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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
54/117

魔闘大会、開催 1

 雲ひとつない晴れ空。夏の日差しが強く照り付けるローグの城都、その海沿いに建てられたエリュシオンスタジアムは、多くの人で賑わっていた。

 屋台に並ぶ者、これから始まる大会に胸を躍らせる者、野次馬の如く騒いでいるから取り敢えず来ただけの者もいるだろう。


 一週間前、同じ場所で開催された、ローラ・エリュシオンのライブに勝るとも劣らない盛り上がりっぷり。

 その時とは違い天井のドームが開き、スタジアム内には太陽の光が降り注いでいる。


 今日はいよいよ、魔導大会開催当日だ。


「さすがに人が多いな」

「伊達に回数重ねてないってことよ。第一回の時はここまで多くなかったわ。アーサー、逸れないでね」

『心配ない、逸れたとしても匂いで辿れる』

「きゅー!」


 大会に参加しないジンとクレナ、アーサーとエルの二人と二匹は、スタジアムの外で人波に揉まれていた。

 中に入るのはチケット制なのだが、ローラのコネで最前列の席を確保できているのだ。だからそう急いでスタジアム内に入る必要もなく、周囲を見回ってから行く予定だったのだが。


 これは失敗かもしれないな、とジンは内心で嘆息する。

 なにせ彼は今現在も、もしもの時のために大剣を背負っているのだ。以前のように鎧は着ておらずとも、筋骨隆々の巨漢が大剣を背負って人混みの中で立っていると、周りの人たちに迷惑。

 一応、大剣の刃には魔術的な処置が施されているため、背負っている限りは刃が他人に当たることはないのだが。


「それにしても、本当凄いわね……」


 クレナが呆れた様子で視線を向ける先にあるのは、この日限りの出店ではなく、スタジアムに併設されたショップだ。

 売っているのは当然、この国のアイドルであるローラのグッズ。ローラの顔が印刷されたタオルや、色んな場面を撮影したプロマイド。うちわやペンライトも売っている。


 そんなローラのグッズよりも、さらに大々的に売り出されているのが、新人アイドル桐生朱音のグッズだ。

 先週のライブで撮影した写真を使っているのか、ローラと同じく朱音が印刷されたタオルとプロマイドが売っている。

 しかも見た感じ、結構売れてるっぽい。

 朱音が魔闘大会に出ることはすでに周知の事実だし、これらを買って応援しようという人が多いのだろう。


「俺たちも買っていくか?」

「嫌がられるでしょ」

『いや、いくつか買ってくれないか。元の世界に帰った時、彼女の両親へのいい土産になる』


 意外にも乗り気なのはアーサー。その顔は心なしか、笑っているようにも見える。声もちょっと浮かれているようだった。


 というわけで、タオルとプロマイドをそれぞれ購入。アーサーは満足げに鼻息を漏らしている。


「そろそろ時間ね。遅れる前に中に入りましょう」

「そうだな。リュウタとハクアも、そろそろ観客席にいる頃だろう」


 大会初日にあたる今日、参加者は事前説明とやらで一度スタジアムに集まってもらっている。朱音と丈瑠はそのまま一試合目に臨むが、龍太とハクアはしばらく時間があるので、一度観客席で合流する予定だ。


