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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
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遺された足跡 3

 どうやらこの古代遺跡、虫型の魔物ばかりが出現するらしい。

 龍太がそのことに気づいたのは、魔物の群れと五度目の遭遇を果たした時だった。


「ああくそッ! マジで虫ばっかじゃねえか気持ち悪い!」

「幼虫の類が出てこないだけ、まだマシだと思うしかないな!」


 最前線で剣を振るう龍太とジンは、文句を言いながらも迫り来る蜘蛛の群れを斬り伏せる。緑色の体液を撒き散らしながら死んでいく蜘蛛はまだマシな方で、蜂やサソリなんかだと毒を持っていたりした。

 厄介この上ない相手ではあったけど、今の龍太には心強い仲間がいる。


「二人とも伏せて!」


 目の前の蜘蛛を両断して、背後から飛んできた声に従う。すると二人の頭上を、朱音と丈瑠の放った幾つもの光弾が通り過ぎた。それら全てが蜘蛛の群れへと突き刺さり、大量の死体が遺跡の床に転がる。残った僅かな蜘蛛たちも、まさしく蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、相手が悪かった。


『Reload Hourai』

『Reload Vortex』

「一匹も逃さないわよ!」


 ライフルの遊底(ボルト)を二度操作したハクアが、天井へ向けて引き金を引く。逃げようとしていた蜘蛛たちの上に魔法陣が広がり、炎の渦が降り注いだ。

 全ての魔物を巻き込み、その焼死体だけを残して、渦は消えていく。


 蜘蛛が嫌いだと言っていたハクアだが、思ったよりも普通に戦えているようでなにより。まあ、なぜかいつもより過激な感じは否めないけれど。


「いやぁ、よく燃えたね。さすがクローディアさんのカートリッジだ」

「朱音も結構苦しめられたもんね」

「うっ……」


 焼死体を眺めて感嘆の声を漏らす朱音へ、丈瑠の揶揄い混じりの言葉が投げかけられた。やはり朱音的には敵対してた当時のことに対して思うところがあるのか、言葉に詰まってバツが悪そうにそっぽを向く。


「ところでアカネ、まだこの道をまっすぐでいいのかしら?」

「そろそろ別れ道になるはずだよ」


 ほら、あれ。と朱音が前方を指さす先は、突き当たりで道が左右に分かれていた。どちらかが行き止まり、と言うことになるのだろうか。しかし遺跡大好きハクアさんは、隅々まで隈なく探索すると言っていたし、まずは逆に行き止まりを目指すのか。


「どうするハクア? 遺跡を隅々まで見たいなら、一度左の道を行って戻ってくることになると思うけど」


 つまり、行き止まりになっているのは左か。そしてハクアは、もはや考える素振りすら見せずに即答する。


「左ね! さあ行きましょう!」


 意気揚々と進むハクアに続き、別れ道を左へ。変わり映えのしない遺跡内だったが、しばらく歩くと、突き当たりに扉が。

 どうやらこの先の部屋で行き止まりらしいが、扉にはドアノブのようなものはついていない。


「開きそうにないわね……」

「どこかに鍵が落ちてるんじゃありませんか?」

「うーん……恐らくだけれど、この扉は魔力認証式ね。登録された魔力に反応して、扉を開くものだわ。いつもなら無理矢理こじ開けるのだけれど、この扉もドラグニウム製のようだし……」


 つまり、破壊することはできないということか。登録された魔力というのも、ここが遺跡となる前、古代の頃に登録されたものになるのだろう。となると、現在の龍太たちではこの先に向かうことはできない。


 しょぼんと落ち込むハクアを見ているとどうにかしたくなるけど、残念ながら諦めて引き返すしかなさそうだ。


「いや、多分だけど大丈夫だよ。私に任せて」


 一歩前に出た朱音が、腰の刀に手をかける。しかし朱音ではドラグニウムを破壊できない。それは先程証明されたばかりだ。


「任せてって言っても、どうするつもりっすか? 俺らじゃドラグニウムは壊せないでしょ」

「だからこそ、だよ」


 その言葉の意図をイマイチ理解できず、首を傾げてしまう。それは他のメンバーも同じなのか、皆一様に頭の上にはてなマークを浮かべていた。

 理解できているのは、朱音本人と丈瑠、アーサーだけだ。


「ほいっ、と」


 瞳をオレンジに輝かせた朱音が、刀を抜いた。軽い掛け声と共に、逆袈裟に放たれる居合。ドラゴン以外に破壊できないと言われたドラグニウム製の扉は、いとも容易く真っ二つに。


