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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
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悪魔襲来 1

 ドラグニア神聖王国王都を発ってから十日。

 道中で古代遺跡に時間を取りつつも、街道をひたすら南へ歩いていった一行は、ついに港街セゼルへと辿り着いた。


「さすがに賑わってるな」

「ドラグニアの貿易の要だもの。年中こんな感じよ」


 門を潜って入った先の街は、王都とはまた違った活気に溢れている。

 現在龍太たちのいる大通りでは、至る所で呼び込みの声が聞こえていた。海の向こうの国の名産品が並んでいるらしく、ドラグニアやノウムでは見かけなかったものが多い。

 食べ物や服飾系だけでなく、魔導具なんかも海外限定品みたいなのがあるらしくて、ちょっと興味をそそられた。


「さて、こっからは別行動にしようか。私と丈瑠さんは兵舎に行ってくるよ」

「セゼルの騎士団は知り合いも多いし、挨拶しときたいんだ」


 たしか、この街の騎士隊長が友達だったか。ジンとも幼馴染のようなものと言っていたし、彼はどうするのだろう。


「俺は情報収集でもして来ようか。ついでに、ローグへの連絡便と宿の手配をしてくる」

「あ、だったらあたしも同行しますよ。ローグとか向こうの大陸の近況は気になりますし、情報収集ならあたしの出番ですから!」


 土地勘のあるジンと記者を生業にしてるヒスイなら、そっちは任せていても大丈夫だろう。ヒスイの言う通り、これから向こう国の近況は知っておくべきだ。


 しかしこうなると、龍太とハクアのやることがなくなってしまった。


「俺らはどうする?」

「普通に観光してきていいよ。龍太くんはこの街初めてだし、ハクアに案内してもらったら?」

「そうね、せっかくだしデートしましょ、リュータ」


 その提案は非常に魅力的だけど、他のみんなに悪い気がする。自分だけなにもしないというのは、どうにも居心地が悪いというか、申し訳ないというか。


「子供はそういうの気にしなくていいんだよ。それに、僕たちだってプライベートの用事みたいなものだしさ」

「だったら、まあ……」


 子供扱いはあまり嬉しくないけど、ジンもヒスイも丈瑠と同じ意見らしい。ならここはお言葉に甘えるしかないか。


 三時間後に港の方で集合ということになり、一行はしばらく別行動となった。

 ハクアと二人になった龍太は、露店が多く並ぶ大通りを歩く。この街は岸壁を削って開拓されたのか、高低差がかなりある。その上建物は白い石造りだから、どこか地中海の街を連想させた。

 大通りも港の方へ向けて下り坂になっており、ジンとヒスイもこの道を真っ直ぐに下っていった。観光しながら歩く龍太とハクアの二人は、その歩調も緩慢としたものだが。


「セゼルは王都よりもかなり気温が高い上に、日差しもキツいの。建物が白いのはそれが理由ね」

「こっちの世界と似たような感じだな」


 たしか、地中海の白い街並みも、建物の中に熱を籠らせないため、石灰で塗っているとかだった気がする。つまりセゼルの街の建物も、同じく石灰で塗ってあるのか。


 ハクアと二人で露店を冷やかしながら歩いていると、ひとつ気になる店を発見した。


「お、もしかして魚もあるのか?」

「ええ、ここは港街なのだから当然よ」


 見つけたのは、小魚の唐揚げを売っている店だ。元の世界で言うと、わかさぎの唐揚げが近いか。一口サイズの魚を揚げる匂いが鼻腔をくすぐり、食欲が刺激される。


「そういえば、今まで魚は食べなかったわね」

「ノウムからドラグニアまで、ずっと内陸だったしなぁ。日本、俺の元いた国は島国だから、結構色んな魚が食えてたんだよ」


 何を隠そう、魚は龍太の大好物である。特にこういう小魚系、ワカサギとかししゃもとかシラスとか。

 なにせカルシウムが豊富だ。背を伸ばすためには必要不可欠。当然牛乳もよく飲んでいた。まあ、結果はご覧の通り、中学の頃から169で止まってしまっているわけだが。


「ひとつ買ってもいいか?」

「もちろん」


 というわけで、小魚の唐揚げ五個入りをひとつ購入。爪楊枝で刺して口に運ぶと、どこか懐かしい味が広がった。

 久しぶりに魚を食べたというのもあるが、元の世界で食べた魚の味とあまりにも似ているからか。

 まあ、世界は違えど魚は魚だ。大きく変わることもない。


「やっぱ小魚は揚げたのが一番美味えわ」

「ねっ、リュータ。わたしにもひとつちょうだい?」

「ん、ほい」


 こちらに向けて開かれた小さな口に、爪楊枝で刺した小魚を差し出す。ニコニコと愛らしい笑顔は、何万年も生きているドラゴンには見えない。


 ……いや、ちょっと待て。今すごいサラッとハクアに食べさせたけど、これそんな簡単に流していいやつじゃないのでは? もしや伝説の、あーん、ってやつなのでは?


