魔王の心臓 4
前作、Recordless futureにおける出来事について、桐生朱音さんから説明される話です。よく分からなかったって人は是非前作をどうぞ読んでみてください。
疲労のせいか、ベッドに入ると割るとすぐにぐっすり眠ってしまった龍太は、翌日の朝に起きてもハクアに拘束されたままだった。
「きゅー! きゅー!」
「エル……? なんだよ朝っぱらから……」
すぐ目の前にある美しい顔から目を逸らしながら、枕元で鳴いている小さな黒龍へと視線を向ける。
朝から元気だなぁ、なんて呑気なことを考えていたのだが、エルが必死に備え付けの時計を示していることに気付いて、龍太の顔は青ざめた。
「お、おいハクア起きろ! 寝坊してる!」
「んうぅ……ふぁ……」
ゆるりと龍太の体を解放して、グッと伸びながらあくびをするハクア。寝ぼけ眼を擦りながら彼女も時計に目をやると、ふわりと笑みを浮かべた。
「あら、本当ね……」
「いや笑ってる場合かよ!」
どうやらハクアにとって、一時間の寝坊は特に問題ないらしい。今頃他の面々はこの宿屋の食堂へ集まっているのに、その間一時間も寝こけていたなんて。申し訳が立たない。
やはり人間とドラゴンでは、時間というものの考え方が違うのだろうか。
なんて、無駄な思考を巡らせている場合ではない。急いで着替えてみんなのところに向かわなければ。いくら疲れていたからとは言え、一時間も遅刻は怒られても仕方ないだろう。
元の世界で学校に通ってる時ですら、寝坊なんて一度もしたことなかったのに。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないかしら」
「いや待たせてるんだから急がないと!」
「でもそれなら、誰かしら起こしにくると思うのだけれど」
そういえば、たしかに。
一時間も寝坊していたら、ジンかヒスイが様子を見にきていてもおかしくない。それなのにエルに起こされたあたり、誰も部屋に来ていないのか、あるいは来た上で放置されたのか。
「でも、待たせているかもしれないのなら、急いだ方がいいかもしれないわね」
「ちょっ、ハクア着替え! 寝巻きのままはまずいって!」
薄着でいろいろ際どい格好のまま部屋を出て行こうとするものだから、龍太は必死にハクアを引き止めた。
女性だけならまだしも、ジンも丈瑠もいるのだから、ちょっとは気にして欲しいところである。
◆
ハクアをいつものドレスに着替えさせ、エルも伴い急いで食堂に向かうと、案の定他のメンバーは既に揃っていた。
ジンとヒスイの旅の仲間に、朱音と丈瑠、緋桜と桃の四人。それから龍の巫女であるアリスが、一つの大きな机に並んで座り、歓談していた。
「すんません、遅くなりました」
「おお、ようやく来たかリュウタ」
「おはようございますお二人とも!」
それぞれに挨拶を返され、龍太とハクアは空いている席、ジンの隣に並んで腰を下ろす。寝坊したことに怒っている人は誰もいない。
「ヒスイが一度様子を見に行ったのだが、ぐっすり寝てると言っていたからな。疲れもあるのだろうし、しばらく寝かせておいてやることにしたんだ」
「そうなのか……悪い」
いえいえ、と両手を胸の前で振るヒスイ。彼女は机の上に、仕事道具であるメモ帳とペンを用意している。これから聞く話を記事にするつもりなのだろうが、果たして記事にしてもいいものなのか。
特に誰も咎めないあたり、大丈夫なのだろうけど。
