊らせる龍太に、ルシフがひとつ疑問を投げる。


「リュウタ、君は異世界人なのだな。もしや、アカネのように腕が立つのかな?」

「いやいやいや、あの人と同じにしないでくれよ」


 突然朱音の名前が出てきて、しかも気安く呼んでいることを不思議に思うが、まあ朱音だし、ドラグニアの騎士というなら知り合いでもおかしくはないだろう。


 そしてルシフの質問には全力で首を横に振る。あれくらい強くなりたいとは思うけど、今の龍太が朱音と同じくらい腕が立つなんて滅相もない。彼女が逆立ちしたって敵わないのに。


「俺はこっちの世界に来るまで、普通の学生だったんだ。戦ったことなんて一度もなかったし、今だってハクアのおかげで戦えてるんだ。俺自身が強いわけじゃないよ」

「ふむ、過ぎた謙遜は時に自らの価値を貶めるばかりか、相手にも失礼に当たるぞ。君は相当鍛えている方だろう。男にしては華奢な身体ではあるが、身長に対して筋肉量は相当なものだ」

「身長のことは言わないでくれ……」


 しばらく誰にも触れられなかったから忘れかけていたのに。身長は龍太にとって、コンプレックスのひとつだ。

 中学の頃から完全に成長が止まり、170まであと1センチというところで神は龍太を見放した。なのに詩音は龍太と変わらないくらいまで大きくなるし、玲二に至っては10センチ以上大きい。


「まあでも、鍛えてるのは鍛えてるよ。それが実戦でどこまで通用するかは分からないけどさ」

「己の努力を認めるのはいいことだ。そうしなければ、人は成長できないからな」

「そうね。リュータはもっと、自分のことを認めてあげるべきだわ。あなたはとっても頑張っているのだから」

「ちょっ、ハクア……人前で頭撫でないでくれ……」


 二人きりの時なら存分に、というわけでもないけれど。人目のあるところで子供にするみたいに頭を撫でられるのは、思春期の羞恥心を多大に煽ってしまう。

 カーッと頬を熱くさせる龍太に構いもせず、ハクアはなおも頭から手を離さない。

 そんな二人を見て兜の奥でフッと微笑み、ルシフはテレビに再び目を向けた。


「どうやら、早くも第三試合が終わりそうだな。我々の出番もあっという間だろう」

「あら、本当ね」


 ハクアと二人、テレビに視線を向けると、随分圧倒的な試合が展開されていた。

 どうにも、片方のペアは二人とも動きが悪いように見える。カメラがアップで映し出した顔は青ざめていて、体調が悪いのだろうか。

 しかし大会本番に体調管理を怠るのは、本人たちの責任だ。


 見ている間に試合は呆気なく終わってしまい、負けた方の、体調が悪そうにしていたペアの二人が担架で運ばれていく。


 その決着を見て、オリビアが呟いた。


「感心しないわね……」

「なにがだ?」

「多分だけど、薬が盛られていたわ。試合前に仕掛けたんでしょうね」

「そんな卑怯な……ルール違反じゃねえのかよ?」

「リュータ、思い出してみて。今朝、そんな話を聞いた?」


 ハクアに言われ今朝聞いた注意事項を思い返してみるが、たしかにそのようなことは言われていない。


 なんでもありのタッグマッチ。

 つまり、試合前に闇討ちや毒を盛ることは、その()()()()()()に含まれる。


 正々堂々とか騎士道精神とか、そう言ったものが通用しない手合いも当然参加しているとは思っていたが、まさか一回戦からそんな試合を見てしまうとは。


「あのペア、順調にいけば朱音さんと丈瑠さんに当たるな……」

「三回戦ね。アカネなら大丈夫だと思うのだけれど、使われる毒にもよるかしら」

「彼女らにそのような小細工は通用しないだろう。たかだか毒程度が、時界制御を突破できるわけもない」


 吐き捨てたルシフにギョッとする。

 朱音の存在を知っていることはさておき、時界制御の銀炎まで知っているとなれば話は別だ。仮にドラグニアの騎士だとしても、団長レベルでないと知らないのではないだろうか。あるいは、ハルトのように個人的な付き合いが長いか。


