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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第五章 エンゲージ
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世界会議 2

 朱音とルビーを見送った後。龍太とハクアの今日の予定は、聖獣の森に向かうことに決まった。丈瑠がぜひ一度見てみたらどうかと提案してくれたので、アーサーとエルも連れて三人と二匹での移動だ。


「転移で向かってもいいんだけど、せっかくだしね。元の世界との乗り心地を比べてみるのもいいかと思って」


 そう言った丈瑠の案内に従って、一行はモノレールのようなものに乗り込んだ。多分元の世界とは違い動力源は魔力だろうし、レールの周りにはもしものための落下防止の結界もあって、安全面はなんとなく元の世界より高そう。速度は大して変わらず電車よりもゆっくりで、窓から街の様子がよく見えた。


「このモノレールも古代文明の遺産なのか?」

「これは違うわね。たしかアヴァロンが地上の鉄道を真似しようとして、異世界人からアドバイスを貰って作ったって言っていたわ」


 この世界の国家間の主な移動手段は鉄道だ。龍太たちが以前乗ったように、ノウム連邦の首都からドラグニア王都までと長距離の移動に適している。

 だがそれは、地上には土地に余裕があるからこそ可能なのだ。平原を整地し、森を切り開き、山をくり抜けるだけの余裕。

 他方で街中であれば、地下という選択肢も生まれる。結局利用したことはないが、この世界の主要都市にも地下鉄は存在しているらしい。


 しかし、ケルディムにはそのどちらにも余裕がない。

 元々大きな島一つが浮いているような国だ。更に街は古代文明のものを活用して作られているため、下手に建物を壊したり新しく道を作ったりできない。

 地下は地下で、魔導戦艦のドッグやら都市の防衛設備やらが敷き詰められていて、鉄道を通すなんてもっての外。


 となると残った選択肢は一つ、空中だ。

 ただこれも、ケルディムが世界中の空を飛び常に移動しているが故に、なかなか困難を極めたと言う。

 魔導科学、それも古代文明の遺産が多く残っているこの国において、空飛ぶ乗り物なんてのは簡単に作れる。だがはるか上空に位置するこの国では、その制御が難しい。


「なんというか、異世界間での認識の違いというか、前提の違いみたいなものなんだけどね。この国の人たちは、レールを鉄柱で上に固定するって考えがなかったみたいなんだ」

「えぇ……いや、魔術が一般常識の世界ならそうなるのか……?」

「空中を走らせるなら魔術で浮かせて飛ばす。これが当たり前だからね」


 いやはや、固定観念とは恐ろしい。これが人間の国ならどこかからそういったアイデアが出てくるのだろうけれど、この国に人間はいない。ドラゴンを始めとした住人たちはみな、人間よりもよほど魔術や魔導を扱える者たちばかりで、しかも長寿の種族。

 そもそもの考え方、思考回路が根本から異なっている。それ故の灯台下暗し。


 などと他愛のない話を続けていると、目的の駅に到着した。モノレールから降りて駅を出ると、森の入り口はすぐそこだ。

 周囲にはあまり背の高い建物も見えず、主要街区からはそれなりに離れている。


 森に入って少しすると、関係者以外立ち入り禁止と書かれた看板が現れた。


「立ち入り禁止って……フェンスみたいなものはないんすか?」

「結界を張ってるからね。フェンスなんて建てても、簡単に侵入されちゃうよ」


 まあ、それもそうか。元の世界ならフェンスで十分でも、ここは魔術のある世界だ。容易く破壊、あるいは乗り越えられてしまう。


 どういうわけかその結界を素通りできて、またしばらく歩いてる最中。ふと気になったことを聞いてみた。


「そういや、ハクアはケルディムに来たことあるんだよな?」

「ええ。でも、聖獣の森は初めてなの。ここは本当に、限られた者しか立ち入りを許されていないのよ」


 その言葉に、つい丈瑠とアーサーの方を見てしまう。

 ハクアがそう言うほどだ。かなり厳しい基準で選ばれているのだろうその場所に、異世界人でありながら立ち入れる。

 実は丈瑠も、相当すごい人だったのでは?


