脱出劇 1
暴走するバハムートセイバーが鎮圧された後、スペリオルは思いの外呆気なく撤退した。しかし、やつらの襲撃は十分に成功したと言えるだろう。
龍の巫女三人の撃破。
それがやつらの得た戦果だ。実際にはバハムートセイバーの仕業だが、暴走は赤き龍による意図的に引き出されたものだった。
暴走させること自体も作戦のうちに組み込まれていたのだろうし、今回は完全にこちら側の敗北だ。
「で、そのご本人様たちは呑気に寝てやがるのか。ったく……」
「仕方ないわよクローディア様。あの二人が相手だったみたいだし」
「ああ、むしろよく生きていてくれたといいたいくらいだ」
ドリアナ学園諸島シルフ島、本校舎とはまた別に建てられた大きな医療棟の、広い一室。
ベッドの上であぐらをかいているジンは、昨日の襲撃を改めて思い返す。
生徒や教師に重傷者はいなかった。だから今この時も、学園祭の二日目は問題なく行われている。ただし、この部屋にいる数人を除いて、だが。
ここで目が覚める前の最後の記憶は、暴走したバハムートセイバーに襲われたところ。おまけに話を聞けば、クローディアとエリナまで倒してしまい、その足でアリスにまで襲いかかって、援軍としてかけつけた蒼にやられてようやくバハムートセイバーは止まったらしい。
よく生きていてくれた、というのはなんの比喩でもなく。
人類最強の魔人と世界最強の巫女を同時に相手取ったのだ。ジンは二人の力を何度か目の当たりにしたことがあるし、この世界の誰もがあの二人を最強だと疑わない。
その蒼とアリスを相手にして、生きていてくれた。でも、無傷で終わるわけもない。
龍太とハクアは今もまだ意識を戻さず、この部屋のベッドの上で眠っている。
「あんなに簡単にやられちゃうなんて、巫女失格なんだよ……」
「落ち込むことはねえよ、エリュシオン。オレに至ってはシャングリラと二人がかりでも敵わなかったんだ。癪だが、まともに相手できんのはあの二人しかいなかった」
ジン、クレナ、ローラの三人もそれなりに重傷だった。特にローラの傷は深く、目は覚ましているが体を起こすことができず、ベッドの上で横になりながら落ち込んでいる。
一方でクローディアはさすがと言うべきか。昨日のうちに復帰していて、三人の治療まで行ってくれた。それはエリナも同じで、今日も学園祭の運営かなにかの仕事に追われているだろう。あるいは、また寝ているかもしれないが。
「なんにせよ、お前らはしばらく安静にしとけよ。せっかくの学園祭だが、怪我人にうろつかれちゃこっちが困るからな。特にそこで寝てる二人。まだ扱い方を決めかねてるんだ。大人しくしてろ」
言うだけ言って、クローディアは部屋を出ていく。その扉が閉まったのを確認して、狸寝入りを決め込んでいた龍太とハクアは起き上がった。
「行ったか……?」
「気づかれていたような気もするけれど……」
というか、クローディアは確実に気づいていただろう。最後に釘も刺されてしまったし。
二人が寝ているふりをしていたのは、別に起きるタイミングを逃したわけではなくて。
この場にいる仲間たち以外には、あまり聞かれたくない話をしたかったからだ。その上でクローディアの言っていたように、二人の扱いを決めかねている。
それはつまり、バハムートセイバーを世界の敵として扱うか否か、ということになる。
それもある意味当然だろう。
龍の巫女三人を容易く撃破してしまった。それも、本人たちの制御を離れて。危険視されて然るべきだ。
つまるところ、結論から言えばこうなる。
「できれば今日中にでも、どうにかしてドリアナ学園諸島から出なければならないわ」
「それは、バハムートセイバーの件があるからか? さすがに巫女様方も、情状酌量の余地はあると考えてくださっていると思うが」
「いや、それだけじゃないんだ、ジン」
それだけが理由なら、急ぐ必要もない。ジンの言った通り、あの人たちはある程度こちらの事情を慮ってくれる。巫女以外の各国首脳陣はどうか知らないが。
それよりももっと重要で、深刻な問題がひとつ、存在している。
目が覚めて寝たふりしている間に、話そうかどうかは悩んだけれど。話しておくべきだろう。ハクアと二人で抱えていても仕方ないから。
「赤き龍の正体がわかった」
口から出た言葉は鉛のように重かった。
伝えるのだと決めてはいたけれど、いざ言おうとすると、中々どうして二の句が継げない。
「リュータ……」
