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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
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罪業 3

 龍太のいる医務室から出たジンは、その足でそのまま会議室へ向かう。


 セゼルの兵舎は、ジンも幼い頃に何度か足を運んだことがあった。幼馴染で兄貴分でもあったハルトは、ジンよりも一足早く王都に士官していた。何年かしてセゼルに戻ってきた彼は、とても立派な兵士になっていたものだ。彼から戦い方を学び、剣を、魔導を学び、ジンもギルドに所属することができた。今ではギルド内でも屈指の実力者と言われているし、その自負も自覚もある。


 だが、昼にレヴィアタンから言われた言葉が、頭から離れない。

 パートナーもおらず、龍具も持たない魔導師では、脅威にならないと。あのスカーデッドからそう言われた。


 たしかにその通りなのだろう。

 ジンが真の実力を発揮するには、あの強力な龍具がなければならないのだ。

 この身ひとつでは出来ることなどたかが知れていて、だからこそ、クレナはあんな目に遭った。


 あの時のことは何度も考えた。ルーサー、朱音に襲われた時、龍具があれば。あるいはジンが、もっと強ければ。


 そんな無意味にも近い思考を繰り返していると、正面から声をかけられる。


「リュウタくんの容態はどうだ、愚弟」

「兄上……」


 ジンの実兄。この街の領主であり、グレイフィールド商会を纏める会長でもある、レッド・グレイフィールド。

 クレナの婚約者でもあり、朱音に復讐するのだと聞かされている。


 だがこのような状況になれば、領主としての責務を優先するのか。屋敷で見せたあの激情は鳴りを潜め、代わりに強い意志が瞳には宿っていた。


「リュウタなら先程目を覚ましましたよ、兄上。騎士団のお陰で怪我も大事ない」

「そうか、それは良かった……」


 ホッと安堵の息を漏らすレッドは、昔から変わらない優しさを今も持っている。

 たしかにジンとレッドは、お世辞にも仲のいい兄弟とは言えなかった。しかし、血を分けた肉親だ。生まれた時から一緒にいれば、その優しさに触れることもあった。


「しかし、愚弟。お前がついていながら情けない。だから言ったではないか、お前は仲間を危険に晒すことしかできない」

「……その話は後にしましょう。今は、この状況について話し合うのが先決です」


 舌打ちを残しつつも、納得したのか。レッドはそれ以上何も言わず、会議室の扉を開く。

 中には既に、他のメンバーが揃っていた。騎士団長のハルトと、その他数名の騎士たち。セゼルを拠点とする主要な商会の幹部に、港湾の責任者などなど。

 この街の主要人物が揃い踏み。そのほとんどが、ジンも見覚えのある顔だ。


「揃ったみたいだな。では、始めさせてもらう。まずは状況の再確認と行こう」


 騎士団長がそう切り出し、部下を一瞥すると、中央の机に立体映像が投影された。この街と付近の森や街道、近海までも含めた地図だ。海の方には、大きな津波が。


「現在このセゼルを襲う脅威は、二つ。巨大な津波とスペリオルです。まずはスペリオルから。最初に確認されたのは、1100頃。レヴィアタンと名乗るスカーデッドが、中央噴水広場に現れました。続いてこの騎士団兵舎に、ベレト、サブナック、オロバスと名乗るスカーデッドが。キリュウアカネ殿の話によると、奴らは全て異世界の悪魔の力を模していたようです」

「異世界のだと……?」

「どのようにしてそんな力を……」


 ざわざわと場が俄に騒がしくなる。

 ジンやハルトは異世界人が身近にいるが、そうでない者にとって、異世界なんてのは雲の上の話だ。その存在を公にされ知ってはいるものの、やはりこの様に敵として現れると、動揺は避けられない。


 咳払いをひとつして、ハルトが部下の話を引き継ぐ。


「先に断っておくが、アカネの話は信頼に値するものであり、彼女自身もそうである。キリュウアカネは、アリス・ニライカナイ様のご友人であり、アリス殿下から直接王家のブローチを託された。それだけは知っていてもらいたい」