 そんな失礼なことを考えているなんて知る由もない丈瑠は、苦笑しながら首を横に振る。


「たまたまだよ。僕は異能で動物とも会話できるし、それが魔物や聖獣にも適用されるからね。アーサーがこの世界じゃ聖獣扱いされてるのもあって、なぜか過大に持ち上げられちゃったんだ」

『そう謙遜するようなことでもない。事実として丈瑠は、この森にかなり貢献してきたのだから』


 アーサーからも言われて照れているのか、はにかみながら頬をかく丈瑠。


 というかそう言えば、そもそもとして、龍太は聖獣というものがどう言った存在なのか、いまいち把握していない。

 アーサーのことを聖獣扱いしていることもあるし、魔物と具体的にどう違うのだろう。


 それを聞こうと思ったのだが。


「やっと見つけたぞ、アカギリュウタ!」


 その直前に、背後から声がかかった。

 歩きながら話していたので、聖獣の森の結界に足を踏み入れたその時だ。


 振り返ると、そこには予想通り。エルフのお姫様とはとても思えない、肩で息をしているシイナの姿が。その隣には昨日いなかったドワーフの男性、ゴードンの姿もある。獣人の少女はいないみたいだが。


 思わず表情を歪めてしまった龍太を、誰も責められないだろう。


「今日はなんだよ……」

「貴様……私がわざわざ足を運んでやったと言うのに……!」

「どうどう、落ち着けお嬢。今日はケンカ売りに来たわけじゃないだろう」


 シイナを宥めるゴードンの言葉に、ハクアと揃って首を傾げる。

 昨日一昨日と思いっきりケンカ売ってきたのに、今日は違うとは。じゃあ余計になにしにきたのか。


「ぐぬぬ……だがゴードン……!」

「礼を言わないと気が済まないって言ったのはお嬢だろ」

「あいつの顔を見たら気が変わった!」

「そいつはダメだ。義理を通すんじゃなかったのか? 王族として、一度口にした言葉はしっかり通し切らないとな」

「礼?」


 はて、シイナから恨まれる覚えは、まあ、あるのだろうけど。果たして礼を言われるようなことをしただろうか。

 いや、恨まれてるのも龍太的にはいまだに納得できてないけども。


「リュータ、もしかして昨日のことを言ってるんじゃないかしら」

「昨日……昨日……ああ、もしかしてあの時のことか」


 思い返してみれば、心当たりがあった。

 ヒスイが現れた時、シイナを庇ったのだった。怪我もないようで一安心ではあるけど。


「別に礼を言われるようなことでもないだろ」

「まあ、リュータならそう言うわよね」

「待て待て待て待て!」


 話を終わらせて止めていた足を動かそうとすれば、慌てたようにシイナに止められた。


「なにを勝手に話を終わらせようとしてるんだ貴様は!」

「いやだって」

「だってじゃない! 私はたしかに、貴様に命を救われたのだ。あの時庇われなかったら、あの場で死んでいたかもしれない。礼くらい言わせろ!」

「言いたいのか言いたくないのかどっちだよ……」


 気が変わったんじゃなかったのかよ。忙しないやつだな。


「とにかく! あの時は助かった。ありがとう」


 結局素直に頭を下げたシイナに、思わず面食らってしまう。

 こちらに敵意しか向けてなかったのに、やはり根は悪いやつじゃないのだろう。もしかしたら、仲良くできる可能性もあるかもしれない。


 と、思ったのも束の間。


「勘違いするなよ! 貴様が白龍様のパートナーだと認めたわけじゃないんだからな!」


 勢いよく顔を上げて大きな声で宣言。ふた昔前のツンデレか、こいつは。


「すまんな坊主。お嬢はこの通り、素直な性格じゃないんだ。だかまあ、礼を言いたい気持ちは本物だから、受け取ってやってくれ」

「まあ、それはいいんだけど……あんたも苦労してるんだな」

「分かってくれるか……」


 吐き出されたため息は、とてもとても重たいものだった。


「ふんっ、そんなことよりも貴様、これから聖獣様方に会いに行くのだろう。だったら覚悟しておくんだな」

「……そんなにヤバい場所なのか?」

「ああ、ヤバい。ここは本当にヤバい」


 語彙力低下してんじゃん。そんなに?

 たしか、百年戦争で龍神たちの味方をしてくれたのが聖獣だったはず。つまり危ないことはないと思っていたのだが、気の強いシイナにそこまで言わせるとは。


「あの地獄を乗り切れるものなんて、そうはいない」

「地獄……」


 ゴクリ、と。思わず唾を飲む。はたしてこの先に、なにが待ち受けているというのか。


 ていうかわざわざ忠告してくれるあたり、やっぱりこいついい奴だな。


 そうだ、と頷いたシイナは、神妙な顔をして、なんともトンチキなことを口にした。


「あのもふもふ地獄、今思い出しただけでも恐ろしい……!」

「はい?」

「もふもふ⁉︎」


 なんかいきなり緊張感が消えたんだが?

