遺された足跡 4
突然展開された強制転移の罠により、一行は遺跡内でバラバラに逸れてしまった。
それぞれが罠の起動時に近くにいた人物と共に飛ばされたから、とりあえず龍太とハクアは一緒にいるだろう。いや、どのみちあの二人は十メートル以上離れられないし、そうなってしまうとバハムートセイバーが強制起動する。
丈瑠もアーサーと、あとついでにエルも一緒のはず。
問題はヒスイだ。彼女はドラゴンのくせに戦うことを苦手としていて、これまでもアーサーの影に隠れて戦闘に参加しなかった。
だがまあ、腐ってもドラゴン、いざとなれば本来の姿に戻ればいいだけだし、命の危険はないと思いたい。
さてでは、残る朱音とジンのペアはどうなったのかというと。
「どうだアカネ、探知に引っかかったか?」
「ダメだね。どうもこの遺跡、もう一つ下にも階層があるみたいだし、多分そっちだよ」
まさしく罠が起動した部屋の中で、朱音は床に手をつき遺跡内に隈なく探知魔術を行き渡らせていた。
その結果分かったのは、この遺跡には更に地下の階層があること。そこへ続く道は見つからなかったこと。そして先程の転移は、その下の階層へ繋がるものだったこと。
「失敗しちゃったな……こんなことになるなら、銀炎の自動迎撃切っとくんだった」
「いや、こればかりは仕方ないだろう。まさか出る時にのみ起動する罠があるとは、誰も考えていなかったからな。しかもここは元研究所、あんな強制転移の罠、あったところで邪魔なだけだ」
朱音とジンの二人が転移していないのは、ひとえに時界制御の銀炎のおかげだ。
その炎のおかげで、桐生朱音に時空間系の魔術や異能は通用しない。より正確に言うなら、その手の攻撃を受けた時点で銀炎が自動的に展開されるよう、朱音は異能にそういう設定をしていた。
「しかし設定とはいうが、異世界の力はそこまで細かく操作できるものなのか?」
「設定っていうのも厳密には違うんだけどね。要するに意識の問題だよ。いや、無意識の問題かな?」
「無意識の?」
「自分の意識外でも異能をコントロールしてるってだけ。反射ともちょっと違うんだけど、詳しいことはまた今度。とりあえず今は、下の階層に向かうことを考えよう」
さすがにプロの魔導師とだけあって、ジンは今の説明だけでも粗方理解したらしい。
なるほどつまり気合の問題だな、と一人で納得している。うん、まあ、その解釈でも別にいいけど。間違っているわけでもないし。
「下に通じる道はないのだったな。となると、やはりこちらも転移するしかないか?」
「転移はやめておいた方が無難かな。もしかしたら、妨害される恐れがある」
「ふむ……それはつまり、妨害する何者かが存在する、ということだが」
「最初に先客がいるって言ってたでしょ?」
それが具体的にどんなやつなのかは、朱音にもまだ分からない。しかし、転移の魔法陣は明らかに不自然なタイミングでの起動だった。しかも魔法陣はひとつではなく、複数。遺跡内に備わっている罠の類なら、ひとつの魔法陣で複数人をバラバラに飛ばすように術式を描くはず。
なぜなら朱音たち一行は、この部屋の中でもバラバラの位置に立っていた。それをピンポイントで狙って魔法陣を展開しているのだ。罠の類なら、そこまで細かい設定はできない。一つの巨大な魔法陣で全員を対象にした方がいい。
誰かが室内の様子をどこかから見ていて、そのお陰でそれぞれを狙い撃ちにできたと考えたら、辻褄が合う。
まあ、あくまでも可能性の話だ。しかし無視できるものでもない。
あらゆる可能性を考慮して動く。
祖父の代から続く、桐生家の家訓だ。
「先程の転移も、遺跡に備わった罠ではなく、俺たち以外の第三者の可能性があるか……余計に合流を急がなくてはな」