「さて、残念なことに第四試合も、似たようなことが起きていそうだな」


 落胆を隠そうともしない声は低く、冷たいものだ。直接向けられたわけでもない龍太でも、背筋が震える。


 そしてテレビの向こうでは、龍太よりも歳下に見える若い男女の魔導師二人が、困惑しながらあちこちをキョロキョロと見渡していた。対戦相手が来る様子がなく、観客席からはブーイングの嵐。


『おっと、ここで速報です! なんと第四試合を予定していたプロテア&ファームペアですが、一回戦にも関わらず棄権するとのこと! プロテア選手は右足損失、ファーム選手は全身複雑骨折の大怪我を負ったようです! 一体なにが起こったのかぁぁぁ⁉︎』

『まあ、察することは出来るんだよ。毎年恒例とはいえ、そろそろルールを新しく追加するべきかも』


 白々しい実況に、呆れた声の解説ローラ。

 どうやら、一回戦から二度も続いて闇討ちが行われてしまったらしい。

 対戦相手の少年少女は、とてもそんなことをするようには思えない。今だって、なにが起こってるのか理解し切れず困惑し、観客からのブーイングや怒声に身を縮こませているだけだ。


「あの二人がやったわけじゃないよな……?」

「だろうな。恐らく、第三試合のやつだろう。二回戦で確実に勝てる相手を選んだ、と言ったところか」


 一回戦、二回戦と続けて行うのは難しい。なにせ相手に警戒されてしまう。だが、ある意味で気を抜いている一回戦なら、連続での闇討ちもやりやすい。


「ただ、悲しいかな。例えやつらが二回戦を勝ち上がったとしても、三回戦の相手はアカネとタケルだ」

「そうね、アカネたちに小細工は通用しないから、どんな目論見があったとしてもそこで潰えるわ」


 ルシフの言葉に頷くハクアも、どこかため息混じりだ。

 というか、こんな雰囲気の中で次は龍太たちの試合だ。やりにくいことこの上ない。


「第五試合に出場のペアは、すみませんが急いで準備してください!」


 部屋の扉からスタッフに呼ばれる。きっと第一試合の後もこんな感じで忙しなかったんだろうな、と呑気に考えながら、四人揃って部屋を出た。


 ルシフとオリビアは反対側からの入場になるので、ここで一旦お別れだ。


「では、また後で。いい試合にしよう」

「ああ、よろしく」


 それぞれスタッフに案内されて、反対の方向に歩いていく。

 その道中、気になっていたことをハクアに尋ねた。


「そういえば、ハクアはあの二人のこと知ってるのか?」

「そうね、リュータが正体を知ったら、とても驚くかもしれないわ」


 正体が気になるような、知るのが怖いような。クスクスと笑うハクアを見るに、龍太も知っているような人物か、あるいは彼女の交友関係を考えると、とても偉い人だったりするかもしれない。


 だがまあ、この場で彼らの正体を推し量るというのも、無粋なことだろう。


「ただ、強いことには変わりないわ。気を引き締めていきましょう」

「ああ。一回戦で負けるなんてカッコ悪いとこ、みんなに見せたくはないしな」


 だからまずは、勝つことだけを考える。



 ◆



『さあさあさあ! 続きまして第五試合! 第四試合はあのような終わり方になってしまいましたが、次はどうなるのか! 選手の入場です! 異世界人とドラゴンのコンビ、アカギリュウタ&ハクアペア対! 兜と仮面で素顔を覆った謎の二人組! ルシフ&オリビアペア! 第一試合で圧巻の試合を見せたアカネ選手とタケル選手と同じ、異世界人の登場ですが、どうでしょうローラ様! 彼もまたものすごく強かったりするのでしょうか⁉︎』

『アカネお姉ちゃんたちと違って、リュウタお兄ちゃんは事前情報がなにもないんだよ。もしかしたらとっても強いかもしれないし、意外とそうでもないのかもしれない。蓋を開けてみないと分からないんだよ』

『たしかに、アカネ選手は第一回大会に出場、ベスト8の前歴がありましたからね! しかし会場は二組目の異世界人とあり、再び盛り上がりを見せております! しかもそのペアがこの世界のドラゴン! 対するルシフ選手とオリビア選手ですが、こちらも前情報がありません! 謎の覆面二人組は、果たして何者なのか!』

