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誓約龍魂バハムートセイバー  作者: 宮下龍美
第四章 学園青春ライフ
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脱出劇 2

 帝国革命軍本部は現在、解放されたハイネスト王国の王城に置かれている。この国は滅んでしまったローグのように、王都が港湾都市となっていて、城からはだだっ広い海が水平線まで見渡せた。


 そんな城内のテラスで景色を眺める朱音は、戦場から帰ってきたばかりだ。昨日、赤き龍の本体と出会い、その正体が分かったけれど。革命軍と帝国軍の戦争はまだ終わっていない。今日もひとつ、敵の拠点を落として前線を押し上げてきた。


「キリュウさん! こちらにおられましたか!」


 なにをするでもなくぼーっとしていると、革命軍の兵士がやってきた。随分と探し回ったのか、少し息が上がっている。


「どうしたの?」

「学園の方より連絡があったようで、すぐに作戦室へ来てくれとのことです!」


 やはり、あちらでもなにかあったのか。

 学園では現在、学園祭が開催中。スペリオルが攻めてくるなら絶好の機会だとルビーも予想していた。

 さて、なにが起きたのか。転移で一息に作戦本部となっている城の会議室まで移動。中に入ると、主要メンバーはあらかた揃っていた。


 朱音と共に革命軍と合流した丈瑠とアーサーに、協力してくれている黒霧緋桜と黒霧桃の二人。そして革命軍幹部の数名。

 そして、この革命軍を率いている帝国宰相。亜麻色の髪を長く伸ばし、略式ながら軍服を着用した女性。歴戦の魔導師や魔術師が持つのとはまた違った威圧感を纏っている。

 エスメラルダ・ローゼンハイツ。


「私が最後かな?」

「よい、そこまで待ったわけでもなし。ただ、少々急ぎではあるがな」


 古めかしい話し方をする宰相閣下は、これで帝国側に革命軍の統領であることを知られていないというのだから、恐れ入る。

 もっと言えば、普段は帝都にいて宰相としての仕事をこなしているはず。彼女がここにいる時点で、それなりに大事だ。


「では、揃ったことだし始めようか。先ほど、学園にいるジョシュアから定時連絡とは違った急ぎの通信が入った。どうやら学園祭に乗じて、スペリオルの襲撃があったようだ」


 そこまでは予想通り。朱音に丈瑠、アーサーはこちらへ来る前から、ルビーよりその予想を聞かされていた。

 他のメンバーに関しても、特に驚いている様子はなさそうだ。


 であるなら、問題はその後。スペリオルの襲撃で、何が起こったのか。


「その襲撃の最中、赤き龍の本体が現れたらしい」

「学園にも?」

「そうだ。キリュウ、恐らくではあるが、そなたが遭遇するよりも前だと思われる。赤き龍の本体はバハムートセイバーに接触、その後バハムートセイバーは暴走を始め、龍の巫女を三人破ったらしい」


 ローラ、クローディア、エリナの三人を倒せる。倒せてしまう。しかもそれが、龍太たちの制御を離れた上で。


 そんなバハムートセイバーの処遇は、考えずとも察せられるものだ。


「世界の敵として認定されるのも時間の問題、というわけですか……」

「で、あろうな。本人たちもそれは重々承知しているのだろう。ドリアナ学園諸島から逃げ出すようだ」

「へぇ、あそこから脱出する手段があるんだ」


 興味深げに尋ねたのは、部屋の壁にもたれかかっている黒霧桃。

 ドリアナ学園諸島は周囲を特殊な海流に囲まれており、船での出入りは困難を極める。中から外、外から中への転移も阻害される結界が張られているので、朱音の幻想魔眼のような特殊な力がなければ不可能。


 つまり龍太たちが学園から出るには、エリナの許可を得なければならない。しかし風龍の巫女は、他の三人と違って情に流されるような甘い性格はしていない。まず確実に、エリナから学園を出る許可は得られないだろう。