 チラリと、レッドを一瞥するハルト。これは不埒なことを企みかねない商人を牽制する意味もあるが、なによりレッドへのそれが大きな割合を占めているだろう。

 グレイフィールド家と付き合いの長いハルトは、レッドが朱音に復讐したいと考えていることも知っている。


 ただ、これで思いとどまるようなら、龍太に復讐の協力なんて持ちかけない。


「幸いにして、ここを襲ったスカーデッド三体は、アカネ殿の助力もあり倒すことができました。しかし、レヴィアタンのスカーデッドは今もどこかに潜伏中。恐らくですが、スペリオルの幹部格と考えられます」

「ひとついいだろうか?」


 挙手したのはレッド。騎士からどうぞ、と先を促され口を開く。


「キリュウアカネ殿は、腕の立つ人物なのだろうか? 王妹殿下のご友人であり、王家のブローチを託されたというのであれば、その実力はたしかなのだろうが。しかし、スカーデッドが強力な敵であることもまた事実だ。彼女がどのような力を持っているのか、味方として情報を共有しておきたいね」


 なにをふざけたことを。隣で聞いていたジンは内心嘆息した。その程度の情報、まさかレッドが知らないはずもない。

 しかし朱音の力を知らない者の方がこの場には多く、情報の共有という点から見ても正論だ。だからタチが悪い。


「そうだ、ジン。お前は彼女と行動を共にしていたのだろう? 是非その力を我々に教えてくれないか」


 こういう時だけ名前を呼んで、色の読めない笑みを見せてくる。下卑たものではなく、しかしなにかを企んでいる笑み。その奥を悟らせないのは、さすがというべきか。


 朱音には申し訳ないが、ここは正直に話すべきだろう。


「アカネの力は、唯一の例外を除き全てが異世界の力だ。その点は皆に分かっていてもらいたいが、そうだな……まず、津波を止めているあの銀の炎。時界制御と彼女は呼んでいたが、端的に言えば時空間の操作だ」


 おぉ、と感嘆の声が一同から漏れる。その強力な力が味方にあると知り、ある者は安堵の息を、ある者は恐ろしさに身震いを。反応はそれぞれだ。


「概念強化という特殊な強化魔術に、強力な氷結能力や切断能力も持っている。正直、俺は彼女が誰かに負ける様など、想像も出来ませんよ」

「それは私も同感だ。我が友人ながら、もし敵に回したらと思うと冷や汗が止まらない」


 苦笑気味のハルトがそう続けて、ジンの言葉引き継いだ。


「今ジンが言ったように、彼女の実力に関しては保証しよう。アカネ一人でスカーデッド複数を相手にすることもできる。だが、その彼女でも、あの津波は対処しきれないとのことだ」


 話がようやく本題に入った。

 問題はスペリオルの刺客たちよりも、目の前まで迫っている津波の方にある。


 極端な話、スカーデッドは倒してしまえばそれでお終いだ。しかし、津波はどうにもならない。意図的に起こされたものとはいえ、本来なら抗いようもない自然災害だ。セゼルには津波が起きた時の避難マニュアルや防衛設備などが存在するが、それも通常の津波に限った話。大きくても五メートル前後に対する設備やマニュアルに過ぎない。

 対して、今回の津波は数十メートルに及ぶ。常識の埒外にあるその津波に対して、この街の防衛などあまりにも無力。


「あの津波は、レヴィアタンのスカーデッドが引き起こしたものと推測される。レヴィアタンとは異世界では海の怪物とされ、世界創生の伝説にも登場するような化け物らしい。この世界で言うところの、赤き龍と白き龍にも似た存在だ」


 ジンも先程、レヴィアタンについては朱音から説明を受けていた。

 旧約聖書に登場する海の魔獣。

 またの名を、リヴァイアサン。


 神が天地創造の五日目に創り出したと言われ、ベヒモスと呼ばれる魔獣と対の存在である。そのベヒモスが最高の生物と呼ばれるのに対し、レヴィアタンは最強の生物と呼ばれたのだとか。

