表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
39/117

遺された足跡 5

 魔物を倒した大広間で、ハクアと二人呑気にも床に座って休憩していた龍太は、あることに気がついた。


 なんとこの部屋、出入り口がないのだ。

 壁にはいくつかの光源が備わっているだけで、扉のようなものは見当たらない。

 それに気づいてしまえば呑気に休憩している場合ではなく、冷や汗を垂らしながら立ち上がった。


「まずいぞハクア……どうやってこっから出る?」

「そう焦っても仕方ないわ。もう少しゆっくりしていましょう?」

「なんでそんなに落ち着いてるんだよ……」


 相変わらず肝が据わっているというか、尊敬するほどの胆力だ。

 まあ龍太としても、ハクアと二人きりというのは嬉しい状況ではある。ここが遺跡内だということを除けば、だが。


 よくよく考えれば、あのキメラを倒したからといってもうここに何も出てこない、とは限らないのだ。にも関わらず呑気に座っていたのは、あまりにも不用心と言える。

 強制転移の罠で、みんなとはバラバラに飛ばされてしまったのだ。出来れば仲間達と早く合流したいところだが、さてどうやってここから出ようか。


 腰に手を当てて周囲を見渡すも、やはり扉はないし、なにかしらの仕掛けがありそうにも見えない。魔物がいなくなり龍太とハクアの二人だけになれば、殺風景なこの部屋はどこか薄寒さすら感じられる。


 結局どうするべきかの具体的な案も出ず、すごすごと座り直そうとした時だった。

 唐突に、壁の一部が音を立てて破壊される。咄嗟にハクアを庇うように身構えていると、破壊された壁の向こうから現れたのは、漆黒のロングコートにオレンジの瞳を持つ仮面の女性だった。


