天空の国 2
龍太は断じて鈍感系難聴主人公ではない。この至近距離で相手の言葉を聞き逃すことなんてまずないし、すっとぼけるような状況でもない。
それでも、聞き返さずにいられなかった。
「悪い、もう一回言ってくれるか……?」
「じゃから、お主には一度死んでもらう」
「なんで⁉︎」
はい分かりましたと二つ返事で頷くと思ってるのか、こののじゃロリは。
「すまんが、先も言ったように今日は時間がないでな。詳しい説明はまた明日でも良いかの?」
「いいわけないだろちゃんと説明してくれよ!」
一番肝心なところだぞ。こんなこと言われっぱなしで終わってしまうと、気になって夜も眠れなくなる。
そんな龍太に助け舟をだしたのは、頼れる後輩のルビー。
「せんぱいせんぱい」
「なんだよルビー」
「せんぱいは今、ハクアさんと魂を共有してる状態なんですよね?」
「まあ、そうだけど」
「で、誓約龍魂を完全なものにするためには、その状態をどうにかする必要がある。一度死んでもらうっていうのは、せんぱいの本来の魂をどうにかするためじゃないんですか?」
誓約龍魂とは本来、人と龍、ふたつの魂をひとつにする術だ。
しかし龍太とハクアはイレギュラーな状態にあり、ひとつの魂を二人で共有している。これは似ているようでかなり異なっており、それこそがバハムートセイバー暴走の一因となっていた。
魂とは、生物のブラックボックスだ。解明されていない点がまだ多く残っており、それゆえにある一定のレベル以上には手をつけられない。
だが逆に、誓約龍魂のような術が存在していたと言うことは、この世界の古代には魂に対する理解度が現代よりも深かったのだろう。
「そこな娘の言う通りじゃ。ケルディムには、そのために必要なものが揃っておる。それを明日説明してやるつもりだったのじゃが……アダム、ホテルに案内するついでにでもお主から聞かせてやってくんかの」
「俺も完全に理解しているわけじゃない。多分に私見が混じるぞ」
「よいよい。お主なら大きく外していることもあるまい」
「そういうことであれば了解だ」
どうやら、本当に忙しいらしい。机に戻ったアヴァロンはその上に積み重なった書類を一枚取り、ペンを走らせる。
「次は三日後に来てくれんかの。その頃には妾も落ち着いておるし、諸々の準備もできているはずじゃ」
「三日後か……」
「それまでは、この国を好きに見て回ってみるとよい。地上にないものも多くあるからの」
それはたしかに気になる。
ようやくたどり着いたケルディムに焦る気持ちもあるけど、当のアヴァロンから三日待てと言われれば、頷く他あるまい。
来て早々にアヴァロンの元からはお暇することになり、屋敷を出た一行の前には大きな高級車が止まっていた。
いわゆる、リムジンというやつである。
「テレビでしか見たことねえよこんなの……」
「ちょっと気後れしちゃうよね」
二の足を踏む龍太と同意を示してくれる丈瑠。そんな庶民感覚の二人を置いて、他の面々は車へ乗り込む。
よくよく考えなくとも、仲間たちはみんなそれなりの身分を持っているのだ。龍の巫女に公爵令嬢とそのお付き、クレナはここケルディムの要職に就いていて、ジンだって大商会の次男坊。艦に置いてきた兄妹に至っては、信じられないことに亡国の王族。さらには白龍教なる宗教で、信仰の対象になっているパートナー様までいらっしゃる。
みんなリムジンとか普通に見慣れてるし乗り慣れてるのだろう。むしろ、堂々と乗り込める朱音の胆力がすごい。
ともあれ全員乗車して、リムジンは静かに走り出す。十人と一匹が乗っても全く窮屈感を感じさせない車内で、早速アダムが本題を切り出した。
「アヴァロンから頼まれたからな。龍太、三日後にお前が受ける儀式について説明しておく。ただ、さっきも言ったが俺も完全に理解できているわけじゃない。個人的な憶測も交えてになるが、それでもいいか?」
アダムの確認に頷く。
大きく外していることはない、と天龍直々に言われたのだ。そうでなくとも、今の龍太たちより詳しいことには違いない。