 ほらー、お前のせいでハクアが目を輝かせちゃってるじゃん。


「シイナ、それは本当なの⁉︎」

「え、ええ。本当です白龍様。いくら御身であっても、決して無事では……」

「もふもふがたくさんいるのね!」


 急にハクアから迫られて、シイナはたじたじだ。視線で龍太やゴードンに助けろと求めてくるが、なんか面白いので無視。


 そう、なにを隠そうハクアは、もふもふに弱い。というか、目がない。古代遺跡並みに。初めてアーサーと会った時も、ハクアは彼の立派な毛並みに埋もれていたし。


「さあ、早く行きましょう、リュータ! もふもふがわたしたちを待ってるわ!」

「きゅー……」

「お前はもふもふしてないもんなぁ」


 ちょっと気落ちしたエルを励ましながら、先を急ぐハクアを追うことにした。



 ◆



 ドラグニア神聖王国王都の中心に聳え立つ、立派な白亜の城。

 その中でとりわけ大きな会議室には、五十人以上にも及ぶ国家元首たちが集まっていた。


 その中の一人でもこの場でなにかあれば、国際情勢は大きく揺れる上に、警備を担当しているドラグニアの権威は地に落ちるだろう。


 それほどまでに重要なのが、この世界会議だ。

 世界の敵を定めるこの会議は、過去にも数回行われている。そのいずれも会議はスムーズに終わったのだが、しかし。

 今回ばかりは、かなり違う様相を呈していた。


「ですから! アカギリュウタが巫女に牙を剥き倒してしまった以上、世界全ての敵であるとしておかしくはないでしょう!」

「だがその巫女様の一人が彼の味方をしているのだぞ! それはどう解釈するおつもりか!」

「しかしスペリオルと結託しているという話もある! 実際ドリアナ学園では、スペリオルの侵攻にあったそうじゃないか!」

「バハムートセイバーがそのスペリオルと戦っていたという話もあるんだぞ!」


 会議は踊りに踊っていた。国の代表が五十も集まれば、それぞれに違った思惑があるのは当然だ。

 龍太を世界の敵にしたい者、したくない者。有利な側にうまく取り入ろうとする者もいる。


 そんな中でも厄介なのは、やはりあの国だ。


「一度落ち着かれてはどうか」


 荘厳な声が、ざわつく会場を静める。

 声の主は、蓄えた立派な髭を撫でながら、会場を一瞥する壮年の男性。

 はるばる東の大陸からやってきた、ネーベル帝国皇帝、ヘリオドール・リ・ネーベル。


 大国の皇帝ともなれば、中堅国家の者たちは口を噤んでしまう。


「双方の言い分は余も大いに理解できるところだ。帝国の主義はあるが、巫女の存在の大きさも理解している。その上で、起きた事実だけを見据えてはどうだろうか」


 ドリアナ学園諸島にスペリオルが現れ、時を同じくしてバハムートセイバーが暴走、龍の巫女二人を単身撃破し、人類最強の手でようやく鎮圧。


 起きた事実だけをみれば、そういうことになる。


「実際に相対した僕たちの意見は聞かないのかい?」


 声を上げたのは、龍の巫女アリス・ニライカナイのパートナーとして席についている、隻眼隻腕の人類最強だ。

 実際にバハムートセイバーを鎮圧した小鳥遊蒼は、不敵な笑みを浮かべながら皇帝を横目に見る。


「それはたしかに貴重な意見であろうが、やはり主観が混じるだろう。聞けばお主らは、アカギリュウタと親しい仲であるらしいではないか」

「だから巫女の意見すら無視、か。それは龍の巫女を愚弄しているとも取れる発言だぞ」


 反論するのは、ここドラグニアの王、ルシア。鋭い視線もものともせず、ヘリオドールは余裕の表情を崩さない。


「愚弄しているつもりはない。だが、巫女の全員が件のアカギリュウタと親しい仲である以上、致し方ないことではあるだろう」

「バカにしやがって……」

「ホウライ、口が悪いですよ」


 舌打ち混じりのクローディアに、アリスが苦言を呈する。それに苛立ちを更に募らせたのか、炎龍の巫女は水龍の巫女に食ってかかった。


「はっ! 随分と落ち着いてやがるじゃねえかニライカナイ! テメェ、状況がわかってんのか?」

「あなたよりはよほど」

「そいうはどうだかな! 癪だがそこのジジイの言う通り、オレらは全員リュウタのやつと顔見知りだ。それなりに情も持ち合わせてるさ! あのガキが世界の敵だなんて馬鹿馬鹿しい、そうも思ってる!」

