世界会議 1
天空都市ケルディムに来て二日目。
昨日起きたことはその日のうちに全員と共有済みで、朱音の方からアヴァロンやアダムたちに報告してくれたらしい。
だから全員が揃った朝食の席では、きっとその話になるだろうと思っていたのだが。
「そろそろさ、チーム名みたいなの決めといた方がいいと思うんだよね」
「なんすかそれ」
誰よりも多く、それでいて誰よりも早く朝食を食べ終わった朱音が、唐突にそんなことを言ってきた。
宿泊しているホテルのレストラン内だ。ケルディムという国の特性に加えて、昨今の情勢もあるからか。龍太たち以外に宿泊客は見当たらない。精々がスタッフの人たちだが、その人たちも普段は国の重鎮を相手に料理を振る舞ったり、接客したりしてるプロだ。静かに、微動だにせず、直立不動のまま。こちらに聞き耳を立てるようなこともない。
「ほら、私たちもそれなりに大所帯になったじゃん。しかもみんな、割と出自がバラバラで」
言われてみると、たしかに。
学園を出て数日はだだっ広い魔導戦艦で過ごしていたから、あまり大所帯という実感はなかったけれど。最初の、ハクアと二人きりの頃に比べたら、随分と人が増えた。
しかもそれぞれ、立場も出自もバラバラ。
異世界人が三人に、信仰の対象にすらなっている白龍様。魔導師ギルドの二人と、龍の巫女。おまけに帝国の公爵令嬢に白龍教枢機卿の孫。その帝国に滅ぼされた国の王子王女の双子まで。全世界からトップに等しい者たちが集まってしまっている。
「てなると、今後名乗る時とかに必要でしょ? 組織としてのかっこいい名前がさ」
「理屈は分かるけれど……」
苦笑するハクアは、きっと龍太と同じ気持ちだろう。そしてそれは朱音もわかっているのか、大丈夫大丈夫、と笑って言った。
「スペリオルのことなら気にしないでいいよ。この国への侵入方法はヒスイの魔眼だろうし、そうなるとあまり戦力も送り込めてないはずだから。アダムさんに任せてるしね」
「だったらいいんすけど。にしても急じゃないっすか?」
「そう? どうせ世界会議で勝手に名付けられるだろうし、だったらこっちから名乗った方がいいでしょ?」
それはまあ、そう、なのか?
いまいち釈然としない気持ちもあるが、朱音は別に間違ったことを言っているわけでもない。
ちなみに世界会議とは、読んでその名の如くである。世界各国の重鎮が一同に介して、主に龍の巫女が必要となるような世界の敵に対する会議を開く。
その規模の脅威がぽんぽんと出てこられても困るし、実際そんな頻度で出てくることはまあないので、この会議自体もおよそ百年前の第一回から今回で四度目になるらしい。
「その世界会議について、少しは話しておいた方がいいんじゃないか?」
「たしかにそうね。なにせ前代未聞でしょうし」
ジンとクレナがそう言うわけは、可愛らしく朝食のパンを頬張っている少女にあった。
全員から視線を向けられたローラは、口の中の物を飲み込むとこてんと首を傾げる。
「ローラがどうかしたんだよ?」
「本人に自覚があらへんやんけ」
「まあ、ローラは巫女になってまだ日が浅いから」
ソフィアのツッコミには丈瑠がフォローを入れた。でもたしかに、なんでローラ本人がその辺無頓着なのか。
そう、クレナの言う前代未聞とは、世界の敵として議論するべき対象に、世界の守り手であるはずの巫女が含まれていることだ。
これは、この世界の在り方を根底から覆してしまう。
そもそも龍の巫女とは、百年戦争と呼ばれる人間とドラゴンの争いが終結した後、その後の世界を守るために初代の巫女たちが龍神をその身に宿した、いわば超法規的な個人を指す。
世界を守る。
言ってしまえば、龍の巫女の存在理由はただそれだけに尽きる。