どうやら同じ推測に至ったジンが、足のつま先でコンコンと床を叩く。
靴の中に石でも入ったのだろうか。あれ、地味に痛くて嫌なんだよね、とそんなわけもなく。
「たしか、床もドラグニウム製だとハクアは言っていたな」
「言ってたね」
「俺にはドラグニウムを壊せないが、アカネならば可能だったな」
「可能だね」
ああ、なるほど。そういうことね。
顔を見合わせ、ニヤリと不敵に笑いあう二人。幸いにして、下層とはちゃんと物理的に繋がっている。ただ通路がないと言うだけで、概念的に切り離されたりしているわけじゃない。
となると、やることはひとつだ。
「アカネ、ここはひとつ頼んだぞ!」
「まっかせといて! 位相接続!」
漆黒のロングコートと、オレンジの瞳を持つ仮面の戦士。レコードレスを起動させた朱音が、虚空から取り出した龍具シュトゥルムを天井に向ける。
「ドラグニウムは龍具の材料に使われるってくらいだし、さぞやたんまり魔力を溜め込んでるんだろうね。下がってなよ、ジン!」
銃口に広がる魔法陣は、朱音が得意とする魔導収束の術式が描かれている。この遺跡の床、壁、天井と、四方から光の粒子が銃口へと収束していき、氷の三角錐を形成していく。刃で螺旋を描いたそれは、なるほど穴を掘るにはピッタリの形状だ。
「貫き穿つ氷樹の螺旋!!」
飛び上がると同時に銃口を床に向け、躊躇うことなく引き金を引いた。
高速回転するドリルは勢いを全く衰えさせることなく、冷気を撒き散らし、遺跡内を大きく震わせながら、下層へとただひたすらに突き進む。
「下まで結構高さあるっぽいね。ジン、行ける?」
「ああ。アカネも知っているだろう、俺の得意な魔術は重力操作だ」
「使い勝手いいよね、重力操作。私の周りにはそれ極めた人いなかったけど」
などと談笑しながら、二人は地面に空いた巨大な穴に躊躇なく飛び込む。物理法則を完全に無視した遅いスピードで、下層へ落ちていく朱音とジン。
ジンは本人が言ったように重力操作の魔術を使えるが、朱音はもう一つ高度な飛行魔術を使える。重力操作に加えて諸々の技術が必要になる術ではあるが、彼女の実力があれば自在に飛び回ることが可能だ。
やがて下層の床が見えて来て、音もなくゆっくりと着地する。周囲に敵の気配はなし。壁や床のデザインも上と変わらず、全てドラグニウムで出来ているようだ。
「む?」
何かに気づいたジンが、右手を掲げて通路の先に向ける。するといつの間に現れたのか、五匹の蜘蛛の魔物が襲いかかってきた。
だが二人と距離がある位置で、魔物どもはその足を止める。どころか、頭の上からなにかに潰されているように、地面にめり込んでいた。よく見れば、奴らの足元に魔法陣が広がっている。ジンの重力操作魔術だ。
そのまま更に強い光を魔法陣が発したかと思えば、蜘蛛は五匹とも、緑色の血を撒き散らしながら圧死した。
「おお、やるじゃん。さっきまでは本気じゃなかったの?」
「重力操作は巻き添えが怖いからな。近くにリュウタがいたから、さっきは剣術だけで相手していただけだ。だが、アカネと二人なら心配する必要もあるまい?」
重力とは、時空の歪みによって生じる。
つまり時界制御の銀炎を持つ朱音には、なんの影響もない力。
よく分かっている。自分の力に対する理解が深い。それは強者の絶対条件だ。
龍太とハクアの二人、バハムートセイバーの影に隠れてはいたが、朱音はルーサーとして彼らの前に立った時には、ジンにも相応の警戒を向けていた。
なにせギルド所属の魔導師だ。
この世界最強の五人、龍の巫女が率いる私設部隊。彼女ら直属の配下。
