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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第一章 ヒーロー誕生
26/117

魔王の心臓 2

 フィルラシオ城、その玉座の間にて。

 剣と刀のぶつかる激しい金属音が、幾度となく響き渡る。


 剣を持つのは、純白の鎧と真紅の瞳を持つ仮面に身を包んだ戦士。バハムートセイバー。溢れる魔力を剣に乗せ、振われる全てが渾身の一撃だ。

 対して刀を持つのは、銀のラインが入った漆黒のロングコートに、オレンジの瞳を持つ仮面の女性。ルーサー。敵の攻撃を全て容易くいなしながら、独特な体術でバハムートセイバーを翻弄する。


『動きが早すぎる……!』

「ちょこまかしやがって!」


 ハクアの言う通りだ。速いのではなく、早い。速度自体は目で追えないほどではないのに、体を動かした初動の時点ですでにトップスピードになってるため、防御が間に合わない。

 おまけに、蛇のような変幻自在の体術。

 これまで対峙した中でも苦しめられたそれは、今も存分に猛威を振るう。


 右からの袈裟斬りかと思えば、左腕の肘鉄を腹に食らう。たたらを踏んだところに追撃の上段蹴りが来て、防御の体勢を取った時には足払いをされていた。

 姿勢を崩したところに、容赦のない刀の一突き。ハクアが寸前で防壁を張りことなきを得るが、本当に紙一重だった。

 後ろに大きく跳躍して距離を取る。一度仕切り直した方がいい。


「くそッ、全然攻めらんねえ」

「動きだけ見てたら、ズブの素人同然だね。路地裏の喧嘩程度で勝ち抜けるほど、この世界は甘くないよ」

「言ってくれるじゃねえか!」


 挑発じみたルーサーの言葉に、龍太は再び肉薄を試る。向こうに主導権を握らせたらダメだ、とにかく攻めて攻めて攻めまくる。


『Reload Explosion』


 走りながら、カートリッジを装填したガントレットを向け、光弾をいくつも放つ。着弾と同時に爆発する魔力の弾丸だ。

 ルーサーが刀で斬り落とそうとすれば、その瞬間に爆発を引き起こす。決定打には欠けるが、牽制と目眩しには十分。その隙に背後へ回り込み、剣を振りかぶる。


 だが、それが振り下ろされることはなかった。


「甘すぎる」

「ぐッ……!」

『きゃあ!』


 脳が揺れるほどの衝撃。側頭部に容赦のない回し蹴りが突き刺さったのだと、龍太は吹き飛ばされた後に遅れて気がついた。

 明滅する視界が回復すれば、ルーサーは鎧を纏った右腕をこちらへ向けている。


「殺したくない、とでも思った? まだ他に道があると勘違いしてる?」


 仮面の奥で紡がれるのは、憎悪のこもった低く冷たい声。記憶の中にある桐生朱音という少女からは、想像できないほどに。


 彼女の周囲に魔法陣がいくつも展開して、魔力の槍が殺到する。迎撃も防御も間に合わない。咄嗟に飛びのいて槍の着弾地点を見れば、城の壁は簡単に粉砕されていた。あれをこの身で受けていたらどうなったことか。想像するだけでも背筋が凍る。


「甘すぎるんだよ、君の考えは。この世界は君がいた世界とは違う。自分の考えを、信念を押し通したいなら、敵は殺すしかない」


 なにも異世界のことを言っているわけではないのだろう。龍太が元いた世界でも存在していた、魔術の世界。戦いの世界。

 ただの高校生として過ごしていた龍太には、なんの関係もなかった世界だ。


 けれど龍太は今、その世界に飛び込んでしまった。命の奪い合いが当たり前の世界に。


 でも、本当にルーサーの言葉は真実か?

 敵を殺すことが全てなのか?