「あ、いたいた。二人とも大丈夫だった?」

「朱音さん?」


 壁を破壊したのは、レコードレスを発動させた朱音。その後ろからはジンに丈瑠、アーサーとエルも。ぞろぞろと中に入ってくる。

 ていうか、その格好で親しげに声をかけられると未だに違和感が凄いんだけど。


「ヒスイは……来てないみたいだな」

「俺らもさっきまで魔物の相手してたんだよ。蜘蛛とサソリと蜂と、あと人間のキメラ」

「人間の?」


 眉を顰めた朱音の反問に、龍太は力なく頷く。認めたくはないが、あれはたしかにヒトが魔物と融合させられていた。

 あの鳴き声を思い出すだけでも鳥肌が立つ。できれば二度と遭遇したくない。


「ところで、みんなはどこに転移していたのかしら? もしかして貴重な資料やデータを発見していたりしていない?」


 期待に目を輝かせるハクアだが、みんなの反応は芳しくない。苦笑しながら肩を竦めるジンは首を横に振り、丈瑠も誤魔化すように頬をぽりぽりと掻いている。


「俺とアカネは、そもそも転移しなかったからな」

「私は銀炎があるからね。時空間系の術は効かないよ」

「え、じゃあどうやって下まで降りてきたんすか?」


 上で階段か何かを見つけたのか、あるいは自分たちで転移してきたのか。順当に行けばそのどちらかなのだろうが。


「ドリルで掘ってきた」

「ど、ドリル……?」

「この下層まで結構距離あったから、斬ろうと思ったら崩落する恐れがあったんだよね。だから、強制転移の罠が出たあの部屋から一直線に、下まで穴を掘ったの」


 思った以上にめちゃくちゃだった……そういえばこの人、この中だと唯一ドラグニウムを壊せるんだったな。

 ドリルというのも、またなにかしらの魔術を使ったのだろう。レコードレスはその時に発動してそのままというわけだ。


「丈瑠さんたちと合流するまで、特に部屋とかもなかったし。残念だけど、こっちは収穫なしだね」

「僕もなにも見つけられなかったよ。ごめんねハクア」

「そう……残念だわ……」


 目に見えてしょぼんとするハクアが可愛い。

 収穫がなかったと言うなら仕方ない。なら次は、どうやってここから出るのかだが。


「朱音さんの転移で、地上に出れないんすか?」

「出来ないことはない。でも、この遺跡内に潜んでる誰かの妨害があったら、最悪地中に生き埋めだよ」


 それは是非ともご勘弁願いたい。

 しかし、そうか。朱音がこの遺跡に入る前にも言っていた、先客とやらの存在もあったのだった。

 今の口振りからするに、強制転移でバラバラにされたのもその誰かの仕業だろう。つまり、向こうはこちらの位置を把握する術を持っている。

 なら迂闊に動くべきではない。退路の確保はしておきたかったが、それだって最優先というわけではないのだ。

 今のところ優先順位が最も高いのは、ヒスイとの合流である。


「あなた方がお探しの子は、この子でしょうか?」


 突然、背後から声。

 全員が咄嗟に振り返って得物を構え、そこに立つ人物を見て目を見張った。

 きめ細かな美しいプラチナブロンドの髪に、ゆるくカールを巻いた白衣の女性。どこかふわふわとした、不思議な雰囲気を持っている。彼女の周囲だけ空気が柔らかい、あるいは温かいような。


 それだけなら警戒の対象にならなかったのだけど。彼女はその腕に、合流していなかった仲間の最後の一人、ヒスイを抱えている。


「まさか、エルフ……?」


 ハクアが震えた声で呟いた。

 白衣の女性の最も特徴的な点が、髪の隙間から伸びた長い耳だ。

 これは異世界出身の龍太でも知っている。あらゆるファンタジー系の物語に、特に最近はアニメやゲームなどでよく見られる存在。媒体によって差異はあるが、魔法や弓を得意とし、森の中に隠れ住むという種族。

 それがエルフ。


「みなさん! 助けてくださいぃぃぃ!!」

「ヒスイを離せ!」

「あら、随分と威勢のいい殿方ですこと。安心してくださいませ、この子に危害を加えるつもりはありませんわ」

「信じるとでも思ってるのかな? 私たちを強制転移でバラバラにしたのも、龍太くんのハクアのところに魔物をけしかけたのも、あなたでしょ」


 朱音の指摘にエルフは気を悪くするでもなく、むしろ機嫌良さそうにして、美しい微笑みを漏らす。

 よく出来ました、と。子供の正解を褒める大人のように、どこか慈愛を帯びた瞳だ。


「嘘は申しておりませんわ。この子は解放いたします。ですが、それはわたくしの願いを聞き入れてくださった場合」

「願い?」

「ええ」


 笑みの種類が変わる。どこか楽しげに、買ってもらったおもちゃを目の前にした子供のように、少女性すら帯びて。

 印象が、ガラリと。


 エルフの女性が右手を掲げ、人差し指をピンと真っ直ぐ、水平に伸ばす。

 示された先には、漆黒のロングコートが。


「桐生朱音。わたくし、あなたの力に興味がありますの。是非手合わせ願えないかしら」

「私の名前を……」

「どうして知っているのか、でしょうか? だってわたくし、あなたのファンですもの」

「ファン……?」


 なにか、場違いな言葉が飛んできたような気がする。

 このエルフは、いったいなにを言っているんだ?


「復讐を果たすために幾度もの転生を繰り返し、どれだけ身体が傷つき心が折れても立ち上がった、未来を創る時の敗北者。キリの人間でも一際異質なあなたは、相応に異質な運命を抱えている。けれど今日ここまで、その全てを乗り越えてきたのですわね。わたくし、そう言った人間が大好きですのっ」


 無邪気に言ってみせるエルフだが、龍太は背筋がゾッとした。

 こいつの言葉は全て、人間を下に見た発言だ。水槽の中の金魚を眺めているような、一段上の、世界の外から傍観に徹している。

 下に見ているのではなく、事実として彼女は人間という種よりも生物としての格が違う。それでも、同じヒトの形をした者だ。

 だからこそ怖い。その邪気のなさが。彼女の無自覚さが。

 癇癪を起こして殺されるのでは、と錯覚してしまうほどに。


「あなた、ただのエルフじゃないわね。何者かしら?」

「あら白き龍、あなたなら薄々勘づいているのではなくて?」


 全員の視線がハクアへ向く。純白の少女は浅く唇を噛んで、中々答えを告げようとしない。確信がない、わけではないだろう。なにか言いたくない理由でもあるのか、しかしその理由とやらは全く思い当たらない。


