アイドルデビュー 1
ドラグニアの港町、セゼルを船で出立してから丸一日。道中で海の魔物を駆除しながらの船旅は終わりを迎え、一行は南の大陸、目的地の大国ローグへとたどり着いた。
事前に聞いていた通り、城都はセゼルと似た雰囲気の街だ。
各大陸から船が出ている、南の大陸の玄関口。船人が忙しなく港を動き回り、街の方からは活気に溢れた喧騒が聞こえてくる。
なにより目を引くのは、ここからも近い海沿いに位置している大きなドームだ。元の世界の野球ドームにも似ているそこから、大きな歓声も聞こえてきた。
「んー、ようやく着いたわね」
「もう船には乗りたくないな……」
グッと背伸びするハクアと、青い顔で船酔いを引き摺ってるジンが、真っ先に船から降りる。その後ろから、クレナがパートナーの背中を思いっきり叩いていた。
「シャキッとしなさい。大樹の歌姫のやつらに舐められるでしょ」
「それがローグのギルドか?」
「そう、木龍エリュシオンの巫女が担当してるギルド、大樹の歌姫。クレナはああ言ったけど、そんなに喧嘩っ早い人たちじゃないから安心して」
付け加えたのは、道中で倒した魔物を調理し、串焼きにして食べてる朱音。
この人またなんか食ってるよ。
どうやらそれが最後のひとつだったらしく、手早く平らげた朱音はこの後の行動について尋ねてきた。
「それで、どうする? 早速ギルドに向かう?」
龍太たちがここに来た目的は、ローグにいると思われる幼馴染を探すためだ。一刻も早く見つけたいのであれば、まずギルドに向かうべきだろう。
恐らくアリスから巫女に連絡がいってるはずだし、協力を取り付けるのが近道になる。
だが、丈瑠がそれに待ったをかけた。
「みんな、これ。今ギルドに行っても、巫女はいないんじゃないかな」
港の掲示板に張り出された、一枚の紙。そこに書かれている内容を、龍太は思わず声に出して読み上げてしまった。
「『木龍の巫女、ローラ・エリュシオン。大陸縦断ライブツアーファイナル』……なんだこれ?」
ツッコミどころが多々あるものの、どうやら龍太以外は疑問に思うこともなく、むしろ納得している様子だった。
とりあえず、巫女にアイドルってルビ振りはいかがなものか。
「ああ、そういえばそんな時期だっけ? よくやるわねえ相変わらず」
「ナインさん曰く、ローラの昔からの夢らしいから、仕方ないよ」
呆れたため息を漏らすクレナに、朱音は苦笑気味の表情を向ける。どうやら彼女は、木龍の巫女とも知り合いらしい。まあ、この十年間、割とそれぞれの世界を行き来していたようだし、別におかしなことではないのか。
ふと、海沿いに見えるドームの方へと目を向けた。未だに歓声がここまで聞こえてくるが、もしやライブとはそこでやってるのだろうか。
「今日がツアー最終日ってことは、あれもそろそろ開催されるんじゃないかな」
「そういえばそうだったな。俺たちも参加してみてもいいかもしれない。タケルもどうだ?」
「腕試しにはちょうどいいかもね」
ジンと丈瑠は、どうやら他のイベントについて話しているようだ。あれってなんだと聞こうと思ったのだが、それより前にハクアからこんな言葉が漏れた。
「わたし、当代の木龍の巫女とは会ったことがないのよ」
「そうなのか? ハクアのことだから、龍の巫女とは全員知り合いなのかと思ってたぞ」
「さすがにそこまでの人脈はないわよ。よく会うのはアリスとクローディアくらいだわ。アリスの妹、風龍の巫女とは数回顔を合わせた程度だし、天龍の巫女なんてここ五十年は見ていないもの」
いや、五人のうちの一人と友達だとか言っていたし、それだけでも十分すぎる人脈だとは思うけど。
