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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
47/117

罪業 5

 スペリオルを撃退した龍太たちは、そのまま戦勝ムードになることはなかった。やつらは、とんでもない置き土産を残していきやがったのだ、


 銀の炎が消え失せ、巨大な津波が目の前まで迫っている。


 レヴィアタンの能力で引き起こされた津波は、およそ自然災害と呼べるものを超えた大きさだ。果たして何十メートルあるのか、考えるだけで頭が痛くなる。


 そんな超巨大津波は、朱音の時界制御によって一先ず食い止められていた。レヴィアタンの持つ力のせいで止めるのが精一杯ではあったが、それでも時間的に猶予が生まれていたのは事実だ。

 だがその銀炎が消えた以上、もはや時間は残されていない。


「ハクア、もう一回変身だ! あれをどうにかしないと……!」

「無茶言わないで! リュータの体はもう限界よ! それにあれは、バハムートセイバーでどうにかできるレベルを超えてる!」

「でもっ……!」


 このまま、街が呑み込まれる様をただ黙って見過ごすよりも、少しでも出来ることを探すべきだ。

 そのためにはバハムートセイバーの力が必要で、けれど龍太は既に限界。ハクアに言われずとも自覚している。魔力も体力も使い果たして、全身に倦怠感が重たくのしかかる。体の節々が痛みで悲鳴を上げ、これ以上の変身は命に関わるかもしれない。


 それでも諦めきれない龍太に、体を支えてくれるハクアが縋るような目を向けてくる。


「約束したでしょう、無茶はしないって。お願いだから、自分の体を大切にして?」


 とても真摯な濡れた瞳と、震える声音。

 本気で心配をかけさせてしまっている。ハクアだってつらいのだ。何もできないことに対してでも、龍太と同じくバハムートセイバーの反動に苛まされることでもない。

 なにより、龍太が傷つくことが、つらい。


「でも、だったらどうすれば……」


 打つ手なし。龍太に出来ることはもはやなにもなく、ただ津波が迫るのを待っていることしかできない。

 愕然と肩を落とすが、それでもまだ、諦めていない者が二人。


「朱音、もう迷ってる余裕はなさそうだよ」

「ですね……背に腹は変えられませんか」


 途端、周囲に冷気が満ちる。急激に温度が下がり、朱音の吐き出した息は白くなって夜空に溶けた。

 なにをするのか察して、思わず声をかけてしまう。


「待って下さい朱音さん、まさかあれ、全部凍らせるつもりですか⁉︎」

「そのまさかだよ」

「そんなことしたらっ!」

「分かってる。でも、これ以外に方法がないの」


 可能か不可能かで言えば、可能だろう。

 朱音の氷結能力の恐ろしさは、龍太も身をもって知っている。スケールダウンしているとは言え、龍神ホウライの炎すら受け止めてしまうのだから。

 その上彼女には、幻想魔眼もある。不可能を可能にするその力があれば、たしかに迫る津波を全て凍らせることもできるだろう。


 だけどそれだと、この付近の海が死んでしまう。この街にとって、致命的なダメージとなってしまう。


「もっと他に、なにかあるはずでしょ! ほら、氷の壁を作るとか!」

「半端な壁じゃ防ぎきれないよ。それだったら、直接凍らせた方がいい」

「だったら、切断能力は⁉︎」

「斬れないことはないけどね。でも、押し返さないと意味ないよ」


 龍太が思いつくようなことなんて、朱音も一度は考えただろう。彼女の力については、朱音自身が一番よく分かっている。

 その上で採用した方法だ。これ以上、龍太から何か言っても意味はない。


「そういうことだから、みんな下がってて。あんまり近くにいると巻き添え食らうよ」


 漆黒のロングコートから、三対六枚の氷の翼が伸びる。

 元素魔術をその身に纏う術。朱音が元の世界で、仲間から受け継いだ力の一つ。

 氷纒。


 背に腹は変えられない。朱音の言った通りだ。彼女だって、出来るなら他の方法を取りたかっただろう。だが実際、この場の誰にも代替え案を用意できず、朱音に頼るしかない。


 ハクアに支えられ、朱音から距離を取る。

 既にコンクリートの地面はパキパキと音を立てて凍結し始め、彼女の立つ場所は人の生きていられる温度ではなくなっている。


 そしてついに、その力が解放されようとした、その時だった。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突如何者かの大きな声が響き渡り、朱音は思わず手を止めてしまう。冷気は全て消え失せて、凍っていた地面も元に戻った。