 一度意識しだすとなぜか今更羞恥心が襲ってきて、頬に熱が集まるのを自覚する。けれど隣を歩くハクアは、全く気にしていない様子だ。むしろどこか上機嫌にも見える。


「リュータ? どうかした?」

「いや……なんでもない」


 キョトンと小首を傾げて見上げてくるハクア。顔の色を誤魔化すために、龍太はそっぽを向いて魚を口に含んだ。おかしい、さっきまでとても美味しかったはずなのに、なぜか今は味がしない。


 小魚の唐揚げも食べ終えて、二人はそのまま港へ向けて真っ直ぐに歩く。この世界に来てから一度も海を見ていないから、実はちょっと楽しみにしていたり。


 だが、その道中でのことだった。


「きゃあああああ!」

「悲鳴⁉︎」

「この先よ!」


 急いで駆けつけた先は、中央に噴水のある広場。東西南北から四つの坂道が伸びていて、龍太たちはその北側の道から、悲鳴をあげて逃げ惑う人々の流れに逆らいながら広場に入った。


 そこで二人が目にしたのは、街の住人たちを襲うスペリオルの尖兵、ダストの姿だ。


「スペリオル! なんでここにいやがるんだよ!」

「考えるのは後よ! まずはあいつらをなんとかしないと!」


 それぞれ剣と銃を抜き、ハクアが引き金を引いたことでダストの注意がこちらに向く。

 全部で十体以上はいるか。数の不利を覆すためにもバハムートセイバーに変身したいところだが、ダストが出てきたということはスカーデッドも近くにいるはず。制限時間のあるバハムートセイバーは温存しておきたい。