 ややあって。眉を顰めてエルフを睨むハクアは、重苦しくため息混じりの言葉を吐き出した。


「……ハイエルフね」

「正解ですわ。さすが、同じ時代を生きただけのことはありますわね」

「わたしは白き龍じゃない、そこは勘違いしないでもらいたいのだけれど」

「ええ、ええ、他でもないあなたが言うのなら、そう言うことにしておきましょう。その言い分も、全くの間違いというわけではないようですし」


 いつものように訂正を要求したハクアに対して、エルフ、もといハイエルフは、意味深な笑みと言葉を残す。

 龍太にはその意図を察せられないが、それよりもハイエルフについてだ。


「ハクア、ハイエルフってなんだ? エルフと違うのか?」

「ハイエルフこそ、本来エルフと呼ばれるべき種族なのよ、リュータ。何万年も前、まだわたしが生まれるよりも昔の話。それこそ、古代文明が滅びる以前だけれど、その当時に存在していたエルフこそ、現代ではハイエルフと呼ばれる者たち。現代のエルフはみんな、ハイエルフと人間のハーフなのよ」


 純血にして真なるエルフ。

 曰く、普段森の中から出てこないハイエルフたちは、現代よりも高度な文明と強力な戦力を持った当時の国を、たった一人で滅ぼしてしまえるだけのチカラを有していた。

 曰く、その美貌と力が故に、神として崇められていた。


 神の力とは他者からの信仰に依るところが大きい。ただでさえ強力なハイエルフは、神として崇められたことで更なる力を持ち、しかし決して、歴史の表舞台に立つことはなかった。


「ハイエルフと人間の御伽噺なら、この世界だといくらでもあるわ。そのほとんどが神として登場するの。勇者や英雄を導いたり、大国を飢饉から救ったり、人間との恋物語も多いわね。現代のエルフを考えると、最後のは結構事実が混ざっているのでしょうけれど」


 まさか生き残りがいたなんて、と頭を抱えるハクア。考古学者からすれば、古代文明の重要な生き証人だ。まさかこんなところで会えるなんて思ってもみなかっただろう。


 とはいえ、その生き証人がこちらに友好的とは限らない。


「それで? その生きた化石が、どうして私の力に興味を持つの?」

「言ったではありませんの、わたくしはあなたのファンですのよ」

「言い方を変えようか、どこで私のことを知った?」


 明確な殺気は朱音から。目の前のハイエルフを排除すべき敵だと認識したのか、龍太たちの一歩前に出て刀に手をかける。

 だがハイエルフの女性は、龍太が内心でビビり散らかすほどの殺気を前にしても、まるでそよ風が吹いたような反応しか返さない。


「わたくしは傍観者。世界という箱庭をただ眺めるだけの存在。それはこの世界だけにあらず、あなたの世界も。ここまで言えば、ご理解いただけますわよね」

「……分かった、癪だけど乗ってあげる。力を見せればいいだけでしょ?」


 まるで要領の得ないその言葉のどこに、朱音を納得させるだけの要素があったのか。

 仮面の奥から舌打ちが聞こえた。朱音としても不本意なのだろうが、しかしここは彼女に従うべきだと判断したのだろう。実際、朱音がハイエルフの言う通りにすれば、ヒスイは解放してくれるのだから。


 朱音が数歩前に出ると、案外あっさりとヒスイは解放された。ダッシュで駆け寄ってきて、そのままハクアに抱きつく。


「白龍様ぁぁぁぁぁ! 怖かったですぅ!」

「よく頑張ったわね、ヒスイ」


 よしよし、と赤子をあやすかようにヒスイの頭を撫でている。物凄い母性の波動だ……ヒスイもちょっと気持ちよくなっちゃってるし。なるほど、これがバブみってやつだな。羨ましいとか思ってないし。