「俺は、そうは思わない。殺して、殺されて、そういうのが当たり前なんだってのは分かってるよ。でもだからって、それだけが全部ってわけがねえだろ!」


 そんなクソッタレなルールがあるなら、龍太はそれを真っ向から否定する。

 たしかに、時には命の奪い合いになるのかもしれない。戦いはコミュニケーションの一つの手段なのかもしれない。


 でも、それでも、殺すための戦いはしたくないから。

 龍太の目指す正義のヒーローは、そんな世界で誰かを救うために存在しているのだから。


「ルーサー……いや、朱音さん。俺はあんたと戦う。でもそれは、あんたを殺すってことじゃない」

『言葉を尽くして行動を尽くして、そうしてわかり合うことができるはずよ。あなたにその意思がないのだとしたら、無理矢理力尽くでも、あなたから話を聞き出してあげる』


 強く宣言されて、ルーサーは僅かによろめく。どんな強力な魔術を受けた時よりも、よほど苦しそうに。


「どうして、君たちはッ……!」

『どうしてなんて、決まっているわ。わたしたちはバハムートセイバー』

「あんたを救う、正義のヒーローだからだよ!」

『Reload Hourai』

『Alternative Flame War』


 叫びと同時に、バハムートセイバーの体を炎が包む。龍太とハクア、二人の胸に宿った激情という名の炎が。


 燃え盛る紅蓮に変色した鎧、仮面の瞳は金色に変化し、剣は柄の短い斧へ。

 バハムートセイバー・フレイムウォー。龍神ホウライの力を宿した正義のヒーローが、大地を駆ける。


「おらあぁぁぁぁ!」

「チッ……!」


 炎を纏った斧を全力で振るえば、朱音は舌打ちしながらも、右腕の鎧を強く輝かせる。そのまま何も持たない右腕で、斧を受け止めた。刀を持つ左手がその隙に振われるが、ハクアの防壁に阻まれる。


 力任せに斧を振り抜き、漆黒の体が後方へ大きく吹き飛ぶ。一瞬周囲の巻き添えを気にするが、どうやら他の人たちがいる方には結界がなにかを張っているらしい。

 空中で体勢を整えて、朱音は透明の壁に両足で着地。そのままバネのように勢いをつけて、瞬く間に距離を詰めてきた。


「私を救う? そんなつもりがあるなら、さっさとその命を差し出して!」

「それであんたが救われるって言うならそうしてやるよ! でも、違うだろ! あんたは言ったよな、未来を取り戻すための復讐だって! 今のあんたは、その未来ってやつがちゃんと見えてんのかよ⁉︎」

『復讐は否定しない。そのためにリュータの命を狙うと言うなら、阻みはすれどあなたの信念にとやかく言うつもりはない。けれど、覚悟も曖昧なままに戦っているのなら、わたしたちはあなたの全てを否定して、そのどん底から救い上げる!』

「知ったような口を、利くなッッ!!」


 鋭い一振りが、バハムートセイバーの腹部を掠める。いくら鎧に覆われているとはいえ、ルーサーの一撃はその上からダメージを与えてくるだろう。あるいは、鎧ごと両断されてもおかしくはない。


 再び距離を取るが、彼女は追撃してこない。それどころか、肩で大きく息をしている。苦しそうに胸を押さえて、それが先日も見た力の反動であることは明らかだ。


「私たちの世界に侵攻してきた赤き龍、その心臓である魔王の心臓(ラビリンス)。赤城龍太、君の心臓はあの世界で、それに入れ替わっていたんだよ」

「いきなり、なにを……」


 呻くような声で語るのは、龍太の知らない事実。桐生朱音がルーサーと名乗り、口調すら本来のものから大きく変え、仮面をかぶって戦う理由。


 だがそれは、あまりにも唐突すぎた。

 龍太は本当に、彼女が何を言っているのか理解できない。


「十年探しても見つからなかったのに……今こうして、ここにある! よりにもよって、君の中に……私が守ると誓った、あの街の住人である君に宿ってる! 曖昧な覚悟? ああそうだよその通りだよ! 私は、もう二度と、守るべき人たちをこの手で傷つけないって決めたのにっ……! なのに私は、また……!」


