表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第一章 ヒーロー誕生
22/117

切り裂きジャック 3

 茜色に染る空の下。前を歩くルーサーが、今もその右手に握っている黄金の剣。

 龍太はその剣に、見覚えがあった。

 忘れるはずもない、十年ほど前、まだ小さい子供だった頃に、何度も夢の中で見たのだから。


 黄金の輝きを放つ剣を持ち、悪魔のような敵と戦う少年を。

 夢の中なのに妙な現実味があって、その少年に助けられたことを、今でも思い出せる。

 まるで正義のヒーローだ。俺も、この人みたいになりたい。


 それが夢の始まり。龍太が、正義のヒーローを目指したきっかけ。


 なのに、どうして。夢に出てきたのと全く同じ剣を、お前が持っているんだ。


「リュータ?」

「ああ、悪い。なんでもないよ」


 困惑が表情に出てたのか、ハクアが心配そうな顔でこちらを覗き込む。大丈夫だと被りを振って、視線を黒い背中へ戻した。


 ルーサーの目的が分からない。

 龍太の命を狙っているのは、紛れもなく事実だろう。二度対峙した時の、あの殺気が嘘だとは思えない。

 だがそれなら、どうして今はこちらに手を貸すようなことをするのか。

 やつにとっても、今の状況は都合が悪いから。スペリオルとも敵対しているから。しかしそれは、龍太に手を貸す理由とイコールで繋がるか?


 結局のところ、彼女の本当の目的を知らないことには、その真意も推し量れない。


「着いたぞ」


 思考の海から浮上して、目の前の建物を見上げる。

 フィルラントの城だ。ノウムの宮殿ほど大きいわけではなく、白い壁にはところどころ汚れも見える。しかし外から見える範囲の庭は綺麗に手入れされていて、なんだかちぐはぐな印象だ。


「む、なんだ貴様らは。見かけぬ顔だな」

「剣を下ろせ! 城になんの用だ!」


 門番の二人が近寄ってきて、手に持っている槍を構える。警戒されるのも当然か。なにせ一人は仮面をつけて素顔を隠し、抜き身の剣を手に持ったままの、明らかに怪しいやつなのだから。


「おい、どうするんだよ」

「素直に話すわけにもいかないと思うけれど、考えがあるのかしら」

「強行突破だ」

「は?」


 呆気に取られて聞き返す間もなく、門番の二人が気を失って倒れる。

 龍太もハクアも、なにが起こったのか全く分からなかった。ルーサーがなにかしたようには見えないし、どころか一歩も動いていない。


「お前、なにやってんだよ!」

「安心しろ、殺してはいない」

「そういう問題ではないと思うのだけれど……その二人になにをしたの?」

「企業秘密というやつだ。我らは敵同士だということを忘れるなよ、白き龍。貴様らに手の内を晒すわけがないだろう」


 おっしゃる通りで。ただまあ、殺していないというのなら一先ずは安心だ。ルーサー自身、無闇な殺生は避けたいということか。


 倒れた門番の横を素通りして、三人は城の敷地内へと足を踏み入れる。途端、城中に甲高い警戒音が鳴り響いた。


「腐っても一国の城というわけか」

「侵入者を知らせるための結界を張ってあったのね」

「つーことは……」


 ガシャガシャと、金属の甲冑が揺れる音。あっという間に武装した兵士に取り囲まれて、龍太とハクアも得物を抜く。


 展開が早い。これが噂の近衛騎士か。

 見た限り、宿屋に来たやつらは近衛騎士の制服を着ただけの偽物、という可能性が出てきた。練度が明らかに違いすぎる。


「武器を捨て大人しく投降しろ!」

「そう言われて投降するなら、侵入などせん。そうは思わんか?」

「ま、同感だな」


 まさかそんな親しげな感じで話しかけてくるとは思わず、適当に答える。実際、これで投降するような侵入者なんていないだろ。


 さて、ここからどうするつもりなのか。ルーサーの実力であれば、いくらこの国の近衛騎士とは言え簡単に倒せてしまうだろう。

 問題は、龍太たちがここに置き去りにされる可能性だ。ルーサーはどうやら転移を使えるみたいだし、龍太とハクアをここで囮にして、一人だけ城の中へ入ることだって出来る。

 龍太はまだ、ルーサーを信用したわけじゃない。


「赤城龍太、白き龍、怪我をしたくなければ下手に手を出すな」

「バカにしてんのか?」


 いちいち鼻につく物言いしかできないのか、こいつは。


「リュータ、ここは彼女の言う通りにしておきましょう」

「分かってるよ……」


 この騎士たちが強いというのなら、龍太とハクアの二人じゃそれなりの損耗は免れない。この先のことも考えれば、バハムートセイバーも温存しておきたいところだ。ならここは、ルーサーに任せるのが得策。

