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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第二章 誰も知らない必然
31/117

世界最大最強の国 1

 中心に美しい白亜の城が聳え立つ、この世界最大最強の国。ドラグニア神聖王国。

 城下の街は、今日も変わらず活気にあふれていた。親子三人仲良く手を繋いでショッピングに勤しむ家族がいれば、腕を組んで歩く仲の良いカップルも。はたまた仕事中なのか、携帯電話にも似た魔導具に向かって謝りながら、早足で歩くおじさんだって。

 街頭スクリーンには今日の天気予報が流れていて、一日中晴れの予報だ。比較的温暖な地域にあるこの国では、気温が二十度近くで毎日落ち着いている。


 そして多くの車が行き交う道路に、爆速で駆け抜ける二台のバイクが。


「ハクアッ、狙えるか⁉︎」

「せめて真っ直ぐ走ってくれないと無理よ!」


 風に煽られ、声は攫われてしまう。

 前方のバイクを追走するのは、赤城龍太とハクアの二人組だ。龍太がバイクを操り、その後ろでハクアが絶妙なバランス感覚で銃を構えている。

 長く白い髪を靡かせながら、純白のドレスが逆風で広がる。この魔導バイク、スピードが出るのは結構だが、これでは通行人からハクアのスカートの中を覗かれないとも限らない。


 道路上の車と車の間を蛇行しながら、かつ猛スピードで駆け抜ける前方のバイクは、さすがのドライビングテクニックと言わざるを得ない。

 相手はここ数ヶ月、ギルドの魔導師から逃げ切っている銀行強盗だ。今日もまた銀行を襲い、何組かに分かれて逃走を図った。龍太たちが追っているのは、そのうちの一組。

 あちらも一つのバイクに二人乗っていて、後ろに乗っている男がこちらに向けて手を翳した。


「来るわよ!」

「任せろ!」


 放たれた魔力の弾丸。龍太が前面に防壁を展開して、難なく受け止める。これくらいの魔力操作なら、龍太一人でもできるようになった。

 衝撃で多少スピードは落ちてしまったが、まだ視界に捉えている。


 この世界の乗り物は、基本的に魔力で動かす。それなりに大きなものなら魔力の炉心を使うようだが、車やバイクなどの小さな乗り物なら、操縦者の魔力が必要だ。

 魔力を込めるほどにスピードの上がる乗り物。一般に普及しているものはリミッターが設けられているが、このバイクは魔導師ギルド、氷炎の宴(ブルークリムゾン)で運用されているもの。リミッターなんて切ってある。

 つまり、魔力を込めれば込めるだけ、スピードは際限なく上がっていくということだ。


「つっても、この道じゃ……!」

「敢えて交通量の多い道を選んでるわね。こっちが迂闊に攻撃できず、スピードも上げられないように」


 周囲の車は時速40キロから60キロほどのスピードで走っている。しかも主要道路のために、乗用車だけでなくトラックやバスなどの大型車も。


「ハクア、直線上なら当てられるよな⁉︎」

「当然!」

「よし、だったら頼むぞ!」

『Reload Acceleration』


 叩きつけるような風の音に紛れて、背後から無機質な機械音声が耳に届いた。これまで使ってきたカートリッジとは違う、新たなカートリッジだ。


 ハクアの射撃の腕は、これまでの旅の中で見てきた通り。本人が当てられるというなら、龍太はそれを信じて状況を作るだけ。

 僅かにスピードを上げて、蛇行しながら逃げるバイクの真後ろについた。


 この一瞬、コンマ数秒の間だけ、敵と龍太たちの位置関係は望み通りのものとなる。


「今っ!」

「ぎやっ!」


 乾いた銃声と汚い悲鳴は、ほぼ同時に聞こえた。使ったカートリッジは加速の力が込められたもの。ハクアのライフルから放たれた光弾は、その弾速を何十倍にも加速させてバイクの後ろに乗っていた敵の肩を貫いた。