しばらくもしないうちに食堂のおばちゃんが、朝食のパンとスープを二人分持ってきてくれた。
「食べながらになってしまいますけど、早速色々と話を照らし合わせていきましょうか」
「ですね。そう長い話でもありませんが、今日中にドラグニアには移動しておきたいので」
アリスの微笑みに朱音が言葉を返し、龍太は自然と背筋が伸びる。これから聞かされるのは、龍太が元いた世界の話。そして、自分の心臓に宿っているものの正体。
とてもじゃないが、ゆっくりパンを食べながら聞けるものではないだろう。
「そんなに身構えなくてもいいよ、龍太くん。今から話すのは、全部もう終わってしまったことだからさ」
「うす……」
そう言われて楽にできるほど、龍太の神経は図太くなかった。なんなら余計に肩肘張ってしまう。
そんな龍太の様子を見た朱音が、クスリと笑みを一つ。本当に、記憶にある桐生朱音という人物からは、想像できないような大人の笑みだ。
「それじゃあ、どこから話そうかな……まずはこちら側の世界、私たちが新世界って呼んでいるものについて」
「新世界? ということは、旧世界というものがあるのかしら?」
パンをスープに浸しながら問うのはハクア。それに頷き、朱音はどこからともなく仮面を取り出した。虚空からいきなり出現したそれに驚くが、思えば彼女は戦闘の時、武器も同じようにして取り出していたのだ。なにかしらの魔術だろう。
「十年前、とても大きな戦いがあったの。世界の救済を願い、人類の抹殺を掲げた吸血鬼と、それを止めるために立ち上がった『キリの人間』と呼ばれる者たちの」
「世界の救済なのに、人類を抹殺するのか……? とんだ矛盾じゃないか」
眉間に皺を寄せるジンの言う通りだ。それでは世界を救ったことにはならない。そこに暮らす人間がいての世界だというのに、その吸血鬼とやらは何を思ってそんなことを叶えようとしたのか。
「まあ、そこは省略するね。あいつにはあいつなりの信念があって、それを馬鹿にすることは誰にだって出来ない。けれど私たちは、『キリの人間』はそれを良しとするわけにはいかなかった」
仮面をそっと指で撫で、朱音は遠い過去を懐かしむように目を細める。
キリの人間というのがどのような者たちのことを指すのかは分からないが、彼女の口ぶりからするに、朱音もその一員だったのだろう。十年前と言えば、それこそ龍太が朱音と丈瑠の二人に出会った頃だ。
まだ幼かった朱音も、一人の魔術師として死地に赴いていた。
「《《最初》》は、ダメだった。なにをしても勝てなくて、やがて人類どころか世界すらも破滅へ向かう未来に、必ず収束していた」
「最初、っていうのはどういうこと?」
「何度も繰り返したんだよ」
その言葉の意味を理解できたのは、昨日、桐生朱音の力を垣間見たから。
時界制御の銀炎。
あらゆる時間という概念を自在に操作するあの炎があれば、時間を巻き戻して繰り返すことすら、可能としてしまう。
そして実際に、朱音は実行へと移した。
「繰り返したと言っても、多分君たちが思っているのとは少し違う」
「でも、時間を巻き戻しながら何度も繰り返した、ってことなんだよな?」
「うん……ただしそれは、人類が絶滅寸前にまで追いやられて、世界すら破滅を迎えてしまった、誰も望まない未来での話」
「どういう、ことだ……?」
早速理解が追いつかなくなってきた。
朱音たちは時間を何度も巻き戻しながら、人類抹殺を防ぐために戦っていたが、しかし人類どころか世界すらも破滅を迎えた未来で戦っていた?
