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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
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罪業 4

 絶対安静をしつこく言い渡された龍太は、兵舎の医務室で素直に待機していた。傍ではハクアがリンゴの皮を剥いていて、膝の上ではエルが丸くなって寝ていた。

 しかしこの黒龍、ほんとよく寝るな。


 刺された腹の傷はもうほとんど痛みが引いてるけど、一度でも戦闘を行えばまた傷口が開いてしまうだろう。

 いや、それ以前に。今のバハムートセイバーでは、あのスカーデッドに敵わない。


「はい、リュータ。あーん」

「ん……」


 皮を剥き切り分けたリンゴを爪楊枝で刺して、こちらの口に運んでくるハクア。照れ臭くなりつつも素直に頂き咀嚼する。うん、美味しい。

 と、ほのぼのしている場合じゃなかった。


 現状、龍太たちは明らかな戦力外だ。

 朱音と丈瑠、アーサーは殆ど消耗していないし、ジンは鎧を壊されただけで怪我を負ったわけでもない。騎士団には数の利がある。

 彼らと自分との差を、なんとか埋めなければならない。そのためにも、改めてハクアに聞いておきたいことがあった。


「なあハクア。バハムートセイバーについて、もっと教えてくれないか?」


 あまりにも突然すぎたか、ハクアはキョトンと可愛らしく小首を傾げている。

 だが、なにも変なことを聞いたつもりはない。龍太は、自分の使っている力に対して、あまりにも無知だ。


 エンゲージの影響で使えるようになった、人と龍の力をひとつにする鎧。ハクアの龍具であるライフルが鎧の素体となり、そこに搭載されたカートリッジシステムも運用して、状況に応じた戦い方が可能だ。

 そして特筆すべきは、龍神の力すらもコントロールできてしまうこと。


 そこばかりはさすがに無視できない。この世界最強の力を、スケールダウンしているとは言え扱える。

 バハムートセイバー自体のもっと深いところに疑問を持つのは、ある意味当然と言えることだ。


 そして、なによりも。


「もっと、強くならなくちゃいけない。レヴィアタンやフェニックス、赤き龍に勝てるようにも、ヒスイと和解するためにも」

「なにより、色んな人たちを助けるために、でしょ?」


 思っていることを先んじて言われ面食らってしまう。悪戯が成功したような笑みが、クスクスと耳触りのいい音を奏でた。


「だから、バハムートセイバーの力をちゃんと理解したいのね」

「そうだけど……なんでそんな簡単に言い当てるかな……」


 龍太の反応に気を良くしてまた笑みを漏らしたハクアは、真剣な表情になると、細く綺麗な指を二つピンと立てた。


「バハムートセイバーの性能を上げる方法は、二つあるわ。まず一つは、エンゲージしてる二人が、より絆を深めること」

「……その言い方だと、エンゲージしたらみんなあれを使えるってことにならないか?」

「さすがにあの鎧はわたしたちだけのものだけれど、似たようなことはできるわね。人と龍の一体化。わたしたちの場合、魂を分け合っている状態だから、あの鎧も必要なの」


 例えば、小鳥遊蒼とアリス・ニライカナイ。

 あの二人が誓約龍魂(エンゲージ)を交わしたのは、もう二十年以上前のことだという。それだけの年月があれば、二人の絆はとても強いものになっているだろう。


 だが、今の龍太たちには時間がない。まさか二十年もかけていられるわけがなく、スペリオルや津波と言った目に見えた脅威はすぐそこに迫っている。


 それはハクアも理解しているだろう。だから、本命は二つ目。


「もう一つは、外付けのアイテムに頼る方法ね」

「つまり、新しい龍具か……?」


 ハクアはこくりと頷くが、そう簡単に準備できるものではない。

 まず龍具とは、ドラグニウムと呼ばれる特殊な鉱石でなければ作れない。ドラゴンにしか加工できないというあの鉱石に、強い力を持ったドラゴンがその力を込めることで完成する。それが龍具だ。


