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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第五章 エンゲージ
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聖獣の森 1

 聖獣。

 これまでの旅の中でも、何度そのワードを耳にしてきたが。では果たして聖獣とは、どう言った存在なのか。


 簡単に言ってしまえば、言葉を交わすことができる獣。普通の動物と違い、強力な魔力を持ち、その全てが白い体をしている。

 魔物の中にもそのような存在はいるだろう。では魔物と聖獣の違いはなにかと言うと、自我や意志を持っているかなどが挙げられるが、一番の違いはやはりその生まれ方だ。


 魔物とは、動植物に澱んだ魔力が宿ったり、あるいは魔力そのものが形を持ったりといった風に生まれる。

 しかし聖獣は、生まれた時から聖獣だ。

 古代にまでは遡らないが、それでも遥か昔に、聖龍の眷属として生み出され、現代までその遺伝子を受け継いできた聖なる獣たち。


 白くて言葉を交わせる。なるほど、アーサーが聖獣扱いされるわけだ。


「ここが、理想郷(ユートピア)だったのね……!」


 さて現在。聖獣の森の奥深く、切り拓かれた場所にて。

 白い虎や獅子、アーサーとよく似た狼に、不思議と威圧感のないシロクマ。真っ白だからよく分かりづらいが、パンダに似たやつもいる。

 果てはうさぎや猫、犬に狐や狸といった小動物まで。


 まさしく、シイナの言っていた通りであり、ハクアにとってはその真逆。

 もふもふパラダイスだった。


 こんなんが理想郷でいいのか、と龍太はつい思ってしまう。ハクアの中にいるユートピアも苦笑していることだろう。


「お、おい、ハクア?」


 目を輝かせてふらふらと、近くで眠っていた白虎に近づくハクアは、あろうことかその体に倒れ込んだ! ダメだ理性を失っている!


「白龍様⁉︎」

「ちょっ、丈瑠さん! あれいいんすか⁉︎」

「まあ、うん。ハクアならいいんじゃないかな、多分」


 あはは、と苦笑しながらの丈瑠。

 相手は聖獣様なのに、本当にいいのか? なんかプライドが高かったりとか、そういうことないの?


 そんな龍太とシイナの心配もよそに、その大きな体でもふっとハクアを受け止めた白虎は、閉じていた目を開き、状況を確認するために首を巡らせる。

 己の腹に倒れ込む純白の少女を見て、こちらを見て。


『おや、誰かと思えば。お久しぶりですね、タケル、アーサー』

「うん。久しぶり、プレア」

『元気そうでなによりだ、友よ』


 頭に直接響いたのは、嫋やかな女性をイメージさせる声。言うまでもなく、ハクアに抱きつかれている白虎の声だ。


『ところで、状況を説明して頂いても? 察するにこのお方は、高位のドラゴンとお見受けいたしますが』

「あー、まあ、そうだね……高位のドラゴンではあるのかな……」

「っすぅーーーーーー」


 その高位のドラゴン様は、プレアと呼ばれた白虎のもふもふ毛皮に顔を埋めて、猫吸いならぬ虎吸いをしていた。

 気がつけば、ハクアの近くに小さな聖獣たちも集まってきている。

 うーん、見ている分には微笑ましい光景に見えなくもないんだけどなぁ。


「彼女は白龍のハクア。で、こっちがそのパートナーの赤城龍太くん。アヴァロンの客人だよ」

『天龍様のお客人ですか。はじめまして、私はプレアと申します。ここの聖獣たちの代表、のようなものを務めています』


 礼儀正しくペコリと頭を下げたプレアに、龍太も釣られて頭を下げる。


「お久しぶりです、プレア様!」

『そちらはたしか、エルフの姫君でしたね。お久しぶりです』

「お、覚えてくださっていたのですね……!」


 感激しているシイナの元にも、聖獣たちが集まり始める。しかも小さな子たちだけじゃなくて、普通にでっかいやつ、シイナの背丈くらいある熊とか馬とかまで。


「お、おわー! たすっ、助けてくれアカギリュウタ!」


 シイナはそのまま、聖獣たちに担がれて森の奥へと連れ込まれていった。

 これが彼女が、聖獣の森を恐ろしい場所と言っていた所以か……いや、なんで連れてかれたの?