 衝撃で体勢を崩し、そのまま地面に叩きつけられる。バイク自体はそのまま走り去るが、まずは一人リタイアだ。

 背後からはクラクションの音が鳴り止まないが、落ちたやつが轢かれていないことを祈ろう。


「よし、あと一人!」

「あのバイクはさっきのようにはいかないわよ! さすがに大きな事故に繋がるわ!」

「分かってる!」


 仮にバイクを運転してるやつを、先ほどのように落としたとしても。コントロールを失ったバイクはどこへ飛んでいくかも分からない。もしかしたら、そのまま歩道に突っ込んでしまうことだって考えられる。

 ここからはさらに慎重な立ち回りが要求されるが、さてどうするか。


 思考を巡らせながらも、バイクのスピードは落とさない。どこまでも逃走を続ける敵を強く睨んでいれば、不意に影が差した。

 思わず頭上を見上げて、龍太は絶句する。


「ドラゴン⁉︎」

「嘘だろオイ……さっきの落としたやつかよ!」


 全長五メートルほどの巨体が、大きな翼を広げて飛んでいる。鋭い眼光がギョロリと地上の龍太たちを睨み、その腹に巨大な魔法陣が展開された。


「まずいッ!」


 放たれるのは、広範囲に及ぶ稲妻。だがそれらは地上へ降り切るよりも前に、銀色の炎が遮った。

 続け様に、虚空に広がる魔法陣。射出された鎖がドラゴンを縛り上げ、空中に固定させる。


「なっ、相棒⁉︎」


 上空で容易く捕縛されたパートナーに、未だ前を走る敵が驚愕の声を上げた。仲間が、パートナーが捕まれば逃げるわけにもいかないのか、急ブレーキをかけて百八十度バイクを回転。全身に魔力を漲らせて、エンジンを吹かす。


「よくも相棒を……!」

「望み通りの未来だよ、クソ野郎」


 が、しかし。

 銀色の炎が、バイクの正面へと躍り出た。


 居合一閃。

 抜き放たれた空色の刀身が、太陽の光を反射させて煌めく。たった一太刀にも関わらず、敵の乗っていたバイクは無惨にも粉々に斬り裂かれた。

 尻餅をついた銀行強盗は、青くした顔に刀の切先を向けられる。


「お前で最後。大人しく降参してお縄につくことをオススメするけど、どうする?」


 慈悲のかけらもない、射殺すような視線と冷たい声に、男は両手を上げて降参のポーズ。大人しく魔力の鎖で捕縛された。


「朱音さん!」

「助かったわ、アカネ」


 バイクから降り、ドラゴンすら含めた銀行強盗の一組を容易く捕まえてしまった朱音へ駆け寄る。刀を鞘に収めた彼女は、周囲を見渡し、龍太とハクアを見つめ、厳しく一言。


「四十点」

「うっ……」

「厳しい……」


 もちろん、百点満点中の四十点だ。

 なんの点数って、たった今繰り広げていた戦いについて。


「龍太くんの魔力操作は一応及第点だし、バイクの運転も上手い。でも周りへの被害を考えすぎだね。そのせいで無駄に時間を使うことになってる」

「いやでも、周りの人たちを巻き込むわけにはいかないじゃないっすか」

「忘れたの? ここは龍と魔導の世界で、ドラグニアはその中でも最大最強を誇る国。一般人でも自衛の手段くらいは持ってるから、多少は無茶をしても問題ないよ。その辺りは、ハクアなら分かってると思ってたけど」


 責められるような視線を向けられて、ハクアはバツが悪そうに顔を逸らす。


「だ、だって、出来るなら巻き込まないに越したことはないじゃない……?」

「後ろで渋滞作っておいて、今更だよ。それから撃つなら、狙うのは肩じゃなくて手足の関節とかの方がいいよ。それか弾丸は貫通してるんだし、二人まとめてやるとかね」


 射撃体勢は不安定だし、狙いをつけられるのも一瞬。魔力の弾丸だから風の抵抗がないとはいえ、それでも相手の未来位置を予測しての射撃。

 相当に難易度の高い狙撃をハクアはこなしてくれた筈だが、それでもまだ足りないのだという。


「でもまあ、私が来るまでの時間は稼いでくれたし、結果銀行強盗も捕まえられたからね。お疲れ様、二人とも」


 朱音からの評価は笑顔とともにそう締め括られ、二人して安堵の息を漏らした。



 ◆



 そもそも、どうして龍太たちがドラグニアで銀行強盗を追っていたのかと言うと。

 話は五日前に遡らなければならない。


「さて龍太、早速だけど、君の幼馴染についての話だ」


 蒼に案内されるがままにやって来たのは、ドラグニアの魔導師ギルド、氷炎の宴(ブルークリムゾン)。街中に堂々と立つ大きな建物の三階、蒼の執務室らしいそこへ通され、早速本題を切り出された。


