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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第五章 エンゲージ
112/117

魔眼龍 1

 東のネーベル大陸に位置する巨大な国家、ネーベル帝国は、大陸の名前がつけられている通り本当に巨大だ。

 大陸のおよそ七割近くが帝国領土であり、国土だけで言えばドラグニア神聖王国すらも凌駕する。その殆どが、他国への侵略によって得た領土だ。すなわち軍事力も相当なものであり、帝国独自の魔導兵器も数多く生み出されている。それでもドラグニアに及ばないとされているのは、やはりドラゴンの存在なのだが、それはさておき。


 ネーベル帝国の帝都フェルスパーは、中央大陸や南の大陸とはまた違った建築様式の建物が並んでいる。その高さも、異世界のそれと遜色のないものだ。なにせドラゴンがいない。高層ビルがいくつも立ち並ぶその街並みは、奇しくも赤城龍太が現在滞在しているケルディムと似たようなもの。

 しかしどれも華美な装飾や電飾に彩られ、夜であるこの時間はまさしく絢爛豪華の摩天楼と言えるだろう。


 特に帝都の最奥に位置し、山脈を背に聳える帝城は顕著だ。

 その帝城の一室にあって街を見下ろす青龍ヘルヘイムは、そっとため息を吐いた。


 この人工的な光に彩られた街に飽き足らず、今もなお領土を広げようと言うのだ。そのために、世界の敵であるスペリオルすらも利用する。その強欲にはいっそ尊敬の念すら覚える。


「待たせたな、ヘルヘイム」


 部屋の扉を開けて入ってきたのは、ヘルヘイムが王と仰ぐ少年。しかしスペリオルのメンバーでもその正体を知るものはごく一部。

 メイド服を着た幼女、黄龍ヨミを伴ったアカギリュウタは、傅くヘルヘイムに楽にしろと告げる。


「皇帝陛下のご様子はいかがでしたかな?」

「随分とご機嫌斜めだったよ。反乱軍の抵抗がここまでとは、考えてもいなかったらしい。というより、帝国軍が負けることが、かな」


 肩を竦めるアカギリュウタは、その表情に侮蔑の色を滲ませる。本当にあの少年と同一人物なのかと、思わず疑ってしまう。


「どこの世界のどんな時代にも、あの手の愚王は沸くもんだな。仮にここから巻き返したとしても、現段階の帝国軍の損害はもう取り返しがつかない。反乱軍を壊滅させても勝利とは言えないだろう」