 分かってはいるのだが、ああいう言い方をされればイラッとしてしまう。


「雷纒」


 青白い火花が散った。

 龍太の目がそう認識した時には、既に。三人を囲んでいた近衛騎士は、全員倒れ伏している。遅れて雷が落ちたような音が響き、ルーサーの姿は包囲から外れた場所に。


 ような、ではなく。実際に雷が落ちた。ただそれが、天から地面に向かったものではなかったというだけで。

 背中から雷の翼を伸ばし、稲妻を纏うルーサー。

 ああ、これはたしかに、下手に手を出していれば巻き添えを喰らっていた。


 未だ全容の見えないルーサーの力に、龍太は背筋がゾッとする。過去二度の戦闘では、まだ本気を見せていなかった。

 やはりこいつは、いつでも簡単に龍太を殺せる。そうしていないだけで。


「なにを惚けている、行くぞ」

「あ、ああ」


 気絶した騎士たちを踏まないように気をつけて、城の中へ堂々と侵入していくルーサーに着いていく。

 道中でも何度か鎧を着た騎士が襲ってきたが、全てルーサーが片手間にいなし、結局龍太とハクアは一度も戦っていない。


 そして一際大きな扉の前に辿り着いた時、ルーサーは肩で大きく息をしていた。

 目に見えてわかる疲労。足取りもおぼつかなくて、ついその背中に声をかけてしまう。


「おい、お前大丈夫かよ?」

「我の心配とは、随分と余裕ではないか……我は貴様の命を狙っている、それは今も変わらないことを、もう忘れたのか?」

「関係あるかよ、今はとりあえず協力しあう仲間だろ。仲間の様子がおかしかったら心配にもなる。おかしなことか?」

「チッ……」


 せっかく心配してやったのに、返ってきたのは舌打ちだけ。頭に血が上りそうになるが、今のこいつは味方だと必死に自分に言い聞かせる。


 しかし、本当にどうしたことか。まさかルーサーのこんな弱々しい姿を見るなんて、思いもしなかった。

 強すぎる力の反動なのか、あるいは今日一日、龍太たちとの戦闘から始まった連戦で、疲労が溜まっているのか。


「こちらを気にかける余裕があるなら、自分の心配でもしていろ。この先に待つ相手は、強いぞ」

「あなたがそこまで言うなんて、相当な相手ということかしら」

「実際に見てみれば分かる」


 息を整えたルーサーが、ついに扉へ手をかけた。ゆっくりと開かれた先は、王が座す玉座の間だ。数人の近衛騎士を控えさせ、レッドカーペットの先に金髪の痩せ気味な男、フィルラシオの王が座っていた。


「これはこれは、白龍殿。お久しゅうございます。またお会いできて光栄ですな。その美しさ、以前にも増して磨きがかかっている。どうやら、良き出会いに恵まれたようで」


 歳の頃は五十代といったところか。蛇のように狡猾な笑みと、低く響く声。そこに座っているのは痩せた初老の男性だというのに、見た目以上の威圧感がある。

 これが、一国の王。小国とはいえ、一つの国を収める男。


「御託はいいわ、フィルラシオ王。この町で起きてる事件について、洗いざらい話してもらうわよ」

「貴方様の頼みとあらば、全て話すこともやぶさかではありませんが。その前に、ネズミの駆除をしておきましょう」


 敵意のこもった視線が、龍太とルーサーに向けられる。指先が震えて足が竦みそうになるが、隣に立つハクアにそっと手を取られた。

 ただそれだけで、震えが止まる。戦う力が湧いてくる。


「ネズミとは、また随分な言われようだな。一応こちらは、正式な手順を踏んでここへ来たのだが」

「城に不法侵入した挙句、武力すら行使した者の言い様とは思えぬな。貴様のいた異世界とやらは、よほど荒れていたと見える」


 ルーサーの正体まで知っているのか。

 でもこればっかりはあいつの言う通りで、全く正式な手順なんて踏んでいない。思いっきり不法侵入だし、なんなら手を出したのだってルーサーからだ。


 しかしどうやら、ルーサーの言う手順とは、城に入る手順ではなく、もっと前の段階のことのようで。

 彼女が懐から取り出したのは、魔法陣の上に龍と剣が描かれたブローチ。ハクアも同じものを持っている。

 ドラグニア王家から直接渡されるというブローチだ。それさえあれば、世界最大最強の国家の権力を扱える。


「悪いが、我はドラグニア王家、及びニライカナイの巫女より命を受けてこの場にいる。フィルラシオの連続殺人事件、切り裂きジャックの正体を探り、その原因がなんであれ排除しろ、とな」