 龍太の幼馴染二人。巻き込まれる形でこの世界に転移してしまった、地崎玲二と東雲詩音の二人を探し出し、元の世界へ返す。

 それこそ、龍太が旅を始めた理由だ。


 この世界へ転移した時には、玲二も詩音もたしかにあの始まりの村の近くにいたはず。しかし二人の反応は龍太が転移する直前に消えていて、完全に行方をくらませていた。

 この世界に転移しているのはたしか。しかし行方は分からない。だから村長の言葉に従い、蒼に会いに来た。

 道中、ノウム連邦で通信越しに会話した時には、龍太たちがドラグニアに着くまでには調査を終わらせておくと言っていたが。


「結論から言おう。君の幼馴染のうち、一人はそれらしき反応を拾えた。でももう一人は、どこにも見つからない」

「そんな……」


 視界が歪む。足元が覚束なくなって、隣のハクアに支えられた。


 どこかで信じていたのだ。二人とも、この世界のどこかで無事でいると。龍太みたいに危険なことはせず、平和に暮らせていると。

 それなのに、蓋を開けてみれば結果はこれだ。どちらかは分からないが、一人でも無事なことを喜ぶべきなのだろう。

 でも、俺たちは小さい頃から、ずっと三人一緒だったから。


「見つからなかっただけで、まだ可能性はゼロじゃないんだ。捜索は続けるし、それ以外でも可能な限り力になる。もしかしたら、反応を拾えた一人がもう一人の居場所知ってる、なんてこともあるかもしれない」

「はっきり言ってくださいよ、蒼さん……可能性はゼロじゃないって、ゼロじゃないだけで絶望的、ってことですよね……」

「……残念ながらね」


 苦虫を噛み潰したような表情で、蒼は肯定を返した。

 この世界に来てから、すでに二ヶ月近く経とうとしている。それでも、瞼を閉じればすぐそこにいるように、二人の顔は思い浮かんでくるのだ。


 もしも。もしもあの時、あの公園で。龍太が二人を助けられていたなら。玲二と詩音に庇われるのではなく、龍太が二人を庇って、自分一人だけがこの世界に来ていたなら。

 あり得るはずのない仮定に、内心で首を横に振る。龍太が二人の後を追ったように、あの二人だって龍太の後を追ってあの孔に飛び込んでいただろう。


「それで、その反応はどこにあったの? 当然位置も把握しているのよね」

「もちろんだ。今回龍太の幼馴染二人を探すのに、僕は大規模な魔力探知を行った。異世界人はこの世界の住人と、僅かに魔力が異なるからね。そして反応したのは七つ。一つは龍太だとして、残りは朱音と丈瑠、アーサー。緋桜と魔女もここに含まれる」

「残りの一つが、リュウタの幼馴染というわけだな」

「その通り。最初に反応を捉えたのは、南の大陸にあるローグという大国だ。ハクアにジン、ヒスイは知っているね?」


 呼ばれた三人が頷きを返し、代表してヒスイが国について説明してくれた。


「ローグは龍の巫女が滞在している国の一つですね。城都は巨大な港湾都市で、ドラグニアとの関係も良好。その他多くの国と貿易関係にあります」

「あそこは海鮮が美味しいんだよ」


 聞いてもない情報を朱音が付け足し、蒼は苦笑する。朱音は何度か世界間を行き来しているみたいだし、その時にローグに立ち寄ったことがあったのだろう。


「大体はヒスイの言う通りだ。ローグは木龍エリュシオンの巫女が率いるギルドがある。先代の巫女、ナイン・エリュシオンが今ではこの国の王妃でね。その関係で、ドラグニアの友好国の中では最も結びつきが強いんじゃないかな」

