魔王の心臓 5
「ふぅ……お腹いっぱい!」
朱音の前に積み上げられている皿の山に、龍太たちは言葉もなく見つめることしかできない。果たして、朱音一人で何人前の朝食を平らげたのか。そしてその体のどこに、これだけの量が入るのか。
「相変わらずよく食うよな」
「さすが愛美ちゃんの子供だねぇ」
「お陰で食費は毎日かつかつでしたけどね」
慈しむような目で朱音を見る緋桜と桃。対して丈瑠は、頬の引き攣りを隠せていない。その口ぶりからするに、元の世界では一緒に住んでいたのだろうか。
まあ、二人とも年齢的にはいい大人だし、恋人同士なら同棲していてもおかしくはないのだろう。
「そういや、朱音さんと丈瑠さんは向こうの世界だと普通に社会人だよな? なんの仕事してたんすか?」
「んー、エージェント、的な?」
「え、エージェント……」
なにそれ、めっちゃかっこいい。
「政府の偉い人に転生者がいるんだよ。蒼さんの知り合いでもあるから、色々と仕事を融通してもらってるんだ」
「それってつまり、魔術絡みのってことよね?」
「まあそうだね。新世界はたしかに異能や魔術といった超常の力がなくなったけど、それでも転生者は、旧世界の記憶を持ち越してるんだ。転生者になるための条件は覚えてる?」
「死の間際に強い後悔を抱くこと、でしたっけ」
何度転生を繰り返しても、決して晴れることのない後悔を晴らすため、転生者は死と生を繰り返す。そのための手段として、魔術や異能を使う。
そんなやつらが、突然その手段である超常の力を取り上げられたら。
ああ、容易に想像できる。
もちろん良からぬことを企む転生者ばかりではないだろう。それでも、そう言う輩が一定数いる。
「丁度いいね、話の続きをしようか。私がどうして、旧世界でもそんな仕事をしないといけないのか、ってことにも繋がるからね」
仮に転生者が良からぬことを企んでも、それを実行に移すだけの力を持たない。魔術や異能を取り上げられた彼らは、もはやただの人間だ。
それこそ、朱音のような者が出てこなくても済む問題である。
ではなぜ、桐生朱音は新世界においても戦い続けているのか。
「結論から言うと、赤き龍の仕業だね」
「あいつの……」
昨日遭遇した怪物の姿が、今も瞼の裏に焼き付いている。
足が長く胴が短い、二メートルほどの真紅の身体。そしてその身体を覆うほど大きな翼に、表情のない石像のような貌。
あれが、朱音たちの未来を奪い、龍太と幼馴染二人をこの世界に呼び寄せた犯人。全ての元凶。
「赤き龍は元々、旧世界で厳重に封印されていた。魔術学院という魔術師を統べる機関があったんだけど、その本部がある大英博物館の地下深くにね」
「大英博物館っていうと、イギリス?」
「そう、イギリスのロンドン。あそこは魔術師の総本山だった。大英博物館だけじゃなく、時計塔やバッキンガム宮殿、セントポール大聖堂なんかも、魔術絡みの建築物だよ」
魔術といえばイギリスという、勝手なイメージはたしかにある。だが、その土地に詳しくない龍太でも知ってるような施設や建物が、まさか魔術と関係のあるものだったとは。
「魔術学院の本部自体が、大英博物館の地下に広がっていた。アリの巣のように広大に張り巡らされて、規模で言えばロンドンの街の地下を覆うほどに」
「さらにその地下深くに、赤き龍が封印されていたってことか……でも、そもそもなんで赤き龍は俺たちの世界にいたんすか? あいつは、この世界の伝説に登場するドラゴンなんすよね?」
具体的にどれだけ昔の話かは知らないが、この龍と魔導の世界は、二体のドラゴンによって創られた、という伝説があるらしい。
これまで色んなところで聞いてきた話を纏めるに、赤き龍はその片割れ。
そんな存在が、どうして異世界に紛れ込んで、あまつさえ封印なんてされているのか。
「それこそ、キリの人間が犯した最大の過ちなんだよ」
「超常の力を持ち込んだ、ってやつですよね。それに赤き龍が関係してるってことっすか?」