「それと、警戒は怠らないように」

「分かっている。せっかくの祭りだ、水を差されてはたまらない」

「エルとアーサーも、悪いけどお願いね」

『ああ』

「きゅー!」


 頷くアーサーと、祭りの雰囲気に当てられてかどこかいつもより元気なエル。


 あり得ないと思いたいところだが、もしこの国に、既にスペリオルが潜んでいたら。

 魔闘大会は実力者が集う。そしてその殆どは、試合でダメージを負ってしまう。仕掛けるタイミングとしては悪くない。当然、かなり大掛かりな作戦を練ってくることだろう。


 大会に参加しないジンたちは、龍太たちが安心して試合に臨めるようにすること。


 なにより、一週間前にホテルで、部屋の壁越しに聞こえた友の泣き叫ぶ声が忘れられないから。


「俺の友人を泣かせるような輩は、たとえ誰であっても許さん」

「同感。もし見つけたらボッコボコにしてやるわ」



 ◆



「えー、というわけで、注意事項は以上になります。これらを守られない場合は即刻失格、退場となりますので、忘れないようにしてください」


 前方で拡声魔術を使いながら注意事項を軽く説明してくれた魔導師が、やることは終わったとばかりにどこかへ立ち去る。

 注意事項と言っても、大したことはない。フィールドに張られた結界を壊すなとか、その上で相手を殺すなとか。そもそも参加者の殆ど全員には不可能なことばかり。


 つまり、実際はルールなんてあってないようなものなので、存分に殴り合ってくれ、ということだ。


 場所はエリュシオンスタジアム。

 試合の会場にもなる、百メートル四方のフィールド上。元の世界の野球場と同じくらいの広さだろうか。

 先週と違って天井のドームは開かれ、見上げれば青い空がどこまでも広がっている。


 龍太とハクア、朱音と丈瑠。それに桃と緋桜を加えた六人は、フィールド上に固まって立っていた。

 桃と緋桜も同じホテルに泊まっていたから、せっかくだしと一緒に来たのだ。


「おい、本当にいるぞ……」

「アイドルじゃなかったのか……?」

「いくらローラ様に姉と呼ばれてるからって、調子に乗らないで欲しいわよね」

「しかも一試合目だしよ。本当に戦えるのかよ」


 周りから聞こえてくるのは、全て朱音に向けられた声だ。

 朱音の実力を知っている側からすると、なんとも命知らずな発言だと思わざるを得ない。本人はなんとも思っていない様子だが、どの世界にもアンチというのはいるもんだなと、龍太はいっそ感心してしまう。


 朱音に声をかけようかとも思ったけど、やめておいた。なぜって、悪い笑みを浮かべてブツブツと呟いてる朱音が怖いから。


「ふふっ、やっぱり予定通り、圧倒的な実力差で蹂躙するに限るかな。その上で誰が見ても分かりやすいパフォーマンスで。だったら一瞬で終わらせるよりも、出来るだけ長く苦しむ方向で行こうそうしよう」


 いやマジで怖いよ。やっぱり結構気にしてるんじゃん。


 触らぬ神に祟りなし。

 朱音の方に話は振らず、龍太は誰に言うでもなくつぶやいた。


「そ、それにしても、先週はライブ会場だったのにな」

「設営とかには一日もかからないだろうし、この結界もスタジアム自体に埋め込まれたものだからね。運営側の準備はあんまりないんだよ」


 広々としたフィールドを見渡しながら言う龍太に、丈瑠が説明してくれる。

 彼の言う結界とは、ドラグニアの先々代魔導師長が作ったものらしい。この大会のためだけにスタジアムに埋め込まれ、物理的なダメージは全て精神的なダメージへと変換される。それにより大会で死者は出ることがなく、安全で健全な殴り合いができるというわけだ。


「それにしても、改めて聞くととんでもない結界だよね、これ」

「あの人が作ったんなら納得だけどな」

「緋桜さん、この結界作った人のこと知ってるんですか?」

「まあな。今はどこにいるのか知らないけど、色々世話になった人なんだよ」


 桃や緋桜からしても常識外れな結界だ。術者はきっと、龍太の想像できないほど凄い人なのだろう。


 さて、龍太とハクアはこれから、観客席の方に上がって他の仲間たちと合流する予定だ。朱音と丈瑠はそのまま一試合目の準備になる。チラホラと観客も入り始め、周りにいる他の魔導師たちも退散し始めた。