 複数同時に襲ってくるダストをなんとか捌いていると、後方に控えていた怪人が、突然頭上からなにかに押し潰されるようにしてひしゃげた。


「リュウタ、ハクア! すまない、遅くなった!」

「ジン! 助かったぜ!」


 駆けつけてくれたジンの重力魔術だ。しかし、一緒に行動していたはずのヒスイの姿が見当たらない。


「ヒスイとはここに来る途中で逸れてしまったんだ」

「無事なことを祈るしかないわね」


 ハクアの放った銃弾で怯んだ怪人を、龍太が魔力によって斬れ味を増した剣で両断。その隙を突いて迫るダストは、ジンが身の丈以上もある大剣で叩き潰す。

 一人駆けつけてくれただけで、戦闘がかなり楽になった。


「やはり現れたな、アカギリュウタ!」


 順調にダストの数を減らしていると、どこからか声が降ってくる。近くの建物の屋根を見上げると、そこに人影が。

 屋根から飛び降りた青髪の男は、見覚えのある服装だ。因縁深きフェニックスと全く同じ服は、やつがこのダストを率いるスカーデッドであることを証明している。


「我が名はレヴィアタン! この世界の平和のため、スペリオルの一員として戦う者だ!」

「平和のためだと? 本気で言ってんのかよ、テメェ……!」


 これのどこが、世界の平和に繋がるというのか。怪人どもに無辜の人々を襲わせることのどこに、正義があるんだ。


「本気で世界の平和に貢献したいってんなら、今すぐふざけた真似をやめやがれ!」

「ふざけてなどいないさ! 我々スペリオルは、本気でこの世界のためを思い行動しているのだ!」


 対話は不可能。このレヴィアタンとかいうやつは、本気でスペリオルの行動が世界の平和に繋がると思っている。

 だったら、力尽くでやめさせるだけだ。


「ジン、ダストの相手は任せた!」

「おう!」

「ハクア、行くぞ!」

「ええ! スペリオルのやり方を許すわけにはいかないわ!」

「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」


 手を繋いだ二人が光の球体に包まれ、それが弾けて消えると純白の戦士が姿を見せる。剣を手に持ったバハムートセイバーが、敵へと一直線に駆け出した。


「おらぁ!」

「弱い弱い! その程度かバハムートセイバー!」


 振り下ろした剣は防壁に阻まれ、カウンターの蹴りが腹に突き刺さる。よろめきながら数歩下がったところに、水の槍が迫り来る。

 咄嗟に真横へ飛んで躱したが、槍は地面を抉るほどの威力を持っていた。バハムートセイバーの鎧に守られているとはいえ、一撃でもまともに受ければ致命傷になりかねない。


「こいつ、強い……!」

『まだカートリッジも使っていないのに……! そもそもレヴィアタンってどんな動物なのよ!』

「リヴァイアサンは動物じゃない、悪魔かなにかだったはずだ。多分こいつ、フェニックスと同じで普通のスカーデッドじゃないぞ!」


 レヴィアタン。

 龍太の世界において、七つの大罪における嫉妬を司る悪魔であり、海に棲まう化け物。


 フェニックスと同じく、通常の動物ではなく伝説や伝承でのみ語られる存在。あるいは、以前現れたジャックザリッパーとも同種のスカーデッドかもしれない。


「我が友フェニックスと一緒にしないでもらおうか! この体は我らが王、赤き龍より賜った最高の肉体。そして我がカートリッジは、異世界において無類の強さを誇った悪魔の力だ! バハムートセイバー、貴様らがこの程度だというなら、カートリッジの力を解放するまでもない!」

「馬鹿にしやがって! ハクア、あれで行くぞ!」

『あなたが水を操る化け物だって言うなら、こっちは水を支配する龍神よ!』

『Reload Niraikanai』

『Alternative BlueCrimson』


 水柱に包まれたバハムートセイバーの鎧が、純白から海の蒼へと変化する。剣を杖に変形させて、展開した魔法陣からいくつもの水弾が放たれた。

 両腕を交差させて防ぐレヴィアタンの皮膚は、蛇のような鱗に覆われている。


「無駄無駄ァ! 我が鎧に傷をつけるなど、貴様らでは不可能ッ!」

「なっ……!」


 絶え間なく放たれる水弾を受けながらも、レヴィアタンは真っ直ぐ突っ込んでくる。そのまま懐に潜り込まれ、魔力の籠った拳が青い鎧を捉えた。


「かはッ……!」

『きゃあ!』


 予想以上に重たい一撃に吹き飛ばされ、すぐそこの露店へと背中から激突してしまう。おかげで店は跡形もなくに潰れてしまい、少し離れたところでは店主らしき男性が悲鳴をあげていた。


「こいつ、マジで強いな……」

『ニライカナイだと接近戦に持ち込まれれば不利になってしまうわね。かといって、ホウライでは水の魔術に対応できない……』


 このままだと打つ手なしだ。しかし、だからといって負けてやる道理はない。痛む体に鞭を打って立ち上がり、再び杖を構える。

 突破口はどこかにあるはずだ。例えば、ニライカナイのオーバーロード。直線上に冷気を放つあの必殺技は、現状のバハムートセイバーが出せる最高火力だ。だが周囲の巻き添えも怖い。

 右脚の一点に力を凝縮させることもできるが、しかしそれも当たらなければ意味がない。どうにかして、奴の動きを止めなければ。


 思考を巡らせつつも睨み合っている、その時だった。唐突に、レヴィアタンの立つ周囲の空間が歪む。見えない何かに頭上から押し潰されているように、青髪の男は足を踏ん張っていた。


「今だリュウタ!」

「ナイスアシストだぜ、ジン!」


 ダストを片付けたジンが、全力の重力魔術でやつの足を止めている。この機会を逃すわけにはいかない。

 真紅のカートリッジを取り出し、右腕のガントレット装填した。


『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 真紅のオーラが全身を包み、それが右脚へと収束する。レヴィアタンの真上へ高く跳躍すれば、右脚が氷の刃に覆われた。