頭がこんがらがっている龍太だが、一方で隣に座るハクアはその意味を察したらしい。
あり得ないものを見るようにハッと目を見開き、驚きのあまり漏れた呟きも掠れる。
「あなた、もしかして……」
「そのもしかしてだよ。私は、この時代の人間じゃない。今からすると十年後、当時だと二十年後の未来から来た、時間遡行者だよ」
驚愕の真実に、龍太は口をぽかんと開けて間抜けな顔を晒してしまう。
いや、朱音の銀炎があれば、不可能な話ではないのだろう。時間遡行なんてとんでもない話だし、以前の龍太なら全く信じなかっただろうけど、今では魔導ならなんやらの世界に踏み込んだ身だ。
未来からの時間遡行者。そういう人がいたとしても、おかしくはないのかもしれない。
が、それは魔導に対する知識が浅いからこその思考だ。それらのプロであるジンも、ハクアも、ヒスイも、皆一様に信じられないと顔に書いている。
「待って、時間遡行は魔導学的に本来あり得ないはずよ。そちらの魔術とこちら魔導の法則は似通ったもので、大きな差異はないのよね。なら時間遡行にはひとつ、どうしてもクリアできない問題があるわ」
「遡行先での自己存在の確立だな。遡行先の過去と、現在の時間。双方向で存在の確立を行わなければならない。その方法は、未だに開発されていないはずだ」
額に手を当てるハクアと腕を組み考えるように言うジン。
曰く、過去に遡ることになれば、その術者の主観では遡った先の時代が現在へと置き換えられる。
だがそれは、本来ならその時間に存在しない異物だ。世界から見れば過去の自分がそこにいたのだとしても、現代の自分は、そこに存在しない。
ここで、矛盾が生じてしまう。
過去に遡るという行為それ自体が、未来を変えてしまう一つの原因となり得るのだ。
だがまあ、百歩譲って遡るだけなら良しとしよう。その時代に介入しなければ、時間はやがて元の流れへと収束する。
だが、一つでもなにかに介入してしまえば、確実に未来が変わる。元いた時代での自分を定義できなくなる。
未来が変わってしまえば、そこにいる術者は存在を否定され、消える。
仮に介入を行わなかった場合でも危険だ。その時代、その時間に異物が混ざっている。ただそれだけで未来は不確定なものとなるから、結局遡った先の未来でも自分の存在を定義、確立することができない。
時間という大きな流れに影響は及ばずとも、術者本人は消える可能性が高い。
「シュレディンガーの猫。龍太くんは聞いたことあるかな。私たちの世界で、量子力学っていう分野の言葉なんだけど」
「まあ、聞いたことくらいは……」
分かりやすく説明すると。
猫の閉じ込めた箱の中に、一時間おきに50%の確率で毒ガスが流される。では一時間後、猫は生きているのか死んでいるのか。
答えは、箱を開けるまで猫は生きているし死んでいる状態でもある、というものだったはず。
小難しいことは龍太も知らないし、うろ覚えのところもあるが、だいたいそんなものだったはずだ。
「そちらの世界はそんな実験をするんですか……」
「趣味が悪い、としか言えないな」
苦い顔をするヒスイとジンには同意だが、結局そのシュレディンガーの猫がどうしたのか。視線で朱音に先を促す。
「シュレディンガーの猫は、観測しない限りは猫の状態が決定されない、つまりは生きながらにして死んでいる状態であるとされる。時間遡行を行う時、元の時代はこれと同じような状態に陥っちゃう」
それを解決するためには、第三者による観測が必要とされる。現代と過去、両方の術者を観測し、箱の中を常に見ておくのだ。それだと猫の状態は確定される。生きていようが死んでいようが、そのどちらかに。
「で、その観測方法が今のところないってわけだよな?」
「ええ。だから時間遡行は不可能とされているわ。でも実際に、アカネは時間を遡っている」
