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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第五章 エンゲージ
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天空の国 1

「いくつか、疑問が残るわ」


 シンと静まり返ってしまったブリッジ内で、凛とした声が発せられる。

 全員から注目を集めた純白の少女は、色んなものを飲み込んだ末の真剣な表情だ。


「まず、ドリアナ学園諸島の古代遺跡でのこと。シルフはたしかに、リュータを指して赤き龍だと言ったわ。成り代わっているのだというなら、これはおかしいと思うの」

「名前と力を受け継いだのは、あくまでも未来のお兄ちゃんだもんね。今のお兄ちゃんは違うから、たしかにおかしいんだよ」


 そう、未来でなにがあったとしても、だ。今ここにいる龍太自身が持つのは、魔王の心臓(ラビリンス)とバハムートセイバーの二つだけ。その二つだけで赤き龍ディストピアだと判断されるのは、些かおかしな話だ。


「次に、異世界に封印されていた赤き龍はどうなったのか。いえそもそも、本当に赤き龍が封印されていたのかしら? その時点ですでに成り代わっていた可能性だってあると思うの」


 朱音たちキリの人間は、十年前から赤き龍と戦っている。さらにそれ以前、旧世界と呼ばれる世界では、魔王の心臓(ラビリンス)によって封印されていた。

 なら、その封印されていた赤き龍、いわばこの時間軸のやつはどこへ消えた? 枠外の存在としてのアカギリュウタは未来からきた。だからって赤き龍が消えるわけじゃないはず。


 あるいは最初から、旧世界で封印されていたのは赤き龍ではなく、未来の龍太とも考えられるのだ。


「そして最後に、なぜ赤き龍ではないというのに、スペリオルは魔王の心臓(ラビリンス)を求めたのかしら」

「たしかに……」


 魔王の心臓(ラビリンス)は、赤き龍の心臓だ。今は龍太の心臓となったそれを、スペリオルは自らの王のものだからと狙ってきていた。でも、スペリオルのトップが龍太自身だと言うなら、すでに魔王の心臓(ラビリンス)はやつらの手にあるはずなのだ。


 心臓を失くした赤き龍は力が減衰していて、だから龍太に宿った魔王の心臓(ラビリンス)を狙っている。そういう話じゃなかったのか?