「わたしの力は変革。それはわたしの龍具にも込められているわ。龍太が今使っている剣にもね」

「だから、ハクアが新しく作る龍具にもその力が宿る、ってことか」

「ええ。変革と一言でいっているけれど、細分化するといくつかの力に分けられるわ。そのうちの一つに、適応の力があるの。どのような状況、状態にも適応できる力。今あるものとは全く別のものへと変革を果たすなら、自らがそれに適応する必要もあるから」


 龍太の剣やカートリッジシステムと言った外付けのものが、バハムートセイバーに変身すると姿を変える。それは鎧に適応した結果ということだろう。


「でも、新しい龍具なんてどうやって用意するんだよ」


 そもそも素材となるドラグニウムが必要だし、あったところで果たして、こんな場所で作れるものなのかどうか。


「ふふっ、心配には及ばないわ」


 得意げに笑うハクアが、カバンの中を漁る。見た目よりも多く物が入るそのカバンの中には、旅に必要な道具類や食料などを詰め込んでいるのだが。

 ハクアがそこから取り出したのは、手のひら大の鉱石だった。


「まさかそれ、ドラグニウム……?」

「ええ。こんなこともあろうかと、この前の遺跡で回収しておいたの」


 えっへんと胸を張ってドヤ顔のハクア。可愛い。

 可愛いのだけど、ドラグニウムがあるとは言っても、そう簡単に作れるとは思えない。それに、手のひら大の大きさで龍具を作るのに足りるかどうか。


「それで、どうやって作るんだ?」

「今回は簡単よ。リュータ、ここに手を乗せてくれるかしら?」


 言われた通り、ハクアがドラグニウムを持つ方の手に、自分の手を乗せる。ひんやりと冷たいドラグニウムの感触と、柔らかなハクアの白い手の感触。


「それで魔力を流してくれる? わたしも手伝うわ」


 ドラグニウムに魔力を流すと、鉱石は少しずつ熱を帯び淡く輝き始める。龍太の心臓から供給される魔力が、ハクアの手も加えられて鉱石を龍具へと変形させる。


 やがて手の中からドラグニウムの感触がなくなり、そこには白と赤の二つの腕輪が。


「これで完成なのか?」

「そうね、これをつけて変身すれば、バハムートセイバーも強化されるはずよ」


 なんだか思いの外簡単にできてしまって、龍太としては拍子抜けだ。

 だがこの腕輪、龍太が思っているよりも単純に作ったわけではないらしく。


「わたしの力がより発揮できるように、いくつか術式を刻んだわ。スペック自体の底上げもされているとは思うけれど、本命はそっちね」


 赤き龍と同じ、変革の力。

 それをより発揮できるようになった鎧は、果たしてどのような力へと変わっているのか。楽しみなようでもあり、使いこなせるかどうかという恐ろしさもある。


 いや、不安に思うことはないか。龍太は一人で戦うわけじゃない。ハクアがいてくれる。全てを丸投げにしてしまうわけにはいかないけど、二人ならなんだって出来るはずだ。


 そんな風に、決意を新たにしている時だった。


『■■■■■■■■■■!!!』


 どこからか、腹の底まで響く咆哮が聞こえてきたのは。

 同時に、感知魔術を使うまでもなく肌を刺す魔力の反応が。


「なんだ今の⁉︎」

「魔物、にしては反応が大きすぎるわね……」


 遠く離れたどこかだというのに、全身に重たい圧がのしかかる。ただごとじゃないのはたしかだ。

 ここで寝ている場合じゃなくなった。ベッドから降りて立てかけてある剣を取るが、腹の傷が痛み足をよろめかせてしまう。


「ダメよリュータ! あなたはまだ戦える状態じゃないのよ!」

「だからって、ここでジッとしてられるかよ!」