「関係してる、なんて騒ぎじゃないんだよ、これが」
自らの祖先を恨むように、忌々しげなため息が吐き出される。桃と緋桜も面倒そうな表情だ。
「じゃあここで問題。キリの人間は、どうやって私たちの世界に力を持ち込んだと思う?」
「それは、位相の扉を開いて……」
「どうやって位相の扉を開いたの? 当時の私たちの世界には、扉を開くための力なんてどこにもないのに」
「……向こうから開いた?」
「正解」
にっこりと笑顔で頷く朱音。とても表情豊かなのは、昔から変わらないらしい。
「偶然か、狙っていたのか、あるいはただの気まぐれか。なんにせよ、キリの人間の願いがその耳に届いた赤き龍は、自分で位相をこじ開けた。そして最初にキリの人間へ渡した力が、幻想魔眼。世界を塗り替えることのできる力」
「アカネの魔眼も、元は赤き龍の力の一端だった、と言うことね」
そうして龍太たちの世界に訪れた赤き龍は、紆余曲折の末に封印されることとなってしまった。
その経緯は朱音たちにも分からないらしい。なにせそこにキリの人間は絡んでいないとのことだし、彼女らが生まれるよりも千年以上昔だと言う。
「そして、赤き龍に施した封印。これこそ、龍太くんの心臓に宿るものの正体」
ゴクリと、喉を鳴らす。
ついに、ついに知る時が来た。果たして自分の中になにが眠っているのか。どうして朱音が、執拗に龍太の命を狙っていたのか。
聞くのが怖い、と今更ながらに思ってしまう。もう決めたはずだろうと、心の中で自分自身に喝を入れるけど、どうしたって恐怖心は拭えない。
強く脈動する心臓が落ち着いたのは、机の下で左手が柔らかな感触に包まれたからだ。思わず隣を見やれば、穏やかで美しい微笑を浮かべたハクアが。けれどその真紅の瞳には強い意志を携えていて。
ここにいると、言葉なくして伝わった。
それだけで、恐怖心が薄れていく。心臓の鼓動が落ち着く。
龍太に聞く覚悟ができたことを見て取ったのか、わずか数秒とは言え待ってくれていた朱音が、続きを口にする。
「大英博物館の地下に敷かれた魔術学院本部。それよりも、更に深い位置に封印されていた赤き龍。学院と赤き龍の間には、巨大な迷宮が出来上がった。それは封印に誰も近づけさせないためのものでありながら、同時に封印そのものでもある」
迷宮。
英語にすれば、なんだったか。
わざわざ考えるのも白々しい。
「そして封印をより強固にするため、当時の魔術師たちは迷宮に名前をつけた」
「それが……」
「そう、それが魔王の心臓。封印そのものこそが魔王と呼ばれていた赤き龍の心臓である。そう名付け、定義づけ、概念を与えた。心臓の中に本体が封印されるという、特殊な縛りを用いた強固な魔術式。やがて迷宮は、本当に赤き龍の心臓へと『変革』を遂げ、新世界創造の際にどこかへと姿を消した」
一息に言った朱音は、改めて龍太と視線を合わせる。強い、射抜くような視線。そこに宿った感情は幾ばくか。
他の誰でもない、赤城龍太が測ってはならないものだ。
「それが、君の心臓に宿っているものの正体だよ」
驚きがなかったのは、別に覚悟が決まっていたからというわけではないだろう。あるいは、昨日の玉座の間で赤き龍との邂逅を果たしていたからかもしれない。
やつを一目見た時の、心臓のざわつき。
体が恐怖で竦む中、それでも龍太が動けたのは、この心臓がなによりも強く鼓動を刻んでいたからだ。
「赤き龍にとって魔王の心臓は最優先事項。それがなければ、やつは完全な状態とは決して言えない。なにせ心臓を抜かれてるわけだからね、身体機能に支障はなくても、魔術的観点から見れば大きな欠損には違いない」
「スペリオルが俺を生捕にしようとしてるのも、そのせいなんすか?」
「うん、龍太くんが死ねば、当然君自身の心臓は活動を停止する。となれば、そこに宿った魔王の心臓も力を失い、赤き龍は大きな弱体化を強いられる。それどころか、命すら危ういだろうね」
