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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
33/117

世界最大最強の国 3

 大和丈瑠。

 元の世界では龍太と同じ世界に住んでいて、小さな頃はよくあの公園で遊んでもらった、桐生朱音の恋人。白い狼と心を通わせた、穏やかな人物。


 龍太の持つ丈瑠に対する印象はそんなところだ。なにせ朱音の方が色々と苛烈で鮮烈で強烈なものだから、その隣にいる常識人の丈瑠は、どうしても印象が薄くなってしまう。

 元の世界でも魔術師ではあったらしいが、それだって実力的には朱音に遠く及ばないだろう。それどころか単純な魔力量であれば、魔王の心臓(ラビリンス)の影響を受けている龍太の方が多いくらいだ。

 なんなら戦いが得意じゃないと言うドラゴン、ヒスイにだって、戦闘のプロであるジンにだって負けるだろう。


 そもそも、丈瑠の戦う姿というのがあまり想像できない。

 朱音はまあ、再会があんな形になってしまったから、過去の記憶との違いにも比較的簡単に折り合いがつけられたのだけど。

 丈瑠の場合はそうじゃない。龍太たち一行と合流してから数日経ったが、やはり印象は優しく穏やかなお兄さんから変わっていないし、戦いなんて嫌いそうだ。


 その印象を、少し改めるべきかもしれない。目の前で繰り広げられる戦いを見て、龍太はそう思わずにいられなかった。


「理性を失ってるドラゴンなら、僕程度でもどうにかなるものだね!」

『次が来るぞ丈瑠!』

「大丈夫、望み通りの未来だよ」


 ドラゴンの爪を、牙を、あるいは魔力攻撃を巧みに躱し、生じたわずかな隙も見逃さず反撃する。

 朱音のように速いわけではない。ジンのようなタフネスのある戦いでも、バハムートセイバーのように能力を使い分けて戦ってるわけでもない。

 立ち回りが上手いのだ。敵の動きの未来予測が完璧で、適切な場所に適切な威力の攻撃を撃ち込むことにより、魔力の消費も常に最小限。それら全ては、あの橙色に輝いた右目、未来視の魔眼によるものだろう。


 その未来視を駆使して敵の攻撃を先読みした丈瑠は、振り下ろされる爪を一歩横に動くだけで躱し、ドラゴンの太い腕に一枚の紙を貼り付けた。

 緋桜に渡していた紙と同じ。陰陽術を使うための媒介となるヒトガタと呼ばれるもの。


 大きく後ろに跳躍した瞬間、ヒトガタを貼り付けた腕が爆発した。硬い鱗や皮膚を貫通してダメージを与え、ドラゴンが大きく仰反る。


「アーサー!」

『ああ!』


 丈瑠が展開した巨大な魔法陣に、全身に雷を纏ったアーサーが突っ込んだ。魔法陣を潜り抜けた瞬間、白狼は弾丸となってドラゴンの腹に激突する。

 背中から地面に倒れるドラゴンへ向け、続け様に鎖が射出される。全身を雁字搦めに縛った上で、丈瑠はさらなる術式を構築した。


「我が名を以って名を下す! 其は万象を拒絶せし巨人の檻!」


 ドラゴンの頭上に広がる魔法陣から、いくつもの柱が囲むように降ってくる。最後に鉄板がその上に乗せられて、瞬く間に檻が完成した。

 鎖に縛られ檻に閉じ込められたドラゴンは、ぐったりと倒れたままだ。人間に戻る様子はない。


「ひとまずこんなものかな」

「すげぇ……」

「タケルも強かったのね……」

「僕なんてまだまだだよ。師匠の教え方が良かったから、なんとか戦えてるだけ。それに、アーサーもいるしね」


 謙遜する丈瑠だが、生半可な訓練ではあそこまでの魔力制御や状況判断を行えないだろう。未来視で敵の攻撃を予測したとしても、それはあくまでも予測だけ。そこから更に先の未来で、自分がどのように行動するか。それを決めるのは結局丈瑠自身だ。