そこにどういう原理があるのか、と。言外に尋ねるハクア。朱音も最初から隠す気はないのだろう、ひとつ頷いてから、続きを話す。
「私は、転生者と呼ばれる存在。死の間際に大きな後悔を持った人間が、記憶と力を引き継いで次の生を受ける。そういう存在なの。時界制御の銀炎は、その副産物みたいなものだよ」
「わたしの夫、小鳥遊蒼もその一人です。力を次の生に引き継ぐために、絶大な魔力や複数の異能を持つ者たち」
またなんか凄いのが出てきた。
時間遡行でもお腹いっぱいなのに、その上さらに転生者って。聞いた限り、いわゆる異世界転生とは違うのだろう。死んだその時から先の時間に、あの世界で生まれ変わる。
「転生者の中でも、朱音ちゃんはかなり特別というか、異例なんですよ」
「……それって、アカネが産まれた時代のことかしら?」
「はい。世界の破滅まで秒読み、人類も残り百に満たない程の数しかいない。そんな中で、転生なんてできるはずもありません。でも朱音ちゃんが与えられた炎は、時界制御の銀炎だった」
「つまり、時を遡って転生することができた、ということですか?」
ヒスイの言葉に、アリスと朱音の二人が頷く。半ば理解を諦め始めている龍太だが、まだ大丈夫、まだ辛うじてついていけてる。
つまりはこういうことだ。
朱音は未来の時代でも戦っていて、敵の親玉、恐らくは吸血鬼に殺された。だが朱音には強い後悔が残り、時界制御の銀炎を与えられて転生者になった。
その後はきっと、自分自身に転生することを繰り返したのだろう。どこにも記録されることのない未来を、いくつもの屍と共に積み上げて。そうして何度も何度も転生を繰り返し、その度に更なる力をつけて、だけど未来は、世界は変わらなかった。
「何千、何万と転生を繰り返した。父さんと母さんの仇を討つために、家族みんなで過ごせる、幸せな未来のために。でも、ダメだった。だから私は、アプローチを変えることにしたんだ。私は過去の自分に転生する。本来の転生者は、死んだ時点よりも未来の誰かに転生する。だったら私は、過去の誰かを選んで転生できるんじゃないかって気付いたから」
「それで、誰に転生したんすか?」
選べるというのなら、朱音の知る中でもより強い誰かを選ぶはずだ。例えば、小鳥遊蒼は元々龍太と同じ世界の住人だというし、彼を選ぶのは効率がいいだろう。あるいは、ここにいる桃や緋桜だって。
だが彼女の答えは、そのどれでもないものだった。
「桐生織と桐原愛美。私の、父さんと母さんに転生した」
「えっ……両親に……?」
「あの二人以外に知らなかったんだよ、他の強い人を。私が産まれた時間軸だと、蒼さんとアリスさんはいなかったし、桃さんのことも緋桜さんのことも知らなかったから」
だから、子供である朱音にとって、最も強く最も大きな背中を見せてくれた両親に、転生した。
ただ、その結果は聞くまでもないだろう。今ここにこうして、桐生朱音として存在しているということは、その二人に転生しても上手くいかなかった。
「まあ、織くんも愛美ちゃんも、強くなるにはある程度条件をクリアしたルートじゃないとダメみたいだったからね」
「昔の二人は別に特別強いってわけでもなかったからなぁ」
今まで黙っていた桃と緋桜が、友人なのだろう二人を思い出しながら言う。
桐生織と桐原愛美。龍太も聞き覚えのある名前だ。特に桐生織という男は、龍太の住んでいた街ではそれなりに有名な探偵だった。
「その二人に転生してもダメで、もう一度私自身に転生してもダメで……だから私は、時間を遡ることを決めた。未来を変えるために、父さんと母さんに、会うために」
それが、十五歳の少女に課せられた重い使命。世界の未来を背負い、家族との未来を幻想し、自分の未来を捨ててまで、桐生朱音は戦う道を選んだ。