だから、朱音は龍太の命を狙った。赤き龍打倒のために。復讐のために。
「この十年、赤き龍は君を探すために、度々私たちの世界に端末を送り込んできた。その度に転生者に目をつけて、旧世界での力を返して暴れさせる」
「あ、話が最初に戻ってきましたね」
メモを取る手をずっと止めていなかったヒスイが、ふと気付いたように言った。
なるほど、それでエージェントみたいなことをしていた、というわけか。
赤き龍と、力を取り戻した転生者。それらを相手にするには、同等以上の力を持った者でないといけない。確実に倒せなければ、また旧世界の二の舞となるから。
それよりもっと酷いことになる。いや、なってしまったのだろう。
「赤き龍の端末を相手にしながら、魔王の心臓の行方を追う。十年間ずっと、仲間と一緒に続けてきた」
「……その魔王の心臓とやらについてだが、元は迷宮だったんだろう? ならなぜそれがリュウタの、人間の心臓に宿ることになる」
ギルドの魔導師であるジンにとっても、やはり想像の埒外なのか。
迷宮とやらがどんなものか、龍太は具体的には知らないが、まあ大体のイメージは出来る。RPGのダンジョンを想像すればいいだろう。その想像がどれほど正しいかは知らないが、仮に間違っていないとしても、それが人間の心臓になるだなんて。
完全に理解の範疇を超えている。
「魔王の心臓は迷宮でありながら、心臓でもある。そういうものなんだよ。旧世界では地下深くに広がっていたけど、その本質は本来物質的なものではなく、概念的なもの。封印の意味をなくした今となっては、姿形なんて関係ない」
「当時から、可能性自体は疑ってたんだ。魔王の心臓は旧世界と同じように迷宮として存在しているのか、あるいは誰かの心臓に寄生することになっているのか、ってな。前者の可能性が大きいと踏んでたんだが、まさかマジで他人の心臓に宿るとは思いもしなかったよ」
朱音から言葉を次いだ緋桜は、お手上げだとばかりに肩を竦める。
緋桜と桃の二人がこの世界に永住しているのは、赤き龍の動向を探る目的もあったらしい。元々は桃が知的好奇心を駆られ、平和な世界にも飽きたとかで緋桜と一緒に移り住んだらしいのだが。
ていうか平和に飽きたって、完全に悪役のセリフだよ。
「十年間、私たちと赤き龍は、そうやって人知れず戦ってきた。勝利条件はどちらも同じ、魔王の心臓を見つけ出すこと。それさえ排除してしまえれば、赤き龍は大きく弱体化する。逆に向こうは、それを確保できれば本来の力を取り戻せる」
「でも、魔王の心臓はリュータに宿っていた」
「うん。私たちがそれを知ったのは、今から一ヶ月くらい前の話だよ」
思っていた以上に直近だ。それどころか、一ヶ月前といえば丁度、龍太がこの世界にやってきたのもそれくらい前の話だった。
「ていうか、龍太くんがこの世界に転移させられたから気づいた、って言ってもいいくらいだけどね」
「え、どういうことっすか」
「位相の扉が開かれたら、私たちは感知できる。魔力のないはずの世界で魔力が動くからね。あの日もそうだった。丈瑠さんとアーサーと、久しぶりにあの公園に向かってる途中で気づいたんだよ」
入れ違いになった、ということになるのか。
朱音と丈瑠、アーサーの二人と一匹は、あの公園で位相の扉が開かれることを感知し急いだが、辿り着いた時には既に遅く。龍太たち三人はあの黒い孔、位相の扉に呑み込まれた後だった。
ようやく時系列が現在に追いついてきた。
だが、話はここで終わらない。龍太が異世界にやってきて、朱音に初めて襲われたのがたしか五日目かそこらだったはず。
そのたった五日間足らずで、元の世界では何が起きたのか。
「龍太くんがこの世界に飛ばされた後、魔王の心臓と本体がより身近になったことで、赤き龍は私たちの世界に侵攻を開始した」
「まさか、あの赤き龍の端末とかいう化け物たちが……」
