最強の試練 1
青空の中、灰色の煙が大きく広がる。点在している雲と重なるそれは、空を飛ぶ数多のドラゴンたちすらも飲み込む。
そんな中から、四つの影が飛び出してきた。
魔導戦艦。古代文明が遺した巨大兵器が、四隻。そのいずれにも全く同じ魔力の反応が出ていて、ドラゴンたちは困惑する。果たしてどれが本物か、どれを追えばいいのか。
いずれにせよ、数に任せて全て追撃すればいいだけだ。
しかし、一瞬だけでも判断を遅らせることができれば、それで十分。最大速度120ノットを誇る魔導戦艦は、あっという間に包囲網を抜け出した。
四方に散らばったうちの一隻。西に抜け出した魔導戦艦の連装砲が、火を吹いた。
放たれるのは46cm連装砲の徹甲弾。一番近くにいたドラゴンへ向けて、艦首と艦尾それぞれ一門ずつ、合計四発の砲弾が直撃した。
「連装砲次弾装填急いでください!」
「言われなくてもやってる! 出来次第撃つからな!」
「お嬢様! 後方に感あり、三体煙幕の中を突っ切ってきます!」
「デコイをぶつけて! ミサイルもばら撒いてください!」
「注文の多いお嬢様だな!」
「今は艦長です! ソフィア先輩、面舵四十度! 一体ずつ確実に削っていきますよ!」
「よっしゃ、任せとき!」
ブリッジの中で、大きな声が飛び交う。
ルビーの指揮に火器管制のイグナシオ、操舵のソフィアがそれぞれ応え、レーダーを見ているジョシュアはひっきりなしに敵の反応を伝えていた。
敵の攻撃が艦を揺らす。空間歪曲フィールドによる防御のお陰でたいした被害はないけど。
「フィールドの稼働率は⁉︎」
「70%を切った! まだ数発もらっただけだってのに!」
正直なところかなりギリギリだと、自称艦長は内心で舌打ちする。
魔導戦艦のスペックが足りていないわけじゃない。例え再現に過ぎなく本物より劣るとはいえ、それでも百年戦争の頃よりはそれに近いスペックを発揮できている。
だがそれ以上に、敵のドラゴンが強い。強すぎる。きっと、いずれも百年戦争を生き抜いた歴戦のドラゴンたちだろう。ケルディムから直々に放たれた刺客だ、ある程度は覚悟していたが、予想以上。
絶対防御の空間歪曲フィールドも、無限に展開し続けられるわけじゃない。一定以上の威力を持った攻撃を受け続ければ、そのうち機能そのものがオーバーヒートしてしまう。魔力は無尽蔵にあっても、その魔力を扱う側が使い物にならなくなる。
そのフィールドを、数発の攻撃で30%も削られた。魔術の形も持たない、特別な魔導を使われたわけでもない。
ただ、魔力に攻撃の指向を持たせただけの、単なる魔力弾に。
「ここを超えないと、天空の国に入る資格もないってことか……」
一人つぶやき、思考を高速で回転させる。
予想以上ではあったが、想定外ではない。
右手で右目を隠し、魔力を巡らせた。ルビーが使える、唯一にして絶対の魔術。彼女を革命軍の参謀たらしめる力。
紅鷹眼。
ルビーが身を置く戦場全体を俯瞰して見る術。
その場に存在するすべてのモノを、盤上の駒のように眺める。
同時に彼女の思考速度を極限まで加速させ、戦況に応じた策を瞬時に弾き出す。
「作戦変更。イグナシオ先輩、錨はありますよね」
「船なんだから当然あるけど、何に使うつもりだ⁉︎」
「フィールド稼働率の操作は?」
「出来るけど、艦全体を覆ってないとすぐ堕とされるぞ!」
「そこは大丈夫です。ローラ、聞こえてる?」
『聞こえてるんだよ!』
「ジンさんと二人で艦の防衛をお願い」
『了解!』
ローラは龍の巫女だ。この世界のドラゴンはひとつの例外もなく、龍神に逆らえない。
遺伝子の、魂の底に刻まれた本能のようなものが、彼ら彼女らの身体を竦ませる。それは龍神を宿した巫女を相手にしても同じだ。
それでも敵の身動きを完全に止められるわけじゃないが、防御に秀でたジンが一緒にいれば問題ないだろう。
これで艦の防衛はクリア。
だが、守っているだけでは勝てない。こちらから攻めに転じなければ。
「クレナさん、タイミングは任せます。仕掛けてください」
『予定より早くない?』
「敵が思いの外強かったですから。作戦変更ですよ」
『ま、艦長様が言うなら従うわよ』
敵と同じく、クレナだってかつてはケルディムに所属していたドラゴンだ。それも、龍神たちから一際特別な信頼を置かれていた。