「では始めましょう。あなたの力、わたくしに示してくださいませ」

「お言葉に甘えて」


 ヒスイが完全に赤ちゃん化してしまっているそのすぐ近くで、強力な二つの魔力がぶつかった。



 ◆



 初手から全力。概念強化をいくつも重ねがけ、最高速度でハイエルフへと肉薄した朱音は、しかし抜刀することが叶わなかった。


「魔法陣……⁉︎」


 柄の底を抑えるようにして、小さな魔法陣が展開されている。それが輝き出したのと、朱音が体を捻ったのは同時だった。小さな、しかしたしかに殺傷力の高い爆発が起き、躱した勢いでそのまま肘鉄を叩き込む。


 だがそれも読まれていた。狙ったこめかみの前にまた魔法陣が展開、爆発。朱音も同じようにして体を捻り躱し、その場で地面に手をつきカポエラのように蹴りの連撃を見舞う。手数を増やしても同じだ。やはり魔法陣が阻み、同時に爆発で反撃してくる。


 朱音の体術でなければ、すでに何度爆発に巻き込まれているか。

 あらゆる状態からどんな動作にも派生させることができる。

 それこそ、桐生朱音の使う体術の真骨頂。対人戦において重要な駆け引きにおいて、朱音は常に後出しの権利を有している。


 だがそれが有効に働くのは、駆け引きを行う時のみだ。このハイエルフのように、圧倒的な防御性能だけで守りを固められるとかなりきつい。


「あら、離れてしまわれるの? わたくしはまだ一歩も動いていませんわよ?」

「安い挑発!」


 距離を取った朱音からハイエルフへ向け、冷気が迸る。直線の軌跡上が凍てつくが、冷気は相手を避けるようにして、真っ二つに割れた。結果床と壁だけを凍らせて、ハイエルフの周囲だけが元の形を保っている。


「来い、火天(アグニ)!」


 冷気で漂う白い霧を晴らしたのは、対象的に超高温を撒き散らす炎の巨人。その胸に収まった朱音の動きに連動して、巨人が剣を振り下ろす。

 周囲の氷が溶けて、水蒸気がハイエルフの姿を隠した。


 万物を燃やし尽くす神の炎。世界に遍く火の神格化。インド神話のアグニ神それそのものの一撃だ。さしものハイエルフといえど、ただで済むはずもない。


「わたくし、炎は苦手ですの。だって森が燃えてしまうでしょう?」

「……っ⁉︎」


 一歩も、動いていない。

 ただ魔法陣を展開させただけだ。しかも、朱音の体術を受け止めたものと同じ。つまり、火天を展開させたままはまずい。


 巨人の中から素早く抜け出した後、魔法陣が輝く。爆発は炎と連鎖して、巨人が瞬く間に爆炎へと呑まれた。


「くそッ、やっぱり翠みたいにうまくは使えないよね……だったら!」


 煙が舞う中を、一直線に突っ切る。真正面から再びハイエルフに接近し、振り上げるのは黄金の魔力を帯びた聖剣。

 またしても魔法陣で防がれようとした、その瞬間。朱音の体は、陽炎のように揺れて消えた。


選定せよ(エクス)──」


 声は背後から。銀の炎を纏った漆黒が、黄金の聖剣を持つ。振り返ることもなく魔法陣を展開するハイエルフだが、何かに気づきハッとした表情で勢いよく背後へ振り返る。


 だが、そこに朱音はいない。陽炎のように銀の炎が揺れているだけ。

 聖剣を上段に構えた朱音は、ハイエルフのすぐ右隣にいた。


黄金の聖剣(カリバー)!!」


 黄金の斬撃が、ハイエルフの華奢な体を呑み込んだ。

 使用者の魔力を変換した黄金の斬撃は、膨大な熱量と破壊力を生み出す。聖剣の真価はそこにないとしても、朱音の魔力があれば必殺の一撃へと様変わりだ。

 そこへさらに、銀炎まで組み合わせれば。


 時界制御(アクセルトリガー)銀閃永火(バックドラフト)