 声の主は背後、街の中心部へ繋がる坂道に立っている。

 いかにも魔導師然としたローブを羽織り、杖を手に持った女性。その姿を見て、誰もが驚愕を露わにした。


「ギリギリ間に合ったわね! ドラグニアに頼まれたから超特急で来てあげたわよ!」

「クレナ⁉︎ お前、どうしてここに!」


 最も驚いているジンが、パートナーの名前を呼ぶ。その声で介抱されているレッドも目を覚まし、婚約者の姿を認めて目を見張った。


「どうして、クレナが……そうか、ついに私も幻覚を……」

「しっかりして下さい兄上! 幻覚などではありません!」


 馬鹿なやり取りをしてる兄弟に歩み寄り、クレナは二人を睨むようにして見上げる。

 その視線に気圧されたのか、ジンも、それなりに重症なはずのレッドも、背筋をピンと伸ばした。


「筋肉バカに商売バカ」

「はい……」

「なんでしょう……」

「なにがあったのかは、まあ後で聞くとするわ。特にレッド、ここに来る前にハルトからある程度は話を聞いてきたけど、私がいない間に随分とバカやってたみたいじゃない」


 チクリと刺すように言われ、レッドがシュンと俯く。

 まあ、クレナの復讐だなんだと言っていて、それが本人に伝わってしまったのだ。なんとも居た堪れない。


「それとジン」

「お、おう。なんだ?」

「あれ、止めるわよ」


 言って、懐から取り出した六角形の板のようなものを、ジンに手渡す。

 それを受け取ったジンは、不敵な笑みを見せていた。


「間に合ったのか」

「ギリギリね。最終調整はドラグニアで終わらせたばかりよ。さすが、魔導の最先端を走る国だわ。ノウムでやってたらまだ一月は掛かってたかも」

「なら問題ないな。アカネ! あの津波は俺に任せてもらおう!」


 勇んで前に出たジンに、朱音はどういうことかと視線で問うている。

 だがニッと笑ってみせるだけで、そこに言葉は不要だ。ドラグニアからの援軍の正体がクレナで、そのパートナーであるジンが自信満々に任せろと言った。


 なら、朱音は仲間を信じるだけだ。


「オーケー、任せたよジン」

「ああ、俺とクレナの本当の力、ここで見せてやろう」


 胸の前に掲げた六角形の板は、待機状態の龍具だ。

 龍具と一言で纏めても、当然その種類は多岐に渡る。ハクアのライフルや龍太の剣のように、武器の形としてそのまま使えるもの。

 あるいは朱音のシュトゥルムのように、拳銃から鎧へと姿を変えるもの。

 クレナが作りジンが扱う龍具は、後者に分類される。


 胸の前に掲げた龍具は、その力の解放と共に輝きを放った。


龍装結合(ドラグユニオン)!」


 力ある言葉を叫び、龍具が変化する。

 なんの変哲もない菱形の板は、その質量すらも大きく変えて、巨漢を覆う鎧へと変貌した。

 燃え盛る炎を象った紅蓮の鎧。両肩には腕よりも長い大きな盾がアームで固定されており、盾の先端は爪のようなかえりがある。

 以前から使っていた大剣は、変わらず背中に収められていた。

 そして頭全体を覆う兜は、どこか龍の顔を想起させる。


 火砕龍フォールンの力が宿った、世界にただひとつの鎧。

 その名を、龍鎧ヴォルカニック。


 あるいは、バハムートセイバーにも似た龍具を纏い、魔導師ジン・グレイフィールドは超巨大な津波へと挑む。


「およそ三ヶ月ぶりの装着だが、やはり体に馴染むな!」

「いいからさっさと展開しなさい、筋肉バカ!」

「おうさ! ドラゴニック・オーバーロード!」


 龍具へと魔力を逆流させ、鎧の真価が発揮される。

 両肩のアームが動き、巨大な盾が前面へ展開された。先端の爪がアンカーボルトの役割を果たして、コンクリートの地面に打ち込み固定。

 足元には魔法陣。そしてこのセゼルの街を、それどころか付近の森まで、津波が及ぶ範囲全てをカバーできるだけの、巨大な壁が広がる。


 ただの壁ではない。超巨大な津波より更に高く聳える城壁、あるいは城塞。

 龍太や朱音、丈瑠たち異世界人は知らない。その城壁がなんであるのかを。

 火砕龍フォールンとは、何者であるのかを。