かつての同僚たちと戦わせることになってしまうだろうが、そこを気にしていられるような余裕もない。
だがそれでも足りない。あともう一手、いや、ルビーの予想が正しければ、二手足りない。
足りないけど、信じてみるとしよう。今はあたしも、みんなの仲間なのだから。
「クレナさんの攻撃を合図に動きます! せんぱい、ハクアさん、準備はできてますか?」
◆
「もちろん、いつでも出れるぞ!」
「ところで、変更した作戦とやらを聞いていないのだけれど」
魔導戦艦のカタパルト。船首に二つ備わっているそこで、龍太は気合い十分に答えた。
本来なら人型魔導兵器ファフニールのためのカタパルトではあるけど、イグナシオとソフィアが手を離せない以上、ファフニールは使えない。代わりに龍太とハクアがここから出撃する予定なのだが。
『出撃のタイミングはこちらで指示します。それまで、揺れには十分注意してくださいね』
「いや、さっきから嫌ってほど揺れてるけど」
敵の攻撃はフィールドが遮断してくれているようだが、その衝撃まで完全に殺せているわけじゃないらしい。
それだけ敵の攻撃が激しく、強力ということだろう。
おかげでさっきからぐわんぐわん揺れてるし、乗り物に弱く酔いやすいジンが心配だ。
まあ、ローラも一緒にいるから、大丈夫だとは思うけど。
ただそれにしたって、龍太とハクアの目の前にあるハッチは開きっぱなしだ。距離を取ってるので落ちることはないと思うけど、若干の恐怖は感じる。
通信が切れて、艦が大きく動き出した。
前方に向けて大きく加速。すぐ近くのモニターにはブリッジと同じレーダーが映し出されていて、後方からドラゴンたちが追ってくる。
「全部追いかけて来てるじゃねえか!」
「どうするつもりなのかしら……」
作戦を聞かされていない二人からすると、見ているだけなのはハラハラものだ。
やがてドラゴンたちも魔術を放ち追撃してくるが、それらはローラが張った大きな樹の幹が壁となり防ぐ。
『ルビー! 報告なんだよ! ジンが使い物にならない!』
『乗り物酔いの薬でも出してあげなかったの⁉︎』
『忘れてたんだよ!』
案の定じゃねえか!
頭を抱える艦長様が目に浮かぶ。
だがまあ、敵の攻撃はローラ一人でも凌げていそうだ。たしかドラゴンたちは、龍神を宿した巫女には逆らえないとか、そんなことを言っていた気がする。その効果もあるのだろう。
『作戦を早めます! さらに加速しますよ! クレナさん、お願いします!』
『待ってました!』
レーダーが魔導戦艦とドラゴンたちの間に、どこからともなく新たな反応を映し出した。
雲の中に姿を隠していた火砕龍。
かつての同僚の前に立ち塞がるクレナだ。
『さああんたたち、私が離れてる間に腕が鈍ってないか確かめてあげるわ!』
元気に声を上げながら、炎の龍が多数のドラゴンへ突っ込んだ。彼女の放つ熱波は開いたハッチからここまで届き、通信越しには楽しそうな笑い声が。
相手が知り合いだからか、どうにもクレナのテンションが吹っ切れてるらしい。
『ソフィア先輩、機関最大! フルバースト!』
『よっしゃ来たな!』
一方こちらもテンションの高いソフィアが、ヒャッハーと声を上げている。
嫌な予感がすると同時、艦の速度がさらに上がった。加速に加速を重ね、魔力炉心が全開稼働し機関がうねりをあげる。
最大戦速120ノット。
限界ギリギリまでスピードを上げた魔導戦艦は、クレナが足止めしているドラゴンたちからみるみるうちに距離を開く。
逃げてどうするのかと思ったのだけど、これは逃走じゃない。攻撃のための布石だ。
『今! 右舷アンカー射出!』
『どうなっても知らないからな!』
『総員衝撃と慣性に備えて!』
ルビーに言われた通り、近くの手すりに強く捕まる。遅れて、一際大きな揺れが。急ブレーキでもかけたのかと思ったが、違う。視界を掠めたレーダーは、まだこの艦が動き続けていることを示していた。
「まさか……魔導戦艦でドリフトでもするつもり⁉︎」
「はぁ⁉︎」
そのまさかだった。
龍太とハクアの二人を、慣性と遠心力が襲う。
空間に直接突き刺さった錨を起点とし、魔導戦艦は遠心力を利用してぐるりと一回転。クレナがうまく一ヶ所にまとめていたドラゴンたちへ、側面から体当たりを敢行したのだ。