心配そうにこちらを見つめるハクアに力のない笑顔を返して、一度深く息を吸い、意を決して言葉と同時に吐き出した。
「あいつは、赤き龍は……俺と同じ顔をしてた。間違いなく、俺自身だったんだ」
見間違えるはずもない。他ならぬ、自分自身の顔だ。
そして理解できる。わけもなく、殆ど直感じみたものだけど。あいつは、俺自身なのだと。赤城龍太本人なのだと。証拠はなくとも、理由は分からずとも、嫌と言うほどに。
反応は誰からもない。いや、どう反応していいのか分からない、といった方が正しい。ジンもクレナもローラも、皆一様に驚いて、言葉の意味を咀嚼している。
そして真っ先に言葉を発したのは、戸惑いが残ったままのクレナだ。
「ち、ちょっと待って……リュウタは赤き龍の心臓を持ってるだけなのよね? それなのに、なにがどうなったら、あんたが赤き龍になるわけ?」
「うん……それに赤き龍は、この世界の創世伝説に出てくる、古代文明から生きてるドラゴンなんだよ。でもリュウタお兄ちゃんは人間だし、異世界人。色々と辻褄が合わないんだよ」
続くローラの言葉はご尤もで、けれどそれに明確な答えを返せるわけではない。
繰り返すが、龍太自身にだって理由を説明できるわけではないし、証拠はなにもない。
「だが、腑に落ちる点もいくつかあるだろう」
戸惑う二人とは違って、ジンは冷静だった。顎に手を当てて、彼自身も考えをまとめながら話す。
「シルフ島の古代遺跡にいた精霊は、リュウタのことを赤き龍本人だと認識したのだろう? それに、バハムートセイバーのスペック。いくらリュウタが魔王の心臓を宿しているとはいえ、あまりに強力すぎる」
「じゃあなによ、筋肉バカ。今ここにいるリュウタも赤き龍だって、世界の敵だって言いたいわけ?」
「いや、そうじゃない。赤き龍は枠外の存在と呼ばれるものなんだろう。その辺りはアカネが、ローラも詳しいと思うが」
「あ、そっか……」
なにか思い至ったのか、ローラはパッと顔を上げる。
枠外の存在。
すなわち、世界という枠に収まらない、規格外の存在を指す。
ただそこにいるだけで世界に影響を及ぼすような『体質』を持つ、あらゆる世界の爪弾き者。ゆえに、ひとつのところに留まることのできない世界旅行者。
「アカネお姉ちゃんに昔聞いたことがあるんだよ。時間っていう概念は、異世界間においては絶対とは言い切れないって。この世界の一秒が、また別の世界では一時間かもしれないし、一分かもしれない。もしかしたら百分の一秒以下かもしれない。けれど、各世界ごとに見た場合は、明確に独立して枠にハマった動きをしてるのが、時間。お姉ちゃんは銀炎の影響であらゆる時間軸の外側に位置してて、その気になればどの時間にも入り込める、とも言ってたんだよ。途方もない労力とか反動が怖いからやらないらしいけど」
枠にハマった動きをしている。
なるほど、わかりやすい。その枠から外れた存在が、赤き龍なのだから。
つまり龍太の姿をしたあいつは、赤き龍の本当の正体は。
「未来の俺、ってことになるのか……?」
「それは……どうでしょうね。いくら枠外の存在でも、その上で辻褄の合わない部分は出てくるわ。中でもリュウタが異世界人って点は見逃せないわよ」
そもそも赤き龍は、龍太がまだ元の世界にいた頃から活動していたし、旧世界というやつの中では封印されていたという。
仮に枠外の存在が、赤き龍が時間を無視できるのだとしたら、たしかに未来の龍太がそうなって古代文明まで遡り、そして現在に至るという構図は成り立つけど。
赤城龍太という少年は、ただの高校生だった。
キリの人間が世界再構築を行った際、赤き龍の心臓が宿ってしまったという点を除けば。
いや、それだって。赤き龍の正体が龍太自身であるのだとしたら、もうこれは卵が先か鶏が先かという話になってしまう。
「これ以上考えても仕方ないんだよ。それより、リュウタお兄ちゃんは大丈夫なの?」
「……まあ、思うところがないって言ったら嘘になるけどさ」
多少強がりが入ってしまったか。
龍太だって、冷静に受け止められているわけではない。これでも頭の中では色々と考えてしまっていて、おまけに赤き龍のこと以外も、彼の心を苛んでいる。
バハムートセイバーの暴走。仲間に剣を向けて、傷つけてしまった。三人がここにいるのは、他の誰でもなく龍太のせいだ。
たった一日で、正義のヒーローからは遥か遠ざかってしまった気がして、気持ちは沈む一方。あんなことがしたかったわけじゃないのに。