 正直言って、軍の損耗率は帝国軍の方が大きいのだ。ただ敵に殺されるだけならまだしも、中には離反する兵士までいる。

 帝国軍の強みは数にある。平均より少し優秀程度の兵士を多く揃え、高性能な魔導兵器を同じだけ用意し、包囲殲滅することでこれまでの侵略戦争を勝ち抜いてきた。


 だが、この世界の戦争は個が群を圧倒することもある。

 たった一人の魔導師が何千、何万の兵士を皆殺しにしてしまうことが、起こり得る。

 今回の反乱軍がそれだ。


「桐生朱音、大和丈瑠、桃瀬桃、黒霧緋桜。異世界の魔術師四人に、帝国軍はほぼ壊滅状態。領土は次々に奪い返されて、帝都に迫るのも時間の問題」

「帝国は見捨てるので?」

「いや、最後の最後まで利用させてもらう」


 その真意が分からない。

 目の前にいるのは赤き龍ではなく、その力と名前を継承した別人だ。世界の変革を望むわけではなく、帝国を利用してこの大陸に戦果を拡大し続けるだけ。

 自らの王であることに違いはなく、従ってはいるが。果たして、なにを目的としているのか。


「それで、あいつらはどうしてる?」

「ケルディムに入られたようです。魔眼の娘を向かわせる手筈となっておりますが」

「ヒスイか……スカーデッドを何体かつけておけ。あいつ一人じゃ荷が重い」

「回りくどい。王様、わたしが行って消してくるのじゃダメ?」

「ダメだ。ヨミじゃあの二人に勝てない」


 あの二人とは、バハムートセイバーのことを言っているわけじゃない。


 イブ・バレンタインとアダム・グレイス。

 目の前の少年と同じ、枠外の存在と呼ばれるものたち。


 あらゆる世界から拒絶される二人は、実に厄介な体質を有している。

 特に、イブ・バレンタインは赤き龍の『変革』と相性が最悪だ。そこから分たれた形で力を授けられたヨミとヘルヘイムも同じく。


「あの力も厄介ではあるが、なにより戦闘能力がずば抜けてる。正面からぶつかれば、誰も勝てない」


 それでもあちらが攻めてこないのは、枠外の存在故にこの世界の根幹に関わるところまで介入できないからだ。

 降りかかる火の粉は払うだろう。バハムートセイバーを始めとした敵の手助けはするだろう。だがそれだけ。こちらから無用な手出しをしなければ、彼女らは表舞台に立たない。


「しかし王よ、あなたの話によれば、やつらは異世界を解放する算段をつけているのでしょう。そのためにはあの二人が必要だとも仰っておりましたが、そちらは阻止しないつもりで?」

「放置していて問題ない。どうせ龍の力を使えない奴らだ。大した脅威にはならないからな」


 それは楽観視しすぎなのではなかろうか。

 たしかに、ヘルヘイムとヨミは龍の力、それも現代に多くいるドラゴンとは違う、特別な龍の力でなければ傷一つつかない。

 龍の巫女や龍神が作った魔導具、あるいはバハムートセイバーのような例外的な存在でもない限り。


 しかし、ヘルヘイムが知る限りでも、異世界の魔術師はいずれも強大な力を持っている。

 先ほど挙げた四人もかなり厄介だが、さらにその上、人類最強の魔人までいる。あのレベルにまでなると、龍の力云々は関係なくなってくるのだ。


 キリの力とやらは問題ない。異世界の魔術も対処できる。

 だが、あの魔人に出てこられたら。

 ヘルヘイムもヨミも、王である少年すら、無傷では済まないだろう。


 そんな心配もよそに、少年は今後の計画を話す。彼にはなにか考えがある。そう信じる他ない。


「あいつらが誓約龍魂(エンゲージ)を結び直すのは、俺たちにも必要だ。魔王の心臓(ラビリンス)の完全覚醒にはそこを省くわけにもいかないからな。ユートピアの出方は気になるが、いざとなれば俺が対処できる」

「覚醒後の魔王の心臓(ラビリンス)をどのようにして確保するのか、が問題ですな」


 魔王の心臓(ラビリンス)の覚醒とはすなわち、バハムートセイバーの強化を意味する。

 恐らくだが、やつらはあの暴走状態を制御するつもりなのだろう。それが叶ってしまえば、かなり骨が折れる。少なくとも、ヘルヘイムと詩音のドラグーンアヴェンジャーでは太刀打ちできない。


 かと言って、ヘルヘイムが単身挑んでも同じだ。正直ドラグーンアヴェンジャーに変身するより、ヘルヘイム一人の方が力は上。詩音に合わせているから仕方ないのだが、それでも、バハムートセイバーのあの特殊能力を突破できない。


 いやそれ以前に、今のヘルヘイムは東雲詩音のパートナーだ。彼女と誓約龍魂(エンゲージ)を結んだその日から、彼女の支えになろうと決めた。

 ならば、バハムートセイバーに挑むのは二人でなければならない。


「ま、なるようになるだろ」

「随分と楽観的なようで……」

「今はまだな。ああそれと、詩音の様子はどうだ?」


 何気なく聞いてきたのは、かつての幼馴染について。

 だけど、それは心配してるからとか、そういったものじゃない。


「学園諸島でのことが堪えている様子でして……今はまだ部屋にこもっておられます」

「そうか。洗脳の手間が省けたのは良かったが、やはりこう言う弊害があるもんだな。使えなくなるのも時間の問題か。もしもの時は処理を任せるぞ、ヘルヘイム」

「……御意に」


 なんの情も乗っていない、淡々とした声。

 胸の内に、怒りとも違う言いようのない感情が湧き起こる。


 東雲詩音はヘルヘイムにとって、誓約龍魂(エンゲージ)を結んだ大切なパートナーだ。たしかに、赤城龍太と白龍ハクアのような、恋人に近い関係ではない。ヘルヘイムにとって、詩音は娘にも近い存在。