 感情のままに捲し立てて、最後の方は震えていたように思える。

 これが、初めて見せた朱音の本心。

 表情なんてない仮面は、どうしてか泣いているように見えて。


 ああ、やはり。やはりだ。彼女は、桐生朱音は、救いを求めている。

 望んでいないことを望まなければならない、その二律背反に苦しみ、復讐するべき対象を見失っている。


「私の未来を取り戻すには、やるしかないんだ! 私が望もうが望むまいが、それしか道がないのなら!」


 感情の昂りに呼応して、周囲の気温が下がり始める。冷気が空間を満たし、朱音の足元を中心として氷が広がっていく。


「我が命を以って名を下すッ!」

『来るわよ、リュータ!』

「ああ、いい加減あの人の目を覚まさせてやろうぜ、ハクア!」

『Reload Explosion』

『Dragonic Overload』


 カートリッジを装填したガントレットが、分離して右脚に装着された。全てを凍てつかせる魔力の波に対して、バハムートセイバーの右脚には紅蓮の炎が灯った。

 龍太とハクア、二人の熱を力へと変える。それが、ホウライの力。


「其は白の世界に佇む希望の星! 闇夜に輝く銀の女帝! 謳え、終焉を。踊れ、氷雪と共に! 朱き月満ちるこの空の下、永久凍土の礎となれ!」


 髪が、コートが、朱音の纏う全ての漆黒が、美しく輝く銀色へと変化していく。僅かに露出した肌には霜がつき、己の体すら凍てつかせて。バハムートセイバーと同じく、右脚に力を集中させた。


 互いの間で、熱波と冷気がぶつかる。

 短く睨み合った後、両者同時に跳躍した。


 純白と白銀。

 二つの流星が交錯するのは、一瞬だった。


「くっ……」


 着地したルーサーが、地面に膝をつく。対するバハムートセイバーは鎧の一部が欠損や凍結しているものの、その足でしっかりと立っていた。


「終わりだ、朱音さん。俺たちの勝ちだよ」

「まだ……まだだ! こんなところでッ、負けられない!」

『いいえ、ここで終わりよ』


 諦めずに立ち上がった朱音だが、しかし、その足が踏み出されることはなかった。苦しそうに胸を押さえて、直前まで感じられた膨大な魔力は消えていく。


 もう限界だ。具体的にどこがどうダメージを受けているのかは知らないが、反動が大きすぎる。その上で、バハムートセイバーの必殺の一撃を喰らった。

 ルーサーはもう、立ち上がれない。


『さっきリュータが言ったでしょう。あなたがなにに苦しんでいたとしても、わたしたちはその力になる。あなたを救うために』

「道が他にないなんて、勝手に決めつけるなよ。俺たちだけじゃないだろ、あんたの周りにいるのは」


 ハッとしたようだった。朱音が周囲を見渡すと、そこには一人の青年と白い狼が。

 彼女に歩み寄って、手を差し伸べる。


『彼らの言う通りだ、朱音。これで終わりだ。これからは、別の道を探すしかない』

「僕とアーサーは、ずっと君と一緒にいる。だってアーサーは君の家族で、僕にとって君は、世界で一番大切な女性だ。君と離れるなんて、考えられない」

「アーサー……丈瑠さん……」


 仮面とコートが消え、レコードレスの解けた朱音は、その瞳に大粒の涙を浮かべていた。差し伸べられた手を取ろうかどうか、迷っている。中途半端に上がった彼女の手は、丈瑠の手を取ることなく宙を彷徨う。

 けれど、その手を丈瑠は、無理矢理に取った。


「僕は絶対に、君を見捨てない。そのために力を手に入れたんだ。いつも見ているだけだった、待つだけだった。それが嫌だから。君の隣に立ちたいと、そう決意したから。だから魔術を教わった。怖くて仕方ないけど、戦いの世界に足を踏み入れた。どうかその決意を、無駄にしないでくれ」

「……丈瑠さんは、ズルいです」

「朱音にだけは言われたくないな」


 涙を拭って、朱音は立ち上がる。

 再び龍太の方を向いた彼女の瞳には、もう涙の気配も、復讐から来る憎しみも宿っていなくて。

 ただただ強い輝きだけを宿していた。


「認めるよ、龍太くん。私の負け、あなたの命を狙うことはもうないと、ここで約束する」

「そっか。でも朱音さんは、まだ戦うんだろう?」


 わざわざ問うまでもなかったのかもしれない。朱音は強く頷いて、言葉よりも雄弁にその意思を示した。


『だったら、わたしたちはあなたの力になるわ』

「あんたを救うって、そう宣言しちまったからな」


 そこに嘘はない。困ってる人がいるなら、助けを求める人がいるなら、それが誰であっても力になる。救ってみせる。

 たとえそれが、数秒前まで敵だった相手でも。それこそ、龍太の目指す正義のヒーローだから。


「まあでも、私は見ての通りだから。暫くはなにもできないんだけどね」


 ボロボロな自分の体を揶揄して、朱音は肩を竦ませる。今の戦闘もあるだろうが、それよりも朱音はこれまで、無理な力の行使を連続して行ってきた。その反動は、見た目以上に重い。