「嘘でしょ……ドラグニウムがこんな簡単に斬れちゃうなんて……」

「先程はたしかに、アカネの剣も弾かれていたはずだが……」

「これが私の眼、幻想魔眼の力だよ」


 桐生朱音が、家族から受け継いだ力。

 幻想魔眼。

 世界を作り替えるほどの力を持ったその魔眼には、不可能を可能に変えるという特異な能力を有している。


 人間の朱音にドラグニウムは壊せない。

 ()()()()()、魔眼を使えばこうも簡単に切断してしまえる。


「なんでもありじゃないっすか」

「そうでもないんだよね、結構使い勝手悪いんだよ、これ」

「幻想魔眼はあくまでも、不可能を可能にするだけ。0を100に変えるけど、1を100に増やすことはできないんだ。朱音みたいに、元から大きな力を持ってるなら、使い所も限られてくるんだよ」


 ほんの少しでも可能性があるものであれば、幻想魔眼は効果を発揮しない。

 なるほどたしかに、力の弱い者が使うのならともかく、朱音ほどの実力者にもなると、使い所に困る代物だ。


「ま、幻想魔眼については置いといて、さっさと中に入ろうか」


 朱音から順に入った部屋の中は、古代遺跡という呼び名からは到底想像できないものだった。

 正面の壁には大きなモニターがあり、その下にはパソコンのようなものが並んでいる。中央の広い机の上には、煤けてしまった紙がいくつか。もはや文字も読めないほどに劣化している本も積まれている。


「これ、本当に古代遺跡なのか……?」


 現代と変わらない、あるいは現代よりも高度な科学技術が使われているように思える。しかし室内の様子からは、長い年月が経過していることが見てとれた。


 呆然と部屋の様子を眺めるのは、龍太と朱音、丈瑠の異世界組三人のみ。ハクアにジン、ヒスイはこれが当たり前のものとして、早速物色を始めている。


「ある程度劣化防止の魔術が使われているみたいだけれど、さすがに何万年も放置されていたら、紙や本は使い物にならないわね」

「こっちの端末は動くみたいですよ、白龍様。これ以外は全部死んじゃってますけど」

「どれ、貸してみろ。おお、本当に動いたな。どうだハクア、使えそうか?」


 ヒスイの見つけたタブレットのようなものをジンが起動させ、ハクアがそれを受け取り操作する。

 ハクアの操作は手慣れたもので、恐らくはこことは違う遺跡でも、同じものを見つけたことがあるのだろう。あるいは龍太が知らないだけで、この世界にもタブレットのようなものは普及しているのか。


「なんか、古代遺跡っていうより、廃棄された研究所って感じだね……」

「その認識はあながち間違いでもないわ、タケル。遺跡の殆どが、古代文明のころに研究所として使われていたと考えられているの」

「それにしても、科学力が現代と大差ないようにも思えるけど。まさか、古代文明の方が現代より発達してたとか?」

「あら、よく分かったわねアカネ。その通り、魔導科学において、現代では古代の再現が不可能と言われているわ。わたしたちがこの時代で使っている魔導科学も、根本の部分では古代の技術を使っているの。そこから現代で誰でも扱えるように、科学者たちが改良を重ねたのよ」


 温故知新という言葉はあるが、まさかこの世界では科学力の根本に古代文明の存在があるとは。

 龍太たちの世界のように、順当な進化の末に科学を築いたのではない。ある種の退化を経た後、改良を加えて現代の科学力がある。それがこの世界だ。


 となるとやはり、古代文明というものはこの世界にとって、非常に大きな意味を持つのだろう。

 例えば龍太たちの敵、スペリオルを率いる赤き龍にしても、古代から生きる龍だ。

 あるいは、南万年も生きているというハクアだって。


「それで、そのタブレットにはなにが入ってるんだ?」

「ここの研究員の日誌のようなものね。ここでどのような研究をしていたのかから、古代での生活まで、色んなことが書いてあるわ」


 ということは、それなりに貴重なものなのではないだろうか。ただの日誌ひとつにしても、当時を知るための重要な手掛かりだ。それがこの研究所のことにもなると、相当だろう。

