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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第三章 英雄と偶像
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アイドルデビュー 2

「もう二度とやらない……」


 ローグの魔導師ギルド、大樹の歌姫(ガーディアンドール)のロビーにて。テーブルに突っ伏する女性が一人。


 言わずもがな、まさかまさかのアイドルデビューを果たしてしまった桐生朱音だ。

 彼女は未だに耳まで真っ赤にして、羞恥心が抜けきっていない様子。ライブ中は途中から開き直って随分楽しそうにしていたのに、我に帰ると色々ぶり返したらしい。


「わたしは良かったと思うわよ、アカネ! ライブ中のあなた、とても綺麗だったもの!」

「そうっすよ朱音さん! なにも恥ずかしがることないですって!」


 ハクアと一緒にフォローする龍太だが、残念ながらレスポンスは返ってこない。頼りの丈瑠に視線を向けても、彼は優しく微笑んでるだけ。どうやら丈瑠は丈瑠で、恋人のアイドル姿を気に入ったらしい。


 朱音的にはライブ中よりも、終わった後の方が大変だっただろう。

 世界に名を轟かせる龍の巫女兼アイドル、ローラ・エリュシオンの姉として、サプライズ登場したのだ。そのスクープは瞬く間に世界へ広がり、ファンのみならずあらゆる人が朱音の存在を知った。

 このギルドまで来る道中でも、気を抜けば街の人たちに囲まれそうになったものだ。

 まあ、朱音は速攻で認識阻害を使って難を逃れたのだけど。


 挙げ句の果てに、アリスや蒼、桃と緋桜にまで伝わっている始末。

 ドラグニアにいる二人からはギルドを介して驚きの声が、世界中を旅して回っているはずの二人からは、別れる際に丈瑠が渡した通信用のヒトガタに直接からかいの声が届いた。


 昔からの知人にまで知られてしまったのだ。朱音が不貞腐れてしまうのも、分からなくはない。


「一応言っとこうと思うんだけど、レッドのバカが儲け話の匂いがするって連絡きてたわよ」

「しないよそんな匂い! 嫌がらせじゃん!」


 クレナの言葉はさすがに聞き捨てならなかったのか、ガバッと顔を上げる朱音。多分嫌がらせだろう。朱音とレッドは和解はすれど仲良しこよしというわけではないのだ。


「大丈夫、ふざけんなバカって一蹴しといたから」

「まあ、あちらは手遅れかもしれんがな」


 苦笑しながらジンが視線を向けた先では、ギルドの魔導師三人が、腕組みして遠いところを見つめながら、なにやら話し合いをしている。耳を澄まして聞いてみると……。


「アカネさん、マジ良かったよな……」

「分かる……俺、ローラ様一筋を貫こうと思ってたけど、ぐらっときちゃったもん……」

「いや、時代は箱推しだよ。小さくて守ってあげたくなる妹系王道アイドルのローラ様と、長身スレンダーイケメンのアカネさん。この姉妹コンビが尊いんだ……」

「それな、尊い」

「な、マジでいい」

「アカロラの風が吹くな」

「そこになおれオタクどもッッ!!」


 羞恥心が臨界点を超えて怒りに変わってしまった朱音が、刀を取り出したところで丈瑠に羽交い締めにされた。

 ドルオタ三人は蜘蛛の子を散らすように逃げていったが、なんだったんだあいつらは。


「どうどう、落ち着きなよ朱音」

「丈瑠さん……」

「僕は朱音がアイドルになったら、一生推し続けるからね」

「丈瑠さんまでなんてこと言うんですか!」


 裏切られたとばかりに大声を上げるが、残念ながらこの場に朱音の味方はいない。

 だって龍太も、あのステージを見てしまってはアイドルやりましょうって言いたくなるから。


 ちなみに、ステージで朱音がローラと披露した曲は、昔ローラの練習に付き合う時に使っていた曲らしい。その時に歌も踊りもマスターしてしまったのだとか。

 衣装の方はと言うと、いつこの日が来てもいいようにとローラがデザインを事前に準備していて、朱音がレコードレスの形状を変化させた。とは言っても、ローラが着ていたドレスと左右対称で色が違うだけだ。朱音ならすぐに用意できただろう。


