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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
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悪魔襲来 2

 龍太たちがスペリオルと遭遇した、一方その頃。桐生朱音と大和丈瑠の二人もまた、アーサーや騎士たちと共に別の場所でスペリオルと会敵していた。

 セゼルの街の西側。岸壁沿いに広がる森の近くに位置する兵舎近くで、大量のダストが現れたのだ。


「戦力はここに集めてるみたいだね。騎士隊の足止め目的かな」

「それにしては雑兵ばかりですが。ドラグニアの騎士の実力は、スペリオルも把握しているはずですので」


 世界最大最強の国、ドラグニア。その騎士たちが、まさかダストだけで足止めできると考えているなら、スペリオルという組織は致命的に頭が足りていない。

 特にここ、セゼルは貿易の要であり、配備されている騎士は皆実力者ばかりだ。


 騎士隊長、ハルト・クローバーはかつて、第一王女に気に入られ近衛として仕えていたほどに。


「住民の避難誘導が最優先だ、人員はそっちに割け! 幸い相手はダストだけ、少人数でも抑え込める!」


 大きな声で飛んできた指揮に、騎士たちが素早く動く。兵舎に詰めていた約五十人のうち、七割近くが街中へと散っていった。残った騎士たちは朱音と丈瑠の二人を含めても、ダストの数に及ばない。


「すまない二人とも、せっかく久しぶりに会えたっていうのに」

「ハルトさんのせいじゃありませんが」

「うん、ていうか多分、こいつらの目的は僕らじゃないかな。だから謝るとしたら僕らの方だよ」


 十年来の友人と親しげに言葉を交わしながら、迫る怪人を片手間にあしらう。

 スペリオルの目的は、赤城龍太の心臓だ。


 魔王の心臓(ラビリンス)

 赤き龍の心臓そのものであり、龍太の心臓に宿ったもの。それを奪われてしまえば、当然龍太は命を落としてしまうし、赤き龍は本来の力を取り戻してしまう。やつらの言う世界の変革とやらが、その瞬間にでも実行されるだろう。