 未来視と時界制御で引き寄せ、確定させた未来に攻撃を置くその技の応用。未来を確定させることなく、無限にも等しい可能性を広げて、同一世界線上に展開させている。

 それらを瞬時に切り替えることにより、正面、背後、右と三つの可能性を渡った。対応されそうならその可能性を切り捨て、別の可能性へと切り替える。

 相手がハイエルフでなければ、全ての可能性を選択することだってできただろう。朱音自身のスペックを考えれば、二つ潰されただけでも異常事態だ。


「悪を選定する黄金の聖剣。たしかに強力な力ではありますが、わたくしには通用しませんわよ?」

「……そうみたいだね」


 光が晴れた先から変わらず無傷な姿を見せられると、もはや異常事態すらも超えている。冷や汗が頬を伝って、次の手を考える。まさかエクスカリバーの一撃すら防がれるとは思わなかった。


 いや、しかし、全く無意味というわけでもなかったか。

 よく見ると、ハイエルフがほんの僅かに後退りした跡が残っている。一歩も動かずに全ての攻撃を捌いていた彼女の足を、ようやく動かせた。

 逆に言えば、ここまでやってまだ一歩だ。


「とは言え、その窮屈な戦い方でわたくしを動かしたことは、賞賛に値しますわ」

「窮屈?」

「ええ、だってそうでしょう? あなた本来の戦い方ではない、その聖剣も、刀も、龍具も魔術も、全て借り物ではありませんの。あなた自身の力と言えば、銀炎とドレス程度のもの」

「生憎と、昔からそうでね。今更窮屈には感じないよ」


 たしかに彼女の言う通り、銀炎とレコードレス以外の力全てが、桐生朱音にとっては借り物だ。

 けれど、それでいい。昔からずっとそうだった。まだ未来で戦っていた時も、時間を遡って来た時も、新世界を築き上げてからも。

 朱音はいつだって、沢山の人から受け継いできた意志と共に、力を振るっている。


 大切な家族が、仲間が、未来へ繋げてくれたこの力で戦う。


「ふふっ、そういうところが堪らないですわね。ですが、わたくしが見たいのはあなたの本気。どうすれば見せてくれるのでしょうか? 例えば、大切な家族とやらを傷つけられたり?」


 ハイエルフの女性が腕を掲げる。朱音の背後に強烈な魔力反応が。

 しかし朱音は振り返ることなく、正面へと駆けた。それが予想外の行動だったのか、敵はギョッと目を剥く。


「望み通りの未来だよ、クソ野郎」

「どうしてっ……!」


 抜き放たれた刀が、ハイエルフの腕を斬り落とす。

 背後の仲間たちに迫っていたであろう脅威、魔力の反応は完全に消えていた。チラと後ろを見やると、丈瑠が大量のヒトガタを宙に飛ばし、銀色の体を持った蛇の式神を召喚していた。


 彼が使う陰陽術の中で、最も守りに優れている式神。かつて平安の世において、天才陰陽師安倍晴明が開発した十二天将が一つ、勾陣。当時、京の守護を任されていたのがあの式神だ。

 例えハイエルフの一撃だとしても、その結界を犯すことはできない。


「昔とは違う、ということですのね……かつてのあなたなら、迷わずに大和丈瑠を守るために動いていたのに……」


 それはその通りだ。でも今は、昔とは違う。丈瑠は魔術の腕を磨き続け、朱音が背中を預けるほどにまで成長した。

 昔は守られるだけの一般人だった丈瑠が、だ。その理由が、ただ朱音を守るためだけだというのだから、こんな時でも胸のうちで言いようのない高揚感を覚える。


 だが、それはそれ、これはこれ。

 大切な人に手を出した奴を、桐生朱音は決して許さない。


「それで?」


 再び向き合い、ハイエルフは肩を震わせて一歩後退りした。目の前の魔術師から放たれる殺気に、生きた化石とまで揶揄されたハイエルフが、怖気付いている。


「誰の前で、誰に手を出してんの?」


 朱音の周囲に魔法陣が広がり、そこから七つの刃が姿を現した。それぞれが意思を持ったように飛び交う様は、さながら姫を守る騎士といったところか。


「舞え、七連死剣星(グランシャリオ)