 だが、それらの謎に今すぐ答えが出るわけもない。答えの出ない疑問を考え続けたところで、時間の無駄だ。


 前提から大きく変わっている。

 であるならば、この旅の中で知った敵のことでさえ、どこまで正しいものなのかわからない。


「ま、その辺は私たちがなんとか突き止めるからさ。龍太くんとハクアは、誓約龍魂(エンゲージ)を完全にすることだけ考えててよ」

「そうっすね……」

「お願い、アカネ」


 龍太では圧倒的に知識が足りない。他方でハクアには、異世界や枠外の存在といったものに対する理解が深いわけでもない。

 だからここは、朱音に任せるしかないのだ。


「お話はここまでのようですね。そろそろ見えてくる頃合いですよ」


 話がひと段落して、イブが前方、外を指し示す。見渡す限りの青い空が広がっているそこには、山のように上方へ伸びた濃密な雲が。

 見ただけで分かる。積乱雲だ。

 イブが指差しているのは、まさしくその積乱雲だった。


「まさか、あの中に突っ込むとか、言わないっすよね……?」

「いえ、ケルディムはあの中ですよ」

「任せときリュウタ! うちのドラテクを見せるええ機会や!」

「バカ! お前、バカッ! 積乱雲はまずいだろ⁉︎」

「イグナシオ先輩、フィールドの展開は⁉︎」

『出来るわけないだろこの短時間で!』


 にわかに騒がしくなるブリッジ内。

 積乱雲は、マジでまずい。さして詳しくない龍太でも分かる。あの中に入れば間違いなく、激しい雹雨や雷に晒される。

 空間歪曲フィールドが正常に作用するのであれば、難なく突破できるだろう。だが先の戦闘で消耗している魔導戦艦じゃ、あの中に突っ込むのは自殺行為に等しい。


 ていうか、ケルディム自体は大丈夫なのか、これ。アダムとイブ、ドラゴンたちに朱音も、どのようにして積乱雲の中を抜けてきたというのか。


「大丈夫なんだよ、お兄ちゃん」

「あれ、ただの幻なのよ」

「へ? 幻?」


 ローラとクレナの二人に言われると同時に、魔導戦艦が積乱雲の中へ突入した。

 しかしてその先に広がるのは、雲ひとつない青空。そしてそこに、地面をそのままくり抜いたような、巨大な都市が浮いている。


 十分でかいと思っていた魔導戦艦の、果たして何倍あるだろうか。地面をくり抜いたというか、島がそのまま浮いているようなものだ。

 下半分は岩肌が露出していて、ところどころには砲門やなにかの装置らしきものが設置されている。

 そして上側、つまり地上にあたるそこは、角度的にしっかり見えるわけではないけど。やたらと背の高い建物、元の世界のような高層ビルじみたものが見えるような。


「あれが、天空の国ケルディム。龍神の中で唯一生身の肉体を持った、天龍アヴァロンが治める国」

「ソフィア、このまま真っ直ぐ進みなさい。あちらから誘導してくれる」


 ポカンと口を開け、巨大な空飛ぶ島を見上げていたソフィアだったが、イヴに言われて我を取り戻し艦を進める。

 近づけば近づくほど、ケルディムの巨大さと威容が実感できる。この魔導戦艦が米粒に思えるほどだ。

 やがて岩肌の一部が開き、そこから艦へ向けて光の道が伸びてきた。イヴの言ったあちらからの誘導だろう。


 ついに、と言うべきか。意外と早く、と言うべきか。

 ともあれこうして、無事にケルディムには辿り着けた。

 ハクアと正式な手順で誓約龍魂(エンゲージ)を結び直す。そしてバハムートセイバーの暴走を制御できるようにする。

 この二つは必ず成し遂げるという決意と同時に、多少のワクワクも抱えつつ。

 魔導戦艦は天空の国へ入った。



 ◆



「……カルチャーショックだ」

「なにしてんのよリュウタ、置いてくわよ」


 艦を地下のドックに預けた一行は早速地上に出て、クレナの案内の元、天龍が待っているという宮殿へ向かうことになったのだが。

 目の前に広がる街並みを見て、龍太は思わずそう呟かざるを得なかった。


 いや、魔導戦艦を預けたドックを見た時点で、というか艦内から遠目にも見えていたのだけど、なんとなくそんな気はしていたのだ。

 この世界は、元の世界と比べて一部技術力が近未来的になっている。ケルディムもそのパターンではないか、と。


 実際にその通りだった。なぜか存在していた魔導戦艦用のドックは、ロボットアニメにでも出てきそうな宇宙港じみた作り。これまたなぜか魔導戦艦の整備のための設備も整っていて、ハイネスト兄妹が早速別行動してやがるのは置いておくけど。


 地上で待ち受けていたのは、東京もかくやと言うほどのコンクリートジャングル。高層ビルが立ち並び、道路には多くの車が行き交って、街頭スクリーンでは今日のニュースやら天気予報やらが流れている。


 そんな馴染みのある現代日本のような光景の中で、それでも異彩を放つのは、そこに住う人々だ。


「ま、気持ちは分かるけどね。私も最初に来た時は、同じことを思ったよ」


 肩に手を置いて同意を示してくれるのは朱音。

 やはり同じく日本出身なだけあって、彼女にも異世界というものに一種の偏見のようなものはあったのだろう。


 ケルディムの街中を歩く人々。

 正確には、人間ではない、のだろうか。

 だって、そこのカフェでお茶をしている女性二人組の頭には、明らかに普通の人間にはない二つの三角があり、お尻からは尻尾が伸びている。

 あるいは、急ぎ足でどこかへ向かうスーツ姿の男性は、綺麗な金髪と長い耳が目を引いた。

 一方でアパレルショップの店員は、やたらとパンクな服装に身を包んではいるものの、身長は120に届かないほど小さく、だがそれでいて鍛え抜かれた筋肉が服越しにも分かる。


 獣人、エルフ、ドワーフ。

 龍太の頭の中にある知識を元にするなら、そう呼ばれる種族の人々が。森の中やら洞窟の中やらではなく、高層ビルに囲まれた超現代的な街の中で過ごしているのだ。

 これをカルチャーショックと言わずしてなんという。


「ケルディムは元々、古代文明の頃にあった街がそのまま残って国になってるのよ。だから地上の国とはかなり違ってるってわけ」

「いや、別に建物とかはいいんだけどさ……」


 それを言ってしまえば、ドラグニアやノウム連邦だって、龍太の世界とさほど変わりはなかった。全体的に背が低くて、立派なお城があるくらい。

 問題は、そこにエルフやらなんやらが普通に暮らしてることである。


「獣人にエルフ、ドワーフだな。彼らはみな、百年戦争の際に龍神たちに協力していたという。地上に残っている者もいないことはないのだが、総人口もかなり少ない。ほとんどがケルディムで暮らしてるんだろう」