『アリスお姉ちゃーん! 見てたらすぐに来て欲しいんだよ!』

『おおっとローラ様、突然どうされたのでしょう! しかしこの魔闘大会で相手の正体を探るのは無粋というもの! なにより大切なのは腕っ節ただひとつ! 異世界人だろうが素顔が分からなかろうが関係ありません! さあ参りましょう! 一回戦第五試合! 今! ゴングが鳴りましたァァァァ!!』



 ◆


「行くぞハクア!」

「ええ!」

『Reload Explosion』


 試合開始のゴングが鳴ると同時に駆け出し、放たれた銃弾が龍太の背中を追い越す。

 なにはともあれ、先手必勝。

 ルシフが銃弾を剣で斬り落とそうとすると、剣に当たった瞬間爆発が引き起こされた。僅かに怯んだ隙に肉薄して、逆袈裟に剣を振るう。

 しかし、相手の方が一枚上手だ。怯んだと思っていたルシフはあっという間に体勢を立て直していて、剣と剣のぶつかる激しい金属音が響いた。


「マジかッ……!」

「いい動きだが、一歩甘いな」


 鍔迫り合いの最中、頭上に魔法陣が広がる。魔力の槍が降り注ぎ、咄嗟に後ろへ飛び退いた。ルシフの背後に控える、オリビアの仕業だ。

 龍太が下がるのと入れ替わりに、ハクアの銃撃がいくつも襲いかかるが、ルシフはその全てを斬って捨てる。


 強い。ハクアが事前に言っていた通りだ。純粋な剣術では敵わないだろう。


「どうした、来ないのか? ならこちらから行くぞ。オリビア!」

「はい!」


 ルシフが真っ直ぐ突っ込んできて、オリビアは足元に魔法陣を展開させる。

 懐に入られる寸前、龍太とルシフの間にハクアが割って入ってきた。ドレスのスカートに隠されたナイフを抜き放ち、短い刀身で剣を受け止める。


「リュータ!」

「オーケー!」


 その代わり、龍太はオリビアの元へ。

 無詠唱で強化魔術を纏い、風よりも早く大地を駆ける。瞬く間にオリビアへ肉薄して、その瞬間。彼女の魔法陣が強く輝いた。フィールド全体を覆うほどの光に目を眩まされ、足を止めてしまう。

 視界を奪われた。まずいと、そう思った時にはすでに遅く、腹部に強い衝撃。大きく後ろに飛ばされて、少しずつ視力が回復する。オリビアに蹴り飛ばされたと気づいたのはその後だった。


 心配になってハクアの方を一瞥するが、彼女は大丈夫のようだ。ハクアにはドラゴンの五感が備わっている。目を奪われても、その他の感覚器が人間よりも発達しているから、龍太のように身動きが取れなくなるわけじゃない。

 押され気味ながらも、ルシフの剣戟をうまく躱していた。


「よそ見していていいのかしら!」

「チッ! 集え、我は疾く駆けし者!」

「概念強化⁉︎」


 殺到する魔力の槍。迷うことなく概念強化を発動し、広いフィールドを余すことなく使ってオリビアの攻撃から逃げる。


「ハクア!」

「任せて!」


 ハクアと位置を入れ替え、概念強化によって飛躍的に上昇した脚力の勢いそのままに、ルシフへと突っ込んだ。

 さすがに受け止めきれなかったのか、斬撃自体は剣で防がれたが、ルシフの体はオリビアの近くまで吹っ飛んだ。


「異世界の魔術かッ……アカネに教えてもらったのか?」

「どうだろうな!」


 休む隙は与えない。概念強化が続く限り攻め続ける。再び大地を蹴り、ルシフの懐に潜り込む。何度も剣を振るい、その度に甲高い金属音が鳴り響いた。

 防がれてはいるが、相手もこの速度についてくるのがやっとだ。確実に押している。


 背後からは銃声が何度となく聞こえてきて、オリビアを牽制してくれているらしい。


 行ける。このまま攻め続ければ勝てる。

 確信を持ち、剣を握る力をより一層強くして。


「たしかに速いな。だが、剣の振りが単純だ」

「なっ……⁉︎」


 完全に躱された。

 剣でなんとか弾いていた今までと違い、完全に見切った上で躱された。

 思考が驚愕に塗り潰された一瞬、鋭い突きが迫る。咄嗟に剣で軌道を逸らし、カウンターの蹴りを放つ。

 だがそれも見切られた。足首のあたりを掴まれて、投げ飛ばされる。なんとか着地は上手く行くが、また振り出しだ。


「どうした、バハムートセイバーは使わないのか?」

「どうしてそれを……」

「……いえ、彼なら知っていて当然よ、リュータ。アリスやアオイから報告は入っているでしょうし」


 あの二人が、わざわざ報告する立場? いよいよルシフの正体が分からなくなってきた。龍の巫女に近い、あるいはその上をいくということか?