 では、どのようにして脱出するのか。

 その答えにいち早く辿り着いたのは丈瑠だった。


「まさか、ハイネスト兄妹が開発してたあれを使うつもりですか?」

「あれ……えっ、あれのことですか丈瑠さん? でもたしか、あれってまだ完成してないんじゃ……」

「いや、イグナシオとソフィアなら数日あれば完成まで漕ぎ着けると思う。元々、普段の研究のついでみたいな感じだったらしいし、本腰を入れたらすぐだよ」

「おいおいお二人さん、俺たちにも分かるように話してくれよ」


 どこか揶揄うような口調の緋桜が、タバコを手に尋ねてきた。火をつけようとしたところで隣の桃に没収されて、やれやれと肩を竦める。

 いや、普通に考えて禁煙でしょ、ここは。


「ハイネスト兄妹のことは、桃さんも緋桜さんも知ってますよね?」

「魔道工学の天才にして、ここハイネスト王国の正統な王族、ってことくらいはね」

「その二人がなんか凄いもんでも作ってくれてるってことか」

「凄いなんてものじゃありませんので……正直、私も初めて見た時は目を疑いましたし、若干引きましたが。お二人もよく知ってるものですよ」


 そう、顔を見合わせる二人がこの中では最も知っている。その脅威を。

 なにせ桃と緋桜がこの世界に移住すると決断したまさしくその時、あれは朱音たちの世界に渡ってきて猛威を振るったのだから。


「魔導戦艦。そのレプリカを、ハイネスト兄妹は作ってます」

「うわっ……」

「嘘でしょ……」


 嫌なものを思い出した、と顔に書いてある。概ね予想通りの反応だ。より正確には、魔導戦艦そのものより、当時起きた事件の方を思い出しているのだろうけど。


 十年前、世界が作り替えられて数ヶ月が経った頃のことだ。当時朱音は事件の解決に関わっていなかったが、両親から概要程度は聞いていた。その際に魔導戦艦に関しても。


「あれってレプリカとか作れたんだ……」

「古代の代物なんだろ? 再現度としてはどんくらいなんだよ?」

「イグナシオ曰く、本物の七割ほどのスペックは出せる計算らしいですが」

「十分すぎるな……でも、たしかあれは色々と厄介な機能があったろ」

「あー、あれね。生体リンク」


 これはあくまでも本物の方の話なのだが、魔導戦艦を動かすには誰か一人、魔導師による生体リンクが必要。

 魔導戦艦の機関、つまりエンジン自体は、半永久的に魔力を生み出せる魔力炉心が積んである。だがそれとは別に、魔導戦艦を起動させるためのユーザー登録のようなものが必要になる。


 古代ではあの超兵器が、個人の所有する兵器として扱われていた。実に恐ろしい限りだ。


「その辺りは大丈夫のようですが。どのみち初期起動には赤き龍と白き龍、両方の力が必要みたいですので。龍太くんとハクアがいれば、多分生体リンクも必要ありませんよ」


 赤き龍ディストピアと赤城龍太。

 白き龍ユートピアと白龍ハクア。


 その両者の関係を踏まえれば、多分ではなく間違いなく。あの二人は、魔導戦艦をある程度自由に扱えるだろう。

 まあ、操舵やらなんやらには人員が必要だと思うけど。その辺はイグナシオとソフィアがうまいこと調整してくれるはず。


『そもそもの話なのだが』


 大型犬サイズに体の大きさを調整して、ぺたんとおすわり状態のアーサーが、可愛らしく右の前脚を挙げていた。


『世界の敵として認定されそうなのであれば、今動くのは得策ではないのでは? 疚しいことがあると自白しているようなものだろう』

「そなたの言うことも尤もだ、聖獣殿。だが、我らが革命軍の参謀殿、我が不肖の娘にも考えがあるようでな」


 革命軍の参謀とは、エスメラルダの娘であり現在ドリアナ学園に通っている、ルビリスタ・ローゼンハイツことルビーのこと。

 弱冠十四歳ながらも参謀を任されているのは、なにも親のコネというわけじゃない。相応しいだけの頭脳を、彼女は有している。


 それは母親であり革命軍統領のエスメラルダすらも凌ぐものだ。


「ただ残念なことに、ルビリスタは秘密主義のきらいがある。娘の作戦は私も知らぬのだ」

「敢えて世界の敵になる、って流れを作りたいんだろうけど、それってメリットあるかなぁ……?」

「ないことはないだろうよ。なにせ革命軍の参謀様だぜ? 龍太たちにはなくても、革命軍に、あるいはそのルビーって子が個人的に、メリットを感じてるのかもな」


 朱音はルビーとそこまで仲が良かったわけではないし、彼女の人となりを正確に把握しているわけではない。

 ただ、強かで抜け目ないということだけはたしかだ。彼女なりになにかしらのメリットを感じたからこそ、その策に踏み切ったのだろうけど。

 必ずしも、それが龍太たちにとってプラスに働くわけじゃない。


 有体に言えば、朱音はルビーを信用していない。あの手の人間は、この十年で割と見てきた方だ。直接的な戦闘能力がなくとも、その頭脳と強かさで戦い抜けるやつ。盤外戦術や搦手を得意とするやつ。