「まず前提として、お前たちがどの程度理解しているのかを聞いておきたい。龍太、誓約龍魂についてはどういう風に聞いている?」
「人と龍の魂を一つにする、古代の術式っすよね?」
婚姻に相当する、とても重要なものだと、この世界に来た当初に聞いたが。そこは恥ずかしいので割愛させてもらう。
「そうだ。なら、誓約龍魂がいくつかの段階に分けられていることは知っているか?」
「え、そうなんすか?」
完全に初耳だった。
いや、でもそうか。今まで考えてもなかったけど、そもそも考えずとも分かることだ。
龍太とハクアで例えるならば、バハムートセイバーに変身するかしないか。
今この状態でも魂を共有しているが、バハムートセイバーに変身することで肉体も一体化することになる。
だが、二人の場合は特殊な例だ。通常、と言っていいのかは分からないけど、少なくとも龍太たちよりも通常の誓約龍魂に近いであろう蒼とアリスの二人は、普段から魂を共有しているわけじゃない。
つまり。
「誓約龍魂は、基本的に三つの段階に分けられる。普段のニュートラルな状態では、魂も肉体も一体化しない。目に見えない繋がり、魔力のパスなどはあるがな。そしてその次に、魂のみの一体化。あのバカとアリスはあまり使わないが、そうすることで魔力や五感の共有に、肉体のダメージを肩代わりすることで擬似的な回復もできる」
「最後に、完全な一体化ってことっすか」
「そうだ。お前たちで言うバハムートセイバーだな。バカとアリスの誓約龍魂も見たんだろう?」
「はい、見ましたけど……あの、バカってのは蒼さんのことっすよね?」
「そうだが?」
それがなにか? とでも言わんばかりの顔だ。人類最強の男をバカ呼ばわりできるような人間が、果たしてこの世に何人いるか。
「転生者ってのは揃いも揃ってバカしかいないが、あいつはその中でも飛び切りバカだからな。名前で呼んでやる必要もない」
しかしその言葉とは裏腹に、アダムの声には親しげな色も帯びている。それなり以上の親交がある証拠だろう。
「話を戻すぞ。龍太とハクアには、三つのうちのニュートラルな状態が存在しない。これは本来の誓約龍魂と違い、ひとつの魂を共有しているからだ。だからより正確に言うならば、二つ目の段階ですら未完、必然的に三段階目のバハムートセイバーもな」
「一段階目がなかったらまずい、ってことっすよね?」
「ああ。ようは、今のお前たちはブレーキが壊れている。いや、どちらかといえばギアが壊れていると言った方がいいか」
だから、本来ならあり得るはずもない暴走を起こしてしまう。
学園諸島で対峙した蒼とアリスは、バランスが取れていないと言っていた。魂はひとつのものを共有していて、ハクアには魔力がなく、逆に龍太は魔王の心臓で過剰なほどの魔力を持っている。
それらのバランスが取れていないから、アダムが言うところの一段階目の状態をすっ飛ばしてしまい、暴走に繋がっている。
「お前たちの目標は、誓約龍魂を正常な形で結び直すこと。つまりだ、龍太。お前の魂を蘇らせなければならん」
「蘇らせるって……でも俺、死ねって言われましたよ?」
「……あっ、そういうことか」
どうやら一人で先に理解したのか、朱音がハッとして顔を上げる。
「龍太くん、魂についてはちゃんと教えたことなかったよね」
「魔力を生み出す、くらいしか」
「ならそこからちゃんと教えないとね。魂っていうのは、超高密度に圧縮された情報の塊なんだ。例えば遺伝子情報とか、龍太くんが言ったようにその人が持つ魔力の情報とか異能とか。それだけじゃなくて、過去の記録や記憶も情報として蓄積して、詰め込んである」
これは、比較的最近の研究で判明した事実らしい。いわゆる旧世界の頃にはあらゆる魔術師が魂に関する研究をなにかしらの形で行い、そして挫折した。それだけの魅力があると、魔術師たちは分かっていたのだ。
そして実際に、魔術師たちのその直感は正しかった。
あらゆる生物に宿る魂。
そこには、その生物の全てが記されている。その情報を、好きなようにいじくり回すことができたら? 己の魂の形を、望むがままに変質させることができたら?