 そんなもの、もうひとつしか思い浮かばないのだけど。


「いや、そうか。今は使えない理由があったんだったな」

「どこまで知ってるんだよ、あんた……」

「君の事情なら、ある程度は。この国で今朝、幼馴染と再会したと聞けば、大体のことは察してくれるか?」

「だったら、俺が変身できない理由も知ってるんじゃねえのか」

「そうだな。この国の巫女から話は聞いている。だが、君の事情などこちらには関係ない。全力を出した君たち二人と戦わなければならないのだからな」


 声に、押し潰される。ピリピリと肌を震わせ、冷や汗が額を伝った。

 威厳に満ちた、高圧的にも思える声。間違いなく、人の上に立つ者の声だ。低く冷たいそれには、およそ感情と呼ばれるものが感じられない。機械的と言ってもいいほどに。


「いつまでも隠し通せると思っているのか? あるいは、先に彼女の誤解を解こうと?」

「あんたには関係ねえよ!」


 ずかずかと繊細な部分に踏み込んでくるルシフに、怒りのまま叫び返す。

 自身の左右に魔法陣を二つ展開させて、そこから魔力剣が精製された。バハムートセイバーに変身しなくても、生身のままでも、龍太は戦える。

 それを証明するために、魔力を漲らせる。


剣戟舞闘(ブレイドダンス)!」


 魔力剣が手に持つ剣と一体化。刀身が淡く輝いて、軽く振るう。巻き起こる強い風圧にもルシフは動くことなく、静かに剣を構え直していた。


「おらぁぁぁ!!」

「ふっ……!」


 上段から振り下ろされた龍太の剣は、剣戟舞闘の効果で破壊力が増している。剣としての切れ味ではない。二倍、三倍にも増した衝撃がルシフを襲うが、衝撃だけをうまく受け流された。

 それでも相手の手が僅かに震え痺れているのを見て、畳み掛けるように連撃を見舞う。


「へい……ルシフ様!」

「わたしを忘れないでよ!」

「ハクア、様……!」


 助太刀に入ろうとしたオリビア目掛けて、ナイフが投擲された。麻痺毒を発生させる魔導具のナイフだ。オリビアは辛うじて躱したようだが、続け様に放たれる魔力弾はいくつかまともに食らっていた。


 しかし、ハクアには様をつけるのか。なんか余計に分からなくなってきたぞ。


 と、無駄な思考を挟んでしまったからか、ルシフの放った横薙ぎの一撃をもろに食らってしまう。

 物理ダメージは精神ダメージに変換される。言葉として聞いてもいまいち実感は持てなかったが、なるほどこれはキツい。痛みはある。けれど血は流れない。体が重くなって、倦怠感がのしかかってくる。

 今受けた一撃が、相当深かったからだ。


 膝を折り地につけて、傷ができているわけでもない腹を抑える。そこにたしかに、痛みはあるのだ。


「くそッ……!」

「リュータ!」

「どうした、このままだと本当に終わるぞ。バハムートセイバーを使わなくていいのか?」

「どうしてそこまで、使わせたがるんだよっ」

「試さなければならないからな」

「なんだと?」


 試すだと? そんな上から目線の、勝手な都合を押し付けてきてるのか、こいつは。


「それに、もう手遅れだろう。君の幼馴染には、先程の会話を聞かれているからな」

「は?」


 まさかと思い、観客席を見渡す。

 エリュシオンスタジアムのフィールドは広い。百メートル四方のちょうど真ん中辺りに龍太は立っているのだ。単純に考えて、観客席までは近くても五十メートル。その距離でも聞こえるような声では話していない。

