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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第五章 エンゲージ
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最強の試練 2

「全く……バハムートセイバーの力を試したかったんだが……お前が出てくるのはルール違反だと思うんだが?」

「それを言うなら、ミョルニルだって反則だと思うのですが」


 対峙する二つの漆黒は、どこか親しげな雰囲気すら出している。しかし相反するように、互いの間には緊張の糸がピンと張り詰めていた。


「朱音さん、なんでここに……」

「帝国にいたはずじゃなかったかしら?」

「そっちがヤバいって聞いたから、急いで戻って来たんだよ。ま、今のこの状況はまた違った意味でヤバいけどね」


 仮面越しに漏れるのは、乾いた笑い。つまり、あの桐生朱音であってもアダム・グレイスには敵わない。


 考えてみればそれは当然のことで、世界という枠の中に収まる龍太や朱音では、どう足掻いても太刀打ちできない。

 それが枠外の存在という者だ。


 そこまで理解が及んでいてもなお、龍太には退くという選択肢がなかった。


「朱音さん、俺たち三人がかりでも勝てなそうなんすか?」

「アダムさんを倒すなんてのは考えるだけ無駄。でも私たちの勝利条件は、あの人を倒すことじゃない」


 試す、と言われた。

 アダムは龍太たちを追い払うでも打ち倒すでもなく、試すためにこの場へ来たのだと。


 ならば龍太たち三人も、純粋な戦いでアダムに勝つ必要はない。

 ただこの力を証明すればいいだけだ。


「とは言っても、手を抜けるわけじゃないけどね。殺すつもりで戦わないと、死ぬことはなくても半殺しにはされるかもね」

「人聞きが悪いな。イブじゃないんだ、そこまで酷いことにはならん」


 こちらの会話を黙って聞いていたアダムが、右手を天に掲げる。

 すると、未だ頭上で銀の炎に覆われていた戦鎚が、姿を消した。最早常識で測ることの出来ない質量が、忽然と。


「時界制御の上から制御権取り戻さないで欲しいのですが……」

「あっても邪魔なだけだろう」

「一応ドレスの力も使ってたはずなのに……まあ、あなたに言っても無駄ですね」

「そんなことより続きだ。朱音、いい機会だ。お前とは直接戦ったことが一度もなかったな」


 ニヤリと、口角が上がる。好戦的で好奇心の宿った、外見年齢相応に少年のような笑顔。

 だがそれも、戦場で見せるのであれば話が違ってくる。あまりにも場違い。戦いそのものが楽しいと言わんばかりの、どこまでも純粋な笑顔だ。


「バハムートセイバーの力を試すなら、もう十分だと思うのですが?」

「つまらないことを言ってくれるなよ。せっかく()()()()やつが相手なんだ、楽しませてもらうぞ!」


 手には再びハンマーを持ち、アダムが超高速で突撃してくる。迎え撃つ朱音は右手に刀を、左手にシュトゥルムを。

 放たれた銃弾はどういうわけか、アダムに当たる直前で粉々に砕け散る。そのまま刀と戦鎚が激突して、甲高い音を鳴らした。


 銀の炎が揺らめく。

 時界制御と概念強化、独特な体術によって、朱音は常にスピードのアドバンテージを持っている。

 速く、早く、疾い。

 彼女の戦闘の基礎とも言えるその速度だが、しかしアダムは笑みを浮かべたままに追従する。


 何度か続く交錯の中、朱音は不意に距離を取った。


「俺たちのことを!」

「忘れないでちょうだい!」

『Reload Hourai』

『Reload Niraikanai』


 龍太が右手の銃に、ハクアが杖にそれぞれ龍神のカートリッジを装填。銃口から炎の刃を伸ばした龍太が果敢に斬りかかり、大量の魔法陣を広げたハクアはそこから氷の茨を放つ。