 その中をぐるりと見渡して、見つける。

 猫背気味の背中、長い黒髪。龍太と変わらない身長。伸ばされた前髪で隠れた瞳。

 隣には見知らぬ青髪の老人が立っているが、彼女の姿を見間違えるわけがない。


「ハクア」

「……あの子ね」

「ああ……朱音さん、すいませんけど、もう行きます。一試合目、頑張ってくださいね」

「うん。そっちも、色々頑張りなよ」


 どうやら、朱音は察してくれたらしい。四人に断ってその場を離れた龍太とハクアは、駆け足で出口へ向かう幼馴染の元へ。

 彼女が通用口に入ったところで、大きな声で名前を呼んだ。


「詩音ッ!」

「……っ、りゅう、くん……?」


 びくりと肩を震わせて振り返る、龍太の幼馴染。この世界に来てからずっと探していた、大切な家族のような存在。

 東雲詩音は前髪に隠れた目を大きく見開いて、驚きをあらわにしていた。


 ここで声をかけられることを、想定していなかったのだろう。詩音は抜けているところがあるから。


「ようやく会えた……! 変な伝言だけ残しやがって……心配したんだぞバカ!」

「ごめん、ね……でも、私だって、心配したんだよ?」


 大股で近づき、肩に手を乗せて大きく安堵のため息を吐く。

 よかった、ちゃんと俺の知ってる詩音だ。おどおどしてるけど、優しくて、言いたいことはちゃんと口にする。

 詩音は、生きてた。ここにいる。


「本当に、生きててくれてよかった……!」

「りゅうくんも、無事でよかった……」


 何をおいてもまず嬉しさが勝って、思わず涙腺が緩みかける。だが一週間前のことを思い出し、ギリギリで耐えた。

 人前で泣くなんて、あの日あの時だけで十分だから。


「リュータ、そろそろわたしたちのことも紹介してもらっていいかしら?」

「あ、ああ、悪い。詩音、こっちはハクア。俺がこの世界に来てから世話になってて、俺のパートナーなんだ」

「よろしく、ウタネ。リュータの幼馴染なら、わたしとも仲良くしてくれると嬉しいわ」


 ニコリとハクアが微笑むと、詩音は顔を赤くして俯いてしまう。詩音が人見知りなこともあるだろうけど、ハクアがとても美人だから緊張しているのだろう。


 次はそっちの番だぞ、と言ってやりたいところだったが、その前に、詩音の隣に立っていた老人が先んじて口を開いた。


「初めまして、アカギリュウタ殿、白龍ハクア殿。私はヘル、ウタネ様のパートナーをしております、しがないドラゴンです。以後、お見知り置きを」

「今まで、詩音のことを守ってくれてたんですよね。ありがとうございます」

「いえいえ、私はほんの少し力をお貸ししたまで。この世界で生きてこられたのは、ウタネ様自身がお強いからです」


 青い髪をした、燕尾服の老人。ヘルと名乗ったドラゴンは、その口調といい服装といい、まるで金持ちに仕える執事のようだ。

 その印象通りというか、柔和な笑顔は人付き合いに慣れているように見える。これまた、詩音と見事に対極的。


 そんな老人を、ハクアはなぜかジーッと見つめている。

 視線に気圧されたのか、ヘルは苦笑しながら問いかけた。


「どうかされましたかな?」

「いえ……あなた、どこかで会ったことないかしら?」

「はて、どうでしたかな。私はとんと記憶にございませんが……」

「そう、ならいいのだけれど」


 意図のわからないハクアの言葉に、龍太も首を傾げる。

 お互いドラゴンだ。人間の何十、何百倍も長生きだし、二人が記憶の彼方に忘れただけで、もしかしたら会ったこともあるのかもしれない。

 ただ、今回はハクアが覚えていてヘルが覚えていなかった。それだけの話だろう。


「そうだ、そんなことより! 詩音、あの伝言はどう言う意味だよ⁉︎」


 この一週間、ずっと聞きたかったこと。

 頭の中にこびりついて離れなかったことを、ようやく口に出せた。


 しかし、詩音は予想外の反応を見せる。

 聞いた瞬間に表情が消え失せ、前髪の奥に見える瞳には、仄暗い光が。


「大丈夫……りゅうくんは、心配しないで……? 私が、れいくんの仇を、取るから……バハムートセイバーは、私が倒す、から」


 辿々しくも、力強い言葉。

 呆気に取られて何も言えない龍太は、それ以上に強い驚きがあった。