「お姉ちゃんお待たせー!」


 朱音が若干涙目になっていると、二階に続く階段からローラが降りてきた。

 短く切り揃えられた緑の髪と、くりんとした大きな瞳。十四歳の少女らしく華奢な体は、とても龍の巫女と思えない。

 朱音に抱きついているところを見ると、余計に。


「ローラ、あんまり人前で抱きつかないの。もう一人前の巫女なんだから」

「えー、だってお姉ちゃんも久しぶりに会えたんだもん!」

「久しぶりなんだからあんなことはやめてほしかったかなぁ……」


 言いつつ、ローラの頭を優しい手つきで撫でている。口では拒絶するようなことを言っても、朱音自身満更ではないのだろう。


 あるいは彼女も、ローラと同じ歳の頃には、ああやって誰かに甘えていたから。


「ほら、今日は私たちも用事があって来てるんだから、いい加減離れて」

「もうちょっといいじゃーん! ってウソウソ痛い、痛いよお姉ちゃん! あ、でもこの感じ本当に久しぶりだぁ!」


 アイアンクローで無理矢理引き剥がされ、恍惚の表情を浮かべているが……大丈夫なのかこのアイドル……。


 若干ドン引きしながら本当の姉妹のような二人を眺めていると、ローラが改めてこちらに向き直り、元気な笑顔で自己紹介してくれる。


「初めまして! 木龍の巫女兼アイドルの、ローラ・エリュシオンだよ! ジンさんとクレナさんはお久しぶりです!」

「赤城龍太だ、よろしくな」

「白龍のハクアよ。さっきのステージ、とても良かったわ」

「えへへ、ありがとう! それとよろしく!」


 ニパーっと満面の笑み。うーん、これはたしかに、人気が出るのも納得だ。元の世界にいた時はアイドルなんて興味なかったけど、いわゆるドルオタと呼ばれる人たちの気持ちがわかった気がする。


「それで、聞きたいことがあるんだよね? アオイおじちゃんから話は聞いてるよ!」

「おじちゃん……」


 そんな歳には見えなかったのだが……まあ、あそこは夫婦揃って規格外だし、実年齢は結構いってるのかもしれない。

 本人聞いたら泣いたりしないだろうか。


「実は……」


 それから龍太は、改めて自分の口で、この世界に来てからのことをローラに説明した。

 他人に説明するのはもう何度も繰り返しているから、言葉は淀みなく出てくるけど。同時に頭のどこかで、よくない考えが浮上してくる。


 ここにいると言っていたのは、幼馴染のどちらか一人だけだ。

 ならもう一人はどこへ行ったのか。

 あるいはもう、この世にはいないのか……。


 頭の片隅に必死に追いやって、けれど表情がどんどん沈んでいくのが、自分でも分かってしまう。

 隣に座るハクアが手を握ってくれるけど、それでも完全には消えてなくならない。答えが目の前に迫っていることで、不安はより一層強くなってしまう。


「地崎玲二と東雲詩音。どっちでもいい、この名前に心当たりはないか?」

「ローラに任せて、リュウタお兄ちゃん」


 そんな不安を払拭させるため、アイドルは輝かんばかりの笑顔を見せた。薄い胸を張ってドンと叩き、自信満々に答える。


「ウタネなら、ついこの前までこのギルドにいたよ」

「本当か⁉︎」

「うん、アオイおじちゃんからお兄ちゃんの話は簡単に聞いてたし、ウタネにも教えたんだけど、今はちょっと城都を出てるんだ」


 詩音が、このギルドにいた。

 いや、それ以前に。生きていてくれた。この危険な世界で、それでも無事でいてくれたんだ。

 その事実だけで安堵してしまい、知らず強張っていた全身から力が抜ける。

 良かったわねと伝えるように、ハクアがそっと身を寄せてきた。


「しかし、城都を出ているとはもしや、アレの予選に向かったのか?」


 と、ここでジンの訝しげな声。

 それでハッとした。城都を出ているとは、果たしてどういうことなのだろう。詩音は控えめに言って、超がつくほど鈍臭い。元の世界ではよくガラの悪い他校生や先輩たちに絡まれていたし、龍太と玲二以外の人が見れば勉強しか取り柄のない地味な女の子だ。

 運動もまともに出来ないのに、ましてや戦闘なんて。


 いや、それよりも。ジンはもう一つ、気になることを言っていた。


「なあ、予選ってなんのことだ?」

「ああ、リュウタは知らなかったか。ローグは毎年、この時期に魔闘大会を開くんだ」

「魔闘大会?」


 なんとなく察しはつくが、いやでも詩音が予選に行ってるとかだし、まさかそんなはずは。あの、運動音痴で鈍臭い詩音だぞ?


「ジンさんの言う通りだよ。ウタネは魔闘大会に出るって言ってた。向かった先も、その予選会場」

「……とりあえず、その魔闘大会ってのについて教えてくれ」


 はーい! と元気に返事したローラ。

 魔闘大会とは、九年前から開催されているなんでもありのバトルトーナメント。二人一組のタッグマッチで、特殊な結界により物理ダメージが全て精神ダメージに変換される。故に毎年死者は出ない。

 そして優勝者には莫大な賞金が。

 もちろん、金だけじゃない。むしろ優勝することによる名声の方がメインと考えた方がいいだろう。


 原則としてギルドの魔導師が参加できないので、この大会に優勝して巫女たちにスカウトしてもらおう、あるいは優勝の冠を手土産にギルドの門扉を叩こう、と考えている奴が多い。あるいは、どこかの国の王宮に召し抱えられた優勝者も、過去にはいたのだとか。


「ちなみに九年前の第一回大会は、私たちも参加したよ」

「朱音の両親と桃さん、緋桜さん、それから何人かの仲間と、蒼さんまで参加して、結局上位はみんな身内で固まっちゃったんだよね」

「なにしてんすかあんたら……」


 記念すべき第一回大会だろ。出しゃばるなよ異世界勢。


「その時の優勝は蒼さんとアリスさんだったけどね」

「龍の巫女はダメだろ!」


 企画倒れじゃねえか!