 外傷こそ比較的少ない方だが、それでも体の中身はどうなっていることやら。


 バハムートセイバーの変身を解き、龍太は朱音に優しく語りかける。


「また昔みたいに、元気に笑ってくれよ。俺はガキの頃、あんたの笑顔に救われたことだってあったんだ」

「私ももう、子供じゃないんだけどな。そんな無邪気に笑ってられないよ」


 そうは言うが、朱音の顔には笑みが浮かんでいる。たしかに、あの頃のような幼く無邪気な笑顔とは違う。年齢を重ねることでかつてになかった色を帯びた、美しい笑み。


 不意に彼女の体がふらついて、すぐ隣にいた丈瑠に支えられる。二人とも、とても優しい表情だ。

 きっとそれが、二人の本来の形なのだろう。未来へ向けてひたむきに走り続ける朱音と、それを支える丈瑠。

 朱音の暴走で損なわれていたけど、ようやくあるべき形に落ち着いた、ということか。


「あとは、桃さんと有澄さんが上手くやってくれたらいいんだけど」

「そういえば、あの二人はどこへ行ったのかしら? アリスを遠ざけるためだと思っていたのだけれど、他に目的があるの?」

「うん、実は──」


 言いかけて、しかし。

 その言葉が最後まで紡がれることはなかった。


 ドンッ、と。朱音の体が衝撃に揺れる。

 彼女の胸の中心からは、なぜか鋭い短剣が突き出していて、赤い血がどくどくと流れ出る。

 その光景を見ていた龍太たちも、朱音本人ですら、何が起きたのか分からないと目を丸くしていた。


「──え?」

「朱音!」

「丈瑠、後ろだ!」


 朱音と丈瑠の背後を守るように、夥しい数の花びらが舞った。傍観に徹していた黒霧緋桜が、姿の見えないなにかへ向けて攻撃する。そこから逃げ出すのは、薄汚れたマントを羽織った男だ。

 男が姿を現したのと同時、玉座の間に大量のダストが転移してくる。その中には、龍太と因縁深いスカーデッドも。


「くくっ、まさかルーサーをこうも簡単に始末できるとは。よくやってくれましたね、ハイエナ」

「テメェら……スペリオル! なんでここに!」

「先日ぶりですね、アカギリュウタ」


 慇懃な態度でお辞儀するのは、貴族然とした服装のスカーデッド、フェニックス。ハイエナと呼ばれたボロマントの男もその隣に並び、すぐ後ろには二振りのマチェットを持った少女が。


「よくも朱音さんを……!」

「リュウタとハクアは下がっていろ! ここは俺たちに任せるんだ!」


 駆けつけたジンが、大剣を抜いて緋桜の隣に並ぶ。先の戦闘での消耗を気遣っての言葉だろうが、正直そんな余裕はない。

 ダストの数が、桁違いに多いのだ。広い玉座の間を埋め尽くすほどの数。百は軽く超え、二百は下らないだろう。

 その上、スカーデッドが三人も。


 対してこちらは、戦闘に不慣れなドラグニアの宮廷魔導師を合わせたとしても、二十人に満たない程度。

 朱音は倒れた、龍太とハクアはもう変身できない。アリスと桃はまだ帰ってこないし、緋桜がいくら強いと言っても、数の暴力に勝てるとは思えない。


「朱音、しっかりして!」

「この程度……問題ありませんので……っ、丈瑠さんは、戦ってください……!」

「でもっ……!」


 横になった朱音の胸に翳す丈瑠の手は、淡い光を帯びている。治癒の魔術を施しているのだろうが、しかし傷は塞がる気配がない。

 ハイエナの一撃に特殊な効果があったわけではないのだ。ただ、これまで朱音の積み重ねてきた無理が祟って、回復できるものもできなくなっている。


「さあ、後はあなたを捕らえるだけです、アカギリュウタ。龍の巫女も魔女もいない、あなたは変身するだけの余力もなく、数ではこちらが圧倒的に勝っている。無駄な犠牲を出したくなければ、分かりますね?」