その中でもとりわけ好戦的な、クローディア・ホウライのギルドに所属している。生半ばな実力では所属することすら許されない。
「しかしそれにしても、突然魔物が現れたのは妙だな。まるで今この場で生まれたかのようだったぞ」
「だね。直前までは探知に引っ掛からなかったってことは、その可能性が高そうかも」
この先はなにがあるのか、全くの未知だ。突然飛ばされたことといい、魔物の不意の急襲といい、この遺跡にはなにかがある。
レコードレスは解かない方がいいと判断し、いつでも抜刀できるようにしておく。
「できれば、ヒスイと最初に合流したいところだな」
「無事だったらいいけど……まあ、パパラッチって謎にしぶといし、大丈夫でしょ。それより、さっきみたいな不意打ちには気をつけてね」
「なに、全員叩き潰してしまえば問題ない」
二人揃って愉快げに口元を歪めながら、朱音の探知を頼りに遺跡の通路を歩き始める。
実は二人とも脳筋思考寄りで、結構気が合うのだった。
◆
転移魔法陣で下層に飛ばされた丈瑠は、仲間たちを探して歩き回っているうちに、この遺跡の異常さに気づいた。
迷わないように所々で印を残しながら歩いていたのだが、同じ印の場所をさっきから何度も通っている。
シンプルに迷ったと言う可能性も否定できなくはないが、今は丈瑠一人というわけではない。アーサーとエルも一緒だ。人間よりも鋭い感覚器を持つ狼と龍を連れていながら、単純に迷っただけとは考えられない。
「アーサーはどう思う?」
『何者かが意図的に、我々を迷わせている。そう考えるのが妥当だ。朱音が遺跡に入る前に言っていた、先客というのも気になる』
「きゅー」
同意を示しているのか、アーサーの背に乗ったエルが鳴き声をあげる。
まあ、順当に考えるならそうなるだろう。上層階ではその先客とやらに会えなかったし、未だ姿を見せない何者かの仕業でこの下層に飛ばされ、丈瑠たちは分断された。
まず、朱音とジンは心配していない。
朱音には強制転移なんて通用しないからだ。それに今の彼女は、こちらの世界に渡って来た時とは違う。体調は万全、レコードレスも銀炎も幻想魔眼もある。
その朱音と行動を共にしてるだろうジンも、彼自身の実力もあって大丈夫だ。
「問題はヒスイか……彼女、たしか一人で飛ばされてたよね」
「きゅー……」
心配そうに俯くエルに苦笑して、丈瑠は探知の精度を上げる。
龍太とハクアも戦えるし、まだバハムートセイバーも温存してある。だがヒスイは、そもそも戦えない、らしい。
最悪元の龍の姿を取って戦うだろうが、それでも戦いが得意なわけではない。実際に丈瑠は、敵として立っていた時も味方になった今でも、ヒスイが戦うところは見たことがなかった。
「さて、どうするか……」
呟きながら歩いていると、不意に探知魔術が反応を捉える。足を止めて反応があった先、すぐ近くの壁に目を向けると、そこにあったのはどこかへ通じる扉だ。
上層階のようにドラグニウム製と言うわけではなく、そこだけ木製になっている。ドアノブも蝶番もついてる、本当に普通の扉。
あからさまなまでの違いは、罠を疑ってしまうほどだ。
「アーサー、どう思う?」
『罠の可能性は高い。だが、遺跡内で迷っている現状を打破するには、今のところあの扉にかけるしかないと思う』
「だね。ハクアじゃないけど、なにが隠されてるのかは興味があるし」
腰のホルスターに手をかける。抜くのは愛銃のグロックではなく、業物の短剣だ。改造ホルスターに取り付けた鞘から抜いて、順手に構え警戒しながら扉を開く。
「罠は、ない……?」
『資料室といったところか』
上層で入った部屋とは違い、部屋いっぱいに本棚が。並べてあるのは本だけでなく、ファイルの方が数が多いか。