「そこに、二人のうちどっちかがいるってことっすね」


 支えてくれていたハクアから体を離し、自分の足でしっかりと立つ。悲しんでいる暇はない。居場所が分かったのなら、今すぐにでも飛んでいかなければ。


「たしかにローグの城都に反応はあったけど、今すぐ君たちを向かわせるわけにはいかない」

「どういうことかしら」


 期待していた答えが得られず、ハクアが鋭い視線を向ける。純白の少女は、まるで我が事のように心配してくれているのだ。龍太のことを、あの二人のことを。


 白龍の敵意すら込めんばかりの視線をものともせず、蒼は申し訳なさそうに理由を答える。


「いくつか理由はあるけど、まずは君たちの実力不足。これが一番大きい」

「それはッ……でも!」


 自分の力が及ばないことなんて、百も承知だ。だから反論の言葉は思い浮かばない。

 それでも、龍太もハクアも、ここに来るまでに多くの戦いを経験した。スペリオルの連中やドラゴン、朱音とも戦ったし、その全てとは言わずとも、それらを退けてここまで来たのだ。


「バハムートセイバーはたしかに強力だ。アリスからも報告を受けているし、あのホウライのお墨付きでもある。でもね龍太、これからはただのスカーデッドだけが相手じゃないんだ」

「……赤き龍」


 忌々しげに呟かれた声は、朱音のものだ。

 フィルラシオ城の玉座の間で姿を現した、赤き龍の端末。決して本体ではないが、それでもやつが強いことは理解できている。きっと、今のバハムートセイバーでは勝てない。それどころか、簡単に殺される未来まで見える。


「旅を続けるなら、必然的に赤き龍とぶつかることになる。これまでみたいに、スペリオルの末端だけじゃない。赤き龍の端末とはいかなくても、より強力なスカーデッドや、もしかしたら魔導師やドラゴンを相手にすることもあるかも。そうなると、今の君たちじゃ朱音以外に勝ち目はないよ」


 だから、今すぐに行かせるわけにはいかないと。人類最強の魔人はそう言う。


 自覚していたことだ。このままでは、朱音一人にばかり負担を押し付けることになる。それは龍太の望むところではないし、なにより龍太は、朱音のことも救ってみせると宣言した身だ。

 その龍太自身が朱音に頼り切りになってしまえば、本末転倒もいいところだろう。


「本来なら僕も、旅の中で強くなればいい、みたいなことを言いたいところなんだけどね。そう悠長なことも言ってられないんだ。なにせ、赤き龍の件に関しては二つの世界の存亡がかかってると言っても過言じゃない」

「でも蒼さん、龍太くんは魔力量だけみると相当なものですが。ここで訓練するにしても、実戦の経験を積むのが最適解な以上、やっぱり旅を続けた方がいいのでは?」


 龍太には魔王の心臓(ラビリンス)が宿っている。エンゲージの影響で魂が欠損している状態にあるとは言え、それでも龍太は膨大な魔力を持っているのだ。それはひとえに、魔王の心臓(ラビリンス)の影響に他ならない。

 そして朱音の言う通り、龍太に足りていないのは実戦経験。ドラグニアに来るまでにそれなりの数の戦いをこなしたとは言っても、やはり膨大な魔力を扱い切るための制御力や義塾というのは、一朝一夕で身につくものではない。


 蒼もそこは承知しているのか、頷きながらも指を二本立てた。


「そこで二つ目の理由だ。君たちには、暫く仕事を手伝ってもらいたいんだよ」

「というと、このギルドのか? 俺が言うのもなんだが、まさか氷炎の宴(ブルークリムゾン)ほどのギルドが戦力不足というわけでもないだろうに」


 聞く話によると、ニライカナイの巫女とホウライの巫女は、歴代どこを見ても不仲だったという。当然ながら当代の巫女も例外ではなく、自然とその二人が率いるギルド同士もあまり良好な関係とは言えない。