効果は抜群。完全に意表をついた意識の外からの攻撃に、ドラゴンたちはまともに反応できない。
体当たりで纏めて蹴散らし、体勢を崩したドラゴンたちを、魔導戦艦の全砲門が狙っていた。
『全砲門一斉射!』
ルビーの号令の下、全ての兵装が火を吹く。
四十六センチ砲から魔力弾が、榴弾が、徹甲弾が、あるいはミサイル発射菅から、魚雷発射管から、おいそれと使えない主砲以外の持てる全てが、ドラゴンたちを薙ぎ払う。
『せんぱい、ハクアさん、出番ですよ!』
「俺たちが出る必要もなさそうだけどな!」
派手なドリフトのせいで転けたままの龍太が叫び返すけど、ルビーが言うのであれば、まだ二人の出番は残っているということだろう。
「さあ、行くわよリュータ!」
「おう!」
『Reload Elucion』
ライフルにカートリッジを装填したハクアと手を繋ぎ、ハッチの外へ向けて駆け出す。
「「誓約龍魂!!」」
カタパルトから飛び出して空に身を晒すと同時、吹き荒れる風が二人の体を包み込んだ。
その隙間から光が漏れ出し、一際強く輝いて現れるのは、黄金の鎧から風の翼を伸ばす仮面の戦士。
バハムートセイバー ブレイバードラゴン
両手の銃を素早く構えドラゴンとの戦闘に備える二人だったが。
しかし、龍太の予想通りというか、襲って来たドラゴンたちは先程の砲撃で全滅しており、今はローラが伸ばした木の幹に捕まっていた。
「って、ルビー! やっぱり俺たちの出番ないじゃん!」
『いえ、まだ来ますよせんぱい』
と、言われても。
見渡す限りには敵の姿なんて見えない。増援が来るにしても、その影くらい見えてもいいものなのに。
『っ、リュータ避けて!』
突然、背後からなにかの気配。咄嗟に頭を下げれば、一瞬前まで立っていた場所を高速で何かが通過する。
『まだよ!』
「なんっ……ハンマー⁉︎」
振り返ると、どこからか飛来した柄の短いハンマーが、来た道を戻るようにしてまた動き出す。今度は体ごと横に移動してなんとか躱すが、一体どこから。
ハンマーのいく先を視線で追うと、そこにいたのはドラゴンではなく。
全身を黒の服装で染めた、龍太とそう歳の変わらなさそうな少年が。
「今のは避けてくれたか。まあ、そうでないと話にならんからな」
『どうしてあなたがここに……』
「知ってるのかハクア……?」
怜悧な瞳でこちらを見据える少年からは、とてつもない魔力が感じられる。
こうして相対しているだけで、龍太は震えが止まらない。戦えばまず負ける。絶対に敵わない。本能の部分が無理矢理そう判断して、体は自然と一歩後ろに後退りした。
それほどまでの差。立ち向かわなければならないと分かっていても、足が竦んでしまいそうになる。
朱音とも、蒼とも違う圧力が、目の前の少年からは放たれていた。
「久しぶりだな、白龍。以前会ったのは、お前が魔女と緋桜にドラグニアへ連れ戻された時だったか。もう十年近く前になるな」
『正確には九年よ、アダム。ドラグニアにいないとは思っていたけれど、まさかケルディムにいたなんてね。ところでお一人かしら? それだと助かるのだけれど』
「いや、残念ながらあいつもいる」
肩をすくめて苦笑する少年の隣、なにもない虚空から、一人の女性が現れた。
豪奢な赤いドレスに身を包んだ、妙齢の女性だ。だがそちらには、龍太も見覚えがある。
「アダム、先行しすぎですよ」
「いや悪い。お前やあの馬鹿があまりに熱心に話すもんでな。少し気になった」
「あの人はたしか、魔闘大会の時に解説してた……」
『イブ・バレンタインですね。男の方はアダム・グレイス』
答えたのは、通信越しの後輩の声。
今もブリッジからこちらの状況を確認しているルビーは、その声に緊張の色を滲ませている。
『破壊と束縛。共にその体質で数多の世界から追いやられた世界旅行者。赤き龍と同じ、枠外の存在です』
「嘘だろ……」
自然、銃を握る両手に力が籠る。
枠外の存在。そう呼ばれるやつのヤバさについては、龍太も当然把握している。
なにせ、世界という枠に収まらず、追放されてしまうほどの力を持ったやつらだ。
龍太は未だ、赤き龍の端末であるあの怪人にすら歯が立たない。だと言うのにここで、まさかまた別の枠外の存在と激突する羽目になるとは。
その常識外の二人が、龍太を見る。
その視線一つにも、信じられない圧力が乗せられていた。