紙の資料なら残っているものは少ない。何万年も経過しているとのことだし、上の部屋で見た資料のように、風化してしまっているだろう。
特に期待もせず取ったファイルを開くと、やはり予想通り、中に綴じてあった紙は風化して灰になっていた。
なにか赤き龍に関する情報があればと思っていたのだけど、この調子では他のファイルや本も似たようなことになってるだろう。
とりあえず部屋をざっと見て回っていると、不意にひとつのファイルが目に止まった。なんとなく気になった、とかではない。明らかに魔力を帯びている。
「アーサー、これ」
『かなり厳重な保護が掛けられているな』
手に取って開いたファイルの中身は、驚くことに綺麗な紙の状態をしっかり維持している。その上文字や写真なども薄れていることはない。
古代文字を使われているために丈瑠やアーサーでは読めないから、いくつか貼ってある写真で内容を推察するしかないが。
「古代文字に位相が適応してないっていうのも、考えてみれば妙な話だよね」
『あの男なら、その辺りの推理もお手の物だったのだろうな』
アーサーが言うあの男とは、朱音の父親のことだ。つまり、アーサーにとっては大切な家族のひとり。今は丈瑠の使い魔となっている白狼は、元々桐生一家に拾われたから。
たしかに、丈瑠では分からない謎も、あの探偵なら。
だが彼はここにいない。それが現実だ。
ほんの少しの寂寥感を胸の内から追い出して、丈瑠はファイルに綴じてある紙を捲る。やはり文字はどれも読めないが、最後の一枚に差し掛かった時、思わず目を見張ってしまった。
「これは……!」
そこに載せられている写真は二枚。
一枚は真っ白なドラゴンが映されたもの。写真に収められたその姿からでも、神々しさと美しさを感じさせる、しなやかな四肢で立ち大きな翼を広げているドラゴン。
そしてもう一枚。髪に肌、ドレスまで、全身が純白に包まれ、ただその中で瞳だけが紅い少女。
見間違えるはずがない美しい純白が、写真に収められている。
「どうして、ハクアが……」
赤城龍太のパートナー、丈瑠にとっては旅の仲間。力の全てを封印されたというドラゴン。白龍のハクア。
古代文明の遺跡に、それも魔物の研究所だったというここに、その写真の載った資料がある。それはつまり、どういうことだ?
「きゅー! きゅー!」
「エル?」
驚きから立ち直ったのは、エルの警戒するような声を聞いたから。
小さな黒龍の感知能力は、朱音すらも上回る。丈瑠も急いで周囲の状況を探ると、魔物の群れがこの部屋に向けて押し寄せていた。
とりあえずファイルは確保して部屋の外に出れば、左右の通路から既に魔物が迫っている。完全に挟み撃ち、しかも出来すぎたタイミング。罠を疑うが、まずは迎撃するのが先だ。
「アーサー、背中は任せた!」
『ああ!』
迫る魔物は上層で出たやつと同じ、蜘蛛やサソリ、蜂の魔物だ。この程度なら自分たちだけでも切り抜けられる。
魔法陣から放たれた魔力の槍と白狼の雷撃が、魔物の群れへと同時に突き刺さった。
◆
朱音にジン、丈瑠やアーサーたちが各々遺跡を彷徨っている、一方その頃。
バハムートセイバーに変身した龍太とハクアは、蜘蛛とサソリ、蜂。さらに人間を融合させたキメラと、死闘を演じていた。
ガギィィィィン!! と、甲高い金属音がドーム状の広場に響き渡る。バハムートセイバーの剣を魔物の堅固な体が弾いた音だ。
衝撃がそのまま跳ね返って手が痺れ、龍太は仮面の下で苦い表情をした。
「マジで硬いなこいつ!」
『恐らくはあの体毛のせいよ! 皮膚自体じゃなくて、体毛が魔力の膜を作ってるの!』