 つまり今のジンの発言は、紅蓮の戦斧(フレイムウォー)から氷炎の宴(ブルークリムゾン)への挑発と取れてもおかしくないものだ。

 まあ、本人にそんなつもりはないだろうが。


 そしてその挑発じみた発言を受けて、蒼は肩を竦める。


「残念なことに、そのまさかなんだよ。現在我がギルドは、赤き龍の対処に追われていてね。割と色んなところで目撃証言が相次ぐものだから、ギルドとしては魔導士を派遣しないわけにもいかない。そのうちいくつかは、スペリオルが意図的に流したガセみたいだけど」


 実際に現地へ赴いて確認しないことには、ガセかどうかも分からないということか。

 結果ギルド自体は手薄になり、人数不足に陥る。そうなると手の回らない仕事が出て来てしまい、最終的には依頼取り下げなんてことになってしまい、依頼者は救われないまま。


 なるほど、そう考えるとシンプルで分かりやすく、かつ龍太に断る理由はない。


「分かりました。暫くドラグニアに滞在して、ギルドの仕事を手伝う。それでいいんすよね」


 困っている人がいる。助けを必要としている人がいる。

 だったら正義のヒーローの出番だ。それが誰かなんてのは関係ない。例え見知らぬ他人なのだとしても、それでも助けるのがヒーローというやつだ。


「ああ、そうしてくれるとありがたい。せっかくだから、朱音から色々教わるといい」

「えっ、私ですか⁉︎ 絶対丈瑠さんの方が先生役に向いてると思うのですが!」

「まあ、僕も教えるのは苦手なんだけど……それよりも手伝って欲しい仕事があるってことですよね?」

「うん、丈瑠は陰陽術も使えるし、ヒトガタの人海戦術は色んなところで役に立つからね。アーサーにはその補助を頼むよ」


 へえー、丈瑠さんって陰陽術とか使えるんだ。なんか凄そう、と字面だけで適当な想像をする龍太。

 そういえば緋桜には連絡用にとなにかの紙を渡していたし、あれがヒトガタとかいうものだろうか。


「ジンは慣れているだろうから、残ってる依頼から適当に選んでくれたらいい。ヒスイは事務仕事を頼もうかな。で、龍太とハクアは朱音と一緒に、色々教えてもらいながらってことで」

「私まだ納得してないのですが!」

「よろしくお願いします、朱音先生」

「うっ……」


 呼び方をそれっぽく変えれば、朱音の表情が揺らぐ。おっと、意外とチョロいのか?


「龍太くんもこう言ってるし、頑張りなよ、先生」

「……分かりました」


 肩に手を置いた丈瑠から揶揄うように言われ、朱音は深いため息と共に頷いた。


「ただし、結構なスパルタで行くから、そのつもりでいてね!」



 ◆



 というわけで、時間は戻って現在、銀行強盗を無事捕まえてから蒼が用意してくれた結構高級なホテルに戻り、夜も更けて来た頃。

 フィルラシオの宿屋とは比べ物にならない、比べるのすら烏滸がましいほどの高級ホテルの広い一室で、龍太はベッドに寝転がっている。枕元では、小さな黒龍が穏やかな寝息を立てていた。


「疲れた……」

「まさか本当にスパルタとは思わなかったわね」


 同じベッドに腰掛けたハクアが、苦笑気味に言いながらも労うように頭を撫でてくれていた。めちゃくちゃ恥ずかしいと言うか照れ臭いのだけど、やめて欲しいとも思えないジレンマ。男心は複雑なのだ。


 ドラグニアに来てから既に五日。

 初日と二日目は、朱音から基本的な魔力操作について教わった。それだけならハクアも十分に熟練の域に達しているため、優秀な講師二人がかりで教えてもらった結果、龍太の魔力操作技術は辛うじて及第点、といったレベルにはなったようだ。

 その証拠に今日だって、自力で防壁の展開ができた。今更ながら、自分が魔法を使っている実感が湧いて来た龍太。バハムートセイバーだって同種の力ではあるのに。


 三日目からは朱音と三人で様々な依頼に向かったのだが、これがまあ量が多い。基本的には簡単な魔物討伐で、城都から離れた森や洞窟、あるいは村に赴いていたのだけど。一日に十件も回れば体力も尽きる。移動自体は朱音の転移で行っていたのが、せめてもの救いか。