 あまりの巨大さから海を泳げば波が逆巻き、口からは炎吐いて鼻息は嵐を呼ぶ。その鱗はどんな鎧よりも強靭で、あらゆる武器を弾き返す。さらに性質は凶暴で冷酷。さらに厄介なことに、不死性すら有している。


 おまけに悪魔としての伝承もあるらしく、七つの大罪という強力な悪魔のひとつとして数えられているらしい。

 曰く、司るのは嫉妬。

 朱音の見解では、スカーデッドのレヴィアタンは悪魔というよりも魔獣としての性質が強く出ているようだ。


 正直、相手をしたくないというのが本音だ。だが朱音の語った話全てを、力として持っているわけではないのだろう。

 実際に相対したジンとしては、あのスカーデッドからは凶暴で冷酷という印象を受けなかった。


「その様な伝承を持つ化け物の力だ。あの津波は、並大抵の方法では防ぐことはできないだろう。王都には既に連絡を取り、応援を送るとのことだ。住民の避難は粗方完了しているが、諸君らは避難したところで無駄、と思うかもしれない」

「あれだけの高さだ。ここら一帯には、あの津波よりも海抜の高い場所など存在しないからな」

「そこで、現在騎士団のドラゴンを中心にして、避難所に結界を張っている。彼らの魔力があれば耐えることもできるだろう。だがそれは、あくまでも最終手段だ。あの津波自体をどうにか消す方法は、最後まで模索する」