だというのに。その巫女のひとりが敵の一味で、おまけに本人には自覚がないときた。
「む、別に自覚がないわけじゃないんだよ。でもローラは、巫女の使命を忘れたわけでも、放棄したわけでもないんだよ」
だから彼女はここにいる。幼なくとも立派な龍の巫女。その誇りもあることだろう。
ただ、身近な人たちが分かってくれても、世間はそう見ないと言う話だ。
「中堅国家には変にプライドの高いところがあるからな。ローラのことで、ドラグニアやら巫女様方やらに変な難癖つけるやつも出てくると思うぞ」
「なにも知らない人たちから見たら、ローラ様は使命を放棄した裏切り者の大罪人として映るでしょうから」
イグナシオとジョシュアの言葉に、ローラはぷくぅ、と頬を膨らませる。可愛い。
「ルビー! ジョシュアがローラのこと虐めるんだよ!」
「はいはい」
「ルビーも辛辣だ!」
最年少二人組のやり取りにほんわかとした空気が流れる。
意外なのが、この二人が随分と仲良くなっていたことだ。同性の同い年ではあるけど、天然であざとく可愛いローラと、猫を被りまくったルビーでは相性が悪いかと思っていたのだが。
実際はそんなことなく。ローラが元気に突撃してルビーが軽くあしらう、そんな光景がこれまでも何度か目撃された。
周りからの視線に気付いたのか、ちょっと頬を赤くしたルビーがこほんとひとつ咳払いを挟み、話を戻した。
「アカネさんの言っていることは、なにも世界会議の件と無関係ってわけじゃないんですよ。ていうか、今更そのことに関して話し合ってもどうにもならないです」
「どういうことだ?」
「忘れたんですかせんぱい? 自分がやらかしかこと」
「いや、忘れてはないけどさ」
「ていうかですね、今日の午後からなんですよ、その会議が」
『はぁ⁉︎』
ほぼ全員の声が重なった。
驚いていないのは、朱音と丈瑠、ローラの三人くらいだ。
たしかにルビーの言う通り、龍太自身のやらかしたことを考えると、結論はすでに出ているようなもの。しかし、一行の今後が決まる重要な会議でもある。どうして当の本人たちが、そのことを当日まで知らされていないのか。
という驚きだったのだが、どうやら龍太以外は別のところで驚いていたらしく。
「それは、少し早すぎないかしら? あれからまだ一週間よ?」
「各国の国家元首か、それに近い者たちが集まるんだ。会議に出席する者たちのみならず、その警備や開催場所のスケジュールなど、一週間で全ての準備が終わるとは思えないぞ」
「終わっちゃったんだよねぇ、それが」
こうも開催が早くなってしまったのには、理由が三つあるらしい。
まずひとつは、バハムートセイバーの暴れた場所に、様々な国の貴族が集まっていたこと。貴族だけではなく、中には王族が来ている国もあった。そんな中で起きた事件は、世界各国を焦らせるのに十分だったらしい。
そして二つ目に、バハムートセイバーが具体的になにをやらかしてしまったのか。
つまり、龍の巫女二名の撃破。
人類最強が学園諸島に来て、ようやく止まったのだ。その事実はすでに周知されている。となると、いくら警備を用意したところで無駄。むしろアリスのパートナーとして参加する蒼が、最大にして唯一の警備となってしまう。
まあそれでも、各国首脳が集まるのだ。厳重警備には変わりないし、それぞれそれなりの護衛を連れてくることだろう。
最後の三つ目は、ドラグニアが早急な開催を打診したことにある。
開催場所もドラグニアであり、その王城で行われる。ご存知最大最強の国だ。いくら国同士の関係はほとんどが対等のものとは言え、その打診を無碍にするわけにもいかない。結果として中堅国、弱小国の首脳陣はスケジュール管理に四苦八苦することになってしまったそう。