 支えてくれたハクアはベッドに押し戻そうとするが、はい分かりましたと納得するわけにもいかない。


 敵がどんなやつかは知らないが、恐らくは仲間たちが戦ってる。だったら助けにいかないと。


「頼むハクア、行かせてくれ。無茶はしないって約束するから」

「でも、行けばバハムートセイバーの力は必要になる。今変身したら、あなたの身体にいつも以上の負荷がかかるわ」

「分かってる、覚悟の上だ」


 ものすごく渋い顔をするハクア。眉間に皺を寄せて、たっぷり悩むこと十数秒。

 龍太を説得できないと悟ったのか、ようやく折れてくれた。


「……分かったわ。ただしっ! 本当に無茶はさせないわよ! あなたの身になにかあれば、悲しむ人がいるってことを忘れないで!」

「ああ、ありがとな、ハクア」


 こちらの身を気遣ってくれることが嬉しくて、つい礼の言葉が口をついた。言われたハクアは、呆れてため息を漏らしているけど。


 出来上がったばかりの龍具、腕輪を龍太は右腕の、ハクアは左腕の手首につけて部屋を出る。

 騎士たちか慌ただしく行き来している廊下を駆け抜けて、目指すはこの魔力反応の大元。セゼルの港だ。



 ◆



 龍太とハクアが港にたどり着くと、そこでは既に激しい戦闘が行われていた。

 ジンに丈瑠、アーサーが巨大な蛇と対峙し、朱音はひとりでレヴィアタンのスカーデッドと戦っている。


「みんな無事か⁉︎」

「リュウタ⁉︎ なぜ来たんだ、傷はまだ癒えていないだろう!」

「そんなの関係ねえよ! 仲間が戦ってるのに、一人だけ寝てられるか!」


 全員が一度大きく距離を取って、龍太とハクアの近くに立つ。

 ジンは渋い表情で龍太を見ているが、一方で朱音は、龍太が来るのを待っていたようだ。不敵に口角を釣り上げ、いっそ挑発するように問うてくる。


「遅かったね、ふたりとも。覚悟はできてる?」

「当然だろ、朱音さん。俺はこんなところで止まってられないんだ。さっさとあいつらぶっ倒して、この街もここに住む人たちも、みんなを守るんだからな!」

「それでこそ、正義のヒーローだね」


 腹の傷はまだ痛む。今バハムートセイバーに変身すれば、いつもより大きな負荷が体にかかるのも理解している。

 それでも、龍太はここへ来た。

 街を守るために。スペリオルと戦うために。


「それで、あの蛇は一体なんなのかしら?」

「あれは兄上だ」


 ジンが答えるのと同時、蛇の口から炎のブレスが吐き出された。朱音が一歩前に出て、腰の刀を抜き放つ。


 居合一閃。

 炎は真っ二つに割れ、龍太たちを避けるように背後のコンテナにぶつかった。


「詳しいことを話してる暇はないよ! とにかく、レッドさんを元の姿に戻す!」


 叫びながら、懐から取り出したヒトガタを飛ばす丈瑠。空中で無数に分離し、それぞれから雷が放たれた。

 だが蛇の魔物に効いている様子はなく、その巨体を海の中へと隠す。


「こちらも忘れてもらっては困るなァ!」

「レヴィアタンッ……!」


 いつの間にか懐に潜り込んでいた青髪の男が、龍太目掛けて鋭く腕を振るう。咄嗟にハクアが体を引っ張ってくれたことで、レヴィアタンの攻撃は空を裂いた。

 そしてジンの大剣とアーサーの爪が同時に襲いかかるが、その両方をそれぞれ片腕で軽く受け止める。


「無駄無駄ァ!」

「ぬぅ!」

『これならどうだ!』


 ジンが後退したのを見て、受け止められた爪から電撃を放つアーサー。だがそれでも、レヴィアタンの強固な鎧は破れない。白い煙がほんの少し上がっているだけで、ダメージを与えられているようには見えなかった。