 そういうやつらはたとえ味方でも完全に信用できない。


「それで、行き先は? ただ学園を脱出するとだけ決めてるわけじゃありませんよね?」

「もちろんだ。これはルビリスタではなく、白龍殿からの提案らしいのだが」


 言って、ピンと立てた人差し指は天井、さらにその上の空を指し示す。


「天空都市ケルディム。そこで誓約龍魂(エンゲージ)を完全な形で結び直す、とのことだ。キリュウ、そなたはこれからどうする?」



 ◆



「あたしたちのこの行動は、まず確実に多くの人へ誤解を与えます。それはせんぱいも分かってますよね? でも、それこそ狙いです。逃げ出したバハムートセイバーとその一行には、なにかやましいことがあるに違いない。世界の敵として認定すべきだ。せんぱい方と交流のない人たちはそう思うでしょう。でもだからって、ここに留まっていれば世界の敵として扱われずとも、軟禁されるのは目に見えてます。スペリオルの件が全て片付くまで、首輪をかけて牢屋にぶち込んで、そうするのが一番手っ取り早いですから。もっと言えば、学園に留まっているからって世界の敵として認定されないわけじゃない。その可能性は消えない。ここまではみなさん、理解していますね?」


 走りながらもスラスラと話すのは、ひとつも息を乱していないルビー。

 現在龍太たち一行は、医療棟を飛び出して本校舎にあるノーム島への転移陣を目指している最中だ。あちこちから戦闘音が聞こえてくるけど、龍太は固い意志でそちらを見ない。一度直接目にしてしまえば、我慢できずに駆け出してしまうだろうから。


「もちろん、龍の巫女はお二人のことをよくご存知です。多少はこちらの事情も汲んでくれるでしょうけど、世界の敵というのは巫女だけで決めるわけじゃありません。世界各国の代表も交えた話し合いの場で決めます。ですので正式に決まるのは、早くても二、三週間は先でしょう。その猶予期間は無駄にできない。せんぱいたちが正式に敵として認定されるまでに、どうにかしてケルディムに入らないといけません」

「色々説明してくれるのは助かるが、どうやら敵のお出ましのようだ!」


 重傷のローラを背におぶって走っていたジンが足を止める。一行のいく先に現れたのは、赤い体を持った怪人。スペリオルの尖兵、ダスト。

 昨日もかなりの数を投入してきていたが、どうにも数に限りがないらしい。今もこの島の至る所に現れているだろう。


 目の前に現れた数は、およそ二十ほど。一体一体はそこまでの強さを持っているわけじゃない。普段の龍太たちであれば、難なく突破できる局面だが。


「とにかくやるしかない……! どのみちこいつらを倒さないと先に進めないんだ!」

「ジンは後ろに下がってなさい! ローラを頼むわよ! あと剣借りるから!」


 龍太が腰の腱を抜き、魔力が回復しきっていないクレナもジンから大剣を借り受けて、ダストの群れへ突っ込む。

 未だ体の節々が痛むけど、泣き言を吐いてる暇はない。


 一番近いやつに斬りかかるが、驚くほど易々と受け止められてしまった。その隙に数の優位を生かして、両隣からまた別のダストが襲いかかってくる。

 だが龍太の背後からの弾丸二発が、ダストの頭部を的確に撃ち貫いた。


「サンキューハクア! 助かった!」


 振り返れば、ハクアは器用にも襲いかかってきたダストの相手をしながら、こちらにも援護射撃を飛ばしてくれていたのだ。

 敵の数が数だから、龍太とクレナの前衛二人だけで全てを捌けるわけがない。あっという間に囲まれてしまっていて、ローラを背負っているジンや殆ど戦闘能力のないルビーとジョシュアに襲いかかるのも、時間の問題だろう。


「リュータ、クレナも! 無理に全て倒そうとしなくてもいいわ! どうにか道を開ければそれで……!」

『Reload Explosion』


 ハクアがライフルの遊底(ボルト)を操作。銃口を腹に突きつけて、ゼロ距離で引き金を引いた。ダストの一体が爆炎に包まれ、周りにいた奴らも熱に怯む。


「せんぱい、一点突破です!」

「ハクア!」

「任せて! できればあまり使いたくはなかったけれど……!」

『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 装填されたのは、真っ白のカートリッジ。バハムートセイバーに変身すれば真紅に染まるそれは、当然ながらハクアが以前から所持していたカートリッジのひとつだ。