それはもう、とんでもない力を得ることができるだろう。悪巧みするやつだって現れるに違いない。
だが現実に、それは叶わなかった。
「魂っていうのは非物理的なもの。目には見えないし手に触れられない。ただそこにあるだけなら、単なる情報の塊に過ぎない。そんな魂が物質界に干渉するための手段が、器となる肉体なんだ」
「魂というソフトウェアを外部に出力するために、肉体というハードウェアが必要、ということか。異世界ではそこまで究明が進んでいるんだな」
「私の研究じゃないんだけどね」
頬をかく朱音は、しかしどこか自慢げでもある。恐らく、彼女の大切な身内の研究成果なのだろう。
「この研究を進めたのは、情報操作の異能を持ってる人だった。その人が言うには、肉体とは魂が物質化した姿の一つなんだって」
「魂が先か肉体が先か、なんて話は研究者の間でも議論が交わされてますね。まあ、帝国はその辺りの研究はあんまり進んでませんでしたけど」
「魂は肉体のどこに宿るのか、なんて議論も全部無駄になるわね。なにせ完全じゃないにしても、殆どイコールで繋がるわけでしょ」
あくまでも異世界間で理論が共通しているなら、の話だが。
この世界の魔導師たちが日夜寝る間も惜しんで交わされたと思われる熱い議論が、こんな車内でのついでみたいな講義で完全否定されたのだ。ルビーとクレナが苦い顔をするのもほんの少し分かる。
「私たち人間の魔術師が、どうやっても不可能な魔術は二つある。そのうちの一つが、完全に自律した分身の作成。龍太くん、どうしてか分かる?」
「えっと……分身には魂が宿っていないから、っすか?」
「正解。どんなに精巧な分身でも、その分身のみで自律行動はできない。事前に組んだプログラムの通りか、術者が直接操作しないとダメなんだ。だって、中身のない空の器なんだもん。考えるための脳みそを作っても、動くための手足を作っても、魂がない。だから意思もないし目的もない。こっちから与えてやらない限りはね」
でも、とそこで言葉を区切った朱音は、ほんの少しだけ真剣な顔つきになる。あるいは、薄い寂寥を滲ませて。
「例外は、ある。空の器にも魂が宿ることが、極めて低い確率ではあるけど、起こり得る」
「八百万の神様的な?」
パッと思い浮かんだことを言ってみるが、どうやら違ったようで首を横に振られた。丈瑠と朱音、アーサー以外はその言葉の意味が理解できないようで、首を傾げているけど。
まあ、日本のあの考え方は地球広しといえど結構特殊な方だ。異世界では馴染みもないだろう。
「そういう神秘的、もとい魔術的なものじゃないんだ。いや、ほんの少し似てるかもしれないけどね」
「多重人格、か……」
しばらくの間黙って朱音に説明役を譲っていたアダムが、納得したように呟いた。
恐らく朱音の説明を事前に全て知っているだろうアダムが、どこに納得したのかは分からないが。
「ということは、その研究は葵の成果なんだな。まあ、あいつならその辺りが気になっても仕方ないが」
「蒼さん?」
「ああいや、あのバカの方じゃない」
「同じ名前の人がいるんだよ、漢字は違うけど。まあ人類最強なのは一緒だけどね」
それはつまり龍太たちの世界で、ということだろう。最も強いと書いて最強なのだから、二人以上いられたら困る。
「話を戻すけど、アダムさんが言ったように多重人格がその例外。多重人格、解離性同一性障害については知ってる?」
たしか、ストレスかなにかで耐えきれなくなった時に、それをどうにか軽減だかなんだかするための防衛措置として、人格が分たれてしまう、とかだったろうか。
かなりうろ覚えだけど、まあ概ね合ってるはず。
「長く使った物には神様が宿る、ってのが八百万だけどね。人格が分たれてしまうほどのストレスに長く晒され続けて、そこに魔術的な介入があれば、別の人格にも魂は宿ってしまう」