 茨は決して龍太に当たることなく、的確にアダムへ狙いを定めて襲いかかる。龍太もハクアを信頼してるからこそ、迷わずに攻め込める。


 息のあったコンビネーションも、しかしアダムは容易く対応してくる。

 空いた手に作り出した魔蝕剣(テイクオーバー)で炎の刀身が斬り裂かれ、鍔迫り合うことすら許されない。

 一方で迫る氷の茨に対しては、一瞥しただけ。ただそれだけで、全ての茨が砕けた。


「そんなっ……!」

「アダムさんの体質は『破壊』! しかもそれをコントロールしてる! 半端な魔術は全部壊されるだけだよ!」

「そういうのは先に言ってくださいよ!」


 朱音が再び斬りかかるのと同時に龍太も銃を鈍器がわりに殴りかかるが、軽くいなされる。

 数の優位を活かしきれていない。あるいは、朱音一人の方がまだまともに戦えていた可能性だってある。

 足を引っ張っている自覚があるから、なおさら自分に腹が立った。


「出し惜しむなよ朱音! 一度は世界を救った力、存分にぶつけてみせろ!」

「言われるまでもありませんが! 氷纒! ドラゴニック・オーバーロード!」


 銃が右腕を覆う鎧となり、背には氷の翼が。

 高速で技の応酬が何度も繰り返されて、そこに龍太とハクアの入る余地はない。


「実は魔導収束の使い手とやり合うのは初めてでな! さてどうなるか!」

「奇遇ですね、私もですよ!」

「「魔を滅する破壊の銀槍(シルバーレイ)!」」


 互いに同じ魔法陣を広げて、そこに周囲の魔力を吸収。同じ数の槍が打ち出される。

 相手の魔力を直接吸収したわけではない。だから魔術の威力自体は互角だ。


 魔導収束の真価は、魔力を吸収すること自体にあらず。応用の広さにこそある。

 どの術にしても、次の術の()()として使い、魔術と魔術の連携が可能となる。

 魔力を吸収するというその分かりやすく強力な特徴に隠れているが、朱音やアダムのように魔導収束を主体として戦う魔術師はそこをなにより重要視している。


 だから、同じ魔術がぶつかり合うだけでも、既に二人は次の手を打った後。


魔力連鎖(チェイン)座標固定(セット)!」

「ほう、これは……!」


 アダムの両手に、魔力の枷が嵌められた。

 朱音の放ったシルバーレイがアダムの魔力を捕捉、逆探知からのカウンター。魔導収束の中でも初歩的な連鎖(チェイン)系統の魔術。

 彼女はそこから更に発展させ、空間の座標を固定、異能の氷結能力すら上乗せしている。


氷輪絶華(アブソリュートゼロ)!」


 枷を起点として、氷の華がアダムの全身を覆う。

 朱音の氷纒発動時の氷結能力は、龍太もよく知るところだ。あらゆるものを問答無用で凍らせる。物質、非物質を問わず。

 だがその氷すら、数秒と保たない。瞬く間に氷が砕け散って、同時に朱音は周囲を魔法陣に囲まれている。


連鎖(チェイン)系統の派生魔術か。面白い技を考えたもんだ」

「そんな簡単に突破されながらっ、言われても! 嬉しくないのですが!」


 感心したように言いながらも、魔法陣からは次々と砲撃が襲いかかる。

 それを全て紙一重で躱しながらも、朱音は術式を構築。魔法陣からは七つの刃が出現。


「舞え、七連死剣星(グランシャリオ)!」

「次は空の元素か、相変わらず多才だな!」


 問答無用の切断能力が込められた魔力の刃は、しかしやはりと言うべきか、アダムに接近したその時点で砕けた。

 だがその隙に、刀を手にする漆黒のロングコートは、相手へ肉薄している。


 振るわれる刀は容赦なく首元へ。それをハンマーで受け止めて、一際甲高い金属音が。


「おいおい、殺す気か」

「そのつもりじゃないと、勝てませんので」


 弾き返され大きくのけ反る朱音へ、戦鎚が振るわれる。直撃する、見ている誰もがそう確信してしまう、その直前。

 朱音の姿が、霞んで消えた。


「上か!」


 見上げた頭上で、太陽を背にした朱音が魔法陣を広げている。彼女の世界の魔術ではない。この龍と魔導の世界で産み落とされた、輝龍の魔術だ。


 しかし、アダムは朱音との戦いに夢中になるあまり、忘れていないだろうか。

 相手はなにも、彼女一人だけではないということを。