「ホウライ」

「それにテメェに至っては、あいつと同じ世界で過ごしてやがっただろうが! オレらなんかよりも思うところがあるんじゃねえのか?」

「やめなさいホウライ。場を弁えるということを知らないのですか?」

「おまけにアカネのやつまで向こうにいやがるからな! この中であいつらと親しいってんなら、お前とアオイが一番だろうが!」

「弁えなさいと言っているのがわかりませんか、クローディア!」

「わかんねぇよアリス!」


 熱気と冷気。

 昂った感情に呼応して、魔力が形を持つ。

 最強同士の言い合いに、会議の参加者である各国の王たちは口も挟めない。ただ台風が過ぎ去るのを待つように、静かに縮こまっていることしかできない。


 こいつはマズイな、と思ったのは蒼だ。

 アリスとクローディアは本当に仲が悪い。下手すれば殺し合いに発展するまで。

 どちらとも長い付き合いの蒼には、それがよくわかっている。


 同時に、この状況はあまりにも帝国に利してしまうという意味でも、非常に拙かった。


「わたしたちは龍の巫女です。世界を守る機能のひとつとして、ここに在ります。それを忘れたとは言わせませんよ」

「忘れるわけがねえだろふざけんなよ。だがそれとこれとは話が別だ。あいつが、リュウタが一体何を目指して、なんのために戦ってんのか、それこそ忘れたとは言わせねぇぞ!」

「そんなもの、わたしだって……!」


 アリス・ニライカナイは、世界最強の巫女だ。

 それは文字通りの意味を持つ。この世界で最強。犬猿の仲であるクローディアや会議中にも関わらず寝ているエリナ、今は龍太たちと共にいるローラ。

 同じ龍の巫女であるその三人と比べても、頭ひとつ抜き出た実力を持つ。


 それ故の責任感が、彼女には重くのしかかっている。

 アリスだって本心では、龍太が世界の敵などふざけるなと一蹴したいだろう。だが、立場がそうすることを許さない。


「一つ、余から情報を提示してもいいか」


 ヒートアップする一方な巫女同士の間に、またしてもヘリオドールが口を挟む。

 半ば予想通りの流れに、蒼は心の中でため息を吐いた。


「まずはこの映像を見てほしい。さすれば、答えが自ずと見えてくるだろう」


 魔術によって宙に投影された映像は、どこかの戦場だ。恐らくは帝国領内、革命軍との戦場だろう。

 そこに映っているのは、フードを目深に被った人物だ。その顔は見えないが、次の瞬間、その人物がバハムートセイバーに変身した。


 しかもどう見ても、彼がスペリオルを率いているように見える。


「これは……」

「やはりアカギリュウタが」

「だがこれが帝国の偽造したものだと」

「しかしこうして証拠が」


 会議場が再びにわかに騒がしくなる。

 やはり、それを証拠として持ってきたか。


「ご覧の通りだ。やつはスペリオルを率い、我が帝国に攻め入ってきた。奴らの手によって、帝国の兵士たちが幾人も命を落とした。余は決してやつを許すことができん」


 十中八九、あのバハムートセイバーは報告にあった方だ。

 スペリオルの首魁として枠外の存在と成り果てた、アカギリュウタ。暴走したバハムートとは別人。

 だがそれを説明したところで、この場で提示できる証拠がない。証拠がないことには説得できず、この場の流れをこちらに向けることは難しい。


 だから蒼は、《《時間稼ぎ》》に別のところへ話を振った。


「白龍教としては、この映像をどう見るのかな?」


 これまで沈黙を保っていた白龍教の枢機卿、ニコル・シュタイナー。龍太の仲間の一人であるジョシュアの祖父だ。


「問わずともお分かりでしょう。我ら白龍教は、いついかなる時も白龍様のお味方である。そこを違えることはありません」

「それは、彼女が世界の敵となってもかい?」

「愚問ですな」


 わかりきっていた答えだ。時間稼ぎにもなりやしない。もう少しこちらの考えを汲んでくれてもいいものを。

 いや、それは酷か。なにせあの少女の考えまで見通せと言っているようなものだ。


「ほう、つまりは白龍教そのものが、世界の敵に回ると言うのだな?」

「はて、それは誤解というものですな、皇帝陛下。白龍様は世界の敵になどなりませぬ。あなた方がここでどのような結論をお出ししたとしても。であるなら、我々白龍教が世界の敵になどなりようもありませぬよ」