「それから、色んなことがあったよ。沢山の人と出会って、別れて……自分でも想像できなかったくらい、大切な人が、守りたいと思う人が増えた。桃さんも緋桜さんも、丈瑠さんもそう。それに、あの街に住んでいる人たちも。私に優しくしてくれた、全ての人たちを守るんだって、戦う理由が増えた」
だから、朱音はあんなにも苦しそうに、龍太と戦っていた。
本来なら守るべきはずの、あの街に住む子供の一人。それが倒さなければならない相手で、復讐するべき相手だと思い込んで。だから、ああも追い詰められていた。
「本当に色んな戦いがあって、その中で私たちは、私たち自身も知らなかった一族の使命を知ることになったんだ」
「それが、さっき言っていた『キリの人間』というものかしら?」
そもそもこの話は、ある吸血鬼と『キリの人間』と呼ばれる者たちの戦いの記録だ。
朱音の正体については、その話を語る上での前提情報に過ぎない。まあ、その段階で既に大きく驚かされてしまっているわけだが。
頷いた朱音が、今度は椅子に立てかけてあった刀を机の上に置く。鞘に収められたそれは、戦場において刀身を空色に輝かせていた業物。
スカーデッドの体を容易く斬り裂き、バハムートセイバーの鎧にまで傷をつけて、なお刃こぼれひとつしない刀。
「そもそも、どうして私たちの世界に、魔術や異能といった超常の力が存在しているのか、って話になるんだけど」
「えっと、たしか位相ってやつが関係してるんだろ?」
以前にハクアからそのような話を聞いたはずだ。いや、あの時聞いた話とは少し違うのか? たしか、この世界の魔力が隣り合う龍太たちの世界に漏れないよう敷かれたフィルターが、位相と呼ばれるもの。
そしてこれは、異世界同士を繋ぐ扉にもなる、だったか。
ああ、やっぱりちょっと違っていたか。位相はそもそも、龍太たちの世界にそう言った超常の力を持ち込まないためのフィルターなのだから。
だが、無関係というわけではないだろう。
「大昔、まだ神様なんて概念もなく、ヒトがヒトとして活動し始めたような時代。その時に初めて位相の扉を開いたとされるのが、後の世でキリの人間と呼ばれる者たち。私たちは、その末裔にあたる、らしいの」
「らしいとは、また曖昧なものだな」
「だって、そんなに大昔のことを言われてもピンと来ないでしょ? 証拠は私たちが受け継いだ力だけなんだし」
そりゃそうだ。ハクアやヒスイみたいなドラゴンならまだしも、人間の寿命なんて長くても百年。キリの人間の起こりは、人間という種の歴史自体を大きく遡らなければならない。ホモサピエンスの誕生くらいにまで。
「細かいことは省くけど、キリの人間は超常の力をもたらすことで、人類の文明を急速に発展させた。当然、そんなものがなくてもヒトはヒトだけの力で生きていけるし、世界の発展は結果的に今と同じ状況になっていたけどね。問題は、位相の扉を開いてしまったこと。そして、超常の力を私たちの世界に持ち込んでしまったこと」
「なにかマズいのか? 結果的に世界は豊かになり、種の繁栄が叶えられたんだろう?」
「ですです。あたしたちで言うところの魔導が広まるなら、いいことだと思いますよ?」
いや、そうじゃない。龍太にも分かる。
そしてこれはきっと、異世界間の認識の差異だ。元から魔導という概念が存在し、広く普及しているこの世界とは違う。龍太たちの世界にとって、それら超常の力は異物でしかない。
であれば、いずれ人間に牙を剥く時が来る。
「それがかなーりマズかったらしいんだよねぇ。一歩間違えたら、人間なんて簡単に滅んじゃってたくらいには」
呑気な声で言うのは桃だ。さらっととんでもないことも口にしているが、朱音の表情を見る限りは冗談なんかじゃないらしい。
「代表的なのは、神様。世界中あらゆる国に色んな神話があるけど、どの神話にもろくな神がいない。それで人間が被った被害は、正直考えたくないほどかな」
「北欧神話の主神、とかね」
桃が皮肉げに頬を吊り上げて笑うと、アリスが頭痛でもするように額へ手を当てた。