 常に状況が動く戦闘中において、その判断を的確に行える。そのために必要な技術も収めている。


 聞いた話によれば、未来視は朱音から借りてるというし。本来自分のものではない力を使いこなしていることもまた、容易なことではない。


「さて、この後はどうしようか。人間に戻る様子もないし、取り敢えず蒼さんに報告かな?」

『いや、それには及ばないようだ』


 くしくしと自分の前脚で顔を洗うアーサーが、なにかに気づいたように顔を上げる。狼というより猫みたいな仕草に、またハクアが目を奪われていたけど、それはともかく。


 白狼の視線の先を追えば、蒼が転移してきた。彼は状況を一目見ただけで粗方理解したらしく、眉間に皺を寄せている。


「これはまた、面倒なことが起きたみたいだね」

「遅いですよ、蒼さん」

「ごめんごめん、丈瑠がどれくらいやるようになったのか、確認しときたくてね」


 つまり、さっきの戦闘もどこかで見ていたということか。悪趣味なことだ。


「アオイ、あなたなら彼を元に戻せないかしら?」

「できる、と言いたいところだけど、ちょっと厳しいかな。無理矢理元に戻すことは出来るけど、そうするとどんな後遺症があるか分かったもんじゃない。それに今後のことを考えたら、彼からデータを取っておきたいしね」


 スペリオルが全く同じことをしてこない、訳がない。やつらは実験と言っていたのだから、今後もどこかで同じことが起きる。その時後手に回らないよう、ドラゴン化の症状について詳しく知っておくべき。


 言い分は分かるけど。だったら、この少年はどうなってしまう? 元の姿にも戻れずモルモット同然の扱いを受けるのか?


「龍太が心配するようなことにはならないよ。データを取るといっても、無理な実験なんかはしない。この少年については国が全面的にバックアップする」

「リュータ、そこはわたしも保証するわ。だから安心して大丈夫よ」

「そっか……分かりました。だったら蒼さん、あとはお願いします」


 ハクアからも重ねて言われれば、龍太も信じるしかなくなる。

 そもそもこの国は、世界で初めて人間とドラゴンの共存が叶った国だ。人間のドラゴン化はさすがに初の事例だろうが、悪いようにはしないはず。


「よし、任された。この国の宮廷魔導師は優秀だから、二、三日もあれば結果が出るだろう。そうなったら君たちにも知らせるよ」


 丈瑠が檻を消し、縛られたままのドラゴンを連れて、蒼はどこかへ転移した。

 取り敢えず、今は彼の報告を待つしかない。



 ◆



 あの後そのままデートの続き、なんて出来る気分でもなく、丈瑠とその場で別れて昼食だけ済ませた後、龍太とハクアは泊まっているホテルへと戻った。


「昨日は大変だったみたいだね、丈瑠さんと蒼さんから聞いたよ」


 明くる日の朝。同じホテルに泊まっている朱音とロビーで合流した後、話を聞いたらしい朱音からそう声をかけられた。


「私が城都に残ってたら良かったんだけど、昨日はジンの手伝いで外に出てたから」

「そういや、ジンは今なにしてるんすか? 最近見てないんすけど」

「昨日は東の国境付近に出没する盗賊退治に出てたよ。今日は一回ノウム連邦に戻るって言ってたかな。クローディアさんに呼び出されたんだって」


 ニライカナイのギルドを手伝ってることがバレたらしい。今頃大目玉を食らっていることだろう。

 それから、パートナーであるクレナのお見舞いもしてくると。


 クレナ・フォールン。ジンのパートナーのドラゴンであり、炎龍ホウライの従者。火砕龍フォールン。

 以前ルーサーとの、朱音との戦いで負傷し、現在は休眠に入ったクレナは、龍恵院というドラゴンの病院に入院している。二ヶ月は目を覚さないとのことだったから、経過が順調ならば後一ヶ月で目覚めるはずだ。