「それでも……強がりでも、大丈夫にするって決めたんだ。俺が一人で悩んでても、なにも解決しない。そうやって手をこまねいている間に、スペリオルのやつらはまた誰かを傷つける。だったら、立ち止まるわけにはいかないだろ?」
極論、自分のことなんて二の次三の次でいい。この悩みも葛藤も、抱いたままじゃ迷いに変わって誰も助けられない。
進むしかないんだ。正義のヒーローになると、その道を行くんだと決めた以上は。
「お兄ちゃん、それは……」
ローラが何かを言おうとして、ジンがそれを手で制した。
言葉の続きは気になるけれど、今大切なのは今後の身の振り方を決めることだ。さきほど言ったように、少しでも早くこの学園諸島を出なければならない。
巫女たちを始めとしたこの世界の首脳陣が赤き龍の正体に気づくのは、正直時間の問題だろう。そうなると、バハムートセイバーが世界の敵として認定される可能性も高くなるし、ここど身柄を拘束なんてされてしまうと大変困る。
「リュータ、ここを出るのはわたしも賛成したいけれど、具体的な手段はどうするの? いくら学園祭の最中とは言っても、昨日の今日なのだから」
これまで沈黙を保っていたハクアが、言葉を発する。
昨日の一件があった以上、諸島の出入りは厳しく監視されていることだろう。真っ当な手段じゃここを出ることは叶わない。
「それに、ここを出てどこに向かうのか、という問題もあるな。学園諸島だから良かったものの、人間のドラゴン化も忘れてはならないぞ」
人間のドラゴン化は、魔力に感染するウイルスが原因だ。この世界の大抵の人間は普段から魔力を使っているために、発症する者は少ない。ただし、一部の魔力が少ない者、老齢で衰えている者など、魔力を必要としない魔導具に頼って生活をしている者は、発症してしまう。
ドリアナ学園諸島は、そもそもが魔導の教育で世界の最先端を行く場所だ。だからここでは誰も発症しなかったけれど、他の国や街はその限りじゃない。
龍太の魔王の心臓に反応してウイルスが励起する以上、旅の行き先も慎重に決めるべきだ。
しかし、それにはひとつ、龍太に当てがあった。
「蒼さんが言ってたんだ。バハムートセイバーの暴走をどうにかするには、ハクアとの誓約龍魂をきちんと結び直さないといけない、それをするためには、ある場所に向かわなければならない、って」
それがどこなのか、龍太は知らない。
けれど、何万年と生きてきた頼れるパートナーがいる。
「天空都市ケルディム。天龍アヴァロンが治める国に向かおうと思うわ」
「待って、それは無理よハクア」
手を突き出して待ったをかけるクレナは、他の誰でもなくそのケルディムの防衛機能を一手に任されたドラゴンだ。
まず間違いなく、この場の誰よりも天空都市について詳しい。そんな彼女が無理だという。
「理由はいくつかあるわ。まず、今どこを飛んでいるのかが分からない。次に、ケルディムに向かうための手段がない。他にもあるけど、この二つをどうにかしないことには話にならないわよ」
天空都市ケルディムは、この世界の空を飛び続けている。だがそれに決まった航路のようなものがあるわけではなく、今現在どこにあるのか、相応の手段を用いなければならないという。
その手段とはもちろん、ドラグニアのような大国の上層部にのみ許されたものだ。
そして、向かうための手段。
空の上にあるケルディムへ向かうには、当然ながらこちらも空を飛ぶ必要がある。まさかクレナの背に全員で乗るわけにもいかないし、かと言って飛行機のようなものを用意できるわけでもなく。
本来であれば、専用の転移陣があるらしいのだが、それにしたって結局使用許可がいる。
「なら、先にアカネたちと合流するか? 彼女ならケルディムへの伝手を持っていてもおかしくないと思うが」
「それにしても、帝国に行く必要は出てくるんだよ。ローラやクレナが帝国領に入るのは、あんまりよくないかも」
「そこはルビーに頼めばなんとかなるかもしれない。でも、結局は最初の問題にぶち当たるか……」
学園諸島からどうやって出るか。話はまずそこからだ。ローラを除いた巫女が三人に、ドラグニアやノウム連邦といった大国の首脳陣もいる。その目をどうにか掻い潜らなければならないが、正直ケルディムに行くよりも難易度は高いだろう。