端末ということは、赤き龍の手足のようなもの。分身と言い換えてもいいかもしれない。朱音の話では、その端末は何度殺してもまた現れる。複数体同時に操作できるのであれば、大軍で押し寄せることもできるだろう。
異能や魔術と言った、超常の力が存在しない世界。それが龍太たちの世界だ。現代の兵器がどこまで通用するかは分からないが、仮に戦争にでもなっていれば、単純な戦力差以外にも戦況を変えうるものはある。
例えば、民衆の混乱、上層部の動揺、そこから連鎖して起こる指揮系統の乱れ。兵士たちだって、感情のないロボットではない。れっきとした人間だ。であれば、あの化け物を見て恐怖に陥る者だっているかもしれない。
なにより今の龍太にとって、現代の兵器なんかよりも魔術や魔導の方がより身近だ。その恐ろしさも理解している。テレビの向こうでしか見ることのなかった、拳銃やライフルなんかよりも。
だから、想像できてしまう。最先端技術を投入して開発された兵器も、屈強な軍人も、世界に名を轟かせる国々ですら、赤き龍に蹂躙される光景を。
身を震わせる龍太に、朱音はしかし首を横に振った。
「直接的な侵略行為はなかった。武力に訴えるんじゃ勝てないって、十年に及ぶ戦いで向こうも分かってるから。いや、魔王の心臓が身近にあるから、その必要すらなくなった、と言うべきかもしれないけどね」
「ならどうやって」
「世界そのものに干渉したんだよ」
答えの意味がよく分からず、首を傾げてしまう。頭の中でははてなマークが踊っていた。
直接的な武力は行使せず、世界そのものに干渉する。なんとなくニュアンスは分からなくもないが……いややっぱりダメだ。どうしても理解しきれない。
「初めはイギリス、ロンドンの大英博物館からだった。そこを中心として、黒いなにかが半球状に広がっていったんだ。周囲にあるあらゆるものを呑み込んで」
ロンドンの大英博物館。
旧世界では魔術学院本部とやらがあった場所で、その地下深くに赤き龍は眠っていた。
その事実だけで、侵略の足掛かりとしては十分すぎる。
ロンドンは始まりに過ぎなかった。アメリカやロシア、ドイツ、中国などの主要な国家に黒いなにかは現れ、瞬く間に世界全てを呑み込まんと広がっていく。
それはもちろん、日本も例外じゃない。
龍太たちが異世界に飛ばされたその直後、あの街、あの公園を中心に、小さな街が一瞬で地図から消えた。そこに住んでいた人たちごと。
「嘘だろ……? じゃあ俺の両親も、学校の奴らもみんな、もう死んだってのか……?」
「死んではない、と思う。あの中がどうなってるのかは、私も分からないから。でも、私の中にある繋がりは、まだ途切れてない」
胸に手を当て、その内にあるなにかを感じるように、朱音は目を閉じる。
キリの人間が受け継いだ力の一つ。『繋がり』と言っていたか、誰かとの間にあるそれを感じることができるのだろう。
彼女の中にはまだ、あの街で暮らしていた人たちとの、大切な家族との繋がりが残っている。
ひとまずは無事な可能性があることに、龍太もホッとする。
「私が助かったのは、逆に中心地の近くにいたからかな。だから他のみんなよりも、ほんの一瞬だけ早く、それから起こる異変を察知できた。魔眼の機能の一部に、未来視があるんだけどね。今は丈瑠さんに預けてるんだけど、それがなかったら私もここにはいなかったよ」
咄嗟にその場にいた丈瑠とアーサーを連れて、街から離れた上空へ転移。その後見下ろした先の街は、黒いドーム状のなにかに覆われていた。
黒の侵食は止まらない。朱音が持てる力全てを駆使しても、世界全土を覆い尽くすまで止まることはない。
「だから私は、根本から断ち切ることにした。あれは赤き龍の仕業だということは火を見るより明らかだったから」
「でも、アカネには幻想魔眼があるのよね? 世界を作り替えたその力なら、どうにかならなかったのかしら?」
「さっきも言ったように、これは元々赤き龍から齎された力だから。オリジナルには敵わないよ。それに世界を作り替えたのは、私一人の魔眼じゃなかったし……」