 刃が宙を駆ける。ハイエルフが防御のためにあの爆発する魔法陣を複数展開するが、七つの刃は魔法陣ごと、ハイエルフの体を斬り裂いた。

 無惨にも体を八分割された女性が血の池に沈み、朱音は刀を鞘に収める。


「殺した、のか……?」

「いや、これで死ぬなら今日まで生きてこれないよ」


 恐る恐る尋ねる龍太に返し、ため息を一つ。するとバラバラの惨殺死体と血の海が、魔法陣に包まれる。一際強い光を発して、そこから無傷のハイエルフが現れた。

 先程の戦いなんてなかったかのように五体満足で、たおやかな笑みを見せている。


「ほら、やっぱり。私じゃ殺しきれないか」

「ですが、あなたの力はたしかに見せていただきましたわ。お礼に一つ、あなた方に有益な情報を進呈いたしましょう」


 人差し指を顎に当て、どれにしようかと悩むハイエルフ。悩むほど多くの情報を持っているのか。さすが、傍観者と名乗るだけはある。きっと彼女なら、朱音たちの世界を救う最も効率的な方法も知ってるだろう。


「そうですわね、では五色龍について」

「黄龍と青龍について、あなたは知っているというのかしら」


 真っ先に反応したハクアからは、どこか焦っているような雰囲気を感じる。

 五色龍とは、赤き龍と白き龍と同じく、世界創世の伝説、古代に生きたドラゴンだ。そこに黒龍も合わせ、現代では五色龍と呼ばれるようになった。


 赤き龍がいるのなら、五色龍全てが現代でも生きていると考えた方がいい。そのうちの黒龍、白き龍は除外するとして、残りの黄龍と青龍はどこでなにをしているのか。


「黄龍と青龍。わたくしの知る限りでは、白き龍によって封印されていました。ですがつい先日、その封印が破られたようですわね」

「赤き龍の仕業、ってことかよ」

「ええ、その通り。現在はスペリオルに与しているようです」


 懸念していたことが起きてしまっていた。これでスペリオルは、五色龍のうち三体を引き入れていることになる。非常に大きな戦力増強となったことだろう。


「待ってくれ、白き龍は黄龍と青龍を封印したのか? なんでそんなことを……」

「それ以上は、わたくしの口から語るべき話ではありませんわ」


 ハイエルフの視線が、一瞬だけハクアに向けられる。それを朱音は見逃さず、やはりか、と胸の内だけで呟いた。


 ハクアと白き龍との関係。

 これはいつか、ハクア自身の口から語られるのを待つしかない。朱音も当初は、彼女が伝説に語られるドラゴンの一体だとばかり思っていたのだ。

 しかし本人曰く、自分は違うのだと。


 ハクアの正体がなんであれ、今は大事な仲間だ。であれば、余計な詮索はよしておこう。


「では、あなた方を地上にお送りしますわね。安心してくださいませ、ちゃんと元の場所にお戻しいたします」

「そこは心配してねえけど……あんたは、ずっとここにいるのか?」

「そうですわね。時が来れば、また会うこともあるかと」


 ハイエルフ。

 古代文明の生き残り。

 彼女がどういった目的を持ちここにいたのかは分からない。まさか、ファンだという朱音を待っていたわけでもないだろう。


 正直朱音としてはもう会いたくないが、またそのうち会うことになるだろう、という嫌な予感もある。


「それでは、あなた方の旅の無事を祈っておりますわ」


 結局名前を聞くこともなくハイエルフの女性とはここで別れ、朱音たちは地上へと転移した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