 大事にしてやりたい、彼女が望みを叶えるのを助けてやりたい。


 それはきっと、赤城龍太が幼馴染に抱いていた思いにも似ている。


 だが目の前にいる王は、もうかつての少年とは違うのだ。

 そのことがひどく悲しくて、やるせない気持ちになる。


「ヘルヘイム」

「……なんでございましょう」


 退室する直前。扉の前で立ち止まった王は、こちらに振り返ることもなく、臣下の名を呼ぶ。

 まさか、こちらの思考を見抜かれていたか。そう思い僅かに冷や汗が流れるが、しかしその心配は杞憂だったようで。


「お前は、お前が思う通りに動け」

「それは……」

「行くぞ、ヨミ」


 言葉の真意を尋ねる暇もなく、少年は部屋を出る。一人残されたヘルヘイムは、小さくため息を吐いた。


「私が思う通りに……あなたにはその意味が分かっているのでしょうね、王よ」


 ならば言われた通りに。いや、言われるまでもなく。思いのままにやらせてもらおう。

 そのための種はすでに蒔いているのだから。



 ◆



 ケルディムへやって来て二日目は、各自自由行動ということになっている。ホテルのレストランで揃って朝食を食べた後は、みんなそれぞれどこかへ向かったようだ。


 一方で龍太とハクアは、特にこれと言って予定を詰めているわけじゃない。ケルディムの観光に行こうとは決めたけれど、具体的にどこへ行くかは全くだ。


 そんなわけで動き出したのも正午に差し掛かろうという時間。ホテルの従業員からオススメの観光スポットを聞いて、市街地まで出ているバスに乗り込んだ。もちろんエルも一緒だ。


「ていうか、観光スポットとかあるんだな、この国」

「王族や高位の貴族なんかが来ることもあるみたいよ。あとは、普段地上に住んでいるエルフたちが来たりもするみたいね」

「限られてんなぁ……」


 普通の人間は一人もいない市街地を、ハクアと手を繋いで歩きながら、改めてこの国の特異性を考えてみる。


 恐らく他国との交易はあるだろうけど、それを除けば比較的閉鎖的な国だ。そもそも、この国に入る手段からしてかなり限られている。龍太たちのように直接乗り込んできたのは例外もいいところで、基本的には大国が管理している転移陣からの入国だ。

 朱音と丈瑠、アーサーもドラグニアの転移陣を利用したと言っていた。


 そしてなによりも、この街並み。

 ドラグニアやノウム連邦、ローグもたしかに、かなりの技術力を持つ国だった。龍太のような現代日本人が持つ異世界というイメージと比べて、この世界は全体的に科学技術の水準が高い。だからどの国も、元の世界と似通った風景を感じられた。


 けれどそれは、あくまでも似ているだけ。相違点なんて探せばいくらでも湧いて出てくる。

 だがこの街は違う。あまりにも似過ぎている、わけじゃない。いや、地上の国に比べればたしかに元の世界と似ている点は多い。しかしそれ以上に、なんというか。


「ところどころSFっぽいんだよな」

「えすえふ?」

「サイエンスフィクション。俺も詳しいわけじゃないから上手く説明できないけど、近未来的っていうかさ。たとえばほら、あそこ」


 龍太が指し示した先にあるのは、ここら一帯の地図が表示された電光掲示板、のようなもの。

 というのも、龍太が知っているそれと違って、完全にホログラムの立体映像が使われているから。少なくとも、液晶に映る画像や映像とは全く違う。


 建物の外観や道路、車など。そういったものは元の世界と近い形をしているのだけど。細々としたところでSFっぽさが顔を覗かせる。


 そしてそう言った、元の世界よりも高い技術力によるものを、龍太は地上の国では見たことがなかった。

 あくまでも、地上の国では。


「古代遺跡には似たようなのあったよな。それに、魔導戦艦のブリッジにも」

「ええ。そもそもケルディムは、国そのものが古代遺跡のようなものだもの」


 古代文明は今よりも遥かに高い水準の科学技術を確立していた。これはまず間違いない。

 そしてケルディムは、古代の頃から存在している。ハクアのいうように、国全体がひとつの古代遺跡と言っても過言ではない。


 この街並みも、古代文明が栄えていた当時から変わらないのだろう。

 具体的に何年前かは分からないけど、ハクアの年齢から推察するに、数万年は前のはず。そんなに長い年月を経ても、朽ちることなく残っているのだ。途方もなさすぎて、もはや驚くことすらできない。