なにせここはドリアナ学園諸島。その全てを掌握しているエリナがいる。おかしな動きを見せれば、すぐに気づかれて拘束されてもおかしくない。
五人でうんうん頭を悩ませ、完全に詰まってしまった時だった。
部屋の扉が開かれて、どこか呑気に思える声が飛び込んでくる。
「せんぱーい、かわいいかわいい後輩がお見舞いに来ましたよー」
「ああ、よかった……! お二人とも目を覚まされたのですね!」
つい今しがた話題に上がった本人、ルビーとジョシュアの主従二人だ。
軽い調子のルビーとは真逆に、ジョシュアは少々大袈裟なくらいに安堵していた。
「悪い、二人とも。心配かけたな」
「ま、あたしはそこまで心配してませんでしたけどねー」
そこは嘘でも心配したって言ってくれよ。可愛くない後輩め。
ところで、と無理矢理話を変えたルビーは、一転してニヤリと露骨に悪い笑み。
「みなさん、なにかお困りなんじゃありませんか?」
「たしかに困ってはいるのだけれど……」
苦笑気味に言葉尻を濁すハクア。言いたいことはわかる。こんな悪どい笑みをしたやつには打ち明けにくい。ルビーの優秀な頭脳はよく知っているから、またなにを企んでいるのかと警戒してしまう。
「そんなに警戒しないでくださいよ。あたしこれでも、みなさんのお力になりたくて来たんですよ? 例えば、学園諸島からの脱出をお手伝いできたり」
まさしく龍太たちが詰まっていたところを言い当てられて、ギクリとしてしまう。なんで知ってるんだこいつ。
外で盗み聞いていたというのは彼女の性格上ないだろうし、となれば。
「ルビー、まさかお前、知ってるのか?」
「ええ。あたしたちはバッチリ顔も見ましたし、声も聞こえてましたから」
赤き龍の正体を把握している。それでもその上で、龍太に力を貸してくれると言う。
それに、ルビーだけじゃないだろう。あの時一緒にいたイグナシオも、気づいているはずだ。
「いいのか……? スペリオルの、世界の敵の親玉は、俺だったんだぞ……?」
「そうですね。でも、あれは今ここにいるせんぱいじゃないです。あたしは、自分で見聞きしたものしか信じませんから。あっちのことは知りませんけど、こっちのせんぱいはド級のお人好しって知ってますし」
それが当然だと言わんばかりに、ルビーは断言する。思えばこの少女は、最初からそのスタンスを一貫していた。
帝国出身にも関わらずドラゴンに偏見を持たないのもそうだ。龍太よりも歳下だけど、よほど思慮深い。
「悪い、助かる」
「お礼はいいです。あたしもみなさんを利用しようって気がないわけじゃありませんから」
「それで、具体的にどうするのよ。さすがの帝国貴族様でも、ここはドリアナ学園諸島。エリナ様の目を掻い潜るのはほとんど不可能だと思うけど」
ここがネーベル帝国であれば、公爵令嬢としての権力やら伝手やらでどうにも出来たのだろうが、この学園諸島ではそうもいかない。
クレナの言う通り、最大の障害はエリナ・シャングリラその人だ。学園諸島の全てを掌握している彼女は、龍太たちがこの部屋を出ただけでもすぐに察知できてしまう。
「そこはまあ、利用できるものはなんでも利用するってことで行こうと思います」
そろそろですかねー、なんてルビーが呑気に言った瞬間だった。
部屋の外が、俄かに騒がしくなり始めたのは。今は学園祭だ。元からそれなりに騒音やら歓声やらは届いていたけれど、それともまた違う、異様な騒がしさ。何かが起きていると気づくには十分なほどの。
なにごとかとジンがカーテンを開けて窓の外を覗いた、まさしくその瞬間だった。
遠くから爆発音が響き、黒い煙が立ち込めるのが見えたのは。
「なんだ⁉︎」
「まさか、スペリオルか!」
窓の外、空の上には、遠目にだが炎を纏った真紅の不死鳥が見えた。昨日は姿を見せなかったくせに、よりにもよって今日出てくるとは。
「そのまさかでしょうね。さ、今のうちに行きますよ。みなさん走れますよね?」
「待てよルビー! スペリオルがまた来たってんなら、俺たちも戦わないと!」
「それ、本気で言ってます?」
冷たい声と視線に射竦められ、思わず言葉に詰まってしまった。
わざわざ聞かれるまでもなく、もちろん本気だ。すぐそこで戦いが起きているというのに、誰かが傷つけられるかもしれないのに、それを無視して自分の都合を優先できるほど、龍太は器用じゃない。
「いいですか、せんぱい。あなたたちの目的は学園諸島を脱出することです。そのために、利用できるものはなんでも利用するべきなんですよ」