「あー、それで? 予選ってのはなんなんだ?」

「城都から西に車で二時間のところに、古代遺跡があるんだよ。そこで指定されたものを持ち帰ってくるだけ! ただし、難易度は結構高いから注意してね!」


 ますます詩音が心配になって来た。せっかく無事を確かめられたのに、まさかその遺跡で呆気なくのたれ死んでる、なんてことはないだろうな。


「ウタネなら大丈夫だよ、お兄ちゃん。このギルドに来た時には、もうパートナーのドラゴンは見つけてたみたいだから!」

「パートナー?」

「だからこれまで無事だった、ということなのでしょうね」


 龍太がハクアと出会ったように。

 詩音もまた、この世界での出会いに助けられていた。


 少し前までギルドにいたと言うことは、ローラやここの魔導師たちも、そのドラゴンが信頼できる相手だと判断したのだろう。

 ならとりあえずは安心だ。ホッと一息ついて、しかし、そもそもの疑問に戻る。


「詩音のやつ、なんで魔闘大会なんかに出ようと思ったんだ……」

「それはローラも聞いてないんだよ。ごめんね、リュウタお兄ちゃん」

「いや、ローラが謝ることじゃねえよ。こっちこそ、色々教えてくれてありがとな」


 しゅんとした顔のローラを撫でてやり、立ち上がる。

 次にやることは決まった。龍太も魔闘大会に出るため、西の古代遺跡に向かう。ただ、それには当然、大切なパートナーの同意も必要となるが。


「早速行きましょう、リュータ。大会、出るんでしょう? だったらさっさと予選を通過しなきゃ」


 何を言うでもなく、ハクアも立ち上がって微笑みかけてくれる。言葉にせずとも自分の想いが伝わっていることが、どうしようもなく嬉しい。


「ありがとな、ハクア」

「あなたとわたしは、二人で一人。あなたの隣がわたしの居場所だもの」


 とんでもない殺し文句だ。

 でも羞恥心に襲われることはなくて、むしろどこか誇らしさすらある。


 さて、龍太とハクアは大会に出ることを決めたわけだが、他のメンバーはどうするのか。視線をさっと巡らせると、ジンとクレナは首を横に振った。


「ギルドに所属している魔導師は出場禁止だからな。俺とクレナは応援に回る」

「リュウタたちが予選に向かってる間は、ひとまず宿の確保でもしておくわ。あとは他の出場者の情報も集めとく」

「悪い、助かるよ」

「本当は俺も出たいところだったんだがな。なにせ力試しには丁度いい!」

「自重しなさい筋肉バカ」


 ジンとクレナは不参加。ならエルとアーサーも二人と行動を共にするだろう。

 では、残る二人はどうするか。問おうとして朱音に視線を向けると。


「いいこと思いついた!」

「いきなりどうしたんすか」

「この一時間ちょっとで完全に定着しちゃった、私がアイドルっていう謎の風潮をどうにかする方法だよ!」


 聞かなくても大体分かってしまうが、まあ、一応聞いておこう。


「魔闘大会で真逆の姿見せれば完璧! アイドルとか言われないくらい、全員ボッコボコにしてやればいいんだ! というわけで丈瑠さん、私たちも出ますよ!」

「そうなるとは思ってたよ」


 苦笑する丈瑠に否はないようで。

 ただ、その言い方だと俺たちもボッコボコにするってことになるんだけど……。


「そういうことだから、覚悟しといてね、二人とも。フィルラシオの時ぶりに、全力で戦おっか」

「いやいやいや、朱音さんあの時より絶対今の方が強いじゃないですか! 銀炎出されたら俺らじゃ勝ち目ないですよ!」

「大丈夫、死にはしないから」

「そう言う問題じゃねえ!」


 にっこり笑顔の朱音が怖い。これはマジでガチなやつだ。

 どうしようかとハクアに相談するため、隣を見ると。


「バハムートセイバーは使ってもいいのかしら? フェーズ2なら、アカネとタケルにも余裕で勝てるわね」

「へえ、言ったねハクア? 私も本当に本気で行くよ?」


 なぜかめちゃくちゃやる気になっていた。しかも挑発までする始末。

 火花を散らして見つめ合う白と黒。

 こうなったら、腹を括るしかないか。なによりハクアがやる気になっているのだから、龍太が戦う前から諦めるわけにはいかない。


「頑張ってねお姉ちゃん! ローラも頑張って応援するよ!」


 どうやら、みんなのアイドルはあちらに着いてしまうようだ。

 しかしこれ、ローラが必死に応援してたら、朱音の目論見は失敗するんじゃ……?


 なんとなく察してしまった龍太だが、朱音本人が気付いていないのでなにも言わないことにした。


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