「エルフは聖獣に好かれやすいらしいよ」

『彼女たちの放つ魔力は心地のいいものですから。あの子たちも、姫君のことを覚えていたのでしょう。以前やって来たのは、確か二十年ほど前だったと記憶しているのですが』


 ああ、なるほど。種族特性みたいなもんね。

 納得しつつ、心の中で合掌。


『しかしそれで言うと、タケルもアーサーも本当に久しぶりですね。あなた達と以前会ったのは、三年ほど前でしたか。私たちにとってはそうでなくとも、人間にとって三年は相応に長いのでは?』

「そうだね。だからと言って、別になにか特別用事があったわけじゃないんだ。ケルディムに用事があるのは龍太くんとハクアの方だし、それも明日にならないとアヴァロンの予定が開かないから、それまでの暇つぶしかな」


 聖獣って結構な大物だと思うんだけど、その聖獣と会うのを暇つぶしと言ってしまえるのか……やっぱり丈瑠さんもどっか感覚がバグってるよな……。


「ところで、ハクアは本当にそのままでいいんすか……?」


 未だにプレアの腹に顔を埋めているパートナーを見て、恐る恐る尋ねてみる。丈瑠は大丈夫だと言っていたし、プレアも半ば放置気味とは言え、さすがにこのままって言うのもどうなんだろう。


『構いませんよ。天龍様のお客人、それも名高い白龍様とあっては、むしろ光栄ですから』

「ハクアのこと知ってるんだ」

『と言っても、私が一方的にその名声を聞いたことがあるだけですが。百年戦争以前、はるか昔から人とドラゴンの間に立ち、両者の諍いを解決していた方と聞いています』

「へぇ、そんなことしてたんだ、ハクア」

『喧嘩両成敗とばかりにその場にいる者たち全員をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りを至る所で繰り広げたとか』

「そ、そんなことしてたんだ、ハクア……」


 若干引き気味の丈瑠は、引き攣った笑みを浮かべている。そしてちゃんと話し声は聞こえていたのか、チラリと見えたハクアの耳は真っ赤になっていた。


 そういえば、シイナもなんか似たようなこと言ってたな。千五百年前のハクアはもっと尖ってたとかなんとか。

 うーん、気になる。めっちゃ気になるけど、本人凄い恥ずかしそうだし、聞いていいものなのかどうか。


 その後も特に目的があったわけでもなかったので、仲良く談笑を続けていたのだが。

 突然、森の奥に連れて行かれたシイナがとんでもない形相で走って戻って来た。その周りにはシイナを連れて行った聖獣たちも何匹か見受けられる。


「シイナ? どうしたんだよ、聖獣たちと仲良くやってたんじゃ」

「言ってる場合じゃないぞアカギリュウタ! やつらが現れたんだ! この聖獣の森に!」


 やつら、と聞いてピンと来たのは龍太だけじゃなかったようだ。丈瑠もアーサーも、プレアをもふり続けていたハクアも、意識を切り替えてそれぞれ素早く得物を抜き魔力を漲らせる。