「だからって、放っておけるわけないだろ!」
「リュータ、落ち着いて」
ひとりでヒートアップしていく龍太の肩に、真っ白な手が置かれる。
「わたしも、スペリオルのことは放っておけないわ。できれば戦いに向かいたい。けれどルビーの言っていることも理解できるの」
「ハクア……」
「なにより、今のわたしたちは昨日の戦闘でボロボロよ。ジンもクレナもローラも、リュータだってそうでしょう?」
それを言ったら、ハクアだって。
たしかに今の龍太たちが行ったところで、周りの足を引っ張るのは目に見えている。バハムートセイバーには変身できない。かと言って魔力も体力も回復し切っているわけではなく、最強との戦闘によるダメージは残っている。
スカーデッドどころか、ダスト相手にも苦戦してしまうだろう。
「だからって、学園のみんなを囮にするような真似……」
「冷たいと思ってもらっても構いませんよ。それでもあたしは、せんぱいの力になりたいんです」
力強い言葉だ。公爵令嬢としてでも、革命軍の参謀としてでもない。ルビーというひとりの少女の本音が、そこには込められている。
どうしてそこまでしてくれるのか、龍太にはわからない。懐かれてるとは思っていたけど、これに関してはルビーにもリスクがあるはず。
「ルビー、あんたどうしてそこまでしてくれるわけ?」
その疑問を、クレナが投げた。
帝国に対してはこの場でもっとも思うところがあるだろうドラゴンのクレナが。
「あんたが私たちドラゴンを敵視してないことはわかってる。ジョシュアが聖地出身だってことも聞いた。でも、それだけじゃないでしょう? 例え革命軍に利がある話なんだとしても、私たちに、いえリュウタにそこまで肩入れする理由は?」
それを聞かされないことには信用できないと、クレナは言外にそう告げている。
それはきっと、この場の誰もが少しでも疑問に思っていたことだ。クレナのように信用できないとまでは言わずとも、龍太だって不思議には思っていた。
帝国に敵視されているドラゴンとして、あるいは魔導師ギルドに所属するものとして、クレナは聞かずにいられなかったのだろう。
「ヒーローを助けたいから。それが理由じゃダメですか?」
対するルビーは、あまりにもシンプルな答えを返した。それだけでは言葉が足りないと考えたのか、彼女はどこまでも真摯に、己の気持ちを言葉へと変える。
「せんぱいが、誰かのためになにかを成せる人だから。あたしはただ、その手助けがしたいんです。帝国や革命軍のことは関係ない、あたしがそうしたいと思ったから」
その目には、どこか懐かしむような、あるいはここにないなにかを見るような、寂寥感が滲んでいた。
きっと、全てを語ったわけではない。ルビリスタ・ローゼンハイツは、まだ心の中になにかを隠している。
でも、十分だった。クレナはひとつ息を吐いた後、仲間たちを見渡す。
「私はルビーの作戦に乗るわ。どの道、他に選択肢はなさそうだし。みんなは?」
「ああ、俺も異論はない」
「龍の巫女のひとりとしては、色々複雑だけど……でも、お兄ちゃんのためなら、ローラも賛成なんだよ」
三人の視線が、残る龍太とハクアの元に集まる。後輩がああまで言ってくれたのだ。学園のみんなを囮にするような形になってしまうことには、まだ抵抗があるけれど。
クレナの言ったように、他の選択肢があるわけじゃない。
隣のハクアと目を合わせれば、彼女も頷いてくれた。
「……分かった。ルビー、頼む。ここから脱出できるっていうなら、そこまで俺たちを案内してくれ」
「承りました。今は亡きガーネット・リ・ネーベル第一皇女殿下の名に誓って、必ずみなさんを送り届けます」
多少大袈裟にも思えるほど、恭しく一礼したルビーの出した名前は、きっと彼女にとって大切な人だ。
第一皇女が暗殺されたと話した時の後輩の表情を、龍太は今でも思い出せる。
隠そうとしても隠しきれない怒りが滲んだ、あの声と表情を。
ならばこそ、ルビーのことは信用できるし、信頼できる。大仰な肩書きのついたお偉いさんとしてじゃなくて、本人曰く可愛い可愛い後輩である、ルビーとして。
「それじゃあ、まずはハイネスト兄妹の工房に向かいましょう! あの二人がとんでもない船を用意してくれてますよ!」
「あいつらも絡んでるのかよ!」
なんだろう。どうしてか、急に嫌な予感がしてきた。まさかとは思うけど、ゲテモノ兵器じみた船とかに乗せられたりしないよな?