「それはたしかに……かなり確率が低そうね。幼少の頃から過酷な環境に身を置かせる必要があるし、強いストレスを受け続けると言っても、その全ての人が多重人格を患うわけじゃないわ。だからまず確実に、発症も人為的なものになってしまう。その後に魔術的な処置をすることを考えると余計に」
冷静に、それでいて苦虫を噛み潰したように考察を述べるハクア。その気持ちは痛いほど理解できる。
それは、あまりにも非人道的ではなかろうか。
「ハクアの言う通り、もしこれが旧世界で明らかになっていたら、人為的に二重人格を作ろうとする魔術師だっていたかもしれない。ゼロから魂を創造するより、余程楽だからね。自分好みの形に仕上げて、いずれ元の人格を消し、姿形が同じだけの別人になる」
ゾッとする話ではあるけど、幸いなことに研究がここまで進んだのは今の新世界へと創り変えた後で、それも朱音の身内、しかももう一人の人類最強によって進められた。
さらに聞けば、今し方朱音が語ったような実験は不可能らしい。
魂のデザインは、人間の手に余る。
そもそもが超高密度な情報の塊という話だ。ここまで研究が進んだとはいえ、それでも未解明な点の方が多い。曰く、その人類最強の葵? さんですら不可能だという。本来の情報操作の持ち主として、常に脳内で龍太の考えが到底及ばないほどの演算を繰り返し、限定的ながら全知全能の力すら振るえるその人ですら。
適切な情報を、適切な手順と適切なタイミングで、気の遠くなるような時間をかけなければならない。それが四則演算のように単純なものなら楽勝も楽勝、人工的な魂なんて量産され放題だが、どこの世界のどんな数式かも分からないような演算をひたすら繰り返す。
人間の手に、神の手にだって余る。
ふと、ひとつ気になったことがあった。
経緯はどうであれ、多重人格にも魂が宿るというのなら、だ。
乖離性同一性障害の最終的な治療目標は、人格の統合になる。であるなら。
「別の人格が消えたら、その人格の魂も消える、ってことっすか?」
「お、いいところに気がついたね。実はそこはね、君たち二人にも、私たち転生者にも関係のあるところなんだよ」
龍太とハクアの二人には、まあそのうち関係ある話が出てくると思っていたけど。転生者にも、とは。ていうか龍太は、転生者についてもちゃんと理解しているわけではないのだが。
「結論から言うと、消える。でも、単純に消滅するわけじゃない。どちらかと言えば、吸収に近いかな」
「ひとつになる、ってことっすか」
「うん。混じり合って溶け合って、人格はそのままに新しい魂に変わる。とは言え、元の形から大きく損なうわけでもない。ほんの少しの、些細な変化。けれど当人にとっては、とっても大切な変化だよ」
まるで見てきたかのように言う朱音だが、ようにではなく、実際にその人のことを間近で見ていたのだろう。
朱音とアダム、二人の言葉やその節々を気にしてみると、龍太にも分かる。
きっと、この研究を進めた葵という人は当事者で、だからこそ、その答えを求めて魂の研究をしていたのだろう。
「私たちと関係があるっていうのは、ここからさらに先の話。魂はひとつに溶け合うけど、別人格の魂が完全に消えたわけじゃない。主人格の魂の中で生きてる。だから、限定的で条件付きだけど、別人格の魂を表層に、あるいは作った分身に宿すことができた。で、関係あるのはこのうちの前者だね」
転生者とは、前世の記憶と力を持ち越し、決して晴れることのない後悔を晴らすために生きる者たちだ。
肝心なのは、記憶と力を持ち越すというところ。魂は情報の塊ではあるが、その容量にも限界はある。言ってしまえば、人ひとり分が限度だ。つまり、一度きりの人生を記録するので精一杯。本来ならそれで十分なのだけど、転生者は違う。