「それで、結局これからどうしましょうか?」

「まずどっかで昼飯済ませるか」


 朝食も軽めだったし、時間的にもいい頃合いだ。どこにどんな店があるのかなんて全く知らないけど、現代日本とそう変わらない街並みなのだ。飲食店なんて探せばいくらでもあるだろう。


「ケルディムの料理ってどんなのがあるんだ?」

「基本はさっぱりとした味付けのものが多いかしら。住人の中で最も多い種族がエルフだから、その好みに寄っているのよ」

「やっぱりエルフって、菜食主義だったり?」

「いえ、エルフだからそうということはないわ。ドワーフも獣人も、人間と食事事情はあまり変わらないわよ」


 主義とまでは言わず、しかし種族ごとに好みの傾向というものはあるということか。人間が国によって異なるように。


 野菜は龍太も嫌いではない。もちろん肉の方が好きだけど、体を鍛える上では栄養バランスも重要になるし、当然野菜もちゃんと食べなければダメだ。

 ただ、味付けの好みとしてはどちらかと言うとさっぱりしたものより、それなりにこってりとしたものの方が好き。


 ただまあ、その辺は仕方ないか。この国の特色だというなら文句は言えない。

 と、そう思っていたのだけれど。

 ふと目に入った看板に、龍太は面食らってしまった。


「えぇ……マジかよ……」

「どうしたの?」


 それは、どんぶりの上で山盛りになっているもやしの写真だった。

 文字通り、もやしの山だ。斜面に添えられているのは二枚のチャーシュー。そしておそらく、龍太の知識が正しければ、もやしの下、どんぶりの中には極太の麺が沈んでいることだろう。スープは背脂やニンニクが多量に含まれた、コクのある豚骨に違いない。