「初めましてだな、赤城龍太。お前のことは馬鹿……蒼のやつから聞いてる」
「わたしはローグで一度、バハムートセイバーを見ていますね。その力とあなたの境遇は実に興味深い」
「そういうことだ。早速で悪いが、試させてもらうぞ。お前たちに、この世界が救えるのかどうかな」
『来るわよリュータ!』
ほとんど直感。なにも目に見えなかったけど、そうしないとダメだとなにかが頭の中に告げて、両手の銃を目の前で交差させる。
それは正しかった。気がつけばアダムは目の前にいて、その手に持ったハンマーを振るっていたのだ。
「重いッ……!」
「いい反応だ!」
蹴り飛ばされて体勢を崩しながらも、ハクアが体を操作して反撃に銃弾を放つ。が、突然現れた数本の鎖が、バハムートセイバーの銃弾を弾き落とした。
鎖を操作しているのはイブだ。そのままこちらへ襲いかかってくる鎖。空中を飛び回ってなんとか躱すが、その先にアダムが。空いた手に、魔力で出来た剣を持っている。
『あの剣は受けたらダメ!』
「なら!」
咄嗟に無詠唱で概念強化を発動。無理矢理急ブレーキをかけて反転。アダムの剣は空を切るが、今の一瞬で体にはかなりの負荷がかかっていた。
概念強化の反動に加えて、無理矢理な軌道制御。バハムートセイバーの鎧のおかげで多少はマシになっていると言え、全身にかかるGは生身だと耐えられるものじゃない。
「概念強化か。魔術を習ってまだ数ヶ月という話じゃなかったか?」
「魔王の心臓による魔力供給のおかげでしょう。それにしても、誰にでも使える魔術ではない。教えが良かったのか、彼に素質があるのか」
「呑気に会話してんじゃねえぞ!」
やられてばかりじゃいられない。どのような相手であろうが、ここをどうにか突破しないことには、ケルディムに辿り着けないのだ。
だったらビビってる暇なんかないだろう。
炎の宿った右の拳で果敢に殴りかかるが、容易く躱されてカウンターにあの魔力剣で袈裟に斬られる。
「これ、はッ……」
『魔蝕剣……魔導収束の剣よ……』
力が出ない。外傷はないのに。
つまり、魔力を吸われた。バハムートセイバーの状態でのそれは、すなわち制限時間の減少を意味する。
そして、魔導収束の使い手をこれまでに何人か見て来た龍太は、察する。魔力を吸収して、それで終わりのわけがない。
自ら距離を取ったアダムは、その周囲にいくつもの魔法陣を展開していた。
「こいつは耐えられるかな?」
「ハクア!」
「ええ!」
『Reload Niraikanai』
『Reload Execution』
「魔を滅する破壊の銀槍!」
『Dragonic Overload』
アダムの魔法陣から、銀に輝く槍が勢いよく射出された。対するバハムートセイバーは、両手の銃を一体化させて引き金を引く。銃口から放たれるのは氷の龍。迫る銀槍を呑み込み凍てつかせるが、しかし槍の物量が上回る。
やがて氷の龍は槍に食い破られ、愕然とするバハムートセイバーへ殺到した。
「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
『きゃぁぁぁ!』
成す術なく直撃して、それだけに終わらない。続け様に襲って来た鎖がバハムートセイバーの四肢を絡め取って、身動きを完全に封じられた。
「もう終わりか? 存外に呆気ないな。聞いていた話とはまるで違う」
「舐めやがって……!」
「そもそも、俺たちとの実力差はお前にも分かっていただろうに。白龍、お前は尚更だろう。なぜそれでも立ち向かった?」
嘲笑うでもなく、ただ純粋な疑問として、アダムは訊ねる。
二人にとっては、何度も聞かれたことだ。
これまでも、強敵との戦いはいくつも経験した。その度に敵から、あるいは仲間から、嘲笑うように、心配するように。
なぜか、なんて。そんなもの決まっている。ひとつしかない。
何度聞かれたって、答えは変わらない。
「こんなところで、立ち止まってられないからだよ! ヒーローとして! ひとりでも多くの人を助けるために! ハクア!」
相棒の名前を呼べば、バハムートセイバーを縛る鎖が断ち切られた。
宙を舞う二つの剣は、龍太が持つ数少ない魔術を、ハクアが発動させたもの。
『剣戟舞踏』
静かに唱えられた魔術名。そのままアダムへ襲いかかる魔力剣。彼がそちらに気を取られている隙に、ガントレットへカートリッジを装填した。