「むっ!」


 そんなレヴィアタンであっても、躱さなければならない一撃がある。

 問答無用で全てを斬り裂く、桐生朱音の斬撃だ。素早く離脱して朱音の刀から逃れたレヴィアタンは、ひとつも息を乱していない。


 やつとは二度目の戦闘だが、改めて思い知った。

 強い。

 厄介な能力を使っているわけでもなく、ただただ強いだけ。パワー、スピード、テクニック、その全てのスペックが高すぎる。


「やはり、アカネでなければやつを抑えられないか」

「だからって、あっちを放っておくわけにはいかないし、ねっ!」


 海の中から首を覗かせた蛇が、魔法陣から水弾を放つ。それを丈瑠が魔力弾で撃ち落とし、場は膠着していた。


「どうした、アカギリュウタ。変身しないのか? いや、出来ないのか! 昼間の戦闘に加え、裏切られた傷がまだ癒えていないのだものなァ!」

「うるせぇ! お前らがヒスイを唆したんだろ!」

「ヒスイは誰かを裏切るような子じゃないわ。あなたたちが彼女の弱みに漬け込んだのでしょう?」

「いいや違うさ! やつは我らの正義に賛同した、同志の一人だよ! 旅の仲間だと思っていたのは貴様らだけさ。まあ、ほんの少し、彼女のパートナーを出しに使ったかもしれんがな!」