 なにせこの遺跡は、他の遺跡にはないらしい特徴がある。


 ドラグニウムだ。

 壁から床、扉まで全てがドラグニウムで作られたこの遺跡は、考古学者のハクアであっても見たことがないという。

 つまり、他の遺跡、あるいは研究所とは違い、特殊な研究をしていた可能性が高い。


 どのようなことが書かれているのかと、ハクアの手元を覗き込む。

 龍太の知る元の世界のタブレットと何ら変わりなさそうに見えるが、残念なことに書かれている文字は読めなかった。


 龍太を始めとした異世界人は、位相の影響でこの世界の言語に対応できている。それでも読めないということは、つまりこの文字が位相の影響下にないということ。


「古代文字ですよ、それ。この世界の住民でも、読める人は限られてます」

「俺やヒスイでも読めないからな。リュウタが読めなくても不思議ではないさ」

「ハクアは読めるのか?」

「当然よ。伊達に長生きしていないわ」


 ドヤ顔のハクアが読み上げたところ、どうやらここは、魔物の研究所だったらしい。二種類以上の異なる魔物を融合させ、新たな魔物を作り上げる実験をしていたのだとか。

 ここ以外にもいくつか同じ実験をしている研究所はあったが、ここは主に虫型の魔物を扱っていた。だから現れる魔物が虫型ばかりだったのだ。


 なんとも胸糞悪い実験内容に、龍太は顔を顰める。いくら魔物とはいえ、やつらだってひとつの命に違いはない。それを弄ぶような真似を、古代の人間は行っていた。


「この記述は……」


 研究所についての話がひと段落した後、タブレットを操作するハクアが、驚いたように目を見開く。

 果たしてどんな記述を見つけたというのか。まさか、今度は魔物と人間の融合だなんて言い出さないだろうな。


 果たしてタブレットに書かれていた内容は、龍太の心配を杞憂に終わらせるもので。


「世界創世の伝説に現れる二体の龍については、みんな覚えてるわよね」


 全員が頷く。忘れるはずもない。赤き龍は倒すべき敵であり、白き龍とハクアとの関係も無視できないものだから。


「近年の研究では、その二体以外にも三体のドラゴンがいたとされているの」

「あたし聞いたことありますよ。たしか、五色龍の話ですよね?」

「ええ。赤き龍と白き龍、この二体の配下に、黒龍、青龍、黄龍がいたとされるわ。そしてこの五体を指して、現代では五色龍と呼ばれている。あくまでも一説でしかなく、これまで遺跡で発見された古代の記述では、三体のドラゴンが同時に記されていることはなかった」