北欧神話の主神といえば有名だ。主神オーディン。現代では色んな創作物に名を出す、メジャーな神様。
もしかして、その神様と知り合いだとか言うんじゃないだろうな。
「その神の存在で、キリの人間は初めて祖先の犯した過ちに気付いた。異能や魔術といった超常の力は、この世界にあってはならないものだと知った。それから私たちの代までに渡って、キリの目的は超常の力を消すことになったんだ」
「消すといっても、そんな簡単にできるものじゃないはずよ。それは世界の法則を書き換えるに等しい。それどころか、もはや別の世界として作り替えると言った、ほうが……」
何かに気づいたのか、ハクアの言葉尻が掠れる。いや、龍太でも気づいた。
そう、この話の根本は、龍太たちの世界で何が起きていたのかだ。そして最初に朱音が言ったではないか。
私たちが新世界と呼んでいるものについて、と。
「まさか、本当に世界そのものを作り替えたの……?」
「そのための力が、私たちにはあった」
机の上に置いた刀に手を添えた朱音は、その瞳をオレンジに染めていた。
「この刀は、キリの人間が持つ特別な力、『繋がり』の力が込められている。それが桐原に継承された力。緋桜さんが使うあの桜の魔術は、黒霧が継承した『心』の力に影響されているもの。心想具現化といって、自分の心を映す魔術。桃さんは空の元素という全く新しい五つ目の元素を、『創造』の力で作り出した。そして私自身には、母さんと同じ『拒絶』の力と、父さんと同じ『魔眼』の力、残りの三つ全てがある」
繋がり、心、創造、拒絶、魔眼。
この五つが、キリの人間が継承してきた、世界を作り替えるための力。
それら全てを受け継いだかつての少女は、そうして本当に、世界を作り替えてしまった。
「この幻想魔眼は、不可能を可能にする力があるとされていた。でも本当は、その程度の力じゃない」
「それでも十分強力じゃないっすか」
「うん、そうなんだけどね。全ての異能の元となったこの魔眼が、それだけなわけないんだ。幻想魔眼とは、今ある世界を新たな法則で塗り潰す力。あるいは、世界に変革を齎す力と言い換えてもいい」
「変革……」
ここ最近、何度も耳にする単語だ。
赤き龍、そしてスカーデッドの目的。それこそ、人類の変革。
そして、龍太の大切なパートナーが持つ力も、それと同じ。
偶然とは思えない。なにかしらの関連性があるはずだ。
「話が色々逸れたけど、結論から言えば、私たちは吸血鬼との戦いに勝った。そして、世界を作り替えた。魔術や異能といった超常の力が存在しない、平和な世界に。その、はずだった」
朱音の真剣な表情に暗い影が落ちる。
ここからだ。ここから先の話が、朱音から再び未来を奪った原因へと繋がる。
そして、龍太の心臓に宿ったものの正体にも。
「その前に、少し休憩しよっか。ほら龍太くん、ご飯食べる手が進んでないよ」
「あ、ああ、すんません」
言われて気付いた。話に夢中で、朝食の手が完全に止まっている。一方でハクアは、いつのまにやら全部食べ終わっていたらしい。龍太よりも会話に参加していたと思うのだけど、本当にいつの間にやらだ。
「私ももうちょっと食べようかな」
「朱音、ストップ。これ以上は食堂の人が可哀想だから」
「むう、別にいいじゃないですか丈瑠さん。こっちに来てから私、まともに食事を摂ってなかったのですが。だからもっとお腹いっぱい食べたいです」
「さすがにそろそろ食材がなくなるよ……」
いや、食材なくなるほどって、どんだけ食べてんの? それこそなにかの冗談だよな?
苦笑いしてるアリスや桃、緋桜を見るあたり、なんの冗談でもなさそうだ。ま、まあ、今までまともな食事をしてなかったのなら、仕方のないことなのだろう。多分。
その後、丈瑠が押し切られる形で朱音も料理を頼んだのだが、その量に絶句してしまう龍太だった。