 乗り物酔いから完全に復活したジンが言うが、なにも納得できない。いやまあ、龍太が納得しようがしまいが、彼らはずっとここで暮らしているのだ。その当人たちからすると、なにもおかしなことはないのだろう。


 むしろ、この世界のエルフなどといった他種族にとっては、この街の方が慣れているのでは。


 思い起こされるのは、ドラグニアの遺跡で出会ったハイエルフの女性。

 現代のエルフはみな、厳密に言うとハーフエルフに該当する、とあの時説明された。古代文明の頃に人間と交わったエルフが多くいて、現代のエルフはその子孫なのだとか。

 もしかしたら、獣人やドワーフも似たようなものなのかもしれない。


 それから一行は、クレナの案内に従って街の中を歩く。目的地は当然、天龍がいるところだ。しかしケルディムに城のようなものは見当たらず、おまけに街の中心からは徐々に離れていた。


 聞けば、ケルディムの面積はドラグニアの王都より少し小さいくらい。東京都二つ分はあるという。

 当然その全てがこのような高層ビルの並び立つ街ばかりではなく、閑静な住宅街もあれば、立派な山もここから見える。

 交通機関もちゃんとあるらしいけど、それらを使わず徒歩で移動しているということは、目的地は然程遠くないのだろう。


 次第に背の高い建物は数を減らし、一際大きな通りに出る。一本道の先には、遠目からでも分かるほどの広さを持つ屋敷。背後には大きな山が聳え立ち、そこから龍太でも分かるほどの異様な魔力が漂っていた。


 清らかで、澄み切った魔力。神聖な、とでも言えばいいのか。

 ともあれ、わざわざ改めて確認せずとも、そこが目的地なのだと分かる。


 やがて屋敷の門までたどり着くと、代表してアダムが守衛に声をかける。事前に話が通っていたのだろう。そう時を置かずして門が開き、敷地の中へ通された。


「マジで広いな……」


 まず庭が広い。門から屋敷まで数百メートルはあるだろう。左右を見渡せば先があまりにも遠くて、どうして金持ちの屋敷は広いのかと純粋に謎だ。

 屋敷自体も、ここから見える範囲で三つの棟が空中廊下で繋がっていた。おそらくは奥にもまだあるだろうし、誰かが住むための屋敷というより、もっと別の用途がある気がする。


「ここはドラグニアでいうお城みたいなものだからね。日本の官邸、アメリカのホワイトハウスみたいな感じかな」

「ケルディムの政治の中心ね。アヴァロンもここに住んいたはずだけれど」


 朱音とハクアに説明されながら、だだっ広い庭を歩く。屋敷にたどり着いて中に入れば、まず受付カウンターが目に入った。


「おかえりなさいませ、アダム様、イブ様」

「アヴァロンは?」

「執務室でお待ちです」

「客が来てるのに執務室か……まあ、近頃の情勢を考えれば仕方ないんだろうが」

「アダム、案内は任せましたよ。わたしは少し仕事が残っている」

「了解だ」


 イブとはここで別れ、アダムの先導に従って屋敷の中を進む。時折すれ違う人たちは、やはりさまざまな種族が入り混じっていた。街で見かけた三種族の他にも人間らしき人はいたが、魔力の感じからしておそらくドラゴンだろう。