「私も一緒に行って、謝りたかったんだけどね。ジンに、私はやることがあるだろって断られちゃった」


 力のない笑み。クレナに重傷を負わせたのは朱音だ。そこは変えようのない事実で、それこそ龍太だって、あの時は殺されかけた。


 なにもジンは、朱音のことを恨んで見舞いを断ったわけではないはずだ。そりゃ思うところはあるだろうけど、彼はいつまでも過去のことを引きずるような男ではない。


「まあ、ジンの言う通りっすね。朱音さんには俺たちに稽古つけてくれないと困りますし」

「ええ、リュータの言う通りよ。わたしもまだまだ教えてもらいたいことが、たくさんあるもの」


 だから、気にするなと言うように、敢えて軽い口調で言う。一瞬目を丸くした朱音は、けれどすぐに笑みを浮かべた。


「……ありがとう、二人とも。じゃあお望み通り、今日もしっかり依頼をこなしていこっか!」


 すっかり元の元気を取り戻して、今日もスパルタ宣言。ハクアと二人で頬を引き攣らせながら、朱音の転移でギルドに移動した。


 中に入ると、氷炎の宴(ブルークリムゾン)所属の魔導師が何人か、既にギルドへやってきていた。赤き龍の対処に追われているとのことだったが、それでも完全に無人というわけではない。ここに残っているメンバーは、残念ながら実力的に赤き龍の相手を任せられない魔導師たちだ。

 そんな彼らとは、この数日でそれなりに打ち解けた。朱音は前々から異世界間を移動、かつこのギルドにも顔を出していたみたいで、既に顔を知られていたが。


「おうリュウタ! 今日も両手に花で羨ましいな!」

「クラウスさん、あんま揶揄わないでくださいよ」


 ギルドメンバーの中でも、特に龍太のことを気にかけてくれている中年魔導師、クラウスが駆け寄ってきて、肩を組んでくる。

 彼は昔、ドラグニアの騎士団に所属していたらしい。本人の実力自体はそこまでなのだが、部隊の指揮や若手の育成で成果を上げており、なによりその気さくな人間性もあって、王妹のアリスから直々にスカウトされたのだとか。

 年齢もあり前線は退いているが、その評判通り、空き時間で魔術の練習をしている龍太にいつも具体的な指導をしてくれる。


 ちなみに朱音は、取り敢えず実戦に行こうというタイプで、戦ってる最中は助言も手助けも全くしてくれない。


「アカネの嬢ちゃん、今日はどこに行くんだい?」

「クリムゾンオーガの討伐です」

「ああ、たしかユルガ村の近くに出たってやつだったか。しかし、リュウタとハクアにクリムゾンオーガは早いんじゃないか? 俺だったら、レッサーデーモン五十匹を任せるね」

「そちらの方が厄介な依頼なのですが……群れの相手をするよりも、でかいやつ一体の方が守りやすいので」

「ははっ、さすがにこのレベルになってくると、嬢ちゃんが守らなきゃやられちまうか!」


 親しげに話す朱音とクラウスだが、話している内容が龍太の心臓に悪い。なに、そんなにヤバいやつの相手しなきゃダメなの? バハムートセイバーなしで?


「ま、安心しとけよリュウタ! アカネの嬢ちゃんがいる限り、滅多なことは起きないさ!」


 バシバシと背中を叩いてくるクラウス。痛い、痛いから。だがまあ、こういうやり取りも悪くないし、クラウスのように気にかけてくれる人がいるのは、嬉しいことだ。


 それにクラウスの言う通り、朱音が一緒にいれば、滅多なことは起きないだろう。



 ◆



 クリムゾンオーガとは、その名の通り紅い体を持った鬼だ。三メートルを越す巨躯と、圧倒的なパワー。筋肉の鎧は生半可な攻撃を通さず、「泣いたクリムゾンオーガ」という御伽噺があるとかないとか。


 つまりはまあ、現代でいうところの赤鬼だ。武器も鉄の棍棒で、ちゃんと鬼っぽい角もある。

 ただ、このクリムゾンオーガの厄介なところは、炎の魔術を使う点だ。難しい術ではなく、相応の実力を持った魔術師であれば、簡単に術式に干渉して発動を阻害できる程度なのだが、それもクリムゾンオーガの苛烈な接近戦が加わると、一気に難しくなる。


 そんな赤鬼退治の場所は、ドラグニア領土の西にある中規模の村、ユルガ村。

 村の近くにある森の中で発見されたが、今のところは幸いなことに、村まで侵攻してくる気配はないようだ。ただ、いつまでも村に居座られると、クリムゾンオーガに恐れた魔物や野生の害獣たちが村に降りてきてしまう。害獣は田畑に被害を及ぼすし、魔物が村に来てしまえば死傷者は避けられない。