胴体は蜘蛛のものだ。ゆえに鱗や甲羅などといったものは存在しないが、なるほど、これも魔力による防御か。
だったら、その防御を粉々に破壊してやるまでだ。
『Reload Explosion』
右手のガントレットにカートリッジを装填。ガントレットは展開、変形して、先端に杭が出現する。
「おらぁぁ!!」
魔物の側面に周り、胴体目掛けて右の拳を叩きつける。直撃と同時に、小さな爆発で加速された杭がゼロ距離で射出され、魔物が悲鳴を上げる。
しかし、貫通にまでは至っていない。ダメージは与えられているようだが、魔力防御を破壊するにはいたらなかったか。
「くそッ、気持ち悪い声出しやがって……!」
魔物の鳴き声というよりも、もがき苦しむ人間の悲鳴にも似た低い声。生理的嫌悪感が湧き起こり、鳥肌が立つ。
その声を聞くだけで、精神がガリガリと音を立てて削られていくのがわかる。
『リュータ、あれを使いましょう!』
「オーケー、魔力操作は任せるぜ、ハクア! 剣戟舞闘!」
展開した二つの魔法陣から、それぞれ一振りずつ剣が現れる。手に持つ剣を頭上に掲げれば、魔力剣とひとつに重なった。
「こいつでどうだ!」
八本のうち、一番手前の右脚へ振り下ろされる剣。その軌跡に残像を残して、魔物の魔力防御とぶつかる。
再び甲高い音が鳴り響くが、拮抗は一瞬だった。残像が刀身と重なった瞬間、蜘蛛の脚は呆気なく斬り落とされる。
「■■■■■■■!!」
「よし、まず一本!」
『続けていくわよ!』
蜘蛛の胴体は多脚であるが、そのうちの一本でも斬り落としてしまえば、やつはその巨体を支えるバランスを崩す。
相変わらず気持ち悪い悲鳴を上げながら地に伏す魔物へ、続け様に剣を振り下ろす。俊敏に動き回りながら二本、三本と順調に削いでいったが、四本目に目をつけたところで魔物が動いた。
今の今までお飾りに過ぎなかった蜂の羽が、音を立てて動き出したのだ。
『リュータ下がって!』
「そのでかい図体で飛ぶのかよ⁉︎」
脚を三本を斬り落とされ満足に動けなくなった魔物は、四枚の羽を羽ばたかせてドームの中を飛ぶ。重量はかなりあるはずだ。恐らくは普通の蜂と違い、また魔導の力が絡んだ飛行だろう。
『あの羽が飛行魔術の魔法陣代わりになってるみたいね』
「羽を潰せば落ちるのは変わらないってことか!」
『Reload Lightning』
銃口を露出させたガントレットから放たれた稲妻は、しかし巨体に似合わぬ素早い動きで躱された。その勢いのままに、魔物はハサミを振りかぶって急降下してくる。
咄嗟に距離を取って避けるが、ハサミが振り下ろされた床はひび割れ、その破壊力を物語っていた。
「一撃でも貰うとヤバそうだな……」
『その上空を飛んでるから、こっちの攻撃も当たらない……ここはあのカートリッジを使ってみるべきよ』
「アリスさんから貰ったやつだな」
取り出したカートリッジは、通常の白い弾丸とは違い、水色の紋様が刻まれている。
ホウライのカートリッジと同じ、龍神の力が込められたものだ。
『Reload Niraikanai』
『Alternative BlueCrimson』
カートリッジを装填すると、バハムートセイバーの体が激しい水柱に覆われる。柱は小さな水の弾丸となって散り、再び宙に飛び上がっていたキメラの体を穿った。
そして怯んだ魔物を見上げるのは、鎧を海のように青く、仮面の瞳を氷のような銀色に変色させた戦士。
手に持っていた剣は杖に姿を変え、魔導師のローブを模したマントが靡く。
龍神ニライカナイの力を宿した姿。
バハムートセイバー ブルークリムゾン
「杖ってことは、遠距離特化ってことか。丁度いい! ハクア、細かいところは任せる!」