 それ即ち、二郎系ラーメン。

 ラーメンそれ自体がこの世界にも存在していることは、学園諸島で知っていたけど。まさかこの天空の国に、よりによってこいつが上陸してしまっているとは。


「ここに入る?」

「え、いやハクア、このラーメンはあれだぞ? ラーメン初心者にはかなりキツいぞ?」

「でもリュータはここがいいのよね?」

「まあ……」


 ラーメンがガラパゴス的な発展を遂げた日本出身の者としては、異世界の二郎系がどの程度のものなのか、たしかに気になる。龍太自身もラーメンはかなり好きだ。

 しかしこの店は、学園諸島のラーメン屋のように色々選べるわけではなさそう。


 となると、ハクアにもこの山のようなもやしと戦ってもらうことになるのだけど。


「じゃあここにしましょうか」


 悩む間にも、ハクアに繋いだ手を引かれて店の中へと入ってしまう。

 店内はそう広いわけではなく、店員はたったの二人。鼻腔をくすぐる豚骨の匂いが、どこか懐かしい。


「いらっしゃいまげぇぇ⁉︎」

「あら」

「ん?」


 店員の一人が振り返って出迎えてくれたと思ったら、大きな声を上げて驚いていた。

 なにごとかと見やれば、その店員は見覚えのある人物で。


「うわ、シイナじゃん」

「アカギリュウタ! 貴様なぜここに!」

「昼飯食いに来ただけだって。お前こそなにやってんの?」

「見ればわかるだろう! 働いてるんだ!」


 親の仇を見るような目をしたエルフは、半袖のシャツを肩まで捲ってタオルを頭に巻いている、いかにもラーメン屋の店員っぽい格好をしていた。

 意外なところで再会してしまったものだが、今の龍太はラーメンを食べに来た客だ。滅多な真似はしないだろう。

 と、そう思っていたのだけど。


「ここで会ったが百年目! 大将、少し表に出てきます!」

「はぁ⁉︎」

「すぐに戻りなさいよ」

「もちろんです!」

「いや止めてくれよ!」


 ズカズカと店の外へ出ていくシイナ。その背中を見送って、ハクアと顔を見合わせる。


「どうする?」

「付き合ってあげてもいいのではないかしら?」

「つっても、思いっきり街中だぞ、ここ」


 昨日のように、歩行者もおらず他に車の通りもない閑静な場所とは違う。正真正銘街中、こんなところで騒ぎを起こせば、巻き添えに怪我人が出るかもしれない。


 だが、ここで無視してしまうのもどうなのだろう。どうせ今後も似たようなことが続いてしまうなら、一度ちゃんと話をつけておいた方がいいのではなかろうか。


「大丈夫よ、わたしがちゃんとお話ししてあげるから」

「まあ、しゃーないか」


 外に出ると、腕を組んで仁王立ちしているシイナ。虚空から弓を出現させて、龍太に敵意を向けてくる。


「さあ剣を抜けアカギリュウタ! 今日こそは貴様に白龍様のパートナーは務まらないと思い知らせてやる!」

「マジでここでやるつもりかよ」

「待ちなさいシイナ」


 腰に佩いた剣に手をかけたところで、ハクアが間に入った。


「あなたはなにか勘違いしているわ。リュータには、わたしからお願いしてパートナーになってもらっているの」

「白龍様は騙されているのです! その男の話は私も聞き及んでおります。ドリアナ学園諸島で暴れ回ったそうではないですか! それに、龍の巫女たちから世界の敵に認定されるかもしれないと!」


 まさか、もうケルディムまでその話が届いているとは。学園諸島で起きたことが思い起こされて、龍太は俯いてしまう。

 シイナの言葉は真実で、龍太は否定するための言葉を持たない。


 けれどハクアは、そんなリュータを庇うために、一歩も引かず言い返す。


「それはリュータのせいではないわ。それに、バハムートセイバーに変身していた時のことは、わたしにも責任がある。それがリュータの罪であるというなら、わたしの罪でもあるの」

「いいえ、そのようなはずはありません!」


 崇拝しているはずのハクアの言葉にすら耳を貸さず、叫び返すエルフの少女。

 通行人たちはなにごとかとこちらを奇異の視線で見ているが、シイナは周りの様子に全く気づいていない。


 やがて大きく後ろに跳躍して、道路を挟んだ向こう側の歩道で弓に魔力の矢を番えた。

 周囲の人たちもそれを見て異変に気づいたか、逃げるようにして散っていく。


「あのバカっ!」

「言って聞かないなら、力尽くで分かってもらいます!」


 容赦なく、番えた矢が放たれた。矢は途中で五本に分たれ、頭上から襲いくる。まだ逃げ遅れた人がいるというのに。


「集え!」


 短縮した詠唱で概念強化を纏い、跳躍。剣に魔力を込めて斬撃を飛ばし、三本は迎撃できた。


『Reload Explosion』


 残る二本は、素早く二発の弾丸を放ったハクアが撃ち落とす。

 空中で爆発。悲鳴があがり、双方の間を走っていた車は急ブレーキ。大きな事故には繋がっていない。怪我人も見た限りではいなさそうだ。


「なに考えてんだ! 周りの人たちに当たったらどうする⁉︎」

「ここは天空都市ケルディム! 自衛手段くらい住人のほぼ全員が持っている! 怪我などするものか!」

「そういう問題じゃねえだろバカ!」


 それを言えば、この世界の人たちは全員が魔力を持ち、魔術を扱える。だから自衛手段という意味で言えば、その全員が持っているのは持っているのだ。

 しかし、だからと言ってこんな突発的なことに対処できるかと聞かれれば、首は横に振らなければならない。

 それが例え、エルフやドワーフ、獣人たちであってもだ。


 言ってしまえば、実戦経験があるかないか。

 普段は平和に暮らしているだけの人たちだ。龍太の生まれた世界で言えば、魔力などなくともナイフや銃を渡せば、誰でも誰かを殺せてしまうし、身を守ることもできる。だからと言って、ある日突然戦場に行けと言われても、全員が戦えるわけではない。

 それと同じ。ケルディムで平和な日々を過ごしているだけの人たちは、街中がいきなり戦場になれば、逃げるしかない。


「さすがにやりすぎよ、シイナ! リュータをバカにするだけじゃ飽き足らず、街の人たちを巻き込むのは見過ごせないわ!」

「白龍様、あなたこそどうしたのですか! 1523年前、私が憧れたあなたは、そのようなこと一言もおっしゃらなかったではないですか!」


 え、そうなの?