 今日は銀行強盗の知らせが突然舞い込んできて、ちょうどギルドに帰って来ていた三人が対応することになったのだ。

 六人組の強盗が二人一組に分かれて逃走し、そのうちの一組を朱音から任されたのだが。結果は昼間の通り、結局全員朱音が捕まえることになった。


 そして明日は、ようやくの休日である。


「バハムートセイバー禁止ってのがつらいよなぁ」

「リュータ個人の力をつけるためなのだから、仕方ないと思うわ」


 そう、一番の問題はそこなのだ。

 この訓練の間、バハムートセイバーに変身することを禁止された。しかも初日に。

 たしかにこれまで、バハムートセイバーの性能に頼りすぎていたところはある。実際問題、これまでの戦いの殆どが、変身できなければ間違いなく負けていた。いくらエンゲージが古代の術であり、龍太とハクアの間に強固な結びつきがあるのだとしても、今後なにがあるのか分からない。


 互いに触れ合っている状態、あるいは十メートル以上離れることでしか変身できないのだから、その両方を封じられれば変身自体もできなくなる。

 そうでなくとも、バハムートセイバーには制限時間が存在しているのだ。しかもその消耗から、数時間から一日に一度の変身が限度。連続して使用することもできないと、意外に欠点が多い。


 返信できないケースを考えて、生身の状態でも戦えるようにはならなければ。またそれが転じて、変身した状態での戦闘力も上がるだろう。


「けれど、成長した実感はあるんじゃないかしら? アカネはたしかにスパルタだけれど、教え方はとても上手いもの」

「まあ、そうだな……」


 多分、朱音自身が色々と苦労して来たからだろう。だからその経験から、他人にものを教えるということがとても上手だ。

 龍太とハクアの出来ること、出来ないことをしっかりと把握した上で、適切な依頼や敵を充てがう。しかもどれだけ結果を残せなくても、ダメな点ばかりではなくちゃんと褒めることも忘れない。


 本人は嫌がっていたが、意外なほどに教師役がハマっている。


「最初はわたしが、リュータの先生役だったはずなのだけれど」

「今でもハクアには、色々教えてもらってるよ。今日の夕飯だって、ハクアが連れてってくれたレストランだったし」

「ふふっ、それなら明日は、ドラグニアのデートスポットでも教えてあげようかしら」


 頭を撫でる手は止めず流し目を送られて、熱くなった頬を見られないよう枕に顔を埋めた。もしかしなくてもデートのお誘いとやらで、どういう風に返事をすればいいのか分からない。

 元の世界では言うに及ばず、こっちの世界に来てからも、ハクアとそう言うことをしたことなんて一度もなかったから。


「お手柔らかにお願いします……」


 結局、意味不明な言葉しか返せず、くすくすと楽しげな声が耳に届く。羞恥心は煽られるけど決して不快などではなく、寧ろずっと頭を撫でられていることと合わせて、眠気を誘う子守唄じみている。


「リュータ、眠たいの?」

「あー、うん……疲れてるし、明日休みって分かってるからかな……」

「だったらそのまま寝てしまってもいいわよ。わたしも一緒に寝るから」


 頭を撫でる手を止められ、毛布をかけられる。空調の効いた室内ではそれが程よく心地よくて、隣にハクアが潜り込んできた。

 疲れと眠気で頭がよく回らなくなって来て、いつもなら内心慌てふためくこの距離でも、ぽやぽやとした意識の中では少しの照れ臭さとハクアが近くにいてくれる嬉しさ、安らぎしか感じない。


「ハクアは……いなくならないでくれよ……」


 だから、殆ど無意識のうちに、言うはずのない言葉も漏れてしまう。

 半分落ちかけている龍太自身、その言葉を漏らした自覚はないだろう。ただ、それを聞いたハクアはどう思っただろう。


「……大丈夫。わたしはここにいるわ。リュータの隣に、ずっといるから」


 少年の頭を胸に抱き、心の底からの本音を。彼にはもう聞こえていないと分かっていても、言わずにはいられなかったから。

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