ドラグニアであれば警備も問題ない。最強の名は伊達ではなく、駐留軍の練度も並じゃないのだ。一週間もあれば十分。
以上三つの理由で、世界会議は早くも今日の午後から開催されることになってしまった。
「ドラグニアが各国に打診したなら仕方ない、のか?」
「にしたって、そもそもの話なんでドラグニアはそない早うに進めたがっとんのや?」
「裏工作の隙を与えないために、ですね」
「その通り」
ジョシュアの答えに頷いたのはルビーだ。さすが公爵令嬢だけあって、やはりこの手の話には強い。
「こういう大事な会議は、事前にある程度の結論を出しておくものです。国の行く末を決めるようなこととか、あるいは国家同士の大事な取り決めをしたりする場合は、特に。でも世界会議はそうもいかない。中堅国以上の属国になっている国以外は、ほぼ全ての国が参加します。どうしても参加できない国や、完全に任せるというスタンスの国も少なからずいますから、少なく見積もっても参加国は五十ほどでしょう。それだけ集まると、考えの相容れない国もあればかつての敵国同士なんかもあります。必然的に、派閥が生まれるわけです」
例えば、どの大国と隣接しているか。どの大陸に領土があるか。簡単で分かりやすいところで言えば、その程度のことでも派閥が生まれる。
さらには国の設立が百年戦争以前、以降でも分かれることがあるし、政治体制や宗教などによる対立は根深い問題として残っている。
世界の敵が現れました、今から一致団結しましょう。
そうはならないのが、政治の世界。
どうにかして利権を勝ち取り、他国より優位に立とうと考えるのは、国を治めるものなら多少なりとも同じらしい。
逆に、そんなもの意にも介さないのが、ドラグニアを始めとした超大国だ。
ドラグニア神聖王国、ノウム連邦、ネーベル帝国の三カ国。
以前ならここにローグも名を連ねていた。
加えて、完全に独立した中立地帯である聖地ノヴァクも、ここに該当する。
「派閥が生まれると、少しでも味方を増やそうとするものです。そのために裏工作はいくらでも行われるでしょうし、非合法でないのなら大国が表立って批判するわけにもいかない。だったらそんな時間を与えないために、こうまで早めたわけです」
「俺が言うのもなんだけど、世界の敵について話す会議でそんなことしても仕方なくないか?」
みんなで一致団結しようと言うところに、己の利益しか考えないやつ。そういうやつは間違いなく、足並みを乱す。例え一人だけ、一国だけだったとしても。そのひとつの乱れが致命的になる。なにせ相手は世界の敵だ。最強戦力の巫女を動員させねば対処できないと、世界全体が判断した相手だ。
まず間違いなく、その乱れは隙になる。
狙ってくださいと言っているようなものなのだから、足並みを揃えられない国が真っ先に落とされ、その結果被害を受けるのは国が守るべき国民たちだ。その次に周辺諸国。やがて世界全体へと波及してしまう恐れもある。
龍太は政治が分からない。
などと言えば全裸で走り回る羊飼いじみている気もするが、実際に政治とは無関係な世界で生きてきた。
そんな龍太でも簡単に分かることを、政治の世界に身を置くものたちが分からないわけがないはずなのだけど。
「どの世界、どの国にもいるんだよ、龍太くん。欲望に溺れて先を見通せない愚か者っていうのはさ」
「特に中堅国家の場合、ほとんどの国が戦時には矢面に立ちませんからね。龍の巫女と魔導師ギルドを中心に、数的不利を被る場合は大国の訓練された精鋭の軍がいる。だから、世界の敵と言われても実感がないんですよ。どれだけの脅威なのか、具体的に理解できていない。だから終わった後の自国の利益を得ようと、大国にすり寄る」
はあぁぁぁ……と、重すぎるため息を漏らす朱音とルビー。