 だからこそ、なんとしてでも防がなければならない。


 もう失うのは懲り懲りだ。

 桐生朱音の人生には、常に喪失が付き纏う。家族を、友達を、仲間を失ってばかりで。ようやく手にした平和な未来も、一瞬で崩れ去った。


 これ以上繰り返さない。この世界で出会った仲間は、なんとしても守る。


 そのためにもまずは、彼らと合流したいところだけど。


『朱音、どうやら龍太たちも戦っているらしい。ダストの反応が増える一方だ』

「みたいだね……ここのやつらはハルトさんに任せたいけど……」


 どうやら、そうもいかないらしい。

 ダストと交戦していた騎士たちの何人かが、朱音たちのところまでなにかに吹き飛ばされてきた。怪人どもの奥から現れたのは、男が二人に女が一人。

 三人とも、フェニックスと同じ無駄に高級そうな服を着ている。つまり、やつらがこのダストを率いるスカーデッドだ。


「おうおう、なんだよオレたちはハズレじゃねえか! どうなってんだサブナック!」

「儂に聞くなベレト。この場所を予知したのはオロバスだ」

「断じてハズレではなかろうて。ほれ、そこの二人と一匹が標的じゃよ」


 なぜかずっと怒り狂ってる男、ベレトを、サブナックと呼ばれた男が冷静に窘める。最後の一人、オロバスという女は、舌舐めずりすらしてこちらを眺めていた。


 それぞれの名前には聞き覚えがある。

 朱音たちの世界において、ソロモン七十二柱に名を連ねる悪魔たちだ。

 悪魔そのものではなくそのカートリッジを持ったスカーデッドだろうが、まさかスペリオルが異世界の悪魔まで再現するとは。

 となると、龍太たちが戦っている相手も、あるいはと考えられる。


 ソロモンの悪魔は油断ならない相手だ。かつて辛酸を舐めさせられた経験もある。


「アーサー、龍太くんたちをお願い。向こうにもソロモンの悪魔のカートリッジを持った奴が行ってるかも」

『了解した』


 ダストの相手をしていたアーサーが、雷速でこの場を離脱する。とりあえずこれで龍太たちの方は大丈夫。アーサーの実力は間違いないし、龍太たちだって弱くはない。


「一応聞いておこうかな。お前たちの目的はなに?」

「そんなもんも分かんねえのかよ! あぁ⁉︎」

「そもそも、敵にそんなことを話すわけがなかろう。ルーサー、桐生朱音。我らが王が言うから警戒していたのじゃが、大したことはないではないか」

「あまり舐めない方がいいぞ、オロバス」

『Reload Beleth』

『Reload Sabnach』

『Reload Orobas』


 三人がそれぞれのカートリッジを起動させ、紅い球体に包まれる。ドロドロと溶けるようにして消えた後、三体の悪魔が顕現した。

 青白い馬に乗った骸骨の騎士、ベレト。

 獅子の頭をした鎧の戦士、サブナック。

 馬の頭と下半身、ケンタウロスのような姿のオロバス。


 それぞれが紛れもなく、ソロモンの悪魔そのものの姿へと変貌している。

 周りの騎士たちは身構えるが、表情に恐怖を隠しきれていない。ただの魔物なら相手をしたことがあるのだろうけど。

 スカーデッド、それも悪魔のカートリッジを持ったやつなんて初めて見るはずだ。


 ため息を一つ落とす。

 随分と舐められたものだ。こんな下位の悪魔三体程度で朱音をどうにかできると、スペリオルは本気で思っているのだろうか。


時界制御(アクセルトリガー)銀閃瞬火(バックドラフト)


 銀の炎が迸る。

 次の瞬間にはスカーデッドが元の人間態に戻っており、真っ二つになったカートリッジ三つが地面に落ちた。


「なっ、なにをした!」

「テメェこの野郎! ふざけんじゃねえぞ!」

「やめよ二人とも」


 さすがはオロバスのスカーデッド。過去、現在、未来の全てを見通す悪魔の力を持つだけはある。

 戦慄しながらも仲間の二人を宥めるのは、その過去視でなにが起きたのかを把握できたからか。


「質問を変えようか。どうして私たちがこの街にいることを知ってた?」


 朱音たちがセゼルについたのは、つい先程のことだ。まだ一時間ほどしか経過していない。にも関わらず、スペリオルの動きが早すぎる。まるで、この街に立ち寄ることを事前に知っていたかのようじゃないか。


 まず間違いなく、どこかから情報が漏れている。小鳥遊蒼やアリス・ニライカナイを出し抜く形で、一行の旅はスペリオルに筒抜けとなっている。


「話すと思っているのか」

「話さないならそれはそれで構わないよ」


 尚も抵抗の意思を見せるサブナック。その首が、なんの前触れもなく飛んだ。

 切断面から夥しい血を流し、再び死体になったスカーデッドの体が頽れる。


 手を下した本人は、表情をピクリとも変えずに残る二人を見やった。


「どう? 話す気になった?」

「んなわけねえだろうが! 舐めるのも大概にしろよ!」

「そっ、じゃあお前もいらないや」


 サブナックに続き、ベレトの首も飛ぶ。

 朱音は刀を抜いていない。鞘に収められたまま、柄に手をかけることすらせず。

 仲間二人があっという間に殺されてしまったオロバスは、果たしてどれだけの恐怖を覚えたか。なまじ人間の死体を流用しているばかりに、未来を見通せてしまうばかりに、彼女が絶望に染まるのは時間の問題だった。