どこか寂しげな笑みを浮かべた朱音に、ハクアはマズいことを言ったかと謝罪する。それに被りを振った朱音は、けれどどうしても、その表情から寂寥の念が消えなかった。
「赤き龍を倒すにしても、まず確実に、私一人じゃ本体には勝てない。でもそれ以前に、私たちの世界をあのまま放置しておくわけにもいかなかった」
「そうだよな……黒いドームの侵食が止まらないっていうなら、今この時も動いてるはずだし、一ヶ月もあればどれだけ侵食されてるか……」
もしかしたら、既に地球全土が黒いドームに覆われていたかもしれない。そうなったらもう朱音の負けだった。だから、そうさせないための手段を講じた。
「私の銀炎は時界制御。あらゆる時間という概念を自在に操る力。そこに概念強化という魔術と幻想魔眼を掛け合わせて、世界の時間を完全に止めた」
「今まで俺たちとの戦いで銀炎を使わなかったのは、それが理由っすか」
「うん。おまけに、概念強化は反動の大きい魔術でね。内臓が幾つかやられちゃったし、体内の魔力の流れもめちゃくちゃに乱れてさ。昨日のあの時まで、私は常に満身創痍だったってわけ」
あの時、とは。城内でスペリオルが襲撃してきた時のことを言っているのだろう。
あの時あの瞬間まで、朱音は銀炎を使えなかった。だが今は使えるということは、既に銀炎は世界の時間を停止させていないということになる。
「元の世界はどうした? アカネの銀炎がなければ、赤き龍の侵略を無防備に許してしまうことになるんだろう?」
「そこはわたしがどうにかしました!」
「わたしも手伝ったけどねー」
えっへん、と豊かな胸を張って答えたのは、この世界最強の名を持つアリス・ニライカナイ。そしてその隣でひらひらと手を振るのは、魔女と呼ばれる黒霧桃。
「まず桃さんに、銀炎に掛けられた概念強化の術式を解除してもらって、それからわたしが改めて時間を止めたんです」
「時止めってそんな誰にでも出来るものなのか……?」
「アリスは例外よ。時界制御のような自由度はないでしょうけれど、彼女の力にかかればその真似事くらいは出来るはずよ」
龍神ニライカナイ、及びその巫女は、あらゆる流れを操ることができる。アリスは特に、流れを止めることに特化しているらしい。転じて、水ではなく氷の魔術を得意としているのだとか。
時間もまた、ひとつの流れである。
であるならば、最強の巫女に御せる範囲内だ。時間停止というより、時間凍結で以って銀炎の代わりを果たした。
「わたしなら一度凍結させたものの制御を手放せますし、しばらく放置していても問題ないです。朱音ちゃんを縛るもののひとつは、これでなくなりました」
昨日は途中どこに姿を消しているのかと思ったが、まさか龍太たちの世界に行っていたとは。ただ、龍の巫女であってもかなりの大仕事だったのだろうことは、昨日の疲弊したアリスを思い出して察せられる。
「あとは、龍太くんたちの知ってる通り。私は、私の未来を奪った全てのものに復讐する。そのためにこの世界へ来て、君たちと戦った」
「でも、今はそれだけじゃないんすよね」
「うん、そうだね」
朱音は言った。フェニックスたちと戦う時に、自分も正義のヒーローなのだと。
ただの復讐者であった彼女なら、決してその言葉は出てこないだろう。自惚れさせてもらうなら、龍太とハクアの言葉が届いたお陰で、そして丈瑠やアーサーと改めて向き合うことができたから。
「私はいつだって、未来のために戦う。それを思い出させてくれた君や、大切な家族と一緒に。正義のヒーローなんて柄じゃないと思うけどね」
ほんの少し照れ臭そうに頬を掻いて、それでも瞳には強い意志が込められていた。
「さあ、準備をしたらドラグニアへ行こうか。そこで龍太くんの幼馴染に関する手がかりを聞こう」
今度こそ、邪魔は入らない。
龍太の幼馴染、玲二と詩音を探すために。いざ、世界最大最強の国へ。