ルビーはまあまだ分かるけど、朱音までそんなに実感が籠っているのはなぜだろう。少なくとも、現代日本では中々ないと思うのだが。
気になったけど、聞くのはやめておいた。裏社会のなんやかんやとか教えられても困るから。
「まあいいです。どうせそういう輩はどれだけ駆逐しても湧いてきますから。ゴキと一緒です」
「ひでぇ言われようだな……」
「実際そんな感じですから。それで、えっと、なんの話でしたっけ?」
「チーム名」
ああ、そうでした。と、割とどうでも良さそうなルビーに、朱音は不満顔。どうも朱音が決めたいだけのようだ。
「そのチーム名が、世界会議と無関係じゃないって話でしょ。それで、結局どう関係してくるわけ?」
「あたしとアカネさんで、世界会議に乱入して喧嘩売って来ようと思ってるんですよ」
サラッと告げられたそれに、驚きの声はどこからも上がらなかった。驚きすぎて声を失ったというのが適切だ。しかも今度は、二人以外の全員が。
丈瑠もジョシュアも、ローラまで。全員、空いた口が塞がらない。
「ま、待って朱音。その話、僕聞いてないけど?」
「お嬢様! 私も知らされていません! どういうおつもりですか⁉︎」
真っ先に我に帰ったのは、丈瑠とジョシュアの二人だ。
大体の場合、この二人は話を共有しているのだが。今回に限っては、丈瑠もジョシュアも初耳だという。
いやそれよりも。
「あなたたち、正気? 世界会議の場には、龍の巫女とそのパートナーが全員揃っている。当然ケルディムも参加するから、本物の龍神もいる。つまり、世界最高戦力全てが揃っている場で、宣戦布告するのよ?」
そう、そこだ。蒼やアリスがいかに朱音と親しい仲とはいえ、世界の敵として認定しようという当の本人たちが現れたら、戦いは避けられない。
そしてなんの疑いようもなく、小鳥遊蒼は人類最強に相応しい力を持っている。龍太がその身をもって味わった。
だが朱音もルビーもあっけらかんとしたもので。
「もちろん正気だよ、ハクア。そしてだからこそ、これは私とルビーの二人だけじゃないとダメなんだ。ルビーひとりならまだしも、二人以上は庇いながら戦えないしね」
「アカネさんだったら、巫女や魔人相手でも勝てるってことか?」
「そうじゃないんだ、イグナシオ。巫女の方はまあ、勝てると思うけど、蒼さんとアリスさんには、間違いなく勝てない」
「だったら──」
「でも私は、防御に徹したら絶対に死なない。逃げに徹したら確実に逃げ切れる。例えあの二人が相手で、お荷物がひとりいてもね」
大いに自信の宿った言葉は心強い限りだ。
だけど、肝心なところを聞いていない。
「せやったら、なんのためにそんなことしはるんです? うちらが世界の敵にならんにこしたことはないやろし、喧嘩売れば間違いなく認定待ったなしやん」
「そうですね。みなさんは、この世界会議の結果で最悪の展開は、なんだと思います?」
正直、世界の敵認定よりも下があるとは思いたくないのだが。ルビーの口振りからするに、あるのだろう。最悪中の最悪が。
「まだ解決していないスペリオルの件が有耶無耶になってしまう、だな」
「はい、ジンさん正解です」
いやいや、さすがにそれはないだろう。
だってスペリオルは現在進行形で、今まさにこうしている間にも、どこかで誰かを傷つけているかもしれないのに。
「といっても、ドラグニアや龍の巫女がいる以上、その確率は限りなく低いよね」
「まあ、そうよね。魔導師ギルドはそれぞれ手分けしてスペリオル殲滅に動いてたわけだし、龍太の件の発端にしたって、スペリオルが絡んでるじゃない」