 銃口の前に魔法陣が五つ広がる。それが重なり一つとなって、緻密で複雑な、美しい魔法陣へと変貌する。


「下がって!」


 合図に合わせて龍太とクレナは後退し、ライフルからは膨大な熱量の魔力が砲撃となって放たれた。

 射線上のダスト全てを蒸発させて、見ればハクアのライフルはいたるところから煙を吹いている。エクスキューションのカートリッジは今まで変身前に使っているところを見たことがなかったけど、なるほどこう言う理由か。


 などと考えている暇はない。

 空隙が生まれた。


「今です、走りますよ!」


 ルビーに言われるまでもなく、全員が足を動かす。ダストはまだ半数ほど残っているが、無視するしかない。

 包囲から抜け出して、本校舎もすでに目の前だ。周りにチラホラと生徒たちの姿も見えてきた。校舎に入りさえすれば、追ってくるダストは他の生徒たちが相手をしてくれるだろう。

 囮にしてしまう形にはなってしまうけれど、本当はそんなことしたくないけど。


「見つけましたよ、アカギリュウタ!」

「っ……! 全員横に跳べ!」


 突如上空から、無数の炎弾が降り注いでくる。反射的に声を張り上げ、炎は着弾と同時に爆発。その衝撃吹き飛ばされて、龍太は背中から木に激突した。

 立ちこめる爆煙で視界が塞がれる中、ハクアの姿を探す。よかった、無事だ。そう離れていないところで、使い物にならなくなったライフルを杖がわりに立ち上がっている。


「フェニックス……ここでお出ましかよこの野郎……!」


 上空を忌々しく見上げると、そこには炎を纏った不死鳥の姿が。ゆっくり悠々と地上へ降りてくるのが腹立たしい。


「あなたが万全の状態でないことは惜しいですが、最早形にこだわっている場合でもありません。ここで確実に仕留め、その心臓を貰い受けます!」

「やるわけねえだろ!」


 叫び返すが、ただの空元気だ。

 どうする、どうすればいい? バハムートセイバーには変身できない。他のみんなも万全ではなく、しかし逆にフェニックスは以前より力を増している。逃げようにも、目的は校舎の中にある転移陣だ。それ以外にノーム島へ渡る方法を、今の龍太たちは持ち得ない。


「……ジン、もう下ろしてくれていいんだよ」


 ずっとジンに背負われていたローラが、自分の足で立った。仲間の中で最も重傷だったはずなのに、しかし反対に、今の一行の中では最も回復が早い。

 どこからともなく現れた槍を右手に握って、その矛先を不死鳥に向ける。


「事前に聞いていた話とは違いますね。ローラ・エリュシオンは重傷、戦力にならないと聞いていたのですが……」

「ローラは木龍の巫女。自分で自分を治すお薬を作るくらい、普通なんだよ。それでも時間はかかっちゃったし、全然動けなくなっちゃったけど」


 そう、ローラはたしかに重傷だったが、ここまでジンにおぶられていたのは、なにも怪我が理由じゃない。彼女は自らの体内に直接薬を生成し、怪我の治りを早めていた。

 龍神の持つ異能の力に、本来魔力は必要としない。肉体の機能のひとつとして存在しているから。故に、魔力の回復を待たずとも怪我の治療だけなら自力で行える。


「お兄ちゃん、こいつはローラが抑えるんだよ。だから、その隙に行って」

「なに言ってんだよローラ……お前を置いていけるわけ……!」

「でも、今この中でフェニックスとまともに戦えるのは、ローラだけ。お兄ちゃんも分かってるはずなんだよ」


 それはその通りだ。そもそも、龍太とハクアの二人が万全の状態で変身したとしても、今のフェニックスに勝てるかどうかは怪しいところがある。

 死ぬたびに生き返り、さらに力を増すスカーデッド。それがフェニックスだ。これまで何度か戦い、そのいずれも撃退したが、その数だけやつは強さを増している。


 けれど、まともに戦えるのはローラだけなのは事実だけど。

 それはつまり、ローラが全快しているというわけではない。繰り返すが、怪我の治療に魔力は必要なかった。だからこそ、ローラは怪我だけを治すことができた。


 けれど魔力の方はその限りじゃない。ジンもクレナも龍太も、皆一様に魔力欠乏に陥っていたのだ。だからこそクレナも先ほど、ダスト相手にジンの大剣を借りていた。まだうまく魔力を動かせられないから。