「ここって人間はいないんすか?」

「うん。昔は巫女の一族が住んでたみたいなんだけどね」

「その血筋が絶えたんでしたっけ?」

「そうそう。その理由までは私も聞いてないんだけど……」


 朱音は他のメンバーに視線をやるが、どうやら誰も知らないらしい。

 血筋が絶える、となると、なにかしらの事故でもあったのだろうか。そうでもなければ急に血が途絶えたりはしないだろうし。


「その辺は私も知らないのよね。もうケルディムを離れた後の話だったし、一度シルヴィアに聞いたこともあるんだけど、なんかはぐらかされちゃったのよ」

「ローラも、ナインお姉ちゃんに聞いたらはぐらかされたんだよ。でも、なにか知ってる感じだったかも」

「ふむ……となると、クローディア様やアリス様もなにかご存知かもしれないな」

「けれど、少なくとも四十年前には巫女はいなかったわ。ケルディムの地上との関わりが薄くなったのもその辺りでしょう?」


 四十年前だと、さすがにアリスもクローディアも生まれてないのではないだろうか。あの人たちの具体的な年齢は知らないけど、かなり若く見えるし。


 まあ、龍太たちがそのあたりのことを考えても仕方ないだろう。言ってしまえば、天龍の巫女に関しては今回関係ないのだから。


 その後も他愛のない話をしながら歩いていると、暫くして先導していたアダムが足を止めた。


「着いたぞ、ここだ」


 コンコンコン、と三度ノックして、返事も待たずに扉を開けるアダム。部屋の中はまるで龍神が座すようなものではなく、執務机と書類を挟んでいるのだろうファイルが詰まった棚、応接用のソファにテーブルがあるだけの簡素な部屋だ。広さはそれなりだけど、この人数で入れば狭く感じる。


「お、来たね。久しぶり、みんな」

『無事にたどり着いたようでなによりだ』

「丈瑠さん! それにアーサーも!」


 ソファに座りティーカップを傾けていたのは、朱音と共に帝国に向かっていた丈瑠だ。大型犬サイズに体を縮めたアーサーには、エルが真っ先に飛びついた。


「きゅー!」

『ふふっ、元気だったかエル』


 お互いの鼻をくっつけあっている二匹は、見ているだけで癒される。白狼と黒龍の微笑ましい一幕だが、いつまでも眺めているわけにもいかない。さっきから視界には入っていたのだが、半信半疑、というか全く信じられなくて、敢えて触れなかったのだけど。


「そこな二匹の触れ合いは妾も見ていたいが、今日はあまり時間がないでな。そろそろ良いかの?」


 やけに時代がかった老人のような口調は、奥の机でペンを走らせていた幼女の可愛らしい声で発せられた。


 立ち上がり、小さな歩幅で机の前に出る。床につくほど長い真っ白な髪。人形のように美しい、けれどどうしようもなく幼く愛らしい顔には、綺麗な黄金色の瞳が。

 そして、その幼さに似つかわしくない威容を、その小さな全身から発している。


「ようこそ、天空の国ケルディムへ。妾が天龍アヴァロン、この国を統べる龍神じゃ。会いたかったぞ、アカギリュウタ」


 当然のようにこちらの名前を知っていることには驚かない。

 差し出された手を恐る恐る取って、握手を交わす。力を込めれば折れてしまいそうにも錯覚する、まさしく幼女のそれ。そのはずなのに、こうして相対しているだけで、妙な圧を感じる。握り潰されるのは、もしかしたらこちらかもしれないと。


「おか……白龍殿は久しぶりじゃの。前に()うたのは戦争の前じゃったか」

「そうね。特にあなたがシルヴィアと喧嘩してからは、来たくても来れなかったもの」

「それは言わんでくれ……」


 揶揄うように言うハクアはさすがだ。巫女どころか龍神本人を前にしてもこの余裕。生きている時間を考えれば、さほどおかしなことでもないのだろうけど。


「各々に挨拶したいところではあるが、それはまた後に回すとしようかの」


 サッと一同を見回して、黄金色の瞳が再び龍太を見据える。


「リュウタ、お主はなぜケルディムを訪れた?」

「知ってんじゃない……んすか?」

「ははっ、無理に敬語を使わんでもよい。こんなナリじゃ。それでは話しづらいじゃろう」


 笑って言うアヴァロンの言う通りではあるけど、だったら大人の姿に変わったりできないのだろうか。龍神ともなれば、それくらい出来そうというか、出来ても不思議ではないのだけど。