転生する度に蓄積される記憶と力は、ひとつの魂に収まり切るわけがない。ただでさて、超高密度に圧縮された、などと言っているのだ。さらに二倍、三倍と増やすわけにもいかない。
しかし、転生者はそれを可能としている。時には英雄に、時には神に、果ては魔物にすら生まれ変わって。
「転生者も、基本的には多重人格者と同じ。一つの魂のうちに、複数の魂を内包させてる。普段は眠らせていて、必要に応じて表層化し、今の魂を別の魂で上書きする。唯一にして最大の違いは、人格がひとつしかないってことだね」
「転生者はバカな奴らしかいないが、一本筋の通ったバカだ。まずブレることはない。だから別人格が生まれようもないんだが……」
補足してくれたアダムが、その先を言い淀んだ。気遣うように朱音を見やるのは、彼女がその転生者であるからか。
「別に気を遣わなくていいですが。私はもう、後悔を晴らした後ですので」
「そうか……」
はぁ、とため息とも取れる息をひとつ吐いて、アダムは続けた。
「転生者が抱える後悔というのは、常人の身に余るほどの多大なストレスが伴う。それはそうだろう、生まれ変わってでも晴らしたいほどに大きな後悔だからな。だが問題は、それが何度も繰り返されるということだ。何度生まれ変わっても、同じ後悔を抱いたまま死ぬ。決して晴れることはなく、何度も何度も。人格が分たれる以上の苦痛を浴び続ける」
転生者が抱く後悔そのものは、あくまでも個人の主観に依るものだ。他の誰かから見たら、ほんの些細なことかもしれない。だから、後悔そのものが問題なのではない。
それが何度も繰り返されることこそが、転生者たちを苦しめる。
「その反動か代償か、あるいは生き地獄を味合わせるためのシステムかは知らんが、こいつらは転生する度に魂の容量を増やす。まあ、それもある意味では当然だ。魂というのは直接負荷をかければ変質してしまうものでもあるからな。強い精神的苦痛を浴びてしまえば、必然的に次の転生に耐えられるほどの容量にもなる」
生き地獄を味合わせるためのシステム。
言い得て妙だ。転生者というのは、完全にその異能だけで完結することができている。転生するための条件をよそから引っ張ってくることもせず、繰り返される転生から逃れられることもなく。
そんなシステムをもしも誰かが考えていたのだとしたら、胸糞の悪い話だ。
「ま、転生者についてはこんなもんでいいでしょ。龍太くんとハクアにとっては、ここからが肝心なところだよ」
「内包された別の魂を表層化させる、という話だったわよね?」
「うん。まずは今までの話も踏まえて、大前提として考えて欲しいんだけど。龍太くんは一度死んで、でもハクアと誓約龍魂して魂を共有することで一命を取り留めた。でもさ、これってちょっとおかしいと思わないかな?」
「……あ、そっか! 肉体が魂の物質化なら、死んで魂の抜けたお兄ちゃんの体は動かないはずなんだよ!」
「ローラ正解! より正確に言うなら、龍太くんの体がなんの変化も経ずにそのままなことがおかしい、だね」
一度死んでしまっている龍太は、ハクアの魂を二人で共有している。つまり、龍太自身の魂は今どこにもないわけだ。
肉体は魂の物質化。
であるならば、魂が入れ替わった龍太が、龍太としてここにいること自体おかしなことになる。
ハクアと全く同じ姿形になってしまう、なんて極端なことは言わずとも、人間のままというだけで十分におかしい。
「これにはもちろん、ちゃんとした理由がある。まず、肉体が死んでもイコールで魂の死というわけではない。つまり、魂が肉体から抜け落ちるまでに、僅かな猶予がある」
「超高密度に圧縮した情報の塊、ってやつね。単純なエネルギーに変換したらとんでもない数値が出そうだし、それが肉体から消えるのにも相応の時間はかかる。この辺はこの世界の研究でも解明されてるわ」