『Reload Execution』

『Dragonic Overload』

「忘れんじゃねえって!」

「言ったはずなのだけれど!」


 ここに来ての、明確な隙。それを見逃すほどに、龍太もハクアもバカじゃない。

 二人のバハムートセイバーが爆発的な加速力で突っ込み、赤いオーラを纏った二つの拳がアダムの頬骨を捉えた。


「ぐっ……」


 その一撃を以てしても、わずかよろめいただけ。限界以上に魔力を込めたせいで、二人は強制的に変身解除。空を飛ぶ手段を失い、重力に従って落ちていく。

 だが、これでいい。彼女の一撃の前に、ほんの少しでも隙を作れたのなら。


「やっちまえ、朱音さん!」

「ぶちかましなさい!」


 天高く飛ぶ朱音へ拳を掲げれば、応えるように彼女も右の拳を突き出した。まるで、撃鉄を起こすように。


天を堕とす無限の光(パラダイスロスト)!!!」


 数多のか細い光が、絶大な威力を秘めて雨のように降り注ぐ。

 天を堕とすという名の通り、空を飛ぶ相手に対して絶対的な効力を発揮する光が。


 黒ずくめの少年はあっという間に光に飲み込まれる。

 勝った。朱音と三人がかりだったとはいえ、枠外の存在と呼ばれるまでの相手に。


 離れていた魔導戦艦が近づいてきて、そこから伸びてきた木の枝に受け止められながらも、龍太は勝利を確信する。

 確信した、はずだったのに。


「ふぅ……なるほどな。この十年で、よくもまあここまで成長できたもんだ。あの時点でかなり完成されていたはずなんだが」


 無傷。

 バハムートセイバー必殺の蹴りを受けた時と同じく、アダムの体には傷ひとつない。


 いや、あの時と違う点がひとつだけ。

 彼の体を囲むように、二つの円環が。


 その円環を消して、アダムの鋭い目が龍太とハクアの二人を見据える。


「合格、だな。あの状況から突っ込んでくるとは思わなかったぞ。それも、自分たちが勝負を決めるためでもない。仲間を信じて託すために」

「その勇気と心があれば、十分でしょう」


 どこかへ姿を消していたイブも現れ、ニコリと微笑みかけられる。

 合格。その言葉で、龍太はようやく全身から力が抜けた。ハクアと二人揃って木の枝の上でへたり込み、大きく息を吐き出す。


「つ、疲れた……」

「今回は流石に、肝を冷やしたわね」



 ◆



 ローラが捕まえていたドラゴンたちも含めて全員が魔導戦艦に乗り込み、無事に天空の国へ案内してもらうことになった。


 だが、問題がひとつ。

 艦長様の無茶な要求に無理矢理応えていたせいで、艦の航行システムはあちこちズタボロだったのだ。

 特に決め手は戦艦ドリフト。

 本来想定された動きではなく、おまけに空間歪曲フィールドを錨に集中していたせいで、ローラが守っていたとはいえ被弾は免れなかった。


 航行不可能なほどではないけれど、とても遅々とした進みになってしまう。イグナシオがめちゃくちゃ文句言いながら、修理のためにブリッジから消えていったのはつい先ほどの話。


「改めまして、イブ・バレンタインです」

「アダム・グレイスだ。久しぶりに楽しめた、礼を言う」


 さて現在。

 アダムとイブ、それから朱音をブリッジの中に迎え入れて、ソフィアの操縦の元、示された航路を進む中。


「艦長のルビリスタ・ローゼンハイツです。ようこそ、魔導戦艦クレセントへ」

「なるほど、かのローゼンハイツ公爵令嬢が艦長でしたか。あの見事な指揮と奇抜な戦い方も納得だ」

「ドラグニアの元魔導師長からお褒めいただけるとは、恐縮の至りです。ただ、艦がここまでボロボロになってしまっては、艦長失格でしょうけど」


 自嘲するように笑むルビーだが、しかし事実として、ドラゴンたちを一掃してみせたのは彼女の指揮があってこそだ。

 仲間たちですら想像もしなかった手段。それを実現するための戦況把握に、作戦立案までのスピード。それらを可能とする頭脳。


 可愛い後輩の秘めた力に、龍太はかなり驚嘆していた。学園にいた時からその一端は垣間見えていたとは言っても、いざ戦場に出て仲間としてともにいると、ここまで頼もしいとは。