 そのため、一刻も早く退治しなければ。


「というわけで、あれがクリムゾンオーガ。注意しないとダメなのは、時折混ぜてくる炎系の魔術だね。魔物のくせに結構魔術の使い方が上手いから、接近戦の最中でも普通に使ってくるよ」

「あの、マジで俺たち二人であれと戦うんすか?」


 早速ユルガ村の近くにある森へやってきた三人は、木の影に隠れて地べたであぐらをかいている赤鬼の様子を窺っていた。

 聞いていた通り、紅い身体はとても大きい。立ち上がったらたしかに三メートルはあるだろう。座っている今の状態でも、かなりの威圧感がある。


 そんな相手と、バハムートセイバーもなしにハクアと二人で、本当に戦えるのか?


「倒せとまでは言わないし、危なくなったらすぐに助けに入るよ。今回は、今の二人が格上相手にどれだけ戦えるか、その確認ってところかな」

「期待はしていない、ということかしら」

「まあ、変な言い方をしたらそうなっちゃうね。この数日だけで格段に強くなれたってわけじゃないのは、さすがに分かってるでしょ? ハクアはいいとしても、龍太くんはとにかく実戦経験を積むことが大事だからさ」


 ハクアはこれまで、とても長い間旅をしてきた。当然旅の中で、多くの戦いを経験しているはずだ。一方で龍太は、殆どがバハムートセイバーで戦闘を潜り抜けてきた。生身の状態、赤城龍太として戦った回数はとても少ない。


 だが、期待されていないとなると、むしろここで簡単に倒してギャフンと言わせてやりたくなる。


「やってやろうぜ、ハクア。変身しなくても戦えるってこと、証明してやるんだ」

「もちろんよ、リュータ。わたしたちは、こんなところで足踏みしていられないもの」


 腰の鞘から剣を抜く。ハクアも背負っていたライフルを持ち、腿のベルトから魔導具のナイフを三本抜いた。

 クリムゾンオーガはまだこちらに気づいていない。奇襲を仕掛けるチャンスだ。


「ハクア、初手は頼んだぞ」

「任せて」


 左手の指に挟んだ三本のナイフを、一斉に投擲する。クリムゾンオーガはナイフに気付くことなく、背中に二本、左肩に一本突き刺さった。


「■■■■■■■!!!」


 突然の攻撃に、耳をつんざく絶叫が響き渡る。一瞬怯みかけた龍太だが、なんとか一歩踏み出し、魔物の前へ躍り出た。


「来やがれデカブツ! お前の相手はこっちだ!」

「■■■!!」


 雄叫びと共に振り下ろされる鉄製の棍棒。剣を頭上に掲げ、防壁も展開して受け止めるが、とてつもない威力だ。両手足が痺れ、今にも剣を落としてしまいそうになる。あるいは、膝をついてしまいそうだ。

 巨体と筋肉は見かけ倒しじゃない。魔力の防壁がなければ、龍太なんて簡単にぺちゃんこになっていただろう。


 だが、魔力操作の技術が向上しているなら、この体格差を覆せるはず。


「おらぁ!」


 龍太がまず真っ先に覚えた魔術は、身体強化だった。これがなければ、人外の化け物とまともに戦っていられない。

 ましてや今みたいな、パワーに圧倒的な差がある相手だと、なおさら。


 全身に魔力を巡らせ、強化した筋力でオーガの棍棒を弾き返す。自慢の棍棒がまさか防がれるだけでなく弾かれるなんて経験したことないのか、オーガの表情には驚愕が浮かんだ。

 そして体勢を崩したその一瞬で、二発の光弾が顔面に突き刺さる。


「■■■ッ!」

「よそ見してんじゃねえ!」


 木の上から狙撃したハクアを睨むが、そっちを狙わせるわけにはいかない。剣に魔力を通して、オーガの足首、アキレス腱のあたりを斬る。

 使用者の魔力に応じて切れ味を増すこの剣も、ライフルと同じくハクアが作った龍具のひとつだ。そこに更に魔力を流し込めば、いかに強靭な肉体といえど刃が通る。


 人型である以上、人間と体の作りは似たようなものになっているはずだ。となれば、急所だって同じ位置になるはず。

 龍太の読みは正しく、アキレス腱を斬られたオーガは膝をつく。


「これでッ!」

「リュータ待って!」


 首を落とすために一気に肉薄して、クリムゾンオーガの角がいきなり光り出した。ハクアの声で急ブレーキするのと同時、互いの間に魔法陣が広がる。


「マジか……!」


 咄嗟の横へ跳ぶ。一瞬前まで龍太の立っていた場所には、巨大な火球が。ハクアに止められていなかったら、今頃見事な丸焼きになっていた。


 これが、クリムゾンオーガの使う魔術。

 炎系の魔術としては単純かつ初歩的なものだが、なるほどこれは、たしかに厄介だ。魔物のくせに術の使い方が上手い。接近戦で斬り合っている時に使われたら、今度は躱せるかどうか。