 そんな考えは見透かされていたのか、笑みを絶やさずにアヴァロンは捕捉してくれる。


「大人の姿を取れ、と言うのなら無理じゃぞ。その辺りは知らんのかえ?」

「あー、そういえばそのあたりは説明してなかったわね。アヴァロン様、今度私から説明しておきます」

「ふむ、ではクレナに頼むとしようかの。して、先ほどの質問の答えじゃが。妾は、お主の口から直接聞きたいのじゃよ」


 いっそ挑発するようなその表情。試している、というのとは少し違うのだろう。それはすでにアダムとイブに託していたはずだ。

 であればこれは、彼女の自己満足に過ぎない。


 では、どのような答えなら天龍は満足してくれるのか。

 誓約龍魂(エンゲージ)を正式に結び直しに来た。あるいはバハムートセイバーの暴走を制御できるように。

 その二つはたしかにここを訪れた目的だけど、アヴァロンが聞きたいのはそういうことじゃないはず。もっと、龍太自身の根底に根ざすモノを伝えなければ。


「俺は……力が欲しい。今よりもっと、強くなりたい」

「ほう、強くなってなんとする?」

「より多くの人を助けるんだ。こうやってる間にも、スペリオルの連中に苦しめられてる人がいる。そんな人たちを、一人でも多く救いたい」

「ならばその見返りは?」

「……見返り?」


 思いもよらなかった言葉に、一瞬自失した。

 反芻すればアヴァロンはうむ、と頷き、それが当然なのだと言わんばかりに言葉を続ける。


「ここはお主の世界ではない。言ってしまえば、お主は巻き込まれただけじゃ。スペリオルの首領の正体がなんであれな。お主らの世界を元に戻す目処は立っておる。であれば、そこのアカネやアダム、あるいは人類最強にでも任せておけばよい。天の龍神の名を以て明言してやるが、そやつらであれば確実に解決まで導くじゃろう。そして、そうなればアカネには見返りがある。元の世界の平穏という見返りがな」


 言っていることは、理解できる。

 朱音は元々、赤き龍に復讐するためにこの世界で戦っていた。見事それが叶えば、彼女が望む元の世界での平和が、家族との平穏な時間が戻ってくる。

 それが、天龍のいう見返りというやつだ。


「では、アカギリュウタ。お主はこの世界で戦った先に、なにを望む? 地位か、名誉か、金か。あるいは女か?」

「考えたこともなかった……」

「なに?」


 そう、理屈の上では理解できていても、龍太はそれを自身に当て嵌めて考えたことがないのだ。


 なんのために戦うのか、と聞かれることは何度かあった。そしてその度に、迷わず答えることもできた。


 だけど、その先になにを望むのか。


 地位も名誉も金も、いずれにも興味はない。女なんて、唯一の彼女がいてくれればそれだけで十分だ。見返りというほどのものでもない。

 元の世界の平和な暮らしを取り戻したい気持ちが、ないわけではないけど。だけどそれは不可能だ。幼馴染の二人とはあんなことになってしまって、その上で龍太は、戦っている誰かを知ってしまった。だったらきっと、ただ平和を享受するだけの暮らしに戻れない。


 他にも色々と、思い浮かぶものはあったけど。そのどれもがしっくりこなくて、現実味がなくて。

 だったら自ずと、答えは見えてくる。


「なにも望まないよ、俺は」

「ほう、見返りもなく戦うと?」

「俺が戦うことで、誰かの平和を守れるなら、それでいい。俺自身が平和に暮らしたいわけじゃないんだ」


 ただ、困っている人を、苦しんでいる人を救いたい。

 自分がそうしたいと思ったから。

 理由なんてそれだけで、見返りを求めようと考えたことなんて一度もなかった。


 極論、龍太が目指す正義のヒーローも、結局はただの肩書きに過ぎないのだ。

 ヒーローになりたいから誰かを救いたいわけじゃない。誰かを救いたいと、手を伸ばしたいと思ったから。目指す先がそうなっただけ。


「なるほど、なるほど……白龍殿、お主もまた随分なパートナーと巡り会ったものじゃな」

「しかも自覚がないのよ。わたしとしても困ったものだわ」


 二人の会話の意味がわからず首を傾げる。なにもおかしなことは言っていないし、龍太は嘘偽りなく自分の本心を述べただけなのだが。

 まさかハクアを困らせていたとは。


「まあよい。それなりに満足のいく答えではあったしの」

「なら……」

「うむ。お主らの不完全な誓約龍魂(エンゲージ)を結び直す。そのために、この天龍が力添えしてやろう」

「よし!」


 ついつい声に出してガッツポーズ。

 周りから温かい目を向けられた気がしたけど、気にしない。

 だって、ようやくだ。バハムートセイバーの暴走に振り回されて、多くの人たちを苦しめてしまって。何度も何度も後悔してきた。

 その末に、ようやく。


 喜び逸る気持ちはなんとか抑えて、さてではまずどうしたらいいのかと目の前の幼女に視線をやると。

 ぱっちり目があったアヴァロンは、魔王すら魅了してしまいそうな愛らしい笑顔で、言った。


「ではまず、リュウタ。お主には一度死んでもらう」

「え」


 なんて?

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