 詩音が、こんな表情をするとは思わなかったから。

 相手が憎くて憎くて仕方ない顔。

 出会った頃の朱音や、ジンの兄であるレッドと同じ。

 復讐を誓った者の顔だ。


「ウタネ様、そろそろ時間です」

「あ、うん……じゃあ、りゅうくん、私たち、もう行くね……?」

「あ、ああ……」


 ヘルに声をかけられて、詩音の瞳からは仄暗い色が消える。

 そのまま龍太とハクアを置いて、二人は立ち去っていった。


「結局、詳しいことはなにも聞けなかったな……」

「ええ……けれどあの子、本気でバハムートセイバーに復讐しようと思っているのね」


 そこは間違いない。あの目は本気だった。

 詩音はいつもオドオドしてるけど、口調も辿々しいものだけど、一度決めたことは絶対に曲げない頑固ものでもある。


「あのヘルってドラゴンも、いいやつにしか見えなかったし」

「……リュータ、そのことなのだけれど。彼は注意した方がいいかもしれないわ」


 ハクアから予想外の言葉を聞かされて、龍太は首を傾げる。

 詩音のパートナー、ヘル。龍太は彼に悪い印象を抱かなかった。柔和な物腰と表情、一歩引いた謙虚な姿勢。詩音のためにここまで一緒にいてくれている事もあって、龍太の中では信頼できるドラゴンだと思うだが。


「ごめんなさい、うまく言葉にはできないのだけれど……」

「そっか……分かった。ハクアがそういうなら、信じる」

「いいの?」

「当然だろ」


 他の誰でもない、ハクアが言うから。

 信じる理由なんてそれだけで十分だ。龍太にはない、長く生きたからこその勘もあるだろうし、同じドラゴン同士で感じるものもあったのかもしれない。


 だから、うまく言葉にできなくてもいい。ハクアがそう思うのなら、龍太はそれを信じるだけだ。


「またなにか分かったことがあったら、その時に言ってくれよ。俺はハクアを疑ったりしないから」

「でも、あなたの大切な幼馴染のパートナーなのよ?」

「いや、そうだけどさ」


 この期に及んで分かっていなさそうなハクアに、龍太はどう説明したものかと言葉を詰まらせる。

 いや、そのまま口にして言えばいいのだけど、それは少々照れくさいというか、シンプルに恥ずかしい。


 けれど見上げてくる赤い瞳に根負けして、結局素直な言葉を吐き出した。


「本当はこんな風に上下をつけたくないんだけどさ……俺の中では、もうハクアの方が大切だから、そのだな……」


 それ以上はさすがに口にできなくて、もごもごと意味のない音だけが漏れる。それでも十分だったのか、ほんのりと頬を朱に染めたハクアは、はにかんで微笑む。


「ありがとう。わたしも、リュータが一番大切よ」


 一歩距離を詰められ、手を握られる。

 あっという間に顔が沸騰しそうになってしまった龍太は、ろくな抵抗も出来ず、そのまま観客席の方へ向かった。


 周囲の視線がかなり痛かったけど、そんなものは気が付かないフリだ。



 ◆



『強い日差しにも負けない熱狂! ぶつかり合うのは鍛えられた力と技! ついにこの日がやって参りました! 第十回魔闘大会!! 実況は第一回大会からお馴染みのわたくし、レナトリア・アクアマリンでお送りいたします! そしてそして、記念すべき第十回ということで、解説には毎日日替わりでスペシャルゲストが! 本日はこちらの方! ローグが誇る世界のアイドル、ローラ・エリュシオン様です!』

『みんなこんにちはー! 解説のローラ・エリュシオンだよ! 今日は来てくれてありがとう! 頑張って解説するから、ローラのことも応援してね!』

『改めましてローラ様、本日はよろしくお願いします! 先日の大陸縦断ツアーファイナル、大盛況のうちに幕を閉じましたが、最終日になんとなんとのサプライズでしたね!』

『アカネお姉ちゃんのことだね! お姉ちゃんとはローラが巫女になった頃からの付き合いなんだよ。昔は歌やダンスの練習にもよく付き合ってくれて、ああやって二人でステージに立つのが夢だったんだよ!』

『念願の夢が叶ったと! それはめでたい! そして、そのキリュウアカネさんですが、驚くことに今大会にも参加していると! アイドルとしてデビューしたばかりなだけに、多くの反響を呼んでいるようです! どうでしょうローラ様、アカネさんはどこまで勝ち進めると思いますか!』