 背中に冷や汗を垂らす龍太とは裏腹に、赤鬼はニヤリと唇を歪めた。斬ったアキレス腱も再生させたのか、まるで何事もなかったように立ち上がる。


「さて、どうするか……」


 半端な攻撃はダメージにならない。ハクアの狙撃にしても、高火力のパーティクルはその分避けやすくもあるから、遠距離だと命中するかは一か八かだ。

 かと言って、敵が魔術を使う以上は龍太が無策で斬り込んでも無駄だろう。


 睨み合った状態で思考を研ぎ澄ませる。こちらの持ち得る戦力の中で、なにか有効な手はないか。

 だが考える時間を、敵は待ってくれない。魔物のくせに生意気にも腰を落として棍棒を構えたオーガが、爆発を伴う勢いで大地を蹴った。


「しまっ……⁉︎」


 巨体を完全に見失う。次の瞬間には目の前で棍棒を振りかぶっていて、咄嗟に防壁だけは展開。フルスイングの一撃が、龍太の体を捉えた。


「リュータ!」


 近くの木に激突。息ができない。右腕はあらぬ方向に曲がっている。ようやく吐き出した息は血と一緒だ。あまりのダメージに脳が痛覚を遮断したのか、痛いはずなのに感覚が麻痺している。視界は明滅して、ゆっくりと歩み寄ってくる敵の姿を捉えられない。


「く、ッそ……!」

「■■■■■■■!!」


 勝負はついたと思っているのか、勝ち誇ったような笑い声が森に響く。


 が、しかし。やはり所詮は魔物だ。相手が龍太一人ではないことを、もう忘れたのか。


「それ以上リュータに手は出させない!」


 待機していた木の上から跳躍し、鋭い蹴りがオーガの顔に突き刺さった。ドラゴンとして人間離れした身体能力を持つハクアなら、強化の魔術を使わずともオーガにダメージを与えられる。


 蹴りの反動で再びの跳躍。ライフルを構え直したハクアが、銃口をオーガに向けた。


『Reload Lightning』


 放たれるのは光弾ではなく、一筋の稲妻。オーガの巨体を穿ち、電撃に焼かれる。それだけじゃない。ハクアの射撃の魔力に反応して、最初に投擲して肩と背中に刺さったままだったナイフが、爆発を起こした。


「■■■■■!!!」


 悲鳴をあげるオーガの左腕が、爆発によって胴体から離れ地に落ちる。

 怒り狂った瞳は、リュータを庇うようにして着地したハクアへ。あのナイフの爆発で決めるつもりだったのか、ハクアの表情は苦いものだ。龍太に至っては、立ち上がることも剣を握ることもできそうにない。


 そんな二人を更に庇う形で、今までの戦闘をどこかで静観していた朱音が現れた。


「うん、ここまでで十分かな。クリムゾンオーガから腕一本取れたなら上出来だよ」


 龍太の体を、銀色の炎が包み込む。

 熱くはない。みるみる内に傷が癒え、まるで時が戻ったかのように怪我が消える。

 いや、実際に巻き戻しているのだろう。

 時界制御の銀炎。あらゆる時という概念を操るその炎は、時間の巻き戻しという形で傷の治療も可能だ。


「龍太くん。今の戦闘で、自分に足りないものがなにかわかった?」

「パワー、というよりも決め手に欠けてましたね……俺にはトドメの一撃がない」


 個人的にはそれなりに動けていたと思うのだ。前衛で龍太が気を引きつつ、隙を見てハクアが狙撃。注意がハクアの方に逸れたのなら、今度は龍太がその隙を狙って攻撃する。

 だが、いつまでもこの繰り返しだけというわけにもいかない。長期戦、消耗戦になると、どうしてもこちらが不利になる。体力はクリムゾンオーガの方が何倍もあるのだから、先に息切れするのは龍太の方だ。