 あらゆる攻撃、厄災を退ける龍神たちの居城。天空都市ケルディム。

 かつて起きた百年戦争において、その城壁の護りを任されていた火砕龍。そして、その力を宿した龍具には、城そのものを召喚する能力が宿っている!


遥か遠き龍の居城エンシェント・ケルディム!!」


 ついに到達した津波が、召喚された城壁とぶつかった。大質量同士の激突は大地を揺らし、それでも城壁は一切の揺らぎを見せない。街を、仲間を守るため、魔導師の男は決して膝を折ることなく、盾を支え続ける。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 雄叫びに呼応して城壁が輝き、より強固に、より堅牢に変化していく。


 果たして、どれほどの時間耐え続けたのだろう。数分か、いや数十分か。もっと長かっただろうか。大きな背中を見守ることしかできなかった龍太ですら、経過時間が曖昧だ。常に魔力を使い迫る津波を防ぎ続けたジンには、そんなことを考える余裕すらなかっただろう。


 しかしそれでも、漸く終わりが訪れる。

 少しずつ勢いが弱まり、やがて津波は完全に引いていく。

 そうして城壁が消えた頃には、静寂な夜の海が戻っていた。


「防ぎ切った、のか……?」

「信じられない……本当にあれを……」


 絶句する龍太と朱音だが、呆けている場合ではない。力を使い果たしたジンは、龍具の展開もままならずついに膝を折った。


「ジン!」


 思わず駆け寄ろう一歩踏み出すが、その瞬間に崩れ落ちた。自分も力が残っていないことを忘れていたのだ。

 ハクアが支えてくれていたから良かったものの、その様を見ていたジンも苦笑している。


「はは、お互いクタクタだな、リュウタ」

「でも、街は守れた。ありがとな、ジン」


 クレナに支えられながら歩み寄ってきたジンと、拳を突き合わせる。


 こうして、セゼルを襲ったスペリオルと超巨大津波の事件は、ひとまずの解決を見せたのだった。



 ◆



 事件解決から二日後。

 あの後、スペリオルがまだ街にいないかを調査したり、それから避難していた住民たちが戻ってきたり、王都への報告があったりと、騎士団やグレイフィールド家の人たち、有力な商人なんかは慌ただしく動いていた。


 朱音や丈瑠、ノウムからドラグニア王都を経由してこの街まで来たばかりのクレナまで駆り出されていたが、龍太とジンは病院に放り込まれることとなってしまった。

 特に龍太。安静にしていろと言われたのに無理して戦い、傷口も開いた上にバハムートセイバーの反動まであるもんだから、翌日は本当に指一本動かせなかったのだ。ハクアが付きっきりで看病してくれたけど。


 そして翌日にはある程度回復し、魔力欠乏になりかけていたジンも元気になって、一行はグレイフィールドの屋敷に呼ばれていた。


「朱音さんたちは先に屋敷に行ってるってさ。騎士団で用事片付けてくるらしい」

「クレナも屋敷でまだ仕事中だろう。あるいは、兄上をこってりと絞っているかもしれないな、色んな意味で」


 ははは! と笑うジン。身内をだしに下ネタはやめろよ。ハクアもいるんだぞ。

 しかしハクアは気にした様子もなく、今更ながら二日前の戦いを思い返して、ため息と共に言葉を吐き出す。


「けれど、まさかクレナが来てくれるなんて思わなかったわね。まだ目が覚めたばかりではないのかしら」

「二ヶ月は目を覚さないと言っていたから、恐らくはそうだろうな。そこからドラグニア王都で龍具の調整を済ませたようだし、俺たちと見事に行き違いになったというわけだ」

「マジで超特急だったんだな」


 一応、クレナからはここへ来るまでの経緯を聞いている。

 ノウムで目を覚ましクローディアから事情を聞いて、メンテナンス中の龍具も持ってドラグニア王都まで急いで向かったらしい。

 だが彼女が王都に辿り着いたのは、丁度龍太たちか発った翌日。ならばとアリスに頼んで、龍具の最終調整を終わらせてしまってから合流しようと考えたらしく、暫くアリスと蒼の元で厄介になり腰を据えて龍具の調整をしていたところ、セゼルから今回の一報が届いた。