だがまあ、よくよく考えてみるとハクアはずっと旅をしていたのだ。ひとつの場所に長く留まることも滅多になかったのだろうから、顔見知り程度は沢山いても、深い付き合いにまでなった人は少ないのかもしれない。
「それで、どうしよっか。とりあえず向こう行ってみる?」
ライブ会場になっているであろうドームの方を指差す朱音は、疑問系ではあるがほんのちょっと行ってみたそうだ。どの道、巫女がいないというならギルドに行っても仕方ないし、観光がてらライブを観に行くのもありだろう。
行き先を決めた一行は、早速そちらへ向けて足を進める。
「にしても、異世界にもアイドルっているんだな」
「あら、この世界のアイドルの歴史は長いわよ、リュウタ。人間の間には百年戦争前から居たって言われてるし、私たちドラゴンの間でも似たようなことしてるやつはいたしね」
「つまり、二百年前から?」
「アイドルって言葉が生まれたのは最近なのよ。というより、アオイ様が言い出しっぺじゃない?」
「昔はシンプルに歌姫とだけ呼ばれてたのだけれど、そういう娯楽コンテンツ自体はあったということね」
どうやら、龍太たちの世界の言葉を輸入しただけらしい。
この世界の文化は、割と元の世界と変わらなかったりする。特に娯楽。城都ならテレビは普通に普及しているし、ゲームもそれなりに開発されてる。アニメや漫画、小説なども人気があるのだとか。
娯楽以外で言うと、電話に似た通信機器だってある。魔導具の一種らしいので、原理などは電話と結構違うみたいだが。
表面上は龍太たちの世界と変わらない。
しかし、その根幹にあるところが大きく違う。この世界は文明の発展において、魔導の存在が大きく関わっているから。
「ローラ様のファンはうちにも結構いてな。ライブがあると休暇を取ってローグまで来るやつもいるんだ」
「その度にクローディア様が怒るのよね。まあ、それでも休ませてあげる辺り、あの方も優しいんだけど」
怒りながらも休暇届にハンを押すクローディアが、容易に想像できてしまう。
結構粗暴な性格だから全然それっぽく見えないが、クローディアも部下を率いる指導者の立場だ。厳しいだけでなく、そう言った優しい面も併せ持っていて当然か。
思えば、龍太が入院してる時もなんだかんだとこちらを気遣うところはあったし。
言い合っている間に、ライブ会場のドームまでたどり着いた。中からは割れんばかりの歓声が轟き、ドームの周りにも多くの人が集まっている。中に入れないのになぜかと思ったが、その答えはすぐに見えた。
エリュシオンスタジアム、とまんまな名前が書かれたその上に、中の様子を映し出すホロモニターが。
そこでは緑の髪を短く切り揃えた美少女が、汗を振り絞り精一杯の笑顔を見せ、歌って踊っていた。
「あの子が?」
「ローラ・エリュシオン。五年前、弱冠九歳で巫女に選ばれ、三年前からこうしたアイドル活動を各地で行ってる木龍の巫女だよ」
「てことは、十四歳か」
龍太より年下だ。
元の世界でも常々思っていたが、自分よりも年下の子がああやって大勢の前でパフォーマンスを行なっているのは、素直に尊敬に値する。ましてや、あの歳で夢を叶えているのだから。
「昔は可愛かったんだけどなぁ……会うたびにこっちの世界のアイドルのこと聞いてきてさ」
「あったね、そんなこと。お姉ちゃんって呼んで朱音によく懐いてたけど、今じゃこの世界のスターだもんね」
丈瑠と朱音が二人で昔を懐かしんでいるが、ローラがアイドル活動を始めたの、もしやこの二人が原因なんじゃなかろうか……どうせなら朱音も一緒にアイドルやればいいのに。美人だから人気出ると思うんだけどな。なんて、どうでもいいことを考える龍太。