『ぶっちゃけ普通に優勝しちゃいそうなんだよ』

『これはぶっちゃけちゃいましたね! しかし、そう甘くいかないのが魔闘大会。ギルド所属の魔導師は参加不可とはいえ、あらゆる国からあらゆる強者が集まっています! それでは早速、第一試合に参りましょう! キリュウアカネ&ヤマトタケルペア対ドレッド・ノート&スージィ・ペンタゴン! 今、ゴングが鳴りました!』



 ◆



 カァァァン!! と甲高いゴングの音が青空の下に鳴り響き、一回戦第一試合が開始された。

 歓声は音の波となって耳に届く。


 さて、と思案する朱音は未だ腰の刀にも手をかけず、それは数歩後ろの丈瑠も同じ。ホルスターから銃を抜いていない。


「どうしましょうか、丈瑠さん。一試合目は派手に勝っておきたいのですが」

「朱音にお任せするよ。なんだったら、二人とも倒しちゃっていいよ?」

「いえ、それでは意味がありませんが。私とペアを組んでいる以上、丈瑠さんにも多少は卑しい視線が向けられているはずですので。ここで実力を示しておいて欲しいんですよ」

「そういうことなら」

「いつまでくっちゃべってやがる!!」


 十メートル以上離れた位置から、怒声が届いた。この試合の相手、名前はなんだったか忘れたが、こちらと同じ男女のペアは、全くやる気を見せない朱音と丈瑠に怒り心頭のようだ。


 ゴングは既に鳴っている。動かない朱音と丈瑠に痺れを切らしたのか、斧を持った男が突っ込んできた。

 その後ろでは、女が杖を掲げて詠唱を始めている。

 男の狙いは朱音だ。さすが大会に出場するだけあって、動きは素早い。瞬く間に懐へ入られ、柄の短い斧の斬り上げが。


「丈瑠さんはあっちお願いしますね」

「了解、やりすぎないようにね」


 一歩後ろに下がって躱し、丈瑠が銃と短剣を抜いて駆けていったのを確認。

 続く斧の連撃を、鞘に収めたままの刀でいなし、身を捻って躱す。


「アイドルだかなんだか知らねえが、この大会はお嬢ちゃんには場違いだよ!」

「むっ、そんなこと言われるとちょっと傷つくな。これでも一応、一端の戦士としては自覚があるんだけど」

「はっ! だったらその実力、見せてみやがるぶおぉっ!!」


 斧の連撃に対して、カウンターの回し蹴りが顔面にクリーンヒット。男の体は奥で戦っていた丈瑠たちの背を追い越し、五十メートル以上先の壁にぶつかって沈黙した。


「やば、やりすぎちゃった……蹴り一発で沈むとは思わなかったなぁ……丈瑠さん! 派手にやるのはお願いします!」

「そんなことになると思ったよ!」


 朱音は手加減が苦手だ。本人としては結構力を抜いたつもりの蹴りも、ご覧の通り。男は当然朱音よりも背が高く、体型だってよく見る典型的なパワーファイターだったのだが。

 だからこれくらい耐えられるだろう、と考えて蹴ったら一撃で伸びた。


 十分予想の範囲内な展開に、丈瑠はいっそ笑いまで込み上げてくる。


「くっ、よくもドレッドを!」

「悪いけど、お姫様のご要望なんだ。ド派手に終わらせてあげるよ!」

「簡単にやられてたまるもんですか!」


 残された女魔導師の体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には岩の体を持つドラゴンへと変貌している。やはり、ペアで出場する以上はパートナーで出るのが定石か。