 そこから急いで龍具を万全の状態に整え、アリスに転移で送ってもらい、まずは騎士団の兵舎でハルトから事件の全容を聞いてからあの場に現れた。


 少しでも彼女が遅れたら、今頃この辺りは氷河期もかくやという事態になっていたことだろう。


「しっかし、ジンの龍具マジで凄かったな」

「ヴォルカニックのことか?」

「ええ、まさかケルディムの城壁を召喚するだなんて……わたしも色んな龍具を見てきたけれど、あんなもの初めて見たわ」


 天空都市ケルディムについては、昨日入院中にハクアから聞かされた。

 かつて起きた人と龍の戦争、百年戦争において、第三勢力の龍神たちが拠点としていた居城であり、その名の通りこの世界の天空を漂う一国家だ。

 今もどこかの空を飛んでいる天空都市。現在では龍神の一角、天龍が治める国であり、特別な方法でなければ立ち入ることが叶わない。


「火砕龍フォールン、クレナは百年戦争の際、ケルディムの守護を任されていてな。終戦間際では龍神の勢力もかなり消耗していたため、何度もケルディムへの攻撃が敢行されたらしいのだが、決して都市への侵入を許さなかったという」

「龍具でその力を使えるってことは、ケルディムの城壁自体をクレナが作ったのかしら?」

「まさか、さすがの我がパートナー様でも、城壁自体を作ることは出来ないさ。だが、クレナは城の防衛システムの全権限を委譲されていたらしいからな。この龍具も、火砕龍としての力とケルディムの力、両方が備わっている」