 とは言っても、中々にいい案など浮かばない。これで集まっているのが全員魔導師であれば、会議も弾んだのだろうが。

 ここにいるのは、商人や文官がほとんどを占めている。当然会議は踊りに踊り、上っ面の時間だけが過ぎていった。

 商人たちに至っては、どのようにして自分の被害を最小限に収めるか。それしか頭にないようだ。


 これ以上は時間の浪費にしかならない。ハルトもそう判断したのか、程なくして会議はお開きとなった。

 いやはやしかし、ヒスイの件が話に出なかったのは幸いだ。ハルトが気を遣ってくれたのだろう。

 ジンもハルトに一声掛けて部屋を出たのだが、直ぐ兄に捕まった。


「愚弟、ルーサーはどこにいる」

「妙な気を起こさないでください、兄上。先程の会議で十分に分かったでしょう、アカネの重要さと、彼女の力が」

「業腹ながらな。妙な気など起こさない、少し、彼女と話がしたくなっただけだ」


 果たして、その言葉を信じていいものか。

 ジンは兄のことを尊敬している。商人としての手腕も、領主としての立場も、クレナとの関係も、全ては彼の努力で勝ち取ったもの。その根底にある優しさも理解している。

 結局兄は、善人なのだ。龍太と同じ、本来なら復讐を是としない人間。

 そんな人間が、それでもと復讐心に駆られたのなら、なにをしでかすのか分からない恐ろしさがある。


「話をするのはいい。ただし、俺も同行させてもらいますよ」

「勝手にしろ」


 背負っている大剣を肩にかけ直し、内心で嘆息する。

 さて、厄介なことにならなければいいのだが。一先ずは、兄と朱音の話を見守ってみることにしよう。



 ◆



 夜の港では、こんな時でも灯台が明かりを照らしている。海上には未だ銀の炎が揺らめいており、津波はすぐそこに迫ったまま、時間を止めていた。


 そんな奇妙な光景を見ながら歩く朱音は、手に串焼きを何本も持っている。

 何を隠そう、クラーケンのゲソだ。


「魔物が美味しいって、なんか複雑な気分だな……」

「そうですか? 私は昔、割と普通に食べてましたが。ミノタウロスの肝とかも美味しかったですよ」


 同じくクラーケンのゲソを食べながら歩く丈瑠は、どこかげんなりとした様子だ。

 朱音の生まれた未来の世界では、碌な食べ物にありつけなかった。だから必然、魔物であっても食料にするしかなかったのだ。

 別に朱音の食い意地が張ってるじゃない。


 さて、丈瑠とアーサーも連れて外に出て来たのは、なにも腹ごしらえついでに散歩しているだけではない。

 考えをまとめておきたかったというのもあるし、スペリオルが潜んでいそうな場所を見回るという目的もある。


「実際、あの津波はどうする? レヴィアタンの仕業で朱音の銀炎も通用しないなら、打つ手なしだと思うけど」

「ハルトさんが王都に連絡しているみたいなので、津波に関してはそっちを待つしかないですね。アリスさんは無理でも、シルヴィアさんが来てくれるかもですので」

「もし来なかったら、僕たちだけでどうにかするしかない、か……」

『手はあるのか、朱音?』


 丈瑠の持つ串からクラーケンのゲソを頬張りながら、アーサーが尋ねてくる。

 それにこくりと頷くが、出来れば取りたくない手段だ。


「津波を全部凍らせる。ただ、それをしちゃうとここら一帯の海は、暫く使い物にならなくなっちゃうんだよね」

『それでは本末転倒だな』


 曲がりなりにも、一度は正義のヒーローを名乗った身だ。例えその真似事に過ぎないのだとしても、ここに暮らす人々のことは考えなければ。


 海上貿易や漁業が主だった産業のこの街は、海が死ぬだけで街も機能しなくなる。アーサーの言う通り、それでは本末転倒。

 津波が起こっている時点で今更ではあるが、これ以上の被害は防ぐべきだ。


「となると、真正面から受け止めるしか手はないけど……」

「出来るの?」

「まあ、無理ですね。いくら私でも、街だけを守るのが精一杯ですので」


 津波はかなり広範囲に渡っている。街より大きく、近辺の森や街道すら飲み込んでしまうだろう。朱音がこの街に結界を張って津波を受け止めることはできるが、それが関の山だ。

 例えば、津波と同程度の範囲を覆える城壁を、今すぐに築けたら。それなら勝機はあるだろうけど。


 ゲソを食べて、ため息をひとつ。


「王都からの応援に期待したいけど、シルヴィアさんじゃなぁ……」

「それ、本人が聞いたら泣いちゃうよ」


 宮廷内で見事にぼっちを極めている魔導師長のそんな様が容易に想像できて、思わず吹き出してしまう。


 ドラグニアの魔導師長、シルヴィア・シュトゥルムはたしかに優秀な魔導師であり、龍神の娘として相応の力を持ってはいるが、いかんせんこの状況には相性が悪い。

 いくら輝きを力に変える輝龍とはいえ、津波を防ぐための術を使えなければ意味がない。


「やっぱり、なりふり構ってられないかな」


 スペリオルの目的は、ドラグニアの貿易の要であるこの街を潰すこと。街自体を潰せずとも、ようは海路を使えなくしてしまえばそれだけでも半分は目的達成だ。


 癪ではあるが、この際海は諦めるか。最優先は街の人たちの命だ。それだけは確実に守り通さなければ。


 クラーケンのゲソを食べ終えてからも、二人と一匹は引き続き港を見て回る。

 昼の戦闘によって無惨にも破壊されてしまった港だが、全て朱音の手によって修復済みだ。銀炎は津波に使っているからあまり大規模には使えず、全て魔術での手作業にはなったけど。