「はい、タケルさんとクレナさんのおっしゃる通り、スペリオル、延いては赤き龍の件が有耶無耶になってしまうことはないでしょう。やつらは全ての元凶です。せんぱいと違って、間違いなく倒すべき敵だと、巫女たちも誰もが理解してます」
だったら、最悪のパターンではあるが考慮しないでもいい。なにせ赤き龍は十年前から異世界、龍太たちの世界で暗躍し、キリの人間と戦っていた。その異世界出身である蒼とその妻として長く異世界に滞在していたアリスがいる限り、有耶無耶にされるわけがない。
ならば、考慮しなければならない中での最悪とはなにか。
「有耶無耶にされることはない。でも、全ての罪をせんぱいに被せようと動くやつは、絶対にいます」
「それは……」
まあ、いるだろう。
なにせスペリオルの首領、赤き龍だと思われていたやつは、龍太自身に他ならなかったのだから。
だがしかし、その事実を知っているものはごく一部のはず。
この場にいる全員と、おそらくは巫女たち。可能性で言えば、ドラグニアの国王や帝国革命軍に合流している魔女も。
そのうちの誰かが、迂闊に事実を口にするとは思えない。魔女に至っては、世界会議の場にすら出ないし。
となると、一体誰が龍太に罪を着せようと動くのか。
少し考えるだけで、答えに至った。
だって朱音がこの事実を知ったのは、いつどこで、どのような状況だった?
「帝国ね」
つぶやいたハクアに、ルビーは両手を挙げて肩をすくめるオーバーリアクション。
「愛すべき我が祖国は、いつだってクソみたいなことしかしませんから」
言葉遣いがかなり荒いあたり、ルビーも憤りを感じているらしい。
いや、彼女の過去を聞いている身としては、それも当然かと思ってしまう。
「帝国はドラゴン排他主義の国ですが、世界会議には出席します。一丁前にドラグニアとこれ以上の関係悪化を恐れてるんですよ。戦争したら勝てないことは、既に身をもって分からされてますからね」
「しかも今は革命軍との内乱で、国内情勢もよろしくない。一歩間違えれば、自分たちが世界の敵になる。巫女を送り込まれる大義名分を与えてしまう。だからこれは、逆にチャンスでもあるんだ」
ああ、なるほど。ようやく話が見えてきた。
ルビーの考えが外れていなければ、帝国は龍太にスペリオルの件の罪も被せようとする。その証拠として、アカギリュウタのことを引き合いに出すだろう。やつが変身したらしい、バハムートセイバーのことも。
だが他の国からすれば、なぜその事実を帝国が知っているのか、疑問に思うはずだ。
おまけにアカギリュウタが変身したのは、朱音と戦っている時。味方同士、同じ世界の敵の一味であるはずの朱音と。
おまけに、革命軍との戦闘に、明らかに帝国軍側として現れていたスカーデッド。言い逃れの余地はない。
「というわけで、帝国がせんぱいに濡れ衣を着せようとするなら、逆にあたしたちが帝国を糾弾してやりましょう!」
「なるほど……最初からそれが目的でついて来てたってわけだ」
「やだなぁ、イグナシオ先輩。別にそれだけが目的ってわけじゃないですよー」
今まで東の大陸に引き篭もっていた帝国を、世界の舞台に引き摺り出す。そうすることで、革命軍側に大義があると、世界中に認識させる。
革命軍参謀としてのルビーの思惑は、そんなところだろう。
「だが、そんな簡単に行くか? 帝国は腐ってもドラグニアと並ぶほどの大国だ。ルビーやアカネのその作戦は、帝国がなにも知らなかった場合の話だろう?」
ジンの指摘は尤もで、作戦通りにことを運ぶためには、まず大前提として帝国が何も知らないことだ。
つまり、ドラグニアや龍の巫女たちが、どの程度の情報を掴んでいるのか。これを理解できていない場合の話。
だって、普通に考えればまずあり得ないだろう。アカギリュウタによるバハムートセイバーへの変身を切り口にして龍太を陥れる。まあ、着眼点は悪くないと思う。でも全て知っている身からすると、矛盾だらけなのだ。