 ズボンのポケットから取り出した待機状態の龍具は、本当にただの板にしか見えない。

 これがあの鎧へと変わり、更には城の一部を召喚するような力を秘めているのだから、不思議なものだ。


 そうして話していると屋敷に辿り着き、ジンの先導で中へと入る。道中使用人たちに頭を下げられているジンは、忘れそうになるがここの御曹司だ。

 本人があまり公にしたくないこともあるだろうけど、なによりジンの気さくかつ剛気な性格からは想像しにくい。


「お待たせしました、兄上。リュウタとハクアを連れて参りましたよ」


 ノックもせずに扉を開き、レッドの執務室に足を踏み入れる。

 中には既に、龍太たち三人以外の面々が揃っていた。朱音と丈瑠、小さくなったアーサーに、クレナ。部屋の主人のレッド。

 龍太たちが来てこれで全員だ。


「愚弟、ノックの一つでもしたらどうだ。魔導師ギルドでは礼儀作法も教わらないのか?」

「あんたが礼儀を語るとは片腹痛いわね」


 ジンに嫌味をこぼすレッドだが、傍らからクレナのお小言を貰って肩を落としている。

 その様を苦笑しつつ見守る弟は、兄を気遣ってか早速本題に入った。


「それで、俺たちを呼んだのはどう言った要件で? 事後処理はそちらに任せていたはずですが」

「それならばもう終わった。貴様が病院のベッドで寝ている間にな」

「それは良かった」


 言いつつ、朱音に視線をやる。彼女もまた兄弟のやり取りに苦い笑みを見せながら、事後処理とやらの詳細を語ってくれた。


「取り敢えず、住民たちはみんな元の生活に戻れてる。さすがに商人たちは苦労してるみたいだけど、大きな脅威が去った安心感からか夜はあちこちで連日どんちゃん騒ぎだよ」

「だからって、僕たちを巻き込まないで欲しいけどね」


 どうやら、そのどんちゃん騒ぎとやらに付き合わされたようで、丈瑠の顔色はあまり優れない。二日酔いだろうか。

 一方で朱音はケロッとしているから、多分彼女は酒が強いのだろう。


「昨日あれだけ酔ってたくせに、どうして朱音は引きずってないのかな……」

『悪酔いすると記憶もなくすから、余計タチが悪いな』


 いや、そんなことないらしい。

 酔っ払った朱音というのも見てみたい気がするけど、丈瑠が脇腹を小突かれてるのを見る辺り、この話題は藪蛇になりそうだ。

 んんっ、と咳払いをひとつした朱音が、話を元に戻す。


「それからスペリオルだけど、残念ながら街に痕跡は残ってなかった。完全に行方をくらませたね。もちろん、ヒスイについても手がかりはなし」

「まさか、あの子がスパイだったなんてね。いつからだったのかしら」

「少なくとも、俺たちと初めて出会った時からということになるだろうな」


 クレナもヒスイと面識があるようで、頬に手を当てて悩ましげな表情を浮かべる。


 ヒスイはギルドに所属こそしていないものの、風龍シャングリラに連なるドラゴンだと自称していた。そして周りはそれを信じて疑わず、しかし朱音が風龍の巫女に直接確認したところ、ヒスイの存在を知らないと言われたらしい。


 つまり、ジンやクレナが出会った時から既に、彼女は周囲を欺いて生きていた。


「レヴィアタンの言葉から推測するに、ヒスイはパートナーのことでなにかしら脅迫されているんだと思う。具体的な内容は分からないけど、悪党の考えることなんて大体予想できるね」


 パートナーの命を直接的に握られていたり、あるいは重い病気かなにかを患っていて、その治療と引き換えに脅されていたり。

 そればっかりは想像するしかないが、どちらもスペリオルのやつらが取りそうな卑怯な脅し文句だ。


 ヒスイを救うためには、そこをどうにか解決する必要もある。


「それと最後に、アリスさんから伝言。今回の事件を解決した謝礼をしたいって言われたけど、何か欲しいものある?」

「お金ね」


 ハクアが即答した。

 一行のお財布を管理してるのはハクアだ。彼女がここまで綺麗に即答するということは、まあつまりそういうことなのだろう。


「旅を続けるにはお金が必要だけれど、残念なことにわたしたちはあまり余裕があるわけではないの。ここからローグへ渡るにもお金が必要だし、向こうに着いてからもなにかと入り用になるわ。特に長期滞在するなら、宿代はバカにならないもの」