「な、内通者じゃ! 貴様らの仲間に、スペリオルへ情報を流してる内通者がおる!」

「やっぱりか……」

「誰かまでは知らんぞ! は、話してやったのじゃから、命だけは──」

「助けるわけないでしょ」


 鮮血が舞う。もはやスカーデッドには見向きもせず、朱音は早速次の行動について考えを巡らせた。


「できれば、早めに内通者を炙り出したいところだけど……」

「まあ、候補は限られるよね。どうする朱音? 僕たちも向こうと合流する?」

「いえ、こっちはこっちで動きましょう。ハルトさん、アリスさんに連絡を頼んでもいいですか?」

「任せてくれ。内通者については念のため、殿下に直接話すよ」


 セゼルが敵の襲撃を受けたことは、王都に報告しなければならない。ただし、どこに何人内通者がいるのかも分からない現状、内通者のことについては信頼できる人間だけに話した方がいいだろう。


「ああそうだ、アカネ。この街の領主には気をつけてくれ」

「領主?」


 丈瑠と二人でここを離れようとした時、ハルトが思い出したように言った。

 この街には何度か足を運んだことがあるけど、そういえば領主がどんな人間かなんて気にしたこともなかった。


「セゼルの領主、グレイフィールド家。元は商人だったんだけど、そのせいか基本的に自分の利益のためにしか動かない。アカネたちがいることを知ったら、利用しようとしてくるかもしれないんだ」

「分かりました、気をつけます」


 今はスペリオルの件が最優先だが、頭の片隅にでも留めておこう。

 改めてこの場を離れる時、チラと三つの死体を一瞥する。


 やっぱり私は、正義のヒーローなんて向いてないかな。



 ◆



 セゼルの領主の屋敷は、街の東側に位置していた。街中のどこよりも高い丘の上まで、使用人の運転する黒塗り高級車で移動する龍太とハクア、ジンの三人。ハクアの膝の上ではエルが丸くなって寝ている。


「車って鎧着たまま乗れるもんなんだな……」

「お金持ちの車って感じよね。わたしもこういう車には中々乗る機会がなかったわ」


 広い車内は、巨漢のジンが鎧を着たままでもなお余裕のある広さだ。

 龍太も元の世界では比較的裕福な暮らしをさせてもらっていたが、それも庶民のうちを出ない。こんなガチのお金持ちの家とは関わりがなかったし、ドラマで見るような車体の長い車なんてもちろん初めて乗る。


「グレイフィールド家は元々商人の家なんだ。だからセゼルを任されているとも言えるが、街を治める素養はまた別でな」

「まあ、正反対だものね。商人と領主って」

「どういうことだ?」


 商人として大成したのなら、街を治めるためのスキルも諸々手にしてそうだが。

 例えば交渉術。あるいは人を動かすことにも慣れているだろうし、街の利益となることもしてくれるはずだ。


 しかしどうやら、そう簡単な話でもないらしく、二人が言いたいのはそういったスキル面での話でもないらしい。


「商人とは基本的に、己の利益となることをするものだ。言い方を選ばなければ、利己的なやつらなんだよ、商人は」

「リュータにはあまり理解できないかもしれないけれど、自分たちの利益のために他人を蹴落とす。これが商売の世界なのよ」

「だが一方で、領主ともなるとそうはいかない。自分だけでなく、街に住む人々全ての利益を考えなければならない」

「今まで自分一人に来てた利益を、街に還元するって感じか? 領主なんだからそれくらい当たり前じゃね?」

「リュウタは領主向きだな。自分以外の幸福をちゃんと考えられる」


 やけに優しい笑顔をジンに向けられて、照れ臭さと同時に疑問がさらに深まる。


「性格の差だ。そもそも商人になるようなやつは、領主に向いていない。それがこの街ともなると余計にな」

「セゼルでは様々な国の商人が、自由に商売しているわ。街や国のことを思うならそれは正しい。それはわかる?」


 コクリと頷く。金は天下の回り物、という言葉がある通り、市場を活発に回すことで更なる利益を得られるのは、商人であるなら分かっているだろう。


「領主としてはそうしなくちゃならなくても、商人としてはまた別だってことか……他の奴らが儲けてるのに、自分のところは領主の仕事でそれどころじゃなくなったら、思うところもあるよな」