 そうなる前に決着をつけなければならないのに、倒し切れるだけのパワーがない。


「そうだね、今の君に足りないものは、ずばり必殺技だよ」

「うん……?」


 いや、まあ、こういうことになるのか? 必殺技って聞くとちょっとショボく感じちゃうけど、でもたしかに要約するとそうなってしまうか。

 若干ドヤ顔の朱音に気を遣って、深くは突っ込まないことにした。


「バハムートセイバーの時ならよくても、生身の君にはどうしても一撃の威力が足りない。ハクアに任せるのも手だし、そういう役割分担はたしかに大事だけど、そう上手くいかないのが戦いだからね。君自身もそういう一手を持っておくべきだよ」


 クリムゾンオーガを視線だけで牽制する朱音は、最後にニッと笑顔を見せて、未だ立ち上がれないでいる龍太に振り向いた。


「それに、男の子なら必殺技の一つや二つ、欲しいでしょ?」

「欲しいっす」


 それはもう。欲しいに決まってる。

 かっこよく技の名前を叫んで気持ちよくばっちり決めたい。

 男の子なら誰でも一度は憧れる、自分だけの最強必殺技が欲しい。


 頷いた龍太を見て、朱音は満足そうに微笑みながらクリムゾンオーガへ向き直った。

 強く睨まれ、魔物はその巨体を震わせる。先程まで怒り狂っていたのに、今では朱音に怯えていた。

 恐慌状態に陥れば、普通なら考えられない行動に出る。例えばこの状況、オーガには逃げる選択肢もあったはずなのに、選択を間違えて朱音へ棍棒を振り下ろしていた。


 鉄製の棍棒はかなりの強度を誇る。その身体でしっかりと味わった龍太は、それをよく理解している。なんの抵抗もせず受けたら、簡単に潰されてしまうだろう。

 だが、朱音はここに至っても魔力を使う様子すら見せない。銀炎や氷結能力と言った異能すらも。


 ついに棍棒かすぐそこへと迫った、その時。朱音が身を翻す。鋭い回し蹴りが棍棒を粉々に砕き、追撃の蹴りはオーガの腹に突き刺さって巨体を吹き飛ばす。


「とりあえず、簡単な術から教えてあげる」


 言って、朱音の周囲に複数の魔法陣が展開された。それらは大気中の魔力を吸収し、その魔力で銀色の槍を形作る。

 この現象は知っている。実際に術としてみたのは初めてだが、周囲の魔力を吸収するという現象は、以前にハクアから聞いたことがあった。


 魔導収束。

 小鳥遊蒼とアリス・ニライカナイが作り出した、二つの世界の技術を融合させた術だ。


魔を滅する破壊の銀槍(シルバーレイ)!」


 一斉に射出された銀の槍が、クリムゾンオーガの体を貫いた。いくつもの風穴を開け、大量の血を流し沈黙する。


 もはや死体に興味はないのか、こちらに振り返った朱音は淡々と説明を始める。


「魔術に名前をつけることには、ちゃんとした意味がある。例えば詠唱の省略にもなるし、名付けることによって術の定義化を行い、それだけでも術式の精度は上がるからね。カッコいいから必殺技の名前を叫ぶ、ってだけでもないんだよ」

「つまり、ひとつの術として確立させるということね。リュータは汎用的な術を覚え始めたばかりだけれど、それだってあなた次第で無数の可能性を秘めているわ」


 ハクアの引き継いだ説明に、なるほど、と頷く。ただの強化ひとつにしても、龍太次第ではオリジナルの強化魔術を完成させられるかもしれない、ということだ。あくまでも可能性にすぎず、龍太はまだそこまでの域に達していないけど。


「まあ、オリジナルの術を作るのはおいおいだね。今回はまず、魔導収束から覚えよっか」


 それが、今後の当面の目標。

 具体的なゴールが決まれば、一層やる気も起きてくる。

 とりあえず、今回のクリムゾンオーガを生身でも倒せるくらいには強くならないと。


 それはそれとして、必殺技の習得にわくわくしている龍太だった。

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