「世知辛い……」


 異世界であろうが、お金がないと生きてはいけない。旅をすると言うのであれば余計に金がかかる。そればっかりは、魔導でも異能でも解決できない問題だ。


「まあ、ハクアならそう言うと思ったよ。アリスさんに伝えとく」

「天下のドラグニア神聖王国様がいくら用意してくれるのか、今から楽しみね」


 めっちゃウキウキした声で言うけど、目はお金のマークになってる。ハクアは若干守銭奴なところがあるのだ。


「必要なものがあったら言ってくれ。他ならぬ街のヒーローからの頼みなら、我が商会がなんでも用意しよう。安く売るぞ」

「金は取るんだな……」

「当然だろう、私は商人だぞ?」


 いい笑顔で言い放った後、クレナがレッドの頭をスパンッ! と叩いた。

 凄い良い音鳴ったぞ。


「あんたが言うべきはもっと他にあるでしょう。ほら、商売の前になにをするのか、大人になったんだから分かるわよね?」

「……分かってる。分かってるから凄まないでくれ、魔力で圧をかけないでくれ。怖いんだよそれ」


 立ち上がり、深く息を吸って吐くレッド。

 ついでとばかりに咳払いまでして、この街の領主は勢いよく頭を下げた。


「この度は多大な迷惑をかけ、本当に申し訳ない」

「それは、どれに対する謝罪なのかな」

「私の言動全て、と言いたいところだが、やはり幾つかは反省すれども後悔はしていない」


 問われた朱音に、毅然として言い返す。

 つまり彼は、朱音やジンへ向けた感情それ自体には謝罪しないと言っている。

 レヴィアタンの仕業で大蛇に変貌し、本人の意思に関わらず敵対してしまったこと。そのことに対する謝罪。


 龍太は正直、レッドのあれやこれやに関して半分蚊帳の外だ。

 レッドが復讐心や嫉妬心を抱いていたのは、あくまでもジンと朱音に対するもの。だから龍太は言葉を持たず、応じるのは当然その二人になる。


「今更謝られても、と言ったところだね。そもそも、戦闘それ自体に関しては全部レヴィアタンが悪いんだし」

「アカネの言う通りです。その件に関する謝罪なら必要ありませんよ、兄上」


 だが朱音もジンも、特に気にした様子はなかった。どうでもいいとすら言いたげだ。

 事実朱音の言ったように、レッドが大蛇へと変貌してしまったのはスペリオルの仕業だ。聞いた話によると、レヴィアタンのカートリッジを撃ち込まれたらしい。


 七つの大罪に数えられる嫉妬の悪魔。その側面を利用して、ジンへの嫉妬心に駆られるレッドを大蛇へ変えたのだろう。

 嫉妬も憎悪も、感情の一つ。それを抱くこと自体は悪いことじゃない。肝心なのは、どのような行動を起こすのかだ。


「私からも謝らせてもらうわ。ジンはともかく、アカネやリュウタたちには迷惑をかけたわね」

「それこそ……私が謝られる理由がないよ」


 やはり、と言うべきか。朱音のクレナに対する表情は暗いものだ。まだわたがまりが残っているのだろう。クレナの方は気にした様子もないが、加害者側はそうもいかない。


 レッドの抱いた複雑な感情が爆発してしまったのは、結局のところ朱音のせいなのだ。

 彼女がクレナに大怪我を負わせなければ。最初から龍太たちと敵対していなければ。そういう話になってしまう。


「終わった話はもういいでしょう。それより、今後のことについて話すべきだわ」


 暗い話題を払拭するようにして、ハクアがパンパンと手を叩いた。

 朱音の表情に明るさが戻ったわけではないが、それでも頭を切り替えたのか、こくりと頷き真剣な顔に。


「予定通りローグに向かうとして、船をどうするかだね」

「それならうちの商会の船を使えばいいんじゃない? いいでしょレッド?」

「ああ、それくらいなら構わないが、その代わり頼み事も聞いてもらいたい」


 やはりタダでは乗せてくれないらしい。常に見返りを求めるのは、さすが商人と言ったところか。クレナももはや呆れてため息を我慢できていない。


 だがどうも、これは商人としてではなく領主としての頼み事のようで。


「近海の調査に出ていた騎士団から、報告があった。どうやら津波の影響で、普段は見ないような魔物が現れているらしい」

「ローグに行くついでに、魔物を減らしてきてくれ、ってことっすか」

「話が早くて助かるよ。君たちほどの実力があれば、よほどの相手でなければ後れを取らないだろう?」


 それくらいなら問題ない。むしろこっちから協力を申し出たい話だ。

 セゼルは海上輸送が主な産業だし、普段から海の魔物に対する防衛策はきちんとしているはず。だが、普段出ない魔物まで出現してしまえば、それもどこまで通用するか分からない。結果船の往来は滞り、海の向こうの国とのやり取りも下火になってしまう。


 そうならないためにも、海の魔物の駆除は急務だ。セゼルだけでなく、ローグを始めとした海外にとっても問題になる。


「クレナはこれからどうするんだ?」

「もちろん、リュウタたちに同行するわ。筋肉バカだけじゃ不安だし、クローディア様からもそう命令を受けてるし」


 レッドの方をちらと見やると、なんとも苦い顔をしていた。やはり、彼としてはクレナを行かせたくはないのだろう。

 だが彼女は、ギルド所属の魔導師であり、炎龍の眷属たるドラゴンだ。


 いくら婚約者の願いとは言え、戦場から離れることはない。


「今日はこの屋敷に泊まるといいわ。部屋も用意させてあるし、しっかり疲れを取りなさい」

「ありがとな、クレナ」

「お礼を言うのは私の方よ、リュウタ。私のパートナーが世話になった上に、婚約者まで助けてくれたんだもの。だから次は、私があなたたちを助ける番ね」


 いや、クレナには既に一度、助けられている。あの時彼女が朱音の前に立ち、龍太たちを逃してくれなければ。

 そこで旅は終わっていただろうし、必然的に朱音と和解することもなかった。


 今の龍太があるのは、クレナ・フォールンのおかげだ。その大きな借りを今回の一件だけで返し切れたとは思えないし、とは言えそれをクレナに言ったところで、彼女はそんなことないと否定するだろう。


 だから、互いに助け合えばいい。どちらか一方的なものではなく、お互いに。

 それが仲間というものだ。

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