「この期に及んでまだそのようなことを言うか! 先の映像を見ただろう! バハムートセイバーは異世界人アカギリュウタと白龍ハクアが誓約龍魂(エンゲージ)した姿だ! そのバハムートセイバーが、我が帝国を荒らし、巫女まで手にかけたと言うのだぞ!」

「随分と必死なご様子で。お見苦しいですぞ」


 枢機卿は揺るがない。

 崇拝すべきハクアが間違っていないと、本気で信じている。


「ええ、本当に。あまりみなさまにお見苦しい姿をお見せするものではありませんわ、皇帝陛下」


 そして、ようやく。

 蒼の待っていた人物が現れてくれた。


 会議場の中心に、銀の炎が揺れる。

 陽炎の先から現れるのは、まるで夜会に向かうような豪華なドレスを身に纏った少女と、少女を守るように側に立つ、オレンジの瞳を持つ仮面を被った黒いロングコートの女性。


「何者だ⁉︎」

「衛兵! 侵入者だ!」

「警備はなにをしていた!」


 扉の外から雪崩れ込んできた兵士たちは、みなドラグニアの兵士だ。彼らは乱入者の片割れ、仮面の女性を見て頬を引き攣らせる。その正体に気づき、その強さを知っているから。


 兵士たちが二の足を踏んでいる中で、少女が優雅にカーテシーを取る。


「初めまして、わたくしはルビリスタ・ローゼンハイツ。ネーベル帝国ローゼンハイツ公爵家長女であり、帝国革命軍参謀、今はあなた方が世界の敵と論じているアカギリュウタ率いる、暁の明星(アルゴナウティカ)の一員。魔導戦艦クレセント艦長を務めております」