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
「まずはあんたからだ!」
『わたしたちを舐めてると、痛い目見るんだから!』
ガントレットが分離、変形して右足に装着。四体の龍神全ての力がそこへ収束されて、敵に向けて一直線に突っ込んだ。
「『はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」
弾丸よりも早く、一条の流星となるバハムートセイバー。
この世界の最強たちの力四つが集った、必殺の一撃。
対するアダムは、なんの魔術も使わず。その手のハンマーで迎え撃つ。
「ほう、これは中々……」
『余裕ぶってられるのも!』
「今のうちだ!」
『Reload Doppel』
拮抗する中、更にカートリッジを装填。その場で二人に分裂したバハムートセイバーに、さしもの枠外の存在も目を見開く。
分裂したからって、力が半分に分けられるわけじゃない。むしろ逆。一撃の威力は更に倍だ。
「おらあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「はあぁぁぁぁぁぁ!!!」
ついにアダムのハンマーが砕け、二人のバハムートセイバーの蹴りが黒づくめの少年に直撃した。
巻き起こる大爆発。たしかな手応えを感じて、しかし終わりじゃない。残った敵を見据える二人だが。
「くくっ……」
聞こえたその声に、愕然とする。
嘘だろと思いながらもそちらを振り向けば、ほとんど無傷の少年が立っている。
「嘘でしょ……今ので無傷なの⁉︎」
「たしかに手応えはあったはずだぞ!」
だが、少年がその問いに答えることはない。ただ楽しそうに、いや嬉しそうに笑っているだけだ。
そして、離れたところにいる己がパートナーに声をかける。
「イブ」
「またですか……あなたの悪い癖ですよ、アダム」
「そう言うなよ。この手のやつらは、俺も好きなんだ。知ってるだろう?」
「嫌というほどに。仕方ありませんね、やりすぎてはダメですよ」
「保証しかねるな」
イブがどこかへ姿を消し、アダムが空に手を掲げる。
その笑顔のまま、二人のバハムートセイバーへ向き直った。
「さて、こいつを使うのは何度目か。少なくとも、両手の指で数えて足りるほどだが。お前たちのその覚悟と想いに免じて、俺も本気を出させてもらうとしよう」
『お二人とも、上空に異常な反応があります! 今すぐそこから退避してください!』
艦内のルビーから通信が届くけど、そんなもの言われるまでもなく分かっていた。
見上げた先。上空というより、もはや宇宙空間から、なにか、とても巨大なものが落ちてこようとしている。隕石じゃない。
あれは、戦鎚だ。
使用者の魔力に応じて、どこまでも巨大になる北欧神話の伝説の武具。
周囲の空間に迸る稲妻は、それを使えば必ず現れるもの。使用者の魔力が戦鎚から溢れている証拠。
「なんだよ、あれ……」
「アダムの奥の手よ……彼が持っていたハンマーの、真の姿……わたしも見るのは初めてだけれど……」
その名を、ミョルニル。
北欧神話最強の神、トールが持ったとされる、最強のために作られた最強の武器。
「いいじゃねえか……どの道、ここを超えなきゃ同じ枠外の存在だっていう赤き龍には勝てないんだ!」
「ええ、そうね。わたしたちの力は最強にも負けないって、証明してやりましょう!」
迫る影を強く睨みつける。最強がなんだ。枠外の存在がなんだ。
いずれにせよ、これは越えなければならない壁なのだから。だったら、真っ向から立ち向かうしかない。それが出来ないで、ヒーローは名乗れない。
意気揚々とカートリッジをそうてんしようとした二人に、しかし。直前で声がかかる。
「いやいや、それはさすがに無謀ってものだよ、二人とも」
聞き慣れた、今は離れているはずの仲間の声が。
遅れて、銀の炎が迸った。
あっという間に頭上の戦鎚を包み込み、その動きを、時を止める。
こんなことができる人物を、龍太は一人しか知らない。
「お久しぶりですね、アダムさん。ところで、誰の前で誰に手を出してるんですか?」
漆黒のロングコートを翻し、オレンジの瞳を持つ仮面を纏った、敗北者を名乗る女性。
桐生朱音が、堂々と帰還した。