「クソ野郎がッ……!」


 投降しろと、そう言われている。

 フェニックスの言葉は全てが事実で、このまま戦えば、ドラグニアの宮廷魔導師から少なくない死人が出る可能性もある。

 だったら、その人たちを守るためなら。ここで、やつらに自分の身を差し出した方がいいんじゃないのか。


「ダメよ、リュータ。あなたは絶対、あいつらに渡さないわ」


 後ろ向きな思考が鎌首をもたげていたが、ハクアの凛とした声にハッとする。

 龍太を守るように前に出て、ライフルを構える。ハクアだって、龍太と同じくかなり消耗しているのに。


 その姿に応えたのは、もう一人の仲間。身の丈以上の大剣を持ち敵を睨むジンだった。


「ハクアの言う通りだ。自ら敵に投降すれば、恐らく被害はなく終わる。それでも、俺たちは仲間を見捨てない。仲間の犠牲で勝利を掴むなど、紅蓮の戦斧(フレイムウォー)の魔導師は断じて許さないぞ」

「ジン……」


 でも、だったらどうすれば。龍太だって、今すぐにでもやつらに飛びかかりたい。本当は朱音を倒された怒りで、頭がどうにかなりそうだ。

 ただそれでも、辛うじて残された理性が強くブレーキをかける。


 この場の全員を救うためには、正義のヒーローとして、どうするべきなのか。

 冷静な自分が諭してくる。


「残念ながら、戦うしかないようですね。我々としてはその方がいい。個人的な本音を言えば、バハムートセイバーをこの手で倒したかったのですが、諦めるとしましょう。くくくっ」

「なあ、お前。フェニックスとか言ったか?」


 下卑た笑みを浮かべて勝利を確信している男に、緋桜が声をかけた。

 まるで緊張感のない、この危機的状況を理解していないかのような声で。赤みがかった黒髪をぽりぽりと掻きながら。

 ため息すら混じえて、バカにするような口調で言う。


「これで勝ったと思い込んでるなら、そいつは随分と愉快な妄想じゃねえか」

「貴様、一体何を……」


 銀の炎が、地面に奔った。


 瞬く間に全てのダストを飲み込んで、ただの一匹も例外なく、問答無用で消滅させる。そこになにかが存在した形跡は残らない。数分前まで時間が巻き戻ったかのように、玉座の間を埋め尽くしていたダストは、一匹残らず消えた。


「フェニックス様、お下がりください!」

「待ちなさいハイエナ!」

「おっと、俺の相手はあんたか? いいぜ、軽く遊んでやるよ」

『Reload Hyena』


 真紅の体を持つ四足歩行の動物、ハイエナへ姿を変えた男が、緋桜へと迫る。

 だが違う。先程の銀色の炎は、彼が放ったものではない。


 炎の発生源へ視線を向ければ、そこには倒れたはずの朱音が立っている。傷口は塞がり血も止まって、体や服の節々には銀の炎が揺らめいていた。

 そこに、先ほどまでの反動に苦しんでいる様子は見受けられない。


「あなた、大丈夫なの……?」


 気がつけば、服や肌に付着していた血が消えている。破れた服も元通りを通り越しておろしたて同様に。

 これも、ダストが消えた時と同じだ。時間が巻き戻っているとしか思えない。


 思わず問いかけたハクアに、朱音は笑顔を返した。


「桃さんと有澄さんが上手くやってくれたみたいなんだ。ようやく、全力で戦えるようになった」


 分かっていたことではあるが、やはり龍太たちとの戦いはどれも全力じゃなかったのか。彼女の抱えていた反動もあるだろうが、それよりもその銀の炎。もしそいつを使われていたら、結果はどうなっていたのか。


 小鳥遊蒼から、その炎については聞かされていた。

 時界制御の銀炎。

 すなわち、時間という絶対の概念を自在に操る力。


 その絶大な力を間近に見せられて、さしものフェニックスも恐れを感じたのか、震えながら叫びを上げる。


「な、なぜだ! あなたはたしかに、心臓を貫かれたはず! それなのに生きて、その上ようやく全力だと? 一体何者なんですか、あなたは!」


 腰の鞘から抜いた刀は空色の輝きを放ち、強い意志を携えた瞳はオレンジに染まっている。


 大胆不敵で純真無垢。いつかと似たような笑顔を浮かべた復讐者は、高らかに宣言した。


「私はルーサー、桐生朱音。今日からは私も、お前たちを倒す正義のヒーローってことでよろしく! 位相接続(コネクト)!」

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