 おそらくはそのためのタッグマッチだろう。


「残念、予測通りの未来だ」


 橙色に輝く、丈瑠の左目。未来視の魔眼。

 その力は文字通り、来る未来を予測する。

 あるいは、望む未来を引き寄せる。


 ドラゴンが飛び上がった瞬間、先ほどまで彼女が立っていた位置に魔法陣が広がる。そこから伸びる鎖がドラゴンの体を絡めとり、地面に叩き落とした。

 対して丈瑠は上空に飛び上がり、自身の周囲に魔法陣を展開。


 鎖を通して敵の魔力を吸収し、それがそのまま魔法陣へと収束した。


魔を滅する破壊の銀槍(シルバーレイ)!」


 魔法陣から射出される大量の銀の槍が、地面に落とされたドラゴンへ降り注ぐ。

 苦しそうに喘ぐドラゴンだが、あの岩の体はこれだけじゃ突破できない。更に畳み掛けるため、新たな魔法陣を展開。反撃の隙は一切与えず、詠唱を紡ぐ。


「我が名を以って命を下す! 其は昏き底より出ずる神の化身!」


 雲ひとつない青空に、暗雲が立ち込める。

 天候すら容易く変えてしまうその魔術に、観客が、実況者がどよめき、フィールドに立つドラゴンは生唾を飲んだ。


 事ここに至って、ようやく理解したのだろう。一回戦の第一試合。自分たちの対戦相手が、どんな相手なのか。


深淵を覗き叫ぶ招雷クラマーレ・ヴィタル・アビスッ!!」


 放たれるのはそこまで大きいわけではない雷球。しかしドラゴンに直撃した瞬間、そこ目掛けて天から夥しい稲妻が落とされた。

 いくら岩の体を持ち、耐久力に自信のあるドラゴンといえど、この威力には耐えられるはずもない。


 ドラゴンはついにズシンッ、と音を響かせて沈み、ここで試合終了のゴングが鳴った。

 同時に雷雲が晴れ、青空が戻ってくる


「お望み通り、結構派手にやったつもりだけど。お気に召していただけたかな?」

「十分ですよ。でも丈瑠さん、使う魔術といい言葉遣いといい、どんどん父さんに似てきてますが」

「僕の師匠だからね」



 ◆



『しょ、勝負ありぃぃぃぃ!! 一回戦第一試合、開始三分とせず決しました! 勝者はキリュウアカネ&ヤマトタケルペア! ドレッド選手を文字通りに一蹴し、龍の姿へ戻ったスージィ選手へは容赦ない特大魔術の連続攻撃! 誰がこのような展開を予想したでしょう! アイドルの姿はステゴロ魔導師! そしてそのパートナーは天候すら操る実力の持ち主だったァァァァァ!!』

『アカネお姉ちゃんは解説とかいらないかな? あれ、強化魔術も使わずただ蹴り飛ばしただけなんだよ。タケルお兄ちゃんの方がみんな理解できてないかもね。最初の鎖と銀の槍は魔導収束。ご存知、人類最強のアオイおじちゃんが作った魔術だね。その後の雷は、正直ローラでも意味不明なんだよ。異世界の魔術ってやつだね』

『なんと! 龍の巫女であるローラ様で理解不能の魔術とは! やはり異世界はこのような強者ばかりの魔窟なのか⁉︎』

『あの二人が特別なんだよ。タケルお兄ちゃんはいい師匠が見つかったみたいだし、アカネお姉ちゃんは第一回大会でベスト8なんだよ』

『なんと! このレナトリア、痛恨の見逃しであります! アカネ選手はあの伝説の第一回大会に参加していたとは! しかしそうなると、気になるのはもう一組の第一回参加ペアですね! この二組が決勝でぶつかれば、果たしてどうなるのでしょう!』

『それはさすがに気が早すぎるんだよ。まだまだ大会は始まったばかりだし、大判狂わせがあるかも』

『失礼、そうでしたね! なにがあるのか分からない、それが魔闘大会です! さあ続いて第二試合と行きたいところですが、予想外に第一試合が早く終わってしまったため、選手の準備がまだ終わっていないようです!』

『だったらローラが場を繋ぐんだよ! ローラの即興ライブ! お姉ちゃーん! 一緒に歌お!』

『おおっとローラ様、突然フィールドへ転移しました! まだ選手の退場が終わっていませんがこれは⁉︎』

「ちょっ、ローラ⁉︎ 私試合で疲れてるから!」

「嘘なんだよ! ローラには手加減してるの丸わかりだもん! というわけで、ミュージックスタート!」

『キタァァァァ!! ローラ様とアカネ選手の即興ライブ! みなさん、第二試合開始まで、お二人の歌声とダンスを存分にお楽しみください!』

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