『ええ! 思いっきりぶちかましてやりなさい!』
『Reload Vortex』
杖にカートリッジを装填し、床に強く突く。すると魔物の真下に魔法陣が広がり、激しい水流の渦が出現した。
空を飛ぶ魔物の体を絡めとり、羽ばたこうにも流れの激しい渦の中では叶わない。身動きを完全に封じたその隙に、今度は魔物の頭上に魔法陣が。
降り注ぐのは大量の水弾。
魔力弾となんら変わりないものではあるが、そこに龍神ニライカナイの力が加わっている。超高水圧の弾丸は魔物の羽を容易く抉った。
「■■■■■■■!!!」
渦が消えて解放された魔物が、怒りの叫びを上げて口から糸を射出する。人間の顔でされると気持ち悪いことこの上なく、怯んだ隙に右腕を糸に捕られた。
本来なら硬度も高くしなやかな糸なのだろうが、今のバハムートセイバーには通用しない。
『この程度なら!』
ハクアが魔力を操作し、右腕に絡まった糸を凍らせる。糸を伝って魔物の全身まで凍らせ、氷を砕くことで拘束から脱した。
ニライカナイの力は水を操る。転じて、あらゆる流れを操ることができる。
つまり水の操作だけでなく、氷を操ることすらお手の物だ。
「決めるぞハクア!」
『ええ! 思いっきりやっちゃって、リュータ!』
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
杖に紅いカートリッジを装填して掲げる。青い鎧を真紅のオーラが包み、それが全て杖へと収束した。
そして展開される大量の魔法陣。杖先を氷を砕いて脱出した魔物へ向け、全てを凍てつかせる氷の咆哮が放たれる。
部屋全体に冷気が充満し、残されたのは巨大な氷像だけ。中の魔物ごと砕け散って、白銀の結晶が舞う様はどこか美しい。
「ふう……ようやく倒せた……」
「結構手こずっちゃったわね」
変身を解くと、冷気も全て消える。砕けた氷のカケラも霧散して、悍ましいキメラは跡形もなく消え去った。
「アリスさんのカートリッジ、結構ヤバかったな」
「恐らくだけれど、ニライカナイの純粋な力だけが込められているわけではないわね。きっとアリス自身の力も宿っているわ。だからあんなに強力な氷を放てたんだと思う」
龍神ニライカナイはあらゆる流れを操る力を持っているが、アリス・ニライカナイは流れを止めることに特化しているらしい。
だから彼女は、水の龍神を宿しているにも関わらず、氷の魔術を得意とする。
その力もカートリッジに宿っていたのだろう。だから最後の一撃、オーバーロードは氷の砲撃になった。
ともあれ、行く手を阻む魔物は倒した。人間と魔物の融合などという、悍ましい実験の産物ではあったけど。もしかしたら、その実験についても、この先に行けば分かるかもしれない。
「ともあれ、まずはみんなとの合流が先ね。バハムートセイバーにはもう変身できないのだし、あれ以上の敵が現れたら厄介だわ」
「だな。心配なのはヒスイだけど、朱音さんがどっかで拾ってくれるだろ」
取り敢えず、龍太とハクアは休憩だ。
なにせバハムートセイバーの変身は、制限時間以内に収めていてもかなり消耗するから。
「あー、疲れた」
「ふふっ、お疲れ様」
床に座り込むと、たおやかな笑みを浮かべたハクアに頭を撫でられた。
照れ臭くてそっぽを向くと、龍太の隣に腰を下ろして引っ付いてくる。恥ずかしくて仕方ないし、なんか色々と当たっててもうヤバいのだけど、まあ、誰も見ていないから今だけはいいか。
顔を真っ赤に染めた龍太を、からかい混じりの笑みで見上げるハクア。
こんな遺跡のど真ん中でなにをやっているのやら、と思いはしたが、口には出さない龍太だった。