百がいきなりゼロになることはない。その速度がどうであれ、数字はひとつずつ確実に減る。情報の塊だという魂であれば、百どころか一万にも一億にもなるだろう。
「そしてその猶予がある中で、ハクアは龍太くんと誓約龍魂した。つまり、極々僅かだけど、龍太くんの魂は残ってたんだよ」
だから龍太は、赤城龍太としての形を損なわずにいられた。
そしてそれはすなわち、魂の表層化ともそのまま繋がってくる。
「そうか、俺の魂は今、ハクアの魂に内包されてて、それを表層化させることができれば……」
「無事に龍太くんは元の魂を取り戻して、ちゃんとした誓約龍魂を結び直せるってことだね」
理屈が分かってくると、なんとかなる気がしてきた。
アダムの、龍太の魂を蘇らせなければならないという言葉。その意味は理解できた。であるなら、次はその手段について。
一度死ななければならない、というのはどういうことなのか、結局聞きそびれている。いや、前提知識に乏しい龍太が悪いのだけど。
「それで、一度死なないとダメってのは結局なんなんすか?」
「ああ、それはな──」
ようやく話を聞けると思った、次の瞬間。
金属同士の摩擦による感高い音が鳴り響いて、車内の全員を慣性が襲った。車が急ブレーキしたのだ。
「アダム様、例の三人が来ました!」
「来たのか……」
運転手からの報告に、アダムは露骨なため息を返す。
まさか襲撃か。でも、この天空の国の中で? スペリオルではないはず、龍の巫女たちの追撃にしても早すぎる。なら一体誰が。
とにかく全員で車から降りると、閑静な住宅街の道路のど真ん中に、それぞれ違う種族の三人が立っていた。
右から順に、ドワーフ、エルフ、猫の獣人。ドワーフのみが男性だ。いずれも長命の種族だろうから、年齢の程はわからない。
そして、真ん中に立つエルフの少女が、龍太に指を向けた。
「お前がアカギリュウタだな!」
「そうだけど、そういうお前たちはなんなんだよ」
腰に差した剣に手をかける。エルフからは明らかな敵意を向けられていた。今にも襲いかかってきそうな剣幕だが、彼女はエルフらしく背負った弓を抜こうとしていない。
向こうから仕掛けてこない限りは、こちらから仕掛けたくはない。龍太たちはあくまでもよそ者だから。
他のメンバーも警戒を怠らない中、あっ、と。なにかに気づいたような少年従者の声が。
「アカギ様、彼女は……」
「ジョシュア、あいつを知ってんのか?」
「ええ、まあ……その……」
言い渋るジョシュアは、これでも聖地ノヴァクで信仰されている白龍教会、その枢機卿の孫だ。ルビーの従者という立場に変わりはないが、彼自身も割と結構な貴人に当たる。
そんな彼が見覚えのあるエルフ。よほどのやつかと思ったのだが、ジョシュアが答える前にあちらが名乗った。
「わたしはシイナ・ファル・フォールトン! 聖地ノヴァクにて洗礼の儀を受け、白龍教会の末席に身を連ねる者!」
「なんだ、てことはやっぱジョシュアの知り合いかよ」
「いえ、アカギ様……恥ずかしながら白龍教会も一枚岩ではなくてですね……彼女は、その……」
「ああ、過激派なのね、彼女」
「過激派?」
信仰されているご当人様が、呑気に納得したような声を出した瞬間だった。
鋭い殺気を感じて、剣を抜く。気がつけば目の前に矢が迫っていて、反射的に弾き落とした。
「アカギリュウタ……白龍様を汚した不届きものめッ! ここでこのわたしが亡き者にしてくれる!」
「なんでだよ⁉︎」
「頑張ってね、リュータ」
「えっ、ハクアさん⁉︎」
急に妙な因縁をつけられ死ねと言われて、パートナーからは笑顔で手を振られた。
だから、なんで死なないとダメなのかちゃんと説明しろよ!!
心の中の叫びは、誰にも届かない。