一方でハクアは、モニターに映し出されたローラに目を奪われているようで。
真剣な眼差しでモニターを見上げ、ほぅ、と感嘆の息が漏れている。
「何度かテレビ越しに見たことはあるけれど、やっぱり凄いのね……特にこの、周りも巻き込んでしまう熱量は、誰にでも真似できるものじゃないと思うわ」
「だな。ここにいる人、みんなあの子目当てってわけじゃないだろうけど、それでもみんな楽しそうだし」
なにもローラのファンだけが集まっているわけじゃないのだろう。龍太たちのように、観光のついでに立ち寄った人もいれば、ただ騒ぐのが好きなだけの人もいるかもしれない。それでも、目的はなんであれ集まった人全員を、自分のライブに巻き込み、夢中にさせるだけの熱量がある。
ある種の才能、カリスマのようなものだ。
アリスが持ち前の美貌で、クローディアが威厳で示すように、ローラは歌とダンスでそれを示す。
「たしか、関係者の出入り口は裏手だったわね。ほら、さっさと行きましょう。ああアカネ、屋台の食べ物は後にして」
「うっ……」
土地勘のあるクレナが、いい匂いのする屋台に引き寄せられそうになっている朱音を引き止め、スタジアムの裏手へと案内してくれる。
裏に回れば人通りも少なくなり、関係者以外立ち入り禁止の立て看板と警備員らしき魔導師が何名か。
クレナとジンが代表して、そちらに声をかけに行く。
「失礼、我々は紅蓮の戦斧の魔導師、ジン・グレイフィールドとクレナ・フォールンだ。ライブが終わった後、巫女様にお話があるのだが、通してもらえるだろうか」
「ローラ様に? 念のため要件を聞いてもいいか」
「この街にいるだろう異世界人を探してるのよ。水龍の巫女、アリス様から連絡は来てないかしら」
「確認する、少し待ってくれ」
指を頭に当て、どこかに念話を飛ばす警備員。少し会話した後、問題なかったのかこちらに笑顔を向けた。
「すまない、待たせたな。話は通っているようだ。待合室に案内するよ」
魔導師に促され、一行はドームの中へ通される。関係者用の出入り口から中に入り、あまり広くない通路を進む。アーサーは入りきらなかったので、体を小さくしていた。必然、白狼の上で寝ていた小さな黒龍は、自分で飛ぶことに。
「きゅー……」
「なんだよエル、まだ眠たいのか?」
「寝る子は育つって言うもの。エルも将来は、大きなドラゴンになるわね」
ハクアの肩に着地したエルは、あくびを噛み締めている。ハクアが微笑みながらエルの頭を撫でていた。
マジでよく寝るドラゴンだ。それでも敵が近くにいればいち早く察知してくれるのだから、とても頼りになるのだが。
そうして狭い通路をしばらく進み、待合室まで到着する。中は通路と違って広々していて、龍太たち六人と二匹が入ってもまだ余裕がある広さだ。ソファと椅子にそれぞれ腰掛けると、案内してくれた魔導師がお茶の準備をしてくれた。
「別に警備に戻ってもいいよ?」
「いえいえ、そうは行きません。ローラ様のお客人というだけでなく、あなたはローラ様が姉と呼び敬愛しておられる方でしょう。そのような方にお茶の一つも振る舞わないとあれば、私が怒られてしまいますよ」
「あー、やっぱり知ってたんだ……」
「ローラ様が巫女になられた当時は、よくギルドにいらしたじゃありませんか」
どうやらこの魔導師は、朱音のことを知っていたらしい。なら入る時も面倒な確認とかいらなかっただろ、とは思うが、そこはそれ。ただでさえ龍の巫女という大物が、ライブなんて大それたことをしているのだ。
通る全員を例外なく同じ扱いでなければならない。顔パスは通用しないのだ。
「巫女になったのは五年前って言ってたよな? 朱音さん、その時大学生じゃなかったんすか?」