 一方で久しぶりに合流した朱音はというと、物珍しそうにブリッジの中を見渡している。


「うわぁ……本当に宇宙戦艦みたいだね、これ。栞さんとエリナさん、大変だったろうなぁ……」

「てか、朱音さんだけっすか?」

「そうね、タケルとアーサーはどうしたのかしら? まだ帝国にいるの?」


 あるいは、こちらの状況を知って、朱音だけ先行してきたのか。彼女には時界制御の銀炎があるから、距離などあってないようなものだし。

 だがそのどちらでもないようで。


「丈瑠さんとアーサーなら、先にケルディムにいるよ。ていうか、私もさきにケルディムに着いてたんだよね」

「え、なにそれせこくない? 私ですら散々迷ったのに」


 これに文句を言うのはクレナ。元ケルディム所属の身としては、やはり早々に辿り着けなかったことが悔しいのだろう。

 実際、ケルディムに向かうには二つの大きな問題をクリアしなければならず、朱音たちの場合は特に、ケルディムの位置を知る術などなかったように思えるのだが。


「一回ドラグニアを経由してきたからね。シルヴィアさんに頼めば一発だったよ」

「アヴァロンとは喧嘩中じゃなかったかしら……」

「うん、すっごい嫌な顔されたけど、押せばなんとかなった。あの人ちょろいから」


 世界一の大国の魔導師長をちょろい扱いとは……なんとなく想像できるけど。


「ていうかそっちこそ、ジンは?」

「自室で死んでる」

「あぁ……」

「うぅ、ローラが酔い止めを忘れてたせいなんだよ……」


 いや、それは自分から言い出さずに意気揚々と外に出たジンが悪い。ローラはなにも悪くない。


「まあとにかく、学園であったことは全部聞いてる。よく頑張ったね、みんな」

「朱音さん……でも、俺は……」


 労うようにポンと肩に手を置かれて、龍太は込み上げるものがあった。


 頑張った。ただ、それだけなのだ。

 結果として龍太は、襲撃された学園を見捨てて逃げてきたのだから。


 同じ教室で学び、笑い合った学友たちを見捨てて。こうして逃げ出した。

 どれだけ頑張ったつもりでも、その結果だけは変わらない。


「ここは前向きに考えようよ、龍太くん」


 そんな気持ちを見透かしてか、朱音は優しく微笑む。


「バハムートセイバーのオーバーロード、イクリプスには、龍の巫女にも負けない、人類最強にすら手が届くほどの力が秘められている。それが分かっただけでも収穫だよ。それを自分のものにできたら、きっと赤き龍にだって負けない」

「そう、……っすね」


 無理矢理にでもそう言い聞かせて、自分を納得させるしかない。過去に起きたことは変えられないのだ。龍太には時界制御の力なんてないから。それがどれだけ辛いものだったとしても、受け止めて先に進まないと、本当になにも救えなくなる。