「ドラグニアめ、まさかこの様な得体も知れぬ魔導師の手を借りるとは。かの大国も堕ちたものだ」

「第十五代フィルラシオ国王、グランバルド。己の罪は弁えているな?」

「ふん、罪など犯した覚えはない。私はただ、人類の未来のため、正義のため、微力を尽くしたにすぎないのだからな」

「これのどこが、未来のためなんだよ……」


 ポツリと呟いた一言に、フィルラシオ王、グランバルドの視線が龍太へ向けられる。

 もう指先が震えることも、足が竦むこともない。ハクアが手を握って、隣にいてくれるから。

 なにより、龍太の胸の内には、言いようのない怒りが込み上げていたから。


「なんの罪のない人たちを、それも自分の国に住む人たちを、あんたは殺したんだぞ! その誰もが、今を精一杯生きているだけの人たちだ! お前らが語る意味のわかんねえ未来ってやつに巻き込まれてッ! あんたのどこに正義があるんだよッ!」

「大局を見られぬ子供はこれだから嫌いだ。今はよくとも、百年先、千年先を見据えているか? 我ら人類が、遥か未来でもこの世界で営んでいける保証など、どこにもないというのに」

「んなもん俺が知るか! 大層な話持ち出して煙に巻いてんじゃねえ! 俺が言いたいのは、今、ここに生きてる人たちのことだ! あんたの国で、あんたを信じて生きてる人たちの!」


 仮にも国を収める王が、その国の住人を切り捨てるなんて。どれだけご大層な話を持ち出していたとしても、許されていいわけがない。

 国を切り捨てる王の、いったいどこに正義があるというのか。


 だが龍太の怒りを受けてなお、グランバルドは嘲笑を浮かべるのみ。


「実に愚かだな、少年。ルーサー、貴様もだ。認識が古いのだよ。今の私は、既にこの国の王ではない。フィルラシオ国王グランバルドは、つい一週間ほど前に死んだ」

「な、にを……⁉︎」


 訳の分からない言葉。その証拠とばかりに、グランバルドは懐から何かを取り出す。

 スカーデッドが使っているものと同じ、紅いカートリッジだ。


「死んだって……でもその姿は、紛れもなくグランバルド王のものよ! 魔導で姿を偽っていたとでも言うの⁉︎」

「いいや、この肉体は紛れもなくあの愚王のものだ。私はその死体から作られた機械生命体にすぎない」

「死体からだって……?」

「なにを驚くことがある。これまでも見てきたのだろう、倒してきたのだろう。我らはスペリオルの同胞を」

「まさか……!」


 これまで倒してきたスカーデッドも、全てそうだと言うのか? 人間の死体から作られた機械生命体だと?

 俄かには信じられない。あまりにも冒涜的な行いであり、龍太の常識を大きく外れている。


 そして、この国で起きていた連続殺人事件の被害者、その死体を見せられない理由も、これで辻褄が合った。


「殺された女の人たちの死体を、スペリオルに流してたってのか!」

「察しがよくて助かるよ。説明の手間が省けた」


 これがルーサーの言っていた、事件の本当の真相。フィルラシオという国はもはや正常に機能しておらず、完全にスペリオルの傀儡と化していた。

 のみならず、目の前にいる男も、これまで倒してきたスカーデッドすら、全ては人間の死体だったと。


 目の前が真っ赤になって、これまで以上にスペリオルという組織への怒りが湧き上がる。人類の変革を謳っておきながら、やっていることはまるで真逆だ。


 強く睨みつけた先に立つ男は、機械の腕を変形、展開させている。そこに紅いカートリッジを装填し、冷たい音声が玉座の間に響いた。


『Reload Eunectes』

「もはや貴様らを生かしておく理由もない。だがアカギリュウタ、貴様の体は拘束させてもらおう。私をこれまでのスカーデッドと同じだとは思わないことだ」


 巨大な真紅の球体がドロドロと溶けていき、現れたのは、この玉座の間の天井にも届きそうなほどの、二十メートルは下らない巨躯を誇る蛇。いや、これはアナコンダか。

 変化は本人だけに留まらず。アナコンダの出現に呼応して、控えていた近衛騎士たちも全長十メートルほどの蛇へと変貌していた。


「戦えるな?」

「当然だろ……今の話を聞かされて、ビビったとでも思ってんのかよ」

「むしろやる気が出てきたわ。死体を利用していると言うのなら、ここでやつらを倒すのが、わたしたちに出来るせめてもの供養だもの」


 ルーサーの言葉にそう返し、龍太とハクアは、怒りのままに鍵となる言葉を叫んだ。


「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」

位相接続(コネクト)


 光の球体と光の柱。強い輝きを放つその二つが弾けて消える。


 一人は、純白の鎧と紅い瞳の仮面に全身を覆われたヒーロー、バハムートセイバー。

 もう一人は、漆黒のロングコートを靡かせ、オレンジの瞳を持つ仮面を被った復讐者、ルーサー。


 対照的な色を持つ二人の戦士が、巨大な蛇の前に並び立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