朱音と戦っていることも、スカーデッドが帝国軍と行動していることも。
まるで自分の首を自分で締めているようにしか見えない。
全て知っているからこそ、そう思えるのかもしれない。翻ってそれは、なにも知らなければその手で来るだろうとも十分考えられる。
「実際知らないんですよ、帝国は。そもそも、知る術がない。だって考えてもみてください。この場の全員以外で一部始終を理解しているのは、龍の巫女とドラグニアの首脳部だけ。そのドラグニアだって、国に駐在してる巫女がドラグニアの王族だったから偶然知れたようなものです。巫女がいない、ましてやドラゴンを毛嫌いしている帝国は、どうやっても知ることができないんですよ」
おまけに革命軍との戦闘、一時参戦した朱音たちや今も戦っている魔女たちのおかげで、帝国には余裕がない。
それもこれも、龍太を陥れることができれば解決できると踏んでいるのだろう。
龍太の仲間である朱音が革命軍に一時でも所属していた以上、革命軍すらも世界の敵の一味だと難癖つけて大義を得て、それで他国が味方してくれる。内乱も収めることができると。
「馬鹿馬鹿しい。軍務が実権を握ってると、子供でも分かるような落とし穴に引っかかる。まあ、どうせスペリオルが裏で糸を引いてるんでしょうけど」
吐き捨てるようなルビーの言葉には、隠すつもりもない苛立ちと憎悪が混じっていた。
朱音はそちらを気遣わしげに見つつ、説明に補足を入れてくれる。
「多分だけど、ドラグニアが早急に打診したのは、帝国のことも多少なりともあるよ。やつらにほんの少しの情報も与えないように、ってね。ただ、話の腰を折るようで悪いんだけど、ネーベル帝国がその場で世界の敵として認定されることはないと思ってて欲しいんだ」
「えっ、そのために喧嘩売りに行くのに?」
「それこそ、話の腰を折っちゃうからだよ」
赤城龍太とその一味。バハムートセイバー。
これらが世界の敵となり得るかどうか、それを判断するために開催されるのだ。それをその一味が乱入して来て、帝国を糾弾する。
巫女たちはまだしも、各国の国家元首たちはどう判断するか。いや、その場で判断できるか。会議場は混乱に陥るだろうし、帝国と必死に否定してくるはず。
「だから帝国に関しては、世界各国に猜疑心を持たせる、いや元から持ってるだろうから、それを強めるくらいが関の山だと思う」
「その代わり、はっきりと宣言するんです。断言するんです。今この世界を脅かしているのはスペリオル、赤き龍なのだと」
「そういうわけだから、そこでカッコよく名乗るために私たちのチーム名が必要ってわけ!」
あ、結局そこに話が戻るのね。てかもう、そうなると朱音の我儘じゃん。
「いきなり考えろ言われても、簡単には出て来ませんよ」
「愚妹の言う通り、出来れば昨日のうちに言っといて欲しかったですね」
「てかもう、朱音さんが勝手に考えればいいんじゃないすか?」
「なんでみんなそんなにノリ悪いの……」
「ローラはお姉ちゃんの味方なんだよ!」
ノリが悪いとかじゃなくてさ。真剣な話してたからそういうの決める雰囲気になれないというか、ソフィアの言うように、せめて昨日から言っといてくれたら。龍太だって、渾身のネーミングセンスを炸裂させていたのに。
「じゃ、あたしとアカネさんでてきとーに決めときますね。ほらアカネさん、そろそろ準備しに行きますよー」
「お、お嬢様! 本当にお二人だけで行ってしまわれるのですか! お嬢様ー!」
肩を落とした朱音を伴って、ルビーは先にレストランを出て行く。今更止めることもできず、全員でその背中を見送った。
ジョシュアがただひとり最後まで煩かったけど。