「テメェ……!」


 下卑た笑い声に、ふつふつと怒りが湧き起こる。やっぱり、ヒスイはスペリオルから脅されていたんだ。

 例え仲間に加わった時からすでに、スパイとなっていたのだとしても。それはヒスイの意思によるものじゃない。利用されて、強要されたことだ。


「仲間だなんだと言いながら、裏切り者に気づけないのだから、哀れとしか言いようがないな、アカギリュウタ!」

「黙れ! 利用してるだけのやつに何が分かる! 俺たちは、旅の仲間としてヒスイのことをずっと見てきたんだ!」

「その仲間を侮辱し、あまつさえ脅して利用しようなんて、わたしたちは絶対に許さない!」


「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」


 手を繋ぎ、光の球体に包まれる。

 弾けて消えて、現れるのは純白の戦士。ただし、そのデザインはいつもと違っていた。

 所々に赤いラインが入った鎧は、全体的に鋭利なシルエット。夜空の下に赤が輝き、真紅の瞳はその濃さをより深くしていた。


 バハムートセイバー フェーズ2


 これが、二人で作った龍具による強化形態。龍太の持つ魔王の心臓(ラビリンス)の影響が僅かに現れ始めた、新たな力。


「面白いッ! そうまでして裏切り者に執着するとは! さあ見せてみろバハムートセイバー、貴様の正義とやらを!」

「言われなくても!」

『その身に直接刻んであげるわ!』


 腰の剣を抜き、爆発的な加速力で駆ける。鱗を纏った腕と剣がぶつかって、拮抗したのは一瞬だった。

 バハムートセイバーが剣を振り抜き、レヴィアタンは後ろに吹っ飛んでいく。


 驚くほどパワーが上がっている。それだけじゃない。スピードも、レヴィアタンの反応が僅かに遅れるほどだ。


 手にした力にたしかな実感を得て、より強く剣を握り締める。


『力の変動……相手に合わせてバハムートセイバーのスペックも変化する。それがわたしたちの新しい力よ』

「相手が強ければ強いほど、ってわけか」


 レヴィアタンはたしかに強敵だ。以前のバハムートセイバーであれば、完全にスペック負けしていた。

 しかし、フェーズ2となったバハムートセイバーは、レヴィアタンの上を行くようにスペックが変動する。


 なるほど強力な能力だが、油断することはできない。態勢を立て直したレヴィアタンが、魔法陣から水の槍を放ってきた。

 それをガントレットの銃口から撃ち出す魔力弾で相殺させると、続け様に蛇の魔物が凶悪な牙を覗かせ、鎧を噛み砕かんと襲いくる。


「させるかッ!」

「我が名を以って命を下す! 其は昏き底より出ずる神の化身!」


 白い鎧の目の前に迫った蛇の首が、重力に押し潰された。ジンの重力魔術だ。


深淵を覗き叫ぶ招雷クラマーレ・ヴィタル・アビス!」


 コンクリートの地面に這いつくばる大蛇に、雷の球体が直撃する。そこ目掛けて天から落ちる、いくつもの稲妻。丈瑠の元素魔術は、蛇の鱗を容易く焼き焦がす。

 腹の底まで響く悲鳴を轟かせながら、大蛇はまた海の中へと引っ込んだ。


「バハムートセイバーだけが相手だと勘違いしてない?」

「ルーサーめ……!」

位相接続(コネクト)!」


 黒いロングコートとオレンジの瞳を持った仮面。レコードレスを身に纏った朱音が、レヴィアタンに強烈な蹴りを叩き込む。

 仰け反った敵に追い撃ちをかけるように、袈裟に振われる刀。レヴィアタンはそれを上空に跳躍して躱すが、それは悪手だ。


「空なら逃げ場はねえぞ!」

『Reload Explosion』

『Reload Vortex』


 二つのカートリッジを同時に装填したガントレットから、光弾を放つ。レヴィアタンに命中した瞬間にその体を渦が奴を絡めとり、内部でいくつもの爆発が起こった。


「ぐッ、がァァァァ!!」

『まだまだ行くわよ!』

『Reload Hourai』


 剣にホウライのカートリッジを装填、巨大な炎の刀身が夜空を衝いて、膨大な熱気と共に振り下ろされる。

 瞬く間に炎に飲み込まれたレヴィアタンは、直前の爆発を受けていたこともあり、その鱗の至る所を暗く焦がし、服も殆ど燃え尽きていた。


「やるじゃないかリュウタ! こちらも負けてはいられないな!」


 大蛇と相対していたジンが、海上に巨大な魔法陣を描く。すると蛇の体が、宙に浮いた。全長何十メートルあるのかもわからない巨体が、空中でもがく。


「兄上、終わりにしましょう。あなたの嫉妬も、憎悪も、全て俺が受け止める。そうするべきものだ。なにより、あなたが妬み羨んだ力というのは、そうやって感情のままに暴れるためのものではないでしょう!」


 無重力に囚われている大蛇の双眸が、大剣を構えたジンを鋭く睨む。そこに込められているどす黒い光を、それでも魔導師は真正面から受け止めていた。


『よく言った、ジン』

「それでこそ、正義のヒーローだ!」


 瞳を橙色に輝かせた青年を背に乗せ、白狼が駆ける。

 全身に稲妻を纏ったアーサーが、宙に浮かぶ大蛇に組み付き、その鱗に牙を突き立てた。体内に直接電撃を流し込まれ悲鳴が上がる。あの巨体全身に電撃を行き渡らせるだけの出力は、驚嘆するものだ。