「あの朱音が、随分と大人になったもんだ」

「わたしたちが知る限り、織と愛美にべったりでしたからね」

「昔のことは蒸し返さないで欲しいのですが!」


 なんでみんなして……とぶつぶつ文句を言う朱音から視線を切って、アダムとイブの二人が龍太を見る。

 自然、肩に力が入ってしまった。果たしてなにを言われるのかと緊張していたのだが、アダムはふっと相好を崩す。


「赤城龍太、さっきも言ったが、お前は十分合格だ」

「ええ。少なくとも、織の時よりは十分以上に覚悟が決まっている。ですから、そう自分を卑下するものではありませんよ。パートナーに心配をかけたくはないでしょう」


 言われて隣を見やれば、眉根を寄せて困ったように笑うハクアが。


 龍太のこの力は、バハムートセイバーは、ハクアと二人で一人の力だ。

 自分に自信がないというのは、すなわちハクアのことを信頼していないことにも繋がる。

 本人にそのつもりがなく、またハクアがそう受け取っていなくとも。


「大丈夫よリュータ。イブはああ言ったけれど、どれだけ後悔してもいいの。自分を卑下することも、わたしは咎めない。それでもわたしは、あなたを信じているから」

「ハクア……」


 そっと手を取られて、指と指が絡まり合う。

 ここが二人きりの自室なら、思わず抱きしめてしまっていただろう。それくらいに嬉しい言葉だった。

 同時に、その言葉に甘えてばかりいられないとも思う。


 ハクアが信じてくれているからこそ、もっと頑張らなければと、そう思えるから。


 二人見つめ合っていると、コホン、と咳払いが聞こえてきた。そこでようやく、周りからの生温かい視線に気づく。

 あっという間に羞恥で真っ赤になる龍太。ハクアもほんの僅かに頬を朱に染めていた。


「イチャイチャしてるところ悪いんだけど、こっちでの話も聞いてもらえるかな?」

「す、すんません……」


 イチャイチャしてない、と否定したいところだったけど、言ったところで説得力はない。こういうのは部屋に戻ってからにしよう。


 自動ゴーレムたちが持ってきてくれたお茶で一度ティーブレイクを挟み、それぞれ立ったままだったところを円卓の椅子に座って。

 朱音から、帝国で起きたことの一部始終を聞いた。


 革命軍と共に東大陸の各地を解放している最中、タイミングとしては丁度学園祭と同じ時に。赤き龍が端末を使わず、本人が朱音の前に現れたこと。

 そこでやつの正体を知ったことを。


「私もこの目でたしかに見た。あれは紛れもなく君だったよ、龍太くん」

「こちらでバハムートセイバーを暴走させ、直後にキリュウ様の元へ向かった、ということですか。転移を使えば可能なのでしょうが、なぜそうまで急いだのでしょう?」

「うん、ジョシュアの疑問は尤もだね。でも、よくよく考えたらおかしなことでもない。バハムートセイバーが学園で暴走して、龍の巫女にも被害が出た。それを聞けば私たちは、急いで学園に戻ったと思う」

「逆に、先にキリュウ先生に正体を明かしていた場合でも同じ、ということですね」


 ルビーの言葉に頷く朱音。

 どちらにせよ、タイミングをズラしてしまえば、朱音はすぐに学園へ戻ろうとしただろう。龍太に真実を告げるためではなく、真実から遠ざけようとするために。


 だから赤き龍の目的は、龍太たちと朱音、その双方に自らの正体を明かすことだった。

 ならば、なぜ?

 結局その疑問だけが残ってしまう。例えば龍太に精神的な負担をかけたければ、もっと効果的なタイミングはあるはずだ。ここぞという時まで、取っておきたい手札ではあったはず。