 肩書きが多いですね。

 そう言って微笑む少女の気品に、大の大人たちが気圧されて誰も何も言えないでいる。


「本日はみなさまにひとつ、我らの意思をお伝えするために参りました」

「アカギリュウタの代弁者、と。そう捉えていいのだな?」

「ええ、もちろんでございます、ルシア陛下」


 では、と。ひとつ咳払いが挟まれる。

 誰かが息を呑んだ音が聞こえた。誰もが彼女の言葉を待っている。

 それひとつで、この混乱した会議に終止符が打たれるかもしれないのだ。


「我ら暁の明星(アルゴナウティカ)の敵はスペリオルであり、やつらを倒すためなら世界の敵になろうと構わない。どっからでもかかって来い、だそうです」


 絶対そこまでは言ってないな。

 蒼は確信した。


「なるほど、自らが世界の敵であることは否定しないと?」

「解釈にお任せいたしますわ」

「だそうだが。どうする、ネーベル皇帝」

「ふん、どうするもこうするもない。自ら認めるのであれば越したことはないだろう」

「ああそういえば、先ほど皇帝陛下がお見せになられた映像ですが」


 再び、先ほどの映像が宙に投影される。

 だが、先ほどと全く同じではない。映されているのはバハムートセイバーだけではなく、やつと対峙するように立っている女性がひとり。


 誰がどう見ても明らかだ。

 映像の中の女性と、アカギリュウタの仲間としてこの場に現れた仮面の女性が、全くの同一人物だと。


「これはどう説明するおつもりなのでしょう?」

「ふん、こんな映像は余は知らん。貴様らが偽造したのではないか?」

「まあ、そのように言われても仕方ありませんわね。ですが他の皆様方から見ればどうでしょう? どちらの映像が偽造されたものか、証拠も何もございませんもの」


 くすくすと微笑むルビーの言葉の通り、会議場では帝国を疑う言葉もちらほらと聞こえてくる。

 これでいい。ルビーの目的は、帝国の映像を完全に否定することではない。ただ、他の国に猜疑心を与えるだけでいいのだ。

 元から持っていた帝国への猜疑心を、強めるだけでいい。


「倒すべき敵はスペリオル。私たちの世界を侵略し、この世界すらも滅ぼそうとしている赤き龍。やつらと手を組んでいるのなら、そいつらだって容赦はしない」


 ずっとルビーに任せていた仮面の女性、桐生朱音が告げた言葉は、ひとつの楔のようなものだ。

 敵を見誤るなと、世界に対する忠告。


「改めて宣言いたしましょう。宣戦布告いたしましょう。世界に、帝国に、スペリオルに対して。我々は世界の敵になってでも、世界を守るために戦うと」


 高らかな宣告を、その場の誰もが嘘や偽りだと思わなかった。一見矛盾したその言葉は、紛れもなく彼女らの本心なのだと。

 言葉だけで納得させた。

 それだけの力が、ルビーの声には宿っていた。


 もはやこの場の誰も、ヘリオドールの言葉を間に受けたりはしていない。それどころか、世界中の国がネーベル帝国を敵として見ているだろう。


「君たちの言い分は分かった。真の敵はスペリオルであり、やつらと手を組んでる帝国だって。これは世界が荒れるね」

「タカナシアオイ! 貴様、何を勝手に納得しておる! 異世界人の分際で出過ぎた真似を……!」

「落ち着きなよ、皇帝陛下。君たち帝国は敵なのかもしれないけど、まずはこっちの対処が優先だ」


 徐に抜き身の刀を取り出す蒼は、その切先をルビーと朱音の二人に向ける。

 対して朱音はルビーを庇うように立ち、腰の刀に手をかけた。


「分かりやすくなったじゃないか。スペリオルと帝国、僕たち龍の巫女と追従してくれる国々、そして君たち暁の明星(アルゴナウティカ)。見事に勢力が三分割された」

「ルビーに上手く乗せられているだけな気もしますが」

「それは違いない。だけど、素直に納得してあげるわけにはいかなくてね。覚悟はして来たんだろう?」


 瞬間、蒼の姿が消えた。

 かと思えば朱音の目の前にいて、振り下ろされる刀を鞘から抜いた刀で受け止める。


「っ……! ニコルさん! ルビーを頼みます!」

「任されました」

「ちょっと蒼さん! 朱音ちゃん! 外でやってくださいよ!」

「だってさ、朱音。みんなに見えるように、派手に本気で戦ってみようか」

「くっ……!」


 足元に魔法陣。突き上げるような衝撃が襲って来て、漆黒のロングコートが天井を突き破り、上空へ投げ出される。


 会議場が城の最上階だったから、首を上に向ければ二人の戦いはすぐに目に入るだろう。

 とはいえ、時界制御を用いる朱音と光の速さで動ける蒼の戦闘を、果たして何人が目で追えているのかは分からないが。


「ハハハハハ! いやはや、なんとも愉快な展開になって来たではないか!」


 一方、会議場では。

 この場で王以上に、巫女以上に重要な人物が実に楽しそうな笑い声を上げていた。


 天龍アヴァロン。

 唯一巫女を持たずに、己の肉体を持つ龍神。


「これのどこが愉快だと言うのだ……我々帝国は、やつらに世界の敵扱いされたのだぞ!」

「それが真実かどうかは、まあ、調査する必要があるのう。なあ、ルシア?」

「天龍様のおっしゃる通りだ。やましいところがなにもないのなら、受け入れてくれるだろう?」

「おのれ……」


 やましいことがあります、と言っているようなものだ。

 ルビーとしては狙い通りすぎてしめしめどころか怖いくらいなのだが、作戦通りにいくに越したことはない。


「……かくなる上は、仕方あるまい。どうせ遅かれ早かれだ。ローゼンハイツの娘、貴様は知っているか?」


 唐突に皇帝から水を向けられて、ルビーは思わず首を傾げる。

 心当たりは有り余るほどにある。公爵家取り潰しとか言われても仕方ない。母親には悪いが、これからは革命軍の方に本腰を入れてもらおう。それに、宰相である母親が突然抜ければ、国は混乱するだけだ。


 だが、皇帝の言葉はルビーの予想から大きく外れて。


「余の娘であるネーベル帝国第一皇女、ガーネット・リ・ネーベルが生きていることを」

「え……?」


 それは、脳を直接叩かれるような。

 ルビーにとって、それほどの衝撃だった。

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