「あれ、龍太くん知らないの? 大学生って結構暇なもんだよ」
「絶対そんなことないだろ……」
まだ高校生の龍太でも知ってる。暇な大学生ってのは大体が講義サボってたり、単位ギリギリだったりするやつらなのだ。多分に偏見は盛り込まれてるだろうけど。
「僕らはあんまり参考にしない方がいいよ。今の仕事に就くのは大学の時から決まってたし、最低限進級と卒業が出来るだけの単位があれば良かったんだよ」
「卒論も適当に書いただけだったしね。余った時間で向こうの仕事したり、こっちに遊びに来てたりしてたんだ」
『両親からは苦言を呈されていたんだがな』
痛いところを突かれたのか、朱音はアーサーに恨みがましそうな目を向ける。
まあ、親からすれば大学はちゃんと行ってほしかっただろう。高い金払ってるんだし。いや、この人たちの仕事を考えるに、お金はどうにでもなってたのか。
「お、このテレビにもライブが映るじゃないか」
「ちょっとジン、勝手に触らないでよ」
丁度手元にリモコンが置いてあったのか、ジンがテレビの電源をつけると、すぐそばで行われてるライブ中継が流れてきた。
そろそろ終わりが近いのか、先程までの大きな歓声はなりを潜め、ローラも静かな表情でバラード調の曲を歌っている。
ドームの照明はローラを照らすただ一つで、観客たちのペンライトだけがスタジアムの光源だ。まるで一つの生き物のように、全てのペンライトがゆっくりと左右に揺れている。
やがて曲が終わり、少しのMCトークを挟んだ後、ローラは舞台上から豪華な演出つきの転移で消えた。
退場にまで魔術を使うとは、随分と凝ってるなぁ、なんて思っていた、その時。
「お待たせ、アカネお姉ちゃん!」
「ローラ⁉︎」
つい数秒前までテレビの向こうにいた少女が、突然室内に現れた。
これには朱音も驚いたようで、背中から抱きついてくる緑のドレスを着たローラに困惑している。
「ちょ、ちょっと、どうしてここにいるの? ローラの楽屋はここじゃないでしょ」
「お姉ちゃんが来たことは聞いてたから、直接ここに来ちゃった! それよりほら、準備準備! タケルお兄ちゃん、お姉ちゃんちょっと借りるね!」
困惑する朱音の手を引いて、ローラはすぐに部屋を出て行く。
丈瑠は苦笑しているが、龍太も含めた他の面々は状況についていけず、ポカンと呆けた顔を晒していた。
「うちの巫女がすみません、みなさん。もう暫くお待ちいただければ」
「まあ、ローラは昔から一緒にやりたいって言ってたし、朱音も観念する時が来たってことかな」
案内してくれた魔導師と丈瑠だけが、この後何が起こるか把握しているらしい。
やがてテレビの向こうからは、観客たちのアンコールが響き渡る。手拍子も重なり、再び熱が高まり始めたそのタイミングで、舞台の上に二人の女性が現れた。
『みんなお待たせー! みんなのアンコールに応えて、ツアーファイナルだけのスペシャルサプライズ! ローラのお姉ちゃんを紹介しちゃうよ!』
一人は当然、みんなのアイドル、ローラ・エリュシオン。
そしてもう一人は、ついさっきローラにこの場から拉致られた、ローラのお姉ちゃんこと桐生朱音だ。
朱音はローラとは左右対称のデザインをした黒いドレスを着せられていて、羞恥からか顔は真っ赤に染まり、肩も縮こまっている。
ローラからマイクを向けられてようやく開き直ったのか、アイドルらしい笑顔で自己紹介。そして息つく間もなく曲が流れ始め、ローラと二人、事前にリハーサルしてたんじゃないかと思うくらいに息のあったデュエットとキレキレのダンスを披露した。
「マジか朱音さん……」
桐生朱音、アイドルデビュー。
彼女の両親が知ればなにを思うだろうか。