 さすがに、あの惨状を放ったらかしにするわけにもいかなかった。バレたらアリスに怒られるから。


 不意に、人が近づく気配。

 足を止めて振り返ると、二人の男が。一人は朱音たちの仲間だ。鎧が破壊されたことでポロシャツに着替え、その上から大剣を背負っているジン。

 もう一人は、見覚えのない顔。身長はジンと同じくらいだが痩身で、顔はどことなくジンに似ていた。彼を爽やか系にしたらこんな感じだろう。


「すまないアカネ、少しいいか?」

「どうしたのジン? ハルトさんたちとの会議は?」

「恙なく、とはいえないが、ひとまず終わった。兄上が、アカネと話したいというので連れてきたんだ」


 兄と呼ばれた男が一歩前に出て、二人と一匹を眺める。その視線に込められた敵意を、朱音は敏感に察知した。

 反射的に刀は手を伸ばしかけるが、寸前で思いとどまる。相手は仲間の家族だ。ことを構えても朱音に得はない。


 だけどそれなら、彼の敵意はどこに起因するものなのか。初対面のはずの男からそんな目を向けられるようなこと、最近はしていないはずなのに。


「初めまして、キリュウアカネさん。私はレッド・グレイフィールド。そこの愚弟、ジンの兄であり、この街の領主。そして、クレナ・フォールンの婚約者だ」


 その名が出た瞬間、心臓が跳ねた。驚愕に目を見開いて、指先が僅かに震える。

 その反応に不服そうな表情を浮かべ、レッドは言葉を続けた。


「その様子なら、私の要件は理解しているようだな。なら話は早い」

「仕返しに来た、ってこと?」

「仕返し? そんな生温いものじゃあないさ。私が望むのは、君への復讐だよ」


 復讐。

 なるほど、そういうことか。

 てっきり、クレナの件を責められるだけだと思っていたけど。その言葉を口にするなら、話は変わってくる。


 深く息を吸って吐き、動揺は完全に消す。目の前に立つ男を鋭い視線で睨み、刀の柄に手をかけた。


「その言葉、ちゃんと覚悟の上で口にしてるのかな」

「当然だろう。クレナは、私が人生で唯一愛した女性だ……その彼女を傷つけられて、黙っていられるはずがない!」

「でも、クレナ・フォールンは死んでない。二度と会えなくなるわけじゃない」

「それがどうした! まさか、クレナが死ななければ復讐する権利すらないと、そんなふざけたことを言うつもりか!」

「そんなわけないでしょ」


 大切な人が、愛する人が傷つけられたのなら、レッドは朱音に復讐する資格を有している。


 一触即発、今にもぶつかりそうな二人を、ジンが間に割って入って止めた。


「待て二人とも、今は争っている場合じゃあないだろう!」

「黙れ愚弟! 貴様にだけは言われたくない! クレナを見殺しにした貴様にだけは!」


 朱音を見るものよりもよほど強い敵意が、実の弟に向けられている。いっそ殺意すら宿してしまったその瞳を見て、ある程度の事情は察した。


「なんだ、ただの八つ当たりか」

「なんだと……?」


 ぽつりと漏らした一言を、片眉を釣り上げたレッドが聞き咎める。


「復讐したい相手、私じゃないでしょ。ただ都合の良いタイミングで都合の良いことをしてくれたから、私をスケープゴートにしたってわけだ。ついでに溜まってた鬱憤も発散。これが八つ当たりじゃなくてなに?」

「貴様……!」

「私が本当に憎いなら、この場に剣の一つでも持ってくるはずでしょ。見た感じ、そっちの腕も結構なものみたいだし。でもあなたは、武装もせずに憎い相手の前に現れた。最初から戦うつもりがないんだ」

「それは……私は、ここに貴様と対話をしに来たのであって……!」

「よくもまあ、復讐対象と話そうと思うね。私は一度も思わなかったよ。相手の話なんて聞きたくなかったし、そんな暇があるなら一秒でも早く、その首を落としたかった」


 今もこの胸の内で燃えている、憎悪の炎。

 桐生朱音の人生は、常に復讐と共にあった。

 家族を奪った吸血鬼に、未来を壊した赤き龍に、復讐するため戦い続けた。


 そこに相手の事情など考慮する余地はなく、ただ相手を殺したいという気持ちしか湧いてこない。憎悪と怨嗟と怒りに支配されて、狂ってしまうほど。


「それでも、私は……! 貴様を許すことなど到底できない!」

「別にそれはいいけどさ。あなた、なんのために復讐するの?」

「──は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような。間抜けな顔を晒して、レッドは静止する。


 完全に予想外の質問だったのだろう。そして、その時点で決まりだ。

 自分がそうであり、また同じ目的を持つ者を、復讐者と呼ばれる者たちを多く見てきた朱音にとって、これ以上は聞く意味もない。


「あなたがクレナ・フォールンを大切に思う気持ちは、まあ本物なんだろうね。本気で私のことが許せないんだろうし、その点はいい。ならあなたは、クレナのために復讐するの? あなたの弟に」