 見れば、シイナの周りには熊と馬の聖獣がいない。


「足止めに残ってくれた聖獣様もいらっしゃる! 私は助けを呼びに行けと逃がされて……!」

「案内してくれ!」

「いや、その必要はないみたいだよ」


 丈瑠が言った瞬間に、すぐ近くで爆発が起こった。吹き飛ばされてきたのは熊の聖獣だ。瀕死の重症ではあるが、どうやら死んではいないみたいで一安心。

 駆け寄ったシイナが治療を始める。あちらは彼女に任せるとして、こちらはいきなり現れたクソ鳥の相手だ。


「相変わらず、あなた方とは縁がありますね、アカギリュウタ」

「んなもんさっさと切りたいもんだな、フェニックス!」


 片手で担いでいるのは、ボロボロの白い馬。シイナを逃してくれた聖獣のもう一体。

 そして下手人のスカーデッド、フェニックスは忌々しげに言いながら、巨体の聖獣を乱雑に放り投げる。


 その背後からは、ダストがワラワラと出て来た。ご丁寧に戦力も用意しているみたいだ。


「なにしに来やがった」

「天空都市ケルディムの戦力を削ぎに。聖獣たちは厄介な相手ですから。しかし例えば、その聖獣をこちらの戦力に出来るのだとしたら、この上なく有用かと思いまして」

「相変わらずクソみたいなこと考えやがってッ……!」


 聖獣は、百年戦争で龍神たちの味方として戦った。たしかにその戦力は計り知れない。敵が狙うのも少し考えれば分かることだ。

 そこに考えが至らなかったことを後悔していると、一歩前に、大和丈瑠が歩み出る。


「僕の友達には、これ以上手を出させない」

「ヤマトタケル……あなたの相手は少々厄介ですからね。そのお友達にしてもらいましょうか」


 取り出したのは、かつてジンの兄であるレッドが持っていたものと同じ。あるいは、丈瑠であればローグでも大量に同じものを見ている。


 スカーデッド以外の者が、奴らの使うカートリッジを使って怪人へ変貌することのできる銃型デバイスだ。


『Reload Kentauros』


 まさかと思った時にはもう遅い。フェニックスは傍に倒れている馬の聖獣に対して、容赦なく引き金を引いた。


 倒れていた馬は真紅の球体に包まれて、それがドロドロと溶けて消えて行くと、中からは馬の下半身と人の胴体、そのどちらの特徴も併せ持つ頭をした紅い怪人が現れた。


 ギリシャ神話に姿を見せる怪物、ケンタウロスだ。


「テメェ……!」

「どうしてそんな酷いことを……!」

「実験ですよ。もしもこれが有用であれば、この場にいる聖獣は残らず回収するつもりだったのですが……」


 隣へ視線を向けるフェニックス。釣られてそちらを見やれば、ケンタウロスのスカーデッドと化した聖獣は理性を失っているのか、味方であるはずのダストを攻撃し始めた。

 その健脚で蹴り飛ばし、手に持った剣を振り回す。

 その様を見て、フェニックスはどこか憐れむような、申し訳なさそうな目をする。


「失敗のようですね。聖獣と我々のカートリッジは、あまりにも相性が悪いらしい。制御できない兵器は必要ありません」


 言葉と表情が一致していない。非道なことをしているのに、その顔はどこか後悔を宿しているような。


 やっぱりこいつは、他のスペリオルの奴らと決定的に違う。

 でもだからって、話が通じる相手ではないこともよく知っている。


「ハクア」

「ええ、分かってるわ」


 呼びかけただけで、こちらの意図を察してくれる。世界で一番のパートナーと手を取り合い、互いに強く握りしめた。


「丈瑠さん、フェニックスは任せてください。その代わりそっちは……」

「任せてくれ。僕の友達は、僕が自分で助ける」

『雑兵の相手は私たちに任せてくれ。プレア、手を貸してくれるな?』

『もちろんですアーサー。聖獣を敵に回すということがどのような意味なのか、彼らに思い知らせてやりましょう』


 フェニックスの真意は分からない。彼がなにを思って、スペリオルの元で戦っているのか。

 ドリアナ学園で語ってくれたやつの信念は、きっと嘘ではなくて。龍太にも思うところはあるけれど。


 しかし、それでも。やつの行いはまちがいなく悪だから。


「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」

『Reload Phoenix』


 純白のヒーローと燃え盛る不死鳥は、決して戦うことを避けられない。

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