「だから確定情報じゃなかった、ってこと?」

「けれど、ここには五色龍について、ハッキリと記述が残されている。このデータは考古学的にとても貴重なものだわ、なにせ仮説が実証されるのだもの」


 という割には、ハクアはあまり嬉しそうじゃない。遺跡に入った時や通路を進む時のことを思うと、ここで飛び上がらんばかりの喜びを表現しても良さそうなのに。


 理由はわからないけど、それでもひとつだけ、思い当たることはある。


「もしかしたら、その三体の龍もスペリオルにいるかもしれないな」


 重苦しく口を開いたジン。まさしく龍太の考えと同じで、さほど驚くことはない。驚くことはなくとも、しかし色々と考えてしまう。


 黒龍、青龍、黄龍。

 どんなやつらかは知らないが、どうせまた馬鹿みたいに強い奴らに決まってる。そいつらがスペリオルにいて、赤き龍の味方をしているのなら、厄介どころの話ではない。


「多分だけど、黒龍に関しては問題ないと思うよ。ジンとヒスイは、二十六年前に起きた事件について知ってる?」

「二十六年前……まだ俺が生まれ前じゃないか。その頃で有名な話といえば、ニライカナイ様が異世界に飛ばされた話だが」

「ですです。当代のニライカナイ様は生きる伝説ですから。あのお方が異世界に行った時のことは、今や一つの御伽噺にもなってるほどですよ」

「歴史の転換点でもあったからな。学校の授業でも教えられることだ」


 まあ、なにせ異世界との交流が生まれたというのだから、歴史的瞬間ではあったのかもしれない。魔導が中心のこの世界では余計に。それこそ、教科書にも載るレベルで。


 ただ一人話についていけない龍太が詳しいことを聞こうとして、ヒスイがあっ! と声を上げた。


「そうですよ! たしかその時に異世界で倒したのが、黒龍エルドラドと言われてるはずです!」

「そういうこと。エルドラドはアリスさんと蒼さんと愉快な仲間たちが倒したから、現代において脅威に数える必要はないよ」


 愉快な仲間たちって……どうせ蒼の仲間とのことだから、また彼と同じくらいに凄い人、転生者だったりするだろうに。

 そんな人たちを愉快な、で一括りにするのは、さすが朱音と言ったところか。


 しかし、黒いドラゴンに、エルドラドという名前。どことなく旅の仲間、小さなドラゴンのエルを連想してしまうが、まあ気のせいだろう。

 アーサーの上で気ままに欠伸をしている彼が、まさか五色龍の一角なわけがない。


「てなると、残りは青龍と黄龍だよな。朱音さんもその二体については知らないんすか?」

「そっちはさっぱり。エルドラドにしても、私たちの世界に来たから知ってるだけだし」


 なにはともあれ、五色龍の存在が確定するデータは、結構大きな発見に違いない。ハクアにとっては、それだけでも既に収穫があったことになる。

 龍太としてはハクアが満足してくれればそれだけでいいので、ひとまず最低限の収穫があって一安心だ。


「それじゃあ、来た道を引き返そうか。多分反対の道が遺跡の奥にまで繋がってるよ」

「きっとこことは比べ物にならない遺物が眠っているはずだわ! 急ぎましょう!」


 再び好奇心を瞳に宿したハクアが、真っ先に部屋の外へ出ようと扉へ。龍太もその後ろに続こうとしたのだが、その瞬間だった。


「二人とも止まって!」


 朱音の叫び声。反射的に足を止める二人だが、一歩遅かった。

 踏み出した足の下に、二人を包むようにして魔法陣が広がる。ジンと朱音、丈瑠とアーサー、ヒスイと、それぞれの足元にも同じように魔法陣が。


「これは、転移の……!」


 丈瑠の驚いたような声を最後にして、魔法陣が強い輝きを放つ。


 一瞬の浮遊感の後、龍太とハクアの二人は全く別の場所へと移動させられていた。

 遺跡内というのは分かるが、先程までいた部屋じゃない。半径百メートルほどの、円形に広がる空間だ。周りに二人以外の仲間はおらず、その代わりに巨大な魔物が一体。


「どうやら、バラバラに強制転移させられたみたいね。あの様子だとアカネはジンと、タケルはアーサーとエルが一緒かしら」

「てことは、ヒスイが一人かよ……」


 よりにもよって、戦えないヒスイが孤立してしまうとは。

 だが、龍太とハクアも他人の心配をしている余裕はなさそうだ。

 すぐ目の前の巨大な魔物は、見たことのないような姿をしている。蜘蛛の体にサソリの尾とハサミ、蜂の羽が備わっているのは、まあまだ良しとしよう。

 この遺跡は古代で、魔物と魔物を融合させる実験を行っていた研究所だったとのことだし、百歩譲ってそこは目を瞑れる。


 でも。

 それでも、だ。

 人間の顔があるのは、何故だ?


「なあハクア、まさかとは思うけどさ」

「そのまさかで間違いないと思うわ……わたしも古代文明について、それなりに詳しいとは思っていたけれど……まさか、こんなものまであるとは……」


 魔物と魔物の融合どころの話ではない。

 魔物と人間の融合。考えたくはないが、それもここで行われていた研究のひとつであり、この巨大な虫のキメラは、その実験体。


「■■■■■■■■■!!!」


 叫び声だけで周囲の魔力が震える。

 およそ人間の出せる音ではなく、素体となってしまった人間の要素はもはやあの顔だけ。完全に魔物と化しているか。


「出し惜しみはなしで行くわよ!」

「当然だ!」

「「誓約龍魂(エンゲージ)!」」


 手を繋いだ二人の体が、光の球体に包まれる。それが弾けて消え、現れるのは純白の戦士。紅く輝く瞳で巨大なキメラを強く睨み、腰の剣を抜く。


 なんだかんだと久しぶりの変身だ。

 ここはひとつ、いつもより気合を入れて行くとしよう。

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