「見透かしたようなことをっ!」

「違うでしょ。クレナのためなんかじゃないし、ましてや何かのためになんて考えてもない」


 自己満足のためでもいい。どれだけ下らない理由でもいい。

 でも、復讐というのであれば、その理由がハッキリとしていなければ。


 復讐というのは、あくまでも手段にすぎない。それそのものを目的とした行いはすぐに破綻する。

 その先にあるなにかを求めなければ、なんの価値もないものだ。


「ほら、あなたが本当に復讐したい相手は、すぐ隣にいるよ?」


 指し示した先には、レッドにとって唯一の兄弟が立っている。

 ジンは沈鬱な表情で俯いており、兄を直視できないようだ。彼も分かっているのだろう。兄から向けられていた感情を。


「……ああそうさ、認めるよ。私は、ルーサーよりもお前の方が許せないんだ、ジン! 私の持っていないものを持っているお前が! その上クレナまで引き離し、挙句彼女を守れずおめおめと帰ってきたお前が!」

「兄上……」

「私だって、お前のようになりたかったさ、クレナに並び立つ魔導師にッ。だが望んだ才能は、全てお前だけが持っていた! なのにどうして、彼女を守ってくれなかったんだッ……!」

「それこそ、俺の罪です、兄上。魔導師である限り、戦場でなにがあるかは分からない。だから朱音を恨むのは筋違いだ。恨むのであれば、罪があるのだとしたら、それは全て俺自身のものですから」


 嫉妬は憎しみに変わり、愛するものが傷ついたことで、感情が爆発した。

 そこに朱音という都合の良い存在がいたことで、いつしか彼の頭の中もぐちゃぐちゃになってしまったんだろう。


 こんなことなら、レッドから一方的に責められる方がまだマシだった。むしろ朱音は、それを望んでいた節もある。

 後悔はしていないけど、誰かの大切な人を傷つけたのは事実だから。その覚悟があっても、こうして目の前に立たれると、どうしても自罰的になってしまうから。


「嫉妬か。実によい感情だ、それも極上のもの。貴様なら、依代に相応しい」


 唐突に、第三者の声が割り込んだ。

 無造作に抜き放った刀で発生源へと斬撃を放てば、そこから人影が飛び出してくる。

 豪奢な衣装に身を包んだ青髪の男。纏う魔力は、朱音から見ても異質の一言に尽きた。


 スカーデッド、レヴィアタン。

 異世界の、朱音たちの世界の伝承をカートリッジシステムに組み込んだ、恐らくはこれまでで一番の強敵。

 なるほど。これはたしかに、龍太たちでは敵わない。カートリッジを使っていなくても、魔力を感じ取れずとも、その立ち振る舞いから強者のオーラとでも言うべきものが溢れている。


 そのスカーデッドが、懐から拳銃を取り出した。銃口の先には、ジンの兄が。


『Reload Leviathan』

「まずいッ!」


 無詠唱で咄嗟に概念強化を発動し踏み出すが、すでに遅い。拳銃から放たれた光弾はレッドに命中し、その足元に魔法陣が広がった。


「ぐっ、うおぉぉぉぉぉ!!」

「兄上!」

「ジン、下がって! 丈瑠さんは結界を!」

「分かってる!」


 レッドのすぐ隣にいたジンを転移で無理矢理下がらせ、丈瑠の懐から夥しい数のヒトガタが。夜空を舞う紙吹雪は、魔法陣の中で苦しむレッドを囲むように展開される。


 やがて結界内で、爆発的な光が発生した。

 思わず目を覆い、衝撃が結界を揺らす。やがて数秒と立たずに結界が砕け散り、光も晴れた。


 そこにレッドの姿はなく、巨大な蛇の魔獣がとぐろを巻いている。

 青い鱗に、凶悪な牙と鋭い眼光。すぐそばまで迫っている津波と同じくらいの大きさは、伝承の通りの巨体だ。


「■■■■■■■■!!!!」


 海の怪物。聖書に語られた化け物。

 そして、嫉妬の悪魔。

 魔獣レヴィアタンが、顕現した。


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