 当然、テレビ中継も龍太たちの声は拾っていないだろう。


 そのはずなのに。

 何故か、その姿はすぐに見つけることができた。観客席の最前列で、前髪に隠れた目を大きく見開いて、驚愕をあらわにしている幼馴染の女の子を。

 脳に作用させる概念強化。その効果が切れていないせいで、五十メートル近く離れたここからでも、簡単に見えてしまった。


「なんで、聞こえてるんだよ……!」

「それは本人の口から、直接聞くことだな。さあどうする? これで、君が変身しない理由はなくなったわけだが」

「てめぇ!」

「強情だな。仕方ない、そうせざるを得ない状況を作るか。()()()()()!」


 誰の名前を呼んでいるんだ。一瞬の疑問に思考を奪われた、その僅かな隙。

 龍太の足元に、魔法陣が広がる。


「たしか君たちは、十メートル以上離れると、どうなるのだったかな?」

「なッ……⁉︎」


 陣が起動。地面が途端に隆起して、龍太の身体は宙に撃ち出された。

 その衝撃と痛みに表情を歪ませるが、それどころじゃない。地上を見下ろせば、目視でも十メートル以上打ち上げられたと分かる。


 龍太とハクア、二人の体が淡く輝き始めるのと同時だった。オリビア、いや、ルシフからはシルヴィアと呼ばれた女魔導師が、龍太よりも更に高い上空へ飛び上がったのは。


「ごめんなさい、リュウタ。陛下の戯れに、少し付き合ってもらうわね」


 滞空したシルヴィアが、こちらに手のひらを向ける。広がる魔法陣はどこかで見たことのあるものだ。

 それも当然だろう。だって、彼女が作った龍具を、仲間の一人が持っているのだから。


天を堕とす(パラダイス)──」

誓約龍魂(エンゲージ)!」

「──無限の輝き(ロスト)ッ!!!」


 放たれた夥しい光の鏃が、輝く球体に包まれた龍太を飲み込む。激しい光雨に晒されながらも、球体には傷一つ付かない。ただその勢いに負けて、地上へ一直線に叩き落とされるだけだ。


 地面と激突して、球体にヒビが入った。甲高い音とともに割れる。中から現れるのは、赤のラインが入った純白の鎧。真紅の瞳を持つ仮面。鋭利なデザインはどこか凶悪さを感じさせるが、しかしそれすらも美しい純白を彩るスパイスだ。


 バハムートセイバー フェーズ2


 使うつもりなど毛頭なかったのに。こんな衆人環視の中、いや、詩音が見ている中で、変身してしまった。


「ああくそッ! こうなっちまったらもう仕方ない! ハクア、絶対勝つぞ!」

『当然! 国を抜け出してきた国王陛下と宮廷魔導師長には、きついお灸を据えてあげましょう!』

「え、国王陛下……?」

『来るわよリュータ!』

「あ、おう!」


 なんかとんでもないことを聞いちゃった気がするけど、接近してきたルシアに思考を中断させる。

 とにかく、使ってしまったからには仕方ない。そして、使ってしまったからには勝たなければならない。


「試させてもらうぞ、バハムートセイバー。その力が、赤き龍と戦うに相応しいかどうかを!」


 相手が国王陛下だろうが、今この場では関係ないのだ。



 ◆



『ななな、なんとぉぉぉぉ!!! オリビア選手の正体はドラグニア神聖王国の宮廷魔導師長、シルヴィア・シュトゥルム様! そしてそしてッ!! ルシフ選手の正体はドラグニア神聖王国国王陛下、ルシア・ドラグニア様だったぁぁぁぁ!!! さらにその上、リュウタ選手とハクア選手の身に何が起こったのか⁉︎ 二人の体が一体化し、鎧の戦士が爆誕したぞ!! この試合、あまりにも情報量が多すぎます!』

『バハムートセイバー。ローラも詳しく聞かされてるわけじゃないけど、あれが二人の切り札らしいんだよ! 異世界人のリュウタお兄ちゃんが、今日までこの世界で戦い抜いてこれた理由の一つかも! シルヴィアお姉ちゃんとルシア陛下は知らないんだよ。アリスお姉ちゃんに怒られたらいいんだよ』

『ローラ様、あまりにもドライです! ドラグニアの重鎮二人に対してあまりにもドライ!』

『でも、これで試合がどうなるのか分からなくなってきたんだよ! 制限時間はアリスお姉ちゃんの介入があるまで! どっちも頑張ってね!』

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