 ついハクアの方を見やれば、彼女は一転して頬に冷や汗を垂らしていて。


「あの頃のあなたは、慈悲のカケラもなく敵対するもの全てを叩き伏せ、常に冷徹は態度を崩さない、孤高のお方だったのに!」

「待って、待ってシイナ、それはちょっと、待ってくれないかしら……?」


 千五百年も前の、今とは全く違うハクア。

 正直ちょっと、いやかなり興味がそそられるけど、めちゃくちゃ知りたいけど。


「ああ……あの頃のクールでかっこいい白龍様はどこへいってしまわれたのか……!」

「ち、違うの。違うのよリュータ。昔はわたしも、ほら、ほんの少しだけやんちゃだっただけなのよ?」

「そ、そうなのか……」


 赤い顔で必死に言い繕おうとする辺り、どうもハクアにとっては黒歴史扱いらしい。


 思えば、龍太は昔のハクアのことをなにも知らない。今のシイナの言葉で、初めて知ったほどだ。今度、時間がある時にでも改めて聞いてみよう。


 と、その時のことだ。

 悲しそうに目を伏せるシイナは気づいていない。彼女の背後で、空間が歪んでいることに。


 目に見えて分かる異変。明らかにシイナの仕業ではなく、かと言って、彼女の仲間の獣人の術でもない。

 そこから漏れ出る魔力は、間違いなくスカーデッドのものだ。


「シイナ、そこから離れろ!」


 言いながらも、龍太はすでに駆け出している。概念強化を纏った龍太にとって、この距離は一息で詰められる。

 問題は、その距離が十メートル以上離れていること。


『Reload Shangrila』


 だがハクアも気づいてくれていた。異変にも、龍太の意図にも。


「「誓約龍魂(エンゲージ)!!」」


 ハクアとの距離が丁度十メートルになった瞬間、バハムートセイバーに変身。更に加速して、瞬きの間にシイナの元へ辿り着く。


「なっ、なんのつもり──」


 驚いている彼女には悪いが、無理矢理体を掴んで後ろに放り投げたのと、歪んだ空間から敵が現れて刃を振るってきたのは同時だった。


 シイナを避難させることを優先したため、そのナイフを防ぐことは叶わず、予想以上の膂力もあって金色の鎧はシイナの隣まで大きく吹き飛ばされる。


「ぐっ……! シイナ、大丈夫だな⁉︎」

『怪我はないようね』

「貴様、なぜ私を……」


 その質問に答えるのは後だ。

 見据える先。現れた敵は、ハンチング帽を被ったかつての仲間。その瞳に逆さまの五芒星を浮かべた少女と、学園諸島でジンとクレナから報告のあった、恐らくスカーデッドであろう男。


「お久しぶりですね、リュウタさん、白龍様」

「ヒスイ……!」

『まさかあなたがここに来るなんてね……』


 挨拶もそこそこに、また空間に歪みが生まれたと思えば、ヒスイの姿が消える。かと思えば目の前に現れて、ナイフを振るってきた。

 今度は両手に持った銃を交差させることで防ぎ、至近距離で鍔迫り合う。


「なにしに来たんだよ……いや、そんなことより……なんでスペリオルに味方してるんだよ! あいつらは、お前のパートナーを蘇らせるつもりなんてないんだぞ!」

「そんなの、まだ分からないじゃないですか!」


 瞳に浮かばせる紋様が、変化する。

 まずい、そう思った時にはすでに、バハムートセイバーは爆炎に包まれていた。


 だがその爆炎は、全てが右腕へと吸収されていく。ホウライの力が宿った右腕へ。


「ほんの少しでも希望があるなら、それが世界の敵であっても、あたしは縋るしかないんですよ! オリバーともう一度会えるなら!」


『Reload Brown bear』


 ヒスイの後ろで控えていた男が、カートリッジを装填する。真紅の球体に包まれ、それがドロドロと溶けて現れるのは、大きな体を持ったヒグマだ。


「あたしは絶対、オリバーを生き返らせる。それがスカーデッドでも構わない! 彼ともう一度会えるなら、なんだっていい!」

「この分からず屋が!」

『リュウタ、覚悟を決めるしかないわ!』


 二丁拳銃を構え直すバハムートセイバー。ヒスイもヒグマのスカーデッドと並び、ナイフを構える。


 かつての仲間だ。スペリオルに弱みを握られて、無理矢理従わされてる。戦いたくない。

 けれど、状況がそれを許してくれない。


「リュウタさん、あなたの心臓、この魔眼龍ヒスイが貰い受けます!」


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