 なのにやつは、わざわざ自ら姿を現した。元の世界のゲームよろしく、本拠地で堂々と待ち構えて、その場で明かしても良かったものを。


「赤き龍の目的は分からないけど、その正体の謎については、ある程度分かるよ」

「別の時間軸の、って話? ローラから一応聞いてるわよ」

「ローラが教えたんだよ!」


 褒めて褒めて、とばかりに手を挙げるローラは、しっかり朱音の隣の席を確保しているのだが。


「うーん、ちょっと違うかな?」

「違うの⁉︎」


 違うんだ。

 しょぼんと落ち込むローラの頭を慰めるように撫でながら、朱音は自身の見解を述べる。


「たしかに、ある意味ではあれは別の時間軸の龍太くんとも言える。彼の言葉から推察するしかないけど、おそらくはなんらかの要因で、ハクアを失った時間軸のね」

「ハクアを、失った……?」


 いや、待て。それは、よくよく考えれば真っ先に思い浮かばなければならない疑問だ。

 赤き龍の正体が龍太だとして、ハクアはどうしたのかと。


 だって、龍太がこの世界で生きていくには、どうしたってハクアの存在が欠かせない。だって龍太は、この世界に来たその日、一度死んでしまっているのだから。


 あの日、純白の少女がいなければ、龍太の旅は始まることもなく、短い一生を終えていたはずなのだ。


「龍太くん、思うところはあるだろうけど、とりあえずそう言うものだとして話を進めるよ」

「あ、ああ……」


 チラと視線を向けた先、隣のハクアは、龍太と同じく驚いたような表情をしていて。

 今度は龍太の方から、その手を握った。


「そうだね……例えば、ハクアを失った龍太くんが、なんらかの方法で過去に遡った。ただそれだけなら、ローラの言ったように別の時間軸の存在ってだけで説明できる」

「しかし、相手は枠外の存在です。わたしたちに時間という枠は当てはまらない」


 言葉を引き継いだのは、赤き龍と同じ存在であるイブだ。


「極端な話、わたしたちはその世界のどの時間軸にも入り込めるし、そのどれからも受け入れられることはない。そう言う存在です」

「時界制御のような力などなくともな。一度この世界を出てしまえば、再び入る時には百年前だろうが百年先だろうが、問題なく入ることはできる」


 世界から、時間からすら受け入れられることのない存在。故に彼ら彼女らは老いることも、死ぬことも許されない。

 自らの居場所を求めて、世界と世界の間を何度も旅する。


「辻褄の合わないところが出てくる。その話は、わたしたちもしていたわ。特に、リュータが異世界人である点は見逃せないし、赤き龍が異世界で封印されていたというのもそうよ」


 そう、その二つだけは、どうしても辻褄が合わない。だって赤き龍とは、元々この世界の創世伝説に登場するドラゴンだ。

 卵が先か鶏が先か、という結論の出ない話になってしまう。あるいは、タイムパラドクスという言葉に置き換えてもいい。

 だがあらゆる超常の力が絡む事象には、明確な理論が存在しているはずなのだ。魔術にしろ魔導にしろ、異能にしろ。

 その理論が成立しない。


「枠外の存在だから、で済む話でもないんでしょう? なにせひとつの世界が丸々出来上がるってレベルの話なんだもの」

「うん、クレナの言う通り。いくら枠外の存在でも、いや、枠外の存在だからこそ、その世界の根幹に関わるところまでは関われない。特に赤き龍とこの世界の場合はね」

「どういう意味っすか?」


 赤き龍はこの世界出身、より正確には、今のこの世界がこの形で成立するより前の世界出身だ。そして、この世界を形作った張本人でもある。

 むしろ逆に、この世界に限りかなり深いところまで関われると思うのだが。


「赤き龍が枠外の存在になったのは、創世伝説よりも後の話。そうだよね、ハクア?」

「……ええ、そうよ」

「そうなると、話は変わってくる。こちらの世界創世よりも前ということは、位相もまともに機能していない時代。つまり、世界は枠外の存在に耐えられない」

「そっか……だったら、枠外の存在になったリュウタお兄ちゃんが世界創世以前に遡ることは、不可能なんだよ」


 アダムやイブ、蒼といった枠外の存在がこの世界や龍太たちの世界に身を置けているのは、位相の存在が大きい。

 位相のフィルターが存在している二つの世界は、その他の世界よりも強度が高いのだとか。


 だが、それがまともに機能していない時代の世界なら。これまでアダムやイブが辿ってきた世界のように、そう時を置かずに破滅する。

 入り込む事が出来ても、決して受け入れられることはない。


「だったら、どうやって……」

「成り代わったんだよ」

「は?」


 言葉の意味は、なんとか理解できる。

 だがそれは、大前提から変わってこないか?


「それは、つまり……」

「私たちの敵は、赤き龍じゃない。その存在全てを受け継いだ、けれど全く別の存在。龍太くん、君自身が枠外の存在となって、この時代に、私たちの前に現れた」


 つまり。

 枠外の存在、アカギリュウタ。


 龍太が赤き龍となってしまったわけでも、赤き龍が龍太だったわけでもない。

 自分は自分でしかなかったと、そう言う話。


「具体的にどういう手段で、ってのはわからない。でも未来の君は、赤き龍ディストピアの心臓を宿したまま、やつの名前も力も、存在全てを受け継いで、枠外の存在となった。なってしまった」


 朱音はあえて言葉にしなかったのだろうけれど。

 そこにはきっと、ハクアを失ったことが大きく関わっている。だが、言葉を選ばずに言えば、たったそれだけのことで枠外の存在にまで成ってしまえるものなのか?

 為って終える、ものなのか……?


「言ってたよ、彼は。全て諦めたって。だったら、なんのためにこの時代で、どのような変革を齎そうとしてるんだろうね」


 答えられるものは、誰もいない。

 ただ、どこか寂しさの帯びたその言葉だけが、ブリッジの中で虚しく響いた。

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