「大丈夫、すぐに追いつくんだよ。だからお兄ちゃんたちは──」

「なに勝手なこと言ってやがる、エリュシオン。そいつはオレの獲物だ」


 ローラが言い終えるよりも前に。フェニックスの横合いから、なにかが吹っ飛んできた。

 それはボロボロに破壊されたダストの残骸だ。音速を超える勢いで投げられたそれは、フェニックスの翼の一振りで燃え滓となる。


「クローディア・ホウライ……!」

「ようスカーデッド。害鳥駆除に来てやったぜ」

「なぜここにいる! 足止めとして部下のスカーデッドを十人も送り込んだと言うのに!」

「あ? んなもんでオレを止めれるわけねえだろうが」


 瞬間、クローディアの姿が消える。龍太には目視できない速度で、フェニックスの懐に潜り込んでいる。振るわれる斧が胴体を袈裟にかけて斬り裂き、フェニックスは再び上空へ飛び上がった。


 それを見て、クローディアが龍太たちに向き直る。


「ったく、安静にしてろっつったのに。話の聞かねえやつらだな」


 強く睨まれて、思わず警戒し身構えてしまう。今の龍太たちは、非常に微妙な立場だ。龍の巫女であるクローディアにここで拘束されてもおかしくはないし、文句も言えない。

 けれど彼女は、それ以上こちらを咎めるようなことはせず、再び敵と向かい合う。


「あいつの相手はオレがしてやる。その間にお前らがどこへ消えても、オレの知ったこっちゃねえ」

「クローディア……あなた……」

「でも俺たちは……」

「ハッ! 勘違いしてんなよリュウタ。たしかにバハムートセイバーは危険だ。世界の敵に相応しいポテンシャルがある。だが、今はまだそうじゃない。だったらオレがお前らを守っても、誰も文句は言わない、言わせねえよ」


 言って、龍太たちの足元に魔法陣が広がる。七人全員を収めるほどに大きなそれは、転移のためのもの。言わずもがな、クローディアの魔術だ。


「ついでにサービスだ。ノーム島まで飛ばしてやる」

「させませんよ!」

「お前は黙ってろ」


 フェニックスが転移を阻止しようと火球をいくつも展開するが、それら全てがフェニックスごと、クローディアの放った炎に飲み込まれた。同じく炎を纏っているはずなのに、クローディアの炎は、熱は、そんなこと関係ないと言わんばかりに不死鳥を焼く。


「ジン、クレナ。なにがなんでもその二人を守れ。これは命令だ」

「言われるまでもないわよ」

「ああ、ギルドの魔導師として、なにより友として!」

「いい返事だ」


 どこか嬉しそうな笑顔をクローディアが見せて、景色が変わる。

 ノーム島、ハイネスト兄妹の工房の地上にある滑走路の前に。


 早速地下へ続くエレベーターのある建屋の扉を開けようとすれば、まだ手もかけてないのに勝手に開いた。一瞬身構えるが、扉の向こうから現れたのは小さな影。


「きゅー!」

「エル! よかった、無事だったのね!」


 昨日から別行動だったせいで合流できていなかったエルが、ハクアの胸に飛び込む。ハクアもエルの無事を喜んで、ぎゅっと抱きしめた。ちょっと羨ましいとか思ってない。


「昨日のうちに皆様のお荷物をこちらに運び、その際に黒龍様にも移動してもらっていたんです」

「そっか。悪いなジョシュア」

「きゅー! きゅー!」


 ハクアの胸に抱かれたエルは、龍太の方に首を巡らせて鳴き声を上げる。そんなに嬉しいか可愛いやつめ、と思っていたのだが。

 どうにも様子がおかしい。違う、再会の喜びを表しているのではない。これは、警戒だ。


 次の瞬間、目の前に空からなにかが降ってきた。片膝と片腕を地面について着地したそれは、コンクリートを僅かに陥没させ、衝撃を周囲に撒き散らす。


「どんなスピードでぶっ飛んできてんだよ、詩音!」

「逃がさない……逃げるなんて、許さないよ……りゅうくん……!」


 漆黒の鎧に身を包んだ戦士。ドラグーンアヴェンジャー。

 ここにきて、また一段と高い壁が聳え立ってしまった。

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