「その通りだ。領主を任されただけあって、それなりに我慢はしているようだがな。しかしいざと言う時、例えばこの街に危機が訪れた時に、なにをしでかすのか分からない。そんな恐ろしさがある」


 ジンの言葉は、まるでその様を間近で見てきたような、実感のこもった言葉だ。

 ギルド所属の魔道士ともなれば、やはり色んな現場を見てきているのだろう。その中には、商人が厄介ごとを持ち込んだ件もあったかもしれない。


「皆さま、お着きになりましたよ」


 静かに車が止まり、運転手がドアを開けてくれる。外に出て視界に飛び込んで来たのは、思いの外小ぢんまりとした屋敷だった。


 商人で領主だと言うから、てっきり物凄い豪邸に住んでいるものかと思っていたのだけど、実際はどうか。

 二階建てで木造の屋敷は、いっそ街中のちょっと大きめの店の方が広いくらいだ。

 案内されるがまま屋敷の中に入っても、華美な装飾はなく、質素な雰囲気がある。どちらかと言うと、一般庶民寄りと言うか。


 さほど広くない玄関ホールを奥へ進み、応接室のような場所に通された。

 そこで暫く待っていると、部屋の扉が開く。


「やあやあ、お待たせしました。初めまして、アカギリュウタ君、白龍様。私がこのセゼルの領主、レッド・グレイフィールドです。愚弟が世話になっていますな」


 現れたのは、スラリとした長身の爽やかなイケメン。どことなく仲間の一人、この場に同行している魔導師の面影をその顔に感じて、愚弟という言葉もありついジンの方を見てしまう。


「愚弟って、まさか……」


 顔は似てるけど体格とか雰囲気の全く違う弟、ジンはため息を一つ吐いて、己の兄を鋭い目で睨む。


「お久しぶりです、兄上。相変わらずのようですね」

「その言葉、そっくりそのまま返してやるぞ、愚弟。聞けば、私の婚約者に随分と危険な真似をさせたらしいじゃあないか。その上、君自身も危うかったとか? だから魔導師になることは反対したんだ」


 やれやれ、と少し大仰にも思えるほど肩を竦め首を横に振るレッドは、立ち居振る舞い全てが演技がかって見える。

 だが、再び聞き逃せない言葉が。


「婚約者……もしかして、クレナのことを言っているのかしら?」

「ええ、その通りですよ白龍様。そこの愚弟のパートナー、クレナ・フォールンは私の婚約者でもあるのです。そして、今回あなた方をお呼びだてしたのは、まさしくそのクレナに関する件でしてね」


 驚きから立ち直れないまま、レッドは話を進める。

 まあ、ジンの以外な出自やレッドとクレナの関係については、ひとまず置いておくとしよう。なにせ、話はどうやら、未だノウム連邦で眠ってるであろうもう一人の仲間についてだ。龍太としても無視はできない。


「クレナについてって言うなら、俺たちにできることがあればなんでも協力しますよ」

「ええ。彼女もわたしたちの仲間に違いないもの」

「その言葉が聞けて良かった!」


 大きく両手を広げ、レッドは笑みを見せる。

 ジンからは事前に色々と聞かされ、それなりに警戒もしていたけど。婚約者のためにと言うのなら、この人は悪い人ではないのだろう。兄弟仲はどうも上手くいっていない様子だが、そこは龍太が口を出していい範囲を超えている。


 果たして笑顔のレッドから聞かされたのは、ある意味で当然の願いで。


「クレナを危険な目に合わせた、ルーサーという魔導師。やつに復讐したいんだ。是非、力を貸してくれるね?」

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