 そのまま真下へ急降下。ジンの重力操作も手伝い、物凄いスピードでバハムートセイバーの蹴りが落とされる。


「おらぁぁぁぁぁぁ!!」

『はあぁぁぁぁぁぁ!!』

「なんのこれしきっ!!」


 が、しかし。鱗に覆われた両腕を交差して魔力も纏わせたレヴィアタンは、バハムートセイバー必殺の一撃すら防いでみせる。

 互いの力が拮抗しあい、その余波で力が周囲へと撒き散らされる。建物のガラスは砕け、テラス席になっていた椅子や机も吹き飛び、広場中央にある噴水の水は完全に凍りつく。


 やがては逃げ場を失うほどのエネルギーが互いの間で爆発を起こし、バハムートセイバーとレヴィアタンの両者ともに大きく後ろへ吹き飛ばされた。


「ぐっ、くそッ……ハクア、大丈夫か⁉︎」

「ええ、わたしは大丈夫……」

「二人とも!」


 変身が強制解除させられるほどのダメージは、さすがに無視できない。膝をつく龍太とハクアにジンが駆け寄り、二人を庇うように大剣を構えた。

 ダストは全滅させている。あとはあのレヴィアタンとかいうスカーデッドだけなのに。


 やつの鱗は今の一撃でもってしても貫けず、正面に立つスカーデッドには大した傷も与えられていない。

 蹴りがぶつかった腕の鱗に、僅かな凍傷を与えた程度だ。


「我が鎧に傷をつけるとは、思っていた以上にやるじゃないか。だが、どうやら勝負はあったようだな!」

「俺の仲間には手を出させん」

「パートナーもおらず、龍具も持たない魔導師になにができる? たしかにその重力操作は脅威だが、それだけでは我が鎧に傷一つ与えられない」

「たしかに、今の俺ではお前を倒すことは叶わないかもしれない。だが、いつ俺が一人で相手をすると言った?」


 ニヤリと、ジンが不敵に笑ってみせた瞬間。その横を駆け抜けて、一筋の稲妻がレヴィアタンの体を貫いた。


「ぬおぉぉぉ!」

『硬いな。だが、これはどうだ?』


 稲妻の正体は白い狼。雷速で駆け回るアーサーがレヴィアタンの鱗に牙を立て、その体に直接超高圧電流を流し込んだ。

 体の内側から電流に焼かれるレヴィアタンから牙を離し、アーサーはこちらに駆け寄ってくる。


『すまない龍太、遅くなった』

「いや、助かったよアーサー。朱音さんと丈瑠さんは?」

『あちらにもスカーデッドが現れた。それも三体だ。朱音と丈瑠ならすぐに終わらせるだろうから、私だけでもこちらの救援に駆けつけた』


 しかし、と言葉を区切ったアーサーは、全身から煙を吹かして倒れたレヴィアタンを一瞥する。


『七つの大罪、嫉妬の悪魔レヴィアタンか。妙だな、朱音の予想とは少し違う』

「ふっ、ははっ、当然だ……我がカートリッジは悪魔などではないのだから……!」


 アーサーの雷に焼かれたというのに立ち上がった男は、ボロボロの癖に笑みを浮かべている。

 だがさすがに深刻なダメージを受けたようで、これ以上戦うつもりはないらしい。


「今日のところは見逃してやろう、アカギリュウタ! だが、貴様がバハムートを名乗る限り、再び戦う時が来る! その時を首を洗って待っているんだな!」


 足元に広がる転移の魔法陣。次の瞬間にはレヴィアタンの姿は消え、後に残ったのはめちゃくちゃに荒れてしまった広場だけだ。


 しかし、レヴィアタンが逃げたからといって、休むわけにもいかない。朱音たちのところにもスカーデッドが現れたのなら、すぐに合流しないと。


「リュウタとハクアは休んでいろ。アカネたちのところには、俺とアーサーで向かう」

「でも……!」

「リュータ、ここはジンの言う通りにしましょう。わたしもあなたも、さすがに無理をしすぎたわ」


 ハクアから宥めるようにそう言われてしまうと、龍太も強く言えない。なにより、ハクアに無理をさせることになってしまう。それは龍太の望むところではない。


 分かった、と返事をしようとして、その直前、街の東へ通じる道から、一台の車がやって来た。

 黒塗りの、明らかに高級車だと一目見て分かる車。その運転席から、スーツ姿の老人が出てくる。

 あまりにも場違いなものの登場に、誰もがそちらを見ていることしかできない。


「アカギリュウタ様とそのご一行でいらっしゃいますね? 私はセゼルの領主、グレイフィールド家の使いでございます。ご当主様があなた方をお呼びです。ご同行願えますかな?」


 ただ一人、身の丈以上の大剣を持った鎧の魔導師だけが、苦虫を噛みつぶすような表情をしていた。

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