 アーサーを体から引き剥がすために、膨大な数の鱗一枚一枚から、無形の魔力が放出される。

 それこそ、丈瑠の思う壺だとも知らずに。


「残念、望み通りの未来だよ!」


 展開した魔法陣に、大蛇の放った魔力が全て吸収された。

 魔導収束。

 魔力を吸収し、奪う魔術。

 対象の魔力が大きければ大きいほど、派生する魔術の威力もまた跳ね上がる。


魔を滅する破壊の銀槍(シルバーレイ)!!」


 放たれるのは銀の槍。鱗を容易く穿ち抉る槍が、大蛇の頭上から絶え間なく降り注ぐ。逃げ場のない無重力の中では、槍の雨に身を晒すことしかできない。


「アカネ!」

「任せて!」


 声に応じて、漆黒のロングコートを翻す敗北者。オレンジの瞳は大蛇を捉えている。

 不可能を可能にする幻想魔眼。それがあれば、あの大蛇からレッドを引き剥がすことも可能だ。


「ドラゴニックオーバーロード!」


 手に持った大型拳銃、龍具シュトゥルムが七つのパーツに分離し、右腕を覆う鎧と片翼となって装着される。

 その腕を天に翳せば、夜空を照らす星々の輝きが、一振りの剣となって朱音の手に収まった。


闇夜に輝く星屑の剣(アマデトワール)!!」


 横一文字に振り抜かれた星屑の剣が、その輝きで闇を裂き、大蛇の体を焼き切る。

 抉れた腹からはレッドの体が覗き、アーサーが空を駆け背に乗った丈瑠が引っ張り出した。


 核となっていたレッドを失ったからか、大蛇の体は徐々に薄れ始めている。やがて十秒とかからず、完全に消え失せた。


「バカなッ、我がカートリッジの力を打ち破るだけでなく、素体となった人間すら救い出すだと……⁉︎ なぜそのようなことが!」

「お前には分からねえよ!」


 大蛇が消えた虚空を、驚愕の目で見つめるレヴィアタン。しかしすぐにその目には怒りが宿り、身に纏う魔力が跳ね上がる。

 呼応するように、バハムートセイバーの力もまた増した。


「我らスペリオルは正義のために戦っているのだぞ! この世界の未来を憂いて、変革を促すために!」

「だからなんだよ! 俺たちは、今ここにいる人たちを! この手が届くみんなを守るために戦ってるんだ!」

『あやふやなものに正義を預けるあなたたちなんかに、絶対負けない!』

『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 カートリッジを装填したガントレットが、分離変形して右脚に装着される。紅いオーラが全身を覆い、右脚へと収束した。

 同時に、バハムートセイバーの周囲に四本の剣が出現、射出される。剣は虚空に突き刺さり、レヴィアタンの体を空間ごと固定した。


「動きが……!」

「『はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」


 高く跳躍したバハムートセイバーが、赤い軌跡を描いて流星のような蹴りを落とした。

 勢いのまま地面に滑り込み、背後で大爆発が起きる。


 果たしてバハムートセイバー必殺の一撃は、レヴィアタンの右腕を吹き飛ばすほどの威力を秘めていた。

 片膝をついて、忌々しく睨んでくる青髪のスカーデッドは、昼間のような気迫もなく、戦う力も残されていない。


「そこまでです、リュウタさん」


 トドメを刺そうと振り返った、その時。

 キャスケット帽を被った少女が、どこからか転移してきた。その傍らには、もはや見慣れたスカーデッド、フェニックスの姿もある。


「ヒスイ……それに、フェニックス……!」

「お久しぶりですね、バハムートセイバー。仲間に裏切られて傷心しているとは思っていませんでしたが、殊の外元気なようで安心しました」

「どの口で言いやがる! お前もここで倒して──」


 言いかけて、しかし。唐突に、バハムートセイバーの変身が解除された。


 時間切れ。

 いや、まだ十分経っていない。今度こそ本当に、龍太の体が限界なのだ。

 よろめく体をすぐ隣で実体化したハクアに支えられるけど、全く体に力が入らない。


「お互いに損耗が激しいようですね。それでもまだ戦いたいというなら、分かっていますね?」


 フェニックスの言葉に、ヒスイがナイフを構えて一歩前に出る。

 スカーデッド二人は戦わないが、やるというならヒスイを相手にさせる、ということか。こちらが彼女と戦えないと分かっていて。


 いっそ清々しいほどに卑怯な手口だ。

 だが龍太たちにとっては、この上なく効果のある一手でもある。力を使い果たした龍太とハクアはおろか、朱音たちだって動けない。動かない。

 ヒスイを救いたいという、龍太の意志を尊重してくれているから。


「懸命な判断です。さあレヴィアタン、帰りますよ。その体はまた調整のし直しです」

「ああ……だが、タダで帰るというのも面白くない。置き土産を残してやろう!」

「まさかっ……!」


 ハッとして水平線の向こうへと視線をやる朱音は、その顔から血の気が引いていた。


 津波を堰き止めていた朱音の炎。海の上に揺らめく銀が、消えている。

 それが意味するところはひとつ。

 もう間もなく、あの巨大な津波がこの街を呑み込む。


「ではご機嫌よう。また会える日を、あなたにリベンジ出来る日を楽しみに待っています、バハムートセイバー」

「待て!」


 最後に慇懃なお辞儀をひとつして、スカーデッドの二人とヒスイは転移でどこかへと姿を消した。

 最悪の置き土産を残して。

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